二章ー八節【黒き皇の神殺し】後編
ーー・・・
零牙は、ヴァルハラを破壊した後、ティウダンス直上の上空へと駆け上がった。
そして駆け上がった直後、ティウダンスは艦をほぼ垂直にし、艦首からテュール砲を展開してチャージを開始した。
「流石に怒り心頭か?対応が速い」
零牙はその場で滞空し、その様子を冷静に見ていた。
テュール砲に莫大な魔力の充填が完了した事を、感覚で察知した零牙は、左手に持つ【天羽々斬・皇】に少し魔力を込める。
少量の魔力だが、極めて濃密な魔力を注がれた【皇】の刀身が、輪郭に沿って漆黒に輝いた。
零牙は、テュール砲が発射された際に【皇】の能力で有る【空間切断】を使用して、発射された莫大な収束エネルギーごと両断するつもりだった。
だがーー
ーーダゥン‼︎
「・・・‼︎」
遠くの方から重い銃撃音が零牙の耳に届いた瞬間、ティウダンスが展開したテュール砲の砲身を、亜高速で飛来した魔力弾が貫いた。
艦首の砲身を貫かれたティウダンスの船体が傾き、砲口に充填された魔力が行き場を失い霧散していく。
「狙撃・・・⁉︎この魔力・・・ブリュンヒルデさんか!」
(・・・零牙!)
「ああ。この気は逃さない!一気に距離を詰める!」
零牙は光翼の出力を上げ超加速をかけ、ティウダンス目掛けて超高速で一気に急降下した。
ーー・・・
ティウダンスの艦橋では、ブリュンヒルデの狙撃により、慌ただしくダメージコントロールをしている最中、テュールが苛立ちに満ちた声を上げる。
「クソッ!我が砲の損害は⁉︎」
「チャージ完了寸前に攻撃を受けた為、砲身の損傷が著しく修復にはかなりの時間を要します・・・!」
「全員を総動員してでも修復をーー」
「ーー‼︎直上より敵性体、急速接近‼︎」
「何⁉︎」
ティウダンスを中心に示される立体レーダー上に、敵性を示す赤い光点が、超高速で真上から速度を落とさずに接近しつつあった。
「こ、これは・・・この速度は!ちょ、直撃します‼︎」
「と、特攻・・・ーー」
テュールが立ち上がって、そう言いかけたその時ーー
ーードォォォォォォォン!
凄まじい衝撃がティウダンスを襲い、上空に艦首・テュール砲を向け、九十度近く上に傾いていた船体が、甲板に何かが激突した為、“強制的”に水平に戻された。
船体を予想外に水平に戻された為、艦橋のほぼ全員が床に叩きつけられた。
テュールも叩きつけられはしなかったが、辛うじて床に膝をつくだけに留まっていた。
「何だ、今の衝撃は?オイ、状況を知らせろ!」
「は、は。た、直ちに・・・」
しかしーーテュール以外は、床や壁に叩きつけられた為、負傷した者を少なく無かった。
「これは!テュール様、敵がこの艦に着艦しています‼︎」
「何だと⁉︎ならさっきのは特攻では無かったと言うのか⁉︎敵の姿は?何処にいる‼︎スクリーンに出せ‼︎」
程なく、スクリーンに敵が着艦した場所ーーティウダンスの甲板が映し出された。
「あ、あれは・・・!あの黒い鎧・・・。スクル・・・裏切り者が言っていた・・・」
スクリーンに出すより前に、先に確認していたブリッジクルーが呟いた。
甲板に立っていたのは、漆黒の龍鎧を纏い、漆黒の光翼を拡げた“黒い龍”。
テュールも、スクルドが言っていた“今日、自分を殺す者”の名に真っ先に該当するその姿をはっきりと確認して、その名を呟く。
「・・・黒き・・・皇か?」
”黒き皇“は、総てを睥睨する龍の眼で画面越しにテュールを見据えていた。
ーー・・・
衝突する様に着地し、強制的に水平へと船体を戻したティウダンスの甲板上にて、零牙は直衛に就いていた多数の神兵と対峙していた。
神兵達は、いつでも攻撃出来る様に武器を向けながら
零牙の前面180度に展開する。
「下賤な輩め・・・!テュール様の玉座たるこの艦に土足で踏み入るその不敬。死をもって償うがいい!」
その場の神兵達の指揮官と思わしき者が、そう言い放って右手を挙げ、号令をかけようとしたその時ーー
「・・・待て」
『・・・‼︎』
甲板に現れた男が、それを制した。
豪華な装飾が施された衣服に身を包んだその男・テュールは、零牙を暫し見定める様に眺めた後、鼻で笑う。
「フン・・・。どれ程の者かと思ったが。こうして直接見えてみればなんの事はない、“魔力に乏しい”ただの蛮族の小僧では無いか」
テュールは、零牙の魔力総量を感知して見下す様に言った。
「・・・・」
(ほう?成る程・・・)
零牙は何も答えず、内から見ているサイファスは何か納得した様にそう思った。
「まあ良い。此処まで辿り着いたその無謀さと、散々我が眼前にて羽虫の如く煩くした報いにーーこの私が手ずから葬ってくれよう」
テュールは、神兵達よりも前に出ながらそう言い放った。
「て、テュール様自らがお手を煩わせなくとも、ここは我々がーー」
「構わぬ。身の程知らずにもこの最高神・テュールを前にして、愚かしいにも平伏せずに挑んできたのだ。ならば逆賊どもへの見せしめも兼ねて、ここらで格の違いを教えてやるのも良いだろう?」
『おおっ‼︎』
神兵達から歓喜の声が上がった。
「成る程、流石はテュール様!真なる最高神の威光を知らしめるのですね?」
「そう言う事だ、お前達は下がっていろ」
『ハ!』
そんなやり取りをテュールと神兵達が繰り広げていた時、零牙とサイファスはーー
「・・・・」
(・・・・)
無言で呆れていた。
懐まで入り込まれ、散々自陣で暴れられたにも関わらず相手を侮るこの発言、呆れざるを得なかった。
「さてーー褒美だ小僧。最高神の威光を目に焼き付けるが良い!」
テュールの魔力が急激に膨れ上がっていく。
「我は北欧の絶対神。世界に示すは最高神が威光」
テュールやロキと違い、解放するだけで環境に影響を及ぼす程の魔力では無いが、それでも神クラスと言える程の魔力がテュールより溢れ出す。
「我が統べるは、絶対なる勝利。絶対無二、完全不変の神威となりて・・・我が唯一無二の勝利は顕現せん‼︎」
周囲に溢れ出した“金色”の魔力がテュールにまとわりつく様に渦を成し、包み込んでいく。
「トゥルーゴッド・オブ・テュール‼︎」
纏わりつく金色の渦が、一気にテュールに収束して、テュールは神の鎧を纏った。
まず、鎧の各部外見的特徴よりも真っ先に目に写るのが、その彩色ーー”黄金“で有る。
テュールの全身に纏った鎧は、その一切の鎧の色が周囲の景色を装甲に映し出さんばかりに、磨き上げられた輝きを放つ黄金に染め上げられ、周囲の光景を鏡の様に装甲に反射する。
しかしその装甲色には、最適化の中で自然に組み上がった物では無く、何処か”手を加えられた“印象を感じさせた。
鎧の全体的な形状は、何処となくテュール軍に所属するヴァルキリー達が纏うクラフティにそっくりな男性型の少しがっしりとした流線型の装甲を持ち、背中には赤いマントを備え、ヘルムは冠をかぶっている様な形状をしたテュールの【起源顕鎧】ーー【不変にして無二の勝利をもたらす神鎧】。
「これこそ、我が威光を知らしめる絶対なる力の権化。真なる最高神に相応しきオリジンで有る‼︎そしてーー出でよ、我が神剣よ!」
テュールは右手を天に翳すとルーン魔法陣が展開し、そこから出現した黄金色に輝く剣の柄を掴んで一気に引き抜き、自身の得物の全身を顕にした。
全ての部位が眩いばかりの黄金に輝き、過度な装飾と刀身の腹にテュールを意味するルーン文字を施された長剣。
「我が名を冠せし、不変にして絶対なる勝利をもたらす剣ーー【神剣・ソード・オブ・テュール】‼︎貴様の刀も、我が剣の前では唯の棒切れでしか無い!」
テュールは、零牙に剣の切っ先を向けて言い放つ。
「・・・・」
零牙は、特に返事を返さず無言で静かに眺める。
「どうやら、最高神の威光と力を前に恐怖で言葉も発せぬか?無理も無い。だが安心するが良い。貴様如きにこの私が出るまでも無いが、わざわざ直接手を下してやるのだ。その栄誉に打ち震えながら死ぬが良い」
テュールは、ゆっくりと長剣を片手で中段に構える。
だがーー零牙は、もちろん恐怖した訳では無い。
ただ、仕掛けるタイミングと相手の力を黙って測っていただけだ。
そしてーー
「では行くぞ。一撃で貴様を葬っーー‼︎」
ーーガァン‼︎
「ーーグハッ⁉︎」
良い終わり前に、一瞬でその場から急加速して距離を詰めた零牙が、テュールの腹部に右脚で蹴りを入れた。
「テュール様⁉︎」
全く反応出来なかったテュールは、そのままヴァルハラ・ゲートの残骸を超え、その後ろの格納庫の通じる大扉にまで、オリジンにより強化された零牙の膂力によって蹴飛ばされた。
零牙の蹴りは、蹴りに入ったテュールのオリジンの腹部部分の装甲に、今にも砕けそうな程のヒビが入る威力だったがーー
「・・・チィ‼︎」
「浅いか・・・!」
格納庫の扉が凹む程に叩きつけられたテュールだったが、すかさず鎧の損傷部を修復した。
「ッ・・・!」
修復を始めた瞬間に、間髪入れずに瞬時に距離を詰めた零牙の袈裟斬りを、テュールは真横に自身の戦艦から飛び出す事で回避した。
斬り裂かれた扉が、小さな爆発を起こし爆風が零牙の姿を見えなくした。
自身のオリジンに備わった飛行能力で飛び出したテュールは、戦艦の方を振り返る。
「おのれ・・・!この私の反応が遅れるだと⁉︎ーーッ‼︎」
甲板に立ち込めた爆風を引き裂き、零牙が残像を撒き散らす超高速機動で飛び出した。
すぐさま、テュールの至近に距離を詰めた零牙が、長刀を振り下ろし、テュールに斬りかかる。
ーーギィン!
