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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第2章「6人の侍女」
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第6話「黒色は何色にも染まらない:前編」

 俺にとっての平穏とは何だったのだろう。

 日々、何かを守るために戦いつつも許された自由を奔放に生きることが平和だったのだろうか。

 それとも、奪われるくらいなら奪ってしまうのが安寧だったのだろうか。

 今なら答えを出せたかもしれない。

 そう、もう少し早く気がついていればの話だ。


 ──ジェラートの寝室。


 やはり部屋に入るだけであの雌の甘ったるくて名前そのまんまみたいな匂いが嗅覚をくすぐってきた。

 ここへ来るのは三度目になる。

 一度目はジェラートに呼ばれて、二度目はジェラートを助けるためだ。

 今回はまあ、特に理由はない。

 何も予定はなかったしメアやエリスもちゃんと侍女としての仕事があるからと構ってくれず、まさかローゼに暇だから構ってほしいなどと言えるはずもなく。

 つまり退屈しのぎに歩き回っている。

 それで偶々ここに来た。

 あ、さすがにそれは嘘だったりする。


「あの雌のことを知りたいと思ってしまう。俺は人間について知らなさすぎる」


 というわけである。

 ジェラートは人間が言う女であって魔物の雌とは明らかに違うのだから同じように扱っていてはいつか嫌われてしまうかもしれないと考えた結果だ。

 人間のことを知るなら人間の部屋を探索、というだろう。

 故にジェラートの部屋を物色…………いや、調べている。

 なに、見られて困るようなものは鍵のある棚などに隠しておくと人間の相場は決まっている。

 ジェラートもまさか見られたくないものを誰かに見つかるような場所には置いていないだろう。


「やっぱりジェラートの寝床だけ柔らかいな。まったく、俺という存在がありながら……っ!」


 あの雌が柔らかくてモコモコしたものが好きなのは前回連れてきたモキュとかいう魔物のおがけで知っている。

 だから触りたいなら言ってくれれば少しくらいは、と考えてしまう。

 ああいや、別にやましい理由なんて無い。

 俺よりも寝床の方が柔らかいからそっちで満足してるんだろうな、と考えると悔しい。

 ずっと手入れは怠ってきたつもりはないし昔から戦いに生きる雄と言えど毛並みは大切な要素。まず雌に好かれたければボサボサの毛並みを整えてふわふわにすることからとも言うくらい重要なことなのだ。

 それが、こんな毛布ごときに負けている。

 実際に見たわけでもないが俺にはジェラートがこの毛布をどれだけ使い込んでいるのか分かる。

 離れていても分かるくらいジェラートの匂いが染み込んでいるのだ。


「ジェラートの匂いがするのは当たり前か。それよりも……」


 俺は部屋を見渡してあちこちに書棚を置いてあることに気がつく。

 どれもこれも難しい字ばかり書かれた本であり、娯楽を伴うようなものではないことくらい俺でも分かるくらいだ。

 ジェラートは……勉強を欠かさなかったのだろう。

 両親が死に自分が王位を継ぐと理解していたから、お人好しであるが故に自分の民を守る術を得なければ、と弱い存在でありながら雌の自分でもできる方法を……。

 その真面目さには感服する他ない。

 素直に尊敬する。魔物の俺には仲間を守るための力はあってもここまでの努力はない。仲間から信頼を得る方法や時には自ら犠牲となり敵を退けるなんて方法まで学んだつもりはない。

 あいつだから、お人好しを突き通せるジェラートだからここまでできたのだろう。

 ああ、その努力が愛しい。

 ただ民に向けられたその努力を自分一人のために使ってほしいと思ってしまうのは自分が傲慢だからだろうか。


「俺は人間相手に何を期待しているのだろうな」

「え、なに、ユキちゃん恋煩(こいわずら)い?」

「…………は?」


 気がついたらメアがいた。

 こいつ、もしかして俺がジェラートの部屋にいたから何かしないかと隠れて見ていたな?

