2-2 さいきんの冒険もの
「ねえ。」と赤。「マハルの態度みた?」
「さっき、声かけたのに無視されたわよ。」黒。「王女のメイドになったからって偉くなったつもりなのかしらね?」
「感じ悪いわよね。王族の世話って言ったって、あの王女のじゃねぇ。アミール様のならまだしも。」
「所詮、グラディスのやってた仕事じゃない。」と黒。「クソガキの世話を押し付けられたって自覚がないのがまたなんともムカつくわ。」
「なんか、自分から志願したって噂よ。」
「え?バカなんじゃない?」
「とりあえず、王女に頭突きとか喰らって泣いて帰ってくる日が楽しみだわ。」
すでに、腹パンで気絶させられてますがな。
「それよりも、なんか今日とても騒がしくない?」
「さっきから兵士たちが血相変えて走りまわってるのよ。」
「ちょっとヤバいんじゃない?」
「やーね。なにがあったのかしら?」
そういった瞬間、遠くから「居たぞ!!捕まえろ!」という怒号が聞こえ、赤黒メイドは不安そうに互いを見合った。
「ほんとにヤバそうね・・・。」黒が騒ぎのほうを見ながら言った。
「今日は仕事はやめに切り上げてとっとと帰ったほうが良いわね。」赤も素直に同意した。
少し時間が戻る
アリスは、マハルが縄を入れるために持ってきたバスケットを小道具として携帯すると、堂々と部屋を出て、グラディスの部屋へ向かった。
自分もネオアトランティスからアリスに視点を移して、アリスに同行する。
うーん。なんかするだろうなとは思っていたけれど脱走かー。想像しなかったわけじゃないけれど、実際にやられるとかなりビビる。
アリスは部屋を出ていくと、アリスの部屋に張り付いている兵士に軽く会釈してすれ違った。兵士はメイドのことなど気にしていないのか、顔を確認することもなくそのまま通した。
アリスがすれ違いざまにニヘェと笑ったのが分かった。
うーん、楽しんでるなぁ。サイコパスかな?
兵士をクリアすると、アリスはグラディスの部屋へ堂々と向かった。途中メイドや兵士たちとすれ違う事もあるが、軽く会釈をしてほぼスルーだ。メイドたちの中には、こんなメイド居たっけ?みたいな感じで小首を傾げるものもいたが、だからと言って特にどうということはなかった。
グラディスの部屋の周辺でしばらく迷子になったものの、何となく見覚えのある所にやって来ることができた。
「マハル?」ちょうどその時、後ろから声がかけられた。
アリスがびくっとして後ろをちらりと振り返るとそこには黒メイドが居た。
アリスは慌てて黒メイドに背を向けすたすたと通路を進むと、一番最初の廊下を曲がった。幸いにも黒メイドは追いかけてはこなかった。
曲がった先の廊下はちょうどグラディスの部屋に続く廊下だった。廊下に並んでいるメイドたちの部屋の一つに兵士が一人立っている。
アリスは周りを確認しながら廊下を進み、どうやら兵士の見張っている部屋がグラディスの部屋であると認識したようだったが、兵士が居るのでそのまま部屋の前を通り過ぎた。
とりあえず武力行使で中に入ろうとしなかったのでこの時はホッとしたが、後々考えるとこの時「に」暴力に訴えていたほうがよっぽど平和裏に事件は終わっていたのだ。
アリスは廊下の先の曲がり角まで行くと、角からグラディスの部屋の様子を覗き見た。
アリスはしばらくの間グラディスの部屋の様子を観察しながら待ったものの、特に兵士が動く様子もないので、困った様子。
その時。
アリスの隠れている壁近くの扉からメイドが入ってきた。
アリスは慌てて顔を隠したが、その瞬間に扉の外が庭に続いていることを捕らえた。
扉から入ってきたメイドは、アリスを不審そうに見ながら通り過ぎていく。
アリスはメイドの姿が廊下の向こうに消えたのを確認すると扉を開けて庭に出た。
外はすでに日は完全に沈んでいたが、ところどころに松明がともされており庭は明るかった。
庭側からグラディスの部屋が分かるだろうか、と思ったが、庭側にも兵士が一人張り付いていたのでそこがグラディスの部屋だと簡単に判明した。
アリスは庭側の石垣の陰から十数m先のグラディスの部屋の様子を覗き続ける。
部屋の窓から中に明かりがともっているのが見えた。誰か居るようだ。
しばらく眺めていると、窓の中をグラディスらしい姿がちらりと横切った。
アリスがハッと背伸びをする。
そのあとはグラディスが見えることもなく時間が進む。兵士も動く気配はない。
いかん。
だんだんアリスがイライラしだした。
と、アリスがポケットから紙を取り出した。手紙のようだ。
こんなんいつ書いたんだ?
