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ロード・オブ・ロード〜零白の皇〜  作者: スメラギ・零
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二章ー四節[終末を駆ける神狼]

フェンリルは、北欧の三女神の一柱、ロキとキマイラ獣人アングルボザの間に、三兄妹の長子として生を受けた。

弟のヨルムンガンド、妹のヘルと共に、成長したのちに叔母である北欧の最高神オーディンより、新たなアスガルズの神として迎え入れられた。

ロキの子である三兄妹は類稀なる戦闘能力を有していた。

弟であり、大蛇の姿をしたヨルムンガンドは、その巨大で長大な体躯と猛毒を操る能力を持ち、妹のヘルは、ロキに似た美女で卓越したルーン魔術とネクロマンシーを、そして、長子フェンリルは、巨大な狼の姿をしており、生まれ持った氷雪を操る能力と、北欧トップクラスの神速を持ち、特にフェンリルは主神オーディンに迫る程の、潜在能力を秘めており。

成長するにつれて、フェンリルは瞬く間に三女神に迫る程の戦闘能力を持つ事となった。

次第に、ヨルムンガンドは【世界蛇】、ヘルは【死の女神】、フェンリルは【吹雪の神狼】と呼ばれる様になった。

ーー・・・

その日、フェンリルはいつものように、アスガルド中を駆け回り、パトロール中だった。

本来なら、こうしたパトロールは下級神やヴァルキリー達の仕事だが、フェンリルは進んで行なっている。

フェンリルは五感も並外れているので、こうして直に領域を感じる事で、有事の際には直ぐにその神速で、急行する事ができる為、毎日の日課だった。

ちなみにフェンリルは、アスガルド軍に所属する将軍。

主に母であるロキ直属の軍を指揮する立場である為、基本的に戦闘・指揮以外の雑務はする必要が無い。

しかしフェンリルは「後ろで座するだけの将など無能」という考えの持ち主の為、こうして自らパトロールをしている。


最近、テュールの領域で妙な動きがあった為、ここ最近フェンリルはテュールの領域の境界付近を中心に探りながら見回っていた。

フェンリルがテュールの領域の境界付近を疾っていた時だった。

「・・・・!あれは・・・!」

テュールの領域の境界の丁度境い目の木に鎖で繋がれたヴァルキリーがいた。

フェンリルはすぐさま駆けつけ、意識を失っているヴァルキリーに声をかける。

「聞こえるか!今、解放してやるぞ!」

ーバキン

フェンリルは爪で拘束を切り裂き、ヴァルキリーを解放した。

「息はあるな・・・。しっかりしろ!」

「ん、・・・ここは?」

「・・・気が付いたか」

「フェンリル様!申し訳ございません!この様な失態を・・・!」

「そんな事はいい。なにがあった?ヴァルキリー達から一人、定時連絡が途絶えたと聞いたが」

ヴァルキリーは血相を変えて言う。

「・・・そうです!こうしてはいられません!急ぎオーディン様に報告しなければならない事が!」

「分かった。ならば、私の背に・・・ーーッ‼︎」

何かに気づいたフェンリルがヴァルキリーを庇う様に突き飛ばした。

次の瞬間、フェンリルの四肢を四方より飛んできた“鎖”が絡め取って拘束した後、更に四方八方からルーンによる拘束術式がフェンリルめがけて放たれる。

「・・・ッ!」

「・・・フェンリル様‼︎」

普段ならば神速のスピードで簡単に躱せるのだが、ヴァルキリーを庇った為、フェンリルは四肢を絡め取り、広げる様に拘束する鎖と、何重にもかけられた拘束術式により、身動きが難しい状態に陥った。

拘束術式は、フェンリルの生まれ持った耐性により効力は薄い。

少しフェンリルが魔力を上げれば、容易く弾ける物だろう。

「フェンリル様、加勢します!」

「よせ!ここは任せろ。行け・・・‼︎」

「しかし!」

戦闘態勢をとったヴァルキリーに、フェンリルは逃げるように言う。

「私の事はいい・・・行け‼︎」

「・・・ですが!」

再度フェンリルにそう言われても、ヴァルキリーは、槍を構えて動かない。

それを見たフェンリルは、ヴァルキリーに巨大でしなやかな尻尾の先を向ける。

「フェンリル様・・・?」

「受け身は、取れるな?・・・許せ」

「何を?ー⁉︎」

ーービュオオ‼︎

フェンリルの尾から、凄まじい指向性の吹雪が吹き荒れ、ヴァルキリーを強制的に吹き飛ばした。

「フェンリル様ぁあーーー‼︎」

フェンリルは、前方を向き直る。

すると、周囲に隠れていた兵士達が姿を現す。

「やはり・・・テュールの手の者か。他の神のヴァルキリーに手を出したのだ。・・・・覚悟は出来ているのだろう?」

フェンリルの魔力と殺気が膨れ上がり、蒼いオーラがフェンリルを包む。

「奴を抑えろ!数で押せ!」

それを見た兵士達の隊長が指示を飛ばす。

先程よりも多い拘束術式が、フェンリルめがけ放たれる。

「フン。その程度の術式が、私に通用すると思うか?舐めるなよ、雑兵共」

数多の拘束術式は、フェンリルが纏った蒼いオーラに弾かれ、霧散する。

「くッ!さすがは、神狼と言ったところか。ならば・・・おい、アレを起動させろ!」

「ハッ!」

(一息に終わらせるか・・・。あのヴァルキリーが手に入れた情報が気になる)

フェンリルの魔力が更に膨れ上がり、身体から凄まじい氷雪が漏れ始める。

フェンリルは、氷の衝撃波を放つつもりだった。

しかしーー

ージャラ・・・

「ーーッ‼︎コレは・・・!」

フェンリルの魔力は急激に拡散していき、行うはずだった攻撃が中断された。

フェンリルは魔力を拡散させた原因、四肢を拘束する“鎖”を見る。

“鎖”は淡く輝き、フェンリルの魔力を吸い取って、拡散させていた。

「この鎖は、貴様を拘束する為にドヴェルグ達に作らせた特注品だ。名を【グレイプニル】。この鎖は、拘束された者の魔力を強制的に放出させ、その魔力を吸収して、より強度を増す。・・・まさに神を縛るには、うってつけだ」

「・・・“貪り食うもの”。確かに似合いの名だ・・・!」

フェンリルは四肢に力を込め、膂力で引きちぎろうとするが、広げる様に拘束されている状態では、上手く力が入らなかった。

「無駄だ。貴様の魔力を吸収して、強度を増したグレイプニルは、幾ら貴様とはいえ簡単には解けぬ」

ーージャララララ

「ーーッ!」

更に二方向からグレイプニルが放たれ、フェンリルの胴体を拘束する。

「では、眠ってもらおうか」

周りの術師達が、一斉に眠りのルーンをフェンリルに対して放つ。

(・・・くっ!魔力を吸収されているせいか、耐性が・・・落ちている。・・・・まずい・・・意識が・・・)

フェンリルの目蓋は閉じた。

「テュール様。はい、奴を捕らえました」

目蓋は閉じ切ったが、まだ意識を保っていたフェンリルが寸前で聞いたのは。

「分かりました。では、予定通りに幽閉します。・・・はい、“ラグナロク”の開始までには次の準備を整えておきます」

(・・・・ラグ・・・ナロク・・・・)

フェンリルの意識はそこで途絶えた。



ーー・・・

二日後

ーアスガルド・【オリジン・グラズヘイム】にて


【オリジン・グラズヘイム】ー

北欧の主神・オーディンはもちろんの事、ロキ、トールや他のオーディン派の神格が住む宮殿でもあり、アスガルド最大の空中戦闘要塞である。

グラズヘイムとは、北欧の神々専用の要塞の総称であり、オーディンのグラズヘイムは、“オリジン”の名が付いている。

外観は伝承の通り美しく荘厳な宮殿だが、その実、外壁には無数の防衛機構とエネルギーシールドが備わっており、それらの機構は、“ある所”からの技術供与によって、敵味方識別機能を搭載している。

そして、周囲にはオーディン庇護の民が暮らす都市が広がっている。

グラズヘイムの周囲には、ヴァルキリーや英霊、下級神、幻獣からなるアスガルド軍が絶えず防衛網を敷いており、更にオーディン以外にもロキ、トールと強大な神格がいる事から、「攻める前から諦める」と言われるほどに、今まで本気でグラズヘイムを落とそうと攻めてきたものはいない。


ー【オリジン・グラズヘイム】内・ヴァラスキャルブ大広間

大広間では、三人の女神が話し合っていた。

中央の一人は、足元まである蒼銀色の長い髪、魔術師が着る様なスリットが入り、スタイルのいい身体に纏う胸元が大きく開いたドレスローブとマント、蒼い瞳に、左目をタクティカルバイザーの様な仮面で覆った美しい女性。

その女性こそ、現在、アスガルド全土を統治する北欧の最高神、【オーディン・アスガルズ】である。

その右側には、肩と腰の中間ぐらいまである蒼銀色の髪、赤い瞳と理知的な眼鏡をかけた美女。

【ロキ・アスガルズ】

オーディンの妹で、トールの姉であり、フェンリル達の母親である。

主にルーン魔術を得意とし、知略に於いてはオーディンを上回るとされているが、本人曰く「姉は、全てにおいて三姉妹の頂点」との事。

そして、オーディンの左隣にいる女性。

腰元まであるウェーブがかった蒼銀髪、金色の瞳、長身で抜群のスタイルだが、少し筋肉質の美女。

【トール・アスガルズ】

オーディン、ロキの妹である。

雷神であり、その剛力はアスガルド随一を誇る。

アスガルドの三女神は三姉妹であり、長女オーディン、次女ロキ、末妹トールである。

彼女達は今、行方不明になったフェンリルについて話していた。

「フェンリルが行方不明になって、二日・・・。やはり、何かあったと見るべきか・・・」

オーディンが、空中投影されているディスプレイに表示されている、フェンリルの反応をロストした地点を見ながら言った。

「捜索隊の報告によれば、あの子の反応をロストした地点で、【神狼の厳冬(フィンブル・ヴェト・ヴォルフ)】を使った痕跡を見つけたそうよ。・・・でも、不自然に中断させられた様な感じだったと・・・」

毅然とした様子で話すロキだが、声音には我が子を心配している感じが窺えた。

「テュールの領域との境目近くでの反応ロスト・・・。姉上、コレは確定でテュールの仕業だろ。

フェンリルが力を出せなかったのも、奴が何かしたに違いない」

トールが言った。

「・・・・ええ、分かっているわ」

「・・・・・・・」

少しの沈黙が流れる。

その間、オーディンは考えを巡らせ、ロキは心配そうにフェンリルをロストした地点を見ていた。

本当は今すぐにでもテュール領にいき、戦争になってでもフェンリルを探しに行きたいのだろう。

その気持ちを察して、トールがオーディンに言う。

「姉上、命令してくれ。私がテュールの野郎を締め上げて、居場所を吐かせてこよう!」

「・・・・」

オーディンが返事をしようと口を開いたその時だった。

ーブォォォォォォォォォォォォン!

高らかに、そして勇ましく。終末の戦いを告げる角笛の音がユグドラシル全域に鳴り響く。

「「「ーー⁉︎」」」

ーブォォォォ!ブォォォォン!ブォォォォォォォォ!

「おいおい、マジかよ。アレを鳴らしやがったのか!」

「これは・・・姉上!」

「・・・ギャラルホルン・・・」


ーー・・・

同時刻:アスガルド・オーディン領・境界付近


オーディン領境界付近に建てられた、東西南北に防衛の為の大規模な軍事要塞が存在している。

大規模と言っても、流石にグラズヘイム程では無いが、強大な戦力を擁しているので、グラズヘイムを攻めようとするなら、まずこの四つの堅牢な要塞のどれかを突破しなければならない。

仮にどれか一つが陥落したら、他の要塞の戦力は、すぐにグラズヘイムへと集結して守りを固める。

この動きも、グラズヘイムが難攻不落と言われる要因の一つだった。

此処テュール領に近い南の要塞では、兄妹神が指揮に当たっていた。

輝く様な金髪の男神が、周囲を一望できる城壁の上で忙しなく配下に指示を出していた。

【フレイ・ヴァンル・アスガルズ】

豊穣の神であり、金髪碧眼というその恵まれた容姿から北欧で、非常に崇拝を集めている男神であり、また、オーディン傘下の将軍を務めている。

「直ぐに、他の要塞に連絡を繋げ!」

「ハッ!」

「何かの間違いであれば良いが・・・」

「兄様」

連絡をする為に、去った兵士と入れ違いで、露出の多い軽装鎧姿の美しい金髪碧眼の女神が近づいてきた。

【フレイア・ヴァンル・アスガルズ】

兄のフレイと同じく豊穣を司る神であり、オーディン傘下の将軍であり、またその抜群のスタイルと美貌から愛の女神としても信仰されている女神である。

「フレイアか」

フレイアは、テュール領を探る様に見つめるフレイの横に並ぶ。

「やはり、先程聴こえたのは、ギョラルホルンでしょうか?」

「恐らくな。今、ビフレストに確認をとっている所だ。フレイア、フェンリルの居場所は突き止めたか?」

「いえ、痕跡を中心に捜索したのですが・・・捜索した範囲内にはいませんでした。やはりテュール領の奥地に連れ去られたとみて間違いないでしょう」

フレイとフレイアは、オーディンの命でフェンリル捜索の陣頭指揮を執っていた。

テュール領の近くで、フェンリルの痕跡を見つけて、オーディンに報告した後、痕跡を基点として捜索していた所に、ギャラルホルンの音を聴いたので、フレイはフレイアに引き続き捜索を続けさせ、自身は確認の為に、一度要塞に戻っていた。

「しかし、フェンリルが捕まるとはな・・・」

「はい、彼は既に私と兄様の二人がかりでも互角・・・もしくは圧倒出来る戦闘能力を有しています。そのフェンリルが捕まるという事は・・・」

「ああ、何か抵抗出来なかった理由があるのだろう。いや、確か・・・」

「兄様?」

「前に、ドヴェルグ達に聞いた事がある。かつて祖先達が、特殊な金属と共に様々な武器の設計図を残したと。その中には、“魔力を強制的に放出させる”装備があるらしい」

「では、今回それが使われたと?」

「いや、まだ製造出来ていないそうだ。製造に要求される魔導技術や鍛治加工技術が高すぎると聞いた。だから、それを奴らが作れたとも思わないが、あくまで可能性の一つとして・・・ー⁈」

ーズゥン・・・ズゥン

その時、遠くの方から地響きの様な音がフレイの耳に入ってきた。

「なんの音だ?」

「地滑りか?」

「嫌な予感がする・・・」

要塞の城壁にいる兵士達が口々に言った。

そしてーー

「おい、嘘・・・だろ・・・」

驚愕した兵士が水平線上に見たものは。

「「ーー‼︎」」

フレイとフレイアも確認した。

ーズゥン・・・・ズゥン

巨人の軍勢だった。

“巨人”と言っても,そのままの意味ではなく。

巨いなる力を持つ人型種の意味で有る。

身長は個体差はあれど、普通の人間と同様の背丈、もちろん伝承に語られる様な巨大な体躯を持つ者もいるが、共通するのが、皆膨大な魔力を持って生まれる事だ。

テュール領近くから現れた巨人の軍勢は、全身鎧を身に付けており、種族は鎧の色で判別出来た。

青白い鎧は【霜の巨人(ヨトゥン)】、明るいグレーの鎧は【山の巨人(ベルグリシ)】、そして北欧の巨人種族の中で特に強い力を持つのが、燃える様な赤い鎧、【炎の巨人(ムスペル)】。

