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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第4章「“訳あり”ばかりの世界」
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第19話「良くも悪くも素直な心」

 長い夢だった。

 いや、現実だったのだろうが意識が途切れてから夢を見始めたのだから延長線上にいたのではないかと疑ってしまう。

 今は紛れもない現実。

 俺は目を開き何気なく顔を上げた。


「おはようございます、ユキさん」

「…………すぅ」


 きっと悪い夢だ。

 そうだ、これは夢に違いない。俺がジェラの胸に頭を埋めて眠るなど現実であってはならないことだ。


「あの、そろそろ起きてくれないとお花摘みに行きたいんですが」

「勝手にしろ」

「ユキさんが汚れてしまうので私としては離していただきたいんですよ」


 俺は再び顔を上げてジェラの顔が赤いことを確認する。

 嘘ではないようだし、もしこのまま用を足されれば俺は間違いなくジェラの匂いにされた上でローゼに汚いもの扱いされる姿になる。

 それはごめんだ。

 よって無言でジェラの背中に回していた手を離す。


「どうした、行かないのか?」

「ふふっ! あまりにも起きないので冗談です。今日のユキさんは甘えん坊さんですね」

「よし、もう少し腹部を圧迫しているか。圧力が入れば嫌でも出せるよな」

「ユキさん!?」

「なんて、な。いくらお前のと言ってもそこまで俺は変態じゃない」


 起こすための嘘にも腹は立たなかった。

 少なくとも俺はジェラの時間をこうして奪ってしまっていたのだから怒るよりも先に謝らなければいけない。


「胸を借りていて悪かったな」

「いいえ、ぐっすり眠れたなら私は何も言いませんよ。ただユキさんの鼻息がとてもくすぐったかったですけどね」

「それが原因で発情してるのか」

「は、発情なんかしてませんよ!」


 冗談だ、と俺は少し意地悪を言う。

 今は軽く冗談でも言っておかなければ自分の理性を保っていられる自信が無かった。

 姫様を守る騎士という肩書をもらっていながら目を覚ましたのはジェラが先で、しばらくの間、自分はだらしない姿を晒しながら人間の赤子のように眠っていたなどと聞かされて落ち着けるはずもない。


「その、俺はこう見えて意外と臆病なところがある。お前が期待していたなら答えられなかったことを謝罪しておきたい」

「何のことを言っているのかは分かりませんが私はユキさんに過度な期待をするつもりはありませんよ。時間はそんなに短いわけでもないんですからゆっくり考えればいいんです」

「お前はいい雌だ。お前の考えに安心するし、この優しさに癒やされる」

「そうですか。それなら良かったです」

「ただ気を緩めるとお前を襲いたくなってしまう。もう少しこの温かさに怠けてお前との時間を育みたいところだが服を着ないと、な」


 その言葉でやっと気がついたのかジェラは軽く悲鳴をあげて俺を押しのける。

 あちらの世界に飛ばされた時点で自分は衣服を身につけていなかったわけだが、それはあの世界が過去の自分を現していたり、アステリオスが少しでも有利になるようにされているからかと思っていたが理由は別だったらしい。

 まず俺の服が向こうに送られなかった時点で脱げていて、戻ってきたとしても着るわけではなかった。

 つまりは裸でジェラと同衾したことになる。

 少しでも体裁を取り繕わなければいけないと俺は必死に話題を探し、そういえばと


「それで、俺とジェラは目が覚めたのがここで、二人とも同じ場所だったがハルは?」

「ハルさんならユナの部屋にいたみたいですよ? さすがに身体も小さいですし弱っているのが目に見えたからかローゼも反対するより先にお世話をしてあげた方がいいと考えたみたいです」

「そうか」

「今は手当が済んで、というより怪我自体は少なかったので湯浴み中です。ハルさんも女性なので清潔感は大切だとかなんとか」

「助かる。ハルはキレイな雌のはずだから汚れたままだと可哀想だと思っていた。洗ってもらえて何よりだ」

「やっぱりそうなんですか?」


 やっばりとはなんだ、と俺が聞き返すとジェラは俺が眠っている間に侍女とした会話の一部を教えてくれた。


「あまりまも……いや、魔族のことは詳しくないんですが血筋がいいのか瞳の色や声が綺麗だな〜、って思ってたんです。だからちゃんと洗ってあげれば毛並みとかも艶々しているのかな、と」

