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1-1 さいきんの異世界転生

 目を覚ます。

 さわやかな心地だ。


 体のどこにも微塵の痛みもない。血の匂いも胃液の酸っぱい匂いもない。

 良い香りがする。

 目も見える。光が分かる。


 立ち上がろうとするが、まるで自分の体ではないみたいだ。ふわふわと宙に舞ってしまうくらい体が軽い。

 柔らかなベッドから腰を上げ、自分の体を確認するために鏡へと歩き出す。


 鏡?

 鏡なんていったいどこにあったっけ?

 ベッド?

 ベッドって?


 ??ここはどこだ?


 ぼんやりした頭に無理やり鞭をいれて、周りを確認する。

 白く塗られた石造りの壁。壁には高価そうなアンティークの鏡台。鏡の前に小さな水差しと箱がいくつか置いてある。

 その手前の壁際に鏡台と同じ色の木材で作られたアンティークの机と椅子。

 高価そうな逸品だ。

 机の上には燃え尽きたろうそくと、数冊の本と、あれは羽ペンかな?

 本の一冊はろうそくの脇に開かれたまま置かれている。

 床は赤いじゅうたん。

 机と反対側の壁には窓がある。窓からは遠くの山と空がが見える。見晴らしがよさそうだ。

 今、自分の立ち上がったベッドにはじゅうたんと同じ赤でコーディネートされた天蓋がついている。

 乱れた白いシーツの上に邪魔だとばかりにくしゃくしゃに丸められた赤色のブランケットが投げ置かれていた。

 ベッドの脇には、なんだろう?

 一脚の家具がおかれている。

 帽子掛け?

 天辺が布で隠されて脚しか見えていないので何の家具か解らない。


 ほんとに、ここはどこだろう?


 目に入る風景とは全く乖離して、視界の端に三角の透明なしるしのようなものが見える。

 たぶん、これは見えているだけで、実際にはないものだ。

 スマホだったら思わずタップしたくなるような形の丸っこい三角印だ。視界に合わせて必ず左上についてくる。

 これは風景ではない。自分の目の問題のようだ。目の中のごみ見たいにふわふわ移動したりもしない。言いえるなら、テレビの時刻表示みたいな感じで視界に付属している。


 自分はどうなってしまったんだ?リスキーな治験に自ら志願して失敗し、死んだんじゃなかったっけか?

 惰性のまま鏡台に辿りつき、鏡の中の自分を確認する。


 !?

 鏡の中の自分は金髪の美少女だった。

 わたくし、星井一彦は美少女に生まれ変わったらしい。


 少し動いたせいで目が覚めてきたのか、思考が矢継ぎ早にめぐる。

 これは、あれだ。昔、アニメとか文庫本とかであった、転生とかいうやつか?

 異世界転生??だっけ?

 大体のところ勇者とか、強いモンスターに生まれ変わって活躍するとかいう話だった気がする。ゲームの中に生まれ変わるのとかもあったけど、あまりそこらへんには詳しくない。

 美少女にも生まれ変わることもあるのか・・・。

 自分、男なんだけどな。

 美少女だけど勇者とかなのかな。だったらいいな。というか、赤ちゃんじゃなくてこんな中途半端な年齢に生まれ変わるものなのだろうか?

 そういえば、ゲームの中に入るような話もあったはずだ。もしかして、左上の三角はゲームでメニューを出す感じのアイコンなのだろうか?

 試しに押してみようか?これどうやって押せば?


 指で視界の三角のところを押そうと考えた瞬間、三角のアイコンが点滅し、スライドするようにコンソールが出てきた。


 ・・・間違いない。ゲームの中に入っちゃったとかそんな感じのやつだ。メニューには結構な項目が羅列されている。

 これは後でいいか。

 それよりも今は自分の体のことだ。

 出てきたメニュー一覧の多さにめんどくささを感じたので、コンソールについては先送りにして閉じようと考える。その瞬間、考えただけでコンソールが引っ込んで元の三角にもどった。考えるだけでいいのか、便利。

 改めて視界を鏡に戻し、眠そうな自分の顔に意識を集中する。

 鏡に写る自分は結構な美少女だ。金髪碧眼。歳のころとしては中学生くらい?のちびっこだ。外人の年齢はよくわからない。

 ヨーロッパ系の顔立ちだが、幼さのせいだろうか彫りが深いとか角ばっているとかはまるでない。ぱっちりとした大きなアーモンドのような目は海のような碧い瞳を携えている。眉は凛々しい一直線で、眠そうな今はそうでもないが、きっときちんと目覚めたら勇ましく厳しい印象を与えることだろう。かわいい美少女だが、この眉と爛爛とした目のせいで幼いながら「烈女」という言葉が似合う。

