二章ー二節[クラス・デルタ:北欧クラス]
その日、クラス・デルタとの模擬戦が組まれた。
訓練場の中央では、二人の少女が対峙していた。
朧と、クラス・デルタのリーダーである。
ロングストレートの蒼銀の髪、青い瞳。学生服は魔術師の様なローブを上に羽織り、インナーは女子に人気の黒のノースリーブのインナースーツと、すらっとしたタクティカルズボン。
彼女の名は、【ノルン・ヴェルベルグ】
クラス・デルタのリーダーの少女で有り、スルカの双子の妹だ。
クラス・デルタは主に、北欧出身者、もしくは北欧に関連した能力を持つ者を集めたクラスで、教官はーー
「冬華。本当に本来の得物でさせるの?」
そう冬華に聞くのは、クラス・デルタ教官の【ブリュンヒルデ・アスガルズ】。
北欧からクラスをまとめる為に派遣された、長い銀髪の美女で、北欧の最高神、オーディンのヴァルハラを管理するオーディン配下のヴァルキリー達の筆頭だ。
冬華と同じく、スーツを身に付けている。
「ああ、本来の得物でないと、実戦の感覚を取り戻せないだろう?朧は戦闘の渦中であっても、あの時から実戦をしていないに等しい。言うなれば、リハビリだ。・・・それにノルンが相手なら、一気に払拭出来るかもしれない。・・・朧の“恐れ”を」
冬華は対峙する二人の間に立つ。
「二人共、準備はいいな?」
「・・・はい」
「いつでも」
冬華は手をかざす。
「では、呼び出せ」
まず、ノルンが右手をかざす。
「破滅をもたらす呪いの魔剣よ・・・。我が呼びかけに応じ、顕現せよ!」
ノルンの右手に金色の柄に、剣身に赤いラインの入った黒い長剣が出現する。
「【魔剣・ティルヴィング】!」
朧は少し躊躇いながら右手をかざす。
「抜刀・・・天羽々斬【剣皇】」
朧の右手に、長刀が召喚される。
天羽々斬【剣皇】ーー
鍔のない長刀型の天羽々斬で、本来なら刀身は淡く輝く様な蒼い刀身なのだが、今は薄い蒼になっており、本来召喚の際に放たれる余波もない。
それもそのはず、これは能力を抑制した召喚だ。
(そうか・・・完全詠唱はまだ無理か・・・)
普通に召喚された【剣皇】を見ながら零牙は思った。
「・・・始め!」
開始の号令と共に、先に仕掛けたのはノルンだ。
距離を詰めて、袈裟懸けに振り下ろす。
「・・・っ!」
朧は少し反応が遅れたが、バックステップで躱す。
続けてノルンは左手を朧に向けて、手元にルーン文字を展開して火球を放つ。
飛来して来た火球を、朧は斬り払う。
火球が斬り払われると、既にノルンが火球を隠れ蓑に接近していた。
「・・・くっ!」
放たれる刺突を朧は刀で受け流しながら、右薙でノルンに斬りつける。
だが、ノルンはすかさず反応して、弾かれる様に飛び退く。
ノルンは飛び退きながら、ルーン文字から三つの氷刃を放つ。
朧はその場で飛来した氷刃を斬り落とした。
今の攻防で思う所があったノルンは口を開く。
「何を躊躇っているの?朧?前の貴女ならば、飛び退いた私に、たとえ攻撃が飛んで来ようと斬り払いながら追撃した筈よ」
「・・・・・・」
ノルンの言う通り、以前の朧ならば、防御した攻撃の倍は反撃を加えていた筈だ。
ノルンは魔剣の切っ先を突きつける。
