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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第3章「動き出す者」
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第10話「平穏を愛する者」

 ──パラミナスタ城、正門前。


「すまない! ここの城主に話がある!」

「だから今日は入れないんだって!」


 朝から門前では騒がしい。

 誰かが来たからとメアに応対を任せたが怒鳴り付けるように城の主を呼ぶ声は静まることを知らず俺の惰眠を遮る。

 声の質からして鍛えられた雄だろう。

 しかし朝から何の用事だろうか。

 放置していれば眠れもしないしジェラートの公務にも影響を及ぼす可能性が無いわけではない。


「どこの国の者だ。礼儀作法も教わらないのか」

「むっ! 魔物がなぜ城の中から出てくる。メア殿、これは著しき問題なのではないか?」

「メア、下がれ。この雄はお前を雌だからと下に見ている」


 メアは役に立てなかったのが悔しいのか申し訳なさそうにお辞儀してその場を離れた。

 そもそもこの城で騎士やら兵士やらの扱いを受けているのが俺しか存在していないのだからメアのような侍女たちに応対をさせたのが間違いだったのかもしれない。

 この雄、それなりに強い。

 強者故にメアを見ても引き下がれなかったのか、あいつの力を見誤ったのか。


「俺はユキだ。パラミナスタ王女の勅命を受け親衛隊長という立場を担っている。話は俺が聞こう」

「親衛隊長……。もしや近郊の森で名を馳せた魔物《鮮血染まる黒狼(ブラッディヴォルフ)》ではあるまいか?」

「ブラッ…………何と言った?」

「ブラッディヴォルフだ。ご存じないか?」


 俺は元々好戦的な方ではなかったし返り血を浴びることがあっても基本的には毛繕い程度はしていたから血に染まると言われても微妙な感じしかしない。

 それに黒毛は元からだ。血が黒くなったわけではない。

 嫌な異名を付けられたものだな。


「失礼した。私はルドルフ・ライオネル。ここから遠くはないアルティオスという国の騎士団団長を勤めている。こちらは」

「ティアウス・ユークリッドです。お見知りおきを」

「無礼を働いたのはこちらのようで申し訳ない。ジェラートに話を取り付けておくからメアの案内に従って待っていてくれ」

「感謝する、ユキ殿」


 最初は魔物を城に入れておくのが問題だと騒いでいた割にはあっさりと受け入れたな。

 先程の異名のせいだろうか。

 まあいい、他国の騎士がわざわざ足を運んだのには理由があるだろうしジェラートを呼ぼう。



 ──応接室。


「わざわざ公務の手を止めてまで王女さまに直接お会いしていただけたこと光栄に思います」

「この部屋には私とユキさんしか居ないので堅い挨拶はいいですよ。昔から他国の話を聞くのは嫌いではなかったので」

「それでは失礼」


 ルドルフはジェラートに許可を得て椅子に座る。

 団長付という立場があるからなのかティアウスの方は何度声をかけても座ろうとはしなかった。

 俺とてジェラートに何かあった時にすぐさま行動できるようにと立っているのだから人のことは言えない。あの雌も騎士としてそれなりに経験があるのだろう。

 まあ、別の方の経験もあるらしいな。

 匂いが混ざっている。


「それで今日のお話は何でしょうか」

「パラミナスタ近郊の広大な森についてお聞きしたいことがございます」

「森ですか? それならユキさんの方が詳しいと思いますよ」

「異名についてはまったく心当たりが無いが森で暮らしていた魔物というのは事実だからな。細かいことまでは知らないがある程度なら把握している」

「それは助かります」


 ルドルフは地図を卓上に広げてパラミナスタ近郊の森を指で囲うようにしてなぞる。


「ここが我々の言う森です。パラミナスタ国と大差ないほどの広大な面積を誇り、それ故に地図にも森としてしか記されない」

「こんな広大な森を統治してたんですか? ユキさんはすごいんですね」

「この地図は何年前のものだ? 東側の方はリンドヴルム領の人間が森を切り開いて土地を売ったから狭くなっているし中央寄りの北側は地盤が崩れて大きな穴が開いている。森としては存在していない」

「ユキ殿の言葉は正しいでしょう。我々が持っている地図はおおよそ四年ほど前に作られたものです」


 この雄、まさか……。

 わざと古い地図を提示することで自分達が無知であるように思わせてパラミナスタ近郊の森へ立ち入る許可を得たいのか?