「小僧が、調子に乗るな・・・!」
「・・・・」
今度は自身の長剣で防御したテュールは少しの鍔迫りの後、零牙の刃を弾く。
刃を弾かれた零牙は、即座に流れる様に横薙ぎの斬撃を放つ。
ーーギィン‼︎
少し遅れて、振り下ろす斬撃を放ったテュールの長剣と、零牙の刀が斬り結び、“人工的に作られた神剣“と”本物“たる天の龍刃がぶつかり合い、周囲に衝撃波が散らされた。
ーー・・・全領域万能型魔導戦艦【月輪】・艦橋
艦橋では、空中に投影されたスクリーンに、零牙とテュールの戦闘が映し出され、全員その様子を静観していた。
「始まりましたね・・・」
「ええ、そうね」
ツクヨミの側に控える女性将校がそう言い、それに脚を組んで見守るツクヨミは、静かに答える。
「とは言え、結果は分かりきっている」
「しかし・・・相手は腐っても神クラス。いくら零牙様であろうと力を制限された状態では、少々厳しいのでは無いでしょうか?」
「まあ、”ちゃんと“研鑽と実戦を積んで来た神クラスが相手だったならば、多少は苦戦したでしょうね。だがーー」
ツクヨミは、神クラスとしてかなり“鈍い”動きで戦闘を行うテュールに視線を向ける。
画面上では、テュールが零牙の残像と機動性に翻弄され、決定的な攻撃自体は防衛本能によるものか辛うじて食らっていないが、攻撃しようとしては防御に切り替えては遅れて防ぐを繰り返していた。
「最高神の地位に執着し謀を巡らすばかりか、自分の権能に胡座を掻いて戦闘も人任せで、碌に実戦も研鑽も積んで来なかった堕神如きではーー零牙の足下にも及ばない」
ツクヨミは、目を細めながら冷徹にそう言った。
「では奴は、強力な権能を持っているのですか?自らを高める事を怠る程の・・・」
「奴の権能は、“自分の戦闘能力の半分に当たる力を全体に与えて強化する”と言う使い方次第では強力な物。しかし奴は、その権能を“搾取”と言う間違った使い方しかしていない。そんな程度では、最高神を・・・ましてや神を名乗るなど烏滸がましいにも程がある。“最初から”零牙に敵う道理など微塵も無い」
ーー・・・
零牙とテュールは、テュール軍本陣を縦横無尽に駆け巡りながら戦闘の最中にあった。
ーーギィン‼︎
「・・・調子に乗るなぁ‼︎」
零牙の斬撃を辛うじて防いだテュールが、得物を持たない左手を零牙に向けルーン魔法陣を展開し、中型の火球を放つ。
零牙は、弾かれる様に後方へと滑る様に距離を取り、放たれた火球を躱す。
そのままテュールは、火球を連射し続ける。
放たれる火球を、零牙は油断無くテュールを見据えながら最小限の機動で躱し、正確に斬り払う。
「おのれ・・・火が効かぬと言うのならば、氷であればどうだ!」
火球が効果薄と見たテュールが、左手に展開している火のルーン魔法陣を、氷のルーン魔法陣に変換する。
だがーー
「・・・・遅い」
ーーブォォォォ!
魔法陣の属性を切り替える一瞬の隙に、零牙は超加速をかけてテュールに急接近し、勢いを乗せた斬撃を放った。
ーーギィン‼︎
「ぐぅッ・・・!」
魔法陣の属性を切り替えるのに意識を向けた一瞬を狙われたテュールは反応が遅れ、辛うじて斬撃を防御するも大きく後方へと弾き飛ばされる。
ーードォン!
「グハッ⁉︎」
勢いよく飛ばされたテュールは、航行していた戦艦の側面にめり込む程に背中から叩きつけられた。
「おのれ・・・!一度ならず二度までもこの私がーーッ⁉︎チィ・・・!」
叩きつけられた状態から立て直す隙すら与えず、零牙は瞬時に距離を詰めて、横薙ぎの斬撃を放つ。
ーーザン!
「く・・・!」
テュールは、少し焦りを感じさせる動きで真横に飛行して零牙の斬撃を寸前で回避した。
ーードォォォォォォォン‼︎
大きく斬り裂かれた戦艦が爆発し、零牙はその直前に大きくバレルロールする様に身を翻し、爆発を回避してテュールを追う。
零牙の斬撃を回避したテュールは、近くを航行していた戦艦の甲板に降り立たった。
「テュール様!」
甲板に出ていた神兵が、テュールに声をかけた。
自分を援護する為に多数の神兵が甲板にいる事に気付いたテュールは、“手出し無用”と言った先の言葉も忘れて攻撃を命じる。
「総員、奴を撃ち落とせ‼︎私を援護しろ‼︎」
『ハッ‼︎』
ーーダダダダダダダダダ
兵士達もそれにすぐさま従い、ルーンライフルによる射撃を開始し、超高速の残像機動で急速接近する零牙に対して戦艦の砲撃も合わせた弾幕を張った。
零牙は弾幕を、超高速の残像機動で躱し続けながらサイファスと会話する。
(しかし、散々こき下ろして一撃で終わらせると言っていた割にこの体たらくとは・・・)
「ああ。それに魔力は神クラス相応だが、動きが遅い。それにさっきから、至って普通の攻撃とルーン魔術だけだ。権能を使う様子が無い。正直ーー)
(軽い、か?当然だろう。ここまでの応酬で気付いただろう?奴が“まともな実戦”は久しぶりだと言う事に)
零牙達にミサイル群が迫る。
内でサイファスと会話しつつも、零牙は飛んで来たミサイルの一つを斬り払い、後続のミサイル群を誘爆させた。
(ああ。まさか1500年ーーいや、それ以上の年月も自分でまともに戦闘をしてこなかったなんて、ブランクがあるなんてものじゃ無いな)
(ならばこそ、幼少より次元の違う実力を誇る神々と、修行という名の模擬戦をして来たお前が負ける道理は無い。それに奴を討てば、この戦は終着だ。あの程度の力しか無いのであれば、“権能”がどんなものであろうが問題にはならないだろう)
零牙は、テュールが降り立った戦艦の周囲を旋回しながらテュールを視ていたが、相変わらずテュールはルーン魔術による遠距離攻撃か、周囲の兵士から渡されたルーン・ライフルでの射撃でしか攻撃してこなかった。
“手を出すな”と言う自分の指示も忘れたかの様に、自身の軍勢に再攻撃を命じ、相変わらず特に大技を繰り出す気配も無かった。
(ああ、終止符を打とう)
零牙は、テュールが降り立った戦艦に右手を翳した。
「【グラビティ・バインド】・・・!」
戦艦の周囲が局所的に薄暗くなり、その空間の重力が零牙によって制御され、テュールも含めた戦艦に乗艦する者たちに、上から押さえつける様な超高重力が発生して身動きが取れなくなり、影響範囲内の者達は皆一様に膝をつくか、強制的に地に伏せさせられ、莫大な推力を誇る魔導戦艦ですら高度を下げさせられていく。
「・・・ぐ・・・ぁ・・・!」
「・・・身体が、重い・・・⁉︎」
「・・・馬鹿な・・・⁉︎重力、制御・・・だと⁉︎」
神兵達の動きは完全に封じられ、オリジンをその身に纏うテュールも片膝で辛うじて耐えてはいるが、身動きを封じられていた。
「奴め・・・!今まで本気では無かったと言うのか・・・⁉︎この私がこんな・・・ーーッ⁉︎」
テュールが零牙に視線を向けると、零牙が超加速をかけ残像を撒き散らしながら、此方に突撃をかけたのが確認できた。
「ええい、蛮族如きに・・・‼︎」
テュールのオリジンの装甲にルーン文字が浮かび上がり、次の瞬間ーーテュールの足元に転移魔法陣が展開された。
零牙がすれ違い様に、超高速で戦艦を真一文字に両断するのと同時に、甲板からテュールの姿が消えた。
ーードォォォォォォォン‼︎
テュールが転移した数瞬後、両断された戦艦が大爆発を起こし、それと同時に局所的な重力異常が消えた。
「逃げたか・・・?いや・・・短距離転移か」
その場で振り返ると、先程まで戦艦があった場所から少し離れた所に転移魔法陣が展開され、テュールが出現した。
(成る程。あらかじめオリジンに術式を組み込んでいたのか。まあ、短距離であればそう難しくは無いからな。だが、その程度の距離を転移した所でーー)
「ああ。捉える事など造作も無い」
