1-14 さいきんの異世界転生
アリス死亡の報は瞬く間に城内を駆け巡った。
そのせいか、いつもの赤黒メイドのほかに、もう一人、普段は見かけない茶色い服で栗毛のショートカットの小柄なメイドが一緒に洗濯をしに来ていた。この国の人間と別の国の血が混じっているのか肌がうすい褐色だ。
「ねえねえ聞いた!?血吐いて死んだって話よ。」赤がいつものようにさえずった。
「王女でしょ?さっき聞いたわ。ついに逝ったか。」黒が応じた。
「病気じゃなくて毒殺だったりするかもしれませんわよ。」鋭い発言は茶色のメイドだ。「そもそも、いままでの病気自体が毒を盛られていたせいだったかもしれませんわね。」
「突飛ね。」黒メイドが反論する。「だいたい誰がそんなことできるのよ?」
「そんなのグラディスに決まってますわね。」茶色が答えた。「あんな下賤の人間が王女殿下のお付など、いくらあのような王女殿下といえど間違っておりましたのよ。どのような御方であろうと貴き血筋の人間には、私のように貴き出自の人間が使えるべきですわ。」
「グラディスがそんな大それたことできるわけないじゃない。そもそも動機は何よ?」黒が訊ねた。
「あなたたち、それ本気で言ってらして?」茶メイドが逆に問いかけた。
赤と黒は少し考えただけで、グラディスがアリスを殺す動機について思い当たる節に当たったらしく、「そう言やそうね。」と納得した。
「マハルって、グラディスのこと嫌いよね。」と赤メイド。茶色はマハルというらしい。「この間、またグラディスの昼ごはん残飯まみれにしてたでしょ。」
「さあ?残ってたものを捨てたことはありますけれど。グラディスがごみ箱から拾って食べていたのではなくて?そういうことをやりそうではありませんか、彼女なら。」マハルが涼しげに答えた。
もしかして、しばらく前にグラディスがお腹すかせてアリスのところに来たのってこいつのせいか?
「言う言う。グラディスの仕事道具壊したりもしてたくせに。」今度は黒メイドがつつく。「おとといも、あいつの洗った洗濯物汚してたでしょ。」
「夜中、洗い直しに来てたわよ。」赤が言った。「あれ、やめてよね。こっちが気持ちよく洗濯してるってのにグラディスに来られちゃうとつまんなくなるのよ。」
「あと、あんたがグラディスにちょっかい出し始めたせいで、こないだ王女、また厨房まで来たんだけど。」黒も文句を言った。「別にグラディスいじめんのはいいけど、わたしたちに迷惑かけないでよ。」
「なんの事か解りかねますね。」茶メイドは平然と答えた。「それに、別にもう、王女様はご崩御されたのですから、どうでもよいではありませんか。グラディスだってようやく居なくなりましょうし。」
「まぁ、それもそうね。」黒メイドが赤メイドと顔を見合わせて満足そうに笑った。「これで平和になるわ。」
王女の死の報が流れてすぐ、王命で緊急の会議が開かれることになった。
王や上位の貴族たちが集まるその御前会議に、エルミーネはアルトによって召喚された。
エルミーネが召喚されたのは謁見の間とでも言うのだろうか。
広間の奥の壁には高い天井から赤と黄色の大きな旗が垂れ下がっている。スペインの旗に何となく似ている。
エルミーネはその広間の最後列の末席に居心地が悪そうにたたずんでいた。この場に居るのは伯爵以上、エルミーネは分不相応だ。自分もエルミーネの中からこの場の様子を観察している。
謁見の間には偉そうな貴族たちが大勢居た。広場の真ん中にひかれたレッドカーペットを挟んで、両側に50人ずつくらいが3列になって整列していた。
さらに貴族たちの前、レッドカーペットの先には空っぽの玉座があった。玉座の両脇には各3名、計6名の甲冑をまとった騎士たちがこちらを向いて微動だにせず立っていた。
エルミーネの隣にはアルトが居た。アルトはいつもの白い燕尾服のような服を着て堂々と前を見ている。そしてその隣にはなぜかグラディス。グラディスもいつものメイド服だ。おそらく、こんなところに着てくるような服を持っていないのだろう。どうも貴族たちはエルミーネよりグラディスが気に障っている様子だ。グラディスも自分にはとんでもなく場違いな場所に居ることを解っているのか、恐縮そうに下を向いたまま小さく縮こまっている。
三人はレッドカーペットの右側の貴族たちの一番後ろに整列していた。
前に居る貴族たちはなんでこんな奴らが居るんだ?と言わんばかりに、こちらのほうをちらちらと振り返って盗み見た。
アミールは居ないようだ。
ジュリアスはいるのだろうか?