「ユキ殿、この手記をご覧下さい」

「そうは言われてもほとんど文字は……」


 読んでみたが内容として分かるのはジェラートを侮蔑するような内容と森についての解釈。

 喧嘩を売っている、わけではないか。

 この手記に書かれた大雑把な内容としては森に存在している何かしらが原因でパラミナスタはリンドヴルムに狙われているのではないかという想像だ。

 他にも国王が死んだ理由や次期国王は何も知らない愚か者だとかいう内容が書かれている。

 遠回しにでもジェラートを悪く言われたような気がして少しだけ腹が立つ。


「ユキさん、私にも」

「ダメだ。ジェラートにはまだ早い」

「子供扱いですか? 私はこれでも立派な女性と言える年齢にはなったんですからね!」

「雄と雌の性的な話が書かれてる」

「っ! そ、そんな手記なんですか!? や、やっぱりいいです!」

「ははっ、ユキ殿とジェラート様は仲がよろしいのですな」


 懸命な判断、と言いたいのだろう。

 ジェラートに読ませればすべての文字が読めるために自分に対する侮辱の言葉とも取れる内容や国王が死んだ理由など知ったら何をしでかすか分からない。

 守るためには読ませない方がいい。


「それで我々は調査したいのです」

「ひ、卑猥な話を見聞きして広げるんですか!?」

「ジェラートは落ち着け。たしかに市場にはそういう話を聞かせて金を取る人間もいるが仮にもルドルフは騎士団団長という立場があるしティアウスという雌を連れている。そんなことはしない」

