第21話「救えるのなら」
――パラミナスタ城内、廊下。
ガゥとの会話でイライラしていた俺は八つ当たりをしてしまう前に発散しようと訓練場にメアを呼び出し模擬訓練をしていた。
俺が全力で戦ってもメアには勝てない。
純粋な魔族が相手でもメアは魔物の中でも選り優りの血を引いた雌であり数多の種族の強いところが遺伝している。
獣牙族の生命力と瞬発性、竜鱗族の持つ無尽蔵の魔力、それに加えて人間としての知識が加わると手を付けられない状態だ。
だからこそ発散に相応しい。
全力で戦っても殺す心配も死ぬ心配もない。何よりメアは俺をダウンさせることができれば体を自由にすることができるし、俺もメアに攻撃して服を破けば雄としては喜ばしい光景が見れる。
互いに損しないからこそ成り立つ私闘である。
しかし、一度もそれらが叶ったことはない。
今回とてメアの腕に軽く傷を入れられたくらいで戦果は得られず、向こうも俺がダウンしなかったのでいい汗をかいただけに終わった。
「あれは、エリス?」
俺が泥を流しに行こうと廊下を歩いているとエリスが何やら困っているかのような素振りをしている。
具体的には行ったり来たりしていて落ち着きがない。
「どうしたエリス」
「あっ、ユキさま! 実は……」
「狼さんだ」
「っ! お前は!」
エリスが要件を伝えるより早かった。
背後から赤い頭巾を被った小さな雌が出てきて俺を指差したのだ。
見覚えも何も午前中に出会ったばかり。俺を罠にはめて騎士という立場から失墜させようとしてきた悪い雌だ。
「知り合いだったんですか?」
「こいつは――」
「わぁっ、もふもふっ!」
なっ、何でこんなに馴れ馴れしいんだ。
半ば俺の言葉を遮るように叫んでいたようにも思えなくもないが赤ずきんはエリスの後ろから飛び出すと急に俺に抱きつく。
しかも服で隠れてない腹の辺りに執拗に頭をぐりぐり押し付けてくる。
こいつが悪い雌ではなかったなら喜ぶところだが……。
いや、無理か。
何やら小声で警告してくるのだ。
「余計なことは言わない方がいいよ狼さん」
「っ!」
「後ろのメイドさんを殺すから。狼さんの男性機能を停止させてもいいんだよ」
後ろのメイドさんというのはエリスのことだろうか。
さすがに腕に自信があってもエリスを殺すなんて簡単に言ってはいけない。メアから魔法を切り取ったなら間違いなくエリスがこの城の中で一番強いのだから。
まあ、後から付け足された男性機能を停止させられる方が怖いので黙ろう。
ジェラと子供を作るまでは停止したくない、というか普通に嫌だ。
「た、たぶん街で新しい騎士の噂でも聞いたんだろ」
「なるほど。だからユキさまに会いたがっていたの」
「このメイドさんね、赤ずきんがお腹空いて倒れたのを助けてくれたの」
「へ、へえ……エリスは偉いな(棒読み)」
余計なことしたなエリス。
この赤ずきんが野垂れ死んでくれたら俺はどれだけ救われていたことか、きっと今のお前には分からないんだろうな。
まあいい、ここは俺の本陣だ。大人しくせざるを得ないだろう。
それに赤ずきんは……。
「おっ、赤ずきん泥だらけだぞ?」
「っ!」
「せっかく来てくれたんだ。洗ってやるよ」
「い、いいよ赤ずきん自分で綺麗にできるから。それにお母さんに心配されるし」
「心配しなくてもジェラート様に頼んで手紙を書いてもらうから大丈夫だぞ。俺から『赤ずきんが遊びに来てくれたから丁重にもてなしてました』と書いてとお願いしておくよ」
「ぐぬぬぬぬっ!」
こらこら、そんな顔をエリスに見られたら大変だぞ。
気になることもある。決めたなら即行動。
「あの、ユキさま。エリスがやるよ?」
「赤ずきんは俺に会いに来てくれたんだろ? なら相手をするのは当然の役目だ。それに俺も泥だらけだから綺麗にしたかった。ついでだよ」
「分かった。何かあったら呼んでほしい」
これで二人きりだ。
ジェラの暗殺が目的なのか本当に俺の信頼を失墜させることが目的なのかは知らないがお前の好きにはさせないからな。
と、俺は赤ずきんを肩に抱えて浴場へと向かった。
そして更衣室へ辿り着くと今更のように赤ずきんは逃げようとし始める。
「逃がすわけ無いだろう」
「くっ! まさか狼さん、赤ずきんの幼い身体に欲情して誰も来るはずのない浴場で気の済むまで堪能しようという算段!?」