 エリスとは違う意味で油断ならない。

 ジェラートの所にいる侍女にプライバシーという言葉を知ってほしいくらいだ。俺も知っているのだから。


「お前も盗み聞きしていたのか?」

「勘違いしてもらっちゃ困るよユキちゃん。メアちゃんはユキちゃんが姫様の下着を物色してハスハスしないか見張ってただけなんだよ♪」

「は? 誰がそんなことをする」

「ユキちゃんが」

「するか馬鹿!」


 今回は軽めにと言わず本気で小突くとメアは頭を擦りながら涙目で俺を睨みあげる。

 自業自得だ。

 俺を勝手に天性の変態だと言った罰だろう。

 それに雌の穿いていたものの匂いを嗅がなければいけない理由が分からない。

 別に雌の匂いがそんなに嗅ぎたいなら直接嗅いでしまえばいいものをわざわざ回りくどく身に付けていて匂いが染み込んだものを拝借する必要がどこにある。

 ああ、そうだとも。

 俺はジェラートの隣にいるときにふわりと鼻に届く花の蜜のような匂いが好きなのだ。

 別に身に付けていたものなど欲しくない。


「あ、ちなみに姫様の下着はここに入ってるから」

「教えてどうする!」

「いいのかな? メアちゃんは姫様の部屋で下着をハスハスしてようがベッドにすりすりしてようが報告する義務もないし可愛いむっつりユキちゃんがそういうことしてるの見るのは楽しいから内緒にしてあげるよ」


 いや、それで悩む馬鹿なんているのか?

 たしかにジェラートの寝床はマーキングしておきたい気はするがメアが望んでいるような変態的趣向のために寝床を俺の匂いにしたいわけじゃない。

 あくまで俺のものだと主張するだけだ。


「や、やらない!」

「んー、ユキちゃんって真面目だね」

「お前とエリスが侍女らしくないだけだ!」

「メアちゃんをエリスちゃんと一緒にしないでほしいかな。エリスちゃんは姫様とユキちゃんに結ばれてほしいだけ。メアちゃんは結ばれて欲しくないんだから」


 ん、どういう意味だ……?

 エリスは俺と結ばれてほしいからジェラートを積極的にくっつけようとしていて、メアは逆に結ばれないでほしいから俺とジェラートをくっつけようとしてる?

 どういう意味?

 俺にそんな高度な翻訳機能はないぞ。

 普通に考えて結ばれてほしくないなら突き放すような言葉を言わせた方が早いのでは……。

 ちがうな。

 メアも……ジェラートを嫌いな訳ではない。


「嫉妬してるのか?」

「あっ……さすがに分かっちゃったんだ」

「他の人間なら分からなかったかもしれない。でも、何故かメアがそう思ってるように感じたんだ」

「さすがはユキちゃんだね」


 それは、本当に思っている発言か?

 さすがはと誉めているつもりかもしれないがメアの言葉には感情がこもっていない。

 棘すらない、平坦な言葉。


「んー、じゃあユキちゃんはメアちゃんの秘密を知りたい?」

「唐突な質問には答えかねる。ただ知りたくないかと聞かれると否だと言える」

「なら明日までにメアちゃんが何を隠しているのか当ててみてほしいな。姫様に嫉妬してるの分かったユキちゃんなら何も言わなくても分かってくれるでしょ?」

「無茶ぶりだ」

「当てられたらご褒美、って言ったら?」

「…………デメリットはなさそうだな」


 なら断る理由もない。

 俺はメアからの挑戦を受けるという意味で頷くとジェラートに見つかる前に部屋を出た。

 明日、メアに会うまでに考えておこう程度にしか頭には無かったのかもしれない。

 だからメアの平坦な言葉の意味も分からなかったのだ。



 ──エリスの作業部屋。


「ユキさま意外と器用だね」

「そうか?」


 今は洗濯物を畳む手伝いをしている。

 さすがに居候になっただけで何も手伝わないのは俺のポリシーに反するところがあったので国を動かしたりジェラートを守ったりという契約に関する仕事がない限りは侍女たちを手伝うことにしたのだ。