零牙は身を翻し、超高速でテュールに向けて突撃しながら、左手に持つ天羽々斬【皇】で”空間“を斬り裂いた。
「まさか、下等な蛮族如きに緊急時の術式を使う事になるとは・・・!とは言え、奴の力が重力操作能力である以上、抵抗術式をーー」
長い年月、まともな実戦をしてこなかったテュールではあるが、それでも神クラスとしての基本的な能力は、かなり衰えてはいるが備わっていた。
「・・・ッ‼︎」
そして、衰えていたものの本能的な感知により、”背後“からの殺気に気付き、研ぎ澄まされた斬撃を辛うじて回避した。
斬撃を回避したテュールは、その場から距離を取る。
そして振り返ったテュールは、その斬撃が背後に現れた零牙によるものだと確認すると驚愕の声を上げた。
「馬鹿な⁉︎背後だと⁉︎この私が気付く事なく、後ろをとられたというのか・・・⁉︎」
距離をとったテュールに高速で追い縋り、零牙が横薙ぎの斬撃を放つ。
ーーギン!ギィン‼︎
「・・・馬鹿な⁉︎」
テュールはすかさず長剣で受け止める。
だが戦端が開かれてからここ至るまで、休むこと無く戦闘継続する為のいわゆる省エネ状態から、完全に敵を滅ぼす為の全力戦闘状態に切り替えた零牙の斬撃は、自らを高める事を怠り、もはや追い詰められるだけのテュールには到底受け止め切れない威力を誇り、大きく弾き飛ばされた。
「くっ・・・!おのれ・・・!」
テュールは空中で体勢を立て直し、飛ばされた勢いのままに零牙から距離を離す為、高速で後退しつつ左手からルーン魔術による火球や鋭利な氷柱で、自身を追う零牙に連続で放つ。
テュールにとっては攻撃のつもりであったが、零牙からしてみれば牽制にすらならずに、放たれた火球や氷柱を容易く斬り払い、ジグザグにステップする様な残像機動によって躱し、テュールとの距離を詰める。
「く、蛮族如きが調子に・・・!」
テュールの眼前にまで距離を詰めた零牙は、長刀を振り上げる。
その間にもテュールは長剣で防御を取りながら、左手でルーン魔術を連射する。
そもそもテュールが会得しているのが初歩的な攻撃術式でしかない為、幾ら神クラスの魔力で放たれようが、皇たる龍のオリジンの装甲の前では威力に乏しく、零牙の漆黒の装甲には全く損傷を与えられずに虚しく霧散していく。
そしてーー
「・・・左を貰うぞ」
零牙のその一言と共に、袈裟懸けに長刀が振り下ろされた。
ーーザシュン‼︎
「・・・な、に・・・⁉︎」
振り下ろされた一刀は、防御したテュールの神剣の刀身を両断し、直前までルーン魔術を連射していた左腕を、天羽々斬【皇】の能力である【空間切断】を使わずとも、本来同等ランクの攻撃で無ければ損傷を与える事すら困難な程、極めて強力な防御能力を誇る神クラスのオリジンの装甲ごと容易く“肩口”から斬り落とした。
しかし、零牙はそれだけ攻撃の手を緩める程甘くは無く、返す刀で右薙の斬撃で追撃の一閃を放つ。
「ぐっ・・・!お、おのれ・・・!」
左腕を奪われながらも、流石のテュールもその場で反撃する様なことはせず、動きに相当な焦りを滲ませながら距離を取り回避する事だけに専念して、急速に後退しながら追撃の一刀を寸前で躱した。
“一切”の躊躇を感じさせない戦闘を行う零牙の次の動きを見逃すまいとするテュールは、視線を離さずに高速で後退しつつ左肩をルーンで治療する。
「馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!こんな事、あってはならぬ‼︎最高神たるこの私のオリジンを容易くーーッ⁉︎」
テュールは、相当焦りを感じせる口調でそう言う最中、零牙が自身に向けて右手を翳すのを確認した。
右手と共に向けられるのは、背筋に寒気が走る程冷徹な剣気と殺気。
自分から急速に距離を離すテュールを、即座に追う事はせずに、零牙はその場でテュールの周囲に向けて右手を翳す。
「【グラビティ・コラプス】・・・!」
テュールの周囲の重力が零牙とサイファスの“龍の力”により空間を歪めながら増幅・収束し、小型の重力球がテュールを囲む様に、10個以上同時に生成された。
「・・・ッ⁉︎これは・・・!(二年前に報告のあった物か・・・⁉︎当時は気にも留めなかったがーーこれは、危険だ・・・‼逃げーー)」
本能的な危険を感じたテュールがその場より離れようとするが、既に重力球による包囲が完成している状況では、その場からの離脱は困難であった。
「ーーッ‼︎馬鹿な・・・逃げる?この私が?蛮族如きの攻撃に臆して?いや、否!断じて、否だ‼︎この程度の攻撃など苦にもならんッ‼︎」
一瞬頭をよぎった逃げるというか考えを、最高神であると言う矜持から振り払い、最初に目に付いた一番近くの重力球に、刀身を半分喪失した長剣で斬りかかった。
ーーシュウゥ‼︎
「・・・ッ⁉︎」
しかし、テュールの斬撃が当たるか当たらないかの寸前で、重力球が周囲の空間を瞬時に引き込みながら圧縮し、それに伴いテュールも重力球の至近へと強制的に引き込まれる。
テュールが引き込まれた次の瞬間ーー
ーーゴォン‼︎
重力球を中心とした小規模な漆黒の爆発が、テュールにほぼゼロ距離で炸裂する。
「ぐぉぉぉぉぉ・・・っ‼︎」
テュールが斬りかかった重力球の爆発に呼応して連鎖的に、零牙が生成した全ての重力球が先に爆発を起こした重力球に引き寄せられながら、同様の圧縮現象を起こして10個以上の重力球が引き起こす漆黒の爆発がテュールを包み込み、空間そのものを揺らす程の凄まじい爆風が周囲に伝播した。
本来、重力崩壊に伴う超新星爆発は白色なのだが、零牙の魔力による物かその爆発色は、“漆黒”であった。
やがて爆発が収まっていき、漆黒の爆発に包まれていたテュールが姿を現した。
「ハァ・・・・ハァ・・・・ハァ・・・お、おのれ・・・!」
テュールは肩で荒い息つがいをし、纏う黄金のオリジンは、所々装甲が完全に砕けて生身が露出しており、砕けていない箇所もひび割れと変形が酷く、今にも砕けそうであった。
零牙の使用した【グラビティ・コラプス】は、零牙達からすれば“小技”であり、超新星爆発を直接ぶつける関係上、本来ならテュールの周囲だけで爆発範囲が済むわけはないが、零牙とサイファスの類稀なる魔力制御によって影響範囲を最小限に、未だ9つある“枷”により威力は比べるべくも無く、本来の技の威力と範囲は大きく下がっていた。
それでも、オリジンを破壊寸前まで追い込む威力と対処の困難さを有していた。
「馬鹿な・・・あり得ぬ・・・!あり得るはずが無い・・・‼︎最高神たるこの私が、下等な蛮族如きにこんな・・・!」
テュールは、破壊寸前のオリジンを必死に修復しながら零牙を睨み、そう言った。
零牙はテュールの前方で静かに滞空し、少し様子を見ていた。
テュールは、もはやオリジンの修復と自分の治癒に手一杯で、先程の攻撃で更に刀身の短くなった長剣構える事すら出来なかった。
(これで、終わりだな。まあ魔力だけは相応だったが、神を名乗るには実力が足りなかったな)
「ああ、もはや観るべきものは無い。トドメを刺そう」
零牙は、そう言って長刀の切っ先をテュールに向ける。
そしてトドメを刺すべく光翼の出力を上げ、突撃しようとしたその時ーー
「・・・クソっ‼︎」
「・・・!」
テュールが突然そう言って背中を見せながら猛然と後退を開始した。
(今更撤退か?だがーー)
「ああ。逃がさん」
零牙はその場で超加速をかけて、テュールを追う。
全力で自分の艦に撤退するテュールだが、そもそも高速飛行が得意な龍鎧が相手では分が悪く、虚をつく様に撤退して稼いだ距離も一瞬で縮められた。
「クソっ・・・‼︎この私が蛮族如きに撤退を選択するとは・・・!だが、これは断じて敗北では無い!戦略的撤退だ。直ぐに回復して奴を引き裂いーー」
ーーバシュウン!