 ちびっこだが口喧嘩したら負ける、風貌だけでそんな印象を受ける。

 胸のあたりまで伸びた輝くような金髪は寝起きで撚れていても、すごくサラサラなのが分かった。

 これが自分、というのはなんかもやもやする。冴えない、イケてない、おっさんが、全く真逆の美少女になったわけだ。

 自分の顔を見ていてなんだけれど、碧い瞳に吸い込まれそうだ。無意識に伸びをしながら片目をつぶってあくびをした。片手をあげて背中を伸ばしたひょうしに反対側の肩からネグリジェのひもが落ちてドキドキする。

 自分ってこんなロリコンだったっけ?

 この子は大きくなったら間違いなしに美人になるだろう。

 といっても、まあ、自分のことなんだけれど。

 

 ともかく、地獄のような前世の最期からまさかの美少女に劇的な生まれ変わりを果たしたわけで、いろいろと確認すべきことは山ほどある。

 でも、自分が一番最初に確認しようとした事は、ごくありがちな行動で、かつ、もっとも本質的なことだった。


 ついてないことの確認。


 断っておくが、いやらしい考えによるものではない。

 たぶん。

 本当にさよならしているかどうか。

 女になってしまったかの確認だ。

 この世界が日本ではなかったとしても、突如トランスジェンダーとなった自分にとって暮らし良い場所である可能性は低い。

 いろいろな意味でドキドキしながら、ゆっくりと手を伸ばして・・・・・・歯ブラシをつかんで歯を磨き始める。


 ?


 もう一度、自分の股間にまぶだちがまだぶら下がっているかを確認をするために・・・奥歯の裏側を隙間まで良く磨く。


 ??


 体が全くもって自分のやろうとしたことと関係のない動きをしている。

 ・・・もしかして、この美少女、自分じゃ無くね?

 とりあえず踊ろうとしてみたり声を上げてみようとするも、自分が自分と勘違いしていた少女は何事もなく歯磨きを終え、口をゆすぎ、顔を洗い、ベッドの反対側にあったタンスから着替えを選び始めた。

 あっれー?

 美少女だと思い込んでてた自分を思い出してちょっと恥ずかしい&情けない。


 ・・・・・・。


 いや、なんか、ほんとに恥ずかしい。

 感覚はばっちしあるんだけどなー。なんか自分の体を乗っ取られた気分。

 いや、乗っ取ってるのはこちらか?自分がこの子に憑りついたみたいな感じなのかな??

 思考の中で「憑りついた」という言葉にたどり着いた瞬間、自分の状況が認識できた。理解や推測とか頭での認識ではなく、自覚していなかった感覚的なものが、「憑りついた」という言葉に形を与えられて違和感として知覚されたのだ。


 自分の自我はこの少女とは別にある。


 自我どころか、感覚もこの娘とはまったく別にあり、いま自分が知覚している感覚はこの少女の五感を間借りしているだけなのだと気が付いた。そして少女から得ているシグナルが強すぎるので自分の感覚を見失っているのだと。

 自分の感覚がこの少女の感覚とは別にあることに気づいてしまえば、あとは自分の感覚を見つけ出すことに集中すればいい。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚・・・・五感のすべてを少女のものと切り離していく。切り離すというより、区別していく、といった感じだ。

 いま目に映っている、少女が選んでいる最中のドレスの指ざわりは少女のものだ。部屋に漂うお香のような香りも、シルクの部屋着のなめらかな肌触りも、やわらかなじゅうたんの上に立つ感触も全部少女の感覚であって、自分のものは別にあるはずだ。

 そして、本当の自分の感覚を探し当てた結果、良く分からない結論にたどり着いた。


 自分には視覚、聴覚、嗅覚、味覚すべてがなかった。今感じているこれらの感覚はすべて少女のものだ。


 ただ、触覚。これだけは自分自身の感覚を少女のものとは別に探し当てた。これがさっき認識した違和感の正体だ。

 これも正確には触覚と呼んでいいのかわからない。なぜなら、この触覚だけで自分がどんな物だか、さらには周りがどんな感じだかまで、視覚で理解するかのように把握することができてしまったからだ。感覚を表す言葉ではないが、気配といったほうがしっくりくる。

