1-15 さいきんの異世界転生
エルミーネの弾劾裁判が始まる前に、アリスが倒れた後に起こったことを少し話しておこう。
自分がネズ子を操ってケーキを食べに行っている間に、エルミーネは解放され家路についてしまった。
グラディスとアルトはしばらくの間アリスを看病していたらしい。グラディスがアリスの部屋に戻って来たのは、結構な時間が経ってからだったからだ。
エルミーネは帰ってしまったし、アリスに視点を戻しても完全にブラックアウトの状態だったので、アリスを看病していた二人の様子は分からない。
自分はときどき気絶したアリスとネズ子の状態を交互に確認しながら、ネオアトランティスで誰もいないアリスの部屋の様子を確認していた。ゴリを皆がいる部屋に向かわせる手もあったが、アリスのパラメーターを頻繁に見に戻りたかったのでそれはあきらめた。
かなりの時間がたってもネズ子の体内に毒がまったく巡ってこなかったので、ケーキに毒が入っていないことに気が付いた。おそらくエルミーネはアルトがケーキを食べに来ると知って安全を見たに違いない。
このまま放っておかれると、ネズ子が再び復活して逃げてしまいかねなかったので少々焦った。
が、幸いなことに、ネズ子は気絶から回復する前に部屋に戻ってきたグラディスに発見され、アルトにそのことが報告された。
そして、アルトはこちらの思惑通り状況からケーキを怪しみ、ケーキを布に包んでカバンに入れると、アリスの容態を確認に戻っていった。
ネズ子と吐しゃ物はグラディスの手によってかたづけられた。
後々ネズ子を検死したかったアルトが不平を言ったが後の祭り。おかげでネズ子はゴミ捨て場で息を吹き返し、死なずに済んだ。
そしてそれほど時間がたってもアリスは目覚めなかった。
パラメータは赤く点滅しアリスが危急の状態にあることを警告していた。
アリスが目を覚ましたのは結局、2日後だった。
そして、その時にはすでにアリス死亡の報は城中に流れていた。
で、会議に話は戻る。
アリス登場に会場は大きくどよめいた。
2日寝たきりだったアリスはまだ本調子ではなかった。食事も固形分を取ることは許されず、アルトの薬とグラディスのジュースしかとっていない。見た目も少しやつれたように見える。それにもかかわらず、今のアリスは凛々しく、この世の誰よりも王女らしかった。
まさかのアリスの登場にエルミーネが目を大きく見開いたのを感じた。
「お久しぶりです。陛下。」アリスは王に向かってドレスのスカートを少し持ち上げながら頭をたれた。グラディスといる時の甘えた感じも、ほかのメイドたちに対するときのチンピラのような声でもない、自分が初めて聞く、気品にあふれた澄んだ美しい声だった。
「息災そうでなにより。」王が返事を返した。今までより声が明るくなった気がする。
「そうでもなくてよ。お父様。」アリスが茶目っ気たっぷりに返した。今度は声色にいつものアリスが少しだけ覗いた。
「ばかな。死んだのではないのか?」ざわつく貴族たちの中、そう口を開いたのは、エルミーネでもサミュエルでもなくベルマリア公だった。
「まずはお喜びになるべきでは?」静かな声でそうたしなめたのはロッシフォールだ。この口調からするに、おそらくこいつはアリスが生きていることを知っていたに違いない。
「王女殿下におきましては、ご無事でなによりでございます。」ベルマリア公は取り繕うように頭を下げた。
「『なにより』どうなのかしらね?『なにより残念』?」アリスがベルマリア公をひやかすように言った。部屋の外からこの場の様子を聞いていたに違いない。
「めっそうもございません。この国の宝である王女殿下を失わずにすんで大変うれしく存じます。」ベルマリア公はアリスの意地悪には全く動じず、より深く頭を下げた。
「アルト卿、これはどういうことだい。」アルトに対して前のほうから怒鳴りかけてきたのは、サミュエルだった。
「どういうこととは?」
「王女殿下は生きてるじゃないか。」サミュエルが苛立たしげなジェスチャーを交えて言った。
「生きてますが?」アルトはさも当然というように答えた。
「僕たちに嘘をついたのか!アルト卿!陛下の御前で!!」
「いえ、そもそも私はアリス殿下が死んだとは一言も申しておりませんが?」アルトがすっとぼけた声で言った。「どこからそのような話になったのやら。」
とぼけているが、たぶんアリス死亡の噂を流したのはアルトだろう。
サミュエルはそうだっけ?というように動きを止めた。素直にアルトの発言を思い出そうとしているようだ。
「あなたさっき、殿下を解剖とかいってたじゃない!」今度はエルミーネがつっこんだ。
「? 別に生きていても解剖はできますぞ?」アルトはとぼけているのか本気なのか、とんでもない答えを返した。こいつ屁理屈言わせたら向かうところ敵なしだな。
「そんなことしたら、死んじゃうじゃない。」
「まあ、確かにそうですな。」
おい。
「そ、それは駄目だ。」会話に慌てて割り込んできたのはネルヴァリウス王だ。本気で慌てふためいている様子だ。アリスのことが絡むと王よりも父親が先に出てくるらしい。最初は感情的に渇いた人間だと受け取ったが、そうでもないのかもしれない。
「しませんって。」アルトが冗談ですよ的な雰囲気で王に向けて手のひらを振りながら返答した。相変わらずちょいちょい礼節をわきまえない。相手国王だぞ?