そして空中には、武骨だが鋭いデザインをした巨人達の船。

魔導戦闘艦【ナグルファル級】が、数十隻進軍している。

いつか起こるかも知れないと囁かれてきた、“ラグナロク”ーー

それは、ギャラルホルンの音と巨人の進攻から始まる・・・まさにその通りの光景に、兵士達の間に動揺が走った。

ーー最終戦争の始まりだと。

「狼狽えるな‼︎」

その動揺を感じとり、不安を払拭する様に、フレイが声を飛ばす。

「ーー⁉︎」

「フレイ様・・・!」

「皆、傾注せよ!」

フレイアも皆に声を飛ばす。

フレイが皆に言う。

「良いか、お前達!この戦争は、本来“起こる筈の無いもの”だ!・・・我らは、共にユグドラシル、並びに北欧で住う者として、協力し、友好関係を結んで来た」

『・・・・・』

「そして思い出せ!民達の間で囁かれるラグナロクの最後を・・・。ムスペルの女王、【スルト】殿は平和主義者であり、我らが最高神オーディン様と友人であり、決してその気が無く、有り得ないと言う事を!」

フレイの言葉に兵士達の不安は吹き飛び、顔つきが戦士の顔に変わる。

そして、皆フレイの指示を待つ。

「・・・それで、どうだ?」

フレイは、確認を取らせていた兵士に聞いた。

「ダメです。何度も呼びかけましたが、繋がりません!」

「・・・そうか」

顎に手をやり、考え込むフレイにフレイアが言う。

「兄様。ビフレストが落ちたのでしょうか?」

「かもしれん。だが、或いは・・・いや、まさかな・・・」

考え込む兄に、フレイアもある考えに至り、ハッとした。

「兄様。・・・まさか、そんな事が?」

「考えるのは後だ。今はとにかく目の前の状況を打開せねば。・・・全員‼︎持ち場について戦闘態勢で、待機しろ!」

『ハッ!』

兵士達は直ぐ様、各自の持ち場に移動する。

「フレイ様!フレイア様!アレをご覧ください!」

慌ただしく布陣する中、一人の兵士が巨人の軍勢を見て、声を上げる。

フレイとフレイアも、“それ”を見た。

四隻の戦艦が等間隔で、巨大な正方形の陣形をとり、下方から放出された魔力の帯で、戦艦同士が繋がっていた。

そして、正方形の陣形の内側がゲートとなり、何処かと繋がった。

「アレは・・・巨大な転移ゲートか」

そこから現れた“存在”を見て、全員が驚愕した。

「そんな⁉︎まさか!」

「どう言う事だ⁉︎何故、彼が⁉︎」

ゲートから現れたのは、数十キロメートルにも及ぶ、黒き長大な体躯、溢れ出る膨大な神の魔力、龍に似た頭部には、両眼を覆う拘束具の様な仮面を被せられた龍蛇。

ーー【世界蛇・ヨルムンガンド】だった。


ーー・・・

ー同時刻・グラズヘイム

オーディン達も、出現したヨルムンガンドを見ていた。

「・・・何故、アイツが⁈」

トールが驚愕して、オーディンが黙って見つめる中、母親のロキは即座に否定する。

「いいえ。あの子じゃ無いわ。・・・でも、この気配はあの子に瓜二つ・・・」

「クローンよ」

オーディンは、クローン・ヨルムンガンドを観察しながら言う。

「まさか、神のクローンを造るとは・・・。でも・・・完全に兵器として造る筈が不完全だったようね。あの仮面は、恐らく“心と自我“を生まれない様にして操る為の物ね」

「東西南北、全てに一体づつ・・・何処で、あの子の遺伝子を・・・?」

「クローンとはいえ、ヨルムンガンド相手じゃ要塞の奴らだけじゃ荷が重い。姉上、私は行くぞ!」

その時ーピピッとオーディンの元に通信が入った。

「オーディン」

「・・・スルト」

通信者は、炎の様なグラデーションが入った赤髪、赤目の美女。

ムスペルヘイムの女王、スルトだった。

「おい、スルト!ムスペルや他の巨人族が攻めて来てるぞ!どう言う事だ!」

トールがスルトに詰め寄った。

「ああ。先程、報告を受けた。どうやら夜半の内に、多数の兵士を乗せ、数十隻の戦艦が出撃したそうだ。恐らく、昨今、巨人族の中で確認されていた過激派のの者達だ」

「・・・他の王は何と?」

「それが、再三呼びかけているのだが、連絡がつかないのだ。どうやら、ギャラルホルンが鳴らされてから、ユグドラシル全域にこちらの通信に干渉する限定されたジャミングが展開されている様だ」

「・・・成る程、巨人族の通信網にだけ作用するジャミング・・・。王同士の事実確認と連携をさせないようにする為の物・・・だとすればこれは・・・」

オーディンは、考え込む。

「オーディン。私は、これより軍を率いてムスペルヘイムからの反乱軍の制圧に向かう」

「・・・待って。スルト」

そう言ってスルトは、通信を切ろうとするが、オーディンがそれを制止した。

「貴女は今、アスガルドに来てはダメよ」

「何故だ?オーディン」

「思い出して、スルト。民の間で囁かれるラグナロクの最後を」

「・・・・私が炎を放ち、北欧の全てを焼き尽くすという所か?」

「ええ。この状況・・・巨人の進攻、ビフレストの沈黙、そしてヨルムンガンドのクローンが出て来た事で確信出来たわ。恐らく、フェンリルが拉致された事もそう・・・。テュールは、ラグナロクを演出しているのよ」

「ラグナロクの演出?何故、そんな事を?・・・いや、そうか・・・奴の目的はー」

それまで黙っていたロキが口を開く。

「私たちの抹殺・・・自分に従わない神格の排除、そして最終目的は・・・」

「最高神への復権か・・・。ハン!あの野郎、まだ自分の方が主神に相応しいなんて思ってるのかよ!」

トールが吐き捨てる様に言った。

「とにかく、テュールの思い通りにさせる訳にはいかない。だから、スルト。貴女は各王達に連絡をとって、ゲートを破壊して貰えるかしら?」

「成る程。進攻中の軍勢を退却不能にしつつ、我らがアスガルドと連携する事で、民達に滅ぼすつもりなど無いと示す事が出来るか・・・。了解だ、オーディン。こちらは任せろ」

そう言うとスルトは、通信を切った。

「しかし、姉上。新型の通信網を早めに導入したのは、正解でしたね。このジャミングは、やはり?」

「ええ、ギャラルホルンの能力よ」

「ヘイムダルが裏切ったのか・・・。だから、姉上はビフレストには、新型を導入しなかったのか」

「予測であって欲しかったけどね。さて、私たちも出るわよ。トールは西、ロキは東をお願い」

オーディン達は転移魔法陣を展開した。

「了解だ。ヨルムンガンドと戦えるとはな」

「・・・姉上は?」

「私は、残り二方面を担当する。二人とも、敵を殲滅せずに、なるべく拮抗している様に見せかけて、いい?」

「了解」

「応!」

三人は、それぞれの戦場に転移した。



ーー・・・

ーーオーディン領・南要塞

フレイとフレイアは、要塞前の平原に陣を敷いて、城壁の上から指揮していた。

敵軍に相対しているのだが、敵の妙な動きを見てフレイとフレイアは疑問に思っていた。

「何故だ。何故、攻めてこない?クローンとはいえ、ヨルムンガンドは戦略クラスの戦闘能力を有する。一息に攻め込まれれば、こちらは、かなり危ういのだが・・・」

「敵の指揮官が無能か、それともクローンに問題があるのか・・・」

こちらに進軍していた敵軍は、先程から進軍速度が落ちていた。

それどころか、一度も攻撃せずに進軍を止めていた。

天気は変わり、雪が降って来ていた。

「何かを待っている・・・?」

フレイアが口にしたその時ーー

ーシュウゥゥ

ルーン魔法陣が展開されて、フレイとフレイアの後ろに、オーディンが転移して来た。

「・・・オーディン様⁉︎」

フレイとフレイアが直ぐに跪き、周りの兵士もそれに続く。

「動きは?」

「ハッ。かれこれ相対してから三十分は経過していますが、攻撃してくる様子は有りません」

フレイが報告するとオーディンが呟く。

「やはり・・・ね」

オーディンの呟きにフレイアが聞く。

「やはりとは?オーディン様は、この状況を想定しておられたのですか?」

「ええ。ほら・・・来るわよ」

「「・・・‼︎」」

オーディンの視線先には、クローン・ヨルムンガンドと多数の戦艦からなる巨人の軍勢。

今まで、ピタリと進攻を停止して待機していた大軍勢が、オーディンを確認した途端に進攻を再開した。

ーーグォォォォォォン‼︎

それに伴いクローン・ヨルムンガンドが、鎌首をもたげ、オーディンに向かって咆哮を上げて進攻を開始した。

「敵・・・いえ、テュールの狙いはラグナロクを演出しての私達の抹殺。噂されているラグナロクの内容にあるでしょう?アスガルドの神々・・・私も含めた大半は、ヨルムンガンドによって倒されると」

「やはり、テュールの奴が・・・」

「ラグナロクの・・・演出・・・」

周りにいた兵士の一人が切迫した声を上げる。

「オーディン様‼︎ヨルムンガンドが接近中です!如何なされますか⁈」

クローン・ヨルムンガンドは、敵軍の先鋒として長大な体躯をうねらせ、地を抉り破壊し、地震を起こしながら、突出して突撃して来た。

オーディンはフレイとフレイアの前に出て、右手を翳す。

「ーー⁉︎」

「オーディン様⁉︎まさか、自ら迎え撃つおつもりですか⁉︎」

フレイとフレイアが驚く。

フレイやフレイアとしては、敵の狙いがオーディンであるならば、最前線で戦わせる訳にはいかないと考えていたからだ。

「当然よ。その為に来たのだから。・・・あなた達二人の考えは分かっている。・・・だが、この状況で後ろで座するだけではいられない。テュールの思い通りにさせる訳にはいかない」

オーディンから膨大な魔力が溢れ出る。

「だから・・・その計画を、思惑を、真正面から叩き潰す‼︎」

「ーー来れ。其は、ユグドラシルの欠片。北欧の具現よ・・・神なる魔槍よ。我が元に顕現せよ」

オーディンの右手に膨大な魔力が集束して長大な槍を形取る。

「ーー【神槍・グングニル】」

膨大な魔力が弾けて、蒼白い神槍が顕現する。

槍の柄は3メートルあり、太刀打ちの部分がコの字になった形状をしており、コの字になった部分からは、圧縮されたビーム状の魔力の羽が5枚拡がって発振しており、穂身は、全体にルーン文字が刻まれた2メートルの細い大剣状になっている槍型の神威顕装。

【神槍・グングニル】

オーディンの神威顕装であり、オーディンを象徴する北欧最高峰にして最強の武器。

現在、オーディン派のアスガルドの神々が所有している神威顕装の数々は、ドヴェルグ達が製作した物ではなく、ユグドラシルの秘匿区間・ミーミルの泉に安置されていた物であり、既存の装備を超える力を宿し、正確な製作時期、さらには製法も一切不明であり、泉の管理者たる管理AIミーミルでさえ知らず、ある時、泉の中から出現したと言う。

聞きつけた神々は、我先にと出現した装備を手に入れようとしたが、ドヴェルグが製作した物と違い、誰でも所有出来る物ではなく、“装備自体が適合しなければ”触れる事すら叶わなかった。

特にオーディン、ロキ、トールの三女神が持つ、【神槍・グングニル】【神銃・ミストルティン】【神鎚・ミョルニル】は、泉から見つかった装備の中でも別格であり、安置されていた時、三女神以外は5メートル以内に近づく事すら出来なかった。

オーディンは、グングニルの穂先を迫るクローン・ヨルムンガンドに向ける。

「例えクローンと言えど・・・甥っ子のヨルムンガンドに槍を向けるのは、心苦しい物ね・・・」

オーディンはグングニルが魔力を纏わせ、クローン・ヨルムンガンドを見据える。

「せめて、安らかに眠りなさい・・・。穿て、グングニル‼︎」

オーディンは、グングニルの穂先を向けたままパッとグングニルを手放す。

ーバシュン‼︎

グングニルは、戦闘機がミサイルを発射するかの如く一瞬落ちた後、一瞬で音速を超える速度でヨルムンガンドに向けて発射された。

ーーキィィン・・・ーーザシュッン‼︎

ーーグォォォォォォン‼︎

グングニルは、クローン・ヨルムンガンドの口腔から入り、そのまま頭蓋を穿ち貫いた。

その衝撃で、クローン・ヨルムンガンドの長大な体躯は仰け反り、天高く持ち上げられる。

そして、グングニルは切っ先を反転し向け直すと、再び音速で突撃する。

ーーザシュ!ザシュ!ザシュ!ザシュ!

グングニルは、ソニックブームを周囲に撒き散らしながら、クローン・ヨルムンガンドの体躯を縫う様に様々な角度から貫いた。

クローン・ヨルムンガンドの尻尾の先まで貫いた後に、音速でオーディンの手元に戻ってきたグングニルを、オーディンは掴み穂先を向ける。

ーガシャン

グングニルの穂身が中心から二又に開き、膨大な魔力が集束する。

ーーシュゥゥゥ・・・・・・ゴォォォッ‼︎

グングニルの二又に分かれた穂身の中心から蒼白い極大のビーム砲撃が放たれた。

放たれた極大のビームは、敵の巨人達を巻き込んで、クローン・ヨルムンガンドを飲み込んだ。

ビームは、後方に展開していた戦艦にも着弾して爆散させた。

ビームが通り過ぎた後、クローン・ヨルムンガンドは跡形も無く消滅して、周囲の敵軍も壊滅的な打撃を被っていた。

オーディンは、グングニルによる砲撃で、展開していた敵魔導戦艦数隻を含む敵戦力の約5割と、敵の切り札たるクローン・ヨルムンガンドを屠った。

『ウオォォォォ!』

兵士達が歓喜の声を上げる。

「フレイ、フレイア、この戦場は任せるわ。私は北の要塞の救援に向かう」

オーディンは、転移魔法陣を展開しながらフレイとフレイアに言った。

「「ハッ」」

オーディンが北の要塞に向かった後、フレイとフレイアは、戦力を再集結しつつある敵軍を見据える。

「顕現せよ。【神剣・ソード・オブ・ジーク】!」

フレイは、刀身にルーン文字が刻まれた、白金に輝く細身の長剣を顕現させた。

「顕現せよ。【神飾・ブリージンガメン】!」

フレイアは自身の首元に、揺らめく炎の様な形状と宝玉がはめ込まれた黄金の首飾りを顕現させた。

どちらも、ミーミルの泉で発見された装備だ。

フレイは、剣を高く掲げて兵士達を鼓舞する。

「聞け、アスガルドの精鋭達よ!我らが最高神オーディン様が、敵の非道なるクローンを討ち滅ぼし、自ら戦端を開いて下さった!我らも行くぞ!テュールめに我らの力を思い知らせてやれ‼︎」

『ハッ!』

フレイアの周りに、【神飾・ブリージンガメン】の能力で現れた、幾つものガラスの様な透明な六角形のプレートにより、フレイとフレイアは一瞬で最前線に移動した。

再集結した敵軍が、再び進攻を開始した。

「アスガルド為に!三女神の為に‼︎」

『アスガルド為に!三女神の為に‼︎」

フレイアに続き、兵士達が唱和した。

いつの間にかフレイの傍らには、鋼の様なマシンじみたボディの巨大な猪【神猪・グリンブルスティ】の姿があった。

「行くぞ‼︎全軍、私に続け‼︎」

『オォォォォォォ‼︎』

フレイとフレイアが先陣を駆ける。

南要塞は、本格的な交戦状態に入った。


ー・・・

ーオーディン領・西要塞

「来れ。其は、ユグドラシルの欠片。北欧に響く剛雷よ・・・神なる魔鎚よ。我が元に顕現せよ‼︎」

西要塞の前で敵軍を迎え撃つ為に布陣した、要塞駐留軍の最前にいるトールの右手に、雷の様な膨大な魔力が迸り、集束して柄の長い鎚を形取る。

「ーー【神鎚・ミョルニル】‼︎」

蒼白い戦鎚が顕現する。

柄は長身のトールの背丈程あり、装飾の施された巨大な鎚頭にルーン文字が刻まれ、グングニルと比べるとシンプルなデザインをしているが、グングニルと同等の性能を有する、北欧最高峰の戦鎚型の神威顕装ーー【神鎚・ミョルニル】。

そして、トールの両手にはガントレット型の神威顕装【ヤルン・グレイプル】、腰には宝玉が埋め込まれた、ベルト型の神威顕装【メギンギョルズ】を顕現させていた。

この三つを顕現させて戦うのが、トールの通常の戦闘スタイルだ。

【ヤルングレイプル】は、非常に強力なエネルギーシールドを発生させ、【メギンギョルズ】は所有者の総合能力、特に膂力を大幅に向上させる能力を持つ。

トールが左足を踏み出し、地面を踏み締め半身で、雷の迸るミョルニルを構えた。

その動作だけで小規模なクレーターが出来、辺りの地面が割れて捲り上がる。

ーードゴォ!

