三章ー幕間【境界の月】
お待たせしました。今回はツクヨミのが何をしているのかの話です。拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
この世界は人界・魔界・天界等の大きい空間が、幾つも同一空間内に位相違いで重なりあい、更にその中にも幾つも細かく空間が存在する多重構造となっている。
その故に、宇宙から見る地球の大きさのそのままでは無くその遥か何倍もの広さを誇り、また地球が含まれる太陽系銀河の全ても、この“世界”として含まれているのである。
そしてそれらの世界は位相が違えど、世界の最果ての向こう側へ行くと辿り着く事が出来る“真の最果て”と言われる世界がある
それはこの世界から、またはこの世界からの唯一の異世界との干渉点。
“破壊”された異界の欠片が融合する世界にして境界にしてこの世界の位相空間全ての最果てーーその場所は【無限世界】と呼ばれていた。
そして魔界で行われている、カオス・コンバット学園交流戦。
零牙率いるチーム・クラス・アルファ対セト率いるチーム・ワームウッドの試合の最中、この【無限世界】に零牙と冬華の祖母である凰月ツクヨミは赴いていた。
ーー・・・【無限世界】・融合境界線
フロンティアの中でも最果てーー融合境界線と呼ばれる地点にてーー凰月ツクヨミは、全長500メートルを誇る黒銀の全領域万能型魔導戦艦【月輪】と【月の軍団】を率いて、超規模の軍勢と交戦中であった。
この“世界の欠片”が流れ着き融け合う地である融合境界線は、この世界側は激しい戦闘か天災にでも見舞われたと思われる廃墟と化したビル群が乱立する都市の様な場所になっている。
一方その反対側の融合境界線を越えた先は、細波一つ立たず、宙に瞬く無数の星を反射する美しい海の様な大地が広がっており、そこは無数の異世界とこの世界を別つ、いわば狭間の空間でーー【鏡海】とこの世界では呼ばれていた。
そして融合境界線とは【鏡海】と【無限世界】を丁度分ける形で敷かれ、この世界が今なお拡張し続けていると言う証拠なのだ。
「・・・・・」
鏡海側からの侵入を阻む様に、黒銀の長い髪を靡かせ、特注の黒の専用スーツとコートの様な紋章入りの黒銀の陣羽織を纏う絶世の美女、凰月ツクヨミが立ち塞がっていた。
彼女は左手に、十文字槍とその反対側に大太刀が融合された特殊な刀である【天之尾羽張・月凰】を携え、眼下に屈した侵略者達を睥睨していた。
鏡海には無数の破壊された艦船や戦闘ドローンの残骸、そして無数の近未来的な鎧を纏った兵士達が斬り捨てられていた。
今回侵攻してきた侵略者の軍勢はーー総勢およそ1億5000万強。
その9割を、ツクヨミはたった2分で壊滅させた。
しかも魔力・刀の能力・権能等を使わず、身体能力と剣術だけでそれをやってのけたのだ。
殲滅するつもりではあるが、この程度の軍勢相手にツクヨミからすればそれだけで充分だった。
そしてあと残り1割も、今まさにツクヨミに挑んで叩き伏せられた所であった。
「ガハァ・・・ッ‼︎バ、馬鹿な・・・⁉︎この俺が・・・⁉︎【皇】たるこの俺が!【皇】でも無い異界の女にやられるなど・・・ッ‼︎そんな事、あるわけが無い・・・ッ‼︎原住民如きに・・・‼︎」
膝をついて荒く息を吐き、悪態を吐く様に近未来的な質感の鎧をきた粗暴そうな赤髪の男が、上空でこちらを見下ろすツクヨミを忌々しげに睨みながら言った。
男の側には、柄と鍔だけの剣が転がっていた。
そしてその男の他に、同じ【皇】が男女計10人侵攻して来たが、今は男と同じ様に所々で膝を突き、あるいはかろうじて立ち上がったり、ダメージが大き過ぎて回復に専念していたりと様々だった。
