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七福人生  作者: 代田さん
13/39

13.おにぎりと微笑み

「……ハシ、オオハシ……」


 大橋は自分を呼ぶ声がどこか遠くから響いてくるのを感じた。どこだろう? 随分遠くから聞こえてくるような気がする。目を開けて確認したかったが、どうにもこうにもまぶたが重い。微かに鼻孔を刺激する、グリーン系の甘く爽やかな香り。


「オオハシ。オオハシったら」


――サラさん?


 大橋はようやく、重いまぶたをゆっくりと押し上げた。

 途端に、眼前十センチメートル(!)にまで接近した、サラのどアップが視界いっぱいに広がった。


「……!」


 一発で目をさまし、飛び起きる。反動で、机の上に広げていた教材の山がばらばらと床にこぼれ落ちた。大橋の前に座ってちゃぶ台に頭を載せていたサラも、きょとんとした表情で体を起こす。

 

――そうか。夕べ俺、算数の教材つくってて、そのまま……。


 ドキドキしながら時計を見上げると、五時四十五分。サラにしては寝かせてくれた方だろうか。


「おはよう、オオハシ」


 サラは大橋の反応にはみじんの頓着なく、小首をかしげてほほ笑んでみせる。大橋は深呼吸して動悸どうきを落ち着かせると、サラをにらんだ。


「……サラさん、いつもいきなり接近してますよね」


「そうか?」


「寿命縮まるんで、できればやめてほしいんですけど……」


「そうか?」


 サラは聞いているのかいないのか、ニコニコしながら同じ返答を繰り返すと、お馴染みのこのセリフを口にする。


「オオハシ、腹が減った」


「……はいはい、分かってます」


 大橋は寝不足の頭を軽く振り、ちゃぶ台を片付けて立ち上がる。と、何を思い出したのかサラの方を振り返った。


「サラさん、納豆、食べてみます?」


 その言葉に、サラは目を輝かせて勢いよくうなずいた。

 大橋は台所に向かった。夕べのみそ汁に火を入れて炊飯器のふたを開けると、ふわっと湯気が上がる。珍しく大橋のあとをついてきたサラは、すっかり炊きあがっている飯を見て目を丸くした。


「オオハシ、おまえ、いつの間にご飯を炊いたんだ?」


「タイマーかけたんですよ、昨夜。今朝炊きあがるように」


 苦笑しつつ、しゃもじでかき混ぜながら全体量を見る。


「これだけあれば大丈夫だろ」


「何がだ?」


 不思議そうに自分を見つめるサラに笑いかけると、大橋は冷蔵庫から梅干しと、パックに入った昆布の煮付けを取りだして見せた。


「サラさん、今日は俺がおにぎり握りますからね」


「え?」


 サラはびっくりしたように目を丸くした。


「おにぎりって、いつものあの三角のやつか?」


「そうです。手製だから、あんなに奇麗には作れませんけど。……いいですか?」


 サラは感心したように大橋を見つめた。


「オオハシって何でもできるんだな」


 その言葉に、大橋は困ったような笑みを浮かべた。


「何言ってんですか。こんなこと誰でもできます……っていうか、俺ははっきりいってできない方だし」


「そうなのか?」


「そうですよ。たぶん、きれいな三角おにぎりなんて握れませんけど、我慢してくださいね」


 温まったみそ汁の火を止めてご飯を茶碗によそうと、サラが珍しく手を伸ばしてその茶碗を受け取った。


「私は食べられればそれでいいんだ」


 茶碗をちゃぶ台に運びながら、そう言ってサラは笑った。

 冷蔵庫から出した納豆を戻ってきたサラに託し、みそ汁はこぼすと危ないので大橋が二つとも運ぶ。箸を二膳運び、納豆のパックを運ぶ。

 時計を見上げると、六時ちょうど。大橋は驚いて目を見張った。わずか十五分で朝食のしたくを終わらせることができたのだ。だらだらと仕事をしがちな大橋にしては信じられない快挙だった。事前に段取りを把握してある程度準備をしておけば、これだけ短時間で仕事を終えることができるのだ。それが分かって、大橋は何だかやけに嬉しかった。