「この模擬戦、お互いに本来の得物での戦闘を許可されている。ならば、その意味はわかっているでしょう?」
魔剣の魔力が高まる。
「この【ティルヴィング】の呪いの斬撃を、能力を抑制した【剣皇】でどこまで防げるというの?」
ノルンが続ける。
「【剣皇】を完全詠唱しなさい朧!・・・そうでなければ、今の貴女では、私の斬撃は防げない!私に刃は届かない!」
「・・・わかっている。わかっているがっ!・・・」
「わかっているなら、さあ!詠唱なさい!」
ノルンに促されるが朧は詠唱しなかった。
刀を握る手は、少し震えていた。
震えに気づいたノルンは、冬華にチラリと確認を取るかの様に視線を向ける。
ノルンの意を察し、冬華は頷く。
ノルンは朧に視線を戻して告げる。
「朧、貴女があの時から何を恐れているのか、自分でもわかっているでしょう?・・・私は今から、貴女の“恐れ”を狙い攻撃する」
「・・・なっ⁉︎」
「止めてみなさい‼︎」
ノルンは【ティルヴィング】を横薙ぎに振るい、零牙に向けて剣撃を飛ばした。
零牙に【ティルヴィング】の破滅の呪いが込められた剣撃が飛来する。
だが、先程とは比べ物にならない速度で朧が割り込み、剣撃を両断する。
その顔は、必死だった。
両断された剣撃は直ぐに力を失い消滅する。
そもそも、ノルンは零牙に当てる気はなかった。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ」
「それよ、朧」
ノルンは一気に距離を詰め、剣で斬りつける。
「・・・っ‼︎」
朧は剣撃を真正面から受け止める。
ノルンが押し気味に迫り合う。
「貴女が戦えないのは、また大切な人が自分を庇って死ぬかも知れないと恐れているから。だから、私が彼に向けて放った剣撃を、シールドがあるのを忘れて、反射的に防いだ」
ノルンの言う通り、周囲には攻撃が行かない様に強力なシールドが展開されている。
その為、さっきのノルンの加減した剣撃は、防がずともシールドに防がれる。
だが朧は恐怖心から、それを忘れて反射的に動いた。
「・・・私は!」
朧はノルンを押し返し、反撃で斬りつけるが、ノルンは朧の刀を容易く弾き、少し距離を取り朧を見据える。
「確かに、あの時スルカ姉さんは貴女を庇って致命傷を負った。貴女は思ったのでしょう?今度は“彼を失うかもしれない”と」
「・・・!」
「朧、貴女はスルカ姉さんが死んだ後に何もしなかった訳では無いでしょう?・・・あんな悲劇は二度と起こすまいと、更に鍛錬を重ねてきた筈よ」
「・・・・・・」
そう、朧はあの後から悩んでいたものの自分の力を高めてきた。
「でも、いざ実戦となるとあの時の事が頭によぎって、恐怖が勝ってしまう」
ノルンが再び、距離を詰めて斬撃を連続で放つ。
朧は連続の剣撃を受け流して、反撃を行うが容易く弾じかれ、次第に防戦一方になっていく。
「貴女には力がある!皆を守れる力が!迷わず振るいなさい!もう二度、あんな事は起こさない為にも!もう何も失わない為にも!」
「私・・・私はっ!」
「・・・だから!」
ノルンが大きく距離を取り、【ティルヴィング】上段に構えて、魔力を高める。
「・・・だから。貴女の迷いを払拭出来るなら、私は本気で貴女を攻撃する」