これをグラディスに渡すつもりで脱走したのか。うーん、ネズ子でどうにか届けてあげる方法はないだろうか。
そんなことを思案しているうちに、アリスはバスケットの中にマハルが入れていたハンカチを取り出した。アリスはそこらへんに落ちていた石を拾い上げ、手紙を巻き付けるとハンカチで固く結びつけた。
アリスは隠れていた石垣の陰から立ち上がると、仁王立ちでグラディスの部屋を見つめた。
大きく一つ息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
そして、大きく振りかぶって、投げた!
アリスがワインドアップで投げた手紙の巻かれた石は窓枠の下に当たるかと思いきや、手前で二つホップして轟音とともに窓ガラスを突き破って中に飛び込んだ。
グラディスに当たってないよな!?
兵士が慌ててグラディスの部屋の扉を開けて中を確認に入り、すぐに出てくると、隠れるのも忘れて今の投球に大満足していたアリスを見つけて大声を上げた。「緊急!緊急!曲者だ!」
グラディスの扉を守っていた兵士のほか、庭に居た兵士たちが遠くからアリスに向けて駆ける。
アリスはヤベッとばかりに近くの扉の中に逃げ込んだ。
そして今。
兵士たちはグラディスを抹殺しようとする怪しい女が居るとの連絡を受け、その女を血眼で探し回っている。
ゴリ1、2で様子見してきたところ、城中どこもかしこも大騒ぎだった。
そんな中で、メイドたちの居住している区画の地理には明るくないアリスが、うろうろ逃げ回った結果、なぜか裏庭の茂みに隠れることになったのは仕方のないことだったのかもしれない。
が、この後が良くなかった。
ちょうど、アリスが隠れている茂みの脇で兵士と使用人が揉めていた。
「なんで、身体チェックなんてされないといけないのよ?」
「今日は不審者が城内に紛れ込んでいるので。そのためのチェックです。」
「私、いつも、ここから帰ってるの知ってるじゃないの。顔憶えてないの?」
「仕事ですので。」と兵士。ここまでなら良かったものの、兵士は一言余計なことを付け加えた。「もしかしたら、貴女が犯人でなくとも、なんかしらの証拠を持って出て行ってしまうかもしれないですし。」
「私のこと疑ってるの?」揉めている女性の後ろには3人の列ができている。彼らは早くしてくれないかなとばかりに最前列でもめている女性を覗き見ていた。
そこは城壁に開いた小さな門で、彼らは城の外へ帰っていく通いの侍従たちの様だ。
茂みからその様子を覗いていたアリスだったが、メイド服についた汚れを払って立ち上がった。そして、堂々とした歩みで列の後ろに並んだ。
いや、待てし。
いろいろダメだろ。
この向こう城外だぞ?城の外に出るのは完全にまずいって!
そもそもメイド服のまま城の外に帰ろうとしているのがアリスしかいないんだが、バレないとでも思っているのか?
すでに、兵士は押し問答している女性より後ろに並んだ怪しいメイドのほうが気になり始めている。
アリスはいちおう、マハルの来ていたカーディガンのような羽織を身につけているものの、前に並んでいる連中に比べると圧倒的に薄着だ。
そんなもん堂々としてりゃいいのよとでも言うかのように、アリスは胸を張って腕を組んで人差し指でとんとんと二度腕をたたいているもんだから、より怪しさが際立っている。
そんなアリスのせいか、揉めていた女性とその後ろの3人は急にさらっと通され、あっという間にアリスの番になった。今まで兵士が一人で対応していたが、アリスの番になって二人ほど追加で集まってきた。
「その格好でどちらへ?」兵士が小柄なメイドをじろじろと見ながら訊ねた。不信感が声色に漂っている。
「お買い物です。」アリスが答える。
「こんな遅くに?その格好でですか?」兵士たちが怪しいとばかりに詰め寄ってきた。
「王女殿下のご命令ですの。」
アリスがそう答えた瞬間、集まっていた兵士が「ああ、なるほど」という顔をした。
今までのアリスの良くない行いがここで役に立っているようだ。因果応報ってこういうことだっけ?