テュールは、驚愕しながら自分の脚を見る。
「何・・・だと⁉︎」
テュールが独り言い終わる前に、テュールの右脚を超長距離から放たれた一条のビームが射抜き、オリジンごと消し飛ばした。
「狙撃⁉︎だが、この射角はーー」
テュールを追っていた零牙は急停止して、ビームが飛んで来た方角に視線を向ける。
(ああ。この方角は、アスガルド正規軍からだな)
ーー・・・アスガルド正規軍・本陣
ヴァルハラ・オリジンの船首部分から、長大な砲身を持つランチャーを両手で構え、今まさに片膝をついた体勢で狙撃を終えた長い白髪の少女がスコープから眼を離し、煙が棚引くランチャーの砲口を上にする様に抱える。
「・・・往生際が悪いんだよ。さっさと滅びろ・・・!」
いきなり自身の右脚を吹き飛ばされ、驚愕しつつも尚撤退の姿勢を見せるテュールに少し怒りを滲ませながら、その少女・シグトゥナは呟いた。
「凄い・・・‼︎此処からテュール軍本陣まで、少なく見積もっても数百キロ以上はあると言うのに、容易くテュールを狙い撃つとは・・・!」
「ええ。しかも、射線上・着弾地点に敵対者のみに作用する広範囲の感知妨害まで・・・!目覚められたばかりだと言うのに、流石はヘイムダル様から【ギャラルホルン】を受け継いだ御息女・シグトゥナ様だ・・・‼︎」
シグトゥナ(十八歳)はテュールが計画したラグナロクの後、最近まで魔法による眠りのついていた。
これは、長年ヘイムダルの代わりに自分に仕える神クラスを探していたテュールから、ヘイムダルの娘たるシグトゥナの存在を隠す為と、そしてもう一つは、【神砲・ギャラルホルン】を完全に自身の顕現装具にする為にあった。
その甲斐あってか、ギャラルホルンはその形と機能を完全にシグトゥナに最適化し、当時よりも凄まじい超長距離・広範囲攻撃を併せ持つ砲狙撃能力と敵味方識別の超広範囲感知妨害能力を発揮する、重粒子圧縮砲へと変化していた。
「後は、彼に任せても大丈夫なんですよね?オーディン様?」
シグトゥナは振り返り、オーディンに確認する。
「ええ、でもーー」
「?・・・・ッ‼︎」
これから起こる事を識っているオーディンの少し嫌悪感のある表情にシグトゥナは疑問に思うが、すぐにその理由は膨大な魔力の高まりの後に知る事になる。
それはこの世界の最高神達が最も唾棄すべき権能の使い方を、かつて最高神だった者が使用した瞬間だった。
「まさか本当にその使い方をするとはね・・・。だから最高神には相応しくないのよ、テュール。世界の事を考える事も無く、自分以外の全てを見下す事しか出来ないのだから・・・」
ーー・・・【月輪】・艦橋
「あれが、ツクヨミ様の言っていた・・・?」
側に控える女性将校が、戦場全体から集まる魔力を感じながらツクヨミに言う。
「そう。行き過ぎた自尊心の成れの果て・・・。・・・本当に虫唾が走る」
極めて静かに、しかしただ気を当てただけでも簡単に敵対者に自らの死を確信させる程の、濃密な殺気がツクヨミから発せられる。
その場にいる者達は、心底味方である事にホッとしながら、引き続き状況を見守る。
「はあ・・・さてーー我が孫・零牙よ。今こそ神殺しを果たしなさい」
ツクヨミは息を吐いて、殺気を収めながらそう言った。
ーー・・・
「これは・・・」
零牙はヘルム内で眼を細めて、テュールの元に戦場の各所から集まる魔力がテュールの元で一つとなって集約され、テュールの真上で球体状の莫大な魔力の塊となっていくのを見ていた。
(どうやら、自分の配下から魔力を集めている様だな)
サイファスは、周囲広範囲を瞬時に感知してそう判断した。
「神であると言うのにか?しかし、それにしても瞬時にこれ程の魔力を自分の配下から・・・追い詰められているからとは言え、最初から仕込んでいなければ奴には・・・ーーいや、微かに奴の魔力を感じる。これは権能か・・・!」
零牙は、集まる魔力一つ一つにテュールの魔力が中心核となっている事に気付いた。
「そうだ・・・これこそ、我が権能!よもや、貴様如きに使う事になろうとはな・・・。オーディン相手に使う予定だったが、貴様には身の程を弁えさせる必要がある様だ」
テュールは余程自信があるのか、ボロボロの姿のまま零牙に対して強気にそう言った。
「見るがいい!これこそ我が権能【絶対なる勝利の讃美歌】‼︎」
テュールの直上に球体状に集まった膨大の魔力が雫の様にテュールに落ちて、テュールに吸収された。
ーーゴォォォ‼︎
吸収された魔力が、テュールの魔力と一体となり膨大な魔力がテュールから溢れ出す様に立ち昇った。
逆に流れる滝の様な魔力の中で、テュールのオリジンが先程とは比べ物にならない速度で修復されていき、更には斬り飛ばされた左腕さえも断面より再生を果たした。
「超速再生・・・。集めた膨大な魔力を自分に上乗せしたのか。と言うより、これはーー」
「さて小僧、私に権能を使わせた事は誉めてやろう。その褒美として、最高神の全力を見せてやろう」
左腕を再生し、オリジンを完全に修復したテュールは、刀身を半分以上喪失した神剣を無造作に捨てて、新たに全く同じ物を取り出しながら、今まで追い詰められていたとは思えない余裕のある口調で言った。
「得物を簡単に捨てるとはな・・・やはり顕装では無かったのか」
「あれはドヴェルグ共に作らせた神剣の模造品だ。今捨てた物は、その中でも最低品質の物だった。蛮族相手ならば、あれで十分だと思っていたのだがな。だが喜ぶがいい、これは先程の物とは違うオリジナルに最も近い最高品質の物だ。貴様の刀とはモノが違うという事を教えてやろう」
テュールは、取り出した長剣の刀身を撫でる様に指先を沿わせながらそう言うと、零牙に切っ先を向けた。
「さて小僧、遊びは終わりだ。最高神たる私へのこれまでの不敬、死をもって償ってもらうぞ!」
「・・・・」
零牙は刃を向けられながら、周囲を見渡し感知する。
今いるこの空域はテュール軍本陣である為、周囲には多数の神兵・エインヘリアル・ヴァルキリーが出撃しており、魔力も個々人で様々であったが、今はテュールに殆どの魔力を奪われたのか、一人一人の魔力が極端に低下していた。
「・・・一つ確認する」
零牙は、テュールに視線を戻して聞いた。
「ん?」
「何故、自軍から魔力を”搾取“した?しかも根こそぎとも言える程、ほぼ全ての魔力を・・・」
零牙はテュールから溢れ出し立ち昇る魔力から、テュール以外の無数の魔力が無い混ぜになり、その魔力がテュールの魔力へと強制的に変換されている事を感知していた。
「俺の推察では、お前の権能は自軍に力を分け与えるものだ。今お前が行った事は、自軍の全滅を早めるだけのもの。神ともあろう者が配下を全て見捨てると言うのか?」
「見捨てる?フン・・・我が兵が、私の為に命を賭ける事など至極当然だ。それに減ったのならば、後から補充し復活させれば良いだけの事」
「お前のヴァルハラは既に破壊したぞ?それに、部下を簡単に使い捨てるお前にこれから仕える者などいるとも思えんが?」
「ヴァルハラなど後で作り直させればいい。それに、私は北欧の最高神・テュール!北欧に戻れば、私に忠誠を捧げる者など幾らでもーーいやそもそも、北欧の最高神であるこの私に!北欧に生きるもの全ては従い、生も死もその全てを捧げる義務がある!それは不変であり、絶対であり、真理なのだ‼︎」
「貴様・・・!」
(こんなものが神とはな・・・。虫唾が走る・・・!)