 

☆☆☆



 食事を終えると、大橋はすぐに立ち上がった。つるつるする納豆に苦戦してまだ半分くらいしか食べていないサラが顔を上げたので、大橋はにっこり笑ってみせる。


「サラさんはゆっくり食べていてください。俺は今からおにぎりを握るんで」


 その言葉にサラは目を見張ると、すぐに笑顔でうなずいた。


「そうか。よろしくな、オオハシ」


 大橋は使用した食器をさげて洗うと、手を石けんで洗った。炊飯器からお釜を取りだし、五徳の上に置く。海苔と塩を用意し、梅干しと昆布を側に置き、それから手をぬらして軽く払い、手のひらに塩を振った。


「……よし!」


 大橋は軽く気合いを入れると、熱いご飯を左手に取った。

 おにぎりを握るのは中学校の家庭科の授業以来だ。サラにも言ったとおり、うまく握れるかどうか自信はない。しかし、今の財政状況では、とても毎日コンビニおにぎりを買い与える余裕などないのだ。自信があろうが無かろうが、やるしかなかった。

 ご飯の上に梅干しを一つのせると、もう一回ご飯をのせる。ちょっと量が多かったかとも思ったが、構わずそのまま握り始める。が、どうも形が三角にならない。どんなに頑張っても、まるで野球のボールみたいな形にしかならないのだ。やっているうちにご飯が手にくっついてきたので、諦めるとそのまま海苔を巻いた。球形のおにぎり第一号が出来上がった。

 もう一度水で手をぬらし、今度はもう少し少なめにご飯を取る。昆布をのせ、最初と同じくらいご飯をのせる。そこまでやった時、最初の塩をふっていなかったことに気がついた。慌てて半分だけ塩をして握り始める。先ほどよりは握りやすいが、なかなか三角にはならない。それでも最初のおにぎりよりはまだおにぎりに近い形が出来上がった。 


「どうだ?」


 食事を終えたサラが、珍しく使用した食器を手にして台所に顔を出した。大橋は三個目のおにぎりを握りながら、恥ずかしそうに笑ってみせる。


「微妙ですね。食べられるとは思うんですが、形がどうも……」


 サラは球形おにぎりと疑似おにぎりに目をやると、嬉しそうにほほ笑んだ。


「ちゃんとできてるじゃないか。凄いぞ、大橋」


「いや、凄いって言われても……」


 何だか気恥ずかしくて言葉を濁しつつ、大橋は三個目を握り終えて海苔を巻いた。これは今までで一番おにぎりらしい。サラは目を見張った。


「凄い、ほんとのおにぎりだ!」


「ほんとって……」


 苦笑しながら四個目にとりかかると、ちょうどご飯がなくなった。握りながら、大橋は申し訳なさそうにサラを見た。


「すみません、四個しかできなかった。……足りますか?」


「最初のが大きいから、二個分くらいあるだろ。十分だ」


 四個のおにぎりがまな板の上に並んだ。大小さまざまな上に、形も不ぞろいで不格好だ。大橋は申し訳なさそうにサラを見やった。

 サラはそんなおにぎりたちを何とも愛おしそうに、温かい目でじっと見つめていた。


「……オオハシ」


「はい?」


 大橋に向き直り、サラはふんわりとほほ笑んだ。


「ありがとう、オオハシ。私、これを食べるのが凄く楽しみだ」


 大橋は一気に耳まで赤くなった。目線をさまよわせながら慌てたように頭を下げると、わざと不機嫌そうな表情を浮かべ、無言でおにぎりたちをラップでくるみ、しわくちゃのバンダナで包み、それを無造作にちゃぶ台の上に置き、反対方向に顔を向けたまま早口で言い捨てる。


「そろそろ出かける時間ですから、着替えますね」


 サラはおにぎりの包みを大事そうに胸に抱くと、笑顔でうなずいた。

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