 というのも他の二人がどうも席を外してるから会えないから。

 それに焦って信頼を得ようとするとあからさまになるという理由もあり同じ生活をする上で少しずつ重ねていくのが妥当だと考えたためでもある。

 エリスの所にいるのは偶然だ。

 通りかかったら相当な量の洗濯物を抱えていて一人で畳ませていたら時間が掛かるのは目に見えていた。

 そこで声を掛けたら頼まれたのである。


「ちゃんと綺麗に畳めてる」

「あまり静かに淡々と行うような作業をしたことがないから新鮮な気持ちだ。それもあるのかもしれない」

「たしかにユキさま大きいから洗濯物たたんでる姿は面白い」

「あ、あまりそういうことを言うな。俺も人間のように生活するなんて考えてもみなかったのだから笑われると恥ずかしい」


 それでも、今こうして人間と同じようにしているのだから未来とは分からないものだ。

 まだ信頼できるのは数えられるほどの人間かもしれない。

 だが俺を変わらせているのも確かなことだろう。


「ユキさまって森にいた時は好きな女の子、いなかったの?」

「人間のいう好き、とはどういう意味だ? 以前の人間もそのようなことを言っていたが深く意味まで考えていなかった」

「その子のためにどうにかしたいって気持ち? エリスも、あまり詳しくは知らない。エリスのこと好きって、言ってくれたのはメアだけだから」

「メアが?」


 そうか、ジェラートに救われたと言っても一類にジェラートが声をかけたとは限らないのか。

 メア……。

 俺はまだ侍女同士の関係も、何があってここにいるのかも知らないのか。


「エリス戦うことしかできなかったの。小さな村で育って、守るために戦わなきゃって」

「……小さな子供が戦わなくてはいけない村か。魔物でも望みたくはない状況だ」

「でも、エリスだけだった。必死になってたのは」

「みんな諦めていたのか?」

「ううん、諦めるよりひどかった。村を捨てたんだから」


 村を捨てる?

 言葉の意味をそのまま捉えるとすれば守り抜けないと判断して別のどこかへ避難することだが……。

 エリスの表情を見る限りはそうではないらしい。

 ただ、村を捨てた訳ではない、と。

 何かしらエリスが悲しまなければいけないような手段を持って自分達の村を手放したのだろう。


「そんなエリスを見てメアが『必死に戦ってる君は好きだよ』って」

「含みのある言い方だな」

「でもエリスは救われた。今まで誰にも好かれなかったし一人で戦ってる姿が無意味で自分達に文句を言ってるみたいだって逆に嫌われてたから」


 それは嫌われる理由にならない。

 誰かのためを思って必死に行動したものが一番に損をするようなことがあってはならないはずだ。

 一人でも、エリスを理解してくれる人間がいなければ破綻して心から壊れていた。何者にも認められず、ただ無意味とされる努力をひたすらに続ける者は心も身体もボロボロになるのだ。

 メアの言葉に救われたのも分からなくはない。


「以前、俺に感謝したのも……」

「エリスが戦っていても何も言わずに見ていてくれたから。いや、言ってないけど、ユキさまの視線は何かエリスを誉めてくれるような感じで見てた……よね?」

「ま、まあ…………俺は好きとか嫌いとか分からないし……ただ、お前の戦ってる姿を見て尊敬はした、な」

「なな、なに言ってるのユキさま! ああそういえば何でエリスは敬語で話すのを忘れて──!」

「別に怒らない」


 ああ、そういうことなのか。

 俺がエリスの()()()()()()()に戦ってる姿を見て尊敬を覚えたようにエリスも俺に何かを感じてくれていたのか。

 やけに今日の距離が近いと思った。


「だ、だからね!? エリスがユキさまが姫様と、その……そういう関係になってほしいのはそういうことなの」

「まったく分からない。説明する気がないだろう」

「だって恥ずかしくて…………。その、ユキさまが姫様と結ばれてくれたなら、エリスを認めてくれる人がこの城に残ってくれるってことになるから」

「たしかに俺は雌を選ぶ。選ぶからこそ一度この雌と決めたならば変えることはない。死にゆく者だろうと俺の命を狙わんとする者でも最後まで愛し抜くつもりだ」


 俺のことを応援してくれているのだろうか。

 エリスの考えは正しいと言えば正しく、俺の「一途」のプライドに掛けるとすればジェラートと契約し、実際に気持ちとしてはどう考えているのか分からないが離れはしないだろう。

 こう、まだジェラートを俺が雌として好きなのか、抱きたいのかさえ分からないから判断に困る。


「ああ、ここにいたのか……ユキ」


 急に扉が開いたかと思えばローゼが現れた。

 こう、お互いに意識していないだけで人間の雄と雌ならそういう雰囲気であると考えるだろう話をしていたのもあるし、俺としては誰かと話しているのを聞かれたくなかったので尻尾が怒りを覚えて揺れてしまう。


