第3話『俺には人間が分からないので、とりあえず弱い奴を守ることにする』
「グルルルルッ」
災難だ。
メアのことを聞けなかったのはいい。
ジェラートに引っ張っていかれたのもいい。
洗われることだって見返りがあるなら許せただろう。
だというのに、なんだこの仕打ちは。
「喉なんか鳴らして、とても気持ちよかったんですね♪」
「唸ってんだよ! つうか怒ってるんだよ!」
順を追って説明するとメアとの作業が終わった後、俺はジェラートに身体を洗うためと大浴場へと連れていかれメアはローゼに報告に向かった。
案外すんなり認められたらしく他の侍女も怖がってはいたがジェラートに引きずられている俺には文句一つ出なかった。
問題はこの後だ。
俺は過去に色々とあって水が苦手でジェラートに洗われるのも要するにずぶ濡れにされるという意味なのだから逃げ出したいくらいには嫌だった。
しかし、役得があるなら、と甘んじていたのである。
洗うということはつまり、洗ってる側も濡れるということ。
つまりジェラートも脱ぐことを期待していた。
なのに……。
「何で服なんか着てるんだよ! 俺はジェラートの裸が見れると思って洗われてやったのに!」
「これは服じゃなくて水着というんですよ。水遊びする時に身に付けるものです」
「説明は求めてねえ!」
そう、裏切られた。
さすがにジェラートが言い出したことともなれば侍女も止めはしなかったが俺の前で肌を晒すことを許すわけもない。
結論から言うと水着というもはや服と遜色ないものを着ていたから何も見えなかった。
「そんなに見たかったんですか?」
「男に何を聞いてるんだ? 当たり前だろうが」
「何を言ってるのか分かりませんね。それよりユキさんに聞きたいことがあります」
それより、ってお前の裸より重要な話でもあるのか?
俺の毛並みを整えていたジェラートは手を止めるとふと、俺のある部分に触れる。
今でも痛む古傷のある場所へ。
「ここの傷はいつからなんですか?」
「……ずっと前だよ。森に迷い込んできて泣き喚くうるせえクソガキが居て、耳障りだからって家族の場所に連れていってやった時のだ」
その時に息子を拐った魔物だとか叫ばれて攻撃されたのを忘れられるはずもない。
ジェラートは同情のような視線を向けてくる。
どうせ俺のことを可哀想な魔物とでも思ってるのかもしれないが人間なんか所詮はそんなもんだ。
こいつみたいな性格の奴の方が少ない。
そういえばあのガキも泣いてはいたがついぞ俺を怖がるような素振りを見せなかったな。
「どうして争わないといけないのでしょう」
「自分一人じゃ生きていけないってよく言うけど、それは仲間がいなきゃいけないんじゃなくて、敵がいなきゃダメなんだよ」
「どういう意味ですか?」
「敵を殺して自分を生かすんだ。人間は獣や魔物を殺して、その肉を喰って生きてるんだよ。俺たちだって必要なら人間を殺して喰わなきゃいけないから敵同士だ。これから戦います、殺して喰いますって相手を好きになる馬鹿なんざいないんだよ」
理解したくない、って顔に書いてあるな。
俺も分かったような口調で言ってるだけで理解なんてしていない。仕組みなんて知ったら自分の行動に制限が掛かるだけだと知っているからな。
でも、ジェラートはそれをできない。
こいつには立場がある。目を背けてはいけない大切な役割が。
「あんまり長居すると怒られそうだから俺はどっかに行くとするか」
「ユキさん……」
「心配しなくても城からは出ねえよ。お前が泣いたとあらば討伐隊を呼ばれても文句言えないからな」
特にローゼとかいう侍女が、な。
存外、身体を洗うというのも悪くない。
頭からお湯を掛けられたりするのは怖いと感じたが今まで溜め込んでいた汚れを洗い流されるのは気持ちがいいし、ジェラートは生活魔法くらいは使えるらしく、その生活魔法で乾かしてもらったら一瞬でふわふわだ。
人間は毎日こんなことをしているのかと思うと羨ましく感じる。
「いや、羨ましいって…………あんな自分勝手な生き物のことなんて」
「羨ましい……?」
「いや、それは言葉のあやで……っ!」
なんだ、俺が気がつけないほど気配の薄い奴がいるのか?
周囲を警戒すると小さな女が隣を歩いている。両手で何かを抱えて俺が気がつくのを待つように歩いている。
こいつは……?