「そうだな。おそらく市場で高値の取引がされている犬や猫よりは毛並みがいいはずだ」

「私からすればユキさんの毛並みもきれ――」

「みゃ、みゃっ!」

「きゃっ!」


 ジェラの言葉を遮って現れたのはハルだった。

 俺達は人間と仲良くできるなんて考えられない種族であり、ましてや組織に捕まっている間に何をされたのかも分からない現状で、ハルに侍女たちを信頼しろというのは無理があったのだろう。


「ほら〜、ちゃんと拭かないと風邪ひくよ?」

「フシャッ!」

「あっ、姫様とユキちゃん! ごめんね、ハルちゃん洗い終わるまでは大人しくしてたんだけど身体を拭く前に逃げちゃって」

「ダメですよハルさん、そんな格好でうろうろしたら」

「じぇらーと?」

「一応この国の偉い人なんだ。呼び捨てにするな」

「んー? おにいの雌?」

「ごほん!」


 さすがに本人の前でその言い方はよろしくない。仮にも一国の主であるジェラのことを雌扱いなんて恐れ多くて……人前ではできない。

 まあ、親衛隊長風情が一緒に寝ている時点で問題だろうな。


「メアの言うことを聞くんだ。少なくともお前よりは強い雌だ。あまり悪い子だと食われるぞ?」

「ひどいよユキちゃん! メアちゃんそんなことしないのに」

「分かった。ハル……メアに従う」

「悪いなメア。なるべくハルは周りの人間と自分が違うことと、自分が世話をされている側だという自覚を持たせたいんだ。そうしないとハルは教養がないから俺以外の言葉を聞かなくなるかもしれない」

「あ、なるほどね。って、早めに部屋から退場した方がいい?」


 また誤解して気を遣おうとしているな。

 別にジェラと寝ていたからと言って今すぐ行為に及びたいとか無謀な考えを持つわけがないだろう。

 そういう意味でも誤解を招かないように俺は服を着たのだから。


「いえ、ハルさんを早く拭いてあげてください。風邪をひかせては大変ですし私のお下がりでもよければ着せてあげてください。ユキさんもそれでかまいませんか?」

「ん、ああ。異論はない」


 ここはジェラの部屋なのだから本人がいいと言うのであれば俺には否定する権利などない。

 むしろ幼いジェラが身に着けていたものが見れると思えば喜んで賛成しよう。

 ハルの見違えるほど綺麗になった姿を拝めて、それがジェラの幼少の服を着る姿を見られるならば悪いことなど一つもない。


「そういえばハルさんはユキさんと違って白いですね。薄く桃色が入っていますがいい色です」

「あとユキちゃんみたいに完全に見た目が獣寄りなんだね。でもまあユキちゃんは狼みたいだけどハルちゃんは猫って感じかな?」

「基本的には、な。やはり力の象徴と言われれば獣をイメージするから追随を許さない姿を求め、魔物と同列視されないために言語という彼らにはない意思疎通を普及した。ハルも幼いが強い雌だぞ」

「やはり獣としての特性も兼ねていたりするんですか?」


 今まで気にしたことのないことを問われて戸惑う。

 どちらかといえば知らないと答えてしまったほうが楽な気もしたが分かっていることがあるのに黙っているのは良くない。

 そう、分かっていることだけありのままに話せばいい。


「俺は嗅覚であらゆる事柄が大抵はわかる。どれくらいの距離にどれだけの人間がいるのか、そいつが何を考えているのか。これから雨が降るとか、嵐が近づいてるかとかも分かる。あと、雌が発情しているかどうかも当然だがその雌の発情の周期も分かったりする」