顔をしらないので解らないが、若い貴族はこの場にはほとんどいない。メイドのグラディスを除けば、アルトとエルミーネがそれこそ一番若い。
前のほうにサミュエルとルイーズが居た。夫婦っぽくたたずんでいる。あ、カーペット挟んで反対側の一番前にロッシフォールがいる。
「王がおいでになられる前に、次期国王について少し話し合っておくべきではないか。」誰かが大きな声で言った。
それまでざわついていた貴族たちがその声に押し黙まり声の主のほうを見た。
声を上げたのは、ロッシフォールとは反対がわの最前列、ルイーズとサミュエルよりも前にいた貴族だった。恰幅の良い貴族でポマードで塗りつけたような横薙ぎの髪型をしており、くるりと巻き上げられた口ひげをたくわえている。
「ベルマリア公、王女殿下の葬儀も済まないうちというのに、そのような発言するのはいかがなものかな。」そう反論したのはロッシフォールの隣に居た金髪の若い貴族だ。ということは恰幅の良い貴族がベルマリア公だ。とすると、ロッシフォールの隣のこの金髪がエラスティア公なのだろうか?
「モブート公。」ベルマリア公が反論してきた金髪の貴族に向き直った。彼はエラスティア公ではないようだ。「王女殿下を溺愛していた陛下の事だ。この件で、また体調を崩されるかもしれない。そうでなくとも正常な判断を下されることができないかもしれない。その時のために我々がしっかりとこの国の行く末を考えておかなくてはならない。リスクヘッジだよ。リスクヘッジ。」ベルマリア公はモブート公だけでなく、貴族たち全員に聞こえるようにボリュームを上げて言った。
もともと王女に対して何の関心も持っていなかった貴族たちはその言葉を皮切りに、口々にと擁立する候補の正当性を述べ始めた。
「直系のお世継ぎはアミール殿下ぞ。」
「アミール殿下は若すぎる。傀儡を招く恐れがある。」
「継承権一位はジュリアス様なるぞ。」
「この国を動かす才覚こそ重要でございます。」
貴族たちの間で、アミール派とジュリアス派の論争がヒートアップする。見た感じ、赤いカーペットを挟んで左がアミール派、右がジュリアス派らしい。ロッシフォールは左、もちろんサミュエルとルイーズは右にいる。
アリス派はおらんのか。しいて言うならアルトとグラディスか・・・。
ロッシフォールは意外にも論戦には関わらずいっさい言葉を発しない。
結局、エラスティア公は判らなかった。アミール派は一番前に居るロッシフォールとモブート公より偉そうな人間はいなそうだ。
急に決まった会議だったので遠方の貴族は来れていないはずだ。遠方の貴族にはアリスの死の知らせもまだ届いていないだろう。今回は来ていないのかもしれない。
世継ぎに関する議論は、王が健常な時に王位継承権第二位と決めた人物が繰り上がりで一位になるべきである、といった理屈で継承権でも年齢でも負けているアミール勢が押され始めた。
その時、玉座の脇に控えていた騎士の一人が大声て宣言した。
「ネルヴァリウス=ヴェガ王のおなり。」
騎士たちが腰にぶら下げていたラッパを取り出すと、大げさに吹きならした。競馬のファンファーレのような入場テーマだ。ちょっとうるさい。ラッパの大音響に合わせて、玉座の後ろの扉から金色の甲冑の騎士を従えた王が入場してきた。
ネルヴァリウス王はがりがりに痩せていて、見るからに不健康な感じだった。その不健康さは顔にまでおよび、頬はこけ、目の下は黒く落ちくぼんでいた。長いあごひげと王冠からたれる長い髪は白い。見た目的にはアリスの父というより祖父といったほうがしっくりくる。ただ、王の眼光は鋭い。その眼光のおかげで、風が吹けば折れてしまいそうな風貌にも関わらず、王としての威厳が感じられた。
王はゆっくりと玉座に腰を掛けた。
「王女殿下のご崩御におきまして、謹んで哀悼の意を申し上げます。」ベルマリア公が王に傅く。「王女の後を継ぎ次期国王候補となりましたジュリアスにおきましても悲しみにくれてございます。また、王女の背負っていた責任の大きさに今頃震え上がっていることにございましょう。」
