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お姫様は『へんな奴』を平気で連れてくる  作者: 厚狭川五和
第2章「6人の侍女」
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第8話「認められるということ」

 ──パラミナスタ王城、執務室。


「姫様! 事の重大さにお気づきではないのですか!」

「何のことですか?」

「あの魔物のことです!」


 ジェラートの危機感のなさに腹を立てたローゼは彼女が手紙を認めているのも構わず机を殴り付ける。

 姫様と侍女。

 この関係はどんな状況においても変わることはないが二人は特別だ。

 ローゼは彼女の世話役として長く城に住んでいた。

 故にジェラートのことはよく知っているし侍女ではあるものの『国内参謀』として意見することができる。一人ぼっちとなりかけた彼女の右腕として、幼いうちから国王として生きることとなったジェラートを支えてきたのだ。

 しかし、今となっては彼女が自らで判断する事の方が多い。

 親を離れていく子のようで嬉しいと感じる反面、寂しいと考えてしまう。


「あいつは危険です! 姫様のこともメアのことも助けたのは事実ですが賊を殺しまし」

「私が一度は捕らえるだけでいいと指示して襲われたのだから彼なりに判断したんだと思います。私が甘かったのは事実ですし私の命が絡んでしまったから彼も必死だったんです」

「だからって放免した者まで殺す必要はありません! 追跡魔法で賊が探知できなくなったから私が調べに行ったら既にあの女は死んでいました」

「それは私のことを心配したあまり──」

「姫様はどうしてあいつの肩を持ち続けようとなされるのですか?」


 聞いてはならない。

 そう、ローゼも分かっているつもりだったが確認せずには今までの生活を続けることは叶わないと知っていた。

 たかが魔物にそこまでの温情は必要ない。

 自分に対して好意を向けているのならば裏切らず近すぎずの距離感を保ち長く側におけばいいだけのこと。

 なのに、わざわざ答えようとするジェラートは異常。

 この質問を聞いてジェラートはやっと筆を置いた。


「先代国王がどのようにしてお亡くなりになられたのか忘れたわけではないありませんよね」

「……っ!」

「私は姫様に命令するような立場ではありません。気を悪くされたのなら罰していただいてかまいませんが、ご自身の立場だけは理解してほしくあります」

「私は、彼をそういう人だと思いたくありません」

「姫様っ!」

「でもローゼが心配してくれる気持ち、分からないわけではないんです。お父様は、たしかに国内の謀反によって亡くなりましたが()()()()()()()()()のは事実です」


 ジェラートは珍しく涙を浮かべていた。

 それは本人が一番近くで無力さを痛感していたからこそ、尊敬していた父親の無惨な姿を目の当たりにしたからこその涙なのだとローゼは言葉を閉ざした。

 あれからというもの、彼女が笑っていられるように支えていくつもりだったのに自分は苦悩の選択をさせてばかりだった。

 だからこそ、ジェラートの気持ちがあの魔物に入れ込まれていくのが怖い。

 また、あの王のように……。

 そう考えてしまうのが怖い。


「だからこそ同じ過ちは繰り返さない。私はユキさんにも、ローゼやメアのような侍女たちに信じてもらえるように頑張ります」

「姫様? 本気で言っているのですか?」

「あの人からの協力を得られれば、きっと他国からの不信に伴う襲撃も抑えられる気がするんです。それに、彼が私のことを気に入っていると言うならば私は国民のために彼の気持ちを受け入れてあげてもいいと考えています」

「いい加減にしてください!」

「ローゼが反対することは百も承知です。だから」

「私を追い出し……て…………え?」


 ローゼは手渡された文書を読み言葉を失う。

 先程まで書いていたのは手紙ではなく、彼女なりにまとめたユキのことだった。


「だから彼には……ユキさんには段階的にこの城においての役職を付与していこうと思うんです。いつまでもお客様という訳にはいきませんから最初は親衛隊長として認めてみませんか?」

「魔物を、親衛隊長に?」

「親衛隊長ならば私個人を護衛するものではありませんから私にとって重役である皆さんを守ることが前提になります。それならばローゼの気にしている()()()()()()()()()()()()()()()()という不安は改善されますか?」


 そういうことではない、と口が裂けても言えない。

 ジェラートは自分なりに国民のことも侍女たちのことも、もっといえば魔物のユキのことさえ守ろうとしている。

 この姫様は、誰にでも優しすぎるとさえ感じてしまう。


「そもそも親衛隊なるものが存在していませんでしたが姫様がそこまで仰るなら私個人としては賛成です。ですが、その件は現在エクライドへ出張している二人の侍女が戻ってから謁見の間にて正式な手続きによりお願いします」