各【皇】の周囲には主君を守る様にして臣下や【皇妃】がいたが、彼等もダメージが大きく、主君と同じ様相だった。
ツクヨミは淡い笑みを浮かべた余裕の表情で敵対者を睥睨しているが、その眼は背筋が凍る様な冷徹な眼差しで、まるで全てを見透かしている様な【龍眼】で侵略者達を見ろしていた。
「これは我々より“上位クラス”の増援を呼ぶべきですね・・・!」
赤髪の男と同じ様な質感の戦闘スーツを来たメガネをかけた青い長髪の理知的な雰囲気の女が、ダメージの回復に努めながら誰に言うでも無く呟いた。
そんな女性の呟きに、赤髪の男は激怒する。
「増援だと⁉︎【皇】が10人で侵攻して、たかが一人に壊滅させられたから増援を送れって?他の【皇】に笑われるだろうが‼︎ふざけんじゃねぇ‼︎今すぐ俺があの女をぶっ殺してやるから、黙って援護しろ‼︎」
青い髪の女性ロードと他8名のロードは同じ意見だったが、赤髪の男は意地でも自分達だけでやるつもりだった。
青い髪の女性ロードが、増援を提案するのも無理も無かった。
何故なら10名の【皇】とその臣下・【皇妃】合わせて約1000人強は、ツクヨミのたった一振りで全員が甚大なダメージを被って叩き伏せられたのだ。
ーーチャキ・・・ブゥウン
赤髪の男が側に転がっていた柄と鍔だけの剣を右手に取って立ち上がり、鍔の発振器から大剣の如き赤いエネルギーの刃を発振した。
エネルギーの刃は、恐ろしく濃密かつ圧縮された魔力と重粒子が混合されたエネルギーで構成されており、その威力は手加減した一撃でも山を軽く吹き飛ばす程の威力を誇る高度なテクノロジーで作られた物だ。
「【皇】たるこの俺を高みから見下ろしやがって・・・今すぐ引き摺り下ろしてやるよ‼︎」
ーードゴォォ
赤髪の男は地面を蹴り、瞬時にツクヨミと同じ高度に跳躍し、大剣を上段に振り上げる。
ツクヨミは僅かに顔を上げて赤髪の男に視線を向ける。
「消えろ、雑魚がぁ‼︎」
男は更に能力の炎を大剣に纏わせ、振り下ろす。
(この斬撃は全長150キロを誇る宙間要塞級の戦艦すら、一撃で消し飛ばす。これで終わりだーー)
だがーー
ーーキィン‼︎
「な・・・⁉︎」
「この程度の【皇権】を纏わせた斬撃で消し飛ばせるなんて・・・余程脆い戦艦なんでしょうね。こっちの世界では欠陥品ね」
赤髪の男が絶対の自信を持って振り下ろした一撃を、ツクヨミは人差し指と中指で挟んで受け止めた。
しかもつい数瞬、男が思考した事を読んでいた様な口振りだった。
「何・・・⁉︎ーーガハァ⁉︎」
ーードスン‼︎
鈍く重い音を立てて、ツクヨミの蹴りが鎧をガラス細工を壊す様に男の鎧を砕きながら男の腹部に入った。
ツクヨミとしては軽い一撃だったが、その衝撃で男は地面まで高速で叩きつけられ、自身の得物から手を離してしまっていた。
ーードゴォォン‼︎
「カハ・・・ッ⁉︎」
男はダメージで一瞬視界がブラックアウトしかけるが、何かが風を切って向かってくる気配を感じて落ちかけた意識を持つ直し、飛んでくる“何か”を確認する。
「ーーッ‼︎」
それを確認した瞬間、男は反射的に身を捩って右側に転がりながら回避する。
ーーギィン‼︎
甲高い音を立ててつい寸前まで顔があった場所に突き刺さったのは、男の得物だった。
男が離した得物を、ツクヨミは2本の指で軽く投擲したのだ。
男の大剣型のエネルギーブレードが突き刺さった所から放射状に地割れが数キロ以上に渡って発生し、間を置かずに無数の星の様な瞬きが反射する【鏡海】の地面が砕けて抉れる。
「くッ・・・俺の得物で・・・‼︎」