地面を蹴り込み、トールの姿が掻き消える。

瞬時に敵軍と共に迫りつつあった、クローン・ヨルムンガンドの正面に距離を詰めて、横薙ぎにミョルニルを振るった。

ーーッドガァァン‼︎

凄まじい雷音と共に、ミョルニルの一撃がヨルムンガンドの横面に叩き込まれた。

インパクトと同時に、広範囲に衝撃波と雷が拡散し、周囲に壊滅的な破壊を撒き散らすーーまさしく神の一撃。

ミョルニルを叩き込まれたクローン・ヨルムンガンドは、巨大な体躯の半分以上を喪失していた。

空中のトールが、ミョルニルを振り上げ、膨大な雷をミョルニルに纏わせる。

空中から地面に雷の様に急降下し、ミョルニルを地面に叩きつけた。

残ったクローン・ヨルムンガンドの身体めがけて、ミョルニルから高密度の巨大な雷撃波が地面を抉りながら放たれた。

ーードォォォォォォォン!

雷撃波は、残ったクローンヨルムンガンドの身体を焼き尽くし跡形も無く消滅させた。

「おお!トール様が、偽者を討ち取ったぞ!我らもトール様に続くぞッ‼︎」

『オォォォォ!」

北欧の雷神の剛勇を目の当たりにして、要塞駐留軍が奮起して、攻勢を開始する。

「・・・クソッ!胸くその悪い!クローンだとしても、ヨルムンガンドを手に掛けた気分だ・・・!」

トールは全身とミョルニルに膨大な雷を纏い、迸らせる。

「テュール‼︎見ているか!こいつらの次は、お前だ‼︎その頭を消し飛ばしてやるから、覚悟しろ‼︎」

トールはクローンとはいえ、甥っ子と瓜二つの存在をミョルニルで消さなければならなかった事に、怒り心頭だった。

トールは敵軍を見据え、ミョルニルに一層の強力な雷を纏わせる。

「お前らに用はない・・・!降伏しないのであれば・・・さっさと、消えろッ‼︎」

ーーゴォウウ!

トールは、雷の如く敵軍に突撃した。



ーー・・・

ーーオーディン領・東要塞

ロキは、クローン・ヨルムンガンドを見据えながら顕現させる。

「来れ。其は、ユグドラシルの欠片。北欧に流れる清水よ・・・神なる魔銃よ。我が元に顕現せよ!」

ロキの周囲に漂う空気中の水が凝縮して、ロキの手元に集まって、両手銃を型取る。

「ーー【神銃・ミストルティン】」

蒼白い銃が顕現する。

見た目は、銃身が剣身の様な形状になり、そこにルーン文字が刻まれたアサルトライフルで、クリアパーツ状になっている剣先から、ビーム状の魔力を発射するいわゆる光学兵器である。

また、アスガルド軍が開発、運用しているルーン・ライフルのベースとなった、北欧最高峰のライフル型神威顕装である。

三女神の神威顕装は、どれも総合能力が桁違いに高く、【神槍・グングニル】が万能、【神鎚・ミョルニル】がパワー、そして【神銃・ミストルティン】は、面制圧能力に秀でている。

ーーチャキ・・・

ロキは、右手に顕現させたミストルティンを、迫るクローン・ヨルムンガンドに、複雑な表情で向ける。

「・・・・・・」

「ロキ様・・・」

周りの兵士やヴァルキリー達が、ロキの心中を察し、心配そうに迎え撃つ態勢のまま見守っている。

意を決したロキは、躊躇いから少し下がっていた銃口を、向け直す。

「・・・ごめんなさい。あなたは、何も悪くない・・・。勝手に作られて、そんな仮面をつけられて利用されているだけ・・・」

ロキの周囲広範囲の水分が凝縮し圧縮されて、幾つもの高圧縮された水弾が形成されていく。

銃口にも、魔力が集束する。

「今、楽にしてあげるわ・・・」

ーーバシュゥゥウ‼︎

ーグォッ‼︎・・・

ミストルティンから放たれた、一条の細い水のビームは、直線状に重なった、クローン・ヨルムンガンドの頭部と心臓を正確に撃ち抜いた。

その一撃は、クローン・ヨルムンガンドの生命活動を一瞬で停止させた。

続いて周囲の水弾が、一斉に解き放たれる。

ーーザバァ!

水弾は、一つ一つ巨大な螺旋状の水流となり敵軍に放たれる。

その様子は、まさに見えない大艦隊が一斉に艦砲射撃をしている様子だった。

それをロキは、たった一人で行っていた。

螺旋状の水流は、敵艦の迎撃を回転により拡散させ、魔導戦艦の防御障壁ごと装甲を穿ち、地面に着弾すれば、大瀑布となり敵兵を呑み込む。

これこそが、ミストルティンの面制圧能力。

ミストルティンは、マガジン交換の必要がない。

所有者の魔力で供給を行い、また、周囲に存在する水分を制御増幅して、攻撃に転用する事が出来る。

ロキはミストルティンから、精密ビーム、連弾、大出力ビームを撃ちわけながら、ミストルティンの能力により周囲の水分を、強力な螺旋水流、榴弾の様な砲撃、水圧カッターと、様々な形態に変化させ引き続き斉射を続けた。

周囲には艦隊も布陣しているが、要塞駐留軍はロキの邪魔にならぬ様に、警戒しつつ待機していた。

「頼んだわよ二人共。・・・あの子を助けてあげて」

ロキは撃ち続けながら、息子の救出に送った二人の成功を祈った。


ー・・・

ーテュール領・【秘匿研究所リングヴィ】

「・・・・・・ッ」

湖の中央部に浮かぶ小島に建てられた研究所内部。

エネルギーシールドに囲まれた、六角形の台座の上で、フェンリルは意識を取り戻す。

「クソッ・・・!どのくらい意識を失っていた?」

ブルブルと頭を振り、フェンリルは身体を起こす。

ージャラ

フェンリルの四肢は、豪華な装飾が施された壁面に打ち込まれたグレイプニルによって拘束されていた。

ーーガチガチガチ

力を込め、右側のグレイプニルを引きちぎろうとするが、長時間フェンリルの魔力を吸収して強度を増したグレイプニルは、ビクともしなかった。

「・・・奴の言った通りか。・・・だが、吸収が止まっている。・・・限界に達したか?」

「・・・気がつかれましたか」

不意に声を掛けられて、その方向見ると、そこにはグレイプニルでは無いが、両足首に鉄球のついた鎖を付けられた数名のドヴェルグ達がいた。

敵意は感じなかったが警戒して、フェンリルは氷雪を発生させる。

「お、お待ち下さい!フェンリル様!敵対するつもりはありません!我々も同じ状況なのです!」

「・・・お前達は、テュールに仕えているドヴェルグだろう?」

フェンリルは、氷雪を鎮めて話しを聞く。

「今は、見ての通り鎖で繋がれて研究を強いられているのです・・・」

「奴の不興でも買ったか?」

「はい、原因は、今フェンリル様を縛っているグレイプニルです」

「・・・どう言う事だ?私を縛れる程の性能を誇る物を開発したのなら、奴が喜びそうな物だが?」

ドヴェルグは、手元の端末を操作して、空中スクリーンを投影して、設計図を映した。

「そのグレイプニルは未完成、いえ・・・仕様変更した物です」

「これは・・・元々、武器なのか」

「フェンリル様。【幻想設計図】については?」

「ああ、存在はな。確か・・・カタログスペックの時点で、既存の兵装を遥かに凌駕するが、製作者に要求される技術が高く、材料の超金属の加工が困難な事から製作不可能とされる設計図・・・だったか?」

【幻想設計図】

大昔より、各神格に仕えるドヴェルグの一族や神々の宝物庫に、材料となる正式名称不明の超金属と共に保管されている兵装の設計図で、それぞれ携帯端末に記録されている。

その遥かに高い性能を誇る兵装を、自分の顕装にしようと神々が作らせようとしたり、数多のドヴェルグ達が挑戦したが、要求される魔導科学技術・鍛治加工技術が遥かに高く、超金属の加工も今までの技術では加工が出来なかった。その為、空想の産物、机上の空論、実在不能と言われており、いつしかそれらは、【幻想設計図】と呼ばれる様になった。

「では、このグレイプニルは幻想設計図から製作したものか!加工する方法を見つけたのか!」

「実は単純な事だったのです。ただ力による加工ではなく、膨大な魔力を一定量注ぎ込めば、後は魔力を注ぎ込みながらどんな形に形成するかをイメージしながら、魔力で操作する様に加工するのです」

「成る程、このグレイプニルも私の魔力を吸収して強度を増した。魔力によって成長する金属か・・・道理でいくら叩いても凹みもしないわけだ。だが、なぜテュールはお前達を拘束している?」

「グレイプニルは加工方法を見つけてから、我々が長年製作して来た物で、完成まで後一歩という所でテュール様が、【ラグナロク計画】に使う為に設計図通りではなく、拘束専用としての性能に特化させろと要求してきたのです。しかし、我々としては完成していない物を渡す事は、我らドヴェルグの信念に関わります。なので断った結果、グレイプニルは取り上げられて我々は此処に幽閉されたのです」

それを聞いたフェンリルは、鼻で笑う。

「フン。母上の言った通りだ。自分に従わない者は、殺すか使い潰す。自分に従う事が当然だと思っているからな。・・・それで、【ラグナロク計画】について何か知っているか?」

「いえ、詳しいことは何も・・・。ただ、貴方にグレイプニルを全て使用する事は、漏らしていましたが」

「そうか・・・何にせよ此処から出なければならん」

その時ーー

ーードォォン!

部屋のドアがひしゃげて、入り口を警備していた兵士と共にドアが吹き飛ぶ。

入り口から銀髪の女性が現れる。

その女性は、フェンリルを見つけると安堵の表情を浮かべ、フェンリルに近づく。

「兄上!よくぞご無事で!」

「ヘル、まさかお前が来るとは思ってなかったぞ!ヘルヘイムはどうした?」

ヘルは傍らにいた、狼の様な見た目の赤い毛並みの大型犬ガルムに、フェンリルを拘束するグレイプニルを壊す様に、手で指示しながら答える。

「兄上がテュール領付近で行方不明と聞いて、妹の私が大人しくできましょうか。それに救出に来たのは私だけではありません」

「何?まさかーー」

ドアが破壊され、外界と遮断する結界が壊れた為、外の様子が感知出来たフェンリルは、見知った気配を感じて上を見上げる。

ーーゴォォォ‼︎

突如、巨大な尻尾によって天井が薙ぎ払われ、破壊され、北欧の雪空を映した。

天井に出来た大穴から、龍の様な巨大な大蛇が覗き込む。

「兄上・・・‼︎」

「ヨル!お前まで・・・。ミズガルズは、どうした?」

「私がいなくとも、あそこには神に匹敵する程の英雄や、勇猛な戦士達が山ほどいる。だから任せてきた」

「そうか・・・。確か、“グラム”に適合した者もいたのだったな。・・・・・・やはり、戦いが始まったのか?」

ヨルムンガンドが天井を破壊したことにより、フェンリルの感知能力は、オーディン領で行われている戦闘を感知した。

「ええ。現在オーディン領の各要塞にて防衛戦の最中です」

それを聞いたフェンリルは、身を起こし立ち上がる。

「こうしては居れんな、急ぎ行動せねば。ガルム、離れていろ」

フェンリルは、グレイプニルを噛み砕こうとして、奮闘中だったガルムに言った。

フェンリルは、その場で魔力を滾らせる。

吸収は止まっていた為、膨大な神の魔力が膨れ上がり、氷雪が漏れ始める。

ーパキッ、パキパキパキ・・・

まずフェンリルは、氷雪により、自分を囲むエネルギーシールドを凍結させた。

ーーバリン‼︎

極限まで凍結させたシールドは、フェンリルが身じろぎして、グレイプニルを少し揺らすだけで砕けた。

続いてフェンリルは、四つの氷柱を作り出し、四肢を拘束しているグレイプニルの根元に向けて放った。

ーードォォン‼︎

氷柱は、グレイプニルの先端部が埋め込まれた壁を破壊して穴を開けた。

グレイプニルの先端、菱形の杭になっている部分が、ゴトッと地面に落ちた。

まだ四肢にグレイプニルが付いているが、フェンリルは、ようやく自由に動かせる解放感に身体を伸ばした。

「フウ・・・ようやく動ける。・・・さて、ヘル!これを頼む」

そう言うとフェンリルは、ヨルムンガンドが天井を破壊した時に外れた、胴体に巻きついていたグレイプニルをヘルに魔力で空中に浮かせて渡す。

「コレが?」

「ああ、グレイプニルだ。ヘル、ヨル、お前達はグレイプニルと、その作成者たるそこにいるドヴェルグ達を連れて、グラズヘイムに帰還しろ」

ヘルは、部屋の端末前にいるドヴェルグ達を見て、怪訝そうに聞く。

「兄上。この者達は、テュールに仕えるドヴェルグ達では?」

「“元”だ。テュールの不興を買ってな。この者達は有能だ。何せ幻想設計図から、このグレイプニルを作成したのだからな」

「な⁉︎・・・では、加工方法を見つけたのですか⁉︎」

「ああ、だから必ずグラズヘイムに連れて行け。ヨルもいいな?」

ヨルムンガンドとヘルは頷く。

「兄上は、如何されるのですか?」

「何、私は奴に礼をしてやらねばな」

「ーー!まさかお一人でテュールの元に乗り込むおつもりですか⁉︎危険です!共にグラズヘイムへの帰還を!母上からも、連れ帰る様にと言われております」

ヘルの抗議に、フェンリルはフッと笑う。

「心配するな、威力偵察をするまでだ。それとも、私がやられるとでも?」

「い、いえそんな事は・・・兄上の強さは重々承知しています。ならばせめて、私達も共に・・・」

「ヘル、伝えたはずだぞ。その者達を連れ帰るのは、重要な事だ。必ず北欧の益となる。いいな?」

「・・・・・分かりました。ですが、無理だけはなさらないでください」

「ああ、もちろんだ」

そう言うとフェンリルは、四肢のグレイプニルをジャラジャラさせながら真上に跳躍して、ヨルムンガンドの頭部に乗った。

「ヨル、テュールのグラズヘイムに頭を向けてくれ」

「うむ」

ヨルムンガンドは首を天高く伸ばし、要塞方面に向けた。

「兄上、気をつけてくれ。母上が言うには、ビフレストは陥落ではなく、恐らく・・・」

「ああ、そうだろうな。・・・では、任せたぞ」

ーーフォン!