「あぅっ! ら、乱暴しないでっ」
「その反応されると乱暴したくなるんだが。そういえば例の会議の時にも居たような気はしたが……」
「エ、エリス……」
「名前か? んー、それにしても妙にちっこくて弱々しい女だな」
まあ人間という種の女が強いと感じたことはないが俺の隣を歩いている割には簡単に置いていかれそうな感じだ。
おそらく運動全般ダメだろうな。
「何してたんだ?」
「ユ、ユキさまの身の回りのお世話をするようにと」
「ちんちくりんが?」
こんな言葉遊び程度にすら涙を見せる。
やはりエリスは下っ端侍女で他の奴等が嫌がった仕事を押し付けられたんだ。
だってちんちくりんじゃ俺を止められない。警戒を解いたというのが明け透けに分かるようにという意味もあるのだろうが倫理観があればエリスを寄越したりしないだろう。
って、俺も人間の思考に染まってるのかな。
倫理観なんて、魔物には必要ないのにな。
「身の回りの世話って具体的には何をするんだ?」
「ユ、ユキさまがてて、手伝ってほしいことなら……! お着替えから食事の用意とか何でも」
「ふーん、なんでもねぇ」
「う、疑ってます……!?」
疑うというか、本当の意味での何でもか気になるだけだ。
たぶんエリスとしては俺が生活する上で必要な……あえて上げるとすればジェラートがしていることと同じ事を手伝うという名目でいるのだろう。
つまり、何でもは常識的に考えた範囲。
これはからかって見るのも面白いかもしれない。
「じゃあ膝枕とかもしてくれるのか? 人間って女の膝を使って寝ることもあるんだろ?」
「そそ、それはできます……! エリスの膝なんかで心地よく寝られるならう、嬉しいです」
「……身体の世話もしてくれるのか?」
「もちろんです…………え、えっ?」
こいつ、引っ掛かったな。
身の回りの世話と身体の世話は違うぞ?
「そうかそうか、夜の相手もお前がしてくれるんだな。ちんちくりんだけどまあ、楽しませてくれるならそれはそれで問題もないし期待してやるかな~」
「あのエ、エリスはそういうのは……!」
「何でもって言ったよな。それに俺は身体の世話もするのか聞いて肯定しただろ?」
「う、うぅ……」
やっぱりこういう女の困ってる様は見ていて楽しい。
あれだけ魔物を馬鹿にしていた種族が言葉一つで翻弄されているんだから嘲笑ものである。
と、本気で泣き出してしまいそうだしそろそろ嘘だと教えてやろうかな。
「悪いな、さっきのはじょうだ──」
「ユキさま!」
「おう?」
「ふ、不肖エリスがお相手します。へ、下手かもしれないけど……がんばりますっ」
「ん? あ、おい馬鹿!」
何の冗談かと思えばエリスは本気だった。
俺の馬鹿みたいな冗談を真に受けて突然淫らに服を脱ぎ始め、ちんちくりんながら女と辛うじて分かる身体を差し出そうとしているのだ。
さすがに廊下でそれはまずい。
「ささ、さっきのは冗談だ! だから脱ぐな!」
「冗談?」
「まさか真に受けるなんて思わなかったんだよ! 正直お前らは魔物の俺のこと受け入れたくないんだろうし……」
「ユキさま……エ、エリスでは満足されませんか?」
おいおい、泣くなよ。
そもそも何で俺に拒絶された程度で本気で悲しくなってるのか理解できない。
メアやジェラートならいざ知らず、こんなちんちくりんでも俺の城内居住に賛成だとでも言うのか?
「そそ、そういう意味じゃないから! な、ほら持ってたの俺に渡すものだったんだろ!?」
「そうでした」
泣き止んだエリスは乱れた服を直すと廊下に綺麗に畳んで置いていた何かを持ち上げると俺に差し出す。
それを受け取って広げてみると大きめの服が出てくる。
まさか、俺用に?
「ジェラート様が城内を裸で歩かれては品性を疑われると……」
「然り気無く俺のこと無知って言ったよな」
「いえ、そういうわけじゃなくて……! と、兎に角ユキさまが裸でいると勘違いされるから」
まあ、いらぬ誤解は与えるかもな。
大きさも問題ないし着るだけ着てみるのも悪くないか?
ところでどうやって着るもんだ?