自身の得物を軽く投擲しただけで、数キロ以上の破壊を成した事を憎々しげに突き刺さった自身の得物を見ながら感じているとーー
「ーーブレイズ‼︎」
「ーーッ‼︎」
名を呼ばれた男は、弾かれる様にツクヨミを見る。
ツクヨミは既に何の動作も見せておらず、変わりなく睥睨しながら優雅に滞空していた。
ーーゴォウウ‼︎
しかし男の前方からは、ツクヨミが放った不可視の剣圧がソニックブームを引き起こす速度で迫って来ているのを、“皇の感覚”で感知した。
「クソがッ‼︎」
ーーギィン‼︎
「ぐっ・・・‼︎」
男は側に突き刺さった自身の得物を引き抜き、ツクヨミの剣圧を防御するが、全く受け止めきれずに後方へと大きく弾かれた。
「自他共に認める耐久力を誇る彼が、こうも簡単に・・・」
緑色の髪をした青年が言った。
自身の剣撃で吹き飛ばされた男が、再び地面に叩きつけられたのを見たツクヨミが言う。
「ブレイズ?成る程、あなたはロード・オブ・ブレイズ。つまりは火属性の皇権を持つ【皇】」
「はっ、だから何だよ?その余裕ぶった澄まし顔、今すぐぶった斬ってやる・・・‼︎」
赤髪の男は、臣下もしくは【皇妃】と思わしき数人の女性から回復されながら言った。
「私に擦り傷一つ負わせられないと言う・・・ーーあら?本隊の御登場ね」
ツクヨミは空間の揺らぎを感知し、遠くの宙を見る。
「何だとーー」
男がそう言って背後を振り向くと、男の後方500キロ地点の空間に紫電が迸る。
やがてその紫電を食い破る様に空間を引き裂き、巨大な流線形の戦艦が率いる戦闘艦船が何百隻と、地平線を埋め尽くす勢いで出現した。
「おい、誰が増援なんて呼びやがった⁉︎」
男は憤慨して、他の【皇】を見渡しながら怒りの声を上げる。
「誰も呼んで無いっすよ!」
「多分、艦隊の全滅を探知して来たのでしょう・・・」
と軽い口調の少年と大人しそうな少女の別の二人の【皇】がそう言った直後ーー
ーー「情け無いぞ、貴様ら‼︎」
男の声がオープン回線で、鏡海全域に響き渡った。
増援艦隊を率いていた旗艦である流線形の“金色”の戦艦が、ツクヨミの前方200メートル地点の上空へと出て来た。
その地点はツクヨミと対峙する【皇】やその【皇妃】と臣下達が集まっている場所であり、金色の戦艦はその少し後方の上空で停止した。
やがてその甲板上に近未来的な鎧を纏った偉丈夫が、腕を組んだ仁王立ち姿で転移にて現れた。
全身鎧姿で現れた偉丈夫は、ツクヨミを品定めする様に見ながら感嘆する。
「ほう?新人共とは言え、貴様一人で【皇】10人と率いる艦隊を壊滅させ、しかも無傷とはーー成る程、【皇】に匹敵する力はある様だな。だがーー」
ーーガン‼︎
偉丈夫は右手に巨大な大斧を呼び出し、それを甲板上に突き立てた。
「我は違う。貴様がここまで相手にしたのは、それぞれ別世界出身の新人【皇】達ーー即ち覚醒間もない雛鳥共だ。しかし我は長きに渡り、【皇】として世界の最高戦力の一角を担って来たのだ。そして我が世界最新鋭の艦隊。最早貴様に勝ち目は無いと思うがいい!」
「へえ?少しは手応えがありそうね」
ツクヨミは無数の艦隊を前にしていながら、相変わらず少し不敵で余裕ある笑みを浮かべていた。
「その余裕も今のうちだ。貴様は次の攻勢で終わるのだ!さて新人共!貴様らは撤退しろ」
偉丈夫は、自身の戦艦の真下にいる新人の【皇】達に言った。
「なッ⁉︎冗談じゃねぇ、ここまでやられて引き下がれるかよ‼︎」
赤髪の男が、そう憤慨して言った。
「退がれ、これは命令だ。どの道、もう満足に戦えまい?新人は大人しく引っ込んでいろ」
「テメェ・・・‼︎」
偉丈夫の男は下に眼も向けずにそう言うと、赤髪の男は殺気を迸らせながら怒りの眼を向ける。
