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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第2章「6人の侍女」
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第5話「製作というより「性」作だろ!」

 手先は器用な方ではなかった。

 それは魔物という種族柄ものを作るような性分じゃなかったし何かを作るってなったら子作りくらいしか無いというのが現実だったりする。

 そもそも俺はその子作りすら経験がないわけで……。

 つまり何かを作り上げたことがない。

 だからこれから会いに行くリデルという『製作』担当の侍女は俺にはできないことをやっているすごい雌のように思える。

 だから色々と期待してしまう。


「やあやあ、初日に顔を合わせて以来だね、魔物くん」

「馴れ馴れしい」

「ふふっ、第一声からお褒めの言葉をありがとう」

「褒めてない!」


 期待が大きかった分だけ、少し残念だ。

 リデルは後ろで結われた黒髪の綺麗な雌だったが一度口を開いてしまうと幻滅してしまう。

 正直ついていけない。

 性癖が異常なのかもしれないのだ。


「それはそうとて用事があって来たんだろう? 僕の研究所(ラボ)は基本的に立ち入り禁止だからねぇ」

「ま、まあな」

「何の用だい?」

「この前、お前が作ってくれた外套の礼をだな。その、なかなか着心地も悪くなかったので、助かった」

「ということは僕の実験台になりにきてくれたんだね?」

「は?」


 おい、お礼と献上は別だぞ?

 それに実験台とは、そんな危険なことまで城の中でやってるならジェラートに報告しなくてはいけない案件だぞ、これは。

 でもまあ危ないことでもないなら少しくらいはいいか。


「実験台って何をすればいいのだ?」

「服を脱いでくれればそれで十分だ」

「脱ぐ?」

「ああ、これからも姫様は君のことを手放さないと考えるならば新しい召し物が必要だろう? 今回は偶然にも君と同じ体格の人間がいたからという理由で君は服を着られているんだよ」


 まあ、たしかに。

 それに今回の騎士が着てたという服だって完全にサイズが一致しているというわけではなく辛うじて入るというだけだ。

 関節の部分が柔らかい生地になっていても若干の窮屈さがある。

 というわけで俺は指示に従う。


「これでいいのか?」

「もう少し躊躇ったらどうなんだい?」

「別に裸が俺のフォーマットだから抵抗はないのが普通だ。それにお前らのいう大切な場所とやらを丸出しにしてるつもりはないからな」

「たしかに君の陰部は体毛に隠れているし見えないね」

「言い方が無駄にやらしい」

「ふふっ、どうとでも言いたまえよ。ではスリーサイズと腕や足周りの太さなど正確に計りたいと思っているから頼むよ」


 そう言ってリデルは長さの書かれた紐のようなものを俺の身体に合わせて計測を始める。

 正確なデータが欲しいなら力とか入れてた方がいいか?

 力を入れた時に筋肉が張るわけだから服が通常に合わせて作られたら破けてしまうからな。


「おっと、急に胸なんか膨らませてどうしたんだい? 僕のことを誘っているのかな?」

「正確なデータが欲しいのだろう? それなら最大値と最低値は確実に必要だと思うが?」

「なるほどね、君の言うとおりだ」


 意外とそういうところは抜けているのだな。

 まあいい、さっき平常時の胸の周囲を計ったのだからこのまま力を入れといてやれば勝手に計るだろう。

 と、俺が待ってるいのを分かっているのかリデルは突然俺の胸を触ってきた。

 いや、計るためとは思えない。さっきまで紐を巻き付けるようにして計っていたというのに紐はリデルの片手にぶら下がったままで、何より指使いが計測の動きではない。

 普通に揉まれている?


「おい!」

「力を入れた際の膨張率がおおよそ13%か。その状態だと君は女性よりも女性じみた身体をしているね。こうして揉んでいたら乳も分泌されたりするのかな……あだっ!」

「変態か? 俺は雄だから出ない。それに女の胸はこんなに固くないだろうが!」

「僕らにとって魔物とは未知なんだよ。雄と雌の区別があるのかどうかも確実ではないし最初は区別がなくて繁殖の際に性別が確定するのかもしれない。はたまた区別はあっても雌が繁殖の際に死んでしまった場合に雄の身体が変化して授乳できるようになるのかもしれないだろう? だから色々と試し調べるんだ。固定観念なんか僕にはないよ」