「開ける前に声くらいかけろ!」

「エリスは気にしないし貴様は私にとって部屋に入ると声がけをしなければいけないほど特別ではないからな」

「可愛げのない雌だ」

「なっ! 貴様にそのように思われる必要などない! それに私は……」


 意外と動揺するのだな。

 もしかしてローゼは少し強気な態度が目立ちすぎるから雄が近寄らなくて自信が持てないのではないだろうか。

 見た目は綺麗なのに狂暴すぎるからな。仕方ないとも言える。


「ごほん! き、貴様はエリスを手伝っていたのだろう? 柄にも無いことをしているが身内の手伝いをしてしてくれたのならば少しでも礼をしようと思ってな」

「お前は素直になれないのか。つまりどういう意味だ。無駄な言葉が多くて理解できなかった」

「っ! き、休憩にしようと言っているんだ!」


 そう言うとローゼはエリスの机に何やら香ばしい匂いのするものと不思議な香りのする液体を並べた。

 食べ物、なのか?


「警戒しなくても毒なんか盛っていないぞ」

「え……本当に?」

「私をリデルと一緒にするな! き、貴様に城に残ってほしくなくとも殺すなんてしたら姫様が泣くだろう!」

「ユキさま、これクッキーっていうお菓子。食べ物だよ」


 そう、か?

 まあいい。たしかに人間の身につけているものは簡単に破けるからと神経を使って作業していたから休みたかったところだ。

 食べ物と飲み物が出てきたなら甘えるとしよう。

 あと珍しくローゼが出してくれたものだからな。


「っ! 甘い……けど、しつこくない」

「どうせ貴様は野蛮な食事しかしてないだろうと思って甘さを控えめに作ったんだ。まあ、その違いが分かるような繊細な舌を持っていたのは予想外だったが」

「貶しているのか? それとも褒めているのか?」

「知らん! 貴様の捉えたいように捉えていればいいだろう!」


 なぜ殴られる。

 俺はローゼの言葉が何度も曖昧なもので投げ掛けられるものだから真意が読み取れずに聞くとすぐに拳が飛んで来る。

 短気にもほどがあるだろう。

 素直ではない、な。

 これほど繊細なものを作るのに人間はどれだけの苦労をしているのかは知らないが、ローゼの性格はとてもこの菓子という食べ物とはほど遠いように思える。


「姫様が教育係の者に決まって一人の男の話をするそうだ」

「?」

「姫様はあまり人を信じようとしないし男ともなれば距離を置くのだが、その男の話をしている時は笑っているらしい。いつもより楽しそうで、嬉しそうで、止めるのが可哀想なほどに、な」

