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電解のメサイア  作者: 殿代 海
非日常編
6/11

第5話 『”エタノール女”』

アルコール消毒液というとエチルアルコールが有名ですよね。別名エタノールです。



※4月12日 改稿いたしました


  *

「白崎。〇か×かで答えろ。消耗のない電子チョークで字が書けるとはいえ、タブレットやスクリーンが普及するご時世に教師が未だに投影技術を使わず、黒板に文字を書いているのは保古主義か?」


なんで。


「……まる、です。」

「残念。ハ・ズ・レ、だ。」


なんで、また、『コレ』なんだ?


 次第に血が染み渡り活性していく脳の全てで、眼前で始まった純然たるデジャビュ―いや、もはやこれは昨日の『再現』とまでいえるが、それを受け止めようと、動揺に震える瞳を一心に定める。

 白昼夢、という言葉は知っているが、これがそうなのか。それは、どれが正しくどれが夢で、どれがいつ終わりどれがいつ始まるのか。何を求められ何を思えば良い?―事象の把握に視覚と触覚を費やす。俺は、白崎良風であり、目の前で今立ち上がり教壇に立つ遠上に向けて何かを答えた彼女は、言うまでもなく杉守芽衣であり…


「いつまで立っている。白崎。座れ。」


遠上。遠上 進。先生。が、俺に何か言った。座れ。座れとは、座れだ。座ろう。立ったままだった。ここは教室で、授業中で、俺は、そう、○×問題に指されて立ち上がったのだ。答えたら座る。当たり前のことだ。俺は座った。

 夢が。まだ続いている。学生机の木を模した質感も、その角の塗料がささくれて指に引っ掛かる感触も、現実そのもの。椅子の足である鉄パイプはひんやりしているし、教科書だって、ほら、さっきまで寝ていた俺のよだれの跡がねばつく。これが夢か。

 ほら、ほら。お天道様だってあんなに高く。窓の外からは、体育にはしゃぐ生徒の声。時折響くホイッスルの音なんてのも、耳を澄まさずとも聞こえるだろう。これが夢か。

 夢か?

 夢じゃない。

 そうだ。これは、昨日の再現だ。同じ昨日を生きているんだ。もしくは、俺は、未来の記憶を知っているんだ。明日の記憶を、まるで数秒前のことのように知っているんだ。そうとしか思えない。いや、一旦整理しよう。思い出すんだ。

 記憶の照合を始める。ノートに書き連ねる。桐が失踪したこと。芽衣と桐の部屋へ行ったが誰もいなかったこと。ひよこの人に会ったこと。桐が鍵を落としていたらしいこと。タバコ屋に少女が座っていたこと。それから、頭痛と、白い光と、KR1802。

 間違いない、覚えている。ついさっきのことだ。あれも現実。間違いない。じゃあ今のこれは何だ。何を見せられている。いや、これも現実だ。その実感がある。

 時間が。巻き戻されたんじゃないか?そんなまさか。


「話を戻そう。歴史の講義だったな。…さて、二十一世紀では何が起こったか?保古主義がまだ根付いていなかったことを踏まえて述べてみろ。四真(しま)。」


ということは、桐は?まだ、消えてないんじゃないか。そうだ。桐。桐の座席は、廊下側から数えて3列目の、前から4番目の。


「歴史学用語にいう、『迂闊な改進期』です。新しい技術の実装後にもたらす不利益の検証も不十分に行わず、技術革新を重ねていきました。結果、甚大なリスク管理に失敗し、日本の領土の多くは海の底、気候は四季のバランスを失ったのです。」


…席替え、したんだっけ?


 桐の席に桐の姿は無く。

 そこにあったのは、髪の長い女が立ち上がって、遠上の問いに答えている姿。知らない女。そして教室のどこを見回しても、桐の姿は無く。


「その通りだ。人類はそこでやっと気付く。あぁ、もうちょっと慎重に行動すべきなのだ、と。そうして慎重に慎重を重ねたのが保古主義だ。よし、今日はここまで。」


予鈴と共に、授業が終わった。




  *

「おかしいッスよ。なんだか、何も思わないんッス。短い間とはいえ、一緒に行動した仲間が死んでも、涙ひとつ出なくて。むしろ、殺戮機2号に遭って、生き延びたことの安心感ばかりが、胸に積もって…」