 リデルは殴られたにも関わらず俺の胸を触り続ける。

 そうか、頭がおかしいとも思うが間違っていると全面否定できるような意見でもなさそうだ。

 人間は魔物を知らない。

 それこそ繁殖方法が他の生物と同じなのかさえ分からない。

 だからこそリデルの探求心は間違っていないし、考えること自体は止めてはいけない。正しいことをしているのだから肯定してやらなければ孤立していく。

 だから研究所なんか設けているのだ。

 ここで行うことは外では非常識。

 嫌われたくないから誰も知らないところで一人寂しく研究を続けて結果が出たら外に伝える。どんな方法を使ったのかは伝えず結果だけを伝えるのだ。

 そう考えるとリデルは理不尽な人生なのかもしれない。


「陰部の膨張率が37%を超えたね。もしかして胸を触られて少し感じたのかな?」

「勝手に触るな!」

「正確なデータをと言ったのは君だぞ? 僕に正確さを求めてしまったのだから君のありとあらゆるデータを取得できるまでは止まれないよ。だから僕は触るよ。恐れなんて皆無だ」

「こいつ……!」


 それからリデルの計測は二時間にも渡り、俺のありとあらゆる場所のサイズの最大値と最低値を計った。とどのつまり、大切な場所も最大値と最低値を計られたということになる。

 不覚だ。

 こんな恥辱を受けるくらいなら余計なことは言わなければよかった。


「ふふっ、貴重なデータをありがとうね、魔物くん。まさか最低値から147%も膨張するとは思わなかったからついつい集中しすぎてしまったよ」

「後で確実に殺すいや犯して森に捨ててやる……!」

「そんな怖いことを言わないでくれたまえ。君だって気持ちよかったんだろう。途中から情けない顔をしながら僕の手を受け入れていたじゃないか」

「お前の勘違いだ。俺はジェラートしか受け付けない」

「それほどに姫様が気に入ってるんだね。そうか、そういうことなら今度は姫様に君のものを元気にしてもらおう。彼女は(うぶ)で何も知らないから教えなければやるだろうね。そしたらもっと数値は上回るのかな?」

「絶対にやめろ」


 分かりきった答えを求めようとするな。

 それに名前で呼んでるのは雌とかお花畑とか記号で呼び続けるのが面倒だから他人でもわかるくらい俺の信頼を表してるだけだ。そんな特別扱いとかしてる訳ではない。

 リデルのせいで変な妄想をしかけた俺は服を着直すと大きな溜め息を一つ吐いた。


「安心しなよ。僕は魔物のことが嫌いな人間じゃないから」

「唐突だな」

「君を安心させるためだよ。もし君が不安を感じて僕たちに疑心暗鬼になってしまったら姫様を連れてどこかへ消えてしまうだろう? これはそうならないための保険だ」


 保険……保険、か。

 別に侍女に不安を募らせても逃げたりしないつもりだったが勘違いされているのかもしれない。

 いや、勘違いではなく俺が臆病なのは当たっている。

 だからこそのすれ違いだ。

 こいつらはジェラートを連れて逃げるという行動が臆病な俺が取る行動だと考えていて、俺からしたら逃げるよりも侍女を追い出すか殺して城に閉じ籠ることを選ぶ。

 どこかを逃げ回るより誰も入れないここにいる方が安心する。

 でもまあ、侍女と仲良くしてないとジェラートは泣くのだろうな。


「怖くないのか?」

「唐突だね」

「お前に言われたくない」

「あはは、返しがうまいね」

「お前、雄が苦手だろう。この城にいつから居るのかは知らないが研究者は雄が多い。そんか連中が力任せに自分の成果をいつも砕きに来るから雄が嫌い、違うか?」


 突拍子なんて無くて当たり前。

 だって完全に俺の予想でしかないし、俺に触れている時のリデルの態度から考えてもそんな気しかしなかった。

 研究に没頭して忘れようとしている。

 俺が雄だと思って関わると手が震えてしまうからいっそのこと自分が雄らしく振る舞ってしまおう、そういう強がりな態度にしか見えなかった。

 リデルは先程まで計測のために俺が横たわったりしていた寝台の上に座ると小さく頷いた。

 脱力しているように見えるのはそれだけ思い出したくないことだからか?