その視線に気付いている偉丈夫は、それを鼻で笑う。
「フン・・・おい、奴らを強制転移させろ。足手纏いだ」
偉丈夫が指示を出した直後、新人の【皇】とその【皇妃】・臣下達の足下に巨大な転移陣が展開された。
「な⁉︎おい‼︎まちやがーー」
赤髪の男が言い終わる前に、転移によって彼等は消えていった。
「全く、喧しい雑兵が・・・!これで漸く我の独壇場だ」
「成る程。新人を思っての事では無く、自分の戦場を汚されたく無いと言うわけね」
「当然だ、貴様ら原住民如きに遅れをとる我では無い。貴様を瞬殺した後、貴様らの世界を一夜にして制圧する。その完璧な侵攻プランを新人共に邪魔されるのは虫唾が走る‼︎」
ーーガン‼︎
偉丈夫は憤りを示すかの様に、大斧を甲板上に叩きつけた。
「さて・・・長々と喋ったが、そろそろ死んでもらうぞ!」
そう言って偉丈夫は、左手を天に向けて掲げる。
「さあ、貴様の最期の時だ!その眼に焼き付けるが良い‼︎我が皇権を‼︎」
偉丈夫から、膨大な魔力が立ち昇る。
「【イミテーション・オブ・フィクス】‼︎」
その瞬間、既に展開していた何百隻もの戦艦の砲台・砲門・発射官の全てが空中に投影される様に、宙を埋め尽くす程に連なって“全く同じ物”が無数に出現した。
「“複製と固定”・・・コピーアンドペースト、ね・・・」
「恐ろしいか?当然だ。これだけの砲口を向けられて、怯えぬ訳が無い!ましてやそれが、【皇権】による物であれば尚更だ!」
「・・・・・・」
しかしツクヨミは、目も眩むような無数の砲門が向けられても一切表情を変えず、不敵な笑みを浮かべて優計雅な立ち姿で滞空し、それを眺めているだけだった。
「では・・・消えるがいい‼︎ーー全軍、一斉掃射ぁ‼︎」
ーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼︎
複製された砲門と兵達から、ビーム・レーザー・実体弾・魔法等のありとあらゆる無数の砲火が隙間無く空間を埋め尽くし、ツクヨミへと殺到する。
「フ・・・驕りが過ぎる・・・」
無数の砲火や攻撃が、当たる直前にツクヨミは呆れ笑う様にそう呟いた。
ーードドドドドドドドドォォォン‼︎
無数の攻撃がツクヨミに着弾し、爆炎に次ぐ爆炎でツクヨミの姿は呑み込まれていった。
ーー攻撃は、念には念を入れるかのように十分以上は続けられ、一発でも大都市を焦土にする火力が計数十億発以上もツクヨミに向けて放たれていた。
世界を滅ぼして余りある総火力の流れ弾や余波により、ツクヨミの周囲の鏡海は瞬く間に破壊されていった。
「ーー全軍、攻撃中止‼︎」
偉丈夫の指示で、流星雨の様な弾幕がピタリと止んだ。
「さて、奴の死に様を確認するとしよう。最も、既に肉片一つも残っていまい」
ツクヨミがいるであろう地点は、凄まじい爆煙により視界ゼロの状態であった。
もちろんツクヨミの姿は、影も形も確認出来ない。
「艦のレーダーで探れ」
「了解!」
偉丈夫は軽く指示を出し、自分でも探るべく、“自分の力が及ぶ範囲であれば、視認する事なく詳細を把握出来る”【皇の感覚】を使った。
「・・・どう言う事だ、これは・・・?何かに遮断されているかの様に、感知が出来ぬだと・・・⁉︎あり得ん・・・!皇の感覚だぞ⁉︎これで探れぬ相手等・・・」
「わ、我が皇、アレを‼︎」
偉丈夫が動揺していると、近くの部下が前方を指して言った。
煙がようやく徐々に晴れて来て、その内部の状況がようやく顕になり始める。
そしてーー
煙の合間から、美しい黒銀の長い髪が靡く様が見え、そして笑みを浮かべる口元が見え、やがて銀灰色の【龍眼】が見えーー
