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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第3章「動き出す者」
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第13話「今だけは二人の時間を」

 ーーパラミナスタの街。


 俺は静かに走った。

 街の人間が俺の姿を見てひきつるような悲鳴をあげたり何度も目を擦ったりしていたが気には留めない。

 ただ腕の中で暴れる体温を感じて。

 それ以外は流れていく景色でしかない。

 ユキの降る日に出会い、今まで俺のためにと動いてくれた雌が信じられなくないと言うならば、俺は……俺を疑う者の前でお前を抱き締める。


「あまり暴れるな。落っことしても謝らないからな」

「横暴、無礼者、今すぐ離して!」

「嫌だ。その命令は聞けない」


 俺はお前を手放したくない。

 それに、この身体を離したらジェラートはたくさんの国民に自分の恥ずかしい姿を晒すことになる。

 別に脅しているつもりはない。

 ただ、怖いだけ。

 この雌との関係が壊れてしまうのを、恐れているだけ。


「こんなところまで連れてきて何のつもりですか! 綺麗な景色でも見せて機嫌を取れば私を自由にできるとでも思ったんですか! それとも人の来ない場所で何かしようって腹積もりですか!」

「うるさい雌犬」

「め、雌犬!? いつの間に偉くなったんですか! 私を助けたからって英雄気取りで──?」

「本当にうるさいんだ、雌犬」


 俺がジェラートを抱えて連れてきたのはパラミナスタ北東にある物見の塔だ。

 実際には物見の塔と言っても使われる用事もなく人間が入らないから壁に掛かっている燭台には火は灯っていないために暗く、そんな場所に連れてこられたからジェラートは大人しくない。

 やはり、信じてもらえていないのか。

 リデルやメア、エリスに頼んでジェラートの身辺回りの警戒を強化していたのが不安にさせたのか。

 俺が、自分の名声のためにリンドヴルム領主を唆したのではないかと、疑ったのか。

 お前の唇に指を添えないと口を閉じない程度には怒っていたのだな。


「すまない、せっかく城から連れ出したのに同じ呼び方をしていたら何も変わらないと思って……ただ、雌犬は違うか」

「…………! 言い訳ですか」

「本当だ。俺はお前を名前かお前と呼ぶ以外の権利を持たない」

「ジェラでいいです」


 不意だったものだから聞き逃してしまった。

 もう一度だけ謝って尋ねる。


「恥ずかしいんですから何回も言わせないでください! ジェラと呼んでもいいと言ったんです!」

「ジェラ?」

「私の両親が呼ぶときに使っていた愛称ですよ。恥ずかしいから他の人の前で呼ばないでくださいね」


 ジェラ、か。

 省略しているだけなのに愛着がわく気がする。


「ジェラ、もう少しで着くから静かに……いや、俺に全て委ねてくれないか」

「ゆゆ、委ねる!?」

「ああ。悪いようにはしない」


 何故そこまで驚く。

 何も言わずに成り行きを見守っていてほしいだけなのだが別の意味で捉えられたのだろうか。

 そもそも別の意味などあるのか?

