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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第3章「動き出す者」
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第12話「信じられるものを信じるだけ」

 ──ジェラートの寝室。


「あなたの責任をここで償ってもらいましょうか」


 何の話だ。

 私はアルバートに対して何を償わなければいけないことをしたというのだろうか。

 彼の領地へ迷惑を掛けたことはない。

 外交の邪魔をしたことも、彼の趣味に口出しをしたことさえもない私には思い浮かぶことはない。


 アルバートは視線から私の感情を読み取ったのだろう。

 尋ねようとした口を塞ぐと私の身体を乱暴にベッドへと押し倒した。


「あなたはペットの懐柔に失敗しました。あなたが獣を躾られなかったがために俺は怪我をした。その責任をあなたには取ってもらいたいというわけですよ」

「ユキさんは、手を出してな……っ!

「擁護するとはいけませんね。やはりジェラート様はあの獣に何かしらの感情をお持ちのようですね」

「アルバート、様……?」


 アルバートは私の衣服を掴んだ。

 彼はやはり男性の中でも大人しく優しくて、私のことを考えてくれていたのだろう。

 目の前にいる男の方が獣のように見えた。

 にやりと口元を歪め、私の衣服を引っ張った男の方が……。


「あなたを獣から解放して差し上げましょう。もちろん犯した罪は償わなければいけませんが全てこれで水に流して差し上げます」

「くっ……!」

「恥じらう姿も美しいではありませんか! それに若くしてご立派な身体をしていらっしゃる」


 これ以上は……だめだ。

 彼との契約があるのだからアルバートには……!


「おっと」

「これ以上の狼藉は許しませんよッ!」


 私はアルバート咄嗟に差し出された手に噛みついた。

 この汚れた男の手に触れられた瞬間に彼との契約を破ってしまったことになる。

 そう、彼がこの国を、私を守ると誓ってくれたように!

 私も彼のために自分を必死に守らなくてはならないのだから!


「何もできないと思って優しくしてあげていれば調子に乗って獣のように噛みつきやがって! これだから顔と身体がいいだけの雌は嫌いなんだよ!」

「んぐっ!」


 口を塞がれた。腕も拘束具で動かせない。

 私が足掻けるのはこんな一瞬だなんて残酷すぎる。

 これでは戻ってきた彼に何と申し開きすればいいのか分からなくなってしまいそうだ。

「おうおう涙を浮かべた顔の方がいいねぇ! じゃあお前の女って部分を片っ端から楽しませてもらおうじゃ──」

「とりゃぁ……!」

「なんっ!」


 何かが爆ぜるような音と共に土煙が立ち込めてアルバートは顔をあげる。

 そこに居たのは……。


「エリスは約束を守る」

「こいつのくそメイドどもか!?」

「くそとは言葉に品がないみたいだねリントヴルム領、領主様」


 エリスと、リデル?

 先ほどから外の音が聞こえないから認識阻害の魔法を使われているのかと思っていたのにどうやって……。


「ユキに頼まれていた侵入者探知装置は役立ったね。それに簡単な結界を作るもんだから解析するよりもエリスに割ってもらった方が早かったよ」

「エリスは見えない壁も越えれる」

「邪魔するならお前らもこの女の後で遊んでやるからな!」


 二人の前に何人かの仮面をした人間が現れる。

 助けに来てくれたのはいいがリデルは対人戦闘は丸っきりダメな侍女でエリスも一対多数になればなるほど不利になる。

 自分が誰かを傷つければ嫌われると思って戦うのを止めてしまうのだ。

 これでは二人とも私と同じように……?

 リデルはどうして笑っているのだろう。


「あはは、裸を見られるまでならユキは許してくれるかな。遅れてしまって申し訳ないよ姫様」

「リデルさん! 戦ってしまったら」

「敵対と見なされリントヴルムと対立? 願ってもないよ。姫様をただの女としか見ていないようなクズが統治しているような国とは仲良くする意味がないね。それに彼はユキが手を出したことを理由に動いたみたいだけどユキが姫様の味方になると言ってくれた時点でアルバートは引き下がるべきだったんだよ」