「そう、ですよね」

「理解してくれたのなら何よりだ。で、二人はこの淫行が法に背くものではないか調べ、もしそうであれば犯行が大きくなる前に捕らえたい、そういうことか?」

「さすがはユキ殿。その通りです」


 なるほどな。

 この二人は悪い人間ではない。

 単に他国とはいえ一つの国が他の国から侵略的な行為を受けているのを黙って見過ごせないがために助け船として自分達が協力しようという考えなのだ。

 そして、この手記に書かれていることが事実ならば俺も参加しないわけにはいかない。

 ジェラートを守るために、な。



 ──その日の夜、大浴場。


 結局のところ調査をする方向で話は決まったがルドルフとティアウスは準備をしておくに越したことはないと森への出発は明日の朝方ということになった。

 俺だけならば準備も何も必要ないが人間だから仕方がない。

 それに、少しだけ気になることがあるからな。


「ジェラート、少しいいか?」

「きゃあっ! なな、何で今なんですか!?」

「もう大人の雌だと言っていたのに石鹸なんかを投げたら危ない。それに悲鳴をあげることか?」


 別に一度は身体を洗ってくれたではないか。

 ああ、あの時は本当に積極的で水着とやらを身に付けていたとはいえ身体の大きい俺を洗うために必死になっていて身体を押し付けたりしていたのにな。

 俺はジェラートの隣に木製の椅子を置いて並んで身体を洗い始める。

 人間の生活をしていたら水浴びをするよりも湯浴みをした方が気持ちがいいと感じるようになってしまった。


「なな、なに平然と居座ってるんですか!」

「別に恥ずかしがるようなことではないだろう。それに人間は裸の付き合いと言って親睦を深めるのに湯浴みを共にするというふうにユナから聞いたぞ?」

「は、裸の付き合いって……それは男性同士の話じゃありませんか?」


 誤情報か。

 まあいい。裸でいれば互いに油断も警戒も関係のない状態にあるのだから安心できるのは事実だ。

 それに雌の裸を見てはいけないなどという決まりはない。

 逆にダメというならば人間はどのようにして交尾をしているのだろう。


「正直な話をする。最初はジェラートのことをダメな雌だと思った。お花畑で目先のことすらまともに考えられない馬鹿で、生活も他人に甘えた自堕落なものだと」

「随分と失礼な評価ですね」

「王族など大抵はそうだ。しかし、お前と話していると俺が求めていた王としての器を見ているような気がしてならない」


 誰にでも手を差し伸べられる優しい王。

 俺には辿り着くことのできなかった場所にジェラートは立っていて悔しいが羨ましいと感じていた。

 だから付いていこうと思ったのだろう。


「こんな獣をも信じるお前の懐の広さは計り知れないな」

「でもユキさんがここまで変態だなんて思ってませんでした。正直なところがっかりです。森では私を優しく抱え上げてくれたので紳士な方だと思っていたんですよ?」

「獣に何を求めている。紳士な獣などいない」

「まあ、少しくらいは認めます。今日だって私のことを気遣って手記を読ませなかったんでしょうからね。そんなユキさんのことはちょっと好きだったりします」

「…………明日、遅ければ数日は帰ってこないぞ」


 ジェラートは頷いた。

 理解しているのか、強がっているのか。


「優秀な侍女がいますから。ユキさんも私の心配ばかりしていないで自分の心配でもしてください」

「心配くらいさせてくれ。お前の騎士だ」

「ええ、ありがとうございますユキさん」


 この分なら俺が数日の間でも席を外したところで問題はなさそうだ。

 ジェラートは弱いが強い。

 肉体的には脆弱と呼ぶ他ないものの心としては誰よりも強く尊敬に値するほどだ。

 俺も、無事で帰ってこなければな。


「まだ身体を洗っていないだろう。侍女を待っていて風邪を引いたら元も子もない。俺が洗ってやろう」

「い、いいですよ別に!」

「遠慮するな。俺はお前に洗ってもらった時にこの上ない至福の時間を過ごさせてもらった。こうしてジェラートを俺が洗うのは与えられた恩義を返すことになるのだから何も心配はいらない」

「そそ、そういう話ではなくてですね!? ほ、ほらユキさんは力が強いから痛くなりそうで怖いというか!」

「優しくしてやる。悪いようにはしないさ。お前が気持ちよくなれるように努力する」

「…………なにを、しているんだ」


 俺がジェラートの背中を泡に包んだ手で触れようとした時、ローゼが現れた。


「ジェラートを気持ちよくしてやろうと──」

「死んで償えケダモノ!」

「ぐうっ!」


 石つぶてのようなものを放たれ顔面に受けた俺は軽く吹っ飛ぶことになり湯船に沈んだ。

 何故いつもローゼは俺がジェラートのために何かをしようとすると邪魔に入るのだろうか。

 何もかもジェラートのために、いや一割は自分のためかもしれないが一割など些細な数字だ。


「ローゼ? 彼は私を洗おうとしてたんですよ?」

「発言が気に食わなかったので処しました。姫様の身体をお清めしようと、と言うならば監視する程度で済ませましたが快楽主義のケダモノには姫様の身体に触れさせるわけにはいきません」

「くくっ!」

「何がおかしいケダモノ。頭でも打ったか?」


 いや、そんなことはない。

 頭を打ったのはローゼの放った魔法であり床にぶつけるなど無様なことはしていない。

 そうではなくて、ただ楽しいと思ってしまったのだ。

 俺は王だった。


「ローゼは遠慮がない。それが良かった」

「ただの変態か」

「ちがう。喧嘩を売られることはあった。しかし、お前のようにじゃれる程度の言い争いをしてくれる者はいなかった。だから懐かしく、この感覚が楽しくて仕方がない」

「ふん、私は貴様が来てから落ち着けないがな」

「どちらでも構わない。お前が今のままでも楽しめるし、警戒を解いてくれるというならばジェラートといられる時間が増えるだけ」


 俺は座り直して壁に寄りかかるような姿勢で湯船に浸かる。

 視界には笑っているジェラートの背中が見える。


「おい、何を見ている」

「ジェラートに見惚れたらダメなのか?」

「ダメださっさと出ていけ若しくは背中を向けて大人しくしていろケダモノ!」


 触れるのもダメで見ているのもダメならジェラートは神様か何かなのか?

 まあいい、明日からしばらく姿を見られないのだから文句を言われようと無視していよう。



 ──パラミナスタ近郊の森、入り口。


「おお、ユキ殿。朝が早いのですな」

「生憎と睡眠が短い生き物だからな」

「是非ともその癖をティア殿にも教え込んでやってほしいものですな」

「ティアウス?」


 たしかにルドルフの背後を見てみるとふらふらと頼りない足取りでこちらへ向かってくる女騎士の姿があった。

 朝が弱いらしい。

 まあ、それぞれ本領を発揮できる時間というものがあるだろうし深くは突っ込まないでおこう。


「一応、今回の目的を確認しておこう」

「はい。ユキ殿に確認いただいた手記の通り、この森にはいくつかの魔鉱石の眠る洞窟があります。その中には長年放置され他とは比にならないほどの魔力を宿した魔鉱石もあると考えられているため、それを発見し回収するまでが我々の役割です」