そう言うとフェンリルは、ヨルムンガンドの頭部を蹴り、神速のスピードを持ってしてテュール領の奥地に向かった。


ー・・・

ーアスガルド【テュール・グラズヘイム】

グラズヘイムの周りには、艦隊が集結して布陣していた。

テュールは、自身のグラズヘイム上空に布陣したヴァルハラ級魔導戦艦【ティウダンス】の艦橋にて、【ラグナロク計画】の指揮を執っていた。

「報告。全てのクローン・ヨルムンガンドが撃破されました!オーディン派の神々、全て健在!」

「フン、所詮は蛇の模倣品。期待はしていなかったが、役立たずめ!随時追加戦力を投入し続け、間断なく攻撃を仕掛けろ!奴らに休む暇を与えるな!」

「ハッ」

指示を出した後、テュールは右側に控える白髪の偉丈夫、北欧の光の神【ヘイムダル】に声をかける。

「ヘイムダルよ。もう少し奴らを消耗させたら、お前の出番だ。お前の望みである“闘争“を与えてやるのだ。存分に力を振るってもらうぞ」

「・・・了解した」

ヘイムダルは静かに答えた。

ーーピーピーピー!

突如、レーダーが接近警報を鳴り響かせた。

「報告!グラズヘイムに接近する強大な魔力反応を検知!は、疾すぎる!こ、これは⁈」

「何だ!」

「・・・映像、モニターに出ます!」

しかしモニターに映るのは、雪原を舞い上げて疾走する、微かなノイズの様なブレた影が映っていた。

「・・・フェンリル・・・」

その蒼銀の影を見た、テュールの左に控えるスクルドが呟いた。


ー・・・

神速で疾走するフェンリルは、雪原の小高い丘で、停止する。

すると、テュールの声が響く。

「ほう、これは驚いた。まさかグレイプニルを引き抜いて来るとはな」

フェンリルの前方、テュール・グラズヘイム前に布陣する艦隊の最前に、空中スクリーンが投影される。

映るのは、艦隊中央に布陣する【ティウダンス】の甲板上にいる三人の人物。

中央にテュール、左側にスクルド、右側にはヘイムダルの姿があった。

「ヘイムダル・・・やはり、裏切っていたのか。そうだろうな、そうでなければギャラルホルンが鳴らされる訳が無い」

「何をしに来た?防衛に行かなくていいのか?」

テュールは、フェンリルを挑発する様に言った。

だが、フェンリルは冷静に警告を発する。

「テュール!今すぐオーディン領に展開した軍を退かせろ!隣にヘイムダルがいる以上、お前がラグナロクを首謀者である事は明白だ!さもなくば、オーディン様がお前を裁くぞ!」

「そうはならんさ。そもそも今攻めているのは巨人、そして巨人族の魔導戦艦【ナグルファル級】だ。我が軍は一兵たりとも存在しない。したがってオーディンが私を裁く理由など無い。私には一切繋がらないのだからな」

「・・・・・」

確かにテュールがラグナロクの首謀者だと言う、北欧の民に示せる証拠は無い。

テュールの言う通り、攻めているのは全て巨人族の戦力で構成されている。

テュールがフェンリルに言う。

「だが、そんな事を言いに来たのでは無いのだろう?」

「・・・・ああ、そうだ。お前の言う通り、問答をしに来た訳では無い・・・」

フェンリルの魔力が膨れ上がり、戦闘状態に移行する。

「私は・・・貴様を滅ぼしに来たのだから」

「・・・フ、フハハハハハ!ハハハハ!滅ぼすと言ったか?真の最高神であるこの私を!犬畜生如きがよく吠える!」

テュールが嘲る様に笑いながら言った。

「だが好都合だ。元よりオーディン傘下の神々は、始末する予定だったからな。・・・全軍!攻撃開始!あの犬畜生を始末しろ!」

魔導戦艦より下級神や英霊を乗せた小型戦闘艇が発艦する。

ヴァルキリー部隊は、後方の艦にて待機していた。

【テュール・グラズヘイム】に集結した戦力の内、魔導戦艦の総数は数千隻を超えていた。

最前の戦艦群の砲塔が、一斉にフェンリルを狙い、向けられる。

「・・・殺せ」

ーードシュウ!

一斉に魔力を集束した何十もの光条が、フェンリルに殺到する。

ーーフォン!

神速を誇るフェンリルの姿が掻き消え、ビームは全て寸前までいた丘に着弾して消し飛ばした。

ビームを余裕で回避したフェンリルは、一瞬で近くの戦艦の甲板に降り立つ。

フェンリルに取り付かれた戦艦は、副砲と甲板上の兵士達で迎撃しようとするが、フェンリルは既に破壊を撒き散らそうとしている。

「げ、迎撃を・・・!」

「・・・遅い!」

ーーブォォォォ!

フェンリルから、瞬時に凄まじい暴風雪が放たれる。

暴風雪は鋭い刃状の氷が混じっており、フェンリルが降り立った戦艦と、周囲の戦艦数隻の魔力障壁と魔力を帯びさせる事で堅牢になる魔導装甲を、たやすく貫きズタズタに引き裂いた。

フェンリルの広範囲攻撃は、戦艦より展開していた多数の兵士、小型戦闘艇を巻き込み、周囲の戦艦を轟沈させた。

特に、フェンリルが降り立った戦艦は中心部であり至近であった為、戦艦の形は保っているものの細切れに斬り刻まれている。

フェンリルが高く跳躍すると共に、足場にしていた戦艦は爆発四散する。

フェンリルは次の数十隻の戦艦に目標を定めて、権能を解放する。

フェンリルの権能解放に天候が呼応し吹雪と化す。

「・・・崩壊の冬からは逃れられん!」

フェンリルから、先程とは比較にならない風雪が発生し始める。

「【狼の終冬(フィンブルヴェト・ヴォルフ)】‼︎」

ーーゴォォォォォ‼︎

フェンリルを中心に巨大な氷嵐が吹き荒れる。

さらに幾つもの氷嵐が局所的に出現して、全ての氷嵐から氷の衝撃波が周囲に放たれ、乱舞する。

氷の衝撃波に当たった戦艦や兵士は氷結していきーー

「こ、これが‼︎⁉︎フェンリルの・・・権・・・能」

氷結した戦艦、兵士、戦闘艇は瞬時に砕け散った。

砕け散った欠片が舞い散り、戦闘の最中だと言うのに幻想的にも思える光景が広がる。

その様子を【ティウダンス】の甲板上から、高みの見物をしているテュールもすこし感心する。

「ほう・・・アレがフィンブルヴェトを具現する三つの権能の一つか。随一の攻撃力を誇ると言うが・・・成る程、確かに凄まじい威力だ。まぁ所詮、獣の姿をした奴には似合いの権能か」

【フィンブルヴェト】、“大いなる冬”の名を持つ権能は三つある。

ー【風の始冬(フィンブルヴェト・ウィンディ)

ー【剣の狂冬(フィンブルヴェト・ソード)

ー【狼の終冬(フィンブルヴェト・ヴォルフ)

この三つの権能は、共通として氷雪を自在に操作する権能であるが、それぞれに固有の特性を持つ。

【風の始冬(フィンブルヴェト・ウィンディ)】は、“加減速”。

【剣の狂冬(フィンブルヴェト・ソード)】は“支配と狂乱”。

そして【狼の終冬(フィンブルヴェト・ヴォルフ)】は“崩壊と創成”。

【狼の終冬(フィンブルヴェト・ヴォルフ)】の権能は、フェンリルが初めて発現させた権能であり、この権能は氷雪を自在に生成・操作して、発生した攻撃により氷結した対象は即座に対策しなければ、文字通り”崩壊“する。

もうひとつの特性である”創成“は、氷の魔力で狼の群れを作り出す。

他の物も作り出す事も可能だが、フェンリル自身が狼である為と、戦闘時に瞬時に作り出せるのが狼である為、主に氷狼の群れを作り出す。

権能によって”創成“された狼による攻撃は”崩壊“の特性を持ち、被弾すれば氷結して“崩壊”を、倒されれば爆発して氷の衝撃波を撒き散らす。

氷嵐が吹き荒れる中フェンリルは次の目標を定めようとしたその時ーー

「ーー‼︎」

氷嵐の間を抜けて、光を纏ったヘイムダルが勢いの乗ったストレートを繰り出す。

ーーギン‼︎

フェンリルは氷の盾を瞬時に作り出して、受け止める。

「・・・フン‼︎」

「・・・ッ!」

ヘイムダルは光を放出して推進力として、そのままフェンリルを吹き荒れる氷嵐の範囲より押し出す。

二人は、先程フェンリルによって撃沈された戦艦のボロボロ甲板に降り立ち、両者距離を取る。

「・・・聞かせろ、ヘイムダル。何故だ?何故、裏切った?」

ヘイムダルはそのまま一旦構えを解いて答える。

「・・・退屈だったのだ、フェンリル」

「・・・何だと?」

ヘイムダルは静かに語り出す。

「最高神がオーディン様になってから、北欧は平和になった、いや平和になり過ぎた。理由は簡単だ、三女神の方々が強すぎるのだ。更にオーディン様は巨人族とも友好関係を結ばれた。確かにそれは誰もなし得なかった偉業だろう・・・しかし、それは同時にアスガルドから戦争がなくなる事を意味している。・・・たとえ小競り合いが起きようとも、我々神格が出るまでもなく終わってしまう・・・」

「・・・・・・」

ヘイムダルは天を仰ぎ見る。

「ビフレストの門番を任せられたのは、今でも誇りだ。だが、この平和な治世で一体誰から守れと言う?北欧史上最強の三女神がおり、欧州全域を監視する影の国の存在、そして・・・フェンリル、お前と言うオーディン様に匹敵する新たな神格。テュールは例外として、他に誰が攻めて来る?」

いつの間にか砲火が止んでおり、フェンリルは静かに聞いている。

「私はな、フェンリル・・・長き務めの中で思ってしまったのだ、闘争が欲しいと。そんな折にテュールから【ラグナロク計画】について聞かされてその誘惑に逆らえなかった・・・」

ヘイムダルが再び構える。

「もう後戻りは出来ん。私も闘争の欲を抑え切れん」

ヘイムダルの目に決意を見たフェンリルは、嘆息する。

「・・・多少は説得をしようと思っていたのだが、無意味の様だな」

「そうだ、今の私は己が欲の為、神としての務めを捨てた戦士でしか無い」

「ならば・・・」

フェンリルの魔力が膨れ上がり、周囲に権能の氷雪が吹き荒れる。

「ならば私は、アスガルドの神として叛逆者を討つ!」

「フッ・・・そうだ、それでいい!前にお前と手合わせした時は、オーディン様の手前本気で戦う事が出来なかったが、今は違う。私は全力でお前を殺しにかかる。お前も・・・」

「心配するな。元よりそのつもりだ!」

ヘイムダルが天に手を翳す。

「出でよ、終末を告げる勇ましき戦笛よ。その猛き音色で始まりを響かせよ!ーー【神笛・ギャラルホルン】‼︎」

ヘイムダルのかざした手に光が集束して、巨大な砲身の様な戦笛が顕現し、更にそれが二つに分かれヘイムダルの両手に、短砲身が格納されたガントレットに形を変えて装備された。

【神笛・ギャラルホルン】ミーミルの泉から発見された兵装の一つだ。

そして、ヘイムダルが光を纏う。

ーードォォォォォォォン‼︎

次の瞬間、フェンリルの崩壊の氷雪を纏った爪と、ヘイムダルの光を纏ったギャラルホルンがぶつかり合い、ぶつかり合った神同士の魔力が衝撃波となり、足場の大破した戦艦が完全に粉砕され、地面に大きなクレーターを作り出す。

両者は上空に戦場を移す。

距離を取ったヘイムダルが、後方へ光を放出して勢いを乗せた拳を振りかぶり、フェンリルに放つ。

ーーギィン!

「ーーッ‼︎」

フェンリルが、しなやかで強力な武器でもある尻尾でガードする。

インパクトの瞬間、ギャラルホルンから衝撃波と轟音が発生した。

頭を揺らす様な至近距離の大音響に、フェンリルは思わず顔をしかめる。

ギャラルホルンから砲身が迫り出す。

ヘイムダルが離れ際に、砲身より衝撃波を放って攻撃しながら、莫大な推進力として距離を取った。

放たれた衝撃波は、フェンリルに対して“不可視”の攻撃になり、フェンリルも空気を震わせる攻撃を感知して素早く飛び退く。

ヘイムダルが光の軌跡を描きながら、流星の様に飛び廻る。

ヘイムダルは超光速で飛び廻りながら、ガントレットとなったギャラルホルンより“不可視”の衝撃波を砲撃として放つ。

フェンリルは、光速で飛び廻るヘイムダルをしっかりと感知し、四方八方より放たれる“不可視”砲撃を躱しながら考える。

(あの機動性を権能で止めるのは難しいか・・・。なら)

フェンリルは、近くの戦艦の甲板に降り立つ。

甲板に襲来したフェンリルに対して、甲板の兵士や砲塔が攻撃を加えようとするが、フェンリルは見る事も無く、権能で甲板を氷結させた。

白く氷結した甲板上で、フェンリルはヘイムダルを観察する。

ヘイムダルは、動かずに様子を伺うフェンリルに対して砲撃を乱射する。

ヘイムダルが砲撃を射つ度に、ギャラルホルンから轟音が鳴り響き空気を震わせる。

ヘイムダルは距離を取り、フェンリルの周りを光速で旋回しながら乱射する。

全方位から不可視の砲撃がフェンリルに殺到する。

しかしフェンリルは、その場から動くこと無く瞑想する様に目を瞑り、感知能力だけで全方位からの砲撃を察知して氷雪の盾で防ぐ。

「・・・・・・・・・」

(動く気配が無いな。フェンリル・・・私が隙を晒すのを待っているのか・・・?だが・・・)

ヘイムダルは砲撃の連射速度を速めて、1射で複数発射するバースト射撃の様に放つ。

フェンリルはバースト射撃になり、更に激しさを増した砲撃も最小限の氷雪の盾で防ぎ切っている。

ヘイムダルの衝撃波砲撃の流れ弾は、フェンリルの足場の戦艦の装甲を砕き、ひしゃげ、破壊する。

フェンリルはただ静かに耐え、その時を待っている。

ヘイムダルが、前方三方向から陽動として砲撃を放った後、フェンリルの真後ろから距離を詰めて突撃したその時ーー

フェンリルは、ヘイムダルの突撃を受け流す様に跳躍して宙返りしながら、すれ違いざまに尻尾で斬りつけた。

ーーザシュ!

