プロローグ『森に似合わぬ明るき乙女』
これは俺が主役の物語。
だが誰かしらの介入を許してしまえば引っ掻き回されて終わりの見えない混沌が始まる。
そう、だからこれは俺の物語だけどキャストは一人じゃない。
十二月二十八日。
俺が産まれた日に誰かさんが森に迷い込んだことが全ての始まりだった。
──パラミナスタ国、王城。
「お嬢様はまた魔物なんか連れてきたんですか!?」
「魔物じゃありませんよ!」
今日も今日とて平和を崩さんと姫様、ジェラートは城に奇妙な生き物を連れてくる。
一見、白い綿毛のようだが魔物だ。
その魔物自身、パウダーイーターには害は無いが多くの魔物が獲物としているために危険な魔物を国内に引き寄せる可能性があるため放置できるものではない。
しかし愛らしい見た目にジェラートは騙されている。
「お願いします、返してきてください。ふわふわした動物をお飼いになられたいなら手配しますから」
「いいえ、私はこの子がいいのです! このような愛らしい生き物を魔物などと揶揄するなんてひどいです!」
「姫様!?」
ジェラートは優しすぎた。
この国には争いなど起きるわけがない、と先代国王がどのようにして亡くなったのかも忘れ騎士を置かず姫自ら争いに発展するものを遠ざけていた。
それは人間以外にも同じく。
魔物だろうと害虫でさえも可哀想と思えばパンくずを恵んでしまうほどのお人好し。
故にパウダーイーターすら守りたいのである。
このまま城にいては取り上げられるのも時間の問題なのでジェラートは城を飛び出した。
そう、お転婆な姫様なのである。
「まったく、皆はひどいですよね~。あなたが魔物な分けないじゃないですか」
「きゅ?」
「大丈夫ですよ。私は捨てたりしませんから」
捨てるなんてできない。
ジェラートは手の中でじゃれつくパウダーイーターに夢中で自分が森まで戻ってきていたことに気がつかなかった。
そして、道を塞ぐ大木のような身体にぶつかったのである。
──街道外れの森。
正直な話をすると俺が悪い。
道のど真ん中で休んでて人がぶつかってきても文句を言う前に謝らなくてはいけないし、それ以前に起こしてくれたことを感謝してもよかったと思う。
しかし、余所見をしていた奴にぶつかられたとなると少し謝る気が失せる。
何をそんな大切に見つめていたのだろう。
何がそこまで女を夢中にさせていたのだろう。
俺にはそんなことを尋ねる余裕も権利も存在しない。
「余所見しながら歩いてると危ないぞ」
「ご心配ありがとうございます。でも道の真ん中にいらっしゃると危ないですよ?」
「あ? お前に言われたくないんだが」
随分と肝が据わっている。
もしや優秀な剣士が休日を満喫していただけとか、そんな馬鹿馬鹿しい状況なのだろうか。
いや、それはない。
剣士ならふりふりのついたドレスなんて着ない。
こいつは俺の危険性に気がついてないだけの愚か者だ。
「これでも私、偉いんですよ?」
「っ!」
「ふふふ、驚いてますね? 暇でしたから話し相手くらいにならなってもいいのですよ」
「黙れッ!」
偉いから何だというのだ。
お前は俺に説教される立場にあって、それなのに平然と俺を見下した上に話し相手になる、だと?
ふざけるのも大概にしろ。
「偉いとか俺には関係ないんだよ! ああでもお前がこの国で一番偉い奴なら丁度よかった。お前を殺せば俺としても満足なんだよ!」
「…………?」
押し倒して喉笛に爪を押し当てたのに眉一つ動かさない。
これはあれか?
偉いって言われて育ったから自覚がないまま育ってきちゃった何の権力もない貴族様だったのか?
いや、どちらにしろ意味はある。
俺がこの森に住んでるって知らしめるいい機会だ。
偉いと思ってるなら大切にはされてるだろうしこの女が死ぬことにはそれなりの意味があるはずだ。
「私が死ねば、解決するんですか?」
「ああそうだ! お前が死ねば解決する! 俺がこれ以上の屈辱を受けることなく終わるんだ!」
「詳しく聞かせてください。こんな方法じゃなくて、もっと簡単な方法で解決できますよ。ね?」
頭の中までお花畑なのだろうか。
いやいい、それならそれで殺しても罪悪感を背負わずに済む。
「すみません、まだあなたの顔を知らないので挨拶から始めませんか?」
「これから死ぬ奴に名乗る必要はない」
「私はパラミナスタ国の王女でジェラートと言います。見ての通り……って私が見えてないならあなたも見えてませんよね!」
「いや、見えてるが……」
そうではない。
何故この状況で挨拶などできるのだろう。
俺は殺すから名乗りたくないと言ったのに殺される側は覚えておいてほしいとでも言うのか。
いや、そういうわけでもなさそうだ。
この女は王女と言った。
頭の中が丸っきりお花畑だから口を滑らせて白状したのかとも思ったが考えがあるからだと目が物語っている。
何より先代国王が亡くなって壊滅寸前だった国を建て直したのは彼女の実力だと聞いていたから信じられた。
つまり、俺すらも説得してみせると?