「はい! それはもちろんです!」


 ローゼの快い返事を受けてジェラートは再び筆を取った。

 侍女たちを説得する以前に彼が待遇に満足してくれるのか分からない以上は説明する必要がある。

 そのための計画だろうか。



 ──ユキ自室。


「ふぁ? 親衛隊長?」


 今日一日は特に用事もなければ俺が学ばなければいけないこともないと聞いていたので惰眠を貪っていたら珍しくジェラートが侍女を連れずに部屋へとやってきて書面を渡してきた。

 最近は文字などを教えてもらっているから読めなくはない。

 そこに書かれていたのは「貴殿を親衛隊長として任命する」旨の話と以降、俺の処遇がどのように扱われていくかだった。

 悪い話ではない。

 人間の王族や騎士の階級などは知らないが高い地位にあることは違いないし親衛隊長ということは王族関係者を護衛するような立場にある騎士なのだろう。

 だからこそ「親」を「(まもる)」騎士と記すのだろう。


「断る」

「ど、どうしてですか!?」

「お前を守るのは構わない。侍女を守ることも構わないとは思うが立場だけは納得できない」

「あの、親衛隊長というのは騎士の中では上から二つ目の階級なんですよ? さすがに王政に直接的な意見をすることはできませんが他国の者が簡単に罰したり連行したりすることのできない立場ですよ」

「それが気に食わない」


 ジェラートには申し訳ないが単純な話ではない。

 騎士という仮にも王族より下の立場にある者が仮にも国王にある者を契約者とすることが果たして許されるものだろうか。

 それこそ、俺との関係を否定することと同じだろう。

 事細かに理由を説明するとジェラートは気まずそうに苦笑してそこまでの考えではなかったと言った。


「私はユキさんとの関係を否定するつもりじゃありませんよ」

「上手く利用できると思うな。俺はお前が思っているほど頭脳戦に弱いわけではない。考えなくとも力で解決できるだけの話で……」

「ユキさん、そこに書かれている通りです。今は侍女たちにも最後の一文は伝えていませんが最終的にはユキさんを私と同列にするつもりです」

「……本気か? その意味を理解して、言っているのか?」

「そうですね。魔物が国政に関与する。前代未聞の事態ですから国民は混乱すると思います」


 そこまで分かっていて推したのか?