「こんな茶番はウンザリですわ!」エルミーネが腹立たしげに声を上げた。「王女がご存命ならワタクシが無実の罪で論われるいわれはございませんよね?」
「なにをおっしゃっているのですがエルミーネ殿。私はハナから『アリス殿下に毒が盛られていること』について話をしているのです。アリス殿下の生死は関係ありません。」
「予が命ず。アリスを亡き者にしようとした犯人を暴くがよい。」国王がしわがれた抑揚のない声で言った。その視線はエルミーネに向けられていた。
これで完全にアリスの毒殺未遂が白日の下にさらされた。
偶然に助けられた危ない橋だったが、とりあえずは作戦成功だ。
もしも、アルトがケーキを食べに来なかったら、アリスが吐かなかったら、ネズ子が解剖されてしまっていたら、アルトは毒殺を疑うこともなく話は終わってしまっていたかもしれない。
出来ればサミュエルを捕まえるところまで行ってもらいたいが、探偵役がアルトだし、エルミーネはともかくサミュエルまでは無理だろうな。
アルトは頷くと、一つ咳ばらいをして場の仕切り直しにかかった。
「アリス殿下。殿下は倒れられた日、ケーキ以外のものを食されましたか。」
「食べてないわ。おさ湯しか飲んでいないもの。」アリスが答えた。
「水分は2時間程度で吸収されてしまいます。エルミーネ殿は二時間以上授業を行っておられましたね。ですので、アリス殿下の吐しゃ物に、昼に飲んだ飲み物の成分が入っている可能性はございません。」
「ケーキを食べているときにグラディスちゃんの持ってきたお茶も一緒に飲みましたよね。」エルミーネが反論した。
「我々も飲みましたよ?それに、アリス殿下のカップに残っていたお茶にも毒物は発見されませんでした。お茶は液体です。毒の入っていた部分とそうでない部分があって、アリス殿下が毒の部分だけを綺麗に飲んだとは考えづらい。ですので、ネズミが食べた毒はエルミーネ殿のケーキに入っていたというのが私の結論です。」アルトは言った。
「まるでネズミ殺害の犯人探しね。」
「アリス殿下の暗殺犯探しです。」アルトが即座に訂正する。「エルミーネ殿はかねがね王女のひどい授業態度についてにかねてより苛ついておられた。それで殺したのでしょう。」
いやいや。
ここまで調子のよかったアルトが突然に明後日の方向の推論を繰り出したので、エルミーネは一瞬面くらってから慌てて反論しようとしたが、それより先に反応したのはアリスだった。
「私の授業態度が酷いとでも?」
悪いぞ。
「いえ、その、先日の授業を参観させていただいた際に、エルミーネ殿も大変だな・・・と思いまして。」アルトが予想外の横やりにしどろもどろになる。
「んなこと無いわよ!」さっきまでの王女然としたアリスはどこへやら、いつもの口調でアリスが文句を言った。「だいたい、エルが本当に犯人だなんて私は信じてないからね。」
細菌として宿主の中に居ると、宿主の深層心理が何となくわかる時がある。エルミーネはこの言葉を聞いて今までで一番動揺した。驚いたのではない、悲しくて辛くて、心の奥底の触れられたくないところに触られた、そんな感じの心の痛みだった。
しかし、エルミーネはそんなことは表に出さない。
「ケーキだとしてもグラディスちゃんが毒を入れた可能性だってありますわ。」
「グラディスが毒を入れたとでも?」と、アリスがますます不機嫌になる。
「だってグラディスちゃん、アリス殿下にボコボコにされてたじゃない。」
アリスが目を丸くして驚いたように反論する。「ボコボコ…って。そんなことしてないし!」
