幕間「物語の先導者-facilitator-」
この組織の名前である『物語の先導者』は特殊といえば特殊な連中の集まりだ。
それぞれが望まれず世界に産まれた者達と言える。
「ミノタウロス、君の失敗はなんだと思う?」
「…………っ!」
「いいよ。自由な発言を許可する」
この男も男だ。
多くの者が集まる『物語の先導者』のリーダーだが命令に従いたくないと考える者の方が多い。
理由は知れている。
声の主がガキだからだ。
ガキに命令されて命を掛けるなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるのだ。
「大事な魔族を逃したこと……」
「ちがう。僕はさっさと犯して子供を産ませろと言ったのに君がいつまでも躊躇って手を出さなかったからだ」
「ふざけるな!」
「…………?」
「あれはまだまだ子供だ! 体の小さいガキを俺が犯したら殺しちまうし誰がみんなに見られながら交尾ができるって言うんだよ! 俺は心のない見世物用の魔物じゃないんだぞ!」
「見世物、ね」
アステリオスは少年の声に背筋を凍りつかせる。
たしかに自分に権利を求めたいと思ったが彼に逆らうということは権利以前に生きる自由すらも否定することになる。
そう、自分たちの命は彼に握られているのだから。
「あの魔族はそんな簡単に死にはしない。君は父親が雄牛で母親が人であったが故にどんな雌であろうと子供を産ませることができるという特性があるだろ?」
「ッ!」
「魔族の雌は同族の雄しか求めない。故に君が無理矢理に子供を産ませてしまえば誇りを汚した者として二度と魔族の仲間の元へは帰れず一生を君の子供を生み続ける道具となったはずだろ?」
「俺はそんなの望んじゃいねえんだよ……!」
「どうしてだい? 君は質のいい雌を一生抱き続けることができるし、彼女が子供を産めば遊び道具は増える。犯そうが嬲ろうが自由な雌が増えたのにそれを望んでいないと?」
アステリオスは顔を背ける。
本当に望んでなどいないのだ、
自分は、獣としての本能の方が強いから必要以上に雌を求めるようになってしまったが無理矢理に犯したり、壊してしまいたいなんて願望はない。
あくまで愛してもらいたかった。
誰かに役割として押し付けられたものではなく、心から自分を愛してくれる者と愛し合いたかっただけなのだ。
だから少年の命令を聞けない。
わざと魔族の雌を逃し、本来いるべき場所へと返したまで。
「失敗を贖うための手柄は無いのによく歯向かうね」
「じ、情報ならある」
「聞かせてくれるかな。内容次第では今回の失敗は不問にしよう」
アステリオスは躊躇いがちに口を開く。
本当は友達として認めてくれた彼を裏切るような真似はしたくない。
だが、自分が何の為に組織を離れずに彼と友達になろうとしたのかを考えれば言うしかない。こちらの情報を少しでも彼らに提供し、この歪んだ組織をどうにかしてもらうには生き残るしかないのだから。
「あ、あいつは……ノルンは魔族の野郎の中にいる」
「それは本当かな?」
「間違いない。あいつは初対面のはずの俺のことを知っていたしノルンが情報を与えたんだ」
「たしかにノルンの特性は夢を見せることだ。彼の夢に姿を表し情報を渡している可能性は高い」
「そ、そうだろ!」
しかし、と少年は訝しげな顔をする。
「しかし、夢に姿を現すためには当人に殺される必要がある。役立たず故に彼を騙し諸とも死なせたはずだよ」
「…………」
「まさか強襲時点でノルンは死んでいた? いや、そんなはずはない」
要するにノルンの力は誰しも一つしか持っていない命を捨てて殺した者の夢に出るというもの。
見た目的に怖いわけでもなければノルンの性格的に汚い言葉を吐けないため相手を罪悪感や呪いと勘違いさせて死に追いやるには不十分とされ、結果的に組織としては役立たずということになり魔族と仲良くさせて諸とも殺すという作戦が立案されたのだ。
そして作戦は返り討ちという結果で終わっている。
ならばノルンは組織が送り込んだ人間に殺され、その人間も魔族によって殺されているはずだから力は無意味に終わるはずなのだ。
「それが本当なら調べる必要がある。ミノタウロス、今回の一件は不問とする。調査には別の者を向かわせるから待機でいい」
「そうさせてもらうぜ」
アステリオスは少年の前から下がると一人になったことを確認してから独り言のように呟く。
「役立たずにしては、気にしてるよな。本当はノルンにも重要な力があるんじゃねえのか?」
しかし、自分には確かめる時間などない。
今日は少し歯向かいすぎたからしばらくは大人しくしていなければ情報を渡して生き長らえたのにすぐ殺されてしまう。
あれでも組織の支配人。油断はできないのだ。