ああ、ここに足を通して、こっちは腕を通して羽織るようなイメージのものか。
エリスに分からないところを尋ねながら着てみると案外、着心地としては悪くない。上に身につけたものも肩回りに余裕があるのか動かしにくくもない。
「下着は新品のものでしたが何分、ユキさまに合う服を取り繕うとなると怪しまれてしまうのでこの城に昔勤めていたという大柄の騎士が身に付けていた服を用意しました」
「ああ、どうりで動きやすいように肩とか足とか余裕があるわけだ」
「えと、ま、前は……」
エリスは顔を赤くしながら俺の胸元に手を近づけてくる。
何をしようとしたのか理解した俺はすぐに手を掴んで止めると首を左右に振った。
「閉め方は知ってる。でも俺は窮屈なのは嫌いなんだ。それにいくら俺にちょうどいいサイズだとしても前を閉めようとしたら胸が入らない」
「し、失礼しました……!」
さすがに、な。
俺が剛毛な魔物のせいもあるんだろうけど筋肉質で毛量も多いと服の中に納めようとすればかなり窮屈なんだ。
それなら開けていた方がいい。
身体のほとんどは包んでいるんだ。上半身の前側くらい解放感を出していたって怒りはしないだろう。
「ユキさま、たいへん似合って──」
「伏せろ!」
「あぅっ!?」
やっぱり人間の領域に入って認められて、少しは気を抜いていたのかもしれないな。
攻撃されるまで侵入者に気がつかないとは……。
まあいい、軽いナイフ程度なら軽く弾き返せる。
「なにもんだ?」
「な、なぜ魔物がこんなところに!」
「質問に答えろ。何者だ?」
返答がない。
明らかに城へ侵入したという条件からも敵だと判断できるが無差別に攻撃すると俺の評価が悪くなりかねない。
敵か味方か馬鹿でも分かるような言葉が聞ければいいんだが。
「こちらレッド! 侍女とそれを襲っているらしき魔物と遭遇。デリートを開始する!」
「目の前で通信なんざ余裕ぶってくれるじゃねえか」
「言葉を話す魔物か……厄介な」
侵入者……先ほどの言葉を借りてレッドは片手に短剣を構えると人間離れした速度で突っ込んでくる。
無論、人間ではない俺なら捉えられないこともない。
狭い廊下であるが故に直進するしかないと考え、俺は左手を前に突き出す。
攻撃でも準備でもない。
これはただの囮だ。
「早いな。人間にしては」
「なっ……!」
「ふんっ!」
侵入者が俺の左手を先に落としてしまおうと剣を振った瞬間、俺はもう片方の手で首を掴むとそのまま床に叩きつけた。
殺しはしてないがしばらく動けはしないだろう。
「野生で生きてた魔物を舐めるなよ。俺の身体を覆ってる体毛が無駄に分厚いだけだと思ったら大間違いだ」
「くっ、離せ……!」
「離してもいいが二度も三度も同じだぞ。俺が左腕を出したのはお前との距離を明確にするためともう一つ、お前の攻撃を感じとるためのものだ」
直立不動では感じ取れたとしても対応が間に合わなければ確実に痛手を受けることになる。
しかし、片手なら万が一も最小だ。
故に左腕を前に突き出し、女の気配が触れようとした瞬間に対応する戦法がいい。これなら身体に届くコンマ数秒早く反応できる。
全身の体毛が感覚器みたいなものだからな、俺は。
「つうか女が俺に敵うわけないだろ」
「触れるな!」
「やなこった。指先一つに力を込めれば殺せる状況に追い込んで動けない状態の女がいるのにみすみす逃す馬鹿がいるか? それに触られるってことは触られる価値があるってことだ。素直に喜ぶんだな」
ってのは建前で仲間と連絡のやり取りをしていたし危険物を他にも持ってないか確認するのが本音だ。
あの速度といい普通の鍛え方をされてはいないだろう洗練された動き的にこいつは精鋭な方。一人でも対処できるようにと複数の武器を所有してる可能性がある。
しかしまあ、隠すところなんて大抵見当がつく。
基本的には護衛は力の強い男が請け負うものだと考えて護衛という立場の男ならまず手を出しにくいと考えられる場所。
胸か足だな。
「ユ、ユキさま? その賊で致すのですか?」