「ふふ・・・・」
「ば、バカな・・・⁉︎あり、得ない・・・‼︎」
煙が完全に晴れてゆき、“全くの無傷”で滞空するツクヨミの姿がそこに在った。
「あら、もう終わり?」
ツクヨミは眼前に展開する艦隊を見渡しながら、事も無げに言った。
「あり得ん・・・!我が皇権で複製した一斉射だぞ⁉︎それを、無傷で・・・⁉︎・・・貴様、何をした⁉︎」
偉丈夫は、大斧の切先をツクヨミに突き付けながら言った。
「あら?【皇】のくせに、この程度の事も感知出来なかったの?覚醒して1000年程度の【皇】だと言うのに、いささか実力不足は否めないわね」
「貴様・・・!我を愚弄するか・・・‼︎」
挑発する様なツクヨミの言葉に、偉丈夫は魔力を滾らせながら怒りに肩を震わせる。
偉丈夫の魔力の重圧によって、彼の周囲の空間は“か細い振動”が発生する。
「あの女め・・・皇を挑発するなど愚かな・・・!」
「皇の魔力で空間が震えている・・・‼︎次の一撃で、確実に奴は死ぬぞ‼︎」
「バカめ!調子に乗りすぎだ‼︎」
偉丈夫の部下達は、ツクヨミを嘲る言葉を口々に言った。
さっきまで十分以上も続いた攻撃を、ツクヨミが無傷だった事を忘れたかの様にーー
「我の部下達の言う通りだ・・・!貴様は我を怒らせた・・・‼︎貴様がどんなトリックを使ったにせよ、所詮はまぐれに過ぎん・・・‼︎次の一撃で破片すら残さず消してくれる‼︎まぐれなど二度は無い‼︎」
ーーゴォウウ‼︎
偉丈夫の魔力が渦を巻いて立ち昇り、膨大な魔力を迸る大斧を一振りし、偉丈夫は中段に構えて突撃態勢を整えた。
「やれやれ・・・ならさっさと証明してみなさい。貴方の培った【皇】としての力を」
ツクヨミは、偉丈夫の空間を震わせる程の魔力を目の当たりにしても一切動じず、余裕そうな口ぶりで言った。
「【皇】でも無い貴様如きが・・・‼︎図に乗るな女ぁっ‼︎」
ーーガン‼︎
偉丈夫は戦艦の甲板を蹴り上げ、ツクヨミに向かって砲弾の如く猛然と空中を突撃した。
足場の戦艦は、偉丈夫が蹴り上げた際に大きく姿勢が傾く程の踏み込みだった。
ソニックブームを引き起こす程の速度で宙を駆けながら、偉丈夫の男は大斧を上段に振り上げ、更に魔力を収束する。
ツクヨミは高速で突撃してくる偉丈夫の男を、回避も防御も何の迎撃態勢を取らずにただ眺めていた。
(此奴・・・どこまで我を愚弄する気だ‼︎たがだか新人の【皇】を撃退した程度で思い上がりおって・・・‼︎だがーー)
「その思い上がり、後悔する間も無く消えるが良い‼︎」
偉丈夫の男は自身の間合いまで肉薄し、ツクヨミを眼下に捉えながら、更に魔力を滾らせた大斧を全力で振り下ろした。
偉丈夫の男が放つ一撃は、これまで対峙してきた自分より弱い相手を欠片すら残さずに消滅させ、自分よりも強い相手でさえも致命傷を負わせて来た絶対の自信を持った一撃だった。
確かに“この世界”で無ければ、偉丈夫が想定していた事になっていただろう。
だがーー
ーーキン‼︎
「ーーッ⁉︎」
そんな一撃でさえも、ツクヨミの前には無駄だった。
「フ・・・」
ツクヨミは絶大な威力を誇る偉丈夫の斬撃を、赤髪の男の斬撃と同じ様に“指2本”で受け止めた。
ツクヨミが受け止めた際に、大斧に蓄積した力が霧散する様に二人を中心に微風が凪いだ。
「ば、馬鹿・・・な⁉︎素手で・・・だと⁉︎」
偉丈夫は驚愕に目を見開き、目の前の事実を信じられずに唖然とした表情で、自分の大斧を見つめていた。
「あら、ぼんやりしていて良いのかしら?」
ーードス‼︎
「ガハッ・・・⁉︎」
ツクヨミは赤髪の男と同様に、偉丈夫にも反応出来ない程の速度で蹴りを入れ、突撃して来た軌道をなぞるかの様に蹴り飛ばした。