時折、口の中で砂を噛み潰したような感触があり不快だったが、深呼吸ができない程度に焦げ臭い空気と同様、既に気にならないほどに慣れてきた。

 ヘルメットの少年と、僕(加宮 桐)はかつての繁華街を外れた小路を歩く。辺りは草木すら生えていない巨大な砂場のような空き地が多く、たまにある建物も一見して用途の分からない廃屋となった小施設ばかりだ。灰黒い空は相変わらずどこまでも続いており、四六時中耳を震わせている何かの重低音が相まって、一重に、息苦しい。

 ヘルメットの少年が先を往く。故に、表情は窺えず、子どもが叱る親の目の前で言い訳を繰り返すような口調の真意は知れない。


「記憶が無いからッスかね?きっと、人を大事にすることすら、忘れちまってるんスよ。リボルバーのアニキ。アンタもそうなんでしょ?人類みんな記憶無くして、みんな仲良く人でなし、そうでしょ?」

「みんな、記憶がないのか…?」


ようやく振り向いたヘルメットの少年は、眉をハの字に曲げ、薄く歯を見せて笑う。ひとまわり小さい背で、薄い緑の作業着を腕まくりしたその姿にはまだあどけなさが残る。そんな彼が気丈に振舞う姿は見るに堪えないもので、僕は思わず目線を脇に逸らしていた。


「記憶なんて、無い方が良いッスよ。多分、こんな世の中だから、俺達みんな、たくさん失ってるはずッス。だから、記憶なんて戻ったら、発狂しちゃうかも。それに、昨日や一昨日に隣で死んだ人が、家族だったり恋人だったりなんて後から知ったら…ゾッとしますねぇ。」


ま、それらの有難みすら忘れちまってるから、ちゃんと想像なんてできやしないッスけど。そう言い添えた彼は、再び前を向いて歩き出す。僕は閉口した。それは、彼の言動や振舞いに対する言葉が思いつかなかったからではない。彼とは、最終的に相容れない予感を、薄っすらと感じ取ったからだ。

 少年が語った他人ひとの死に対する無感の訳は僕の中にはまるで無く、共感はその片鱗すら浮かぶことはない。記憶が無いことが失うことを忘れたことになるのか。ただの動物でさえ、寄り添う者の喪失に立ち往生することはあるというのに。それとも、人は失ったのだろうか。愛を。忘れたというのか。それは記憶に紐づけられるものだろうか。人を愛し隣人を愛することは、記憶が無ければできないことだっただろうか。違うとするならば、人は記憶を失っただけではないのかもしれない。あるべきまた別の何かを、失っている。


「ねえ、リボルバーのアニキ。自己紹介がまだだったッスね。俺は設楽(したら) 友助(ともすけ)って言うッス。機械いじりが大得意ッス。」

「あ、ああ…僕は、加宮 桐だ。特技とかは…まだ分からないな。」

「もしかして、新参ッスか?」


あどけない口調で問われる。もしかして、プリンがお好きなんですか。その程度の、取るに足らない会話のひとつのような。僕は迷った。喫茶店の女店主との一件が、頭によぎったからだ。彼女は僕が新参と分かるなり、態度を一変させていた。この無邪気な目配せが答えひとつでひっくり返るなんて、ひねくれた老人の思考でさえもたどり着けない発想だ。


「ま、どっちでもいいッス。加宮のアニキは、周囲の警戒を怠らないみたいッスから。新参が良くないのは、何も知らずに歩き回って、敵を連れて来るところなんで。」


設楽は、問いの後に続いた僕の僅かな思考の間を読んでか、そう説明を付け足した。意外だ。彼は幼い外見に反し、存外聡いところがあるのかもしれない。だがそれは、彼に対する猜疑心をより大きくする。今、彼は何を思い描き言葉を口にしているのか。


「…ところで、どこに向かっているんだ?」

「あ。言って無かったッスね!俺た…俺の、アジトッスよ。お腹、減ってるでしょ?食べ物、少しあるんで。それから、武器も必要でしょ。そのリボルバー、クールタイムが長そうだなって。」

「よく分かったな。」


大した援護もできなかったことを咎めないのは一目に僕の得物の性質を見抜いていたから、ということだろうか。彼の他人ひとに対する無感こそが、仲間を失った怒りの矛先の刃こぼれであるように解釈していたが、存外、彼は合理的。賢しさの片影を所々に拾える。