「ーーッ!⁉︎」

ヘイムダルは、振り返って反撃しようとするが、数瞬で止める。

何故なら背後から、凄まじい殺気と神気を感じたからだ。

ーーゴォォォ!

一瞬で判断し、ヘイムダルはギャラルホルンから衝撃波を放ち、光を纏い、光速でその場を離脱した。

ーーザン‼︎

離脱した瞬間、数瞬までヘイムダルのいた場所に、フェンリルの尻尾による斬撃が一閃し、戦艦を真っ二つに両断した。

戦艦が轟沈し、フェンリルは空中へと跳躍して、権能で作り出した氷雪の足場に降り立った。

「流石だ、ヘイムダル。私としては必殺だったのだがな。流石「光の闘神」の異名は伊達ではないな」

「よく言う。その二手三手後も考えていただろうに」

かつてテュールが最高神だった頃、北欧には戦争が絶えなかった。多くの神々が戦いに明け暮れる中、ヘイムダルは特に強く。光の軌跡を描き、光速で敵を撹乱し、大群に流星の様に突っ込み、光でもって敵を薙ぎ倒す。その様子を見た者達からいつしか【光の闘神】とヘイムダルを讃える様になった。

先程のフェンリルの攻撃を避けれたのは、その戦争の中で培った“直感”によるものだ。

直感は、時に本能よりも優れた危険回避能力を有する。

ヘイムダルは直感に従って来たからこそ、永劫にも続くと思われた戦争を生き抜いて来れた。

(流石はフェンリル。私の攻撃を完璧に防ぎながら、隙を探るのでは無く攻撃に耐え、カウンターを狙うとは・・・。私の時代ならば、そんな戦法を取る神はいなかった。総じて自分の力を過信し過ぎた者ばかりだったからな)

ヘイムダルは纏う光を強くし、更に、ギャラルホルンの砲身を後ろに向けた。

「行くぞ、フェンリル。「光の闘神」の真骨頂を見せてやろう!」

ーーバシュン‼︎

「ーー‼︎」

ヘイムダルの姿が掻き消え、次の瞬間にはフェンリルの背後から拳を見舞った。

「ほう、コレを防ぐか!流石だ!」

フェンリルの本能は、光の軌跡も残さない程の速度で背後に回り放たれた攻撃を察知して、氷雪の盾で防御した。

しかし、完全に威力は殺せずに、ヘイムダルの加速された拳圧とギャラルホルンの衝撃波は、周囲の雲を引き裂き、降り頻る雪を消し飛ばし、地面に到達して押し潰した様なクレーターを作る。

(疾い‼︎先程とは段違いの速度と威力!)

フェンリルの眼は、ギャラルホルンに向いた。

(成る程、ギャラルホルンの砲身がフレキシブルに動き、攻撃の瞬間と移動の時に向きを変えているのか!)

「この一度で気付くか、流石フェンリル。私の光の権能と、ギャラルホルンの衝撃波を組み合わせれば、お前の神速の領域にも到達する事が可能だ。さあ、ここからだ、フェンリル!」

「ーーッ!」

フェンリルは、防御した氷雪の盾を変形させ、二本の鋭い矛にして、ヘイムダルに放つ。

しかしヘイムダルは、放たれる前に既に飛び去り、上空から衝撃波砲撃を連射する。

フェンリルは砲撃を躱し、砲撃と共に突撃して来たヘイムダルの攻撃を尻尾で受け止める。

そのまま二人は、神速で飛び廻りながら幾度も爪と拳を交える。

テュール軍は、介入せずに二柱の神の戦いを見ていた。

しかし、二柱の神の戦いは攻撃が放たれる毎に周囲に壊滅的被害をもたらし、攻撃の余波に巻き込まれた兵士は倒れ、戦艦は轟沈する。

ーーバシュン!バシュン!バシュン!

ヘイムダルは轟音を響かせ、ギャラルホルンの砲身を動かしてジグザグな機動を取り、フェンリルに肉薄して右で裏拳を放つ。

フェンリルは、衝撃波が上乗せされた裏拳を躱すと即座に爪で斬撃を放つ。

ヘイムダルは、またも一瞬で距離を取って躱すと、即座に突撃して攻撃に転じる。

フェンリルは、権能の氷雪でヘイムダルを追いかける様に矛を形成して攻撃するが、今のヘイムダルの機動性を捉える事が出来なかった。

(ーークッ!今の機動性は、ヘイムダルの方が上か!)

絶えずヘイムダルに攻撃を仕掛けているが、いくら“崩壊”の特性を持っていようが捉えられなければ意味がない。

するとヘイムダルが、衝撃波砲撃を超連射する。

デタラメな空気の歪みをフェンリルは躱していくが、躱せないものは、氷雪の盾で防御する。

衝撃波を躱しながら、ヘイムダルに権能で攻撃を放っていると、不意にヘイムダルの姿が消える。

次の瞬間ーー

ヘイムダルは、フェンリルの背後に瞬時に回り込んだ。

「ーーッ‼︎」

「貰ったぞ!」

ヘイムダルの渾身の一撃が放たれる。

間違いなくこの一撃は当たるとヘイムダルは確信していた。

フェンリルもそう思った為、権能でダメージを軽減しようと思い、氷雪を纏う。



だが、ダメージは無かった。

ーーガキン‼︎

ヘイムダルの上乗せされた衝撃波も含めた拳を完全に防いだのは、フェンリルの尻尾でも権能でも無くーー

ーージャラ・・・

フェンリルの四肢に装備された拘束具ーーグレイプニルだった。

「・・・な、何⁉︎」

「コレは・・・⁈」

ヘイムダルは驚愕し、唖然としてグレイプニルを見る。

フェンリルも同じく驚愕していた。

それもそうだ、拘束具の筈のグレイプニルが、何故攻撃を防いだのか分からなかったからだ。

ヘイムダルが一度距離を取る。

「ーー‼︎逃がさん!」

ーージャララララ!

フェンリルは追撃する為、咄嗟に権能を発動させようとするが、権能よりも早く四本のグレイプニルが、先に付いた矛でヘイムダルに襲い掛かる。

「まさか、コレは・・・!」

ヘイムダルはグレイプニルの射程から逃れる為、更に距離を取った。

フェンリルは唖然として、自分に装備されたグレイプニルを見ている。

(フェンリルの魔力が上がって来ている・・・)

ヘイムダルは、魔力の流れを探る。

(グレイプニルが魔力の吸収を止めて・・・いや、吸収した魔力を増幅して、フェンリルに返している?)

一方フェンリルは、自身の魔力が自然に膨れ上がり続けている事を感じていた。

(コレは・・・グレイプニルから魔力が戻ってきたのか・・・?それにーー)

フェンリルの周囲には、四本のグレイプニルがヘイムダルに矛を向けて、フェンリルを守る様に待機していた。

(先程も、私が防御するよりも先にヘイムダルの攻撃を防ぎ、攻撃時も先に動いた。まさか・・・私の意思に反応しているのか・・・?)

フェンリルはヘイムダルの様子を伺うが、ヘイムダルはグレイプニルを警戒して、様子見をしていた。

(試してみるか・・・)

フェンリルの目を見て、考えを察したヘイムダルは身構える。

「・・・行け!」

ーージャララララ!

フェンリルの一声で、四本のグレイプニルが一斉にヘイムダルに襲い掛かる。

ヘイムダルはグレイプニルを体捌きで躱し、ギャラルホルンで受け流して、グレイプニルの射程から瞬時に逃れた。

「グレイプニル。やはり、フェンリルの意思に反応していたか!ーー‼︎」

大きく距離を取った筈のヘイムダルの背後に、フェンリルが追い縋っていた。

「な⁉︎疾さが上がった⁉︎」

振り向いたヘイムダルに、グレイプニルが殺到する。

フェンリルは、まだグレイプニルの制御に慣れていない為、それぞれ交互に攻撃するだけだったが、次第に、攻撃速度、攻撃の鋭さ、動きの複雑性が増していく。

「・・・くっ!」

(動きのキレが増している。まるで、狼の群れに狩られているのかの様に感じる攻撃だ・・・私が捌く事で一杯になるとは!)

グレイプニルの攻撃は更に疾さを増し、フェンリルも制御に慣れたのか、次第に権能による攻撃も織り混ぜ始める。

ーーザシュ!ーーザシュ!

テュール軍の間を駆け巡りながらの攻防。

次第にヘイムダルは捌き切れなくなり、裂傷が増えていく。

「ーーハアッ‼︎」

ーーバシュン‼︎

ヘイムダルは、両手のギャラルホルンを合わせて、極大の衝撃波を障壁の様に大きく放つ。

ーーギィン

衝撃波は障壁の役割をして、襲い掛かる四本のグレイプニルとぶつかり合う。

ギャラルホルンの衝撃波とグレイプニルのぶつかり合いは、フェンリルとヘイムダル以外の周囲を吹き飛ばす。

しかしーー

ーーバリン‼︎

「この障壁を突破するのか⁉︎」

フェンリルはグレイプニルに権能を纏わせて、衝突面から瞬時に氷結させて、衝撃波による障壁を崩壊させた。

「ーーくッ!」

ーーバシュン‼︎

堪らずヘイムダルは衝撃波を放ち、距離を取る。

「やはり、疾い‼︎」

フェンリルは距離を取ったヘイムダルの背後に既に回っていた。

ーージャララララ!ーーブォン‼︎

フェンリルが左前足のグレイプニルを鞭の様にヘイムダルに放つ。

「ーーぐうッ⁉︎」

ヘイムダルは、辛うじて両手をクロスさせて防いだが、大きく吹き飛ばされ下方の戦艦の甲板に叩きつけられた。

ヘイムダルが甲板に叩きつけられた衝撃で、戦艦の姿勢が大きく崩れる。

フェンリルは、艦橋の上に降り立つ。

降り立った戦艦の砲塔がこちらを向くが、単なる威嚇だ。

流石に、艦橋の上に立つフェンリルを攻撃する訳にはいかなかった。

「・・・・・」

砲塔には目もくれずにフェンリルは、衝撃で凹みヒビが入った甲板に片膝をついたヘイムダルを見据える。

「・・ハア・・・ハア・・・くッ!」

(くッ!・・・掠った所の崩壊を権能で塞き止めているが・・・長くは持たんな。流石は、フィンブルの冬の具現たる権能だ。しかしーー)

ヘイムダルは、フェンリルの魔力が段々と上がり続けている事を感じていた。

(やはり、フェンリルに適合したのか。ミーミルの泉から発見された兵装は、全て“所有者の魔力を増幅する”特性を有している。“幻想設計図”に記された兵装も、同じ特性を持つと思っていたが・・・。グレイプニル・・・未完成だと聞いていたが、適合して完成に近づいたのか?)

ヘイムダルは立ち上がり、右拳を後ろに構える。

(“崩壊”の影響はフェンリルが止めない限り、権能で相殺しようが徐々に広がって行く・・・次の一撃で決めねば、そこから先は厳しい戦いになる)

ヘイムダルは、右拳に魔力とギャラルホルンの衝撃波を極限まで圧縮し始めた。

(この一撃に、我が全身全霊を込める‼︎)

「ハアァァ・・・!ふんッ!」

ヘイムダルの姿が消える。

フェンリルの四方八方から、無数の砲撃が殺到する。

ーーバシン!バシン!バシン!

無数の砲撃は、フェンリルの四肢に繋がれたグレイプニルが、フェンリルの防衛意識に反応し、自動的に防御する。

更に、フェンリルの権能【狼の終冬(フィンブルヴェト・ヴォルフ)】による障壁の防御も加わり、まさに鉄壁の防御で、無数の砲撃を完全に防いでいく。

(決めるつもりか・・・。この砲撃・・・威力はあるが、殆どが左手から放たれた牽制。本命は、力を圧縮した右か・・・)

絶えず神速で動き、砲撃に視界を遮られて、ヘイムダルの姿は確認出来ていない。

ーーババババババババシュン!

フェンリルのそれまでに放たれた砲撃の後ろより、背後、左右から、更に多くの砲撃が“同時”に迫る。

三方向の砲撃を防ぐ為、三本のグレイプニルが防御する。

ーーガガガガガガガ!

上空からも、無数の砲撃が降り注ぐ。

フェンリルは、上空の砲撃を“一本の鎖”と権能の障壁で防御する。

フェンリルの防御が、背後、左右、頭上に集中した。

「ーー獲ったッ!」

ーーバシュン‼︎

防御が四方向に集中し、正面が手薄になった一瞬ーーヘイムダルが神速で、フェンリルの懐に潜り込み、力を極限まで圧縮した右正拳突きを放った。



ーーザシュ!