「回収したあとは?」

「処分、が妥当ではないかと」

「私も団長の意見に賛成です。それだけ膨大な魔力を含んだ魔鉱石があるならば悪用する者が現れる可能性もあります。何より強力な魔物を寄せ付けてしまいます」


 なるほどな。

 予備知識としてエリスに聞いておいたことだが魔鉱石は魔力を扱うのに慣れていない人間が生活魔法を使うための補助道具として使うものだ。

 しかし、一般的な魔鉱石は市場に回すことができても等級が高すぎるものは魔力を常に外側へ吐き出しているために強い魔物を寄せ付けてしまうため封印して国の有事の際に戦略魔法と呼ばれる大規模の魔法を用いる際の依り代に使うらしい。

 持っているだけで危険なものは封印していても他国からの干渉を受ける。

 それを避けるために破壊してしまうというのは正しいかもしれないな。


「ちなみに処分は具体的にどうすればいい」

「砕くだけで問題ない。細かくなった魔鉱石は散らばり、分散された魔力は再び地表に宿って細かい魔鉱石となります」

「それでいこう。ただ森に入る前に忠告だ。魔物は人間が追い払ったからほとんどいないに等しいが俺は野盗や人間の雌を襲うような族が出入りしているのを何度か確認した」

「魔物がいないのをいいことに悪さの舞台にしていると?」

「ああ。それにここ数日は俺も城に住み始めたりで奴等の好き放題にさせてしまっている。特にティアウスは奴等の標的にされる可能性があるだろう。その辺の意識はしておけ」

「忠告に感謝します。ですが団長とユキに任せて戻るわけにもいきませんし付いていきます」


 さすがに女騎士がこの程度の脅しで引き下がるとは思っていない。

 襲われる前に助けてやれれば問題もないだろう。

 こうしてアルティオス所属の騎士二人と俺は森へと足を踏み入れた。


 しばらく歩いていると暇にでもなったのかティアウスの口数が増え俺に話を振ってきた。


「ユキはこの森で産まれたということでいいんですか?」

「たぶん」

「はっきりしない言い方ですね」

「絶対はない。俺は産まれてすぐの記憶を残してはいないしどこで産まれようと雌の胎を裂いて産まれた。それに変わりはない」

「胎を裂いた?」


 そこに疑問を感じるか?

 魔物の中でも特に牙獣族に分類される一族は産まれる前から爪や牙が鋭く雌親の子宮を内側からズタズタにする。

 つまり産まれるというのは雌親の腹を文字通り引き裂くということ。

 とは言うが例外だ。

 大抵は牙獣族の雌親の子宮は伸縮性に優れた柔軟な作りをしているため爪や牙を立てても刺さることはなく人間にも優秀な素材として扱われるほど丈夫だった。

 それを裂いて産まれた子は不可能を可能にするだけの鋭い爪や牙を持った子である。

 俺もそれだ。


「俺は悪魔らしい。雌親の胎を裂いて産まれただけでなく自分が殺した雌の肉を喰って育ったらしいな」

「そういう部族の生まれなのでしょう。ティア殿、あまり踏み込んではいけないことだぞ」

「失礼しました」

「いや、過去の話だ」

「やはり人間と魔物では違うこともあるんですね。ユキは魔物の中でもさらに他とは違うような気がします」


 それは、どうだろう。

 個体という意味での違いならば千差万別と言いたいところだが種族的に見られているというならば話はまた変わってくる。

 俺は獣牙族の枠を外れている。

 魔物は魔力を体内で製造、貯蔵を可能とする生物だが利用するともなれば人間の魔法使い(メイガス)なる者と同等の知識と技術が必要になるはずだが俺は扱える。

 無意識にではなく、意識したカタチとして。


「止まれ」

「ユキ殿の冗談が現実になったか」


 やはり賊が住み着いているか。

 目の前にいる人間はおそらくパラミナスタの街から拐ってきた雌だろう。


「襲われている女性、まだ意識があります。助けないと!」

「ティアど──!」


 まったく、女騎士は冷静さを欠いているな。

 隠れている人間がいるから止まれと言ったのに。


「は、離して!」

「おいおい、綺麗な女騎士が自ら来てくれたぞ?」

「一人でか?」


 ルドルフの口を塞いで押さえて正解だったな。

 もし他にも誰かがいると分かれば瞬く間に傷物にされたことだろう。

 これを機に二人には冷静になるということを魔なんでもらわなければいけないらしい。


「ユキ殿!」

「誰も怪我をせず助け出したいなら考えるべきだ。お前まで飛び出していったら奴等は動揺する。手元には食い物がある。敵が走ってきた。盗られるかもしれない。相手の強さが分からない以上は取られるくらいなら食ってしまえ。そう奪われるくらいなら自分で使ってしまおう」