 たしかにリデルが開発したという侵入者探知装置も彼が作らせたものだし侵入を予言したのも彼だ。

 でも、いくら有能な方とはいえ大きな国を相手じゃ……。


「姫様が笑ってくれるなら彼は何だってするよ」

「リデルさん……」

「エリスもね、ユキさまがエリスのことを認めてくれたから約束を守りたいの。だから、姫様にはこれ以上は何もさせない」

「というわけだからさ」


 突然もう一人の声が聞こえたと思ったら皆の姿が消えた。

 追いかける間も無く、気を付けての一言を述べる間も無く視界から消えてしまった。


「メアさん、ですか……?」


 彼女は特殊な力を持っていたし彼とも距離が近かったから魔法か何かで彼に知恵を借りているのだろう。

 これも、彼の提案……。

 私は彼にどれほど感謝しなければいけないのだろうか。


「ユキさん……!」



 ──空間を分離した庭。


「悪いけど目障りだから姫様の前から退場してもらったけど何か言うことはある?」


 先に場を整えていた私は腕を組んで誇らしげに男へと語りかける。

 もちろんリデルは非戦闘員なので城内の安全な場所に離脱させたしエリスは戦いやすいように広い場所へと送っているからここはメアとジェラートに手を出した男だけだ。

 つまり、一対一でなぶり殺せる。


「裏切ったのか《悪夢を運ぶ者(ナイトメア)》!」

「裏切ったかどうかと聞かれたら元はメアちゃんが慕ってた人の所で働いてるからちがうと答えるね」


 そう、ユキが最初に慕っていた……いや、想いを寄せていたとも言える人だ。

 迷いが消え誇らしげに胸を張る。

 こうしてもう一度、誰の所有物かをはっきり言い切れる勇気をくれた彼に恥じる行いは許されない。

 自分も彼の理解者でありたいのだから。


「いつもいつも邪魔ばかりだなお前は!」

「え、そうかな」

「しらばっくれるな! たいして役に立ちもしないくせに大食らいで俺が楽しんでる時に部屋に入ってくるし作戦は毎回のように失敗していただろうが!」

「ごめんね~。メアちゃん、上手く扱ってくれる人のところじゃないと本気出せないんだよね~」

「何を開き直っているんだ! ふざけてないで俺の元へ帰ってこい! 教育のし直しだ!」

「い・や・だ♪」


 舌を出して拒絶する。


「何が気にくわないんだ!」

「言ったでしょ? メアちゃんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」


 金と食事を与えていればいいなら奴隷でも買えばいい。

 私はそんな引き留めておくための目先の報酬を考えて人生を捨てられるほど安くはなかった。

 食事は誰かと楽しまなければ意味がない。

 自分の知っているところで異性を道具のように扱う男の側にはいたくない。

 そんな男の指示ならば聞きたくない。


 ユキは違う。

 いつも食事の時は一緒に──ジェラートに呼ばれるからだろうが居てくれれば構わない──してくれる。

 彼は異性を道具として見ることはない。

 そして、頼ってくれる。

 いつも誰かのために動く時には自分のことも頼ってくれて、終われば撫でてくれる。

 それだけでいいんだ。


「ベルっ!」

「ひゃっ……!」


 アルバートが名前を呼んだ瞬間、前に割り込むように空から一人の女が降ってくる。

 従者でありながら戦うことを専門にしていたベリウスだ。