「誰のことだ?」

「貴様は無神経すぎるぞ」


 今度は蹴りが飛んできた。

 いや、俺がこの城に住み始めたのはつい先日のことなのだから他にジェラートに関わることができる雄が居て、それがどのよつな人間か分からないのだから仕方ないだろう。

 そんなに嬉しそうに語るのだからさぞかし立派な雄だろうことは想像するに難くない。


「ユキさま、お口よごれてるよ」

「んぐっ? どの辺りだ?」

「ありがとう……」

「??」


 俺がエリスに口を拭いてもらっている間に何か聞こえたような気がしたが……。

 まさか、そんなはずはないだろう。



 ──とある一室。


 ジェラートは机に向かって筆を取っていたが目標とされた所まで書き終えて手を止める。

 そして今日の教育を担当していたリデルへと質問をした。

 彼女はただの変態的な性格の歪んだ研究者ではなく、博識な侍女であり、教育係が城へ来れない時は代わりを勤めるようにとローゼに言われていたのだ。


「私は女性に見えているのでしょうか」

「ん、急に哲学的な話をしてどうしたんだい?」

「最近になって少しだけ気になるようになったんです。私にはちゃんと女性としての魅力があるのかな、と」


 難しい議題である。

 リデルとしては簡単に答えられる内容に思えたが簡単な答えとはジェラートが求めている答えとは別なような気がして、少し悩んでから答えるべきだった。

 それというのもリデルの考えた女性的な魅力というのは彼女の体型だ。

 異性から見た際に興奮を覚えるような身体をしているか。

 ジェラートは先代王女である母親の遺伝子をしっかりも受け継いでいるから同じ女性としては羨ましいと感じてしまうほど綺麗な身体をしている。

 肌は綺麗で胸も張りのあって小さすぎず、大きすぎてみっともなく思えることもない丁度いい大きさ。四肢の肉付き的にも健康的だと言えるし、女性の魅力としては申し分ない。

 しかし……。


「君の性格を考えても優しさばかりが目立つから誰にでも特別扱いしてしまう君をよく思わない男もいるだろうね。それこそ独占欲の強い男ならね」

「そう、ですか……」

「もしかして気になる異性でもいるのかい? いや、聞くまでもないか」

「べべべ、別にそんなんじゃないですよ! ただ、彼が自分のことをどのように見て、考えているのか…………知りたかったですから」

「そういうのを気になると言うんだよ、姫様」


 ジェラートは苦し紛れの言い訳になってしまったと自覚しているのか何度か胸を叩いて椅子へ座り直す。

 たしかに少し焦りすぎたかもしれない、と。

 しかし、気になってしまうのだ。

 彼を招いた時もそうだが、彼は感情をあまり表にするような性格ではなさそうであり自分のことをどのように考えているのかも隠しているように思える。

 先日の契約を交わした時も喜んでいたのか分からない。

 彼が自分をどのような理由で欲しがっているのか分からないから不安になってしまった。

 その点、リデルは遠慮をしない性格だ。

 ジェラートから見ても彼女は他人のテリトリーに簡単に侵入してしまうような人間だ。

 故に彼女へ質問したのだろう。


「正直な話をするなら彼は欲情してしまうほどには姫様のことを好いているだろうね。以前、彼が研究所に来た時に姫様の話をしたら反応の仕方が違ったからね」

「よ、欲情とは?」

「知らない方がいいよ。今は純粋に信頼されているということだけ理解していればいいんじゃないかな」

「だ、ダメです! わ、私は彼を招いた張本人なんですから彼が嫌になってしまわないように詳しく知っておく必要があるんです!」


 リデルは行動についての話ではないと即座に理解した。

 彼の性格だ。

 自分が彼の嫌がることをしてしまわないか、彼が興味を失くしてしまうようなことをしていないか不安を感じている。彼が自分を拒絶しないか気にしている。

 万が一にもそんなことはないというのに、だ。

 メアから報告を受けたリデルは確信していた。

 魔物の雄が雌を従える際に発するとされる匂いは二種類存在している。

 一つは絶対服従を認めさせるための人間には分からない反射反応を起こさせる匂い。

 もう一つは他の雄に自分のものを主張するための甘い匂い。

 雌により強く甘い匂いを擦り付けることによって幸福を感じている時に発するとされる匂いを擬似的に作り出し、それによって雌を手出し無用の状態にするらしい。

 つまりは……。


「姫様はどうしてそこまで彼を気にしているんだい? あまり男には興味が無かったというか、嫌いだっただろう」

「彼は違う気がしたんです」

「ちがう?」

「前にいた大臣たちは『国を守る』と言っていても実際は保身のためだったり自分の立場を守るためのものであって本当に国民を愛しているように感じなかったんです」


 リデルはあえて「彼も同じ」とは口にしなかった。

 おそらく、それを言ったところでジェラートは必死になって彼を擁護するし、そうなれば何を言っても聞かなくなるだろう。

 ユキが本能から彼女と繋がりたいと考えたように、彼女もまた彼を「特別視」しているのだ。


「でも、彼は保身のために守ろうとしていません。自分の身を守るためなら国民を殺してしまった方が彼は安全に暮らせるようになるんですから」

「…………まさか、誰のためか理解してないのかい?」

「?」

「これはまた、純粋な姫様もいたもんだね」


 ユキとジェラートが契約しているという話はリデルも本人から聞いている。

 しかし、二人の間で認識の違いがあるとは思わなかった。

 ユキはきっと……彼女を自分のものにするために、雌として扱うために契約しているのにジェラートはただ側にいるのを望まれているだけだと思っている。

 これは……ユキも苦労するかもしれない。


「くくっ!」

「リデル?」

「ああ、安心してもいいよ姫様。ユキは絶対に姫様の前からいなくならないし、この城から出ていくとしても姫様は確実に連れていこうとするだろうから」

「??」

「それよりやけに外が騒がしいね」


 リデルは窓から外を確認し絶句する。

 その様子に気がついたジェラートは弛みきっていた顔が急に引き締まり何があったのか問い質す。

 しかし、そんな簡単に口を開ける訳もない。

 先日の人間による襲撃とは訳が違うのだ。

 まさか、こんなことになるとは……誰も予想していなかったのだろう。


「魔物が、侵入してる」

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