「ないわ。寝首かかれたくないし心が汚い女となんて俺としてはごめんだね……っと。生憎と俺は護衛でもなんでもないからな。抵抗はないわけだ」
やはり胸の間から先ほどの短剣よりも小さなナイフが出てきた。
おそらく縄を解くための脱出用。
胸の間に隠していたくらいだしもっと何か隠していてもおかしくはないんだろうが……。
「ユキさま……! ジェラートさまというものがありながら……!」
「おいおい、エリスは勘違いしてるぞ。普通に考えて胸の間にナイフなんて入れたら肌が傷つくかもしれないのに入れていた辺りこいつは女を捨ててる。ならどこに何を隠していようとおかしくないんだから下着の中も当然確認する」
「っ!」
「それにジェラート様というものが、とか言ってるが……俺にはそんな権利ねえよ」
向こうが俺のことを友達程度に考えてくれてるならそれなりに嬉しいけどな。
と、やはりまさぐって正解だった。
下着の中に何処のかは知らないが鍵を隠していたようで、それを奪うと女の抵抗が明らかに落ち着いて悔しげに見える。
どうやらそれほどに重要なものらしい。
「エリス、この鍵、どこのか分かるか?」
「! ジェラートさまの部屋の鍵です……!」
「くくっ、気づいても遅い。先ほど仲間からジェラートが別の部屋にいることは聞いている。その鍵も不要……むぐっ」
「あっそ」
俺は鍵を女の口にねじ込むと眠っててもらおうと軽く身体を持ち上げてもう一度床に叩きつける。
こいつの言葉が真実ならジェラートの元に敵がいる。
「エリスはこいつを見張ってろ」
「ユキさまは?」
「もちろん戻るんだよ」
俺は踵を返して地面を強く蹴る。
先ほどまでいた部屋の前に行くまでなど一足分の動作で十分。着地点でブレーキをかけて直角に曲がると闘牛のように扉を体当たりで解放する。
そこにはやはり、ジェラートともう一人侵入者がいた。
離れた位置が故に圧倒的にジェラートが危険な状態であること以外は確認できない。
つまり、俺のとりうる行動は一つ。
もう一度床を強く蹴る。
向かう先はジェラートの身体目掛けて。
「きゃっ!」
俺も思わず目を閉じていたから状況を理解するまではしばらく時間がかかった。
突き飛ばしたジェラートは怪我をしていないし驚いただけで済んだらしくぴんぴんしていたし、突き飛ばした側の俺もジェラートの胸を揉むくらいには元気が……揉む?
いや、事故だ。
突き飛ばした後にどうなっているかなんて予想して行動できる奴なんていないだろう。
「わ、悪い」
「助けられてまで文句、言いませんよ……」
「その割には顔が赤いぞ。なら、もう少し触らせてもらうか」
「っ!」
「ぐっ!」
さすがに冗談は通じないか。
せっかくだしと一度指先で握るように力を入れようとしたらジェラートにビンタされて俺の顔は横に逸れる。
それなりに痛い。そして、それなりに残念だ。
「って、ユキさん剣が刺さってますよ!」
「ん、ああ……さすがに避けてたらお前が無事じゃなかったからな」
「くそ、魔物が何でジェラートを……!」
どいつもこいつも魔物魔物って、そんなに気にくわないのか?
まあいい。手負いかどうかなんて関係ない。声的にこいつも女だから簡単に倒せるはずだ。
と、俺がジェラートを背中に庇いながら侵入者の方を向くと何故かエリスが奥にちらと見える。
何より、床には見張るよう伝えていた女が転がっているし。
引きずってきた? あのちんちくりんが?
「えいっ……」
「なっ…………き、きしゅ…………う?」
一撃、だと?
しかもエリスは侵入者の首辺りを軽く叩いただけでそれ以上のことはしていない。
しいて先程と違うことと言えばグローブをはめているということくらいで……。
「じぃっ……」
「ど、どうしたんだエリス」
「あぅっ、エリスは出てるからどうぞ続きを」
あの、続きとか言われてもビンタされたばかりなんですか?
それにお前に聞きたいことばかりで目の前にジェラートがいるのに落ち着いてしまってるし。
「ユキさん、私を守るために?」
「ふん、こんなの《彼の地を統べし王》にとって怪我のうちに入らねえよ」
「お……王?」
あれ、言ってなかったか?
これでも森の魔物を統率してたんだぞ?