「それもいいかもな。お前が大人しくしないなら」
「鬼畜! 変態! 悪い狼さんだって言いふらしてやる!」
「お前もだろ、赤ずきん」
お前は人間を殺した。
うまくエリスの目は誤魔化せたかもしれないが俺の持つ嗅覚を騙すには不足だった。
体に付着した泥のように見えていたものは返り血を隠すための疑似工作。人間は強い刺激臭には反応するが土臭さと鉄の臭いの差を隣を歩いている少女から嗅ぎ分けることはない。
つまり赤ずきんはわざと示したのだ。
自分は人を簡単に殺せる危険人物、と。
それと、もう一つ……。
「悪い狼はお前だ」
「何のこと?」
「お前を抱えた時に腰の辺りに硬いものがあった。人間なら武器を忍ばせたことを疑うが同じものを持つ俺としては無視できないものだ」
「っ!」
俺は赤ずきんを下ろすと衣服の隙間に手を入れて抱えている間に触れた違和感を外へ引っ張り出す。
自分とまったく同じ形をした尻尾を。
「お前はライカンか?」
「少なくとも悪い狼さんと同じにはしないでほしいね」
「心配するな。お前と同じような境遇の者が大切な部下にいる。あれは自分を半端な醜い生き物だと思わず、与えられた利点を前向きに捉えている」
「へえ? 狼さんは赤ずきんがハーフだって気づいたんだ」
そう、赤ずきんは純粋なライカンではない。人間の血が混ざった複雑な匂いがしている。
俺は近くにメアという混血の代表のような雌がいるから分かった。
「ノルンに聞いたの?」
「?」
「君の中にいる女の子。あの子はどこまで話した?」
鬼気迫ったように問い詰められて動揺してしまう。
夢に出てくる雌の名前を知らなかったわけではないが赤ずきんからその話をされるとは思っていなかったのだ。
しかし、ノルンは組織の人間。赤ずきんも同じ。
そして俺さえ怖じ気づきそうになるほどの気迫で問い詰めてくる理由はきっと組織の内部事情を知られたくないから。
忘れてはならない。
アステリオスのように強力な力を見せつけられていないだけで赤ずきんも同じ組織の人間なのだ。何をしてくるか分からない。小さい体に反して指先一つで息の根を止められるのかもしれない。
思い出せ、組織はそういう危険人物の集まりだと。
「質問をするのはこっちだ。現状を理解しろ。混ざり者でもここは千切られたくないだろう」
「わぁ、さすが悪い狼さん。女の子の大切な場所に触れて脅迫?」
「抽象的な表現をするな。自分の弱点になりうるものが相手にもあるならば狙うのは当然だ。それとも、お前はそんなことをされる覚えのない一般人とでも言いたいのか?」
「千切りたいならやればいい。赤ずきんは狼さんを殺すことを何とも思わない。殺した後でメイドさんには乙女の秘密を暴かれた上に乱暴してきたの~、って泣いてみせるから」
見た目は子供でも中身は完全な狩人。
おそらく脅しには慣れているし自己犠牲を払った上でも勝利が確定するのならば尻尾の一本切られても痛くないのだろう。
これが赤ずきんの強さ。
大人の人間よりも覚悟があり、貪欲なまでに自分の狩猟本能を満たすことに忠実。
「その必要はない。お前が大人しく洗われて質問に答えてくれれば何も問題はないのだからな」
「…………いいの? 赤ずきんを怯えさせて従わせる最後のチャンスかもよ?」
「雌を震えさせて悦ぶ趣味はない。城を歩くなら汚れたままだと困るという話だ」
赤ずきんは意外そうに俺の言葉を聞いていた。
その反応から察するに俺を挑発し攻撃的な態度を取らせることが今回の目的だったのだろう。
俺が暴れて少女を追い回し、赤ずきんはそのまま城の外へ出れば望んだ状態になる。狼は人間に断罪され、イレギュラーを嫌う組織は俺を始末しジェラを盤上の駒に戻せる。
ならば避けるべきは好戦的な態度。
幸いにも赤ずきんは自ら攻撃を仕掛けてくる様子はない。城の中を歩かせる時に誰かに見張らせておけばいい。
「じゃあ狼さん、ギブアンドテイクだよ」
「ぎぶ……なんだって?」
「分かりにくかった? 簡単に言うと赤ずきんが狼さんにあげるなら狼さんも何か返してっていう意味かな。具体的には大人しく体を洗われてあげるから情報がほしいな」
簡単に情報を与えてしまってもいいのだろうか。