「このクソビッチを殺せ! どうせパラミナスタで腕が立つのはその女ともう一人の侍女だけだ!」

「殺しても構わないので?」

「ああ! そんな尻軽女なんか抱いても弛くて使い物にならん!」

「ひどい言われようで悲しいな~」


 これでも処女は貫いていたのに、とぼそっと呟く。

 そして、アルバートはベリウスが私を牽制しているうちに姿を消した。


「あれは《転移(テレポート)》の巻物(スクロール)かな?」

「さすがアルバート様の下僕で随一の魔法知識の持ち主ですね」

「そりゃあ専売特許ですから」

「では、アルバート様に捨てられたあなたは綺麗さっぱり殺してしまいましょうか」


 身構える。

 あれでもベリウスという女はアルバートが持つ従者の中で最強クラスの剣士だ。並みの騎士では歯が立たないと噂だが自分がどこまで対抗できるか分からない。

 しかし、それでもやるしかないのだ。



 ──一方、その頃のユキ……。


 身体が重い。

 言うことを聞かない。

 自分のものであるのに、そうではないような感覚に何とも腹立たしく夢で聞いた言葉を思い出す。


「…………!?」

「やっと目を覚ましたんだね」


 目を開くと身体が重いのも言うことを聞かないのも物理的なものが要因であると気がつく。

 胸部に腰かける人間の雌。

 重さだけでなく雌の尻の柔らかさが雄としての行動を制限しているのだから仕方がない。

 と、それどころではない。


「あの雌は!」

「少しは自分の心配をしたら?」

「って…………洞穴、ではない?」


 視界を泳がしてみると石ばかりでつまらない景色とはうって変わって晴れ渡る空が広がる。

 俺は、死んだのだろうか。

 この雌も幻覚だというなら仕方がない。

 天使だと言うならば俺を地獄でも天国でもお前の好きな方に連れていけばいい。


「キミの痛みは私の悲しみ」

「?」

「キミの怒りは私の嘆きであり、キミの喜びは私の幸せ」


 何を、言っているのだろう。


「あの時は触るなと怒鳴られたけど、今は大人しいね」

「まさか……夢で聞いた声の」

「夢ではないかな。まあ、キミの意識が迷い込んだ世界だといえば夢という回答も間違いではないのかもしれない」

「…………」


 やはり俺は死んだのか。

 だから夢にまで出てきた雌が迎えに来たのだろう。

 たしか夢でも「あなたは私のもの」とか言っていたのだから死んでしまえば迎えに来るのは当たり前かもしれない。

 などと馬鹿なことを考えていると人間(?)の雌は身体の向きを変えて俺の上へ馬乗りするような姿勢になるとまったくぴくりとも動かさずにいた俺の頬を掴んで引っ張り始めた。


「はへほ……」

「せっかく会えたのに何も話そうとしないなんて寂しいよ。このまま柔らかいほっぺを引き千切ってしまってもいいの?」

「冗談はよせ。お前の方が柔らかいだろう」

「! まったく、キミは何も変わらないね」


 いや、俺と比べれば人間の雌の方が柔らかいに決まっているだけの話だ。

 俺の頬なんて口が大きいから多少は皮が余っているだけで柔らかいというよりは伸びるだけの話で、そんなものよりは人間の大福のような雌の頬は……。

 あの時の嫌悪感がまるでない。

 俺はこの雌の声をあれほど嫌っていたのに平然と言葉を交わしているのは何故だろう。


「知っている雌なのか」

「…………勝手に俺の言葉を繋げようとするな」

「ふふっ! 相変わらず冗談の通じない人だね」


 冗談?

