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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第6章「本物の騎士」
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第24話「ガゥ=フェンラス」

 某は流れ者であるが故に不安定な生活でも生さえあれば妥協して耐え抜くつもりでいた。

 人間に襲われようと、天災が道を阻もうと、同族に貞操を狙われようと……某を導く強者の匂いが断たれぬ限り、この体は流れるままに流浪するものである。

 それが一族の定め。

 産まれ落ちた頃より強い血筋を求め生きる。

 某が主君は強き者を見定め繋いできた一族の末端からしても過去と比べるまでもなく完全無欠な存在だった。


「ガゥ殿!」

「し、失礼した。考え事をしていたもので」

「難しく考える必要はありませんぞ。ガゥ殿は専門家として助力してくれる側なのだから思ったこと感じたことを遠慮なく伝えていただければよい」


 完全無欠な主君が側に仕えるべき人間を見つけ、その者が協力関係にある者のために某が動く。

 まだ完全に納得したわけではない。

 あの方さえ無事であれば人間など滅びてしまってもいいと頭の隅では考えてしまっている。

 なのに、人間は何も言わない。

 パラミナスタの人間も、アルティオスの人間も、誰一人として某の考えに気がついても罰することがない。

 舐められているわけではないのだろうが恐ろしい。

 いつ、自分という存在に否定と拒絶が科せられるのかと思うと震えずにはいられない。


「これが結界……」

「近づいても平気な様子だが、ガゥ殿には効果が薄いのか?」

「決して、そのようなことは。魔物避けの結界を調べると耳にして真っ先に自分が影響を受けては意味がないので、ここへ来る前に魔法抵抗を上げる簡易的な術を展開した次第であります」

「なるほど。やはりガゥ殿は魔物は魔物でも言葉を介し知能を有するだけあって普通の魔物相手にする策は無意味、と」

「あまり落ち込まないでほしい。某は事前に教えてもらっていたから対策しているだけで実際に貴国へ連れられる際は結界の影響を受けていた。結界が無意味なんてことは」


 効果はある。

 自ら気持ち悪い空間に飛び込んでいこうとする魔物なんていない。

 ただ、知恵のある者がいれば技術と対策はイタチごっこのように発展しては追いつかれを繰り返すもの。初めから完璧などありえない。


「この結界はどのようにして?」

「原理は陛下の仰った通りだ。こうして国を囲っている壁に一定間隔で魔鉱石を埋めている」

「この宝石のようなものでありますか?」

「ああ。場所によって効力にばらつきが出ては弱いところに魔物が集まってしまうから加工して均一にしている。宝石を取り扱うような装飾工が加工している」


 壁の中でも一定の距離ごとに支柱のようになっている部分があり、その中心に青い光を放つ石が嵌め込まれております、そこからルドルフの言うとおり魔力を感じる。

 一つ一つが発しているものは異なっていても一枚の壁のように組み合わされているから隙間も無ければ重なる部分もない。

 賢い魔物が現れてもどこか一部だけ他と比べても脆い箇所というのが存在しなければ闇雲に破壊するのではなく、自然と寄り付かなくなると考えていいだろう。

 故に彼らは悩んでいる。

 何故、魔物が侵入できるのか、と。

 主君ならすぐに答えが出るのだろうか。


「ちなみに国を囲うように結界が張られているという話でありますが、上空も?」

「空は壁の魔鉱石のようにはいかない。故に数人の神官で協力し魔法による結界を張らせている」

「では結界の問題ではない? 行ったり来たりになって申し訳ないのでありますが魔物侵入時の報告書を確認しても?」

「無論、構わないぞ」


 国を覆う結界は周囲も上空も異常はない。

 この付近に結界を無力化するほどの知能を有する魔物が現れたという報告もない。

 後は何を調べれば……。



 ――その頃のユキ……。


「なるほど、ユキにはそんな考えが……」

「俺の勝手な教育に巻き込んで申し訳ない」


 気にしなくてもいい、とティアは隣を歩きながら微笑む。

 本来ならばアルティオス出身の騎士が同伴でもなければ街を歩くことも無いであろうティアが俺と外にいるのは、俺が密かに考えていた計画のせいでもある。


「ガゥにはルドルフというベテラン騎士の元で自分で考え行動する力を身につけさせる。その間に生じてしまう魔物の侵入はユキ自ら討伐に動く。部下思いでなければ思いつかない方法」

「いや、上っ面だけの偉そうな上司だ。試すなんて行動が許されるほど俺も認められちゃいない」

「正しい判断、そう思います。力だけならばユキが稽古をつけた方がガゥの成長を促せても考えたり騎士らしい振る舞いを、という話ならば経歴も長く真面目に勤めてきたルドルフが適任、そういう判断なら」