 この自分自身の触覚=気配からの想像だが、自分はどうもゲルっぽい液体の中にいるようだ。前職(前世の職業という意味で)の職業柄、培養液の中に居るのを真っ先に思い浮かべた。

 次に、少女の感覚と対比して何となく把握できたことだが、自分は少女よりかなり小さい生き物のようだ。大人子供の大きさ比ではない。もっと小さい。人と虫とかそんな感じだ。それも蚊とか、夏の道にときどき集まって飛んでいる小さな羽虫のような・・・いや、それよりもずっとずっと小さい。

 そして、自分には手もない、足もない、頭もたぶんない、目も口も鼻もない気がする。アレがついてないどころの話じゃなかった。それこそ、何もついていない体には上も下も右も左もなく、しいて言えば自分が望んだほうが前だ。

 そして何より理解が追いつかない点が一つある。

 自分は大量にいるらしい。

 形を把握できないほど小さな虫のような粒が多数。意識は一つで、体たくさんという感じだ。

 一個体に意識があってスペアがあるという感じではない。たくさんの意識のない生命集団に、一つの意識としての自分が宿っている感じだ。体がバラバラになっているが、それぞれのパーツをを好き勝手に動かせるといったほうがあっているかもしれない。ただ、バラバラのパーツの数は尋常じゃなく多い。

 中心となる何かがあるような気はするのだが、パーツのひとつひとつの大きさが小さすぎてイマイチ形がつかめない。

 また、自分の周りには、大量にいる自分とは別に自分と同じような小さな存在がたくさん存在していることも分かった。

 話しかけてみても彼らから返事はない。生き物ではないのかもしれない。

 もしかしたら、こちらが話しかけたつもりになっているだけで、話しかけるという行為ができていないという可能性もある。


 うーん。

 どういうこと?


 三度のノックの音が少女の聴覚を通じて入って来た。

「入りなさい」美少女が口を開く。

 語尾のイントネーションが強い。高飛車な感じだ。声そのものは年相応の女の子のかわいらしい声だ。

 このタイプか。

 昔見ていたアニメとかで出てくるわがままなお嬢様の声だ。そういえばその手のキャラは金髪ばっかりだったなと思い出して納得する。


 部屋に入って来たのは女の子のメイドだった。彼女は左手には小さなバスケットを提げていた。

 質素なメイド服を着たこちらもかわいらしい女の子だ。

 金髪美少女の問答無用の美しさにはかなわないが、守ってあげたくなる感じの乙女だ。金髪美少女より間違いなくお姉さんではあるが、童顔だったとしても二十歳は超えていまい。日本だったらスマホいじってキャッキャしているくらいの年齢かな。


「おはようございます。王女殿下」メイド娘が美少女に頭を下げた。


 王女かよ!

 王女はメイドの挨拶に一瞥をくれただけで選んでいた洋服に目線を戻すと、おもむろに棚からグリーンの一着を取り出した。すでに持っていたディープレッドの一着を左手に、取り出したグリーンの一着を右手に、それぞれドレスの首根っこをつかむかのように握り、両手をメイドに向かって突き出した。


「どっちがいい?」王女はじっと睨むようにメイド娘の目を見つめた。

 碧い瞳で見つめられたメイドは、逃げるように視線をドレスに泳がせると、

「こちらの深紅のドレスが良いかと」と答え、うかがうように王女の碧い瞳に視線を戻した。

「なんで?」王女は問い詰めた。

「え?なんで?」メイドは思ってもない追加の質問に目を見開いた。「え・・・、ええと、本日のような晴天の日には、王女殿下の美しい御髪と瞳には真っ赤な赤が似合うかと存じます。」


「じゃあ、緑にするわ。」


 え!?