「うむ。」王は、特に何らの感情も見せない。
突然、アルトが大声で進言した。「アリス様は毒を盛られたのでございます。」
貴族たちがびっくりした様子でアルトを振り返る。
「突然なにを言いだすか!」突然のアルトの暴挙にベルマリア公が目を白黒させて怒鳴った。「無礼であろう!」
「なにを根拠にそのような物騒なことを申すか。王女殿下の亡くなったのはご病気のためであろう?」モブート公もアルトをたしなめた。「そなたの力及ばなかったことは責めはせん。しかし、そのことを覆い隠そうと王の御前で嘘を述べるのはいかがかなものか。陛下は愛娘が崩御なされて御傷心なるぞ。恥を知れ!!」
「陛下の許可は取ってあります。」アルトがまたも大声で言った。王は何も言わず少しだけ頷いた。ギラリとした眼光が貴族たちを睨みつけているように見える。
貴族たちが王の気配に押し黙った。アルトは王の態度を許可と受け取ったのか告発を繰り返した。「もう一度申します。王女は毒を盛られたのでございます。」
「余が許す。話せ。根拠は何ぞ。」王が口を開いた。風貌に違わぬ低くしわがれた声だった。
「ネズミがケーキを食べて死んでおりました。」アルトが答えた。
それじゃ伝わらん。その言い方では自分とアルト以外誰も解らん。
アルトが何を言っているのか理解できない貴族たちの間から混乱のざわめきが生まれた。
「いったい何の話だというのかね?」ベルマリア公が眉をひそめながら言った。「それと隣のメイドはなにかね。こんなところに連れてきて一体どういうつもりか。」
「アリス殿下が最後にお召し上がりになった食べ物がケーキなのです。」アルトは前半の質問にだけ答えた。「王女殿下が倒れられた後、残されたケーキを盗み食いしたネズミが死んでおりました。ですのでケーキには何かしらの毒物が入っていたものと思われます。」
貴族たちが皆、息を飲んだ。
ネズミがケーキを食べて死んでいたのは、もちろん、自分の仕業だ。
アルトがグラディスとエルミーネと別の部屋にいる間、自分はネズ子を操ってケーキを食べに行った。
部屋に人さえ居なければ、ネズ子はヤモリやゴリとかよりも簡単に室内に入ってくれた。ネオアトランティスは無視だ。鳥かごに入っていて手出しができないと理解しているのだろうか。【操作2】にスキルをあげておいたことも助けになったのかもしれない。
ケーキはアルトが乱暴に机に投げて置いたせいで皿から飛び出して床に転がっていた。ネズ子は床に転がった甘いお菓子を見つけると、こちらが促すまでもなく食べに行った。後はネズ子が夢中で食べている間に、パラメータを弄り回したり、自分の数を限界まで増殖した。そして、ネズ子はアリスがそうだったように気絶し、ケーキの中に頭を突っ込むように倒れ伏した。
ごめんね、ネズ子。
ベルマリア公もモブート公もようやくアルトの言いたいことを理解した様子で黙った。貴族たちは全員アルトが次に何を言うかと注視している。
そんな中でサミュエルが青くなっているのがエルミーネの視線を追って分かった。エルミーネが唾を飲み込んだのが感じられた。
「そして、そのケーキはこちらに居るエルミーネ殿の用意したケーキなのです。」アルトは自分に注目が集まってきたタイミングを見計らって特大の爆弾を投げ込んだ。
突然名前が挙がったので一同の視線が今度はエルミーネに集まった。エルミーネの背中に一筋の汗が流れる。が、そんな本心はおくびにも出さず、エルミーネは困ったような驚いたような顔をわざと作った。
アルトはうまいこと貴族たちの関心をひきつけて、エルミーネこの場で告発するつもりのようだ。
想定以上に展開が早い。
このままエルミーネだけでなくサミュエルも告発できればしめたものだ。自分も何かできることはないだろうか。