こちらは組織についての情報を一部分しか知らないのに組織は俺やジェラについて詳しいという状況は対策が立てられなくなる時点で危ないように思われる。
それに「洗われてあげる」ではなく「洗ってもらう」だろう。
どこに姫付の騎士に体を洗わせる雌がいるのだ。
と、自分が渋っていることに気づいたのか赤ずきんは衣服の裾を持ち上げて挑発してくる。
「別に普通に洗ってくれる必要はないよ? 敵陣に単身乗り込んだんだから弄ばれるくらい覚悟してるよ」
「弄ばれる?」
「悪い狼さんの触りたいところ自由にしてもいいよ? だから質問したことに答えてほしいかな」
「…………」
何故だろう。挑発されたのに逆に落ち着いている。
いくら赤ずきんが挑発してこようと自分には小さな人間の雌としか映らず、結果的に興奮もしなければわざわざ挑発を受けて情報を与えてやる必要もない気がしたのだ。
俺は無言で赤ずきんの服を脱がせると抱えて浴場へ向かう。
そして頭から盛大にお湯をかけてやる。
「ちょっと! もっと丁寧に洗ってよ!」
「別に洗ってやるとは言ったが客人待遇で相手をしてやると発言した覚えはない。綺麗にしてやるから情報が欲しいなら自分で探すことだ」
「それだと狼さんだけ得をするでしょ!」
「俺が律儀に交渉に乗るような雄に見えたか? 野生では自分が得をしても相手に与えてはならない。その時、同情から与えた温情が後々、痛手として帰ってくる世界だ」
そう、常に気を付けるべきは明日には敵になっている可能性。
特に森の中では俺という化け物の力がなければ人間に滅ぼされていた可能性もあるために反抗的な者は居なかったが力だけの種族にとって俺のような存在は邪魔でもある。
普通に考えてすべての雌を持っていかれる、と考えたら大人しくはしていないだろう。
だから情けは必要ない。
その場凌ぎの命乞いでしかないのだから。
「メア」
「いつでもどこでもあなたの側に、メアちゃん登場♪」
俺の配下であり城でジェラの侍女としても働いている雌の名前を呼ぶと勢いよく飛び込んでくる存在がある。
それは床を滑りながら後ろに来ると決め台詞吐いて満足げに笑っていた。
「お前は普通に出てこれないのか」
「インパクトは大切だよユキちゃん。それにユキちゃんが浴場でメアちゃんに欲情したくて呼んだなら早く行かないと大変なことになるでしょ?」
「洒落のつもりならつまらないから止めろ。あと欲情することを求めるな。お前は夢魔か」
「そうだよ」
まさかの肯定が返ってきて驚いた。
夢魔というのは魔物にも魔族にも存在しているからメアがそうではないと断言することはできないが数も少なければメアのような姿にはなり得ない。
基本的には純血。混ざり者はあり得ない。
「やっぱり悪い狼さんだよ。お姫様のメイドさんとそういう関係になってるんだもん」
「メア、こいつをお前の好きにして良いぞ」
「え?」
「夢魔なんだろ? なら赤ずきんから聞き出せることはすべて聞き出し、反抗的な態度を取れないように堕としてみろ」
「え~? メアちゃんはユキちゃんといちゃいちゃしたいのに」
「…………」
メアは無言で威圧すると黙った。
おそらく俺の放った殺気をしっかり感じ取ってこれ以上は二度と顔を合わせてくれなくなるとでも思ったのだろう。
正直なところ『情報操作』担当のユナよりも良くも悪くも馴染みやすいメアの方が赤ずきんには有効かもしれないというのが本音なので夢魔だろうが違おうが関係はない。
もしメアが本当に赤ずきんから情報を聞き出せたなら少しくらい誉めてもいいだろうか。
まあ、少しノルンに聞いておいた方がよさそうだ……。
――ノルンの世界。
いつ来てもこの空間は静かだ。ノルン一人しかいないのも原因だろうが風の音や他の生物の鳴き声さえも聞こえない虚無のような寂れた空間。
それでも現実の世界よりも綺麗だ。
全体的に景色が明るい。人間の色覚でもあれば今よりも綺麗に見えると思うと生まれた生物を悔やんでしまうくらい。
しかし、本気ではない。
この姿でなければ出会えなかった者がいる。
この姿だからこそ信じてくれる者がいる。
「ノルン、何をしていたんだ」
「いつの間にかキミは自分の意思で出入りできるようになったんだね」
「質問に対する答えになってないぞ」
と、怒ったものの見て何となく分かる。