 えぇ・・・。

 王女はメイドの返答に間髪入れず答え、そして、赤いほうのドレスをこれ要らないとばかりにメイドに放り投げた。

 メイド娘は王女が緑のほうのドレスをまとい始めたのを見て、すこし悲しそうに赤いほうのドレスをクロゼットに戻しに向かった。

 ドレスを戻し終えると、メイド娘は壁際の机のところへ向かった。

 メイド娘は、まず、燭台のろうそくを新しいものに変え、机の上に開きっぱなしだった本にしおりを挟んでほかの本と一緒に机の奥に並べる。次に、片付いた机の上を布巾で拭いてから持ってきたバスケットを置くと、小さな布包みを取り出して広げ、中に入っていた櫛とブラシをその布の上に並べた。さらに、その隣にバスケットから新しい水差しと小さなガラス製のコップを取り出して置いた。

 手際がとても良い。いつもの流れなのだろう。

 メイド娘は一連の動作を終えると櫛とブラシはそのままに王女のほうに歩みよってきた。

 ドレスに着替え終えた王女が振り返ってメイド娘に背中を向けると、ブンッと首を振り回して長い金髪を肩より前に絡めあげた。白いうなじが露わになったのを感じる。

「アリス様。そのやり方ははしたなくございますよ。」すぐ後ろからメイドの声が聞こえた。

「いいのよ。まだ髪をとかしてないんだから。」アリス王女はそう答えながら、メイドの手がドレスの背中に触れたのを感じて背筋をぴんと伸ばす。

「それでもダメです。」そう答えたメイドの手がドレスの後ろのひもを結んでいくのを感じる。

「グラディス。今日は結ってちょうだい。適当でいいわ。」

 ドレスの後ろが結び終わってメイド娘の手が背中から離れたのを感じると、王女は跳ねるように鏡台の前の小さな椅子に向かい、鏡に向かって座った。そして、太ももの間から椅子の前をつかんで、前後にカタカタと揺らした。

「アリス様。お行儀悪くございます。」すかさずグラディスと呼ばれたメイドがたしなめる。

 グラディスが櫛とブラシを取りに行きながらそう答えるのを鏡ごしにみながら、アリス王女は心なしかニヤニヤしている。顔つきが端整なので大人っぽい性格だと色眼鏡で見ていたが、この子はただのイタズラ好きな子供なのかもしれない。

「それに、王女殿下が適当な御髪など、いけません。」

「別にいいのよ、今日も外出ないし。」王女はわざとらしく口をとがらせて言う。「また何かあると、アルトが来てウザイから。」

「アリス様、それでもです。」グラディスが再びたしなめる。「それともっときちんとしたお言葉遣いをしてください。」

「じゃあ、いつも以上にきちんと結っていいわよ。その代わり絶対誰にも見せないけど!」そう言って、アリスは鏡ごしにグラディスに二カッと笑った。

「わかりました。」グラディスが仕方ないという感じで苦笑して答えた。

 アリスは椅子をカタカタ鳴らすのをやめ、おとなしく鏡の中で自分が髪を結われていくのに見入った。感覚がシンクロしているせいか、アリス王女がとても幸せなのが分かった。

 鏡に映るグラディスも王女のやわらかな髪に櫛を入れながら、とても幸せそうな表情だ。


 金髪の美少女は「アリス」。王女。たぶん、我儘な女の子。

 メイドは「グラディス」。たぶん、王女のお付のメイド。

 自分は、・・・なんなのだろう。

 たぶん、もう「星井一彦」ではない。


 あ、今、腕にグラディスのおっぱい当たった。


 もう一度当たらないかとかと腕に意識を集中している間に、グラディスは王女の髪を纏め上げていった。

 って、これ結婚式とかで見るガチの髪型だ!この子すごいな。

「ありがとう!どう?」アリスが嬉しそうにグラディスを振り返る。

「素敵ですわ。王女殿下。」グラディスはアリス王女に微笑み返した。

「でも、今日は部屋から出っなーい。」アリスはそう言って両手を広げて、ドレスの裾をふわりと舞い上げながら二回りするとそのまま、ベッドのところまで駆けて行った。

 アリスはベッドには飛び込まず、ベットの脇に立っているてっぺんに布のかかった家具の前に行くと、布をバサッと引っぺがした。

「おはよう、ネオアトランティス。どう?」アリス王女は布の中にいたものに向かって声をかけた。布の下には、大きめの鳥かごと、中に立派な黄色いオウムが居た。

 ネオアトランティスってなんかすごい名前だな。

「おはよう、グラディス!おはよう、アリス!」オウムが羽をバタつかせながら鳴く。

「おはよう。」アリスがもう一度挨拶する。「この髪型どう?すてき?」

「アリス、すてき。アリス、すてき。グラディス、すてき。」

「ありがとう」アリスがニッコリ笑って、鳥かごの隙間に手を伸ばして指を入れると、ネオアトランティスは体をひねるようにして頭を下げてアリスの指先をあまがみし始めた、が、突然思い出したように止まり木の上で姿勢を正すとメイドのほうを向いて「グラディス、ご飯。グラディスご飯!」と騒ぎ始めた。