とりあえず援護射撃とばかりにエルミーネのコンソールを開き、パラメーターを操作して少しだけINTを下げた。
「ケーキを持って行ったのは事実ですが、ワタクシが王女殿下に毒を盛ったとでも言いたいのでしょうか? そもそもネズミが食べたそのケーキには本当に毒が入っていたのかしら?」エルミーネは余裕の様子を見せながらアルトに質問をした。ただし心臓は早鐘のように脈打っている。
「残念ですが。ケーキの残っていた部分からは毒物は検出されませんでした。殿下とネズミが毒の入っている部分はすべて食べてしまったのでしょう。」アルトが答えた。
「では、ケーキに毒が入っていたというのは全くの妄言ですわね。」エルミーネがアルトを挑発するかのように睨みつける。
エルミーネがアルトに対して自信満々に反論できるのには訳がある。そして、それ程自信満々でありながら何故これほど不安になっているかにも訳がある。
何故なら、あの時のケーキには毒が入っていなかったのだ。
だから、絶対に毒が出てくることはない。
なのに、毒殺犯として無実の罪に問われている。
一方でその冤罪は事実でもあるのだ。
彼女は思っているだろう。アリスが死んだのは自分の毒のせいなのは間違いないと。
だが、何故、このタイミングでアリスが死んでしまったのか。何故、ネズミがこのタイミングで出てきたのか。
エルミーネはその偶然が本当に偶然か、それとも何かの罠なのか頭の中で必死に考えているに違いない。
「では、なぜネズミは死んだのでしょう?」
「さあ、たまたまでは?」エルミーネは馬鹿馬鹿しい質問だと言うかのように答えた。
INTを下げることで、もっとしどろもどろになったり、うっかり発言しそうになったりしないかと期待していたが、エルミーネにはあまり効いている様子がない。
「ケーキを食べながら昇天するネズミなどおりませぬよ。エルミーネ殿。」
「では、ケーキではなくて、王女の吐いた物を食べたんじゃありませんこと?」
「エルミーネ殿!なぜあなたは王女が食べたものを吐しゃしたと知っているのですか!」アルトがあなたが犯人ですとばかりにエルミーネを指さす。って、何言ってんだこいつ。
「あなた正気!?わたくし、王女殿下が倒れられたときあなたと一緒にその場に居たじゃありませんか。」エルミーネがあきれ顔で反論した。これは作った表情ではなく、本気であきれているようだ。
「そういえばそうでしたっけ?」アルトに貴族たちの冷たい目線が注がれる。さっきまで興味津々だった貴族たちのまなざしが冷たいものに変わった。そんなことには一切気がつかない様子でアルトは続けた。「もしかしたら、エルミーネ殿の言う通り、死んだネズミは吐しゃ物を食べていたのかもしれません。ただ、グラディスの証言によるとアリス殿下は朝からエルミーネ殿のお持ちになったケーキ以外の何も食べていません。ですので、仮に吐しゃ物だったとしてもあなたのケーキが原因です。」
「アルト殿はどうしても毒殺になさりたいようですけれど、そもそも、王女殿下はご病気だったのですから、吐しゃ物から病気がうつったんじゃないですの?どこからも毒なんて出てこなかったのでしたら、アリス殿下が吐いた物からネズミに病気がうつったと考えるのが自然じゃございませんか。」
エルミーネはアルトが有用な証拠を一切出してこないので少し落ち着いてきたようだ。実際ケーキには毒が入っていなかったのだから当然だ。
「アリス殿下のご病状に、何者かをすぐに死に至らしめるような症状はありません。そもそもそんな即効性の病気などこの世にないのです。病気というのは仮に感染したとしても、その後しばらくは気づかず、数日以上してからじわじわと症状が出てくるものなのです。」アルトが反論する。
「どうかしら?あなたの診断がそれほどあてになって?どこからも毒が出てこなかった以上、アリス殿下のご病気がネズミにうつったと考えるのが普通ですわ。」エルミーネがいら立った様子でアルトを睨みつけた。