 まあ返事もないから同意と考えてもいいだろう。


「ルドルフとティアウス……あの二人と城を出た時に見つけた。とても高く、見晴らしの良さそうな塔だと思っていた」

「元々、この塔は使われてないんです。目的も不明なまま放置されて、亡霊が出るとか騒ぐ人がいたせいで余計に誰も入らなくなってしまったような哀れな場所です」

「哀れ?」


 俺は目指していた場所に辿り着いてジェラを下ろした。

 無論、最上階というだけ。


「幸福の間違いだ」

「やっぱり機嫌を取るつもりですね!?」

「ちがう」

「なら雰囲気を出してなし崩し的な感じで私を襲おうなんて──」

「いけないこと、なのか?」

「!」


 俺はジェラの隣に立って景色を眺めながら呟く。

 音もなく髭を撫でる冷たい風が自分の心をそのまま表しているように感じて寂しい。

 いや、実際にそう感じているのかもしれない。

 ジェラを特別扱いしすぎたから、もう自分の立場を守るためだけに利用しているなんて、そんな風には考えられない。


「生きるための、生理的な欲求としてお前を求めてしまうのはいけないことなのか?」

「え……?」

「生理的な欲求と言った」

「あくまで孤独になったユキさんのエゴってことですよね」

「ちがう。そんなエゴがあるなら俺は《彼の地を統べし王》なんて肩書きは否定していた」


 弱い、何もできない、誰も信じてくれない。

 そんな自分が力任せだろうと何であろうと森にいた魔物を従えて王という肩書きを()()()にしたのは魔物として、ただの獣に落ちぶれないためだ。


「求めたのはお前が初めてだ」

「え、えっ!?」

「俺は雌を愛したことがない。本能も反応も示さなかった。ジェラだけが俺に考えさせた」

「………………っ!」


 ジェラは顔を背けた。

 嫌われてしまったのだろうか。

 いや、つい先程まで俺に怒りを示し完全に信頼してないという顔をしていたのだから初めから嫌っていたのだ。

 自分が施しを与えたのに裏切った、と。


「そうか。すまない、今の話は忘れてくれ。今まで通りに俺はお前とパラミナスタを助けるしお前は俺に安息の時間を与えてくれればいい」

「……うして!」

「うぐっ……」


 ジェラは踵を返した俺の尻尾を掴んだ。

 前に進もうとしていたから掴まれると必然的に腰から尻尾が離れようとして腹を押し潰されるような鈍痛と尻尾を千切られるような鋭い痛みを感じる。

 腹痛は突然動きを止められたことによる衝撃だろう。


「どうして私に意識させておきながら忘れろなんて悲しいことを言うんですか?」

「ジェラは俺が裏切るかもしれないと不安なのだろう。俺が、自分の出世のために拾ってくれた恩義すら忘れて、契約を交わしたお前に噛みつく駄犬だと、そう思ったのだろう」

「ばか! ユキさんのばか!」

「お、お……?」


 俺が足を止めて振り向くとジェラはまったく力の入っていない拳で俺の胸を叩いた。

 毛深い胸など叩いてもぽふっ、と間抜けな音しかしない。


「本当にあなたは何も分かってくれないんですからッ! 私がッ……! 私がどうして帰ってきてくれたあなたに冷たくしたのか考えもしないで、こんな……っ!」

「すまない。俺は人間の雄よりも鈍感らしい。こうしてジェラが怒る理由すらも──」

「怒ってません!」


 いや、叩かれているし怒っているようにしか見えないのだが……。


「な、んで……泣いてる」

「ユキさんがあまりにも理解力に乏しくて、幻滅してるんです」

「あ、あの…………ジェラ? 近い。身体が、触れている」

「私は嬉しくて、叩いたり泣いたりしてるんです」


 思わず「危ない雌だ」と口走ってしまいそうだったが口を塞いだ。

 俺が分かってやれないから叩いたし泣いたのだろう。


「私はユキさんがあれもこれもと背負い込まないか心配です。私のためだと言ってリデルさんに新しい装置を開発させたりメアさんやエリスさんに戦いの準備をさせたり……そうやって私のためだと言ってユキさんが全て一人でどうにかしようとするのが悲しくて、少しだけ距離を置いたらどうにかなるんじゃないか、って」