花を摘んでいた。この空間に咲いている他にはないような光を帯びた花を摘んで、抱えていた。
自分が聞きたいのは何故、花を摘んでいるのか。
この空間には花を飾るような花瓶もなければ人間がよく花を手向ける墓というものがあるわけでもない。花を摘んだところで使い道はないのだ。
ノルンは摘んでいた花の束を地面に置くと後ろ手に何か隠しながら近づいてくる。
「ふふっ、キミに花冠は似合わないか~」
「花冠?」
「そう、お花で作った冠。キミのことだから私に会いに来たのは会いたかったからじゃなくて聞きたいことがあるから、でしょ?」
「悪い、お前の気持ちを考えてなかった」
ノルンは一人だ。
この空間にいつも一人だけで俺の行動を見ていて、会いに来なければ話す相手もいない。寂しいと感じているなかで会いに来ることができるのは繋がっている俺だけ。
それなのに俺は現実のことを理由にノルンの気持ちを蔑ろにしている。
会いたかったというノルンに対し、必要な情報を寄越せと真っ先に考えていたのだ。
これではノルンを傷つけてしまったのは確実だろう。
「いいんだよ、私はキミと話ができれば満足だから」
「そういうわけにもいかない」
「じゃあ、ここに寝てくれる?」
このままでは示しがつかないと考えた俺はノルンの提案を受け入れた。
ノルンが「ここ」と言ったのは膝だ。
少し気恥ずかしいように感じたが今さらのように思う。
俺とノルンはほぼ一心同体と言ってもいい。正確にはノルンが俺の中にいるということになるが、それでも同じは同じだ。
「これは膝枕って言うんだけど……興味ないか」
「いや、普通の枕より幾分も心地がいい。柔らかさも匂いも温もりも、無機物からは感じられないものだ」
「うん……そうだね。無機物にはないものだろうね」
そう寂しそうに呟いたノルンは俺の頭を二、三度撫でると俺が尋ねようと思っていたことを確認してくる。
体の一部であるために考えもお見通しなのだろう。
「赤ずきん、ブランシェットのことだよね」
「最初に会った時はアステリオスと同じような危険性を感じたが敵地であるジェラの城へ入った後は大人しくなった。何をできる奴なのか聞いておきたい」
「…………」
いつもならば潔く教えてくれそうなものだが今日のノルンはどこか言葉数も少ないし暗い表情がちらついている。
きっと、人の心を分かっていない俺のせいだ。
ノルンは仮にも彼らと同じ組織の人間であり、今でこそ裏切るような真似をしていても一時期は行動を共にしていた者たちを蔑ろにするような発言は好まない。
自分がジェラを守るためなら殺してしまうのではないかと考えたら情報を与えるのが怖くなったのだろう。
逆を言えば赤ずきんは……ブランシェットは、そんな心配をしてしまうほどに強くはないのかもしれない。
「役割を書き換えてもいいなら、俺はそうする」
「…………キミ?」
さすがに言っていることが幼稚だと頭では分かっているので目を合わせたくない俺は横向きになる。
役割を書き換えるということは与えられていたルールを破らせると意味になる。
既に自分は何度もそうしてきた。
破壊者という役割を放棄して騎士という身分に落ち着いた。
アステリオスを迷宮の守護者……つまりは閉ざされた場所に閉じこもるだけの存在だったのに潜入者なんて危険な立場になることを容認させた。
ノルンだって……。
全ては俺のわがままだ。
自分にとって都合の悪い何かを手を汚さずにどうにかしたいなんていうわがままが起こした癇癪。
「赤ずきんの今の役割から解放したい。あれは子供だ。組織に利用されてもいい存在じゃない」
「キミなら物語そのものを壊すことができるかも」
「ん?」
何を言っているのか分からなくて疑問符を浮かべたがノルンは答えるつもりはなかったのか質問で返してくる。
「ブランを、助けたい?」
「可能なら、な」
「ブランは小さな村に生まれた普通の女の子だった」
ノルンは可能かどうかというところには言及してこなかったので自分の行動次第でどうにでもなると判断するしかない。
それよりも今は赤ずきんの情報だ。
場合によっては戦わずに済む。戦うとしてもアステリオスのように手を取り合うことも可能なのかもしれない。
だから今は知ることに専念するのだった。