 それにしてはやけに真実味のある言い方をしているが。


「キミは私のお友達。産まれたばかりで仲間もいなかったキミは随分と警戒していたけど、何度も声をかけてくる私に少しずつ親近感を覚えて近づいてきた」

「いつの話だ」

「君の記憶のお話」


 俺はほとんど生まれた頃の記憶がない。

 それに腹裂き子と呼ばれたが親の存在や仲間の存在は近くになかったような気がする。


「子供だったキミは私の身体を触るのが好きだった。柔らかいものに興味を示し暖かい包容力に自分が求められなかった母親の影を求めたのかも」

「………………」

「恥ずかしかったけど私はキミと対等になりたかったから受け入れて、その代わりに君の耳や尻尾を触らせてもらっていたよ」


 雌は俺の耳に優しく指をかけ撫でるように触れる。

 心地よい触り方だ。頭を撫でられた時の子供扱いされたような不快感は無いが、どこか優しい感じで、誰かに認められたような安心感がある。

 幸せな気分というやつだ。


「と、昔話はここまで」

「なぜだ?」

「キミは戻らなければならない。仲間が、キミの大好きなあの子が心配してしまうから」


 そうだ、ジェラートが俺の帰りを待っている。

 別々の道を進んでいるルドルフやティアウス、ガゥが俺が戻らなければ心配する。


「幸いにも攻撃はキミの首を飛ばせなかった。キミなら傷口を塞いですぐに動けるようになれるはず」

「お前には……また、会えるか?」

「たぶんね。だから、今は戻って……」


 それからすぐ「おやすみなさい」と優しい声が聞こえて俺は目を閉じる。



 ──レティノイ洞穴。


「はっ!」


 俺は身体が倒れる寸前で意識が戻り地面と熱い口付けを交わしてしまう前に腕を突き出し跳ね返される反動を利用して少しでも前方の敵から離れるように舞った。

 それからすぐに首元に手を当てて治癒魔法を使う。


「あれ、戻ってきちゃった?」

「ふぅっ……! 首が無くなってたら永遠に動けなくなっていた。急所は外れたらしいな」

「おっかし~な。この威力があれば魔物の首なんか簡単には吹き飛ばせるからって聞いてたはずなんだけど……」


 俺は改めて雌の手元を見る。

 ナイフのように見えるが柄が特徴的であり若干曲げられている部位があるために使いにくそうだと感じた。

 何より、俺の意識を飛ばした一瞬の間にあれを回収したのかどうか怪しいところだ。

 あれが確かに俺を攻撃したものなのは間違いない。

 ただ、どのような方法かはすぐに調べる必要がある。

 もう一度、あれを受けて正気でいられる自信はない。


「じゃあもう一回あげるね!」

「くっ!」

「ちぇっ。つまんないの~」


 二回目ともあれば避けられた。

 やはり不意打ちだからというのが強かったのだろう。

 それにしても俺の気が既に狂っているわけではないとすれば人間は恐ろしい技術を持っているということになる。


「金属の弾丸を撃つ武器は見たことがあるが刃を、というのは初めてだ」

「弾丸や矢と違って風の抵抗を受けにくい逸品だよ。それに角度さえ調節すれば首を跳ねるのだって簡単にできる」

「動力は魔力か。埋め込んだ魔鉱石を媒体に小さな爆発を引き起こし刃を飛ばす。単純で誰でも扱えるし貫通力よりも切断を優先した狂気的な武器だ」

「お褒めに預り光栄だよ~」

「誉めた手前、申し訳ないが比べたくなった」


 俺の爪とどちらが綺麗に切れるのかを、な。

 さきほど射出された刃は壁に刺さっていたが雌が持っていた武器の柄をいじると抜けて戻っていく。

 おそらく一回目の引き金で発射されて二回目で戻るようになっている。

 つまり、戻る前に仕留めればいい。


「ふっ!」

「何でまた避けられるの~!?」

「俺の方が、早いっ!」

「なっ!」


 戻っていくのは刃が柄と糸で繋がっているからだ。

 魔鉱石に離れたものを引き戻すための複雑な術式を組み込むことは人間にできることではない。

 そして、その糸を切れば使い物にならないということ。


「悪いが回避してから攻撃の軌道を確認するくらいの余裕はある。最初の一発で仕留められなかった時点でお前の敗北は確定していたという意味だ」

「主君! 崩れるような音が聞こえましたが何事ですか!」

「お開きか~。でも私は時間が稼げれば良かったわけだし」

「どういう意味だ」

「ユキ殿! パラミナスタ方面から緊急の通信だ! リデルという侍女から――」


 まさか、そんな風に……。

 予想が嫌な方向に当たっていくのか。


「悪い、俺は先に戻る。こいつを連れていけ」

「うむ! 頼まれたぞ」


 時間稼ぎ、優れた開発技術、獣殺し、それからレティノイ洞穴。

 この条件が示しているのは……。



 ──パラミナスタ。


「はぁっ……はぁっ……!」

「呼吸が荒いですね。もしかして疲れてしまいました? もう少し私と踊ってほしいものですが」


 踊るとはおかしなことを言う。

 こっちが本気で戦っても汗一つ流さずにあしらっていたのに踊れるわけがない。

 いや、ある意味では踊らされているのか。

 やはりリンドヴルムでは随一とされただけある。必死に戦って傷一つ付けられないわけだ。


「それより封印を解いたらいかがです?」

「何の、話?」

「本気のあなたなら剣くらい簡単にへし折るはず。苦戦しているのはナイトメア、あなたが手を抜いているから」


 私が本気を出したくない理由を知っていて聞くのか?