ーードォォォン‼︎
「グゥ・・・‼︎」
偉丈夫は自分の戦艦の甲板に蹴り戻され、甲板上に叩きつけられた。
偉丈夫は甲板上に膝を突き、呆気に取られた様子で呟く。
「馬鹿な・・・‼︎我がただの蹴りで、こんな・・・⁉︎」
蹴り飛ばされた際に容易く破壊された鎧の腹部を唖然と撫でる偉丈夫に、ツクヨミは告げる。
「さてーー“お前”たちの底は見えた。そろそろ終止符を打ちましょうか。ーーお前たちに視るべきものは無い」
視線を自分の腹部に下げていた偉丈夫が、その言葉にツクヨミを見上げ、その瞳に捉えた瞬間ーー
「ーーッ⁉︎」
見上げるまでは偉丈夫にも感知出来ていたツクヨミの存在が、瞬きの間のゼロコンマ秒もしない刹那の時に、まるで最初からそこにいなかったかの如くツクヨミの姿が消えており、その全てが感知出来なかった。
「な⁉︎奴は何処に⁉︎ーー・・・ッ⁉︎」
そう言った瞬間ーー偉丈夫の真横にツクヨミの姿があり、既にツクヨミは十文字槍と大太刀の複合兵装たる【天之尾羽張・月凰】を振るっており、偉丈夫は刃が届くまで数ミリという所でようやくその事に気付いたのだった。
ーー2分後
「ぐ・・・あ・・・・」
ーードスン‼︎
鎧も完全に破壊され、満身創痍の偉丈夫が最早鉄屑と言った様相の甲板上に倒れ伏した。
「ご苦労様。殲滅するつもりだったけど、児戯にも等しい程に手加減して上げたというのにこの様とは・・・やはりその程度だったわね」
ツクヨミは地に伏した偉丈夫を見下ろしながら、少し呆れる様に言った。
鏡海は再び、無数の艦船や戦闘ドローンの残骸で溢れかえり、激しい戦闘の痕跡が残されていた。
しかしその痕跡のほぼ全てが、偉丈夫が率いる艦隊の砲火の痕だった。
地面や味方であるはずの戦艦に残された痕跡は、まるで位置を捕捉できない敵を狙ったかの様にデタラメな迎撃の跡だった。
「あり・・・えぬ・・・!ぐ・・・ッ‼︎」
偉丈夫は力を振り絞って立ちあがろうとするが、致命傷寸前のダメージですぐに膝をついてしまった。
偉丈夫とその上空で滞空するツクヨミの周囲には、偉丈夫の【皇姫】や臣下が多数倒れ伏しており、全員が重傷だった。
ツクヨミはもちろん無傷だった。
美しいその姿には、汚れひとつ汗の一粒も浮かんでいなかった。
偉丈夫は側には突き刺さっていた自分の大斧を手に取りながら、戦闘を思い返す。
(クソ・・ッ‼︎どういう事だ・・・⁉︎この我が捉える事も・・・いやそれ以前に奴の動きの全てに“反応も認識”も出来なかった・・・)
偉丈夫は、ツクヨミを憎々しげに見上げる。
(しかもたった一振りで、艦隊の3割を撃沈させるなど・・・‼︎そして手加減していただと・・・⁉︎この女、一体どれだけの力を有しているのだ・・・?やはり何かのーー)
「貴様・・・一体何の権能を使った・・・?」
「・・・?あら、何の話しかしら?」
「そうでなければ説明が付かんだろう‼︎【皇】たるこの我が追い詰められるなど・・・ッ‼︎」
「ああ、成る程。私が何らかの能力を使っていた、と思っているのね。ーー・・・だから言っただろう?驕りが過ぎると」
ツクヨミは言葉の前半部分を苦笑しながら言い、最後の部分は一段低い冷たい声音で言った。
「な・・・っ⁉︎」
今までとは違う口調に、偉丈夫は驚愕の声を上げた。
「言っておくが、私は魔力も武器の能力はもちろん、権能すらもここまで“戦闘”で使っていない。まあ、おまえの皇権を使った砲撃には“空間断層”で対応したが・・・アレは能力を使用したと言うより、ゲームで例えるなら“パッシブ”と言うべき物」
ツクヨミは何でもないかの様に語った。