 いや、それでも俺は従えない。

 この城に来てから感じているもやもやするような感覚はきっと、親衛隊長などという立場になってしまったら分からなくなってしまうだろう。

 まだ打ち明ける勇気はない。

 魔物としての本能が、人間を殺したいという本能が疼いているだけだと騒がれたら話にならないからだ。


「それほど俺との間に距離を開けたいのか」

「!」

「俺はお前のために行動しているというのに恐れたのか? やはり危険な魔物だと軽蔑し──」

「ユキさん」


 突然ジェラートの身体が俺に寄せられて柔らかい花のような香りが届く。

 こんな恐ろしい魔物を抱きしめたのだ。


「私はそんなこと考えてませんよ……!」

「なら、どうして距離を開こうとするのだ」

「一時も私から離れることを我慢できませんか? ユキさんがこの城を追い出されることのないように、と考えて基盤を作ったつもりでしたが」

「お前の元から離れたくない」

「ええ、分かっています。ユキさんは甘えん坊さんですから」

「だ、誰がっ!」


 離れたくないことと甘えん坊は違う。

 俺は断じて人間などに尻尾を振った覚えはないが少しくらいは居心地のいい、この場所を望んでいるだけだ。

 だから俺が心を許したなどと……。


「やはりお前の匂いは落ち着く。甘く花のような香りがするが俺の気性の荒さを押さえ込むような優しさもある。ジェラートほど俺を落ち着かせられる雌はいない」

「そんなにいい匂いしますか? 小さい頃とか森で遊ぶから獣臭いって言われたこともあるんですが」

「人間の雌にそれは失礼だろう。だが獣臭いと言われたお前なら俺の匂いを付けても問題はないな」

「あの、くすぐったいですよ?」


 それでいい。

 お前は何も知らなくていい。

 俺はジェラートの顔などに自分の首筋を擦り付ける魔物の中でも獣に近しい者だけが首筋や下腹部付近を雌に擦り付けることで匂いを移すことができる。

 即ちマーキングだ。


「分かった。ジェラートの意向に従おう」

「えっ? いいんですか?」

「お前を守るという契約は何も変わらない。そこに余計な人間が増えただけの話だ」

「ユキさんの決定基準って偏ってますね」

「うるさい。お前基準で何が悪い」


 くすくす、と笑われた俺は自分の決めたことを笑われたように感じて悔しくなった。

 大切にしているだけなのに……。


「これで、寂しくなりませんね」

「お前こそ寂しがり屋だな。本当は一人ぼっちになる選択なんて本意ではないだろう?」

「そんなことありませんよ?」

「嘘を吐くな。顔に書いてある。私は寂しくて死んでしまう貧弱な生き物だ、とな」

「ほ、ほんとですか!?」


 ジェラートは間抜けな顔をして自分の顔を手で汚れている部分があるのかと探し始める。

 顔に何か書いてあれば侍女が騒ぐということを理解していない。

 そもそも俺に指摘されて慌てるということは「寂しくて死んでしまう」というのは間違いではないということだ。


「た、謀りましたね!?」

「そのつもりはない。お前の顔は同族よりも読みやすく感じ取りやすいからな。そこが愛しく感じてしまう」

「!?」

「どうした? 何を驚いている」


 俺は驚かれるような発言をしたのだろうか。

 愛しい、とは快い気持ちにある態度などを評価する言葉であったと記憶しているが……。


「ユキちゃ~ん!」

「わ、私はこれで失礼します!」

「…………?」


 ジェラートは慌てて部屋を出ていき入れ替わりに入ってきたメアが不思議そうに背中を追っている。

 生憎と俺も分からない。

 それより、この雌は……。


「そろそろ不愉快な呼び方を止めろ」

「じゃあ王様?」

「この場では勘違いを招く、控えろ」

「じゃあユキちゃんでいいや。ユキちゃんは文句ばっかりだな~♪」

「……………………」


 以前、俺が人間のとある組織からの独立を手伝ったということになり、メアが俺の身体に付いた血を綺麗に流してくれた際に忠誠を誓い直したのだ。

 要するにジェラート、いや、性格にはとある組織からの鞍替えである。

 元より俺が魔物にとっての王として扱われていたために従属対象に都合がよかったのだろう。

 しかし王と呼ぶわりには軽く、ジェラートという王がいるなかで俺を王と呼ばれると不謹慎なので控えるようにと言っていたのだがメアは元々あまり頭がよくないのか躾が悪かった。