「つまり、私が飛び出していたらティア殿は殺されたと?」

「最悪な展開だ。良くても傷物だ。だから焦るな」


 ルドルフは落ち着いたようだ。

 それならば俺はティアウスの救出を考えよう。早くしなければどちらにしろ既に犯されている雌のように傷物にされてしまう。

 俺はルドルフに待っているように伝え、わざと草木を揺らしながら出ていく。


「な、何かが近づいてきてるぞ!」

「ふざけんな! 今いいところだったのにっ!」


 そう、声を出し姿を見せてしまえば人間だと気がつかれる。

 人間相手なら彼らは自分の考えた行動をある程度は実行できるだけの余裕を持ってしまう。

 しかし、音だけなら?

 人間ではないかもしれない。

 そして姿を見たとしたら?


「魔物だ! 女を()る前に殺すぞ!」

「しゃあねえな!」


 そう、人間とは違い雌を殺しても犯しても魔物は動揺しないのだから逃げるか戦うかの二択になる。

 彼らが選んだのは戦う方だ。


「でりゃぁっ!」

「…………騒がしい剣だな」

「なっ…………!」

「武器は掴まれた時点で離した方がいい。死ぬ前に忠告だ」


 武器を奪われれば戦えないと思ったのか、俺が言葉を話したから動揺して考えが回らなくなったのか俺に剣を振り下ろそうとして掴まれた男は頑なに柄から手を離さない。

 ああ、力を込めれば俺の手を切ってどうにかできるかもしれないという考えもあるか。

 まず身体の大きさで判断できなかった人間の愚かさだな。

 俺はそのまま掴んでいる剣ごと賊を持ち上げ振りかぶると適当に前方へ投げつけた。


「ぐっ、がはっ!」

「よくも!」


 首めがけてもう一人がナイフを振る。

 だが、俺の毛皮を割って肉に突き立てることはできない。


「切れ味が悪いな」

「ひっ!」

「あの雄を連れて失せろ。死にたくなければ、な」


 恐怖としては十分以上だったのだろう。

 先程の投げられて頭から血を流している雄を背負ってもう一人の賊も一目散に逃げ出した。

 これで俺という魔物の存在は再び人間の耳に入る。パラミナスタ近郊の森へ入ろうものならば安物のナイフでは傷ひとつ付けられない魔物に殺される、と。


「と、捕らえなくてもよかったのか?」

「あの雄には俺の存在を伝えてもらう。パラミナスタに隠れている賊は二度と森で悪さをできなくなるし女子供を拐っても遊ぶための場所が無ければ国を出ていくだろうな」

「申し訳、ありません。私が突っ走ってしまったからユキには迷惑をかけてしまいました」

「この雌はお前が助けた」


 そう言って俺は怯えたように泣いていた雌に側に落ちていた本人か賊のものと思われる外套を渡し、自分が持っていた金貨を一枚だけ手に握らせた。

 別にどうなろうと構わなかったがティアウスが飛び出したおがけで助けなければいけなくなった。

 要するにティアウスがこの雌を助ける理由を作ったのだ。


「新しい服と、食い物を買え。パラミナスタは物価が安いが金貨の価値は高い。少しは生活も安定するだろう」

「?」

「別に取って食うつもりはない。痩せすぎだ。そういう浅ましい考えはもっと超えて食欲を誘う身体になってから思い浮かべろ」


 雌は渡した外套で身体を隠すと小さく会釈して街の方へと走っていった。

 これでいい。

 森に残るよりは街へ戻った方が保護してくれる人間は多い。エリスが普段から稽古を付けていた自警団もいるのだから逃げた賊も報復を考えたりはしないだろう。


「自分を悪として人を救う。素晴らしいと思う」

「勘違いだ。俺は自分を悪と考えたことはない。ただ人間からすればそう見えるのだから利用したまでの話だ。こうすれば無駄な争いも起きないだろう」

「私たちはユキから学ぶことばかりですね」

「そうだなティア殿。本当に彼からは学ぶことの方が多い。しかし、我々もアルティオスの騎士。ユキ殿に恥じることのない仕事をしなければ本国の部下たちに合わせる顔がない」

「ならパラミナスタの平穏のために働いてくれ。お前たちの力量が他の人間とは違うと信じている」

「ああ、仰せつかった」

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