してたろ。
「私はいくらボコボコにされているからって王女殿下を恨んだりしません!」今まで口を開かなかったグラディスがあまりにも心外とエルミーネを睨みつけた。
グラディスが無意識にアリスにボコボコにされていることを容認したので、アリスは絶句してエルミーネを睨んでいるグラディスをまじまじと見上げた。アリスには申し訳ないが、ちょっといい気味だ。
「そんな私的なことで一国の王女を殺そうとするものかね。」割り込んできたのは王様だ。王はエルミーネの敵のようだ。というかアリスの味方なのだろう。
「では、私が王女を殺そうとする理由もございませんよね?」エルミーネは王を睨みつけた。強い。「王女殿下。殿下はワタクシがあなたを殺す理由に心当たりがございまして?」
あ。
頭の中に流れ込むように妙案が浮かぶ。
千載一隅のチャンスだ。
即座に、ネオアトランティスに意識を移動させ、ネオアトランティスの思考に語り掛ける。
ネオアトランティス、お前、グラディスのこと好きだよな?
アリスの肩にとまっていたネオアトランティスがエルミーネの言葉を繰り返しながらグラディスに向けて突如叫びだした。
「理由に心当たりがございまして?グラディス。グラディス心当たりございます。グラディスが心当たり。グラディス心当たりございまして?」いつものオウム返しだが、最高だ。グッジョブ、ネオアトランティス。
突然騒ぎ出したネオアトランティスに集まった視線はやがてグラディスに行き場を変えた。
グラディスは突然自分に手番が回ってきたため狼狽しているようすだ。しかもオウムからのパスだ。
「ま、まさかとは思いますが、グラディス殿。もしかしてなにかご存じなのでは?」隣に居たアルトがグラディスに訊ねた。
グラディスは慌てて考え始めたが心当たりがない様子で小首を傾げた。
やばい、サミュエルとエルミーネの逢瀬と今回の毒殺未遂が結びついてないっぽい。
ネオアトランティスお前、グラディスもエルミーネも好きだよな。
「グラディス心当たりある。エルミーネ心当たりある。グラディス心当たりある、エルミーネ。」ネオアトランティスは今度はグラディスとエルミーネに混ぜこぜでアピールを始めた。
グラディスはハッとしてエルミーネを見て、それからサミュエルを見た。
グラディスに注目してた一同の視線もサミュエルに集まる。
女遊びで有名なサミュエルだけあってか、その視線だけでグラディスが何を知っているかは伝わったようで、貴族たちに納得の表情が浮かんだ。
「もしかして、サミュエル卿、貴殿がエルミーネ殿を操っていたのでは?」最初に口を開いたのはアルトだ。「商業的にいろいろやってらっしゃるあなたなら、はるか外国の毒の入手も簡単です。メイドの間でも、貴殿はプレーボーイで奥方以外の女性たちに手を付けているともっぱらのうわさでしたよ。その女性というのがエルミーネ殿だったのでは?」
「申し訳ございません。サミュエル様とエルミーネ様の逢引きをお手伝いしておりました。」グラディスが後ろめたそうにこっくりと頷いた。
「何を世迷言を申すか!」声を上げたのはベルマリア公だ。
「サミュエル殿はジュリアス様の御父上ゆえ、アリス殿下を殺害するに十分な動機がございます。」アルトは歯に衣着せぬ物言いで言いにくいことを言ってのけた。
「とんでもない!僕は一切関係無い。エルミーネとは知り合いでも何でもないよ。」とサミュエルが両手を顔の横で開いて無実をアピールした。
今、サミュエルは豪快に嘘をついた。
攻めるべきはサミュエルか?