「そうだよ、僕は男が嫌いだ。いつも僕が研究した結果を伝えようとすると口を塞ぎデータを破棄してきた。従わないと僕が女だからか身体に教え込んでやる、って無理やり押し倒されたこともあったかな」

「妬まれてたのか」

「そうだね、きっとそうだと思うよ。僕みたいに狂ってると言われても調べ続ける人間でなければ分からないこともあって彼らはそれができないから僕を妬んでいた。だから何もかも奪おうとした」


 それなら俺も苦手なはずだが……。

 リデルは先程まで楽しそうに書き記していた俺のデータに目を向ける。

 その姿が、どこか寂しそうに思えた。


「だから僕は魔物が好きだよ。ううん、好意とかじゃなくて敬意に近いものを感じる。君たちは奪っていく連中と違って僕に与えてくれる存在だ」

「………………」

「でも魔物でも雄の、男たちと同じ身体をしてるものを見ると震えてしまうんだ。やはりあの時のように口を塞がれるのではないか、突然暴れだして僕を壊そうとするんじゃないかって」


 リデルはデータを机に置くと俺の前に立つ。

 そして、俺の胸の辺りに手を押し当ててまるで心臓の鼓動を感じようとしているかのように目を閉じた。


「僕を笑わないでくれてありがとう。僕が作った、他の人が失敗だと言うようなものに感謝してくれて、ありがとう」

「リデル……」


 俺が励ましてやるかどうか悩んでいると突然リデルは目を大きく開いた。

 そして嬉しそうに口元を歪ませるのだ。

 もしかして、俺は騙された?