 この両腕は、ユキは気にしなくていいと言ってくれたが普通の人間からすれば気持ち悪いと思わせるものであり、それを表に晒してしまうと姫様が化け物を連れているなんて言われても否定できない。

 人間でも魔物でもないなら化け物と呼ぶしかないのだ。

 それに封印を解くまでならいいが全力で戦おうとすれば制御できなくなる可能性がある。



「きっと体力も残り少ないのでしょう。封印を施すということは常に魔力を使い続けるということ。魔法を使い続けていれば体力は長く保たないものです」

「全部お見通しって?」

「あなたは仕える人を間違えましたね」

「……!」

「主や大切な従者を置いて他国の者と旅立ってしまう。そのような者は誰かの人生を拘束するに値しない人物です」


 ユキは…………仕えるべき人ではない?

 ここまで言われて我慢できるほど私はあの人への想いを偽りだと考えたことはない。

 そうだ、あの人からの信頼も偽りではない。

 ならば偽ったまま戦うのは失礼そのものだろう。


「それでもユキちゃんを選ぶかもね。誰かにおかしいと言われようとユキちゃんだけが理解者だから!」

「…………!」


 私の両手は獣牙族、片眼は有鱗種の上位にあたる竜鱗族の眼だ。

 どれだけ半端でもあの人だけは笑わずに居てくれた。

 だから負けるわけにはいかないのだ。


「あまり時間も掛けられないから最初から全力でいくよ!」

「少し煽りすぎましたね。まったく、面倒を見ていたのは私なのに……」


 育ててもらったつもりも感謝の気持ちもありはしない。

 だって殺すために育てられたって嬉しくないから。


「加速!」

「っ!」

「からの《雷撃(ライトニング)》!」


 物理では防がれた際のリスクが高すぎるから回避できない距離からの電撃魔法なら確実に仕留められるはずだ。

 何より音速には届かないが人間が到達できない速度で体当たりしつつ《雷撃》をぶつけたのだから耐えられるわけがない。


「よし敵軍の手練れ撃破! さっすがメアちゃん♪ それにしても制御できたのは何でだろう」


 まさかとは思うがユキの言葉はそういう意味だったのだろうか。

 長丁場になれば私は本気で戦わざるを得なくなり、そうなれば制御が利かずに暴走して城ごと破壊してしまう可能性があったから何か魔力を制御するためのプロセスを組み込んだのだ。

 単にエッチなことをするためではなかったらしく疑ってしまった自分が恥ずかしい。


「帰ってきたら甘やかそ♪ そうだ、今度は背中じゃなくて前を触らせてあげたら喜ぶかな」


 なんて、ユキは姫様に一途なのに、ね。

 エリスは今頃、姫様を脅迫するために集められた兵士たちを片付けた頃だろうか。



 ──メアに転送された広場にて。


 エリスは気絶した男たちに視線を落とす。

 他愛もない相手だった、と、


「これじゃ訓練にもならない。やっぱユキさまと戦いたい」


 それに今回に限っては戦闘不能にしただけで意識は残っているから尋問することが可能だ。

 ユナに頼めば全容が掴めるだろう。


 それにしても、だ。

 ユキの予想は綺麗にあたり、アルバートはよりにもよって一番の騎士が不在のタイミングに襲撃してきた。

 もしかしたら何か、情報を掴む手段でも持ち合わせているのだろうか。

 可能性はゼロに近い方がいい。

 エリスは男たちの服の内側に手を突っ込む。


「これは?」


 彼らの衣服から安物だが巻物が出てきた。

 それも使い捨てではなく市販では出回らないような恒久的に魔法の効果を残し続ける巻物だ。

 何か使用者に返ってくるような呪術の類いではないと祈り開く。

 そこに映っているのは見覚えのある景色だ。

 おそらくは城の裏庭、メアがいる辺り。


「この高さと映像の揺れ方は…………《転移(テレポート)》」

「えっ……ちょ、えっ!?」


 エリスはすぐさまメアのいる場所へと転移する。

 訳がわからないとばかりに動揺しているメアへとずかずかと近づいていき、彼女が疑問符を浮かべた瞬間、事は起こった。

 ビリビリッ!