付き合ってやるのも悪くない。
「若くて頼りないですか?」
「ああ。まったく頼りにならなそうだ。せめて交渉材料に、と思ったがお前自身が王女だっていうなら意味がない」
「じゃあ直接お話ができますね。大臣や従者を挟まずに」
正気か?
お前のいう大臣や従者は頭の悪いお前の代わりに国のことを考えて色々と提案してくれる人間のはずだが、それを挟まずに俺の話を聞いていいのか?
そんな横暴は誰も許さない。
失脚するかもしれないのに考えが甘すぎだ。
やはりただのお花畑だったのかもしれない。
「生憎とバカにつける薬はないんだ。最期に明度の土産にはならんかもしれないが俺が聞ける範囲で願いを聞いてやる。誰かを殺してほしいなら確実に殺してやるし道連れにしてほしい家族がいるなら探し出してお前の元に送ってやる。王女という立場で男遊びができなかったことが後悔なら殺す前に相手してやる」
「私って相手を疑えないんです」
「は?」
突然、何を話し始めるんだ。
別に世間話だと言うなら最期に聞いてほしいという意味だと捉え聞いてやるつもりだが……。
「国民に罵られても冗談なんだと考えてしまう。だから、あなたの言葉も脅迫というより優しさだと思って聞いてました」
「……………………」
「誰かを殺してくれるのは私が恨んでいる人間がいないか確かめるため、家族を道連れにするのは私が独りで寂しくならないようにするため、最後のもあなたなりの優しさですよね?」
「犯してやるって言ってるのに優しさだと捉えられるお前の頭はどうかしてる」
少なくとも最初の二つは考えようによっては分からなくもないが最後のは絶対に違う。
この女が処女なら犯す価値もあると思っただけだ。
なのに、どうして何もかも優しさだと思えるんだ?
「こんな見た目の奴、信じてどうすんだ」
「だから私は暗いところではあなたの顔が見えないんですよ」
「なら見えるようにしてやる」
俺は女を抱えて木の上に登る。
森は背の高い木に阻まれてほとんど光が差し込まないが上に登れば多少は明るくなるんだ。
さあ、脳内お花畑の王女様。
俺の顔を見て何を考えるんだ。
「泣いてるんですか?」
「えっ……?」
「だって涙が伝った跡があります」
女は俺の顔を指でなぞった。
それこそ目の下から頬を伝って顎から落ちていく涙をなぞるように。
俺は水に映った自分の顔を何度か見たことがあるが涙を流した跡なんてない。そんな跡に残るほど泣いたことなどないし人間と違って涙で腫れたりもしない。
そうだ、お前がなぞったのはただの模様だ。
影を縫うような真っ黒の中に二筋、俺の目の辺りから流れるように入った白い模様。
「へんな奴」
「これでも王女なんですよ? へんな奴なんて失礼です」
「それ模様だぞ? そもそも涙は透明なもので白くない」
「へんな模様ですね。オオカミさんの顔はカッコいいのに」
「へん……かもしれないがお前に言われるとムカつく!」
「ふふっ! やっと笑ってくれましたね」
そう、なのか?