「…設楽は、武器について詳しいんだな。一見して分かるのか。僕なんて、2発目が撃てなくて焦ったよ。」


 後ろ腰に差したコルトパイソンのトリガーの固まりはなく、触れられないほどの放熱もしばらく前に落ち着いていた。どうやら、一度撃てば凄まじい高熱を発し、それを冷やすための時間がそれなりに必要らしい。あの威力ならば殺戮機2号であれ貫通は容易だろうが、この問題がある以上、一撃で仕留めなくては反撃が恐ろしい。


「まあ、ちょっと知ってるだけッスよ。それ、高周波技術が使われいる銃でしょ?珍しいんスよ、それ。最新式ッス。みんな喉から手が出るほど欲しがってるんで、あんまり人前で撃たない方が良いッスよ。」


敵はロボットだけじゃないんで。と、彼は付け足してから足を止めた。僕は彼が蹴った小石が、道を転がりその先の、崖から下へと落ちていくのを見送り、ようやく異変に気付く。

 道が続いていない。目の前には、崖。いや、よくよく周囲を見渡せば、それは大きな穴であった。陸上競技のグラウンドほどに大きなその穴の底には、誰が積んだか鉄くずの山がある。穴の深さは10メートル程はあるだろう。人為的に作られたものではなく、なおも砂やコンクリートの破片がその下へと落ちていく様は、近づくことに危うさがあった。

 街を景色の背景に、家屋や雑居ビルが点々とあるこの場所に、大穴が口を開け、その中に鉄の山を築いているのはなんとも異質。思わずたじろいだ僕に、設楽は鼻を擦って小さく笑う。


「驚いたッスか?ここがアジトッス。ささ、あっちから降りるッス。ご丁寧に階段まで、ちゃーんとあるんで。」


階段。そう聞いて想像したのはどこかの錆びた螺旋階段だったのだが、彼が指さしたところにあったのは、階段と呼ぶのを憚るようなもので。

 地面に打ち付けた2本の鉄パイプに、縄で組まれた梯子がぶら下がっていた。




  *

 そもそも、あの長い髪の女は誰だ?

 上弦学院の校歌をメロディにした予鈴と共に始まる昼休み。教室内がクラスメイトの往来で混雑したように見え始める中で、俺(白崎 良風)は桐の席に座っていた彼女の姿を目で追った。

 身なりを飾らず凛とした出で立ちに自信と気品を感じさせながらも、謙虚な物腰が好感を持たれそう。少なくとも、加宮 桐と似ているところなどはあろうものか。平然とこのクラスに馴染んでいるが、全くもって見覚えのない顔であることに違和感は拭いきれない。しかし、他の連中はどうだろう。誰一人として、素性を尋ねる物言いもなく、それは、杉守ですらも。


「ほら。何ぼーっとしてるのよ。良風。あんたの待ちに待った昼ご飯よ。机くっつけるわよ。」

「あ…あ、ああ。」


洗った手をハンカチで拭う杉守は、まるでいつもの通り。動揺も緊張も、微塵にも感じさせない自然な物言い。間違いなく、彼女に混乱はない。だからこそ、綻びを見つけたい俺は、率直に聞きたいことを口にした。


「なあ…桐のことなんだけど。」

「きり?んん、何それ?」


背筋で、嫌な汗がツウと通る感覚があった。弾みも沈みもしない平坦な抑揚の返事ほど、俺は恐れて止まなかったのだ。

 これ以上は聞いてはいけないと直感した。

 踏み止まるには、自覚が足りず。踏み込むにも、覚悟が足りず。俺は、いつも通りに返事を返事で返してしまった。


「加宮…加宮 桐だよ。俺と、杉守と、桐の3人で、友達だったじゃないか。」

「…ん。あんたもついに、そういう年頃か!」


止めろ。

 心の内で、僕はピシャリと言い放つ。それは誰に向けた言葉か?少なくとも、冗談めかした眼差しを向ける芽衣との会話を、これ以上続けてはならない。話題を変えなくてはならない。しがみつくもののないままに、俺は反射を繰り返す。返事には、返事で返してしまうのだ。思考よりも先に。


