8-13 c さいきんのギルド運営
結局、ブラド侯爵は完落ちした。
誰かがジルドレイの素顔を知ることのできるタイミングは、トレメール殺害の瞬間かそれより前しかなくなってしまった。
トレメール殺害の瞬間ならそれは暗殺者であり、それより前にジルドレイの素顔を知っていたのであればそれは犯人である。
ブラドはジュリアスの提示したこの二つの推理について皆を納得させる話を構築することができなかった。
さらに、ただでさえ追い詰められていたブラドに対して、ジュリアスはブラドが王女暗殺犯であるという説を披露し、あることない事吹っ掛け始めた。
ジュリアスはここに来てアープの件を絡めてきた。
王女暗殺未遂犯のアープの住まいはジルドレイのアジトだった。そして、ジルドレイを操っていたのはトレメールで、そのトレメールをブラドが口封じした。
ブラドが暗殺を首謀したという話にも真実味が出て来ようというものだ。
ブラドはトレメールを見張らせていた人間がいる事を自供し、彼がトレメールを殺したことも認めた。が、アープにもジルドレイにも会ったことは無く、トレメール暗殺も指示しておらず、すべてはトレメールの独断だと主張した。トレメールの殺害についても、見張りが独断でやったことだと言い張った。アープの件については事件からして初耳だと訴えた。
ただし、その流れで、トレメールを手駒にしていた事とアリスのことを妨害する彼の動向について黙認していた事については白状せざるをえなくなった。
実際はアリスの妨害について指示もしていたのだろうが、ジュリアスはここが落とし所と判断したのかそこまでは追及しなかった。
ブラドはその場で逮捕され、ジュリアスに連行されていった。命まで取られることは無いのかもしれないが失脚は免れまい。
その後の取り調べで、ブラド候はトレメールを殺した暗殺者からアリスたちのジルドレイ逮捕後の動きも逐一報告されていたらしいことが分かった。
暗殺者はアリスがジルドレイを捕らえた時に彼が変装していなかったことが報告され、ブラドの記憶に刻まれた。変装してないのになぜバレたかというのは彼らにも甚だ疑問だったらしい。
この暗殺者はアリスたちがわざわざジルドレイの自宅に行き、変装しなおしてきた事については報告していなかったようだ。フードをかぶらされていたので単に変装しなおした事に気づかなかっただけなのかもしれない。
狙っていた落としどころはここではなかったのかもしれないが、会議の結果は完全にジュリアスの狙い通りだった。
ジュリアスは他の3公爵にはいろいろ企んでいることのみを伝え、細かいことまでは伝えていなかった。情報を知っている人間をブラドと自分だけに絞りたかったのかもしれない。
そして会議でジュリアスは少しづつ情報を隠蔽したり、誤認させるよう小出しにした。それこそ、『逮捕』の件なんて騙したようなもんだ。
ブラドが食いついてくるかどうかは賭けだったが、アリスを陥れようとブラドが欲を出してくれたおかげで見事にはまった。
ブラド的には事実を知っているわけだから、何かしゃべりたくもなるというものだ。そして、ジュリアスの思惑通り、犯人一味しか知らないジルドレイの正体について口にしてしまった。
アリスは今回立ってるだけだった。
やるな。ジュリアス。
ブラドが連行されて行くのをバゾリとトマヤは唖然として見送った。トマヤがかんでいるかどうかはこの後のブラドの取り調べで分かっていくだろう。
あと、強人組の11日分の損害はブラドの資産から回収された。
ブラド侯爵の逮捕はすぐに街の人の知るところとなった。
今さらだが、ブラド侯爵は王都全体を統括していた。その下で、王都を4分割してバゾリたち4人の伯爵が分担統治している。そんなわけで街の人々はもちろんブラドのことを知っていた。
あまり評判は良くなかったようだ。
ブラドが王女を陥れようといろいろ事件を起こしていたという事実は平和な街の人々にとっては格好のゴシップだった。もともと、ブラド候に踊らされて強人組を嫌っていただけの街の人は、ブラド侯爵が悪でアリスが被害者だと解かると反動でアリスの味方に動いた。バゾリやブラドが街の人たちからあまり良く思われていなかったことがさらに大きくアリスの事を後押しした。
アリスという貧しい者の味方の病弱な王女が、悪い貴族たちにいじめられているというステレオタイプな妄想が市民たちの間でまことしやかにささやかれるようになった。
なんせ、街の人はアリスの事、見た目しか知らんし、そんな物語のような噂に誰も疑問を抱かなかった。
ん?