どうやって攻めたものか。
サミュエルは反論を続ける。「だいたい、そこのメイドが何だってんだい?僕は公爵で彼女はメイド。発言や存在の重みが違うよ。そんなメイドの言うことが何になるだい?」
と言ったサミュエルだったが、どうやら人望がないご様子。この場の貴族たちの反応を見る限り彼らの言葉はあまり信じられていないようだ。
「私の部屋にサミュエル様とエルミーネ様の下着がございます。」グラディスがおずおずと発言した。
「そう。じゃあ取ってくるわね。」サミュエルが何か言おうとしたのに先んじてアリスが声を上げた。アリスは後ろの扉を開けて振り返ると「グラディスも来て、どこにあるのか案内しなさい。」と言って駆け出した。
病み上がりとは何なのだろうか。パラメーターもまだかなり低いんだけどな。
グラディスは慌ててアリスを追いかけようとするも、本当についていって良いのか躊躇し、広場の皆を振り返った。
「良いから!とっとと追いかけぬか!」王が声高にグラディスに命じた。続けて玉座の隣に控えていた騎士に続けて命じる。「お前も急ぎ追いかけて警護せよ。」
そりゃそうだ。アリス、今、暗殺されかかってる最中だ。
てか、王女自ら行くこっちゃないだろ・・・。
視界をネオアトランティスに移してアリスについていく。
アリスとグラディスは部屋につくと、追いついてきたグラディスの案内でバスケットの中に綺麗にたたまれて保管されていた下着を手に入れた。次の逢引きの時に新しい下着として渡せるよう準備してあったのだろう。
「グラディス。」アリスが慎重な面持ちでグラディスに声をかけた。「サミュエルの話に筋さえ通っていれば、たぶんあなたの発言はすべて無視される。正しい正しくないとかじゃなくて、落としどころの問題なの。」よくわからないが、貴族たちはサミュエルの言い分だけを聞いて問題がなければ、ことを荒立てずに決着をつけてしまうということだろうか。
グラディスはあまり良く分かってなさそうに曖昧に頷いた。
「だから、サミュエルの言い訳を論破しなくちゃいけない。でないと、あなたが責任を取らされる流れになっちゃうかもしれないの。」アリスはそう言って、手近にあった洗濯物を一つバスケットに追加した。「だから、グラディス、協力してね。」
「もちろんです。アリス様。」たぶん、グラディスはアリスが何を言ったかきちんと理解していないが、一緒に頑張ろうと言われたと認識したようで、うれしそうに返事をした。
「じゃあ行くわよ!」アリスはバスケットを抱え込むとグラディスの部屋から走り出した。グラディスも後に続く。
ちょうど、アリスを護衛のために追いかけてきた鎧の騎士がようやくグラディスの部屋の前に到着したが、ものすごい速さですれ違って行った王女を振り返って、ため息をついて踵を返すと、再び駆け足で後を追い始めた。
アリスは病み上がりとは思えない速さで帰って来た。ちなみに護衛の騎士ははるか後ろに置き去りにしてきた。
アリスは広間に入ってくるとアルトとエルミーネの前を通り過ぎ、広間の真ん中に陣取ってバスケットを掲げた。
「はーい。注目。」アリスはそう言うとバスケットの中に手を突っ込んだ。
皆の視線がアリスに集まる。
とりあえず、自分はネオアトランティスの中に留まって全員の様子を見守ることにする。
アリスがバスケットから下着を取り出して放り投げた。「おとこもーん。」
「その下着は僕のじゃな・・」サミュエルがしらを切ろうとするのにかぶせて
「それはサミュエルの下着ね。」ルイーズがかなり不機嫌そうに冷たく言い放った。
サミュエルは身内からの突然の攻撃に一瞬フリーズし、いろいろな説明をすっ飛ばして、とんでもない言い訳を発した。
「すみません。グラディスちゃんとできてました。」
「な!?」ビックリするグラディス。
「そんなんだから毒殺犯と疑われるのよ!!」ルイーズが冷たく言い放つ。
ベルマリア公が呆れたようにため息をついた。
とんでもなくバカな言い訳のように聞こえたが、サミュエルの素行のせいか周りにはあっさり受け入れられているようだ。
「そんな!私はサミュエル様とそのような関係ではございません!」グラディスが反論する。