「ユキちゃん、出張してた二人が帰ってきたから挨拶に行こ?」

「出張?」

「あの席を外してた二人のこと。最初に顔を会わせて以来は挨拶もできてないでしょ?」


 ああ、あの二人か。

 聞いた話だと『経済関連』担当であるノノと『情報操作』担当のユナだっただろうか。

 ノノは幼い顔立ちと大人しそうな性格が他人から好かれているような雌でありユナは人の弱みとか知られたくない話を仕入れることに長けた雄勝りな雌だったはずだ。

 ここ数日の間、顔を見なかったのはどこかへ外出しているからだろうと知っていたが公用の出張だったという話は初耳だ。ジェラートも国政に関わることは俺に話さないからな。


「会わなければいけないのか?」

「そうだね。ローゼちゃんのせいで第一印象は変態で危険な魔物ってなってるから印象を変えていかないと厳しいかもよ?」

「何故俺が変態なのだ。まあいい、挨拶は大切だ」

「さっすがユキちゃん! 人間のことも分かってきたんだね♪」


 茶化される筋合いはないのだが。

 それに挨拶とはいえ、ノノとユナも俺が親衛隊長に推されることを聞いているとは限らないし無礼な魔物だと思われていては立場が悪くなるのは目に見えて分かる現実だ。

 俺の在住に賛成派ならば仲良くしておきたいのもある。

 メアに尋ねると二人は厨房で話をしているらしく俺は初めて人間の食事を作る場所へと足を踏み入れた。


「戻っていたんだな」

「あ、ユキさん。どうしたの?」

「さてはつまみ食いに来たんだな? まだご飯には早いぞ~」

「失礼な。俺がここへ来た日に顔を会わせて以来だから様子を見に来ただけだ」


 そもそも俺は何が食べられるものか分からないのだから人間から強奪するくらいならば森で狩りをする。

 まあユナの方も冗談のつもりだったのかすぐに謝罪された。


「ごめんごめん、あたしらが出張してたのがあんたが食べてくれそうな食材を取り寄せるためだったんだよ」

「そうなのか?」

「姫様から頼まれたの。ユキさんはご飯たくさん食べるから食料の調達ルートを変えた方がいい、と。ついでに好みに合うか分からないから色々な食材を取り寄せてきたの」

「わざわざ俺のために、か?」

「ユキちゃんモテモテだね~?」

「ち、茶化すな。別に望んでもない状況を喜ぶつもりはない。まあ、食事の楽しみが増えることには感謝するが」


 これは好意を持たれているというよりジェラートの顔に免じてという方が大きいと思う。

 つまり、俺に対して何かをするのはジェラートが喜ぶからなのだ。

 とはいえ頼まれたからと他国に行ってまで俺の食事事情を整えようとしてくれたのはノノとユナの優しさだろう。

 俺はそこに感謝している。

 言ってしまえば何でも食べられないことはなかったが人間と同じで魔物にとっても食事は娯楽を伴う。退屈な一日の中で美味しい食事だけが楽しみとなる魔物さえ存在しているほどだ。


「そうそう、二人とも聞いてよ! さっきユキちゃんの部屋に呼びに行ったら姫様が居たんだけどメアちゃんが入った瞬間に顔を真っ赤にして逃げるように出ていったんだよ!」

「姫様は純情だからね」

「ユキも隅におけないな」

「待て、なぜ俺がジェラートに対して既に手を出したという意味合いで話が進んでいる。俺はジェラートと会話をしていただけでなにもしていないのだが?」

「やだなぁもう! メアちゃんが姫様からユキちゃんの匂いが強くしてるのに分からないわけないでしょ?」


 たしかにマーキングはしたが……。

 あれは自分の所有物を主張しているだけで既に交尾した後だという意味は特にない。

 何を勘違いしているのだろう。


「メア、後で覚えていろ」

「は~い♪」

「まあ、メア苛めるのもほどほどにな? それでこの辺りならあんたはどの食材なら問題なく食べられそうだ?」


 それから俺は三人と会話をしながら人間の食べるものを調べ自分に合うものを探していくのだった。



 ──皆が寝静まった頃。


「ユキちゃん」

「…………まだ起きていたのか」


 俺は城内に備え付けられた大書庫で調べものをしていたのだがきぃっ、と扉が開かれた音に気がついて入ってきた者を確認する。

 こんな夜分に起きている人間は少ないとは思ったがメアだ。

 メアならば半分かそれ以上か、いずれにしろ魔物としての本能が強いから昼夜問わず睡眠を取る時間は最小限でいい。ある意味では便利な体質をしている。

 だから物音に気がついて様子を見に来たんだろうか。


「俺が親衛隊長とやらを申し付けられるのは明日らしい。ジェラートが決めたことは翌日中に執り行われることが多いそうだな」

「時間がかかればかかるだけ大臣とかに否定させる隙を与えるからね。もちろん失敗は少ない方がいいから調べたりすることはあるけど最短で済ませてるよ」

「俺と同じか」


 メアは俺の読んでいる本を横から盗み見ようとする。

 内容など見なくても図や絵が書かれているから簡単に分かるものだろう。


「明日は粗相をしたくない。魔物という種族が人間にとって野蛮で品位を感じられない生物なのだとしても俺は誇りがある。この姿に産まれたことを誇っている。故に恥は晒したくない」