「俺はお前が今まで背負ってたものを代わりに──」

「じゃあ私にも背負わせてくださいよ!」


 怒鳴り声が耳に近距離で届き俺は逆毛を立てる。

 驚くなんてものではない。心臓が止まりかけた。


「ユキさんだって今まで森にいた方々の生活も命も背負ってきたのに何で私ばかりが背負ってもらってるんですか!」

「………………」

「さっきのは照れ隠しです! ユキさんが私をどうにかして満足するのであればご自由にしてください! 今回のご褒美みたいなものです!」

「できない」


 ジェラは涙でぐしゃぐしゃになって、もはや泣いているのか怒っているのか分からない顔をさらに困惑も混ぜ込んだ。

 もう感情が先走っているだけでしかない。

 自分が何を言ったのかも考えていないだろう。


「そのような褒美はいらないし、そういう理由であればジェラを本能に従って求められない」

「っ!」


 ジェラをそっと抱き締める。


「お前の気持ちを理解してやれないダメな雄だ。きっと相応しくない」

「どうして、そんなこと言うんですか……? こんなに優しい温もりで包んでくれてるのに」

「…………」


 何も返す言葉がない。

 俺は自分でも気がつかないうちに人間に対して抱いてはいけない感情を持ち始めていた上に、それを認めずジェラを振り回していたようだ。

 そんな状態で何度も言葉を重ねるのは馬鹿のすること。

 難しい、人間というのは。


「幸いにも私はユキさんのこと嫌いではありませんよ?」

「そう、思っているのか」

「思うのではなくてそうなんです。だからユキさんが私をその、生理的な欲求とはいえ求めてくれたこと……とても恥ずかしいですが嬉しかったんです」

「俺も、ジェラに温かいと言ってもらえたことが嬉しい」

「えっと……」


 ジェラはやっと微笑んだがすぐに複雑そうな表情になる。

 ああ、そいうことか。


「すまない、気にしないでくれ」

「そう言われると余計に気になります。それに私のせいですよね?」

「お前は嫌だろう。だから気にしないでくれ」


 お互いに抱き締め合っていたからジェラが俺の身体の変化に気づいたのである。

 これもまた生理的反応であり関係はない。

 自分を温かいと言ってくれた雌を抱き締めて匂いを嗅いでいれば雄としてはそのまま行為を始めてしまってもいいくらいには発情してしまう条件が揃っている。

 それでも我慢できるほど雄をやめたつもりはない。


 しかし、ジェラは人間の雌で身体も小さい。

 さすがに相手をしてもらうわけにもいかないのだから彼女の責任だと認めるわけにはいかないしジェラは何も悪くないという意見は譲れそうにもない。

 俺は対策を講じる。


「ジェラ」

「何ですか」

「い、一緒に月を見上げながら話をしたい」


 そう言うとジェラはやはり何かを疑っているようだったがすぐに頷いてくれた。

 俺は塔の屋上に座り空を見上げる。

 ジェラと出会った時とは形が違うが輝きは何一つ変わらない。

 森の中では明かり一つないため、あの月だけが俺のような魔物にとっての輝き。それ以上でも以下でもない。

 ただ格別。

 人間が神に祈りを捧げるように俺にとってはあの月こそが神のようなものだ。

 祈れば叶えてくれる。

 いつも空から俺を守ってくれている。


「お、おい……!」


 俺が月に夢中になっているとジェラは胡座をかいた足の内側に腰を下ろした。

 即ち、まだ落ち着いていないというのに柔らかい雌の尻が俺の衣服越しに触れるということ。


「一緒に見るんじゃなかったんですか?」

「それは、まあ。そう言ったが」

「嫌なら横に座りますけど」

「い、嫌とは言ってない!」

「変な人ですね」


 仕方がないだろう。

 この柔らかさが触れているだけでも理性が吹き飛んでしまいそうなのに仮にジェラが少しでも動こうものなら俺はしばらく立ち上がることすらできなくなる。

 しかし、本当に嫌ということはない。

 雌の尻が接触していても文句を言われないという特別な状況をあえて拒絶するのはもったいない。

 今は堪えろ自分。

 ジェラは大切な存在なのだから理性を保て。