「ええと、魔物にも統率精神などあるんですか?」
「どっちかと言えば衝突しないためのリーダーみたいなものだ。雄は力ずくで俺の方が上だと分からせてやれば従うようになるし女は有無を言わさず犯してやれば従う」
「ユキさまは王様……ジェラートさまとお似合い」
「覗いてんじゃねえか!」
それにお似合いなんかじゃないさ。
俺は力で従わせただけの仮初めの王だ。
雄は逆らったところで勝てないと分かっているから従うだけだし雌は強引に犯されたことに惹かれるだけ。本当に主従の関係はない。
でも、お前は慕われてるよな。
ジェラートは、信頼されてるし愛されてる。
「ユキさん、頼みたいことがあります」
「言わなくても分かってる。このパラミナスタは辛うじて存続してるだけの国だ。それもお前が精一杯頑張った上で繋ぎ止めてるんだろ?」
騎士がいなくて大臣もいない、侍女しかいない城。
ジェラートの命を狙って差し向けられた刺客。
そして、魔物という存在であると知っていながら俺に向けられる期待の眼差し。
これだけ条件が揃ってしまえばジェラートが俺に何を求めようとしているのか分かる。
「俺は《彼の地を統べし王》なんて呼ばれ方は好きじゃなかったが弱い奴を守りたいって考えがあったから仮初めの王でも続けようと思ったんだ。お前もきっと弱い奴に含まれる」
「ユキさん……」
「守ってやるよ最後まで」
「こうしてジェラートさまとユキさまの恋は始まりました。前途多難ありつつもお二人は子宝に恵まれ……」
「へんな空気を作んな! あと侍女のくせにジェラートに強要するな!」
「わ、私はユキさんが望むなら……!」
どいつもこいつも頭がおかしい!
いや、望まないとは言わないけどエリスに見られてるし即日ジェラートが子供を孕んだなんて聞いたらローゼに処刑されるのは俺だぞ?
「大丈夫。ジェラートさまを裏切ったらエリスがユキさまを殺すから」
「物騒だなおい!」
「エリスは『対人戦闘』担当の侍女ですからね」
「担当とかあるのか?」
ええ、とジェラートが頷くとエリスは覗くのをやめて部屋に入ってくるとスカートの裾を軽く持ち上げて会釈する。
「えと……『対人戦闘』担当のエリスです。今はユキさまが変なことをしたら殺さない程度に大人しくさせる任務に就いてます」
「まじかよ……そりゃあ一撃で賊を倒せるわけだよな」
でも俺としてはそのくらい強い雌を無理やり犯して従わせるのが楽しみだったりするんだけどな。
無茶はしない。
エリスの力量はきっと魔物相手でも通用するレベルだ。
「ちなみに『対魔戦闘』担当がメアで『国内参謀』担当がローゼです。他にも三人の侍女がいて……まあ、他の三人は本人から聞いた方がよさそうですね」
「信頼できる最小の人数でやってきたってことか」
「そうです。前にいた大臣がお父様の国を他国に売ろうとしたんです。それから裏切られるのが怖くて、残ってくれたのは彼女を含めた六人だけなんです」
これは思ったよりも……。
しかし、このくらいの方が協力のしがいがあるというものだ。
「俺の契約はジェラートを守ることだ。その対価としてお前は何を差し出してくれるんだ?」
「あなたほどの方に差し出せるものなんて限られてますよね」
「別に《彼の地を統べし王》相手に契約じゃない。お前のユキとして契約しろ」
そうじゃないと意味がない。
俺はあの森で囚われるだけの孤独な魔物じゃない。
ジェラートによってパラミナスタという国に住むことを許されたユキという固有名詞を持った魔物だ。この特別を無意味にしたくない。
「ユキさんに……すべてを捧げる覚悟だったんですけどね」
「随分と豪胆だな。いいぞ、なら対価はジェラートでいい」
「…………はい? あの、私の空耳ですか?」
「ジェラートが対価だ。今さら欲しいものなんてないけど協力してやるんだからお前の隣でお前が喜ぶ姿も涙する姿も見させてほしい。お前の全てを捧げてくれるなら俺は、ユキはお前のために隣にいてやる」
まあ、少しくらいは妥協してやらないと、な。
ジェラートが本当の馬鹿でもない限りは俺の言葉の意味を理解して否定してくるはずだ。
そう、ジェラートの全ての意味を。
「こんな私でもユキさんはいいんですか?」
「お前、意味分かってるのか?」
「はい。私の身体も声も心すらもユキさんに差し出すという意味ですよね。それなら分かってます」
「お前の綺麗な身体も、細い喉から奏でる嬌声も、その純粋な心情すらも捧げるんだぞ?」
俺はこいつの覚悟を甘く見ていたのかもしれない。
いや、こいつが俺に対して抱いている感情がただの期待だと勘違いしていたんだ。
ジェラートが俺に向けている感情は紛れもなく……恋慕だ。
いいさ、そこまでの覚悟があってこそだ。
ユキとして契約するとは言ったが《彼の地を統べし王》が手伝う女がその辺の石ころみたいな奴だったらがっかりだからな。
弱くてもいい。覚悟があれば価値がある。