「脈拍が強くなっているよ? 君は意外と他人に感情移入しやすいらしいね」

「本気でお前のこと憐れんだ俺が馬鹿だった」

「おやおや、嬉しかったのは本当だよ? 元より魔物は好きで君は雄だけど初めて僕を認めてくれた存在だ。君のためなら僕は身体を捧げてもいいよ」

「本気か?」


 にやりと口の端が上がる。

 あ、これ本気の目だ。俺のデータを取るためであれば自分の身体であろうと無関係に差し出す人間の目だ。


「僕が脱いだら君が興奮するのか試してみよう。それに人間と魔物が交わって子供ができるのかも知りたいし君が魔物以外に本気になれるのかも気になるところだ」

「へえ、楽しそうな実験だな。よし、ならリデルの実験に乗ってやろう」


 俺は隠していたものをリデルに投げつける。

 顔面でその柔らかいものを受け取ったリデルは訝しげに見つめると俺に答えを求めてきた。

 まあ、自分で肯定したくない気持ちは分かるさ。

 さっきまでの会話は全て本当だったのだろうから。


「ん、これは何だい?」

「俺がリデルに興奮できるか試す、だろ? でも脱ぐだけだとつまらないし裸なんて魔物からすれば珍しいものでもないのだから趣向を変えよう、ってな」

「それで僕にこれを?」

「くっくっ! お前は『製作』担当と言ってほとんどこの研究所に閉じ籠ってばかりだから他の侍女のように使用人の制服は着ないのだろ? でも素材がいいし似合うだろうな」


 だが忘れてはいけない。

 メアとエリス、それからローゼでは制服の形に大きな差があるということを。

 正直な話、メアとエリスは戦闘がメインでありながら可愛さを求めたい雌勢なのでスカートは短いし胸元も少しだけ開いているデザインで露出が多い。

 ローゼは逆だ。

 ジェラートに仕える者として誠実であれと露出は少なく堅物メイドみたいな感じである。

 そしてリデルに渡したのは前者。

 つまり、研究所に閉じ籠ってばかりで白衣以外身に付けたことがないような雌に露出の多い若い雌たちが着たがる方の制服を着ろと言っているのだ。


「し、正気かな?」

「ほら早く着ろよ」

「わわ、分かったから着替えてくるから少し待って──」

「着替えてくる? 何を言っている。俺はさっきリデルの前で脱いで触らせて計らせた。お前も俺の前で脱いで着て俺の反応をうかがえよ」

「どうかしてるよ!」

「ほら、早くしないと日が暮れるぞ。そんなに恥ずかしいなら背中向けててやるから」


 我ながら意地悪だ。

 しかし魔物に何を求める。

 俺は魔物であり、人間を尊ぶつもりもなければ自分という快楽主義の性格をやめるつもりもない。

 さっきは我慢したのだから楽しむのは道理だ。

 背中を向けていてもリデルの着替えている証拠である衣擦れの音が耳に心地いい。


「耳が上に立っているし尻尾が揺れているよ。もしかして僕が着替えている音に聞き耳を立てて楽しんでるのかい?」

「半分は当たっている。お前が逃げないか警戒してるんだ」

「まったく君という人は……」


 そんなことはどうでもいいのだ。

 俺は早く見たい。一度も制服を着たことのない侍女の恥ずかしがる姿を、な。


「ほら、着替え終わったよ……って、言うまでもなく分かってるだろうけどさ」

「……なかなか似合っているぞ」

「冷やかすのはやめてくれよ! ぼぼ、僕なんかが着飾ったって誰も喜ばないし」

「いや、普通に興奮する」


 やっぱり素材が良いからなのだろうか。

 ジェラート程ではないにしろエリスやメアとも違った良さを残しているように思う。

 特にこう、大人しそうな正確なのに見えてるのが……。


「結局は君もそれ目当ての屑だってことだね」

「は?」

「僕のお尻ばかり見てるじゃないか! そ、そんなこと言わなくても分かるんだからな! まったく君という人はせっかく尊敬していたのに蓋を開いてみればただのド変態じゃないか!」

「お前に言われたくない」

「ううっ、今日はもう帰ってくれ! 僕は疲れた!」


 なかば強制的に追い出された俺は外に出てからリデルは白衣に着替え直さなくても良かったんだろうかと考えた。

 過ぎたことは仕方がない。

 それに変態呼ばわりしてた割には制服を着てかなり高揚していた。

 心臓の音が早く顔が赤くなり動揺も激しい。

 今まで雌として扱われることに慣れたくなかったけど初めて雌として扱われることを嬉しいと感じたのだろう。


「ここにいたか」

「ローゼか」

「なぜ残念そうな言い方なのかは聞かないでおく。リデルは元気そうだったか?」


 ローゼ、もしかして……。

 まさかとは思うがリデルは例の定例会議の時にしか姿を現さない上にほとんど口を開かないからローゼは特に関わる機会が少なくて心配しているのだろうか。

 やはりメアの言うとおりなのかもしれない。


「新しい研究材料が手に入った、と喜んでいたぞ?」

「そう、か……」

「なんだ構ってほしそうな顔をして」

「調子に乗るなバカ!」


 痛っ……!

 なぜ不安そうだから相談くらいなら乗るぞ的な空気を出したら殴られなくてはいけない。

 あ、そうか……俺のことが嫌いだったな。

 なら声をかけなければいいのに……。


「待て」

「しつこい雌は嫌われるぞ」

「誰がお前に興味があるなどと言った!」

「なら帰るぞ」

「おい! 待てと言ったはずだ!」


 どうせ『国内参謀』担当のローゼは武力に訴えることはできないのだし無視してもいい。

 それに呼び止めておいて興味がないなんて嫌がらせか?

 わざわざ足を止めてやったのに話がないなんてふざけているにも程がある。俺が魔物だということを再認識した方がいいのではないかと思わざるを得ない行動だ。

 こんな奴が参謀?

 笑わせるな。

 俺だってこれでも……これでも?

 力だけでどうにかしてきたことを打ち明けたところで鼻で笑われるだけか?


「お前に頼みがある」

「頼む態度じゃない」

「お前も居候の取る態度ではないな」

「…………」

「リデルにもう少し落ち着いた研究はできないのかと諭してほしい」

「誰も聞くなんて言ってないが」


 勝手に話されると断りにくくなるだろうが。

 それはともかくとしてリデルに落ち着いて欲しいと思うのは俺も同じなので余計に断りにくくなった。

 あいつを大人しくさせないと何をしだすかわかったものではない。


「ちなみに誰か被害者が出たのか?」

「姫様だ」

「あいつをぶん殴ってくる」

「待て! 被害とは言ったが命にまで関わるようなものでもないし穏便に済ませろ。姫様としても悪戯心でしたことなら大事にしたくないと仰ったのだ」

「一体なにをされた」


 ローゼは目を逸らす。

 なんだ、協力してほしそうなことを言っておいて理由までは話すつもりがないということか?