「そ、その……俺がいない間は」

「知っている通りです。ユキさんが出発して、アルバートが訪ねてきて乱暴してきて……胸は触られるし服を破かれてほぼ裸を見られたことが屈辱的です」

「すまなかった」

「何でユキさんが謝るんですか?」


 ジェラートの問いに俺は自分の掌を眺める。

 この手で俺はしっかりジェラートの身体を抱き締めようとするあまり胸にも触れてしまっているのだ。

 事故とはいえ謝罪しないといけない。


「ええと、その……いい身体をしている」

「ふふっ! 誉めてるつもりですかそれ」

「笑うな。これでも真剣に怒らせないような言葉を選ん──!」


 前に出して広げていた掌にジェラの手が重ねられた。


「怒るも何も、ユキさんはいいんですよ。この温かくて大きい手になら触られても怖くありません」

「大きい方が怖いだろう」

「それもそうですね。じゃあユキさんの手だから。ユキさんは彼のように乱暴に女性を玩具のように扱う方ではないと知っているから触られても怖くなかったのかもしれません」


 知っているなんて、言えるのか。

 俺と出会ってから数えられる程度しか時間が過ぎていないというのに強気なものだ。


「ユキさん、がっかりさせてすみませんね」

「ん?」

「私のことを好きになったみたいですがユキさんが思っているよりも私は残念な人間です」


 それはちがう。

 思ったよりも弱く儚い存在でも歩き続けようとする姿は強者にも劣ることのない勇気が伴う。

 ジェラは残念な人間ではない。

 とても勇気のある人間で、俺が惚れた雌だ。


「小さくはありませんが強くない国の王女で隣にいたら不安にさせてしまうかもしれませんし言葉が達者なわけでもありません。特別なことができるわけでもありませんしユキさんに何かを与えられるわけでもありません」

「強くなくても俺が守る。言葉が達者でないなら騙される心配がないだろうな。特別なことができなくても俺の()()だ」

「それに可愛くありませんし器用じゃないので八つ当たりみたいにあなたに冷たくするかもしれませんし寝相も良くありません」

「残念とは些細なことだな。俺はジェラを可愛いと思うから好きだと思えるのだろう」


 それに可愛くないという言葉は似つかわしくない。

 人間ですらない俺をここまで興奮させた雌が()()()()のはずがない。

 細い身体を抱き締めればうっすらと俺の匂いがする。

 俺が所有物を宣言した証。


「人間は据え膳と言うらしい」

「あの、ユキさん?」

「ジェラのような食われるための雌のことだ。雄はその据え膳を食わないことを恥だと言う。ジェラ、お前は残念でも可愛くないわけでもない。最高の御馳走だ」


 思わず租借したいとばかりに唾液が溢れてしまう。


「たた、食べてもおお美味しくないですよっ!」

「きっと美味しい。今まで喰ったことのあるどんな肉よりも上質で忘れられない味だろう。だが、この声を聞けなくなると思うとお前を喰ってしまうことにそれほどの価値があるようには思えなくなる」

「やっ……耳はくすぐったいですっ」

「お前がどこかへ嫁ぐと言うならば…………と少し前ならば考えたのだろうが今は手放したくない。アルバートのような雄の所へ向かわせるくらいならば俺の許嫁になれ」

「っ!」


 抱き締めていたジェラの鼓動が止まった。

 病気かと思って俺はすぐに離して揺さぶる。


「大丈夫か! 死ぬな! お、俺を残して勝手にいなくなるな!」

「うぷっ……。あまり、揺さぶらないで、ください」


 吐き気を催したのかジェラは青ざめていた。

 これは深刻だ!

 人間は心臓が止まってから数秒で身体機能のほとんどが衰弱していくと言うし早く手当てをしなければならない!

 この場合は治癒魔法か?

 いや、外傷ならば効果はあるが病気を治すともなると特定の部位に集中させた魔法が必要になる。

 な、ならば心臓を動かさなければ……!


「い、いま助けてやるからな!」

「ちょ、ユキさ──」


 気持ち程度に残っていたジェラの服を引き裂いた俺は胸に耳を当てて再度、音を確認する。

 思っていたよりも早く動いている?