「そ、そんなことまでわかるんですか?」

「ああ。健康状態も把握できるから個人的には重宝している」

「どうせユキちゃんは姫様の匂い嗅いで元気になってるだけでしょ?」

「だ、誰がそんな!」

「おにい、ジェラートと話してる時、声やさしい。メアの言ってること間違ってない」

「まったくハルまで何を言い出すんだ」


 と、否定しかけて俺はふと思い直す。

 俺は紛れもなくジェラのことが好きで、ジェラのことなら大抵は許せる。

 嫌いな要素など一欠片も存在しない中、果たしてジェラを形作る要素の一つでもある匂いには意味もないのだろうか。

 それは否。

 俺はおそらくジェラの姿を見れずとも声で、匂いで感じられる。

 つまりメアの言っているジェラの匂いを嗅いで元気になるということがあながち間違いではないということである。


「好きな雌の匂いで元気にならない雄がどこにいる」

「ユ、ユキさん!?」

「安心しろジェラート。俺はお前のことが好きなだけだ。メアが求めてるような肉欲に飢えた獣のように襲ったりしない」

「ちょっとエリスちゃんと一緒にしないでよ! メアちゃんは肉欲に飢えた獣になるユキちゃんは見てみたいけど相手が姫様だったらいいなんて一言も言ってないんだからね!」

「そうだろうな。お前は俺に物のように乱暴に扱われるのが理想だろう」

「べ、別にユキちゃんにだったら多少強引に迫られても受け入れていいかなって思っただけなんだよ!?」

「ふふっ……! 本当に皆さん面白いんですから!」


 急に笑い出したジェラに俺達はあまりにも下世話な話をしすぎたせいで精神が壊れたのかと思い絶句する。

 しかし、そうではない。

 ジェラは本当に面白がっている。

 遠慮なく、人間と魔族とか、雄とか雌とか何も気にする様子もなくそういう話をしている光景が面白かったのだろう。


「こういうの大切にしていかないとですね。良くも悪くも皆が素直でいられる空気みたいなものを」

「そうだね、姫様」


 たしかに、な。

 種族も違えば立場も違う俺達が一緒に笑っていられる時間は、今後とも大切にしていきたいものだ。


「おにい、これ変じゃない?」

「…………」

「なんでだまるの?」

「メア、少しいいか? いや拒否権はないから来い」

「えぇ〜?」


 わざとらしくとぼけても無駄だ。

 ハルの着替えを手伝っていたのはメアであり、着せる服を選んでいたのもメアだということを忘れてはならない。

 そう、俺が会話に気を取られている間にとんでもないことをやってくれたのだ。


「あのひらひらした服はまだいい。少女らしさを残しつつハルの毛並みを邪魔しない真っ白なものを選んだのは褒めてやる」

「わざわざ称賛するのにメアちゃんを隅に呼び出したの? ユキちゃんったら照れ屋さんだな〜」

「だがな、()()はなんだ」

「あれ?」


 俺が指で示した方向を見て理解できないというふうにメアは首を傾げる。

 ジェラは足元を見ない主義だから気が付かないでいるのだろうが彼女が再びベッドに腰を掛けたら終わると思った方がいい。

 そう、俺が指差したのはハルの下半身。それも腰の辺り。


「何で穿かせてない!」

「あれ〜? つい先日までユキちゃんだって裸でいることの何が悪いとか隠さなければいけないほど恥じるような貧相なものを持っているわけではないとか言ってなかった?」

「そこまで言った覚えはない! そもそもハルは雌だぞ!」

「男女……いや雌雄差別かな? よくないよ、そういうの」

「差別以前の問題だ! 俺とハルはちがう」

「もしかしてハルちゃんに興奮しちゃう? でもユキちゃんみたいな魔族って数も少なければ群れることもないし他の地域に住む魔族を探すわけじゃないから近親相姦で子孫を残すんでしょ? なら別にハルちゃんに興奮しちゃっても間違いではないよ?」


 ちがう、そんな単純な……おい。

 俺はメアに魔族だという話はしていたかもしれないが近親相姦で子孫を残していたなんて事実を話した覚えはない。

 ハルか?

 俺の妹がメアに何か余計なことを入れ知恵したな?