「どうして僕を陥れようとするんだい?」サミュエルはすっとぼけて再び根も葉もないことを続ける。「無理やりっぽかったから、恨んでいるのかい?もしかして本当に君が毒を盛ったのかい?」
ルイーズとベルマリア公が大きくため息をついた。
「じゃあ、このハンカチは? エルのものに見えるけれど。」アリスがバスケットの中から一枚の白い布切れを取り出した。顔の横でひらひらと振る。「どうしてサミュエルの下着と一緒に入っているの?」
「それも僕のだよ。」と、サミュエル。
「女物みたいだけど? それもとても良いものね。見間違えはない?」アリスがハンカチを顔の前でひらひらとさせる。「高級品ね。貴族しか買えない。まずあなたがなんで女物のハンカチを持っているの?そしてグラディスはなんであなたのハンカチを持っているの?」
「ほんとさ、グラディスちゃんにあげたんだ。さっきも言ったろ。その、いろいろお相手してもらってたって。」
「間違いないの?」アリスがひらひらさせていたハンカチを両手で掴み、その一か所をのぞき込んで言った。「ここにV.to.Elって刺繍があるけど、どういう意味?Elってエルミーネじゃないの?」
ネオアトランティスの視界に映ったエルミーネが傍目にもオロオロしはじめた。
「僕はもともとベルマリア侯爵だよ? だからV。」とサミュエル。「Elはその時に付き合ってた女性の頭文字だね。確かエリスちゃんだったかな? そのときに渡せなかったハンカチ。渡す前に別れちゃってさ。グラディスには別の人の名前の入っているもの渡しちゃって悪いねとは言ったんだけど喜んでくれたよ。いい子だよね、グラディスちゃん。」
根も葉もないことを言われてグラディスは目を真ん丸にして否定したが、サミュエルは一切相手にしない。
兎も角、サミュエルはどんな適当なウソでも筋さえ通してしまえば逃げ切れるという算段でいるのは確かだ。堂々ととんでもないことを言ってのける。グラディスが否定しようがなにしようが関係ない。サミュエルにしてみれば証明できないことは言ったもん勝ちなのだ。
「そういえば、他にも、下着とかもあげたよ。だから、グラディスちゃんがそういう下着を持ってても不思議じゃないよ。」サミュエルが先手を打ってきた。
「サミュエル卿。これはヴェガ家toエルミーネ。私がエルミーネにあげたハンカチよ。エルの好きなブランドなの。V.to.Elの後に王家の紋章がついてるもの。」アリスはそういうとハンカチをアルトに渡した。アルトは頷くとハンカチを王に献上する。「あなたがベルマリア侯爵の時はまだルイーズおばさまとは結婚前だから王族じゃないわよね?王族のふりをしてたってことかしら??」アリスが威圧的に言った。
「そうなの? じゃあ、昔エルミーネに貰ったハンカチを間違えて渡しちゃったのかも。」
「エルミーネのことは知らないってさっき言ったじゃない。」
「そういう意味で言ったんじゃないよ。」サミュエルがしどろもどろに言い訳する。「会った事くらいはあるさ。お互い親密ではないって意味。言葉のあやだよ。言葉のあや。どこのパーティーだったかな・・・?」
「たしか、昨年のエルトリア侯の誕生祝いのときに・・・」エルミーネがフォローしようと口を開くがアリスに遮られた。
「エルは私の上げたものを、間違ってもあなたにあげたりしないわ。」アリスがサミュエルを睨みつけてピシャリと言った。
アリスの発言に、エルミーネが押し黙った。その表情には後悔のようなものが読み取れた。
「ほんとさ、ほんとにエルミーネに貰ったのと間違えたんだよ。V.to.Elでかぶるなんてなかなかないじゃん。エリスにあげるために買ったハンカチだって思いこんじゃったんだよ。誰にだって間違えはあるものさ。」
「しかし、このハンカチには刺繍など一切ないが。」と老眼なのか、さっきっから顔から近づけたり離したりしてハンカチを見ていた王が言った。
「あら、そうだったかしら。申し訳ありません。見間違えましたわ。でも、誰にだって間違いはあるものですわ、お父様。」アリスが悪びれもせず言った。
サミュエルが絶句する。
アリスとサミュエルのウソ合戦はアリス優勢の様だ。