「ジェラ……」

「勝手に死にそうな人みたいな扱いしないでください! ちゃんと生きてますよ!」

「良かった……!」

「わっ!」


 俺は元気に身体を起こしたジェラートを抱き締めて頬を擦り寄せる。

 本当に焦ったのだ。

 いきなり心臓の音を止めたものだからこのまま死んでしまうのではないかと思ったし、ジェラのことだから俺に重大な病気の存在を隠していたのではないかと疑った。

 しかし、今の反応を見るにジェラは元気だ。


「離れてください!」

「ジェラ? 怒っているのか?」

「別に怒ってませんよ……! その、ユキさんが許嫁になれとか言うからビックリして」


 ふい、と恥ずかしそうにジェラは顔を背ける。

 赤い顔や拗ねたように膨らませた頬に俺の理性は壊れかけた。


「ジェラ、そこまで誘われたら雄は断れない。許嫁になってすぐですまないが」

「ちょっとまだ許嫁になるなんて言ってな──」

「俺の子を孕んでほしい」

「ここにおられたのですか主君!」


 空気を、いや雰囲気を察してくれなかったのだろうか。

 俺は気持ちが入ってしまえば誰かが近くを通っても気にしないでいられる程度には集中していられるが視界に影が映ってしまえば危険かもしれないのだから止まってしまう。

 そう、わざわざ塔の(へり)に立って月の光で影を作られたら……。


「かような場所で何を……」

「ガゥ、背中を向けて地面に這え」

「なっ! 主君!?」

「早くしろ……!」


 魔物にとって、特に人間と同じように手足の違いがはっきりしている牙獣族にとって他人の前で尻を向けて地に這うというのは耐え難い屈辱が生まれる。

 それが雌に雄が命令したともなれば別の意味を伴う。

 要約するなら「お前の身体を差し出せ」という意味であり、ただでさえ屈辱的な行動を取らされた上に身体を捧げてみっともなく腰を左右に振って誘い、犬のように地に伏せて喘がなければいけないのだから死を選びたくなるほどの辱しめである。


 ガゥは躊躇う。

 当然のことながら俺を尊敬している。惨めな姿で鳴きたくないのだろう。

 しかし、俺は品のない魔物と同じにされたくない。


 ――ガブッ!


「痛い痛い痛い! 主君無言で噛まないでくだされ! 痛いし怖い!」

「…………」


 誰が命令すれば身体を捧げる雌をねだるのだろう。

 俺はあと少しでジェラと親愛を育み子を孕んでもらえるというところまで来ていたのに邪魔をされて怒っているのだ。

 こちらへ向けられたガゥの尻ではなく上から覆い被さるようにして首元へ噛みついたのはそれが理由だ。


「あの、ユキさん……すごく痛がってますよ?」

ひっふぇふ(知ってる)

「首から赤い液体が垂れてますよ……!?」

ふが、ほうふぁ(そりゃ、そうだ)

「死んじゃいますよ!?」

「ふぅ……。こいつが死んだらジェラが俺の子を孕んでくれれば相対的には問題ない」

「しゅ、主君……激しすぎで……はぁ……はぁ……」


 真性の雌にはこれだけ噛みついても嫌われないから困る。

 俺はジェラに子を孕んでほしいからガゥに居られると迷惑だと噛みついたのに意味がない。

 とはいえ空気の読めない下僕への罰は済んだ。

 そろそろジェラに……。


「俺の子を孕んでほしい」

「いや、仕切り直されても……。それにユキさんが噛んだ魔物の女の子が可哀想です!」

「あいつは──!」


 文句があるなら言ってみろと言わんばかりに睨まれる。

 魔物相手でも怪我をして苦しんでいれば救わずにはいられないのがパラミナスタ王女のジェラだったな。

 まあ、助ける必要は無いが今回はお預けだ。


「て、手当てをしないと」

「必要ない。ガゥは身体の再生力に関しては俺より上だ。すぐに治るから図に乗る。調教するなら生半可な痛みでは意味がないから殺すつもりで躾ないといけない」

「主君にそのように思われているなんて悔しく──あん! そんなに引っ張られたらおかしくなってしま……んっ!」

「尻尾を掴まれて発情するような雌はその程度の評価で十分だ!」


 本来なら必死に抵抗するはずのものをガゥは悦んでいる。

 俺に尻尾を掴まれ引っ張られているのに、死ぬほど痛いはずなのに嬉しそうに喘ぎ声を聞かせているのだから変態でしかない。


「ユキさん、今日はこれで我慢してください」

「!?」

「高くつきますよ、私からさせるなんて」


 ジェラはそう言って俺から離れて背中を向ける。

 頬に触れた温かくてて軽く湿っていたものは俺の理解が正しければジェラの熟れた唇だ。

 たしかに、これは高い。

 ジェラの口付け──頬にとはいえ感触はぞわぞわするほど伝わったのだから満足できるものだ──は安くない。

 一国の王女の初めての口付け。

 諦めざるを得ない。今回ばかりは……。


「たまには……夜風に当たるのもいいですね」

「…………」


 やはり俺はジェラを最高の御馳走と見る。


「くしゅんっ!」


 と、俺が見惚れているとジェラがくしゃみをする。

 そういえば俺が彼女のわずかに残されていた衣服を取り払ってしまったから全裸になってしまっていたのだった。

 風邪を引かせては騎士失格。

 俺はすぐさま外套にジェラを包んで城へと戻るのだった。

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