フェンリルの毛並みを“風”が撫でる。

「ーーカハッ!・・・・・・ぐうッ・・・⁈」

ヘイムダルが吐血し、自身の胸元を見た。

ヘイムダルの胸を“一本の鎖”、グレイプニルが貫いていた。

ヘイムダルの渾身の一撃は、寸前で胸を貫いたグレイプニルにより急激に力を拡散され、毛並みを撫でただけの“風”へと威力を落とされた。

「・・・何故、グレイプニルが・・・?」

ヘイムダルは、フェンリルの周囲を見た。

フェンリルの周囲の“鎖”は合計で五本になっていた。

そう、一本増えていた。

「そうか・・・。そういう事か・・・」

ヘイムダルの目線の先には、フェンリルの頭上を護った“氷の鎖”があった。

「フッ・・・私とした事が、忘れていたよ。・・・【狼の終冬(フィンブルヴェト・ヴォルフ)】のもう一つの特性・・・“創成”を・・・」

「・・・・・・」

「ハハ・・・まさか、自分の攻撃で状況を見間違うとは、本末転倒だな・・・」

ヘイムダルは、力を失い落ちていき、甲板に仰向けに倒れた。

戦艦の砲塔は完全に沈黙し、フェンリルが足場にしていた艦橋は、ヘイムダルの砲撃の流れ弾により、デタラメに押し潰されていた。

「・・・私の負けだな・・・」

フェンリルが近くに降り立つ。

「ヘイムダル。何故、ギャラルホルンの力を使わなった?」

「“強化と弱化”の・・・事か?・・・使わなったのでは無い・・・使えないのだ」

「何?ギャラルホルンの所有者だろう」

「フッ・・・どうだろうな。・・・ギャラルホルンを感知して見ろ」

フェンリルはギャラルホルンを探ると、驚愕する。

「まさか・・・⁉︎・・・”魔力の増幅“が行なわれていないのか⁈」

【幻想設計図】から、不完全ながらも製造されたグレイプニルでさえ“魔力増幅”を行なっているのに、【ミーミルの泉】から完成された状態で発見されたギャラルホルンが“魔力増幅”を行なっていない。

これが意味するのはーーギャラルホルンが、ヘイムダルを所有者として完全には認めていないという事だ。

「恐らく私は、繋ぎだ。・・・真の所有者となるべき者は、別にいるのだろう・・・」

「魔力の増幅も無く、ギャラルホルンの力を、完全に発揮も出来ずに、あの戦闘力・・・。流石は「光の闘神」。・・・ギャラルホルンの力を発揮出来ていれば、倒れていたのは、私の方だった」

「いや、・・・元々お前の方が能力は遥かに上だ。お前の力が削がれていた為、私が拮抗出来ただけだ。・・・私がお前に唯一勝るのは、戦闘経験だけだ。・・・・さて、そろそろか・・・」

ヘイムダルがそう言うと、両手のガントレットに変形していたギャラルホルンが、元の形に戻り転送された。

ヘイムダルの死が確定している為、ミーミルの泉に戻ったのだろう。

「フェンリルよ・・・最後に忠告だ。・・・テュールは、最高神に返り咲く為なら手段を選ばない。・・・その証左が、神のクローンだ」

「・・・分かっている」

ヘイムダルの身体が薄い光に包まれていく。

「お前との闘いは・・・素晴らしい時間だった。新世代の神の力、見せて貰ったぞ・・・。お前ならば、いずれ・・・三女神を超える事が出来るだろう」

「私も「光の闘神」と戦えて光栄だった。・・・すまない、お前には娘が・・・」

「何、娘も分かってくれている。・・・まぁ、バカ親父と罵られるだろうがな・・・」

ヘイムダルが光となり、徐々に消えて行く。

「・・・さらばだ、フェンリル。・・・死ぬなよ」

ヘイムダルは光となり、消えていった。

「さらばだ、偉大なる光の闘神・ヘイムダル・・・」


ー・・・

ーオーディン領・西要塞

要塞前の雪原では、大規模な戦闘が続いていた。

雷神・トールが、敵の大軍の只中で大暴れして数を減らすが、間断なく敵は新たな転移門を設置して、増援を送り込んできていた。

そんな中、この戦線に参加する兵士達の中に若干15才の少女はいた。

ウェーブのかかった長い白髪をポニーテールにした気の強そうな少女は、父親譲りの光の魔力を纏った体術で戦い続けていた。

「これで・・・51‼︎」

自身の周りにいた最後の敵兵を蹴り倒し、彼女は周囲を警戒しながら少し息を整える。

「・・・ハア、ハア、きついな!流石に親父の様には行かないか!」

彼女、【シグトゥナ・アスガルズ】は、本格的な戦争は初めてであったが、魔獣や賊の討伐などの任務にを父親であるヘイムダル譲りの戦闘術と天性の才能で、若干15歳ながらについた事は有るが、それら任務での戦闘は、短時間の戦闘が多かった。

“実戦”の経験は歳にしては豊富では有るが、“戦争”の経験は、オーディンの治世下では皆無であった。

その為、ペース配分が分からず、現に彼女はここまで全ての敵を全力で打ち倒してきた。

神の娘として豊富な魔力を有する彼女だが、魔力が切れかけていた。

「シグトゥナ、一度後方に下がりなさい!魔力切れを起こしたまま戦えば死ぬわよ!」

ヴァルキリーの隊長が、彼女に声をかける。

「・・・ハア、ハア。り、了解・・・」

前方から、次の敵軍が迫ってきていた。

「早く下がりなさい!ここは、私達で対応する!」

シグトゥナが後ろを見ると、後続のヴァルキリー部隊が、駆けつけていた。

シグトゥナが、言われた通り後退しようとしたーーその時

(さらばだ。我が娘よ・・・)

不意に父親の声が聞こえた。

それが意味するのは、父・ヘイムダルが望みだった闘争の果てに死んだという事。

「ーーッ!・・・バカ親父がッ‼︎」

すると、シグトゥナの目の前に眩い光が出現する。

「ッ⁈何だ?」

その光は、やがて巨大な砲身型の戦笛に形を成す。

「ーーまさか、ギャラルホルン⁉︎」

「何故、ここに⁉︎」

周囲のヴァルキリー達も驚愕する。

「親父が死んだからここに来たのか?ミーミルの泉に戻る筈じゃ・・・?」

ーードクン・・・ドクン

シグトゥナが唖然としていると、ギャラルホルンが鳴動する。

すると、シグトゥナの輪郭を覆う様にシグトゥナの魔力が可視化して、ギャラルホルンの鳴動に呼応して鳴動する。

ーードクン・・・ドクン

「ーーこれは⁈」

(何だ、この感じ・・・?身体の奥底で反応する様なこの感覚・・・。あたしの魔力がギャラルホルンに反応している・・・?ーーそれに)

ギャラルホルンが鳴動しながら、ゆっくりとシグトゥナに近づく。

まるで早く自分を手に取れと言う様にーー

シグトゥナは少し手を伸ばし、直前で止める。

「お前・・・あたしに使えって言っているのか?」

シグトゥナはギャラルホルンに問いかけるが、ギャラルホルンはもちろん何も言わない。

その代わり、答える様に鳴動を早める。

そして、シグトゥナがギャラルホルンに触れた瞬間、“共鳴現象”が一層強くなる。

シグトゥナは、ギャラルホルンを脇に抱えて、ランチャーの様に敵軍に向けて構える。

「この手の武器って、あまり使わないから苦手だし、結構魔力切れに近いんだけどな・・・」

その呟きに、ギャラルホルンが応える。

ーーゴォウ!

魔力切れ寸前だった、シグトゥナの魔力がギャラルホルンによって増幅され、爆発的に膨れ上がった。

増幅された魔力は、シグトゥナの現在の魔力総量を超え、数倍の規模まで膨れ上がった。

「な⁈凄い・・・!これが、話に聞いた“魔力の増幅”・・・これなら、いける!」

“共鳴”し“魔力の増幅”が行なわれたと言うことは、シグトゥナが、ギャラルホルンの真の所有者として認められたと言う事だ。

「シグトゥナ。やれるのか?」

隊長のヴァルキリーが近づき、声を掛けた。

「でも、これ・・・ルーン・ライフルと違って大砲みたいな形状ですから、扱い方がイマイチよく・・・」

その言葉に、再びギャラルホルンが応える。

今度は、所有者となったシグトゥナの記憶から、ルーン・ライフルの知識を精査して、自身の形状を所有者の扱いやすい様に”最適化“を行ない、その形を変える。

その形は、ロング・ライフル状に形を変えた。

「ライフルに変化した⁈でも、これで扱い易くなった!」

迫る敵軍に向けて、ロング・ライフルとなったギャラルホルンを構える。

シグトゥナは、ギャラルホルンに魔力を込める。

ーーブォォォォ

砲口に魔力が集束する際、笛の音が鳴り響いた。

「何だ⁈私の魔力が・・・」

笛の音を聞いたシグトゥナの近くにいた、隊長のヴァルキリーは自身の魔力が上昇した感じがした。

ギャラルホルンの音色は、魔力を集束していく過程で周囲に響き渡り、シグトゥナが味方と認識している者の力を上昇させた。

「ーー食らえ‼︎」

ーーダァン!

砲身によって、音速にまで加速された球状のエネルギー弾が衝撃波を伴い放たれた。

音速のエネルギー弾は二次加速を行い、更に加速して敵軍に着弾する。

ーードォォォォォォォン!

敵軍の一部に穴を空けながら地面に着弾したエネルギー弾は、炸裂して圧縮された魔力を解放して巨大なドーム状の爆発を引き起こした。

「す・・・凄い・・・」

「おお!何て威力だ!」

「まさに、神の一撃!」

シグトゥナはその威力に唖然とし、周囲の兵達は沸き立った。

唖然として言葉が出ないシグトゥナに、ヴァルキリーの隊長が声をかける。

「シグトゥナ。このまま火力支援を続けられるか?」

「え?は、はい!多分、出来ます!」

「よし!・・・聞け‼︎ここからは、シグトゥナを中心として敵軍を迎撃する!各々、シグトゥナの周りに展開し、シグトゥナが討ち漏らした敵を叩け!ギャラルホルンの射線状には入るなよ!」

ギャラルホルンの一撃で空いた穴を増援が補い、再び迫りつつあった。

シグトゥナはギャラルホルンを構えて、再び魔力を集束する。

(見てろよ、親父!ギャラルホルンを受け継いだ者として、娘として、あたしはあんたを超えて見せる!これが手向けの一撃だ‼︎)

戦笛の音が鳴り響き、ギャラルホルンから音速のエネルギー弾が放たれ、敵軍に壊滅的打撃を与えた。

後にこの戦いの功績から、シグトゥナは父・ヘイムダルの異名「光の闘神」の後継者として、「光の戦姫」と呼ばれるようになる。


ー・・・

フェンリルは、四方八方から再開された砲火の中を掻い潜っていた。

フェンリルは権能で周囲を薙ぎ払い、グレイプニルで同時に四隻の戦艦のエンジン部を貫き撃沈させる。

一瞬止まった瞬間を狙い、無数の砲火が襲い掛かる。

(このままでは、埒が開かん。長期戦ではこちらが不利だ・・・)

フェンリルは、神速で躱しながら敵陣深くに陣取る【ティウダンス】を確認する。

(・・・危険な賭けだが・・・このまま長引かせる訳には行かん)

フェンリルは、【ティウダンス】の甲板上で高みの見物を決め込んでいるテュールを見据える。

(狙いは、テュールただ一人!・・・奴を・・・仕留める‼︎)

フェンリルの姿が掻き消えた。

一瞬の出来事で、テュール軍はフェンリルを一時見失う。

それはテュールも例外では無く、魔力探知や気配を探るも、完全に見失った。

「・・・奴は、何処だ⁉︎レーダーを最大にして探り出せ!全軍に通達しろ!

「ハッ!」

テュール軍は一時、フェンリルを捕捉しようと索敵に専念するが、フェンリルの魔力も気配も探知出来なかった。

「バカな⁈何故、我が軍のレーダー網にかからない⁈どうやって只中から消えたと言うのだ⁈」

しばらくして空中ディスプレイが投影され、報告が入る。

「て、テュール様!地上部隊より、フェンリルの姿を確認したとの報告が!」

「何⁈何処にいる!」

「そ、それが・・・戦艦の真下です!」





ー・・・

テュールから、約150キロ地点に布陣する戦艦の艦底に、張り付く様に蒼銀の影が駆け抜ける。

フェンリルは、消えた訳ではなかった。

フェンリルは気配を消し、自身の魔力を最大限抑えて、戦艦の魔力源たる魔導エンジンの魔力反応に紛れて【ティウダンス】に向かっていた。

テュール軍が、フェンリルを見失ったのは約500キロ地点。

テュール軍は、空中にしか軍を展開しておらず、索敵も空中にしか目を向けていなかった為、ここまで全く気付かれずに接近出来ていた。

だが、ようやく地上にも捜索の兵を出し始めた為、フェンリルの姿が目視される事となった。

「ふ、フェンリルを発見!」

「げ、迎撃用意!」

地上に捜索に来た部隊と鉢合わせる。

「・・・・・」

「ーーッ!」

発見した部隊は武器を向けるが、フェンリルは一瞥し威圧して、部隊を置き去りにした。

フェンリルの威圧に気圧された部隊は、手に持つルーン・ライフルを一発も撃つ事は無かった。

彼らもフェンリルとヘイムダルの戦いは見ていた。

フェンリルを攻撃出来なかったのは、気圧されたという事も有るが、自分達ではフェンリルには束になっても勝てないと言う思いも決定的だった。

フェンリルが去った後、部隊長は発見の報告を入れた。

「・・・フェンリルを発見しました。現在、戦艦の真下を移動中、警戒されたし」

「隊長・・・。フェンリルを攻撃しなくて良かったのですか・・・?」

「私は、お前たちの命を預かっている。軽率な行動は出来ん。・・・・・・と言うのは、言い訳だな。私は単純に恐怖したのだ・・・」


ー・・・

「・・・此処だな」

ーードォォォォォォォン!

【ティウダンス】から10キロ地点に布陣する戦艦の一隻が、四本のグレイプニルに貫かれ爆散する。

爆発の炎を突き破り、フェンリルが上空に躍り出る。

「まさか、戦艦の魔力反応に紛れて此処までくるとは!」

スクルドは驚愕しながら、ルーンの刻まれた長槍を構えた。

「・・・ようやく直に会えたな、テュール!」

フェンリルはテュールの姿を確認すると、此処まで接近する為に抑えていた魔力を、一気に戦闘態勢へと解放する。

再びフェンリルの力に呼応して、天候が吹雪始める。

(フェンリル・・・。初めて“敵として”対峙したが、凄まじい威圧感と魔力。これが、オーディン様に匹敵すると言われる新世代の神・・・!)

スクルドがそう感じていると、テュールが全軍に攻撃を命じる。

「全軍!奴を殺せ‼︎」

フェンリルの力とテュール軍の砲火がぶつかり合う。

フェンリルは迫る砲火を、権能とグレイプニルで迎撃しながら【ティウダンス】に向かう。

フェンリルは、グレイプニルで四隻同時に貫き撃沈し、氷嵐を“創成”し“崩壊”の氷結波を放つ。

フェンリルの力は更に高まっていき、【ティウダンス】の周囲に布陣する艦隊に破壊を撒き散らし、多数の兵士達がフェンリルに薙ぎ払われる。

「わ、我が軍の損耗率が40%を超えました!」

「ええい!何をしている‼︎奴を始末しろ!数で押し潰せ!」

「ふ、フェンリル、急速に接近中!」

【ティウダンス】の周囲は同時に撃沈された戦艦の爆煙で遮られ、一時孤立した。

【ティウダンス】前方の爆煙を貫き、三本のグレイプニルが高速で飛来する。

ー・・・ドォォォン!

「ーーぐぅ!」

「二番砲塔、右翼スラスター大破!ヴァルハラ・ゲート損傷‼︎」

「艦の姿勢、維持出来ません‼︎」

「直ちに修復させろ‼︎」

「ーーフェンリル接近‼︎」

爆煙を突き破り、フェンリルが【ティウダンス】の前方に躍り出て、残る左前足のグレイプニルを天高々に振り上げ、甲板上のテュールに向け、鞭の様にしならせながら斬撃を放った。

「ーーハッ‼︎」

「ーーッ!」

テュールがルーン文字の刻まれた長剣を抜いた。

振り下ろされるグレイプニルにフェンリルの権能が覆っていき、グレイプニルの縁に沿う様に氷刃が形成された。

「フン、来るがいい。貴様如きの攻撃など、この私には通用せん!」

テュールは防御態勢を取り、そこへ“崩壊”の氷刃が迫る。

テュールには確固たる自信があった。

それはかつて最高神だった者の矜恃と、今も自分が唯一無二の最高神で有ると言う思いからなる自信。

そして、犬畜生如きにやられる訳が無いと言う驕り。

その自信から気付いていなかった、“崩壊”と言う新世代の神、現在フェンリルだけが持つ強力な権能特性に・・・。

“崩壊”の氷刃を纏ったグレイプニルは、空気を氷結させる強力な冷気を放ちながらテュールに迫る。

「ーーテュール様‼︎」

テュール以外の周りの将兵は、本能でフェンリルの攻撃の危険性を察していた。

周りの将兵達は、テュールを守ろうとして飛び出す。

いずれも、テュールが最高神だった頃からテュールに仕えている者達だ。

スクルドは動かなかった。

テュールがドヴェルグに脅して作らせた業物で、ルーン文字で刀身に「テュール」と刻まれた長剣が、“崩壊”の冷気に触れて瞬時に氷結し、容易く砕かれた。

そしてーー



ーー・・・ザンッ‼︎

“崩壊”の氷を纏い、鞭の様に振り下ろされたグレイプニルは、テュールを中心から両断する筈だったが、テュールを守ろうと飛び出した将兵の一人が引き寄せた為、体勢が崩れ、フェンリルから見て右にズレた。

「・・・ぐあぁぁッ‼︎私の・・・腕がッ‼︎」

テュールの右腕は肩口から斬り落とされた。

「ズレたか・・・!だが、次で・・・ーー!」

爆煙が晴れていた為、フェンリルに向けて周囲の軍勢より砲火が放たれる。

「・・・ぐぅッ‼︎」

フェンリルは回避行動をとるが、その内の一つがフェンリルの脇腹を貫いた。

(くッ!・・・潮時か!)