 くだらないな。

 俺は心底ローゼの自分のわがままを譲らない様に腹が立って冷たい目を向けた。

 嫌いなのは構わないが主人を優先できないのか、と。


「は、話しても落ち着いて行動できるだろうか」

「侮るなよ人間。たとえ軍隊が殺しに来ると言われようと驚くつもりはないからな」

「……姫様に毒を盛った」

「やはり殺そう。殴って(なぶ)って森に捨てよう」

「さっきの言葉は何だったんだ! 手のひら返しにもほどがあるぞ魔物!」


 いや、普通に毒とか盛ったなら消さないとまずいだろう。

 ジェラートがいくら穏便に済ませて欲しいと懇願したんだとしても身内の犯行だと分かっているからであってジェラートが甘いからに他ならない。

 そういう時は俺みたいな奴を使えばいいのだ。

 手を汚しても困らない奴を、な。

 しかし、その割にはローゼが必死に止めてくる。

 もしかして毒とは言ったが実際にジェラートが摂取した訳じゃないのか?


「その、毒を盛ったのは事実だが姫様が顔を赤くして身体が熱いと言う程度でそれ以上の症状は」

「それならばリデルを殴るのやめてジェラートの所に行ってくる」

「馬鹿者! 解毒剤はすぐ使わなければ効果がないのだろう!」

「まあいいから、ついてこい」


 そう言って俺はジェラートが寝ているだろう部屋へローゼと共に向かう。

 身内でありジェラートに感謝しているものが毒を盛った。

 どんな?

 あいつのことだから試験的に服用させただけでジェラートに実害が出ない程度に効果は抑えていて、且つ万が一が起こり得ないような効果の薬……。

 そしてリデルは異性を恨んでこそいるが愛とか性別に関わるような研究をしている。

 そう考えると何を使ったのかは簡単に予想がつく。


「ジェラート!」

「……? あの、伝染(うつ)してしまうので、近づかれない方が……」

「むしろ伝染していいぞ。お前が楽になれる」

「き、貴様っ!」


 苦しそうにしているジェラートが寝ている寝床に潜り込むとローゼが血相を変えて起こり始めた。

 でも悪いがローゼに怒られる筋合いはないぞ。

 俺は「伝染してもいい」とはっきり言った。ジェラートが楽になれるなら俺が苦しむことになってもいいんだぞ、と。

 つまり俺はジェラートの苦しみを別つために近づいた。

 これの何がいけないって言うのだ。


「ユキさん、私とてもお熱があるんです」

「知ってる。俺でも熱いと感じるくらいだ」

「どうして、わかってるのに……」

「お前は契約を果たす前に俺の前から消えてはいけない。それに伝染していいって言ったが、治せるものだ」


 俺はそう言ってジェラートを抱きしめた。

 熱い、火傷しそうなくらい体温がに高いように感じるし、俺でさえ熱く感じるのならジェラートはもっと辛いだろう。

 人間はこの感じを火照るって言うはずだ。


「あれ……?」

「姫様のお顔の赤みが引いている?」

「どうだ、少しは気持ちいいか。人間のことはよく分からないがそういう時は抱き締められただけでも全然違うだろう? 特に俺の場合は全身に体毛があるから大きな筆でくすぐられてるみたいな感覚だろう?」


 そう、あいつのやりそうなことを考えたら毒というよりかは姫様のために何かをするだろうな、という気持ちはある。

 たとえばジェラートが奥手な性格だと知ってるなら、な。


「たぶんリデルは毒じゃなくて媚薬を盛った」

「それは、なぜ?」

「答えてほしいならローゼは怒らないことを俺に約束しろ。あと今回限りでもいいからジェラートと同じ寝床に入ったことと抱きついたことを許せ」

「くっ!」


 まあ、無理に従わなくてもいいぞ。

 その場合はまたリデルが同じ薬を盛ることが確実になるわけで俺はその対処のためにこうしてジェラートを抱き締められるから悪いことはない。

 ただ、ローゼが文句を言う筋合いはなくなる。


「こ、今回限りだ。貴様は姫様になにもしてないことにしておいてやる」

「破ったらお前は魔物の餌な」

「いいだろう。好きにしろ」


 へえ、冗談だとでも思っているのか?