「・・・ノルンは私を?」
「恨んでいるかって?そんな訳ないでしょう。ただ、スルカ姉さんの死を乗り越えて欲しいだけよ。スルカ姉さんも望んでいる筈だから・・・」
「・・・ノルン」
「行くわよ。朧」
ノルンが上段から【ティルヴィング】を振り下ろし、禍々しい剣撃を飛ばす。
呪いが付与された本気の剣撃だ。
(ノルンの言う通りだ。私は、もう目の前で失わない為にもこれまで鍛錬を重ねてきた。・・・何よりも、零牙や皆を失いたくない・・・)
朧は迫る剣撃を前に目を閉じ、呼吸を整える。
次に、目を開いた朧の雰囲気が変わり、身に纏う剣気が鋭さを増す。
そして、朧に呼応する様に【剣皇】の刀身も蒼の輝きを増す。
朧は【剣皇】を居合の様に左に構える。
【ティルヴィング】の剣撃が、間合いに入った刹那ーー抜刀術の様に斬り払い両断した。
それを見たノルンは再び、【ティルヴィング】に魔力を集束させる。
(・・・そう、これこそ朧の剣。少しは戻った様ね・・・ならもう少し強い攻撃を)
斬り払った後も、朧の剣気が揺らぐ事がなく、完全に以前の様にとは言えないが、更に強い攻撃を放っても今なら大丈夫だとノルンが確信できる程に、朧は戻りつつあった。
朧は【ティルヴィング】の魔力が再び高まるのを感じ、【剣皇】を構える。
「ーーハァッ!」
【ティルヴィング】を一閃させ、ノルンが再び一文字の剣撃を飛ばす。
朧が飛び出す。
距離を詰めながら剣撃を両断、もしくは受け流すつもりだ。
だがーー
「ーー⁉︎・・・なッ⁈」
「ーー朧⁉︎」
少し進んだ所で、朧は突如失速して膝を突く。
朧は【剣皇】を突き立て、立ち上がろうとするが、出来なかった。
(ーー!あれは、危険だな)
冬華は間に入る準備をする。
隣のブリュンヒルデも同じだ。
ノルンも自分の放った剣撃を止めようと飛び出す。
しかし、その場にいる誰よりも早く動いたのはーー
ーーシィィン!
朧に直撃する刹那、強力な呪いの剣撃は誰よりも早く割り込んだ零牙が、天羽々斬【皇】で両断した。
「凰月君!」
「悪いなノルン。今回はここまでにしてくれ」
「・・・れ、零牙・・・!」
朧が気を失い地面に倒れるが、その前に零牙が朧を抱き留めた。
「ごめんなさい、見誤ったわ。さっきの朧なら出来ると思ったばかりに・・・」
ノルンが、【ティルヴィング】をしまい、零牙に申し訳なく言った。
「いや、あれは仕方ない。朧は戻りつつあったからな。久しぶりだったから、疲れたんだろう。・・・むしろ礼を言わせてくれ、ノルンのお陰で、少しは迷いが晴れたと思うからな。・・・さて、朧をこんな所で寝かせる訳には行かないから、戻るよ」
「ええ、そうね。私も一旦戻るね。朧が起きたら、教えてくれる?」
「ああ、もちろん」
零牙は朧を横抱きにして、クラス席に戻る。
「零牙、朧は大丈夫?」
「ああ、疲れていたんだろう。少し休めば問題ないと思う。アンジェ、念のため治癒術を頼む」
「はい」
零牙が朧を席に横たえると、アンジェがすかさず、治癒術で朧を看病する。
ノルンがまだ、心配そうに向こうから様子を伺っていたので、零牙が大丈夫だと言う合図を送ると、ノルンは少し安心した様子で、自分のクラス席に戻ろうとした、その時ーー
ビュオオォォ!