「きゃあっ! ちょっとエリスちゃん!」


 メアのメイド服は胸元から無遠慮に引き裂かれた。

 他でもない、首をかしげているエリスによって。


「なに?」

「なに?じゃなくて! 何でお外でストリップショー開演してるの!」

「あ、お外だった。ごめんね」

「引き裂く前に気づいてよ!」

「大丈夫、誰も見てないよ」

「見てなくても困るの!」


 エリスは何がいけなかったのか分からないという顔をしてメアの胸を揉む。


「大きいのに」

「そこ嫉妬しない!」

「これ」

「え、今さら? 今さら説明するの?」


 エリスはメアの困っていることなどお構いなしに先ほどの巻物を手渡す。

 そこには引き裂かれて風に飛ばされていった衣服の破片の周辺景色が映されている。


「これ《共有(コモン)》の巻物だよ! こんなものどこで手に入れたの!? てゆうか何で私のメイド服と視界を共有してるの!」

「たぶんメアの前に一緒にいた人たちが付けてたんだと思う」

「たしかにメアちゃんを通してユキちゃん情報なら抜き取りまくりだけど普通は生き物に使う魔法だからね?」

「胸という生き物」

「ちょっとメアちゃんの胸が別の生き物みたいに言わないでよ!」


 まあいいけど、と諦めたメアは巻物に自分の魔力を流して魔法の発動状態をリセットした。

 連絡用に使うつもりだろう。

 何はともあれ、これで危険を伴う存在はアルバートだけとなったわけだが。



 ──ジェラートの寝室前の廊下。


「最近、この城で見た顔だな」


 もはや人間に顔を見られることなど気にせずに猛獣の如く走り続けたところ俺は間に合ったらしい。

 リデルが言っていた通りリンドヴルム領主がまさにジェラートの部屋の扉を押し開こうとしている瞬間。俺はその現場に立ち会うことができたのである。


「ジェラートに用事か? 面会が必要ならお声かけするが」

「親衛隊長なら王女の部屋に入るなんて真似はできないだろう」

「それはお前も同じだリンドヴルム領主。ジェラートは謁見の予定が無いため部屋で休養されている。お引き取り願おう」


 それに親衛隊長は部屋に入る許可は出ている。

 下っ端の騎士では入れないが隊長は王女から直接の命令がある可能性も考慮し別に示された場合を除いてはジェラートの部屋への入室を恒久的に許可されている。

 しかし、他国の権力者は別だろう。


「嫌か。それに俺に入られるのも嫌か」

「誰もそんなことは!」

「親衛隊長ユキの名においてリンドヴルム領主、アルバートをパラミナスタ国王の純潔を穢さんと目論む悪人として捕縛させてもらう」

「なっ!?」

「生憎と俺は鼻がいい。お前から微かにジェラートの匂いがしているから一度は部屋に入ったがメア辺りに追い出され、諦めきれずに戻ってきたということだろう。そしてお前の汗は嘘を吐いただけの者が発する臭いではない。死を恐れる臭いがする」


 つまり、俺ならば殺しかねない何かをしたということ。

 救う価値もないが仮にも広大な領地を持つ責任者だ。正当な手続きの元で罰しなければジェラートの立場は陥落する。

 おそらく、切り札として俺を怒らせるつもりだったのだろうが……。


「魔物だからと見くびるな。怒りを晴らすことを優先しジェラートを失墜させるような雄は隣に並ぶ権利などないからな」

「く、そ……っ!」


 崩れ落ちたアルバートの腕を拘束した俺はユナに通信魔法で連絡し地下牢へ連れていかせた。

 おそらくアルバートには抵抗する精神力も残っていないだろう。

 そして、見届けた俺はジェラートの部屋に入る。


「ユキ、さん……!」

「遅くなって、悪い」

「もう知りません!」


 怒っているのか。

 それもそうだな。アルバートに服を破かれ怖い思いをしたのだから。

 だが、俺に八つ当たりをするのは違う気がする。


「ほら、きちんとお前の窮地には戻ってきた」

「こっちに来ないでください!」

「………………」


 ああそうかい。

 お前は俺に助けてもらうことなど望んでなかったし侍女たちがいればどうにかなったとでも言いたいのか。

 ならこっちももう知らな……。

 いや。


「わぷっ!」

「そういう態度を取るなら考えがある」


 俺は纏っていた外套をジェラートの頭から被せて包むようにして身体を持ち上げた。

 助けた雌に悪く言われる筋合いはない。

 喧嘩腰になられる筋合いもない。

 だから、俺も少しだけ怒っている。

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