 俺は約束を違えるような信頼のない雌は本当にどこぞに棲んでる魔物にあげるけどな。

 ローゼなんか文句多いだけで欲しくないし。


「たぶんジェラートが自分からは雄を誘わないからだ」

「どういう、ことだ?」

「リデルとしてはジェラートがどの雄にも見初められることなく老けていくのを待つのが嫌だったんだろうな。この城に居させてくれてる恩を返したかったんだろう。一人で寂しく人生を終えないように、って」

「たしかにリデルさんなら、考えるかもしれません」


 でもリデルのしている研究にはジェラートを根本的に手伝えるようなことはほとんどない。

 それに詳しいのは生物学だけ。それも性的な話ばかり興味を持つ狂気的研究者。

 故に導いた答えがそこだったのだろう。


「でも、この城にはユキさんしか男性はいませんよ?」

「あくまでジェラートが副作用を起こさずに感度だけ良くなるかの試験だったんだ。それに馬鹿みたいに薬が効きすぎたらジェラートがおかしくなるから少量にして、襲うような雄もいないうちに、と」

「あのリデルがそこまで考えるものか?」

「俺から見ての感想だが、リデルは……狂ってるように見えるかもしれないが愛に対する貪欲さだけは誰よりも大切にしてる。ジェラートへの信頼と親愛は本物だよ」


 ローゼは納得したのかそれ以上は追求してこなかった。

 まあ、俺も肝心なところはリデルのためにほとんど伏せているし当然だろうな。

 あいつの作った薬は微量でもジェラートに効きすぎた、とかな。

 誰も気がつかない程度の量を入れたにしてはジェラートの体温の上がり方は異常なものだったし、俺がベッドに入ろうとして軽く指先が触れただけで過剰に反応していた。

 ジェラート本人が雄を求める衝動に疎いだけで危なかったのはたしかだ。

 あいつは『製作』担当の侍女かもしれないが生物を繁殖させるという意味で『性作』担当の研究者の方がしっくりくる。

 俺のデータも欲しがっていたしな。


「そろそろ姫様から離れろ」

「俺は()()()()とは言ったが今回が()()()()なのか言っていないしお前も気にしてなかっただろう? だから俺が一度でも離れなければ今回限りに嘘はないんだよ」

「ふざけるな魔物! いますぐ毛皮を剥ぎ取り家具屋に売り飛ばしてやる!」

「おっと、乱暴は良くないぞ。ジェラートが怪我とかしたらどうする?」

「では大人しくしていろ。貴様の繊細な毛皮を丁寧に肉体から剥がしてやるから」

「ぎゅっ!」

「…………!」

「姫様!?」


 ああ、俺もビックリして言葉が出なかった。

 ローゼなら本当にジェラートに傷一つ付けずに俺の毛皮を剥がそうとするだろうと思い少しだけ離れていたのにわざわざ自分から抱きついてくるなんて思っていなかった。


「今すぐその魔物から離れてください!」

「いいえ、絶対に離しません」

「どうしてですか! モキュを内緒で森に帰したことを恨んでいるのですか!」

「モキュちゃんは自分のお家に帰ったんです。でも、ユキさんの家はここですから。それにユキさんに私の病気を伝染して治ってしまったなら今度は私が治す番です」


 ほんと純粋な姫様だ。

 こう、俺が泣きたくなるほど嬉しくなるような言葉が簡単に出てくるのだからな。


「なんで笑っているですか?」

「本当にジェラートは可愛い人間だなって思っただけだ」

「鼻の下を伸ばすな、魔物! いいか、姫様に鼻の下を伸ばしたら伸ばした分だけ切り刻んで今日の昼食に使うからな!」

「うわ……倫理の欠片もない発言」

「ふふっ、お二人の仲が良くなったみたいでよかったです♪」

「「どこが!」」「ですか!」


 やな奴と言葉が重なっちまったな。

 まあいい、ローゼとも少なからず打ち解けてきたからこそ互いに遠慮なく暴言を吐けるのだろう。

 リデルもジェラートのためでもあるだろうが俺しか雄がいないタイミングで薬を盛ったのはそういうことだろう。


「まったく……姫様の容態が回復されたらユキは自分の部屋で寝るように」

「はいはい分かりました」


 少しずつ、本当に微々たる距離なのかもしれないが少しずつ俺は信頼を得られてるのかもしれない。

 あと半分だ。あと半分で俺は全員にこの城に住むことを受け入れてもらえたことになる。

 そうすれば、ジェラートと……。

この城には頭がおかしい者ばかりだと思っていたが

事情を抱えていたり、特殊な出自の人間が多いらしい。

それは俺やジェラートに限らず侍女たちも同じで、

陽気に見えるメアでさえ重い過去を背負っていたらしく──


次回「黒色は何色にも染まらない」

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