フェンリルは、負傷しながらも神速で撤退した。

撤退に徹したフェンリルを捉える事は難しく、先の負傷以外は被弾する事無く、フェンリルは森の中に消えた。

「奴は⁉︎・・・何処にいった⁉︎」

テュールは、怒りに顔を歪ませながら周囲を見渡しフェンリルを探す。

「手負いですが、既に撤退した模様。・・・如何なさいますか?」

「追撃部隊を編成しろ!スクルド、ヴァルキリー部隊を率いて、奴を追え!」

「・・・ハッ」

スクルドはその場を飛び立とうとするが、テュールがすぐに呼び止めた。

「いや待て、スクルド。北欧全域に向けて回線を開け」

「・・・それは、どう言う・・・?」

「多数の戦力を失い、ヘイムダルも討たれ、右腕を落とされたのは想定外だったが、この状況は利用できる。・・・計画変更だ」

「(まさか・・・)・・・追撃は如何しますか?」

「無論、追撃しろ。手負いならば、この機会を逃すな。確実に始末しろ、行け!」

「ハッ」

スクルドがその場を飛び去った後、テュールは北欧全域に向けて回線を開かせた。

「フン・・・犬畜生め。不覚を取ったが、あの傷では、そう長くは持つまい。たとえ生き延びようが、北欧に貴様の居場所は無い」



ー・・・

オリジン・グラズヘイムから東西南北、各要塞での戦闘は、一時終結していた。

オーディン、ロキ、トールの三女神と、ヘル、ヨルムンガンドは、フレイとフレイヤが守護するテュール領に近い南要塞に集合していた。

テュール軍が展開した転移ゲートは、各巨人の王達主導の下、破壊された。

ヘルとヨルムンガンドは、母親とオーディンに許可を求めていた。

「兄上がこんなに戻らないのは妙です!母上、叔母様、私とヨルにテュール領への侵攻の許可を!」

「姉上の言う通りです!我らに許可を!」

「落ち着きなさい二人共。今、テュール領に攻め込めば、テュールに付け入る隙を与えかねない。ここは堪えて。あの子なら大丈夫」

詰め寄る二人をロキがなだめているとーー

ー「北欧に住まう者達よ、傾注せよ。我が名は、テュール」ー

「・・・‼︎全域通信⁉︎」

「あの野郎・・・!」

空中に巨大なディスプレイが出現し、マントで右腕を隠したテュールの姿が映し出される。

ー「諸君も耳にした筈だ。そう、ギャラルホルンの音色を!開戦の響きを!・・・今諸君らは不安に満ちている事だろう。この北欧において、語り継がれていた終末が訪れたのかとーー」ー

仰々しい程に演技かかった手振りを交えながら、テュールは続ける。

ー「残念ながら、来るべき最終戦争、ラグナロクは到来してしまった・・・」ー

「よくも抜け抜けと!テメエが起こしたんだろうがッ‼︎」

残念がる素振りで話すテュールに、トールは憤慨した。

続いて、オーディン領に侵攻してきた軍勢が映し出される。

その中には、クローン・ヨルムンガンドの姿もあり、ヘルが設計した魔導戦艦・ナグルファル級も多数存在する。

「これは、オーディン領に侵攻した軍勢を記録したものだ。・・・ここに映る物には、皆も見覚えがあるだろう・・・。そう、ヨルムンガンドとナグルファルだ」

次に映し出されたのは、雪原を駆けるフェンリルの姿だ。

「そしてこれは、我が領域に侵攻したフェンリルの姿だ。・・・この卑しい犬は、我が領域を蹂躙し、多数の戦艦を撃沈した。我が同志である「光の闘神」として名高いヘイムダルが迎撃に出たが・・・残念な事にヘイムダルは力及ばず、奴の悪意に満ちた爪牙の餌食となってしまった・・・」

フェンリルとテュール軍の戦闘の場面が映され、少しして、ヘイムダルとフェンリルの戦闘の様子に切り替わり、やがて決着の場面に変わる。

「親父・・・満足出来たんだな・・・」

シグトゥナは、満足そうな笑みを浮かべて戦うヘイムダルの様子を見て呟いた。

「ーー兄上!」

ヘルが声を上げる。

次に映し出されたのは、フェンリルが戦艦の砲撃によって被弾し、重傷を負う場面だ。

「我々はヘイムダルを失い、多数の犠牲を出しながらもフェンリルを退けた。フェンリルは逃亡中だが・・・民よ、安堵せよ。現在、我が軍が追撃中で有り、間も無くこの悪神は討伐されるであろう」

一拍置いて、テュールは続ける。

「ヨルムンガンド、ナグルファル級戦艦を設計、提供したヘル、そしてフェンリル。・・・もう分かっただろう、この三兄妹は神として生まれたとしても、所詮は怪物、所詮は偽物。破壊衝動にまみれた化け物でしか無いと言う事を‼︎」

「ふざけるな!」

「貴様の様な、全てを見下す奴が何を言う‼︎」

「あろう事か、フェンリル様達を化け物呼ばわりだとッ‼︎」

「この方達は、立派な方々だ!それを愚弄するなど!」

それを聞いた、南要塞に集結した兵達は、憤慨した。

ヘルがオーディンに任された位相世界・ヘルヘイムは、北欧の魔導科学の研究開発の中心地だ。

ヘルは優秀な魔導師でも有り、魔導科学者でも有り、ナグルファル級戦艦は彼女の功績の一つだ。

ヨルムンガンドは、ミドガルズにおいて守護神として讃えられている。

彼は侵略の際に無用な争いを避ける為、真っ先に姿を現し、その力と威容をワザと見せつけて撤退を促し、それでも撤退しないのであれば薙ぎ払う。

フェンリルはオーディン軍の将軍を務め、本来フェンリルの様な最上級の神格がこなす必要の無い、パトロールの様な仕事も率先してこなし、救援要請にも真っ先に対応する。

その為、フェンリルは特定の配下を持たないが兵士や民から多大な信頼と尊敬を持たれており、非常に人望を集めている。

一方テュールは、兵士の一人が言った様に自分以外の全てを見下している。

テュールは、最高神の頃から自分以外の神を基本神とは認めておらず。

フェンリル、ヘル、ヨルムンガンドの三兄妹が幼少期の頃、テュールはオーディンやロキに対して、三兄妹を怪物として即刻殺すか追放しろと要請しに来た。

その時はそんな要請を上から目線でしてきた為、ロキと一触触発になった他、その話をしている最中に三兄妹に向けて刺客を放ち暗殺しようとしたが、事前に予測していたオーディンの指示で、トールと父親たるアンクルボザが護衛についていた為事なきを得たが、それ以降も三兄妹や他のオーディン派の神々に対しても定期的に刺客を放つなど亡き者にしようとしてきた。

ちなみに暗殺の指示については知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

北欧に生きる者は、自分に忠誠を捧げる事は当たり前だと思い、自分に従わない物は殺す、もしくは強制的に使い潰す、テュールはそう言う神であった為、オーディン派の者達からは嫌われ、北欧の民も8割〜9割前後はオーディン派で、残りの民はテュールを盲目的に信奉している者達で有り、軍に所属する者は、テュールが最高神だった頃に仕えていた者か、ごく一部の過激派の者達で構成されていた。

だからこそ此処にいる者達は怒りに満ちていた。

「私はこれより、怪物たる邪悪なる蛇・ヨルムンガンドと魔女・ヘルを討つため、軍を再編する。これは、北欧の為の大義の戦いである!我が栄光の軍勢に加わりたい者は、この私、軍神にして真なる最高神テュールの名の下に集うがいい‼︎」

そう言ってテュールは投影を終了した。

「・・・・・・」

「あんの!クソ野郎がッ‼︎・・・・・・今すぐテメエの頭を・・・いや、存在そのものを消し飛ばしてやるよ‼︎」

怒りで拳を握りしめたトールの身体に雷が迸り、ミョルニルを顕現させる。

隣のロキも、静かな怒りをたたえていた。

「トール、落ち着いて」

「止めるな、姉上!・・・こんだけ甥や姪を化け物呼ばわりされて黙っていられるかよ・・・‼︎もう我慢ならねえ、私は奴を殺しに行く‼︎」

トールの我慢は限界だった。

ラグナロクを引き起こした上、甥のクローン、挙げ句の果てに全ての責任をフェンリル達に押し付けようとしている。

トールの怒りは既に最大に達しており、身体には凝縮された高密度の雷が迸り、怒りに呼応して天候が荒れ始める。

トールがテュール領に向かう為、足に力を入れたその時ーー

その場にいた上級の神格達は、森の方から“気配”感じた。


ーーザッ・・・ザッ・・・ザッ

「ハァ・・・・ハァ・・・ハァ・・・」

森の中よりフェンリルが傷口から血を流し、雪原に赤い跡をつけ、グレイプニルをジャラジャラと引きずり、フラフラになりながらも向かってきていた。

「「兄上‼︎」」

ヨルムンガンドとヘルが叫び、ヘルがフェンリルに駆け寄り、ふらつくフェンリルを支える。

「っ・・・ヘル・・・か・・・」

「兄上、気を確かに!ご安心ください、ここは安全です!」

フェンリルの意識は朦朧としていた。

テュールの右腕を斬り飛ばした後、艦砲によって重傷を負ったフェンリルは直ぐに撤退したが、すぐさま追撃部隊が派遣された為、戦いながらここまで撤退して来た。

脇腹に負った深手の他に、数カ所に大なり小なり傷を負っていた。

フェンリルは途切れそうになる意識を、強靭な精神力で持たせていた。

「フェンリル様・・・」

「・・・よくお戻りに!」

兵士達の間を、ヘルに支えられながらフェンリルは歩く。

「無事だったか!」

「っ!フェンリル!」

満身創痍ではあるが、フェンリルの無事な姿を見て、トールは安堵して力を収め、ロキは堪らずフェンリルを抱きしめる。

「・・・母上・・・すまない、しくじった・・・」

「いいのよ・・・あなたが無事なら、それで・・・さあ、横になって。・・・衛生兵!」

フェンリルをその場に伏せさせた。

「よく戻ったわ、フェンリル」

「叔母上・・・」

「傷の手当てを終えたら、直ぐにテュールに対処するわ。先んじてヨルムンガンドとヘルを匿うわ」

「姉上、フェンリルは?」

「この子については北欧から逃さないと、その為の手は打ってある。・・・・・来てくれたのね」

そう言うとオーディンは背後を振り返る。

そこには美しい長い黒銀の髪の美女、凰月ツクヨミがいた。

「相変わらず、気配を全く感じさせないな」

「大丈夫よトール。貴女も“シンギュラリティ”に到れば、私の気配を探知する事も可能よ。貴女とロキは、一歩手前なのだから」

「ーー⁉︎一体いつから⁉︎」

「何者なんだ⁉︎」

トールと話し始めたツクヨミの存在を、兵士やヴァルキリー達は“今”認識した。

認識した者達がざわめきを起こすが、オーディンが手を挙げて制する。

「オーディン、貴女の“視た”通りになったわね」

「姉上⁈」

「まさか、この結果を左目で“視た”のか⁈」

ロキとトールを驚愕し、オーディンの仮面型タクティカルバイザーに覆われた左目を見る。

「ええ、何年も前に左目でね。あなた達も知っている通り、私の左目が“視る”のは戦闘時に近未来、そして私に関連した未来の結果。私が視たのは、テュールがラグナロクを引き起こし、フェンリルが瀕死の重傷を負う未来。でも、その未来はあくまで確定していない結果。過程が変われば、未来を変えられる。現にフェンリルに自戦力の二割を削られ、腕を落とされたテュールは計画を変更した。いえ、変更せざるを得なくなった」

「では、姉上はテュールが計画していた本来のラグナロクを知っているのですか?」

ロキは、フェンリルの治療を手伝いながらオーディンに聞いた。

「推測だけど、テュールの思い描いたラグナロクは、テュールに従わない者全員の抹殺。まず、各巨人族の反乱分子とナグルファル級・・・クローン・ヨルムンガンド、これらを用いての消耗戦。フェンリルを捕らえたのは、おそらくヨルムンガンドと同じ様にクローンを作り戦力とする為。そして、戦争を長期化させて各巨人の王達に不和を招く。そうして私達が消耗した所を見計らって、全軍を率いて総攻撃仕掛けると言った所でしょうね」

「軍略としては、合っているな」

「ええ。クローンとナグルファル級を使ったのは、最初からあなた達に罪を被せる為。元々テュールは、あなた達を怪物としてしか見ていないから」

「・・・・・・」

ロキの手に思わず力が入る。

「色々手を打ったのだけど、結果的にフェンリルが重傷を負う未来は消えなかった。だから私はーー」

「私に相談して来たのよ」

ツクヨミが口を開く。

ツクヨミはフェンリルに近づく。

「さて・・・オーディン、時間が無いわよ。こうする間にも、テュールはいずれ軍を再編し送り込んでくる。三兄妹を討ち、神勇として自らを讃えさせる為に」

「ええ、そうね。テュールが動く前にフェンリルを逃さないと」

「姉上、この子をどこに逃すのですか?」

ロキはフェンリルを撫でながらオーディンに聞いた。

「龍皇市よ。その為に、ツクヨミに来てもらったのよ」

「ロキ。私が未来に生まれる孫の為に、“皇妃”と”臣下“を探しているのは知っているわね?」

「もちろん。”皇の一族“として姉上から・・・。まさかこの子を”彼“の臣下に?」

「ええ、もちろんオーディンに頼まれたのもあるけど・・・その子の力、潰えさせるのは惜しい。噂は聞いていたけど、こうして見るとこの子の潜在能力は確かにオーディンと同等・・・いえ、それ以上の物を持っているわ。だから是非あの子の、孫の臣下にと思ったのよ」

「母親としては、嬉しい限りだけど・・・姉上、一言相談してくれても・・・姉上の悪い癖ですよ?」

ロキは、未来視を持つが故の悪い癖を発揮した姉に呆れながらも、フェンリルを褒められた喜びもあり、複雑な表情でオーディンに言った。

「ごめんなさい、ロキ。貴女に心配をかけたくなかったの。でも、この子を逃さないとテュールはどんな手を使ってでも殺しにくるわ。だから先手を打つ。テュールを討伐出来るのは、いずれ来たる預言の時だから・・・」