「グラディスの後釜のメイドか。」
「はい、マハルと申します。」アリスは堂々と答えた。「通ってはまずいのでしょうか。」
兵士たちがどうする、というように顔を見合わせた。「とりあえず、今は控えてもらえないだろうか?」
「それでは王女様に怒られてしましますわ。」
兵士たちは再び顔を見合わせて相談を始めた。「また怪我とかさせられたらかわいそうだし・・・」と兵士たちの言葉がうっすらと聞こえてくる。暴力王女アリスの名声はここまで届いているようだ。
自分のことが悪く言われているとはまったく考えていないアリスは兵士たちの密談の様子に耳をそば立てている。
兵士たちの会議は、とりあえずは上からの命令の通りきちんと身体検査をしてみよう、という結論に落ち着いた。
「身体検査と持ち物検査をさせてもらいます。」兵士の一人が言った。
アリスは黙って前に進むと、両手をTの字にあげた。集まっていた他の兵士が元の持ち場に戻っていく。と、その時だった。
「マハル?」列の後ろほうから声がかけられた。ちょうど帰るためにこの門にやってきた黒メイドだった。私服も黒い。
アリスが慌てて顔を隠す。
「あれ!?あなた・・・」
黒メイドがアリスのことに気づいて声を上げたが、そのセリフが意味を成す前にアリスは動き出していた。
アリスの服に手をあてようとして片膝になっていった兵士の顎が跳ね上がった。
アリスが思いっきり蹴り上げたからだ。
そして、アリスは、その兵士が倒れるのも待たずに、奥の扉の前に戻ろうと背後を向けていたもう一人の兵士の後に跳躍し、彼の膝の裏を踏みつけた。
途端にその兵士はバランスを崩して転倒する。
もう一人の兵士が慌てて腰の剣に手をあてるがもう遅い。アリスはその兵士の横を疾風のように走り抜けた。
が、
開いていた奥の扉の向こうからもう一人の兵士が現れた。
扉の向こうの兵士はアリスの姿を認め慌てて腰の剣を抜こうとする。
だが、すでに加速を済ませていたアリスの動きほうが速かった。アリスは即座に間合いを詰めると、今まさに抜かれようとしている剣の柄尻に掌底をたたき込んだ。
その打撃で兵士が抜かんとしていた剣が鞘に戻されガチャリと音を立てる。剣を抜くことを封じられた兵士にはその次の動きを考える暇さえ与えられなかった。
掌底の流れで兵士に背を向けたアリスはそのまま回転して兵士の股間に回し蹴りを撃ち込んだ。
「のごぉうぅ!」兵士がよくわからない声を上げて、股間を抑えたまま悶絶する。うわぁ・・・。
結局、実力行使で城門を突破したアリスは、兵士たちが大声で叫ぶのを尻目に城の外へと消えるのであった。
そして、この後も何故か逃げ回ったアリスは、城の周りにある貴族たちの居住区までも抜けて、第二の城壁の向こう側まで武力で突破してしまった。
二つ目の門に至っては、おそらくまだ何の情報も届いてなかったであろう無防備な門番を通りすがりの一発で問答無用で沈めて、ゆうゆうと抜けて来た。
かわいそうな門番は、可愛らしいメイドが夜更けに一人で歩いているのを心配してくれたのだろうか、愛想よく笑いながらやさしい声で挨拶をしてきた矢先に、顎先をかするようなロングフックを喰らい地面に倒れ伏した。彼にとって唯一幸いだったのは、アリスのパンチのキレがすさまじかったので、自分が何をされたか解らないまま意識を無くしたことだった。
何故、アリスが貴族街の外にまで出てきてしまったのか自分には全く理解不能だ。というか、よくよく考えたら、手紙を投げ込んで目的を達成したはずなのに、いまだに逃げ回っているところからして意味が解らない。
二つ目の門からしばらく走ったアリスは、街中を流れる川に架かる橋を渡ったところでようやく一息ついた。おそらく橋を見張っていれば自分を追ってくる兵士をすぐに確認できると考えたからだろう。
というわけで、アリスは川沿いの堤防の上に放置された木箱に片足を乗せ腰に手を当てて、橋の向こうの城のほうを眺めていた。落ち着いてきたのか、今更、後頭部を掻きむしりながら困った様子だ。
困り方が男らしい。タバコが有れば似合いそうだ。
いや、アリスにダンディズムは要らない。
城の周辺でいくつもの灯りがあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているのを眺めながら、アリスがつぶやいた。
「どうしてこうなった?」
それはこっちのセリフだよ!!
てか、ほんとにどうすんだよこれ・・・本当にどうしてこうなった?
ネズ子やネオアトランティスでどうにかできないか考えるも、いい方法が思いつかない。そもそも、ネオアトランティスで何かを伝えられそうな相手がマハルしかおらず、そのマハルはすまき状態で王女の部屋に転がったままだ。
あれ?