これも演技だ。動悸がおさまらない。感情的には怒りより不安でいっぱいのようだ。アリスが自分にとって最悪なタイミングで死んだこと、そして毒も入れていないのにネズミが死んだことについての一抹ならざる不安だろう。しかしそんなことはおくびにも出さず、エルミーネはアルトに反撃を続けた。
「医者であるあなたこそが、王女殿下のご病気を治して、お救いになられるべきでしたわ。ねぇ、皆様?・・・みなさん??」
アルトとの論戦に注力していたエルミーネは、周りの貴族に同意を求めようと当たりを見回して異変に気が付いた。エルミーネの視界が巡ったことで、自分もここで初めて、周りに居た貴族たちが自分たちから大きく距離を取っている事に気がついた。
「嘆かわしや。嘆かわしや。この場の皆様は、貴女と同じように私のことを信じていらっしゃらないらしい。」アルトがわざとらしくつぶやいた。みんなに聞こえるようにだ。「皆様は王女殿下の吐しゃ物のそばに居たあなたや私たちからご病気がうつるかもしれないと思っていらっしゃるようだ。」
アルトは大げさに首を振った。
アルトが少し身を引いている貴族たちに視線を巡らすと、貴族たちは視線を受けただけで少しひるんだ。
アルトは少し鼻で笑うような感じの息を吐くと、エルミーネに向かって言った。
「それにしてもエルミーネ殿は、吐しゃ物から病気がうつったとおっしゃっるわりには、ご自身はずいぶんと落ち着いておられますな。まるで、自分が平気なのを知っておられるかのようだ。」
エルミーネは絶句した。口を開くが、いままでの混乱と突然の状況変化に頭がついてこない。もしかしたらINTを下げたのも効いているのかもしれない。
この一言で場の空気が一転した。エルミーネに疑りの視線が向けられ始めたのが分かった。だいぶエルミーネの心証が悪くなったようだ。
やるな、アルト。
「ご心配なく。ここに居る我々に王女殿下のご病気がうつっていることはないと確約いたします。なぜなら、アリス殿下が吐しゃしたのは毒物のせいですので。」アルトが自信満々に告げた。「それに王の許可が出さえすればアリス殿下を解剖して毒が盛られたかどうかを確認することも可能です。」
アルトは王を見やるが王は何の反応も示さない。
「も、もし、仮に毒だとしてもグラディスちゃんが一番怪しいじゃない。グラディスちゃんがもし王女に何も食べさせていないと言ってるとしても、どうなの?信用出来て?」エルミーネは無理やり話の方向を変えた。いままでずっと毒を盛っていたわけだから、アリスを解剖されたら毒が出てきてしまうかもしれない。
グラディスは急にエルミーネに犯人扱いされてショックを受けた表情だ。
「たしかにグラディスも容疑者です。なのでこちらに連れてきました。」アルトが答えた。この場でグラディスの唯一の味方に近いアルトの返答に、グラディスが泣きそうな顔になる。
「ならば、万が一つに毒だったとしてもグラディスちゃんがしたことでしょう。それに、そもそも貴方の診断を信用したわけではありません。王女殿下はご病気で亡くなったのだと思います。毒が見つからない限りはただの与太話ですわ。」
「毒は見つかりますよ。殿下の症状から察するに、はるか東方イケミー地方に伝わるアルカロイド。たしかロビンジュ。私の小指くらいの小瓶の量で象が3匹倒せるやつです。」
アルトすげーな。それだよ。
エルミーネの額に汗がにじんだ。表情はかろうじてつくろっているもののもはや余裕はない。何かきっかけがあれば完落ちさせることができるかもしれない。
そんなエルミーネに対してアルトは追撃の手を緩めない。
「では、まずはアリス殿下がこの日一日貴女の持ってきたケーキしか食べていないことを証言できる人物を召喚したいと思います。お入りください。」アルトは背後を振り返ると扉の向こうに向かって大声で言った。
扉が開き、深紅のドレスに身を包みネオアトランティスを肩に乗せたアリスが登場した。