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電解のメサイア  作者: 殿代 海
非日常編
8/11

第7話 『”跳躍男”』

  *

 月明りの標に従い、夜の廃墟の隙間を縫う。時に彼が踏む影は、いずれも人のものではなく、彼以外に動く者など在りはしない。彼のスニーカーが地面を叩くその音だけが、うらぶれた夜の街へと響いている。


「設楽、次のポイントは。」


 彼が身に着ける黒のアンダースーツは、貼り付いたように身体の線をくっきりと浮かばせるが、その上に羽織る白のパーカーがその痩身を隠す。そして一丁のリボルバー銃が、躍動する彼の後ろ腰に時折そのシルエットを覗かせた。


「南南西に105メートル。ッス。」


彼の耳に引っかけられた黒い小さなヘッドセットから、垢抜けない少年の声が漏れた。それを聞き取った彼―加宮 桐は、木箱ひとつが収まるくらいの建物の隙間に身を滑らせる。走る速度は変わらず、呼吸と共に一定に。真っ暗で、足元を見るのも困難な状態にも関わらず。彼は走り続ける。腕時計の秒針とそれに内蔵されたコンパスの針の揺れに目を配らせながら。


「到達。誤差は?」

『…すごいッス!3メートル!』

「よし。このまま行く。」

『次は東に220メートルッス!』


実験は続く。

 走る加宮と打って変わり、設楽 友助はアジトの鉄くず山の天辺にあぐらをかいて座り、手元のノートPCへ意識を落とし込んでいた。PCからはコードが伸び、『パスマロちゃん』の頭部である三角体の形をしたアンテナ部分に接続されている。周囲に彼ら以外の人影はない。

 加宮が走り回っているのは、このアジトの周囲にある廃虚街だ。設楽の改修したパスマロが電波を発する機能を有するため、それを応用して作り出した位置情報受発信端末の試験を行っている。その精度を確かめるべく、加宮は次々に指定されたポイントを目指して走り抜けているのだ。

 細い路地を抜け、ようやく拓けた場所へと着く。ビルに挟まれた小さな公園が面する道路だ。コンクリートに書かれた『止まれ』のオレンジ文字が薄れて、おそらくは周辺住民に使い古された道、そんな様子が見て取れる二車線の路。


「到達。誤差は?」

『誤差……メ…ル…ッス!…れ?…ノイ…が…』

「聞こえにくくなった。ザーザーうるさいぞ。圏外か?」


応答はない。


「…確か、300メートルが限界だったな。今の位置がアジトとそれほど離れている気はしないが…」


パスマロが発した電波に対して腕時計が受発信を行っているため、長距離もしくは遮蔽物が多い場合は300メートルが限界だった。彼曰く、理論上はもっと距離を伸ばせるはずだがこれ以外の電波が周囲一帯に流れているらしく、それが妨害の元となっているらしい。

 そして今、その圏内が更に狭まっている。電波が妨害されているのだ。その原因として真っ先に思い当たるのは、アレしかない。。


「新たな電波による妨害…そうか。殺戮機は、ロボットだもんな。電波によって遠隔操作されているわけだ…」


呼吸を落ち着かせてみれば。

 聞こえてくる。この道の先に繋がる、少しばかり気のすくくらいに広い通りを闊歩する、あいつらの音。地に鉄が降ろされる彼らの高い足音が。殺戮機1号と称される、エイリアンを模したような二足歩行の人型ロボットがやってくる。白いボディを暗い街に点と浮かばせ、人目を憚らず何も恐れぬその姿を、加宮は道の向こうに見定めた。


 3機だ。間違いない。


「設楽。聞こえないか?殺戮機を発見した。設楽。」


ヘッドセットからは砂を磨り潰すような雑音が時折流れるだけ。


 どうする。『やる』か?―加宮の選択肢にはそれがあった。今ならば、殺戮機から身を潜めることが容易い中で、平然と確立された方法としてそれが存在している。


「3機だぞいけるか…?いや、しかし、ここでできないようなら北になど行けるものか…」


僅かに滾る自信の源は、件の設楽が施した追加武装に加えて幾つかのユーティリティとその訓練にあった。一週間という短い期間ながらも、加宮の身体の馴染みは驚くべきほどに早く、やがてその体術と技術を披露する相手は、微動だにしないガラクタの案山子では物足りなくなっていた。力の優越感すらも感じる瞬間がある。殺戮機2号に敗走した恐怖が、戦闘手段の拡張により薄れていく中で、加宮は殺戮機と対峙する機会を得てしまったのだ。止める理由も止める者もここにはいない。