ってことは、王女が行方不明ってまだ誰も知らないかもしれないのか?
これじゃ、誰も探しに来てくれないじゃん。それどころか怪しいメイドとして捕まりかねん。
いや、城の人間に捕まるなら全然ましだ。
マジ勘弁してくれ・・・。必死で考えを巡らす。
と、
「おねえちゃんどうしたの?」途方に暮れているアリスの後ろから声がかかった。
そこにはみすぼらしい格好の少年がいた。歳は10歳を少し過ぎたくらいだろうか。
「迷っちゃったのよ。」アリスが振り返って素直に答えた。「あなた、どこか泊まれる場所を知らないかしら?」
いや、城帰れよ。
「知ってる。」少年が嬉しそうに返事をして手を差し出した。「案内してあげるよ。」
「あら、ありがとう。」アリスは優雅にその手をつかむと少年に引かれるようにして歩き出した。
アリスさん?
少年とはいえちょっと無警戒すぎじゃないですかね?
「おねえちゃんは、なにしようとしてたの?」
「王女様のお使いで、お買い物に行く途中だったのよ。」アリスがさっきついた嘘をもう一回つく。
「? お買い物はもういいの?」少年が鋭い指摘。
「え? うん。もう遅いし、お店閉まっちゃってるからね。」アリスは適当に答えた。
「お金は大丈夫?」
「お金!?」アリスはここで初めてお金がないと宿代が払えないという考えに行きついたようだった。
少年が不安そうにアリスのことを見る。
「大丈夫、ちゃんとあるわ。」アリスは再び嘘をついて、メイド服のポケットのある辺りを手のひらで叩いた。
その様子を見た少年の目がキラリと光ったが、アリスは宿の支払いのことが気になっているのか、うわの空で気づかない。
「あなた、名前は?」
「スタン。姉ちゃんは?」
「アリスよ。」さらっと本名答えるなし。アリスは続けて質問した。「あなたこのあたりに住んでるの?」
「そうだよ、このあたりには詳しいんだ。次はあっち。」
少年は徐々に街の奥の汚い区画に向かっていく。
エルミーネの馬車から見た感じ城下町はすべて綺麗なのだと思っていたが、必ずしもそうではなかったようだ。
二人は、人が住んでいるのかも怪しい崩れかけの建物の並ぶ通りをどんどん奥へと進んでいく。時間が遅いこともあって人通りは無い。月明かりだけがうっすらと二人の進む道を照らしていた。
ここは街というには汚なすぎる。廃墟と言ったほうが近い。彼の案内する先に泊まれる場所など到底ありそうもない。
ヤバい・・・。
ダメなやつだ、これ。
アリス!本当に後先考えてくれ!!
少年はしばらく、アリスの手を引いて歩いていたが、「こっち」と言って、手を放して道を曲がろうとした。
その瞬間、財布をすろうとしてメイド服のポケットに伸びた少年の手首をアリスがつかんだ。
「???」アリスが手首をつかんだまま少年をじっと見た。怒っているとかそんな感じではない。不思議そうに少年を見つめているだけだ。
あ。
もしかして、こいつが何をしようとしたか解かってないのか?
「ちっ、離せよ。」少年が今までの素直な様子とはうって変わった声を出し、アリスを蹴飛ばそうと足を振りかぶる。
その動きを視界の端に捕らえたアリスは条件反射で、あ!アリス!それダメ。
アリスの頭突きが少年にさく裂した。
ゴンという鈍い音が響き、ローキックを繰り出そうとした少年の動きが止まった。
痛みのせいか、脳が揺らされたせいか、ぼんやりとアリスを見上げたまま止まっていた少年だったが、徐々にその目に涙がたまっていき、涙が瞳からあふれ出すと同時にギャン泣きし始めた。
「え?」アリスがあわあわと慌てる。「え?その、泣かないでよ?ね?ね?なんで泣くの?」
痛いからだよ!そりゃ泣くよ!
今まではアルトやグラディスだったからまだよかったものの、子供じゃ泣くだろうよ。しかも手加減なしでかましやがったし。マハルみたいに気絶しなかっただけましだ。
そう考えると、アルトとグラディスってすごいな。アリス派は選ばれた二人だったわけだ。
少年は相変わらず大声で泣き続ける。
「ちょっと、そんなに泣かないでよ。ねぇってば・・・」
少年のそばにしゃがみ込んだアリスはしどろもどろで、どうにか泣き止まそうとするが、アリスには子供をあやす方法が分からない。