でもこれ冷静に考えたら。まるっと事実か。
アリス見てるとそんな感じが一切しないのはなぜだろうか。
ともかく、今まではただの世間知らずの姫様の酔狂という扱いだったアリスの行動一つ一つが、ブラドという悪に照らされて、大正義アリス王女の庶民への献身として受け取られるようになった。
ここに来て以前行った河川の掃除も違った意味を持ってきた。ただの好奇の目で見られていた河川掃除が、自らが汚れることをいとわない聖女の行いへと化けた。
こういった構図が街の人たちの頭の中にすっぽりと収まり、アリスのみならずスラムの人間たちに対する感情まで和らいだ。
もちろん、アリスの設立した強人組についてもそうだ。
強人組は、王女の良く分からないおままごとから、貴族たちの反対にもめげず民のためを思って王女が立ち上げた肝入りの施設という扱いに変わった。
再び仕事が舞い込んでくるようになった。というか、仕事の依頼が激増した。
ただ、強人組の印象が良くなって仕事が増えた、というだけではない。
いままでの仕事は、スラムに面した東北側の区画からの依頼がほとんどだった。しかして、今回のブラド候の事件で強人組の存在は街のいたるところで知られる存在となったのだ。この宣伝効果により、舞い込んでくる依頼の数は飛躍的に上がった。
新たに強人組にやってくる組合員も増えた。
一度流れが良くなると、事態は次々と良い方向に進む。
まずは、強人組からの就職が進んだ。そもそも人手が足りないから強人組に依頼が来るわけで、それが慢性的になるようであれば、雇ってしまったほうが安いし早い。アリスの狙い通りだ。
アリスが目標に掲げた30人はあっという間に捌けた。
それでも、強人組の人数は減らなかった。今までスラムへの印象が悪くてやってこなかった人間や、そもそも強人組のことを知らなかった人々がやってきたのだ。強人組の数は減るどころか倍近くに増えていた。スラムの人間の中にも強人組を通じて外を狙うものが現れ、アリスはそれを歓迎した。
そして、強人組から旅立つ人々がスラムに恩恵をもたらした。
まず、センの服が売れた。強人組の制服はもう貸してはもらえない。自分たちで服を準備する必要があった。彼らは今まで給料としてアリスから貰うことのあった、街では使う事の出来ないカリア石を使って、センから外に出ても恥ずかしくないレベルの服を買った。カリア石を手元に残してもしょうがないので、彼らは他の物もスラムから買って行った。
さらに、住むところに当てる手持ち資金の少ない彼らの何人かは、今まで儲けたカリア石とラムジで、スラム内に住む場所を作った。建て替え前提の家屋だが、仕事を得てお金を貯めるまで住まう場所としては十分だった。
さらに、話は続く。
以前スラムを出て言った強人組の数人がこれからも文字を勉強できるようにと、アリスに頼み込んで例の文字を憶える用のカードを持っていった。これが、一部の人の目に留まった。そして、この案件がタツの工房に迷い込んで来たのだ。
工房の人間や職人は文字が書けない人が多い。タツやショウのように、文字が書けるのに物を生産している人間はこの世界ではまれなのだった。なので同じようなものを作ろうにも簡単に依頼できる工房が無かったのだ。これはロマン経由で捌かれ、さっそくトッカータが活躍した。
ついでに、街に就職が決まったスティーブが奥さんとよりを戻せた。川を頑張って掃除しているところを見られていたらしい。
本当にすべてが上手くかみ合って回り始めた。
こういうのを『持っている』とでもいうのだろうか。
アリスは逆風があっても回りまわって最終的には追い風にしてしまう。こういっためぐりあわせをアリス自身が持っている。
何かしらの物語の主人公のようだ。
物語に登場できるかすらも怪しい自分なんかにとってはうらやましい限りだ。