自信に満ちかつ迷いを一切感じ無い口調で、そう言い切ったテュールに、零牙とサイファスは静かな怒りを声に滲ませる。
「故に私に魔力を捧げる事、それも至極当然の義務だ。そもそも、有象無象でしか無い者共をわざわざ我が権能で強化してやったのだ。その時点で、その者の魔力も私の物だ。ならば回収して使用する事など当たり前事だ。貴様如きの疑問など愚問でしか無い」
テュールはそう言ったが、周囲のテュール軍にはかなりの混乱が見て取れた。
恐らくテュール軍の兵士達も、完全に想定していなかった状況なのだろう。
「しかし小僧、時間稼ぎのつもりか?幾ら時間を稼ごうが、貴様が死ぬ事実に変わりは無いぞ?」
(はっ・・・!俺達に追い詰められていた奴が何をほざく)
「まあ、貴様との問答など無意味なのは分かりきっている事だ・・・。ーー終わりにするぞ、テュール」
零牙は、左手に持つ天羽々斬【皇】を右側に持ってきて半身で構える。
「ーーお前には、観るべきものはない」
零牙が構えに入っても、テュールはあいも変わらず余裕と言った態勢で見ていた。
「フン・・・何を言ってーー」
「一の太刀・・・」
「・・・ッ⁉︎」
零牙が呟く様に静かにそう言うと、漸くテュールが長剣を中段で身構えるがーー既に遅過ぎた。
既に零牙は、テュールの後方に長刀を振り抜いた状態で斬り抜けていた。
「ーー【雲耀・零式】」
ーーザン‼︎
零牙は、半身で構えた状態の残像がその場に少しの間残る程の超加速をかけ、テュールが身構えた時には既に零牙はテュールをすれ違いざまに斬っており、テュールがその時認識していたのは残像だった。
その静謐の一閃によって、一拍置いて構えた長剣の刀身を半ばから両断し、右腕をオリジンごと肘から下を斬り飛ばした。
「な・・・ッ⁉︎」
しかし、テュールが驚愕し右腕が自動的に超速再生を始める前に、有無を言わさず零牙が次の攻撃を繰り出す。
「二の太刀・・・」
零牙は振り抜いた状態から、背後のテュールに左側から振り向き様に横薙ぎの一閃を放つ。
「ーー【龍爪残心】」
ーーザザザザザザン‼︎
その真一文字の斬撃を中心に様々な角度・方向の剣気による不可視の斬撃と魔力による視認可能な斬撃が発生しテュールの全身を隈無く斬り刻む。
【一の太刀:雲耀・零式】と同じ横薙ぎに放たれたが、【二の太刀:龍爪残心】はどの様な斬撃にも付与出来る任意発動かつ自動発動の斬撃で、放たれた斬撃に当たるかもしくはその近くに敵対者が存在すると、斬撃より剣気と魔力による斬撃が乱雑かつ入り乱れる様に広範囲に発生し、対象とその周辺空間をまるで巨龍の爪で同時に複数薙ぎ払った様にズタズタに斬り刻む、広範囲斬滅用の斬撃である。
また、発生範囲も絞る事も出来るので敵味方入り乱れての戦闘であっても、発生する斬撃によって敵だけを斬り捨てると言った芸当も容易に可能な斬撃でもある。
テュールは背後を振り向く間も無く、オリジンごと全身を斬り刻まれ、右腕の再生も斬撃によって阻害された。
零牙は二の太刀で振り抜いた状態から、流れる様に天羽々斬【皇】の切っ先をテュールに向けながら左半身に矢を番える様に瞬時に予備動作を取ると共に、間髪入れずにその場より超加速をかけた残像機動でテュールに肉薄する
「三の太刀・・・」
そして、テュールの身体の中心部一点を目掛けて【皇】を半回転捻る様に突き出し、刺突を放つ。
「ーー【龍穿破空】」
ーーバシュン‼︎
放たれた刺突は、空間を歪ませる程の速度と威力で抉る様に放たれ、中心を構成する圧縮された魔力による切っ先状の衝角と、その周りを螺旋状に渦巻く剣気による不可視の斬撃で構成される。
その高密度かつ圧縮された膨大な魔力と研ぎ済まされた剣気による刺突は、テュールの身体を両断するかと思う程大きく穿ち、刺突の直線上に滞空していた兵士をも多数引き裂き穿ち、数十キロ以上後方の戦艦にまで届き、戦艦に大きく螺旋状の風穴を穿った。
一の太刀から三の太刀に至るまでの斬撃は、ほぼ“一呼吸の間“に放たれ、テュールとその配下の兵が認識出来たのは三の太刀が放たれ、零牙が得物を下ろして静かに滞空した後だった。
「・・・グ・・・ハァッ⁉︎」
テュールが一拍置いて吐血し、全身に深く刻まれた裂傷と身体の中心部に大きく穿たれた螺旋状の風穴から鮮血を噴き出した。
「ぐう・・・ッ⁉︎馬鹿な⁉︎攻撃に対応・・・ッ・・・認識出来なかっただと⁉︎・・・あり得ぬっ‼︎蛮族如きがっ・・・‼︎この私を、最高神を凌駕するなどっ・・・‼︎」
テュールは、そう言いながら自動発動の再生では無く、すぐさま任意の超速再生を発動しオリジンと同時に身体の再生を開始した。
オリジンと身体の再生は文字通り一瞬で終わったが、自軍より集めて融合中の膨大な魔力をごっそりと再生に使用した。
「ハァ・・・ハァ・・・。とは言え、貴様の攻撃は無意味に終わったぞ?私には超速再生がある。幾ら貴様の剣技が私を上回ろうが、権能によって莫大な魔力を得た私の敵では無い!」
(こいつ・・・死にかけたばかりだろうに。余程、自分が追い詰められている事を認めたく無いのか?だが、やはり超速再生には膨大な魔力を消費しているな。このまま続ければ、奴の魔力は直ぐに底をつく。どうする零牙?)
「そこまで、長引かせるつもりは無い。これで終わらせる」
零牙は【龍眼】によるプレッシャーと自身の殺気をテュールに最大限浴びせながら、左手に持つ天羽々斬【皇】の切っ先を天に向け片手で振り上げて、空間が歪む程の膨大かつ濃密な魔力と剣気を刀身に凝縮・圧縮し集束させていく。
その際に、零牙を防護する様に展開された重力力場により、零牙の周囲の空間は黒ずんで見えた。
「フン!目の前で隙を見せるとは、戦いの基本も知らん小僧め!」
テュールは三度取り出した神剣を横薙ぎに振るい、斬撃波を飛ばすがーー
ーーバチン!
斬撃波は、展開された重力力場によって容易く防がれ霧散した。
「馬鹿な・・・ッ⁉︎蛮族如きが、これほどの障壁を⁉︎フン、良いだろう!ならばその思い上がりを正面から蹂躙してやろう、小僧‼︎」
テュールも神剣の刀身に魔力を込め、零牙と同じ様に振り上げるが、テュールは両手で振り上げた。
「フン、先手を取ったと言うのに随分と遅いでは無いか?所詮、蛮族は蛮族。最高神たる私と張り合うなど身の程を弁えぬ愚行という事だ」
テュールの魔力の集束は程なく終わり、未だ魔力を集束中の零牙を見て嘲る様にそう言った。
だが、テュールは気付いていなかった。
テュールの造られた神剣と零牙の天羽々斬では、桁違いに性能差と格が違いすぎるという事。
そして、テュールの集束の方が先に終わったのは、込めることの出来る力の総量が次元違いであるという事に。
「喰らうがいい!これこそ、真なる神の裁きである‼︎」
テュールは勝ち誇った様にそう言いながら、全力で大きく振り下ろして斬撃波を放った。
その斬撃波は、戦闘技術を高めていなかったテュールが放ったにしても神クラスの膨大な魔力で放たれている為、一応最低限度の神クラスの攻撃力は有し、幾らテュールが放ったものとは言え、並の者が受ければまず消滅は免れないものだ。
しかし、零牙の放つものは【剣聖】の域を超える絶技ーー神の一撃を遥かに凌駕する“皇の一撃”。
冬華が放った相当に手を抜いたものでは無い、“自身の能力の全てを付与”して放つ終焉の一刀。
それこそがーー
「皇の太刀・・・」
ーー・・・【月輪】・艦橋
ツクヨミは艦長席に足を組んで座り、零牙の戦闘を静かに見守っていた。
「神が“皇”を超える事など、それこそ【シンギュラリティ】に至らなければ不可能と言うもの・・・。ただの一介の神では、本気で滅しようとする“皇の一撃”に対抗する事など、無意味でしか無い」
ツクヨミは、零牙の勝利を確信してそう呟いた。
ーー・・・
膨大かつ高密度の魔力と研ぎ澄まされた剣気が凝縮・圧縮・集束し、天羽々斬【皇】の白銀に輝く刀身は漆黒を纏い、白銀の魔力ーー【皇】の能力たる【空間切断】の力が、漆黒を纏った刀身の縁を覆う様に付与された。
「皇の太刀・・・」
零牙は向かって来る斬撃波とその奥のテュールを睥睨し、終焉の一刀を振り下ろす。
「ーー【皇龍爪牙】」
刀身に纏った魔力と剣気が解き放たれ、零牙の身の丈を遥かに超える極大規模の漆黒の斬撃波が斜め下のテュールに向けて放たれる。
零牙が制限されてから放っていた“未完成”なものでは無い、“枷”が一つ外れた事によって使用可能となった凰月流と凰の名を冠する流派の絶技、完成された真の皇の太刀の一つ。
仇なす敵を滅するーー絶終の一太刀。