俺は自分の顔に手を触れてみたがよく分からない。
だが女に嘘を吐かれたようには思えなかったしバカなのかもひれないけど信じてもいいようなバカだとは思った。
話をするくらいなら、と。
「お名前はあるんですか?」
「あるわけないだろ、魔物なのに」
「じゃあユキさんって呼びますね」
「誰だよそれ、俺のことか?」
「今の季節が冬だからユキさん。せっかくお話をするのに名前が分からないと伝わらないこともありますよ?」
下らない、とは思ったがイヤとは言えない雰囲気だった。
テキトーに名付けられたのかもしれないが女にとっては渾身のできだったらしく否定しようものなら泣き出しそうで見てられない。
話が終わったら別れるんだ。
忘れられてもいいくらいテキトーな名前でいいんだ。
「と、ユキさん……恥ずかしいので、そろそろ下ろしてもらってもいいですか?」
「今さらだな」
それに魔物相手にそんな顔をされても困る。
俺は木から降りるなり女を立たせて自分は近くの木に背中をもたれた。
「それで、何から話せばいいんだ?」
「なぜユキさんが私を殺そうとしたのか聞かせてくれますか?」
「国の最高権力者が護衛も連れずに森をほっつき歩いてたから」
「そんな下らない理由だったんですか!?」
「お前は立場を理解しろ! 魔物にとって人間は敵なんだから人間の国の最速権力者が一人で歩いてたら殺すだろうが! そのくらい理解しろよ!」
こいつと話していると調子が狂いがちだ。
まあ意地悪しても仕方がないので正直に理由を話しておく。
「森を切り開くのをやめて欲しいんだよ」
「ユキさんのお家が壊されてしまうからですか?」
「ちがう! お前らと一緒にするな! 家とかじゃなくてお前らのいる国が壊されるようなものだ。自分達が生活していた空間そのものを人間が奪っていく」
たしかに魔物なんて人間からすれば外敵なのだから住処を奪ってしまえば自然に死んでいくと考えれば行動としても間違ってはないけど俺たちにも生活がある。
ただの危険生物なんて扱いはごめんだ。
ジェラートは明らかに暗い表情をしていたがそれでも気さくに振る舞おうと笑顔を作り続ける。
こんな表情を見れば誰でも支えてやりたくなるんだろうな。
「その、ユキさんの家族さんはどうしたんですか?」
「みんな居なくなった。あいつらにはプライドなんて無いから人間に追い払われたなら安全な場所に行けばいいと森を出た。だから俺が最後だ」
人間の王は何を考える。
土地を切り開くということは先住民を追い出して自分の領地を拡大するということ。悪意がなかろうと確実に誰かを害していると知らないわけではあるまい。
森とて同じことだ。
人間の部族なんかは国の恩恵を得られるかも知らないが俺たちは別問題だろう。
せめて人間らしく崇高な理念でもあるなら俺も潔くお前を殺して人間への報復にできるのに。
「ユキさん!」
「おい急に抱きつくな! お前は魔物なんかに馴れ合ったらダメな部類だろうが!」
「申し訳ありません! 私は見えているだけが全てだと思い込んであなたのように本当に困っている方のことを考えていませんでした! 王女だというのに恥ずかしいです」
そこまで思うなら、何でできなかったんだ。
いや、そんなの分かりきったことだろう。
このジェラートという女は先代の時に壊滅しかけた国を建て直すのに精一杯で、見える範囲を救うだけでも精一杯で、それこそ自分が泣いている暇も無いくらい忙しかったのだろう。
ならジェラートを殺すのはお門違いだ。
こいつは魔物のことを一切考えられないような器ではない。何より側にいる綿毛みたいな生き物は警戒心の強いパウダーイーターだ。
こいつに敵意は無いんだろうな、本当の意味で。
なら俺が最期に八つ当たりするべきは王女なんかではなくて国の方なんだろうな。
俺はジェラートをこのまま自分のものにして国に対して戦争を吹っ掛けようと思い抱き締めようとした。
しかし、ジェラートの目を見て戸惑いが生まれる。
「私は必ずあなたを救います! ユキさん、絶対に私が誰も泣かなくていい国にします!」
「だから泣いてねえって!」
「ふふっ! 意外と紳士なんですね」
「あんまり囃し立てるな。つうか離れろ。いや、離れるならこっち見るな!」
「どういう意味……え?」
俺はすぐさまジェラートに背中を向けさせた。
さすがに俺も男だし密着されると余裕がなくなるようで息が荒くなっていた。
何より人間と違って服を着てないからモロ見えてるんだよな。
「あの、私のせいですか?」
「別にお前のせいじゃないし気にすることじゃねえよ。だから見ようとするな!」
「だ、だって痛そうですし」
「痛くないから黙っとけお花畑! どうせ処女なんだから下らねえことに興味持つな!」
まあ、たぶん処女という言葉すら知らないんだろうな。
それよりジェラートは王女だ。そろそろ戻らないと国の連中が心配して森に来てしまうのではないだろうか。
「帰れよ、そろそろ」
「それもそうですね。じゃあ、日を改めてユキさんが準備できたら城に来てください! あなたが正式に国民として文句を言いに来るなら拒む理由はありませんから!」
「文句って……」
「それにモキュちゃんもあなたが気に入ったみたいです♪」
モキュ、ってそのパウダーイーターのことか?
まあいい、呼び出してくれるなら喜んで文句を言いに行ってやるさ。
「待ってろ。そのうち文句たくさん言いにいってやるからな! ジェラート!」
この時の俺はまだなにも知らなかった。
パラミナスタ国がどういう状況で、ジェラートの立場が脅かされているなんて……。
こちらの作品は『銀狼の飼い猫』と合間、合間に連載していくつもりですので
お願いします!
(・ω・`人)