「何・・だと・・・⁉︎ならば全て貴様の・・・」
「ただの地力だ」
「・・・・・・・ハハハ。馬鹿な・・・【皇】でもない奴に・・・我は手も足も出なかったと言うのか・・・」
偉丈夫は俯いて、力無く笑いを漏らす。
「だから、言っただろう?ーー実力不足と」
「・・・・・・・ッ」
「さてーー」
ーージャキ・・・
「・・・ッ⁉︎」
俯く偉丈夫の喉元に、ツクヨミは【天之尾羽張・月凰】の十文字槍部分の穂先を突き付けた。
「殺せ・・・!命乞いなどせん・・・‼︎」
穂先で撫でる様に顎を上げさせられた偉丈夫は、万象を見透かす様なツクヨミの銀灰色の【龍眼】を、強気に見返しながら言った。
「いや・・・今回は見逃してやろう」
そう言ったツクヨミは武器を下げ、トンと軽く跳躍してそのまま偉丈夫を見下ろしながらゆっくりと上昇していく。
「貴様・・・!何のつもりだ・・・⁉︎」
偉丈夫が怪訝そうに問うと、ツクヨミは不敵な笑みを浮かべながら言う。
「別に見逃すつもりでは無い。ただーー私がここで見逃せばまた攻めてくるのだろう?ならばその時に、”糧“になって貰おうと思ったまでだ」
「糧だと?どう言う意味だ‼︎」
「またお前が侵攻して来るのであれば、じきに分かる。それが嫌なら大人しくしている事だ」
そう言ってツクヨミは、空間に溶け込む様に消えた。
「わ、我が皇よ・・・ご無事ですか?」
音声だけの通信回線が開き、偉丈夫の【皇姫】である女性の痛みに耐えながらも、偉丈夫を心配する声が耳に届く。
「・・・・・・・クソッ、撤退だ・・・‼︎残存兵力を集結させろ、急げ・・・‼︎」
「り、了解!」
ーードォン‼︎
回線が閉じた直後、やり場の無い屈辱感を払拭する様に地面を殴り付けた。
「・・・・・・・・・ッ」
その後、偉丈夫は残存兵力を率いて撤退していった。
ーー・・・融合境界線・【無限世界】
新たに融合中である廃墟都市の上空に、全長500メートル級の白金色を基調とした複雑な流線形の戦艦が布陣していた。
この戦艦の名は【ティタノマキア級三番艦・フィアー】、ギリシア神話の最高神・ゼウスの艦である。
「・・・・・・・」
その甲板上ーー偉丈夫の男が金色の長髪を靡かせ、腕を組みながら仁王立ちし、撤退の様子を注意深く眺めていた。
そうしているゼウスに、不意に何も無い空間から女性に声をかけられる。
「奴らは完全に撤退した様だな。ゼウス」
「姉上か・・・」
ゼウスの斜め後ろの何も無かった空間上に漆黒の霧が渦巻きながら収束し、女性の姿を形取る。
豊満な胸を押し込める様な灰色のチューブトップとミニスカートの様なお腹を大きく露出した軽装鎧に、その上から所々に裾がボロボロになった漆黒の外套を合わせた衣装を纏い、灰色の長い髪に碧眼の美女【ハーデス】が現れた。
「自分の艦で観ていたのでは無いのか?」
「フフ、最初はな。だがせっかく師の“虚識”を用いた戦闘を見られる機会なのだ。最前列に布陣したお前の艦は、絶好の特等席とも言える。ならばそこで見られる機会を逃す手はあるまい?」
ハーデスは、ゼウスの隣へと歩みよりながら言った。
「確かに。師であれば、大抵は“虚識”を使う必要がないからな」
ゼウスはそれに同意した。
ツクヨミの数多くの弟子である二人も“虚識”を教えられているが、まだ二人はその前段階の術理である“無識”までしか完璧には使いこなせない。
流石に神である二人ではあっても、究極の戦闘術理たる“虚識”を扱う領域には至れていなかった。
「だろう?我等も“シンギュラリティ”に至ったとは言え、師からすればまだまだだ。故に学べる機会を逸するなどあり得んよ」
「そうだな・・・我等も高みを目指さねばならんからな」