「た、たしかに魔族の雌は最初の発情期を迎えたら雄に抱かれるまで落ち着かないがハルはまだ幼い子供なんだ。あいつが俺とどのくらい成長速度に差があるか分からないが少なくとも一年は発情期は来ない。それにハルがいないと子孫を残せないわけではない」

「やっぱユキちゃんはユキちゃんだね」

「どういう意味だ」

「ハルちゃんも姫様やメアちゃん達のことも大切にしたい。最初は全周囲敵だらけみたいに言ってたけど本当は強欲なくらい他人が大切なんだなって」

「馬鹿馬鹿し――」

「だから、メアちゃんの力も抑えてくれたんでしょ?」


 まさか、あの時のことを言っているのか?

 リンドヴルムから攻撃的な発言があったからジェラの身辺強化のためにメアの力が必要になり、メアが完全には自己の力を掌握しきれてないと知っていたから俺の魔力を貸していたのだ。

 しかし、俺は何をしたかなど言った覚えはない。

 ましてや誰もメアのためとは言っていない。


「ユキちゃん、もう怖がらなくてもいいんだよ。みんなユキちゃんのこと信じてるんだから」

「誰も怖がってなんか……」

「はいはい、不安なのは尻尾でバレバレだからね」


 不便な体だ。

 尻尾が垂れていたから不安か悩みがあるという風に伝わってしまったのだろう。


「俺を、軽蔑しないのか? お前が嫌っていた領主と同じようなことをしてるだろ」

「姫様というものがありながら色んな女の子をその気にしてること? メアちゃんのこと道具みたいに扱ってること? そんなの全然! ユキちゃんはあの男とは違うよ」

「そう、だろうか 」


 そうだよ、と肯定され俺は結論を急ぐのをやめた。

 俺はもう王と呼ばれていた頃とはちがう。俺は自分を知って、自分とはちがう種族と信頼を交わしている。

 一緒に考えてくれる雌がいる。

 そうだ、あの雄とはちがうと自分で決めてしまえばいいんだ。

 俺が納得した顔をしているとメアが微笑む。

 おそらくはメアの行動を否定した時点であの雄とはちがうと、そう伝えたいのだろう。


 答えを得た俺はジェラの部屋にある棚を漁る。

 おかしいと感じたならばメアを頼らずに自ら行動を起こせばいいのだ。


「ハル、これを穿け」

「ぱんつ?」

「ユ、ユキさん! どうして私の下着が入っている場所を知っているんですか!」

「お前の着替えを手伝うこともあるかもしれないからな。その時にまごまごしていたら風邪をひかせるかもしれないだろう? まあ、既に俺は一度だけお前に風邪を引かせてしまっているが」