 このオウム頭いいな。

「グラディスー。ごはんー。グラディスー。ごはんー。」アリスが真似る。可愛い。

「少々お待ちください。すぐに準備いたします。」ブラシと櫛を片付けたグラディスは、王女の脱ぎ散らかしたネグリジェやら、もともとこの部屋に置いてあった水差しやらを回収するとゆっくり礼をしてから退室していった。


 グラディスが行ってしまうと、アリスは机の上からさっきグラディスがしまったばかりの本を再び抜き出してベッドの上に腹ばいになって読み始めた。アリスと感覚を共有しているためか、日本語でも英語でもドイツ語でもないにもかかわらず、何が書かれているか読める。

 なになに、

『貴は田畑1単位につき、土地の代金、水の代金、運搬費、経理費、倉庫管理費に加え、水路の使用料、道路の使用料、倉庫の使用料、についても別途公正もしくは平等の分配をもってして貴の農民に租税として請求するべきである。その際の各使用料の目安は、施設の豪華さと規模並びに維持費を基準に領主たちが決定すべきであり・・・』

 この年齢の人間の読む本じゃねぇ!

 王女ちゃん、こんなの読むんですか!?

 さっきのグラディスとの会話とギャップがありすぎてちょっとびっくりした。

 アリスは数ページ前に戻って読み直し、また今の一文を読み直して、眉をひそめながらもう一度、数ページ前の違うページを読み直して、再び今の一文を読み直す。一生懸命理解しようとしている様子だ。そんなことを何度か繰り返したあと、両手で本を持ってバンバンとベッドに二度たたきつけて叫んだ。

「水の代金と水路の使用料って、二重徴収じゃない!!」

 たしかに。

 アリスの声にネオアトランティスがびっくりして羽をばたつかせた。

 王女は再び本に目線を戻すと今度は十ページくらいめくり、章の最初まで戻って読み始めた。

「土地代と道路の使用料もまとめたらいいじゃん。」

 せやな。

 てか、ちゃんと理解して読んでるんだな・・・。

 アリスが本に没頭し始めたので、再び自分の正体について頭を巡らすことにする。

 ほんとは一緒に本を読んでみようとも思ったのだが、アリスの目線と自分の読むスピードが合わず、すぐに乗り物酔いのようになったので止めた。内容も自分には関心のない経済か法律だかの専門書のようだったので興味もすぐ薄れた。

 そんなんことより、自分についてだ。

 自分は小さい大多数の者/物。でも意識は一つ。

 死んではヤバい核になる部分はあるような気がするのだが、お湯に溶けた砂糖のように自分の意識が集団に拡散してしまっていてよくわからない。


 おそらく、自分はアリス王女の中に居る。


 ヒントを探して再びコンソールを開けてみる。間借りしている王女の視界に重なるようにメニューやフレームが現れた。

 アリスがコンソールが現れても依然本を読み続けているので、彼女にはこれが見えていないのは確実だ。

 左下に結構な桁数の数値がある。そのとなりにも、数字がいくつか並んでいる。

 18000と1と1と0。何の数字だろう。

 18000。これはゲームで言うスタミナかヒットポイントのたぐいのものだろうか?隣の二つの1は見当もつかない。0もしかり。

 左側、数字の上のスペースは四角く囲まれたフレームになっていて、一番上に見出しのように【スキル】の文字。

 右下にも大きめのフレームがあるがここは何も書かれていない謎の空間。

 その上にはいくつかある長さの違うバーがある。いくつかあるそのバーにはラベルが打たれていた。STRとかINTとか。能力値だろうか?

 STRってstrengthの略だよな。たぶん筋力。てことはINTは知力、AGIはすばやさ、VITはバイタリティー、活力ってことだろう。DEXはなんだ?dexterityか。器用度ってことかな?

 それぞれのバーはスライドできそうだ。

 各バーの長さは違っていて、INTが他に比べやや飛びぬけて高めで、STRは一番低い。増やしたり減らしたりできそうだ。

 経験点を能力値に振り分けられるみたいなことだろうか?

 試しに、STRを増やそうとしてみる。バーをスライドさせるイメージをするがうんともすんともいわない。連打するイメージでも無駄。INTでも試してみるが変化は起きない。逆にINTを下げてみる。

 下がった。

 思い切って半分くらいにしてみる。

 別段バカになった感じはしない。なんだこれ?