漆黒の斬撃波は敵対者を噛み砕く龍の牙の如く、全てを薙ぎ払う龍の爪の如く、テュールに向かって進むごとに超広範囲を呑み込み、薙ぎ払い、消滅させる。
テュールの斬撃波は、漆黒の斬撃波によって競り合う事もなく、その絶大な魔力の余波だけで消滅した。
「ば、馬鹿な⁉︎私の一撃を⁉︎」
テュールは、余波だけで自分の斬撃を消された事に驚愕する間も無く、眼前にテュールの身の丈を遥かに超える巨大さを誇る漆黒の斬撃波が迫る。
「く・・・っ!」
巨大な斬撃故にその絶大な力の余波も桁が違い、その力を感じたテュールもたじろぎ、自身の絶対的な死を予感した。
(この私が恐怖しているだと⁉︎)
「いや、あり得ぬ‼︎最高神たるこの私が貴様如きに遅れを取る事などーーあり得ぬ‼︎」
テュールは自身が最高神であると言う矜持から、蛮族と侮る零牙から逃げると言う選択肢は取れずに、正面から”皇の一撃“を迎え撃つ。
「ーーハァァッ‼︎」
テュールは神剣にその時点で瞬時に注げる全力の魔力の全てを込めて、漆黒の斬撃波に斬りかかった。
少し恐怖を感じようが、テュールには絶対的な自信があった。
だがーー
「な、あっ⁉︎」
未だ本来の力には遠く及ばないにしても絶大な力の余波には何とか耐えたテュールだが、斬撃波と神剣がぶつかった瞬間ーー神剣は瞬時に消滅していき、オリジンで増幅されているものの、空間に干渉出来ない只の超速再生では、空間切断の前には意味を成さずに右腕も消滅していき、程なくしてテュールは絶大な力の奔流に呑み込まれていく。
テュールのオリジンは、防御術式を何重にも付与され超速再生と共に増幅し、自分の身を守る事に特化していたが、そもそもテュール如きのオリジンでは抵抗する事など叶わず、【空間切断】を有する天羽々斬【皇】の前には一切の防御力は無意味なのだから。
「馬鹿な⁉︎馬鹿な‼︎あり得ぬ‼︎この私が、ありえ・・・・ぬ・・・」
もはや“手に入れた”再生能力はその意味を成さず、そもそも戦闘を部下任せにして来たテュールが目的を達成するには、底知れない戦闘能力を有する最高神を二人も相手にしなければいけない時点で、“最初から”テュールに勝つ術が無かったと言う事に気付く事無く消滅していった。
テュールを呑み込み消し去った漆黒の斬撃波は、全く衰える事無く進行方向のテュール軍の数多の兵士、戦闘ドローン、戦艦を、あらゆる防御能力・術式・耐性の一切を無視して超広範囲を斬滅し尽くす。
やがて斜め下に放たれていた斬撃波は、海上へと到達して海面に直撃して”大海を大きく斬り裂き“、海底を一時的に露出させて、その場に漆黒の壁とも言うべきもの反り立たせながらようやく消滅した。
テュールを倒し、自身の放った斬撃が消え去った後、零牙はゆっくりと下降しつつあった。
(・・・終わったな)
「ああ。だが・・・魔力を使い過ぎた」
オリジンに関しては再度纏い直さない限り維持する事に何の問題も無いが、光翼に関してはそうも行かない。
この戦闘が始まってから光翼に安定供給されていた魔力が、皇の太刀の使用により零牙の莫大な魔力が一気に持っていかれた為に魔力不足に陥り、大きく拡がっていた漆黒の光翼は出力不足により目に見えて小さくなり、飛行能力が極端に低下し、その場よりの離脱が困難な状況にあった。
そして、一度光翼を発現したオリジンというのは推進力に魔力を依存しない羽ばたいて飛行する翼を出すことが出来ない為、空間における機動性を光翼に大きく依存する。
その為、魔力切れ寸前の零牙はかなり困った状況に陥っていた。
「ッ・・・まずいな。・・・もう光翼に回す魔力が残ってない。意識を保つので精一杯だ・・・このままでは・・・」
零牙は、テュール軍本陣の兵達がテュールの仇を取ろうと本陣の全戦力が自分に迫りつつある事を感知していた。
(ああ。あいつらの攻撃は全く問題は無いが、流石には敵陣の只中で意識を失うのはーー)
(ーーならば、私にお任せを)
(‼︎お前は・・・!)
サイファスでは無い声が、零牙の“位相空間”より響いた。
その直後に、ウイングユニットより光翼の出力が切れて落下する零牙の下方に召喚魔法陣が出現、そこから鋭利な龍の爪と漆黒の装甲を持つ巨大な機械の左腕が出現し、落下する零牙を包み込む様に受け止めた。
「何だ、あれは⁉︎」
「巨大な・・・機械の腕?」
「ひ、怯むな‼︎テュール様の仇をーー」
「ーー愚かな・・・自身の敗北すら理解出来ない奴に仕えると、こうも盲目的になるとはな」
テュールの仇を取るべく零牙に進軍しつつあった本陣の兵士達は、突如出現した巨大な機械の腕に戸惑いの声を上げるが、それを遮る様に新たな声が戦場に響いた。
「何だ⁉︎何処から・・・?」
「ーーッ!あ、あれは、何だ・・・⁉︎」
程なくして声の主は、魔法陣よりその全身を現した。
魔法陣から膨大な魔力が溢れ出し、それに伴う魔力の余波が雷状のエネルギーとなって周囲に迸り、漆黒の装甲に覆われた声の主が徐々に出現した。
『・・・・・・』
盲目的に、テュール以上の強者などいないと信じて疑わなかった兵士達は、零牙に対しては小僧であり蛮族だと舐め腐り見下していたので、戦闘力には驚愕しつつも立ち向かえた。
だが新たに出現したその存在に関しては別で、その存在から感じる別次元の“何か”に言葉を発する事が出来なかった。
その存在は全長6メートル、全身を鋭利な刃の様な漆黒の装甲に覆われ、各部に純白に輝く宝石を備え、背部には一対の巨大なウイングユニットを有し、両手脚に鋭利な鉤爪を備え、長大かつ鋭利な尻尾、胸部装甲は鳥の嘴の様に突き出た形状をしており、その中央には黒と白が無い混ぜになった様な色をたたえる宝玉が備わっていた。
「ま、マキナ・・・なのか?」
「だ、だが、あの頭部の形状は・・・どう見ても、ドラゴンだ・・・!」
その存在は、マキナだった。
しかし今、世界で確認されている機械生命体であるマキナには、龍種の姿をした者は存在しなかった。
しかしそのマキナが有する頭部の形状は、左右対称の二対の角を有する龍の頭部そのもの、しかしその存在を構成するのは究極にまで鍛え上げられ、通常のマキナとは次元を異にする程の防御・耐久性を発揮するまでとなった”超金属“。
その為、その存在は厳密にはマキナの最上位の更に上の存在だった。
その全体像は、禍々しい二足歩行の黒い巨龍だった。
魔力切れから意識を失う寸前の零牙を左の掌に乗せた巨龍のマキナは、本陣の兵士達をその輝く紅い眼を光らせ睥睨する。
『・・・ッ‼︎』
そのマキナに睨まれた瞬間、全ての兵士は本能的な恐怖を覚えた。
そのマキナが睥睨した瞬間ーー無機質でもあり生物的でもある殺気を放ったからだ。
そのマキナ特有の異質な殺気を初めて当てられた本陣の兵士達の進軍は完全に止まり、それ以上進む事を本能が拒絶していた。
「“ゼクス”か・・・」
“ゼクス”と、自らの略称であり通称を呼ばれたそのマキナは敵軍より視線を外し、自身の左掌で膝を突く“主”に顔を向けた。
「申し訳ありません、零牙様。我等“四天”の召喚には多大な魔力が必要であり、残りの魔力を全て使う事は重々承知しておりますが・・・流石に危険な状況と判断し、勝手ながら参上しました」
「いや、助かった・・・後は、頼めるか?」
零牙は、魔力切れで意識を失う寸前だった。
「もちろんです。零牙様は、安心してお休みください」
「ああ・・・そうさせて貰う・・・」
そう言ってヘルムから眼の光が消えて、零牙は沈黙した。
「サイファス様、オリジンの維持は?」
(問題ない、俺が維持しておく。ゼクス、後は頼む)
「ーー承知」
そう言ってゼクスは、前方に視線を戻す。
「・・・ほう?」
視線を戻したゼクスは、兵士達が態勢を立て直し再び武器を構え、全ての砲門をゼクスに向けた戦艦と連携して慎重に包囲網を構築していた。
「まさかその程度の包囲で、退路を封じたとでも思っているのでは無いだろうな?」
ゼクスのテュール軍に対する問いに、正面の一番近い距離にいる暫定指揮官と思しきヴァルキリーが答える。
「幾ら貴様が高い性能を発揮しようが、マキナ如きでは我等の完璧な包囲を破ることは出来ん!その小僧と共に、貴様はここでスクラップになるが良い!ーー総員、攻撃開始‼︎」
その号令で、テュール軍は一斉に遠距離攻撃を行った。
ーーダダダダダダダダダダ‼︎
ーードシュウ‼︎・・・ドシュウ‼︎
優に一千以上は超える銃口・砲門・発射管から、魔力弾が連射され、高出力ビームが発射され、無数のミサイル群が帯を引く。
ゼクスは全く微動だにせずに、自身に殺到する攻撃の数々を静かに見ていた。
ーードドドドドドドドドォォォォォォォン!