突如、黒い霧が大訓練場の中央で渦を巻き、小規模な竜巻を形成し、出現した。
やがて竜巻が収まると、現れたのは、肩や背中が露出した黒い軍服を着た、濃紺のロングストレートの髪、赤い瞳の美女。
その女性を見たブリュンヒルデが驚きの声を上げる。
「あ、貴女は・・・‼︎」
ーー同時刻・北欧
アース神族が住む領域、アスガルズ。
世界樹・ユグドラシルが内包する広大な位相空間にあるその領域のその一角にて、ある神の軍勢が大規模な進軍を開始しようとしていた。
その神格専用のグラズヘイムは、外観も豪華な装飾が施された居城ながら周辺には常に警戒網が敷かれ、他の神々も迂闊に近づく事の出来ない様になっており、
外観上は豪華な城といった様相だが、その実、極めて高度な軍事要塞で有り、グラズヘイムを囲む城壁には、数多の防衛兵器が格納され、城壁の周囲の極寒の雪原は、広大な範囲で拠点化されており、数多くの下級神やヴァルキリー、エインへリアル達が、各々の仕事に従事しており、拠点には複数隻単位で、魔導戦艦が駐留しており、グラズヘイムを守る様に、交代で警備の任に就いていた。
グラズヘイム内部の玉座の間にて、アスガルズにあるこの領域を治める神は、命じた調査の報告を聴いていた。
玉座に座る豪華な金色の鎧と赤いマントを身につけた、銀髪の男神は、待ち望んでいた報告を配下の者から受けていた。
その男神の名は、テュール。
アース神族、最古参の神格であり、北欧の軍神であり、かつては最高神であった。
「ーー以上の監視と推察を吟味した結果、やはり、かの槍、【神槍・グングニル】は龍凰市に在るものと断定致します」
膝をつき、こうべを垂れながら配下の下級神が報告を終える。
その報告を聞き、テュールは納得すると共に笑みを浮かべる。
「・・・やはり、私の読みは正しかったな。・・・ようやくだ・・・ようやくこの時が来た!ハハハハ・・・」
喜びが抑えきれずにテュールは上を仰ぎ、笑いを溢す。
「どうされますか?テュール様」
テュールの側に立ち控えていた、肌の露出の多い戦乙女の軽装鎧を身につけた、長い銀髪のヴァルキリーの女性【スクルド】がテュールに指示を仰ぐ。
「無論、攻める。軍の準備は?」
「いつでも出られます」
テュールは立ち上がる。
「全軍に伝えろ!これより龍の巣を落とす‼︎」
「はっ!」
報告していた下級神は、急ぎ玉座の間を出て行った。
テュールも、自分の“ヴァルハラ”に向かうべく、スクルドを伴い歩き出す。
「スクルド」
「はっ」
「お前は先に我がヴァルハラに赴き、饗宴に耽る英霊共を叩き起こせ。今こそ私の役に立って貰う」
「直ちに」
スクルドは転移のルーン魔術を展開して、転移した。
テュールは格納庫に向かいながら、思いに耽る。
その表情には、隠しきれない高揚と喜びの笑みが浮かんでいた。
(遂に・・・遂にこの時が来た。あの女に“座”を奪われ幾星霜。奴を排そうと策略を巡らせたが・・・これこそが本命。“神槍”を手にした時、奴の時代は終わり、私の時代が帰ってくる。・・・この北欧の最高神は、あの女では無い!・・・この私、テュールだ!)
自分の格納庫についたテュールは、この時の為に改修させていた自分の戦艦を見上げる。
ヴァルハラ級魔導戦艦【ティウダンス】
全長300メートル程の歪な流線形の戦艦で、多数のルーン魔術による砲塔と遠距離魔術兵器を装備し、戦艦の甲板上に巨大な門の形をしたゲートを備えている。
その装甲には、過度共言える程に豪華な装飾が施されていた。
【ティウダンス】の艦橋は広く天井の高さはかなりある。
ーー・・・
テュールは玉座の様な艦長席に腰を下ろす。
すぐ側には、スクルドが控えている。
「テュール様。全軍、準備を完了しました」
「さて、私の槍を取りに行くとしよう。・・・全軍、出陣‼︎」
テュール領から、10000隻を超える魔導戦艦が出発して行く。
大艦隊の前方に、大規模ルーン魔術による転移陣が展開し、艦隊は次々に転移して行った。
【ティウダンス】が転移陣に差し掛かるとテュールが呟く。
「次に戻った時には、直ぐに貴様を引きずり下ろしてくれる。待っていろ・・・オーディン」
ーー二節・終