その会話を終えた二人は、鏡海の地平線へと視線を向けて警戒を続けた。
まだ侵攻は終わっていないのだ。
ーー・・・【月輪】・艦橋
「フゥ・・・」
ツクヨミは軽く息を吐いて、艦長席に脚を組みながら腰を下ろした。
「お疲れ様です。ツクヨミ様」
ツクヨミが座ると同時に、鮮やかな水色の長い髪の美女がすぐさまドリンクを差し出した。
「あら、ありがとう。西龍」
西龍はツクヨミがドリンクを受け取るとにこりと頷きながら下がり、一段下のステップで待機する。
「いやしかし、流石はツクヨミ様です!侵略者どもなど敵ではありませんな!」
逆立った赤い髪をした大男が、明るい口調で言った。
「やれやれ、君は本当に空気を読めないな。ツクヨミ様は戻って来たばかりなんだ。少しは時間を置かないか・・・」
メガネを掛けた緑色の髪の男が、呆れた口調でそう言った。
「フフ・・・別に構わないわよ?【南龍】。【東龍】が戦いたいのに待機を命じたのは私だもの。どの程度の強さだったか、遠回しに聞きたくなるのは当然よ」
そう言ったツクヨミは、手渡されたドリンクを飲んで一息をつく。
「さて、まだ此度の侵攻は終わっていないわよ?次はあなた達“四大龍”にも出てもらうわ」
「「はっ」」
「へへ、待ってました!早速ーー」
「はしゃぐな、東龍。下知を待て」
ようやく戦えると嬉しそうな東龍が最後まで言い終わる前に、厳格な声音で長い銀髪の女性がピシャリと制した。
銀髪の美女【北龍】は、姿勢正しく軍人の様な佇まいで待機していた。
「フフ、北龍の言う通りよ東龍。どうせすぐに・・・ーーほら、来た」
ツクヨミがそう言うと共にブリッジクルーの女性が報告する。
「境界線より、鏡海1万キロ地点に次元転移反応‼︎数およそ10万‼︎全て戦艦クラスと思われます‼︎」
「ええ、ありがとう」
そう言うとツクヨミは立ち上がり、四大龍達に命じる。
その瞬間ーー四大龍達は即座に跪いて首を垂れる。
「今回あなた達を連れて来たのは他でも無い。四大龍域の守護を命じて幾星霜・・・龍脈の九割の力は零牙に流しているが、たとえ残り一割と言えどもその力は莫大なものであり、あなた達四大龍は長年の守護によってその恩恵を受けている」
ツクヨミが話す間、四大龍達は頭を上げずに微動だにせずに聞いていた。
「よってあなた達の力は、既にシンギュラリティに匹敵するまでになっている筈。それを確かめる為に此度の防衛に連れて来たのよ。ーー行きなさい四大龍達よ。その力を存分に振るい、我等龍種の威を示せ!」
『イエス・マイ・ゴッデス‼︎』
四大龍達はそれぞれ、水・炎・風・氷に包まれてその場から転移していった。
その直後、最前線で巨大な龍達が顕現して侵略者の軍勢を蹴散らしていった。
「さて、試合の方はどうなったかしら」
ツクヨミは四大龍達が侵略者を殲滅していく様を、“感じ”ながら肘掛けのコンソールを慣れた手つきで操作し、モニターに別位相で行われているカオス・コンバットの中継映像を呼び出した。
「フフ・・・流石は我が孫。“遺産のデッドコピー”など敵では無いわね」
ツクヨミは、零牙に一切ダメージを与えられずに四苦八苦するセトを確認し、さも当然の結果に笑みを溢した。
「さて、次は蒼き皇帝ね。見せて貰うわよ?“零の皇妃”になり得る可能性を・・・」
ツクヨミは画面を目の前に空中表示させ、画面に映る少女を見ながら独りごちた。
その画面に映し出されているのは、仄暗くも煌めく蒼い髪の魔族の少女【シリウス・K・ベリアル】だった。
ーー・・・三章ー幕間【境界の月】・終
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