 自分が完璧ではないから他人に完璧を求めない。

 それは当然、騎士になって長い訳でもない俺がガゥに騎士としてのあり方を説明する権利がないのと同じ。

 パラミナスタには騎士が不在で、護衛さえ王女付の侍女が代わりにしていたというのだから教官たりうる存在はいない。ローゼが教えられるのはマナーや躾のみ。

 つまり、他国を頼らざるを得ない。

 そしてアルティオスとは縁があり、今回はお互いに頼みたいことがあるということで双方の同意からの協力だったが前回は主にアルティオスからの依頼の部分が大きかった。

 状況的に依頼を果たしつつルドルフに教育を頼むには丁度いい機会だったのだ。


「ティア、この先に魔物の反応だ。少し離れていた方がいい」

「分かりました」


 先程から何度か魔物を街の中で目撃し討伐しているが強力と言えるほどランクの高い魔物はいない。

 具体的に言えば両生タイプと呼ばれる地上でも水中でも活動できる分類の魔物で、一番危険度が高いものでも戦闘訓練を受けた者が数人で相手できる程度のものだ。

 ましてや知能が低い。

 知能があれば俺が気配で探し当てて姿を確認する頃には一人や二人、人間を襲っていそうなものだが形跡がない。通路に立ち塞がってフラフラしているだけで被害者がいないのだ。

 誰も近寄らなかったから?

 それも考えたが魔物の習性からして近くに人間が居れば襲う。

 俺のように統率を取れる存在がいれば知能も高くなるし逆らえば身を滅ぼすのだから命令を与えられない限りは干渉してこないが、そういうわけでもない。

 こんな低レベルの魔物が街中に侵入するものだろうか。

 俺は懐に飛びこんで外皮の薄くなっている腹部分に拳を一発入れて倒しつつ思案を巡らす。


「これで4体目、か」

「先日までは数日に1体でも騒がれたものです」

「っ! 少し離れていろと言ったはずだ」

「まさか、ユキが一撃で倒せない相手だったと?」


 信頼されるのは良いことだろうが過信するのは何かと危険を伴う。

 ティアの信頼は過去の共同作戦に端を発するものだと考えて間違いはないのだろうが一日や二日、意図して共に行動した際の姿を見ただけで信頼するのは危ない。

 仮にも一国の王女だろう。護衛も無しに魔物に近寄るものではない。

 いや、これは魔物だからと言わず相手が騎士だろうと他国の者を簡単に信用するものではないと言った方がいいか。

 身分ある者でも過信したら喰われるのが世の常だ。

 それは自分にも言えることだろう。

 ここはパラミナスタじゃない。

 周りにいる者を敵か味方か慎重に見定めなければならない。


「一つだけ聞きたいことがある」

「私がお答えできることなら」

「試すなら試すと言ってもらわないと困るぞ」

「っ!」


 ティアがジェラと仲良くしたいのもパラミナスタと協力的な関係を望んでいるのも本当のこと。

 今回の魔物の襲撃も事実。

 その原因が分かっていないことも嘘ではない。

 しかし、俺がした提案を簡単に鵜呑みにしたことには何か嘘の匂いがしたような気がしていた。


「人間なんぞに疑われずとも俺は部下に疑念を持つことに躊躇しない。あいつが裏切り者かどうかを疑っているなら白だ。魔物の持つ忠誠心は人間が思っているよりも単純だからな」

「不思議だとは考えませんか。両生タイプではないのに大陸を渡ろうなどと考える魔物がいるなんて」


 俺の怒りを買ったことに怯えていたように思えたが王女としての立場が思い出させたのか冷静さを簡単に取り戻したティアは悪びれる様子もなく問い掛けてきた。

 ガゥは強者を探して大陸を渡ってきたという話だ。

 この世界には大陸を繋ぐ転移魔法を可能にする者は存在せず、他の大陸への移動方法は船に限られる。泳いで渡ることが不可能とは言わないが海洋の奥深くに眠るとされる魔物は人間では太刀打ちできないという。

 ガゥがそれを可能にしたというなら危険度は上になるし、そうなると俺に強者の匂いを見出だすには根拠が弱い。

 おそらく海洋に棲む天災級の魔物の方が俺よりも強い。

 だから海を渡るなど嘘だろう、と。

 少しでも俺に近づきやすくし信頼を得るためのアピールだったのではないか、と。

 それは臆病な者の考え方だ。


「俺は、勇気のある奴だと……誉めてやりたい。大陸を繋ぐ定期船に忍び込んだのだとしても、泳いで渡りきったんだとしても、並大抵の者には出来ないことを成し遂げようとしたんだ」