「…よし。やろう。ちょっと、寄り道するぞ…設楽。オーバー」


既に応答の無い設楽へそう無線を飛ばし、加宮は腰のコルトパイソンを抜いた。従前のものよりも格段に重量が増しているのは、シリンダー付近に備え付けられた、銃本体のサイズと相違ないくらいには大四角形のアタッチメントに由来する。これが頼みの綱である。

 胸の内側で息をする鼓動が早くなる。期待か。気負いか。緊張か。少なくとも、恐怖のような強張りを萎縮と強張りを覚えるものではない感情が、加宮の中で渦巻き始める。下唇の端を上顎の犬歯で抑えながら、殺戮機の方へと歩き始めた。


「翻訳機能、ON。言語は英語…のはずだ。」


ヘッドセットには3つの機能が搭載されている。パスマロを介した遠隔通信機能と位置情報探知機能、そしてこの翻訳機能だ。いずれも設楽が街で集めたジャンク品を改修したものだが、この小さなデバイスひとつに収めた設楽には素直に感服する。


―『思うに、殺戮機が何か言っているのは、何らかの言語のはずッス。英語ではないかと、当たりをつけているッス。』

―『電気屋に並んでいた翻訳機のプログラムを拝借したッスから、精度はそこそこのはずッス。アイツらの言っていることが分かるかもしれないッス。』

―『外国…の存在、憶えてるッスか?記憶は無くとも、概念や物の区別ができる人が多いみたいッスから、加宮のアニキもそうじゃないかなーって。もちろん、中にはそれすらも忘れて廃人のようになってしまった人もいるみたいッスが…』


数日前に、設楽は機械工作の片手間でそのような話を加宮へこぼしていた。設楽には未だ教えていないが、『外国』の存在は思い出すよりも先に、過去からの手紙がその存在を明記している。間違いなく、殺戮機は今や誰も憶えていない『日本』の鍵を握っている。

 やはり『諸外国に日本は滅ぼされた』というのは、あれら殺戮機によるものではないのか。だとすれば、現状で蔓延る殺戮機は、残った日本人を掃討するための諸外国の手先、という解釈に辿り着くが。

 なぜ、『殺戮機』なのだろう。日本を壊滅させる手段なら、他にもあるだろうに。ミサイル、毒ガス、爆弾…少なくとも、少年がナイフ一本で無効化できるロボットなどで、日本は滅びるのだろうか。

 疑問は尽きないが、今は目の前の殺戮機に集中するべきと、加宮は気を改めた。歩みを早め、やがて駆け足となる。それでも足音は変わらず、擦るか叩くかの瀬戸際でつま先が地面を蹴ってゆく。踵を付かずにつま先へと重心を乗せる走り方には理由がある。踵にはある『仕込み』がされているからだ。


「行くぞ…」


あと一歩で横道を抜けるというその踏み込みで、加宮はようやく踵を付く。そこに内蔵された機構が衝撃を感知し、吸気を開始。加えて、吸い込んだ空気をみるみる圧縮していく。それら一連の動作は、次の一歩までのコンマ数秒の出来事でしかなく。

 その圧縮具合は、防熱の特殊素材を幾重に張っていても圧縮による発熱を痛烈に感じるほど。足を熱湯へ落とし込んだ直後のような『冷たい』と『熱い』を瞬間的かつ幾重にも感じるコレには慣れないが、不快感はなかった。意識はこの次の、それよりも強い衝撃へと向かっているからだ。


「…噴射ぁ!」


充分に吸気を果たした踵で、殺戮機の居る通りへと強く踏み出した。これによりオートマチックの空気圧縮に最後の圧力として、物理的な力が加わる。これをスイッチに、機構は圧縮された空気へ液体燃料を注ぐ。これによって何が起こるか。

 爆発するのだ。ディーゼルエンジンの応用である。

 ここでようやく、殺戮機に加宮の存在を知らせる音が響き渡る。その小爆発に反応し、咄嗟に振り向く殺戮機たち。しかし、そのカメラで加宮の姿を捉えることはできない。

 なぜならば、加宮は空中に居るからだ。

 踵に仕込まれた機構は最後の仕事として、爆発の指向性に調整を加えた。これにより、加宮の身体は宙へと飛び出したのだ。空を3~5メートルばかりか直線状の放物線にて跳んでいく。