「あーーっ!!」と、また、解らないことでもあったのかアリスが急にイライラした声をあげた。

 何が気に入らなかったのかと、なんとなくアリスが読んでいたところを読もうとしてびっくりした。

 何が書いてあるか解らなくなっていたのだ。

 文字は読めて、お金のことが書いてあるのと畑のことが書いてあるっぽいことは判るのだが、内容が全く頭に入ってこない。

 すげー。自分ちゃんとバカになってる。

 ・・・この能力、なんかの役に立つのか??

 とりあえず、INTを元に戻す。

 元通りに本を理解できるようになっているかを確認したかったが、イライラしたアリスが水を飲みに立ち上がってしまっていたので後回となった。

 その間にAGIとDEXもいじってみる。

 てか、今の自分の状態で、AGIとかDEXとかSTRとかってどう影響するのだろうか??

 AGIもDEXもやはり増やすことはできなかった。こちらも減らすことは可能のようなので、DEXを下限まで落としてみよう。

 パリン。

 王女がコップを落とした。

「ああん。もう!」

 腹立たし気にコップを拾おうとしたアリスは、今度は水差しに腕をひっかけて倒してしまった。

「・・・。」無言のアリスだがめっちゃ怒ってるのが感覚的に伝わってくる。


 ん?


 もしかして、この能力値ってアリスの能力値なのか!?

 うわあ、マジごめん。

 こぼした水で本が濡れないように慌てて避難させているアリスに届かない謝罪をし、慌てて能力をもとに戻す。

 この時、少しだけ違和感を感じた。

 それが何だったかは後になって気づく。今は予想外の出来事に大慌てで気にしている余裕はなかった。

 ともかく今までのことをまとめると、自分はこの美少女のパラメーターをいじる(下げる)ことができる、と。

 王女の足を引っ張って遊ぶタイプのゲームですかね?これは。

 自分は何をする目的で生まれ変わって来たんだろうか。

 もう一つ。

 左下にあった18000の数字が16546に減った。

 この数値は、やはり、スマホゲームでいうところのスタミナというやつだ。今のパラメーター操作でスタミナが減ったのだ。

 スマホゲームの場合は、これがなくなると動けなくなリ、回復するまで待つしかなくなる。それだけだ。

 ただし、自分の場合は少しだけ違う。感覚で理解した。


 これは自分の数だ。


 ちょうど今、さっきよりも自分の数が一割くらい減っているのを感じるからだ。

 確信を持って言える。

 これ0になったら死ぬ。

 死ぬというか消える。


 あわわ。

 この数値どうやったら戻せるんだ!?

 消滅するかもしれないという恐怖にドキドキする。

 ちょっと増やせないものかと『増えろ!』と念じてみる。


 16800まで増えた。


 そんな簡単に増えるんかーい!!

 微差なので分かりづらいが、自分の数もちゃんと増えている気がする。踏ん張るだけで増やせるんなら、きちんと回復しとくか。

 もうちょっと増えようと考える。


 18300まで増えた。


 今度は確実に自分が1割くらい多くなったのを感じた。

 ていうか、18000超えるの!?

 18000ってMAXじゃなかったのかよ。

 よし、限界までチャレンジだ。ふんぬー。

 数値はどんどん上がっていく。20000を超えてきたあたりで直感で理解。これ自分、分裂してますわ。

 さらに数値は増える。

 そして、32000を超えたところで、アリスから受け取っていた感覚がすべてブラックアウトした。

 ブラックアウトした瞬間の浮遊感と、ドンという音、左腕と背中に感じた鈍痛で、アリスが卒倒したのだと解った。


 アリスの感覚が失われた世界で、自分の状態がつぶさに感じられるようになった。

 ここはアリスの体の中。血液か、髄液か、リンパ液か、あるいはすべてだ。いろんなところに自分が居るので正確な答えは出ようがない。そして、自分はその中を漂えるくらい小さい。

 おそらく・・・。


 コンソールは消えていない。アリスのものではないからだろう。

 【スキル】の文字からプルダウンメニューが展開できそうなので押すイメージをしてみる。

 項目別に分類されたスキルがずらっと羅列されて表示された。

 スキルの項目のいくつかが目に飛び込んでくる。


 【感染】

 【症状】

 【パンデミック】


 確信した。

 わたくし、星井一彦は細菌に生まれ変わったらしい。





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