「うん、そうだね」

「まだ森で群れていた時に聞いた。俺の血族と思われる魔物と出会ったことがないと。要するに奴等にとっても俺は異形な存在であり、唯一無二の血脈を持った魔物らしい」

「私のいた組織でもユキちゃんの話は出てたよ。狼の性質を司る唯一の魔物だ、って」


 そう、か。

 魔物にも獣牙族や有鱗族のように区分があり、牙や爪が鋭く毛深いものを獣のようだからという理由で獣牙族と呼んでいるだけで似通った獣がいるわけではない。

 それこそ犬や狼、獅子などではなく普通に毛玉と呼ばれても仕方がない。

 つまり俺ほど形がはっきりしている獣牙族は珍しい。


「ただでさえ仲間に疎まれる。力だけで自己を主張してきた俺としては恥をかくことは屈辱だ」

「失敗したくないんだね?」

「ああ。人間は作法など面倒が多すぎる」

「それは姫様の前だからかな?」

「……………………」

「やっぱユキちゃんは変わってるよ」


 何が変わっているというのだ。

 元より俺は仲間に疎まれるだけの異形な魔物(イレギュラー)だったのだから守りたいものを魔物でいても、人間でいても俺自身が後悔することはない。

 ただ、俺が選んだ者であれば後悔はないのだ。

 自分の選択を後悔するというのは自分を否定することでありこの誇りを捨てるという意味だ。

 俺は誇りを捨てることができない。

 だから、今はあの雌を守ることを誇りだと感じていたい。


「立場が下だと忘れたのか。言葉遣いだけでは飽きたらず俺の考えにまで意見をするか」

「配下っていうのはそういものだよユキちゃん。意見もするし謀反することだってあれば嫉妬だってする」

「…………そういえば昼の続きがまだだったな」

「お昼の続き?」

「仕置きの話だ」


 俺が悪く見られる可能性もあるのにジェラートとの行為を過剰に盛った説明をしたことだ。

 それに配下だというなら…………謀反をするなら罰は必要だ。


「ユキちゃん……なにするの?」

「服を脱げ」

「姫様がいるのにそんなことしていいの?」

「勘違いをするな。お前は俺の大切な配下だ。そういえば怪我をしていないか確認するのを忘れていたと思いな……」


 メアはおずおずと制服を脱ぐ。

 やはり身体中に傷がある。雌だというのに戦いに明け暮れる雄よりも傷だらけの身体をしている。

 何より古傷のように痕になっているものが多い。


「ひにゃっ! ユ、ユキちゃんくすぐったいよ!」

「へんな声を出すな! このような古傷に効果があるか分からないが舐めておけば治るかもしれない。本来ならば傷を探して治しておけで終わりにするところだが…………特別だ。お前は俺を他の侍女と仲良くするために協力してくれたからな」


 怪我を治すためならジェラートも許してくれるだろう。



 ──翌日、謁見の間。


「此度、姫様より任命を授かる者は前へ出られよ」


 何とも面倒な言い回しだ。

 大臣が不在、代わりに執り行える者もいないからとローゼが代理をしているが仰々しい言葉には回りくどさしか感じられない。

 しかし、反抗と捉えられるわけにはいかないので大人しく前に出る。

 数歩離れた位置で片膝を突くと頭を下げて言葉を待つ。


「では姫様は任命を」

「辺境にも等しき森より訪れた新たな民よ。あなたの忠誠を、大切なものを守ろうという御心(みこころ)は正しきと信じます。よって、長らく不在とされたパラミナスタ親衛隊、隊長としてあなたを任命します」


 俺はジェラートから親衛隊長の証となる無駄に装飾が多く本当の戦いでは役に立ちそうもない剣を両手を差し出して受けとると鞘から抜きもう一度ジェラートに捧げるように両手で掲げて膝を突く。

 この後に俺の言わなければいけない言葉があった気がするが……。

 思い出せない。

 人間はまどろっこしい表現が多い。覚えるよりも先に言葉の意味を覚えなければいけないのが面倒なのだ。


「面倒だな」

「……ユキさん?」


 俺は剣を床の石膏に突き刺した。

 回りくどい儀式などに何の意味があるというのか。

 こんなもの、宣誓のみで十分だ。


「俺は、ユキはお前を万物から守り抜くと誓おう。これは俺なりの誓いだ」

「貴様は厳正な儀式をっ!」

「何も問題はないはずだ。本当にジェラートを守ろうとするならばこんな剣は役に立たない。俺はジェラートを守るためならばこの身を全て捧げる覚悟だ」

「ふふっ! ユキさんらしいですね」


 そうだろう、俺らしさは失ってはいけないだろう。

 お前を守る騎士となろうと俺は何も変わらずお前が気に入ってくれた俺でありたい。


「はぁ……仕方ないか。今後も姫様を御守りするんだぞ、ユキ」

「お前に言われなくても守る。それよりジェラート、腹が減ってはなんとやらと言うし何か食おう」

「姫様の食事の時間は決まっている! お前の匙加減で変えてもいいものではないんだぞ!」

「たまにはいいと思いますよ。それに、ユキさんの就任祝いだと思えばいいんですよ」

「姫様まで……」


 とは文句を言っていてもジェラートを可愛がっている侍女たちは彼女の言ったことを否定はしない。

 それに、俺が騎士として認められた日なのだ。

 そういう特別な日なのだから……。

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