無数の遠距離攻撃は、ゼクスに直撃したかに見えたがーー
その全ては、ゼクスの周囲に展開された不可視の空間障壁によって完全に防がれ、傷一つつける事すら叶わなかった。
「ば、馬鹿な⁉︎不可視の・・・障壁、なのか?」
「怯むな、攻撃を続けろ‼︎ずっと展開している事など出来ない筈だ!」
「攻撃を続けていれば、いつかは破れると思っているのか?ーー無意味だ」
その瞬間ーー空間障壁に直撃した攻撃の全てが、“受け止められた様に一瞬停止し“、そのまま全ての攻撃を反射した。
『ぐぁぁぁぁ‼︎』
反射された攻撃は、撃ってきた相手へと射線をなぞる様に返っていき、全く想定外の出来事にテュール軍は誰も反応出来ずに、自ら放った攻撃によって壊滅的な被害を受けた。
「クソ!遠距離攻撃が聞かぬというのならば・・・無事な者はついて来い‼︎接近戦だ、接近戦で仕留めるぞ!総員、突撃‼︎」
『おおッ‼︎』
雄叫びを上げながら、攻撃反射より生き残った兵士達がゼクスに突撃をかけた。
「・・・無謀だな。そもそも貴様等は敗残兵だ。主を討たれて、頭に血がのぼるのは分からなくもないが。あの程度の器しか無い奴に命を賭けるなど、意味は無いぞ?ーー自分以外は道具としか思っていなかったのだからな」
ーーシュウゥウ
ゼクスは自身に迫る大軍の兵士達を見ながら、右掌上に瞬時に膨大な魔力を真球状に収束する。
真球状に生成されたーーどす黒い“縮退核“を、圧縮・凝縮・収束のプロセスを同時かつ瞬時に造作も無く行い、一瞬で生成した。
「それにーー貴様等如きが、我が”皇“の休息を妨げるなど・・・身の程を弁えるが良い、雑兵共」
ゼクスは、押し寄せる大軍に冷酷にそう告げた。
「黙れ‼︎機械風情がぁぁぁ‼︎」
一番先陣をきって突撃していたヴァルキリーが、ゼクスの至近まで肉薄し、ルーン・ランスで勢いを乗せた突きを放った。
穂先が、ゼクスに届く直前ーー
「・・・ッ⁉︎」
「ーー滅びよ・・・」
ゼクスは何の前触れも無く、そう言い残して消えた。
最初から何もいなかった様にーー
「き、消えた⁈」
「奴は、何処へ・・・!」
「転移で逃げた、のか?」
「だが、魔法陣が展開した様子ーー何だ、これは?」
攻撃の動作を見せていたのに関わらず、いきなり消えたゼクスを探す兵士達の一人が、直前までゼクスいた場所に残されている黒い真球体に気が付いた。
「これは、さっき奴が作り出した魔力のーーッ‼︎」
一番近くにいたランスで突撃したヴァルキリーが、至近距離で確認した直径2メートル程で生成された”縮退核“の中に、背筋が凍る程に次元違いのエネルギーが内包されている事に気が付いた。
それは、テュール軍本陣が展開する超広範囲の空域一帯を消し飛ばしてなお余りあり過ぎる程の、テュール砲などオモチャに思える程の破壊力が臨界寸前で渦巻いていた。
「全員、退避・・ーー」
ーーゴォォォォォォォォォォ‼︎
少しして臨界を迎えた“縮退核”が爆発し、兵士達は何が起こったかを認識する間も無く、空間ごと白く塗り潰されていく。
そして、テュール軍本陣は一片の欠片も跡形も無く消滅した。
ーー・・・爆発の少し前、テュール軍・第一護衛陣布陣空域
第一護衛陣、そしてその更に奥に布陣する第二護衛陣は、既に冬華によって全滅していた。
「この気配・・・まさか」
零牙が危険な場合は直ぐに駆けつけられる様に冬華は、零牙がテュールと交戦状態に入ってから、交戦空域を見据えて待機していた。
(ーー冬華!)
(やはり、この気配は・・・)
アルジェに呼びかけられ、冬華はまるでわざと到来を知らせる様なごく僅かな空間の揺らぎを感じた。
そしてその直後、冬華の直ぐ近くに黒い機械龍が出現した。
「ーー冬華様、お久しぶりです」
テュール軍本陣から冬華の手前までの、千キロ以上軽く超える距離を”空間跳躍“で一瞬で移動したゼクスは、現れて直ぐに冬華に臣下の礼をとった。
「やはりお前か、ゼクス」
「はっ。しかし申し訳ございません、急ぎこの空域よりの離脱を。間も無く、我が攻撃の余波が到達致します」
それを聞いた冬華は、瞬時にテュール本陣に意識を向けて、莫大過ぎる魔力が臨界寸前である状況を感じ取った。
「成る程、あれを使ったのか?」
「は。出力の十分の一にも満たぬ力で手加減して放ったとは言え、流石にモノが故・・・」
「分かった。まあ、もうここに用は無いからな。ではゼクス、頼めるか?」
「はっ!」
「それでゼクス、零牙はそこか?」
冬華はゼクスの右腕に乗りながら、ゼクスの左手に目を向けた。
「はい。魔力切れで、眠っておられます」
ゼクスは包む様に握っていた左掌を開き、片膝をついた状態で意識を失い、サイファスによってオリジンを維持した状態の零牙を冬華に見せた。
冬華は零牙の元へ移動して抱き抱え、ヘルム越しに優しく愛情を込めて頭を撫でる。
「良くやったぞ、零牙・・・。よし、良いぞゼクス」
「イエス・マム。アルファ艦の甲板上に跳びます」
ーーシュウン
冬華に促されてゼクスが答えた直後、三人の姿はその場から瞬時に空間に溶け込む様に掻き消えた。
ーー・・・クラス・アルファ専用艦・戦闘空域
クラス・アルファが受け持つ前線では、未だ戦闘は続いているが、既に趨勢は決していた。
「ハァァァッ‼︎」
アルファ専用艦の右側面から、ヴァルキリーがランスで甲板に突撃を仕掛けた。
その突撃は、戦艦に損傷を与えつつ甲板に展開する者達への攻撃だったがーー
ーーギィン!
「・・・くっ⁉︎」
「・・・・」
龍護が、瞬時に割って入り右手に逆手で持った斬馬刀の腹で突撃を防いだ。
龍護の得物は、羽々斬【剛龍】。
【羽々斬】は、龍護や影刃の一族の様な凰月や“凰を冠する”者達に仕える一族に与えられ、天羽々斬と同じ特殊な製法で造られる刀であり、同じ製法で造られているので天羽々斬よりも格は落ちるものの、強力な能力と性能を有している。
龍護の羽々斬である【剛龍】は、身の丈を超える巨大な斬馬刀型で、刀身の峰にくの字の形状をした刃が5つ備わっており、まるで両刃の様に見えるのが特徴で有り、それも相まって刀身の幅は大盾のように広く、その刀身の影に身体を隠す事が出来た。
「【超波反射】・・・・」
ーードォォォォォン‼︎
「・・・がはっ⁉︎」
槍の穂先を防いだ刀身部分から、凄まじい衝撃波が発せられ、放たれた衝撃波はヴァルキリーの槍を粉々にしクラフティを完全破壊寸前まで損傷させ、体勢を大きく崩した。
「・・・ふんっ!」
ーーザン!
龍護はすかさず、巨大な見た目通り重量がありそうな斬馬刀型【剛龍】をくるりと軽々と順手に持ち替えて、左から右へと横薙ぎにヴァルキリーを斬り捨てた。
羽々斬【剛龍】の【超波反射】は、受け止めた相手の攻撃に対して即座に衝撃波で反撃するというシンプルな物だが。
その放たれる衝撃波は、相手の“攻撃の威力に応じてその威力を倍化させたもの”に相当する衝撃波で有り、相手の攻撃が強ければ強い程に倍化は膨れあがり、強力な衝撃波で相手に反撃する。
久盾一族の者は主に“カウンター”関連の能力を有する一族で有り、まさに“凰の盾”として相応しい能力を持っている。
龍護が逆手に持ち直し、敵を待ち構えるその反対側の甲板上では、影刃が不用意に間合いに入ったエインヘリアルを抜刀しての一太刀で斬り捨てる。
「馬鹿め、わざわざ敵の間合いに入り込むからそうなる!遠距離から攻撃すれば、刃も能力も届くまい」
斬られた仲間にそう吐き捨てながら、エインヘリアルがルーン・ライフルを乱射する。
影刃は、かなりの遠距離から放たれた弾丸の弾道を見切り、自分に当たる物だけを角度を変えながら刀身の腹で防ぐ。
ーーキン、キン、キン、キン
弾丸を防ぎながら影刃は、まだ“間合いにいる”エインヘリアルに告げる。
「この状況で、まだお前たちの基準で考えるとはな・・・。まだそこも間合いだぞ?」
ーーザン!
「なん、だと・・・⁉︎」
影刃から10メートル以上は距離を取り、ライフルを乱射していたエインヘリアルは、いきなり背後から斬撃を受けた。
完全な死角からの不意の斬撃を受けたエインヘリアルは、その斬撃で絶命した。
「馬鹿な⁉︎十分に距離を取ったと言うのに、何故攻撃が届く⁉︎」
今しがた援護に駆けつけた別のエインヘリアルが、その様子を見て驚愕しながら影刃に聞いた。
「生物には影が出来る。ただそれだけだ」
「影だと⁉︎こっちは空中だぞ⁉︎影など何処にーー」
そう言って周囲を警戒していたからか、振り向いた瞬間に背後から煌めく黒い斬撃が、今まさに振り下ろされるのを視認した。
「か、影⁉︎・・・ッ!」
ーーザン
視認出来たからか、エインヘリアルは辛うじて半身に体勢を変えて斬撃を回避したが、その代わりにルーン・ライフルが両断され破壊された。
「く、クソッ!」
エインヘリアルは回避機動をとりながら、すかさず剣を呼び出すがーー
ーーザシュン!
「・・・ぐぅっ⁉︎」
右手に剣を召喚した瞬間、今度は正面至近から振り下ろされた斬撃を回避出来ず、右前腕部を斬り落とされた。
「馬鹿な、何故・・・っ⁉︎」
エインヘリアルが影刃を目を向けると、影刃は刀をその場から抜き放っただけだった。
「影は、自らの周囲に出来るもの・・・。概念がある限り、久遠の刃から逃れる事は出来ん。ーー終わりだ」
影刃が刀を振り上げる。
「概念・・・⁉︎まさかーー」
ーーザシュン!