「エリスさんだったかしら?確かに、うっかり私が見間違えたV.to.Elとかぶるなんてなかなかないわね。」アリスが畳みかける。「そういえば、Elってついててごめんねって、言われたのよね?グラディス??」
「いや、きっと、それは、刺繍のあるハンカチとは別に送ったハンカチだよ。二枚プレゼントしてたんだ。」サミュエルはグラディスが何か言う前に慌てて割って入った。
しかし、もはや周りの目は冷ややかだ。
さすがに言い訳に無理がありすぎる。グラディスももうわざわざ反論しない。
もう一押しだ。
「あなた、贈り物が好きなのね。じゃあこれも贈り物?」と下着を取り出す。「高価そうね。グラディスが買えるとは思えない。」
「も、もちろん。僕のあげたやつさ。さっきも言ったろ?」
「ほんとに?」アリスが女性ものの下着をサミュエルの前でひらひらとさせる。「エルミーネのじゃないの?」
「間違いないさ。僕のあげたやつだ。」
「これはあたしんよ! さっき面白そうだから入れてきたやつ。なんでも自分があげたものにするのはおよしなさい!」アリスはピシャリと言うと、今度はブラジャーを取り出した。「はい、じゃあ次これ! これはグラディスにあげたやつ?」
サミュエルの目が泳ぐ。今回もなにか騙されて何か罠にはめられるのじゃないか。アリスが後から入れたものかもしれない。額の汗がサミュエルが追いつめられていることを語っていた。「そ、それは・・・。たぶん、ちがうんじゃないか・・・な?」自信なさそうに言った。
「正解!これはエルミーネのよ。」アリスがやったねとばかりにサミュエルにニッコリ笑いかけた。
サミュエルが安堵のため息ついた。
「で、なんでエルの下着があんたの下着と同じところに入ってるのよ?」
「あ。いや、それは、・・・やっぱり、自分がグラディスちゃんにあげたやつだったかも・・・。」サミュエルが悪あがきする。
いや、さすがにもう無理だろ。
「あんた、サイズの合わない下着を女性にあげるの?」アリスがグラディスの胸に下着をあてた。
下着はグラディスの胸には・・・え?あれ!?エルミーネよりグラディスのほうが大きいの!?
サミュエルは魚のように口をパクパクさせるが、一向に言葉は出てこない。
「エル・・・」アリスは下着を持ったままエルミーネのそばに行き、悲しそうに彼女を見上げてブラジャーを構えた。
ブラジャーのサイズが合えばエルミーネとサミュエルのつながりが証明される。
これが推理小説だとしたらなんというひどいオチだろうか。
エルミーネため息をついた。「私のよ。ごめんなさい。」
アリスは何も言わずエルミーネを見つめ続けた。
「サミュエルに協力して毒を盛ったのも私。どうしてもやらなくちゃいけないことがあったの。」
エルミーネはすでに覚悟を決めていたようだった。
「両名をとらえよ。」ロッシフォールが叫び、騎士たちがサミュエルとエルミーネをそれぞれ囲み、辺りは騒然となった。
ベルマリア公が息子サミュエルの無実を喚いていたがもはやどうにもならない。
サミュエルは少し抵抗の意思を示したものの、騎士に取り囲まれるとしぶしぶ従った。エルミーネも仕方ないといった様子で一切抵抗はしなかった。
サミュエルとエルミーネは後ろ手に縛られ、騎士たちに引っ立てられていこうとしていた。
「陛下、どうぞ酌量を。」アリスがネルヴァリウス王に進言した。
が、その言葉に真っ先に対応したのは王ではなくエルミーネだった。
「王女殿下。おやめ下さい。貴族の頂点たる王族が私欲のために法を曲げるのはいけません。」エルミーネは一息つくと不吉な言葉を続けた。「私からの最後の授業です、アリス殿下。今のままでは殿下のそのお優しさがその身を滅ぼすでしょう。あなたのその高潔な理想が甘さを生むのです。正しいことをしているかどうかは問題ではありません。殿下はそのままではいずれ殺されることになるでしょう。それも、あなたが助けようとした者たちの手で。」
アリスは突然のエルミーネの物言いにどう返したものか困っているようだった。エルミーネのその言葉は負け惜しみや報復とは思えなかった。
「それと、私のメイドが美味しいケーキ屋を知っております。」そう最期にいって微笑むとエルミーネは騎士たちに連れられて出ていった。