「そういえば初めてあった時ガゥは私が本物の騎士かどうかを確認していた。より強い相手に挑み勝利したことを自らの誉れだと」

「あいつは過去を語らない。でも、行動と理由には人間らしいものがあると考えられないか?」


 ティアウスは頷いてはくれなかったが今までのガゥの行動を省みているようだ。

 しばしの間、無言で重い表情であったがすぐに穏やかなものになると頭を下げた。

 謝罪、というやつだろう。


「私達が閉ざしていては歩み寄ろうという他者を退けてしまう。貴国と良い関係をと言っておきながら思い至らずに」

「ジェラートのことを案じて、だろ?」

「え……?」


 何故そんな予想もしていなかった言葉が聞こえてきたみたいな顔をするのか理解できない。

 人間はもっと狡猾で知恵の回る生物だ。

 ありとあらゆる事象を自分に都合の良いように改変し、必要に応じて嘘をあたかも本当のことのように取り繕い他者の心を誘導する。そういうものだと考えていた。

 ノルンが、そうだった。

 あの頃の俺は完全にノルンを信頼して組織の人間だと告白されても信じられなかったのだから。

 それと比べてジェラは純粋すぎるだろう。

 ならティアは俺を騙しガゥを試そうとしたのだから最後まで騙すつもりで貫き通した方がいい。


「簡単に頭を下げるな。仮にも俺は他国所属の騎士だ。弱みを握られてどうする」

「しかし同盟国として謝罪は……」

「だから()()()()()()()()()()()。お前はジェラートが能天気で心配だから心を鬼にしてパラミナスタ破滅の要因になりかねないガゥを疑った」


 パラミナスタの政は内部の情報操作を受けにくい。

 完全に信頼された人間しかいない環境で偽物の情報を流布する者がいないという信頼があるからだ。

 しかし、それは後から現れた者にも同じ。

 ジェラは俺を信じて側に置いてくれているし、俺が問題ないと認めたからガゥやハルさえ受け入れている。それは侍女達の発言でも同じ対応だったはずだ。

 信頼が厚いからこそ裏切りの可能性を考えられない。

 そしてジェラの性格が楽観的なのは誰もが知ることだ。

 同盟国としてティアが気に掛けることを疑う必要はないし、内部を疑うのは外部から別の視点で見てもらった方がいい。

 こういう目的なら誰もティアを責めないし外交問題になるわけもない。

 ましてや事実を知っているのは俺だけであり、二人の間で共通の認識があれば外に知られる心配もない。

 種族も立場も同じ者同士が争うのは見たくないのだから、そのくらいの根回しくらいはする。


「巡回はそろそろ切り上げるぞ。あまり王女が長々と席を空けるものじゃない」

「ユキ……」

「なんだ?」

「これからも、良き友で」


 誰かに聞かれたら俺が尋問されかねない言葉はスルーしてティアを城へと護衛する。

 ガゥの方は上手くやっているだろうか。



 ――アルティオス地下道。


「街の下にこのような空間が……」

「別に珍しくもあるまい。陛下のような要人を外へ逃がすための道だ」


 たしかに地上の通りを馬車で駆け抜けたり騎士を護衛につけて歩いて移動するのは衆目にも晒されるし危険も多い。

 警戒する方向が全周囲より前方と後方に限られた方が楽だろう。

 しかし、避難経路という割には不穏な気配を感じる。

 自分が魔物であるが故なのか、それとも巣食う者の擬態が完璧に近いのか。その場にいるルドルフや他の騎士は気がついていないように思われる。

 報告すべきなのだろうが信じてもらえるのだろうか。

 彼らは自分の言葉を信頼するだろうか。


「何もいないぞ。本当にここなのか?」

「やめないか! ガゥ殿に協力してもらっている立場だぞ!」

「俺はルドルフさんみたいに甘くないんだよ! 騎士なら結果で語れと教わっているはずだ!」


 不満が募っている。

 自分には魔物を妨げる結界に対する助言できるだけの知識はあっても主君のように全ての魔物について知っているわけではない。

 この程度の実力で認めてもらおうなど甘かったんだ。

 同行していた一人の騎士がルドルフの静止を振り払って一人で先へと進んでいく。魔物が提示した危険性など信じないとばかりに油断しきっているようにも見える。