「概念っ・・・干渉・・・」
影刃の持つ、”傍目からの外見“はごく一般的な暗色の居合刀型の羽々斬【迅龍】の能力は、【概念影刃】。
この能力は概念干渉系の能力で、たとえ影が無くとも、影が出来ると言う概念が対象にある限り、認識範囲内の対象の周囲全方位から自身の斬撃を反映することが出来ると言う能力で有り、久遠一族は主に、この“影の概念”に干渉する能力を有する“凰の喑刃”で有り、“凰の刃”でも有るに相応しい能力を持つ一族である。
影刃が刀を振り下ろすと同時に、エインヘリアルの背後から斬撃が襲い、その一撃は反応させる間も無く確実に急所を捉えて絶命させた。
刀を振り下ろした影刃の横を、アンジェが【龍環の円舞】で生成した金と黒に彩られた魔力刃が高速で通り過ぎていき、同じように艦の前面180度にそれぞれ計十本の魔力刃が飛んでいき、アルファ専用艦を攻めている敵軍を正確に斬り刻んでいく。
「ーーアロンダイト‼︎」
甲板上で黒い聖騎士のオリジンを纏うエレインが、刀身を鎖で雁字搦めにされた黒い聖剣【アロンダイト】を艦の前方に展開する多数の敵に向ける。
ーージャララララ!
アロンダイトの刀身から黒い鎖が枝分かれし、エレインが認識した前面の敵全てを高速で追尾し、体の一部を拘束する。
「な、何だ・・・⁉︎」
「ど、ドローミか・・・⁉︎」
「か、身体が重い・・・!」
「ーーガラティーン‼︎」
戸惑う兵士達に、甲板上にて銀色と紅い聖騎士のオリジンを纏うクレアが、聖剣の切っ先を向ける。
ーーゴォウウ!
エレインが拘束した兵士達を、同じく甲板上からクレアが【聖剣・ガラティーン】の切っ先から紅炎ーープロミネンスを凝縮したビームを、マントを靡かせながら放ち、拘束した兵士達をアロンダイトの鎖を残して跡形も無く消滅させる。
「ーー【ジャッジメント・セイバー】‼︎」
白金の魔力が圧縮・凝縮されて生成された巨大なビーム状の刀身で、騎士王のオリジンを纏うアリシアが空間を大きく薙ぎ払い敵軍を一網打尽にし、そうして妹達が討ち漏らした敵を、モルガンが正確に魔術で狙い撃つ。
クラス・アルファが順調に敵軍を殲滅している所にーー
ーーシュウゥン
アルファ専用艦の甲板上に、何の前触れ無く片膝を突いた状態で一体の黒い巨龍が、瞬時に姿を明確にする様に空間から顕れた。
「貴方は・・・ッ⁉︎」
甲板上から魔術支援を行なっていたモルガンの前に突如出現した為、モルガンは驚きを隠せなかった。
驚くモルガンに黒い巨龍ーーゼクスは、左腕を甲板に下ろしながら丁寧に言葉をかける。
「手前を失礼します。モルガン様」
「ーーモルガン」
ゼクスの左腕から、零牙を抱えた白銀の龍鎧を纏った冬華が降り立つ。
「冬華!まさか、彼が前に言っていた例の?」
「ああ、零牙を守護する四天の一人だ。ゼクスの事は、後で説明する。それより時間が無い、防御態勢を取れモルガン」
「それは一体・・・」
冬華は白銀の光翼を大きく拡げ、同じく側に控えるゼクスも不可視の空間領域を展開して零牙を護るように包み込み、冬華は通信回線を開く。
「セレネ・レギオンならびに、アスガルド全軍に通達する。“縮退球”が爆発する、直ちに防御態勢を取れ‼︎」
「“縮退球”⁉︎まさか・・・っ⁉︎」
「姉さん、冬華姉さん。何が・・・?」
指示を聞いたアリシアが、クレアとエレインを伴って甲板に降りてきていた。
「話しは、後よ!貴方達も直ぐに全力で防御に専念しなさい!」
「ーーッ!分かりました、クレア、エレイン‼︎」
『はっ!』
縮退球がどういうものか、それを察し、早口にそう言うモルガンと、指示を聞いて既に防御態勢に入っているアンジェ、龍護、影刃の様子を見て、アリシア達も直ぐに、自分の身をオリジンに備わったマントで包み、出来うる限りの防御障壁を展開した。
セレネ・レギオン、アスガルド正規軍共に全軍、万が一に備えて各々持ち得る限りの防御を行なっていく。
ーー朧、スルカ、ノルンは背中合わせに固まり、朧は翼で全身を包み、スルカとノルンはルーン障壁を展開し、その周りをスクルドとスクルド配下のヴァルキリー達が固めて強固なルーン文字による防御障壁を展開して備える。
ーースカアハは翼で全身を包み、周囲のセレネ・レギオンの兵士達の前面の空間を反転させて即席の盾にして、兵士達も守護する。
ーーロキ、アングルボザ、フェンリル、ヘル、ヨルムンガンドは、ロキとフェンリルが権能による共同で暴風雪を創り出し、配下の軍勢を含める広範囲の空域を覆って備える。
ーーそして、全軍がそれぞれ持ち得る最大限の防御を行う中、万全に万全を期す為、アスガルド正規軍全員をオーディンが、セレネ・レギオン全員をツクヨミが、両全軍全て1人ずつにそれぞれの最高神が魔力障壁を貼って守護した。
その突然の両軍の行動にテュール軍が戸惑い、直ぐにチャンスとばかりに、張り巡らせた障壁に防がれるだけの“全くの無意味”な攻撃を一斉に行い始める。
そしてーー
テュール軍本陣で、ゼクスが創り出した置き土産で有る黒い真球状の縮退球が、周囲の”テュール軍の“兵士・戦闘ドローン・戦艦を空間ごと圧縮し収縮し引き摺り込む。
テュール軍の兵士達は認識する間も無く、中心部へと成すすべなく引き摺り込まれた。
そしてーーテュール軍本陣の戦力全てが瞬時に中心部へと引き摺り込まれた瞬間ーー
ーーゴォオオオオオオオオオオオオオオ‼︎
縮退球による爆発は、本来空間ごと破壊し尽くすものだが、放った者が“完全に制御”できる為か、空間を破壊する事なく“本陣の戦力だけ”を抹消し、全てを塗り潰す極限の光がテュール軍本陣を白く塗り潰していく。
ーーアルファ専用艦・甲板上
「し、縮退球と言うからには、凄い余波を覚悟していたけど・・・まさか、テュール軍本陣のみを消し飛ばすなんて・・・。冬華、貴女こうなる事を知っていたのね」
「ああ。だがお前も知っているだろう?凰月は常に万が一を想定して動くものだ。だからこうなる事を知っていようとも万全を心掛ける、それが教えだからな」
冬華は、自身と零牙を覆っていた両翼を元に戻しながら言った。
「それに、ゼクスならその程度は造作も無いだろうからな。なあ、ゼクス?」
冬華は、前線から自らの身体で遮る様にして零牙側で控えるゼクスに言った。
「ええ。流石にあの程度の雑兵程度に、加減無しで放つ必要は無いですからね。まあ、縮退球を創らずとも奴等程度は瞬時に殲滅可能ですが・・・今回は、零牙様の休息が最優先でしたので、あの方法をとりました」
さらにゼクスは、戦場に残る敵軍の残存戦力の全てを瞬時に探知した。
「・・・私が殲滅したのは本陣の戦力だけですので、まだ多数の戦力が残存しています。此処からでも“瞬時に”殲滅可能ですが・・・此度の戦闘の副次目的は、新兵と学生が経験を積む事。そうですね、冬華様?」
「そうだ、ヴァルハラ・システムとテュールを討ち、後は残敵の掃討だけだ。ご苦労だった、ゼクス。後は両軍で、容易く何事も無く殲滅可能だ。ゼクス、お前には引き続き、零牙の護衛を頼む」
「お任せを」
冬華は立ち上がり、焦る様に進軍を再開するテュール軍を見据える。
クラス・アルファの他の面々も、防御態勢を解いて号令を待つ。
「さて・・・残敵の殲滅して、いい加減に終わらせるぞ。クラス・アルファ、殲滅再開‼︎」
『イエス・マム‼︎』
戦艦から敵を殲滅すべく龍と騎士達が再び超高速で飛び立った。
その後、テュール軍はテュールの仇を討とうと決して撤退する事なく、強大すぎるツクヨミ率いるセレネ・レギオンと三女神率いるアスガルド正規軍相手に総力戦を挑んだが、そもそもテュールのヴァルハラによって程度の差はあれど、エインヘリアルに転生した段階で戦闘能力が固定されていては、強大な戦闘能力を有する強者達が多数属する両軍相手に最初から勝てる可能性は皆無だった。
程なくして、開戦当初に蹂躙すると息巻いていたテュール軍は、蹂躙するどころか冬華の号令から僅か5分後には、逃亡や降伏した者を除き全滅した。
こうして、龍凰市防衛戦は終結した。
ーー・・・八節【黒き皇の神殺し】・終