「“書”の預言・・・。・・・私は、この子が無事ならそれで構いません。でもーー」

「私もそれで構わない。母上」

治療を受けながら、静かに聞いていたフェンリルが口を開いた。

「フェンリル・・・大丈夫?」

ロキは、膝枕したフェンリルを撫でながら、優しい口調で訊ねる。

「治療のお陰で楽になった。・・・それに、ツクヨミ様やオーディン様の言う通り急いだ方が良い。テュールは、先ず私達三兄妹を排除しようとしている。先の演説は、私も朧げながら聞いていた。あれは、私達を悪神に仕立て上げようとする奴の策略」

フェンリルは身体を起こしツクヨミに近づく。

「これ以上、奴の後手に回る訳にはいかない。ならば先手を打ち、私達が一時的に去る事で奴は計画を再び練り直す事になる。預言の時・・・?と言うのは知らないが、その時こそがテュールを討伐する時であるならば・・・私が悪神になる事でその時までの時間を稼ぐ事が出来る。ならば喜んで汚名を被ろう」

「フェンリル・・・」

「それに会いたくなった。ツクヨミ様の“孫”が私の忠誠を捧げるに値する人物かどうか、確かめたくなった。・・・さあ、ツクヨミ様」

「・・・その前にする事があるわ」

ツクヨミは地面に手を翳し、魔方陣を展開する。

フェンリルを中心に展開された魔方陣は、二対の翼の様な紋様が組み込まれていた。

「これは・・・?」

「この術式は、あなたを顕鎧生命体(けんがいせいめいたい)へと転生進化させる術式よ」

「ですが本来、顕鎧生命体への進化は宿鎧者(しゅくがいしゃ)となる者がいて初めて成せるものでは?」

「本来はね。私の術式は特別だから・・・さあ、じっとして」

魔方陣が強く輝きを放ち始める。

「お待ち下さい!」

そう声を上げてツクヨミに近づいてきたのはーーフェンリルが解放したドヴェルグ達だった。

「お前たち・・・」

ドヴェルグ達は、ツクヨミの前で膝をつき頭を垂れた。

「極東の女神・ツクヨミ様。しばし、お待ち頂けないでしょうか?どうか我らに、フェンリル様への恩を返す為、最後の工程させて頂きたいのです!」

「最後の工程・・・?」

「ハッ。先程、テュールさ・・・、いえテュールが流した映像の中にフェンリル様がグレイプニルを操作している場面が御座いました。設計図に記述されていた“共鳴”現象により、フェンリル様を所有者として認めたものと思われます」

「ああ、確かにヘイムダルとの戦闘中に操作出来る様になったが・・・」

「ですが、グレイプニルはまだ武器として未完成。ここでグレイプニルを完成させる最後の工程をするべく参りました」

「工程・・・、後ろの容器のことかしら?」

ツクヨミは、ドヴェルグ達が運んできた巨大な容器に目を向ける。

「はい、先程なんとか加工に成功しました」

2メートル程の円筒状の容器は、側面が特殊なガラス素材になっており、中には銀色の液体が入っていた。

「・・・設計図を見せてくれるかしら?」

容器の中身である銀の液体を確認したツクヨミは、そう聞いた。

ドヴェルグ達は、見せて良いのか?と確認する様にオーディンの様子を伺う。

「構わないわ。“この兵装群が何か“を最も理解しているのはツクヨミよ」

「分かりました。ではこれを・・・」

「・・・・・」

端末を受け取ったツクヨミは、画面をスライドさせて静かに目を通す。

「成る程・・・広範囲に渡る攻防一体の制圧能力、対象の魔力を強制放出させて吸収し、自己強化又は魔力を転用する変換能力・・・。そして、最後の工程により付与されるーー流体金属による更なる広範囲制圧能力と形状変化能力・・・。完成すれば、貴女達三女神が持つ北欧の至宝に並ぶ性能よ」

「という事は、グレイプニルは”ユグドラシル・シリーズ“の頂点の一つなのね?」

「ええ。【皇鋼(インペリアル・スティール)】を流体金属にする仕様は興味深いわね。ただ設計図で終わったのは、グングニルの開発を優先したからでしょうね」

ツクヨミとオーディンの会話の中には、ロキとトール以外のこの場の者達が聞いた事のない用語が出て来たが、恐らく最高神しか知り得ない事なのだと察し、“最高神同士”の会話を静かに聞いていた。

「さて、中身を見せて貰える?」

「は、ハッ」

ドヴェルグ達は、容器の中身がよく見える様にツクヨミの前に置いた。

「・・・・・・よく加工出来ているけど、まだ固まりが見えるわね。これでは完全な流体とは言えないわ」

そう言うとツクヨミは手を翳し、膨大な魔力とは思えないかつ神クラスですら微かにしか感じ取れない程、極めて静かに魔力を流し込んだ。

固まりが残っていた流体金属は、魔力を流し込まれて完全に滑らかになって行く。

そうして間を置かずに完全な流体金属と化した【皇鋼(インペリアル・スティール)】が完成した。

「後は、グレイプニルを浸して融合させるだけだけど・・・その工程は、転生進化の過程で行うわ」

ツクヨミは、魔力で容器を浮かせてフェンリルの横に置いた。

「・・・全員下がりなさい。フェンリル、始めるわよ?」

「いつでも」

伏せたフェンリルを中心に展開された魔方陣が輝きを放ち始める。

フェンリルの横に置いた流体化した【皇鋼(インペリアル・スティール)】が入った容器が、中身だけを残して消えて宙に浮き、四肢のグレイプニルは、拘束している輪が砕けて鎖と先についた矛だけとなり、流体化した【皇鋼(インペリアル・スティール)】と一度形を失いながら原子レベルで溶けて融合していき、やがて一つの球体になった後、フェンリルの内へと消えていく。

そしてフェンリルも進化が始まる。

大小の傷、手当てされてある程度治癒した脇腹の傷も、完全に治癒していく。

3メートル近いフェンリルの体躯は、半分程度まで小さくなり、美しい蒼銀色の毛並みは輝く白銀へとその色を変えていく。

フェンリルの姿は、青年だった姿から幼年へと若返っていき進化が完了して、フェンリルは半顕鎧生命体へと進化した。

「・・・これは・・・⁉︎」

「あ、兄上が若返った⁈」

「だが、兄上の魔力が桁違いに上がっているな。これが、顕鎧生命体・・・存在の進化」

フェンリルの姿こそはもはや子狼と言うべきだが、魔力は格段に進化前より別物になっている。

「おいおい・・・進化ていうか小さくなってんぞ?確かに魔力は桁違いになったが・・・、どうなってんだツクヨミ?」

子狼サイズになったフェンリルを見てトールが聞いた。

「言ったでしょう?“転生進化”だと。この子は半顕鎧生命体に進化し転生したのよ」

「懐かしいわね・・・まるで幼少期に戻ったみたいね」ロキは小さくなったフェンリルを見つめながら言った。

「ええ、転生したもの。今のフェンリルは自由に今の姿と顕鎧生命体の鎧姿に切り替えが可能よ。加えてグレイプニルは、最後の工程を原子レベルで終えて、フェンリルの顕現装具として内に備わった。今の姿は転生したからと思って頂戴。大丈夫、時が経てば成長するから元の大きさに戻る事が出来るわ。ーーー!」

不意にツクヨミが、テュール領の方面を向く。

「・・・オーディン」

「・・・ええ」

オーディンの左目を覆う仮面が展開して、関連未来・近未来の事象を所有者に見せ、一際蒼く輝く瞳【九界を内包せし(アイ・オブ・ユグドラシル)】が顕になっていた。

「テュール・・・軍の再編を待たずに動くのね」

「上等だ・・・!あの野郎、かち割ってやるよ」

トールが雷を迸らせながら口にする。

「待ちなさい、トール。さっきも言った様に、預言の時こそ奴を討つ時。いくら北欧と言えど、同じ神性を誅するには、理由が必要でしょ?」

「ツクヨミの言う通りよ。最高神である私でも、明確な理由も無く簡単に誅する事は出来ないわ、それがたとえテュールと言えど。だからこそ、預言の時を待つのよ。その状況こそ“正式”な理由になるわ」

「書の預言・・・“二項目”か。・・・長いなぁ。ハア、わかったよ。なら、その時が来たら大暴れさせて貰うからな姉上」

「ええ、もちろん。存分に暴れなさい。さて・・・ヨルムンガンド、ヘル、あなた達は各領域に戻りなさい。二人共、追って指示を出すわ」

「「ハッ!」」

ヨルムンガンドとヘルは、フェンリルに向き直る。

「・・・兄上・・・」

「フッ、そんな顔をするな。何も永遠の別れでは無いんだ。いつでも連絡は取れるだろう」

転生進化して声も幼いものとなったフェンリルが、二人を見上げて言った。

「母上と父上、そして北欧を頼むぞ・・・!」

「「はい!」」

フェンリルは、ロキに視線を移す。

「・・・母上・・・」

「気を付けてね、フェンリル。姿が変わったとは言え、貴方が生きていると分かればテュールは刺客を差し向けるでしょう。警戒を怠らぬ様にね。また家族全員、無事で会いましょう」

「はい、母上!」

フェンリルはツクヨミの側に立つ。

地面に転移魔方陣が展開する。

「さらばだ、我が故郷よ・・・我が同胞達よ!」

フレイヤ、フレイ、ヨルムンガンド、ヘル、トール、オーディンがそれぞれ別れを告げる。

「フェンリル、元気でね」

「また会おう・・・フェンリル!」

「兄上、どうかご無事で!」

「ヨル兄様と再会の日を心待ちにしております!」

「気を付けろよ・・・フェンリル!」

「貴方は、真の英雄よ・・・フェンリル。頼むわね、ツクヨミ」

「ええ、任せて」

「いってらっしゃい、フェンリル」

ロキが笑顔でフェンリルを送り出す。

そしてフェンリルは、別れを告げる様にーー

「ワォォォォォォォォォーーー‼︎」

遠吠えを響かせながら、ツクヨミと共に転移した。


ーー・・・

その後、テュールが軍を率いてヨルムンガンド、ヘル討伐の名目でオーディン領に侵攻したが、既に二人は自身の領域に戻り身を潜めていた為、テュールは侵攻目的を見失った。

それでもなんとか別の理由で侵攻しようとしたが、テュールは再編を待たずして軍の一部、たった数百隻で侵攻に踏み切った為、対峙する三女神率いる大軍勢との圧倒的な戦力差、更に侵攻の様子を北欧全域に中継させていた為、下手な事は出来ずに撤退を選択した。


そして、戻ったテュールはすぐさま自身を信奉する歴史学者を召集し、ラグナロクについての記録を書かせた。

テュールの指示により、この様に記録された。

“来るべき終末は訪れる“

”始まりを告げるは、猛々しき戦笛“

”アスガルドに来り、地を埋め尽くすは巨人の軍勢“

“位相を開き、暗雲を背に現れるは【死の魔女・ヘル】が作りしナグルファル”

”氷雪に染まる大地を揺らし、邪悪なる咆哮を響かせるは【世界蛇・ヨルムンガンド】“

“偉大なる神テュールによりて、鎖に繋がれし邪悪なる怪物【邪狼・フェンリル】“

”【邪狼・フェンリル】戦笛の響きを聞き、鎖を解き放ちアスガルドに災厄をもたらす“

”【邪狼】、【死の魔女】、【世界蛇】三体の怪物、巨人を率いて邪悪な力を振るい破壊と死を撒き散らす“

”【光の闘神】、【邪狼】を止める為戦うが、力及ばず倒れる“

”暴れ回る【邪狼】の前に“最も偉大なる唯一神”【軍神・テュール】が立ち塞がる“

“テュールは邪悪な怪物・フェンリルを相手に、その偉大にして勇猛なりし力で圧倒せしめる”

“熾烈な戦いの後、テュールは偉大なる右腕をフェンリルに噛みちぎられながらも剣で貫き、ついに邪悪な怪物を討ち果たす”

”【邪狼】は討たれ、巨人の軍勢も大半が倒れた。劣勢を悟った【死の魔女】と【世界蛇】は、矮小にも撤退し隠れる事を選択した“

”こうしてラグナロクは一応の終結を見た“

”だが民達よ、油断する事なかれ。終末はまだ終わりでは無い。今も【死の魔女】と【世界蛇】はその醜悪で邪悪な策謀を巡らせている“

”だが、恐れる事なかれ!我らには最も偉大であり、唯一にして絶対なる神がいらっしゃる!“

”民達よ。ラグナロクを終結させた神勇にして、北欧の頂点に君臨する【軍神・テュール】を讃え崇めよ!さすれば軍神の加護によって、未来永劫に渡る安寧の日々が約束されるであろう!“

〜ラグナロク・軍神譚〜


この記録が書物に記された後、直ちにテュールを信奉する歴史学者によって北欧でラグナロクの真実として流布された。

これを良しとしなかったのはもちろんオーディン派の歴史学者達である。

ヨルムンガンド、ヘル、フェンリル達を邪悪な怪物であると記し、ラグナロクの首謀者であるテュールを神の英雄【神勇】であると讃えるこの記録に激怒した。

学者達は、すぐさまラグナロクの真実を記した記録を作成した。

しかし、それを察知したテュールによって作成した記録の破棄と歴史学者達の抹殺を目的とした刺客の襲撃が相次いだ為、オーディンは歴史学者達を召集してこう述べた、「貴方達がフェンリル達の事で、憤慨してくれる事は嬉しく思う。だけど、そのせいで命を危険に晒すのはあの子達の望むべき所では無い。悔しいでしょうけど、今は奴らの好きな様に記録させておきなさい。ラグナロクの真実は、知る者たちだけ知っていれば良い。いずれ記録は正されるのだから」と。

最高神自らのこの言葉を聞いた歴史学者達は、悔しい思いをしながらも記録を記す事をやめた為、刺客も散発的には差し向けられたりしたものの、徐々になくなっていった。


そして三兄妹達は、それぞれの場所で備える事になる。

ヨルムンガンドは、ミズガルズのヴァイキング達が管理する広大な海に身を潜めて、鍛錬しながら長い時を待つ事になった。

ミズガルズに危機が訪れる際には、ヨルムンガンドはオーディンの指示により殺気や魔力、気配だけで極力追い払う様にと言われた為、海を管理するヴァイキング達以外は滅多に姿を見る事は出来なくなった。


元々魔導科学者でもあったヘルは、ユグドラシルにある九つの位相世界の内の一つを丸々使った、総合魔導研究開発機関【ヘルヘイム】で、日々研究開発と自身の魔術修練で備える事になった。

そして、オーディンはヘルを邪悪な怪物だと言及した事を利用して、表向きにはヘルヘイムに行く為のゲートや、“ユグドラシルでのオーディンの権限”を使い、ヘルヘイムへの転移を不可にした。

元々テュールは、自身の利用する技術の大半を自分の研究員に独自開発させていたが、ヴァルハラ級戦艦など盗用した技術もあり、オーディンのとったこの措置によりテュールは、ヘルヘイムで今後開発される技術を一切手に入れる事が出来なくなった。

そして、ヘルヘイムにはオーディンの居城である【オリジン・グラズヘイム】内に新たに設けられたゲートからしか行き来出来なくなった。


そしてフェンリルは、龍凰市でツクヨミの教えの元、新たに備わった力であるグレイプニルや顕鎧の扱い方の習熟と鍛錬に励む事になった。

そして、現在より16年前ーー零牙生誕の際の防衛にも参加していた。


ーー四節・終













































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