 やはり自分が人間を信じきれないように人間も信じてはくれないのだろうか。


「ほら何もいない!」

「叫んだら危険であります!」

「だから何もいないって――」

「くっ!」


 何もいないように見えても確かに居たのだ。

 人間に害をなさない魔物であれば無視していても良かったから下手に刺激しないように、と考えていたのに荒々しい声で叫ぶのが聞こえたら殺気立つのも当たり前だろう。

 自分にばかり気を取られて背後から襲われそうになっていた騎士の先へ距離を詰め、万が一を考えて少しでも距離を取らせるために突き飛ばしてから相手の攻撃を受ける。

 それなりに一撃が重い。

 攻撃を受ける前に騎士を離れさせていなければ余波で怪我をしていたかもしれない。


「てめぇ俺の命を狙って!」

「某は……いや、自分は口下手で上手く言い表せないでありますが正直に言うであります。あなたが嫌いであります」

「なんだと……!」


 どこまでが言っても許されるのか。

 人間が、魔物の言葉に耳を貸してくれる時間はどのくらいなのか。

 まったく検討もつかない。今まで考えもしなかった。

 でも、一時的にでも耳を傾けてくれるのなら、それでいい。

 自分はその少しの時間で言いたいことを言い切る。下手に遠慮をしてばかりいるから魔物が人間の機嫌取りをしているなどと考えられて上手く立ち回れないのだ。

 言いたいことを、考えをすべて打ち明けてしまえ。

 隠し事なんかしているから疑われる。


「弱いのに吠えてばかりで何かと騎士という名を口にしては自らを正当化しようとする。ティアウスさんやルドルフさんのような誇らしさを感じない」

「好き勝手に……!」

「でも、あなたが騎士という名に怠けているとは思わない。血の滲むような努力を続けてきたのでありましょう?」


 彼は自分と似ている。

 強き自分を理想として積める努力を惜しまずに生きてきた。彼の言葉は慢心などではなく、自分の努力に対する意地だ。

 簡単に否定はできない。

 自分も同じだから。

 ずっと生き残るために戦う道を選び研鑽してきたからこそ人間を相手に自分が下手に出るなどあってはならない、と。

 でも弱いことは悪いことではない。

 弱いなりに彼らは持っているものがある。

 主君もジェラートのそういう何かを知っているから彼女を慕っているのだろう。


「そんな騎士から信頼を得られない自分が不甲斐ない。悔しいであります」

「…………好きだ」

「はい?」

「魔物のくせに憂い気な顔をするな! 不意に……不意にそんな顔されたら惚れちゃうだろうが!」


 何を言っているのか分からなかったが先程のように自分への反発を理由に飛び出していったのとは違う。

 彼は自分の誇りを守るために戦おうとしている。

 結果的に鼓舞することができたのだろうか。


「ガゥ殿は残りの敵の位置を把握されよ! 前衛は我々が務める!」

「任されたであります!」


 今は忘れよう。

 ここにいた魔物が無害だったかも、なんて中途半端な考えも、先程の自分に向けられた言葉の意味も……。



 ――その日の夜。


「ユキちゃん、王国間の通信妨害魔法はどうしたの?」


 俺はアルティオスで起きたことを報告するためにパラミナスタに残っている人間へと通信魔法を試みた。

 ものを飛ばしたりすることが可能な風属性と加護を与えたりする光属性、性質を変化させる闇属性が使えるなら目に見えないものや言葉などを飛ばすことができるのでは、と考えたが当たっていたらしい。

 さすがに景色まで送るには技能的な話になるが意識をパラミナスタにいる人間に向けると魔力感知に長けているメアが応じてくれた。


「知らない。とりあえず手紙だと確実に送られる保証もないしすり替えの心配があるから言葉で伝えようと思っただけだ」

「姫様に代わる?」

「いや、そのままでいい」


 きっとジェラの声を聞いたら帰りたくなる。

 俺は俺が思っている以上にジェラという一人の人間に依存しているから甘えたくなってしまうだろう。

 予想だとメアの側にいるだろうし言葉だけ伝えてもらおう。


「いくつか報告があるが、まずティアウスはパラミナスタとの友好的な関係を望んでいた。森の魔鉱石が欲しいのもあるだろうがパラミナスタに来た時の印象が悪くなかったんだろう」