 あれはジェラも同意の上だったのだから悪くない。

 今はジェラのものをハルに勝手に渡してしまったことを怒られないかどうかの方が重要だ。


「そういうことでしたら別にいいんですが。ハルさんの体型的にも問題はありませんし」

「ハル、そういうことだ。穿いてみろ」

「穿かなきゃダメ?」

「人間の雌は全員が穿いているものだ。お前だけ特別扱いはできないし身体を守るためのものだ」

「うにゅう……」


 そう、それでいい。

 俺達は人間と生活すると決めたのだから人間のように服を身に付け会話し、同じことをしていればいいのだ。

 あとはメアが教えてくれるだろう。


「姫様、ここにユキは……いたね」


 と、今度はリデルが現れた。

 俺に用事ということだが以前のようにデータ取りをしたいのだろうか。


「少しだけいいかな。もし取り込み中なら後でもいいんだけど」

「な、何の取り込み中だ!」

「まあまあ、騎士と姫様というのはよくある話だからね。今は違うみたいだから少しだけ借りていくよ」


 まったくどいつもこいつも俺がジェラ目的に騎士になった単純な雄だと思って好き放題言ってくれるな。

 ちがうかと言われたら違わないが……。

 とりあえずリデルについていこう。

 ハルはメアには逆らわないしジェラのことは気に入っているようだから任せても大丈夫だろう。

 それに、大切な話だから来たはずだ。


「今日もデータが欲しいのか?」

「そうだね。姫様と一緒に別の空間に投げ込まれたなら健康状態を確認しておきたいのもあるし、そのついでにいくつかユキに話しておきたいことがある」


 俺は黙ってリデルの後ろをついていく。

 地下の研究室に降りるまで無言だったのは特に雑談を楽しむ余裕もなかったというのが半分。

 あとは前回のようにリデルのペースに巻き込まれたくなかったのが半分だ。

 階段を降りた先で俺は何も言わずに衣服を下着だけを残して脱ぐと台の上に横になった。


「ユキは暴走したことはあるかい?」

「それは理性が利かなくなった状態か。それとも、指示を聞かずに自分の意思で行動するようなことか?」

「前者の方だよ。君の意志が反映されない状態のこと」


 リデルは俺の四肢や腹周りに拘束具を付けると馬乗りになり質問の答えを待っているようだった。

 暴走したことはあるか……。

 今さらだが暴走していたのなら意識外のことなのだから記憶に残っていないと思うのだが答えなければいけないのだろうか。

 いや、この際すべて語ってしまうべきか。

 俺にとって始まりとも言える話を。


「ある。怒りで、悔しさで頭の中が真っ白になったことが」

「そうかい」


 リデルは俺の腕に針を刺して血液を採取する。

 今の質問にどのような意味があるのか分からないが話をしている間に針を刺されても気にならないという点では良かったのかもしれない。

 別に針が痛い訳ではない。

 ただ、刺されているのに大人しくすることに違和感を感じる。


「仮に、だよ。もしも僕が君の嫌がることをここでしたらどうなるだろう」

「全力で止めに入る」

「ははっ! 君ならそういうと思った。でもね、普通の人間なら四肢を拘束され腰を浮かせて反動を付けたりもできないように腹部を固定してしまえば大抵、この状態から脱出はできないんだよ」

「まあ、動けないな」

「そりゃあ君が暴走していないからさ」


 要するに何が言いたい。

 俺を怒らせたいならばそれとなく怒らせそうな言動をすればいいものを今はまったく無い。


「今なら君を簡単に殺せる」

「…………」

「でも君を殺すだけだと退屈だから君の大切な妹君も連れてく――」

「っ!」


 耳元で拘束具が砕ける音がした。

 そして、俺の手は流れるようにリデルの首へと運ばれ、静かに締め付けた。

 俺を殺すという言葉は今一つだったのにハルの名前が出た途端に大人しくしていられなくなったのだ。


「ま、待ってくれ、ストップだ。本気ではないと分かってるだろう!」

「冗談でも言っていいことと悪いことがある」

「その前に君は自分で何をしたのか考えてみるべきだ」


 俺は辺りを見渡す。

 砕かれた全ての拘束具

 先程まで横になっていた俺の足が置いてあった位置に転がるリデル。

 それは要するに()()()()という言葉を否定する状況だった。


「動かせないはずの腕や足を動かし拘束具を壊したんだ。あえて僕は上半身を起こしにくいように君のお腹に座っていたわけだが、それすらも意味をなさなかった」

「つまり?」

「君は怒りで我を忘れると異常としか言えないほどの力を発揮する。それこそ壊せるはずのないものすら破壊してしまうほどの力を、ね」


 考えてみれば俺は生まれつき強かったわけではないはずだった。

 言ってしまえばノルンといた頃は子供だ。

 いくら強いと言っても片手で数えられるだけの人生しか歩んでいないような獣が複数人で編成された思考を巡らせることのできる人間を相手に生還しているのはおかしいのかもしれない。


「ユキは素直だ。だからこそ気を付けてほしい。君が怒りを感じただけで何もかも壊してしまうこともある。ただ、相手を殺めてしまうだけで終わればいいんだけど……」

「殺す以上の可能性が?」


 俺はリデルが勿体ぶった理由を知る。

 それは、当事者である自分でさえも嫌な寒気を感じてしまうような事であった。


「国一つ滅ぼしかねない。特に君の妹は、ね」

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