―空を跳ぶ感覚を知っているか。滞空中、突き抜ける風と空気を肌に感じながら、腰が浮き、ゆっくりと移動していく体の軸を見失わぬように耐えるのだ。熟達すればきっと、その先に更なる空の自由がある。重力の柵を越え、なお、取り払われうるものがあるだろう。だが、今の加宮にはその域に達する前の、いわば『大跳躍』で十分だった。

 彼らの視覚外である空中に位置する加宮は、殺戮機のひとつに銃口を向ける。宙を舞う身体が重力に引かれ始める寸前で、コルトパイソンのトリガーを迷わず引いた。


「…見えた…!」


先ほどのスニーカーによる爆発とは比べ物にならないほどの発砲音が、夜の街へとこだました。反響、反響、それは設楽の耳にも微かに届く。

 そんな加宮の放つ強力な弾丸を受けた殺戮機の1体は。胸の装甲をいとも容易く貫通され、動力系に異常をきたし、地面へと無残に崩れ落ちては動かなくなる。


「いってー…」


着地に備えながらも加宮は眉を顰める。高周波リボルバー銃の反動と発熱は、改善されてはいない。腕を後ろへ逸らすことで発砲の反作用を逃がすが、手にかかる負担はなお重たい。設楽の作ったものは、加宮と出会う前にその原型の大部分が出来上がっていたために調整が間に合ったが、このリボルバーの改良までは流石に手が伸びなかった。今までと同様、リボルバーのトリガーは固まり、高熱を発してのクールタイムが始まる。


「ここからだ…」


加宮は。

 着地と同時に、踵の機構を使い再び瞬発力を得て。


「“…警告” “加宮 桐” “賞金」


殺戮機の懐に飛び込んだ。


「おらぁ!」


何かを言いかけた殺戮機の頭を、加宮が手にする何かが刎ねた。

 バチバチと行き場を失った電流が殺戮機の首断面で火花を散らす間に、光も灯らなくなった楕円の頭部が道の端へと転がっていく。何が殺戮機の首を断ったのか。加宮の手には、トリガーにロックのかかったリボルバー銃が握られているだけ。

 ではなかった。

 それに添え付けられた薄い四角形のアタッチメントに秘密があったのだ。そこから伸びる刃渡り20cm程度、橙色にて淡く灯したナイフがその答え。

 リボルバー銃の熱量と高周波技術を累乗させたヒートナイフである。


―『これを入手したのは良いッスけど、ベースになる高周波技術の機構が無かったッスから、使われることなく埃を被りかけてたッス。』


「…今、賞金って聞こえたような…」

「“撃て”」


ようやくの反撃が来る。そう距離もない位置で、残った一機の殺戮機がマシンガンを撃ち始めた。加宮は倒れかかった首のない殺戮機1号を背中で寄りかかるように抑えつつ、集弾性の低い弾丸の数々を凌いでいく。いくつか足を掠めるも、それに関する痛みはない。

 不思議だった。

 以前にも、このようなことがあった。

 あれは殺戮機2号に追われ、商店街を抜けだす時。物陰へと飛び込む寸前で、いくつかの弾丸を足へと受けた感触があったというのに。傷どころか腫れもなく、まるで無傷な状態だった。

 まさか。このスーツが想像を絶する防弾性を有しているとでもいうのだろうか。とはいえ、わざわざ弾に当たりに行く勇気もなく、それを検証する余裕もない。


「噴射…!」


加宮は殺戮機の陰から飛び出した。無論、ただ飛び出したわけではない。スニーカーの機構の出力を下げ、駆ける一足それぞれ全てに推進力を加えることで高速移動を可能にする。

 この速度。殺戮機のような鈍い機動性の相手から後ろを取ることなどは造作もない。


「取った!」


ヒートナイフが胸の動力部を貫いている最中、加宮は殺戮機の背中で確信していた。

 これではないのだ、と。殺戮機などお遊びとも思えるほどの何かが、日本を滅ぼしたのだと。今吸わされている空気が濁りくすんでいるのも、今なおどこかの街が轟々と燃えているのも、誰しもの記憶が失われているのも。全部、殺戮機のせいか?この、ガラクタのせいなのか?

 いや。そうではない。

 必ず他に理由がある。それを知りたい。他人のような心地すらする、過去の自分からの願いを鵜呑みにすることはできないが、ただただ知りたい欲求が募るのだ。


「…行こう。行かなきゃいけない。国会議事堂に…知りたいんだ。設楽は、なんと言うだろう。」

「そりゃ反対するッスよ…」


通信は既に、回復していた。


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