「そうなんだ。良かったね姫様、友達が増えるって」

「よ、余計なことは言わないでください!」


 ばっちりジェラートの声が聞こえてしまった。

 嬉しそうな声だったからティアとは仲良くなりたかったのだろう。


「二つ目にガゥについて、最初はアルティオスの騎士に疑いを向けられていたらしいが信頼は得られたらしい」

「ガゥちゃんって良くも悪くも真っ直ぐだもんね」

「ああ。戦闘中に好きだと言われたことを動揺することなく報告してくる辺り、俺もそう思う」

「えっ? ガゥちゃん好きな人がいるの!?」

「正確には告白された、らしい」


 聞いた限りではガゥに対して著しく反発していた騎士らしいから何か企みがあるかと疑ったがルドルフの話だと「嘘を吐いてる目ではない」とのことだ。信じていいのだろう。

 報告の内容的にガゥの行動に不意打ちされたのだろう。

 あれは無意識に男らしいとまで思える行動をしてしまう奴で、自慢の部下だからな。

 と、報告したいのは()()ではなかったな。


「それでアルティオスからガゥをしばらく預かることができないか、と」

「うーん、メアちゃん的には乙女の恋路は応援したいけど……」

「俺の指揮下だ。自由にしていいならガゥは預けるつもりでいた」

「…………理由を聞いてもいい?」


 少しの間があったからメアがジェラに伺いを立てたのだと予想はついた。

 下手なことは言えないし考えたことを言うべきだ。

 別に自分がガゥに対して考えていることなど騎士としての部下であることくらいだろう。

 隠すような感情もない。

 保護者として、思ったことを伝えればいい。


「ガゥは善悪や生き死にを重要と考えない部類の魔物だ。それが正しいか間違いかではなく自分にとって可能か不可能かを見てる。困難であればあるほどガゥは挑むし簡単であれば簡単であるほど意味のないことだと切り捨てる」

「強者を探してるから弱者に興味ない、ってこと?」

「そうだ。ただ、ガゥは人間のことを見下すような態度をしていたのに言葉を知り、彼らを理解しようとした。感覚的に得られるものがあるのでは無いかと信じていたんだ」


 メアが無言になり、向こう側から他に笑うような声が聞こえてくる。

 この分なら断られはしないだろう。

 ジェラは俺の考えを察して任せるつもりだ。


「ガゥを人間の中で学ばせたい」

「ユキちゃんは寂しくないの?」

「大切な部下が学ぶ機会を俺が奪ってどうする。あいつは人間と魔物が共存していく世界を作れる可能性だ」

「分かったよ。姫様もガゥちゃんについてはユキちゃんに一任するって言ってたからアルティオスに預ける方向でいいよ…………と、ユキちゃん」

「なんだ?」


 急に向こうが静かになった。

 メアもジェラもいるはずなのに声どころか物音がせず、何かを警戒しているような雰囲気を感じる。

 しかし、俺が助けに行ける距離でもないのだから割り込むわけにもいかない。

 メアの返事を待つ。


「今日は姫様も疲れたみたい」

「…………分かった。体を大切にしろ、と伝えておいてくれ」

「はーい♪ じゃねユキちゃん!」


 誰か、別の人間が来たのだろうか。

 少しの間だけ静かになったのは侵入者がこちらの様子を伺っていたから。下手に会話をして通信先に助けを求めたと勘違いされても困るからだろう。

 そして何気ない会話のように閉じようとしたのは相手が要求したから。

 メアは馬鹿なように見えて優秀な侍女だ。

 本当に危険な相手なら何かしらのサインを残すし、ジェラに通信を移すことも容易。

 それをしなかったのはジェラかメアの見知った人間で危険性が無いと判断したから。

 後日、悪い報告がないことを祈るしかないな。



 ――パラミナスタ王城、執務室。


「肝の据わった女じゃねぇか。前より良い女になった」

「誉め言葉として受けとります」


 ユキが不在の中、喜ばれない来客。

 彼が()()と呼ぶ集まりの一人であり、当然ながら警戒すべき相手でもある者が平然と同じ部屋にいた。

 アステリオス、迷宮の守護者だ。

 動揺してはならない。

 彼とは一度だけ対峙している。ユキが圧倒して終わった戦いであり自分は何も手を出していないが「ご同輩」と呼ぶ者の身内だと知っているなら弱いと分かっていても仕掛けてはこない。

 少しでも余裕のある態度を保たなければ……。


「ただ、私には決めた男性がいるので控えてもらえませんか?」

「また迷宮に放り込まれるかもしれないのに強気だな」

「あなたこそ油断しない方がいいですよ」

「ああそうかい。そこの混ざりもんがいるからか。どうやら強気すぎたのは俺の方みたいだな」


 そう言ってアステリオスは床に腰を下ろすと深い溜め息を吐く。

 戦う目的で来たわけではない。

 それは彼がユキとしていた会話から考えて間違いないのだ。

 自分にだってできることがある。ユキに胸を張って「おかえりなさい」を言うために自分にできることを完璧にやりとげてみせる。

 情報を、アステリオスから……。

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