Ex 物語の始まりの前
骨の真ん中に真っ赤に焼けた鉄串が通されたかような激痛。
もはや水一滴すらも体内に残っていないほど吐いたのに、それでも体が呼吸よりも吐しゃを選びつづけた結果の極度の酸欠。
間もなくこの二つが自分の意識を奪い、そして命を奪うだろう。
失敗だ。
焼けつく痛みは薬の効果が異常に効いているせいだ。これでは治療どころではない。患者が耐えられない。
呼吸困難をもたらすほどの嘔吐は、薬を体外に排斥しようとする体の防衛本能だ。
これを子供に投薬なんてあり得ない。
拘束に逆らって暴れたせいで、右腕が折れている。別段右腕の痛さは分からない。体中のすべてが痛いからだ。
音は少し感じる。
「一彦」と連呼されている。
誰かが、これ以上暴れないように自分の体を押さえつけている。吐しゃ物をホースで吸い出そうとしているのも感じる。
頬もたたかれている。そんな気がする。
もしかしたら、こういう状況についての思い込みでそう感じているだけかもしれない。
もう目は見えない。緑色の靄が立ち込めて、ほかのすべてより一足早く自分から光を奪った。
体はどうだろう。きっと、もう助からない色をしていることだろう。
まだ、耳は聞こえる。誰かの泣き声が聞こえる。
泣かないでほしい。
誰かの役に立ちたかった。
誰かを笑顔にしたかった。
誰かを助けたかった。
勇者みたいなものじゃなくていい。
自分のできる限りでいいから、誰かひとりでも幸せにしてみたかった。
なのに
また、泣かせてしまった。
がんばったんだけどな。
成せなかった。
ごめんな。
苦痛と後悔しかない星井一彦の最期だった。
骨の痛みはある程度予想されていたことだ。そもそもそれを確認するための被験だった。その効果が強すぎただけの可能性が高い。
直接の死因も痛みに対する体の拒絶反応に起因した窒息だったのだから、自分が根性で生きてさえいれば良かったのだ。
そうすれば、この実験を一応は成功扱いにできていた。
副作用の痛みさえ何とかすれば、採用できる薬なのだと報告できたのだ。
後になってそう気がついて、とても後悔した。
死ぬ気で死なないようにするべきだったんだ。
自分が死んだせいで、開発が立ち消えになっていないことを心より祈る。