「桐のこと、忘れちまったのか?」

「いや…ふふ、あたしにそういうの、やっても無駄だから!仕掛ける相手を間違ったわねぇ良風!」


止めろよ。笑わないでくれ。面白いことなんてひとつもないぞ。桐は。桐は確かにここに居ただろう。

 その忌憚。器の中で渦巻くばかりで、それを表現する術がない。思いつくよりも早く、口から零れるのはありきたりな台詞と単語。


「違う!」

「残念。あんたのそれ、しかと憶えておくから。数年後にからかってやるわ?ふふふ。」


説明を。桐のように、冷静に、することさえできたなら。

 だが、俺の全身は蔓延る疑問に埋め尽くされていた。

 なんで。無かったことになっているんだ。と。

 桐のことを、忘れている。いや、それならまだ生易しい。だがこれは、根本的に、『無かったこと』になっている。この日常に、桐の面影はどこにもない。席も、ロッカーも、名前も、人の記憶にも。毎日のように昼ご飯を囲んだこの机だって、二つではなかったはずだろう。三つ目が、無いじゃないか。

 三つ目の机が―


「よいしょ。」


置かれた。


「あ、冷華。遅いわよーまた、先生を追っかけ回してたの?」

「…れい…か…?」


三つ目の机が。

 突き合わされた俺と芽衣の机の横に繋がれた。運ばれてきた机の上には整った文字が並ぶノートと、ハンバーグ弁当が置かれてあり。その上に、彼女の長い髪の毛先が降ろされて。

 その顔を、見上げることができずに固まる。

 その名前を、記憶の引き出しから見つけ出せずに強張る。

 その机は桐のもの。そこに座るのは桐のはず。だが、そこに桐の姿はなく。代わりに居るのは切れ長な目と白い肌の女。そして仄かに香った、アルコール消毒液のようなにおい。


「だれ…だ?お前は…一体!誰なんだ!!」


机を叩き、俺は立ち上がって叫んでいた。教室に一瞬の静寂が訪れて、まるで時間が止まったような気がしたが、それはすぐに音で埋まり流れ始めた。桐に代わって立つ彼女は、そのひとときを、驚き目を丸くして過ごした後、何食わぬ表情を取り戻して答えた。


「あなたの友達の、四真(しま) 冷華(れいか)ですが…どうか、なさいました?」




  *

 縄の梯子を降りていく。先を降りる設楽ばかりが気になっている。

 揺れる梯子と10メートルの重力には、思いの外、恐怖心というものを抱かなく。むしろ足を降ろす度に未知の深みへ下るようで、警鐘の音が高まる。心拍数に変わりは無くとも、短く小さい呼吸になることはあるようだ。

 やがて。

 僕は先に降りた設楽を視界に入れつつ、ようやく地平よりも深い地に、足をつくことができた。


「…これは…」


そこは鉄と瓦礫の山のふもとだった。天然の穴かと思いきや、最下部まで下ってみればその印象を改める。コンクリートの支柱や地面、そして線路。穴の中には地上と変わらない文明の姿であった。


「ここ、地下鉄が通っていた何かの地下施設があったみたいッス。ご覧の通り、鉄くずの山に埋もれてどんな施設だったかは分からないッスが…」


穴はどうやら地盤沈下でできたものらしい。となると、この鉄の山は元々地上にあったものなのかもしれない。よく目を凝らしてみれば、山の中には処分過程で生まれた鉄のパレットや、塗装が剥がれて錆びだらけとなった車や、殺戮機の残骸らしきボディに空調機…などなど、様々なものが廃棄されている。だが、驚くべきはそこではなかった。


「…ん…?」


鉄くずの要素を見分けることに目が馴れてくると、その山の中に巨大な何かが埋まっていることが分かる。それは車や殺戮機2号とは比べ物にならないほどの大きさ。くず鉄の山の体積の5割以上がそれであることに気付く。むしろ、それを隠すように鉄くずが覆いかぶさっているかのような。


「気付いたッスかね。ふふん、実は!なんかよく分からん巨大な機械が、埋もれてるんッスよ!」

「…分からないのかよ。」


殺戮機2号を目撃してから間もないこともあって、それがロボットのようにも見えたが、それにしては関節部位が見当たらない。少しばかり丸みを帯びてはいるが、そのほとんどを鉄くずに埋めていることから、全体像の把握には至らない。動く気配のない巨大なガラクタ。濃い紫色の塗装が剥げた部分が錆びて黒ずみ、機械独特の年季が感じ取れる。


「俺の目標は、死ぬまでにこの機械を動かすことッス!そのために、いろんな機械をいじり倒して勉強するんスよ。ってことで、ちょちょいっと。」

「…?何をしている。」


設楽は僕の前へ出て、印象的な拍で手を数度叩いて音を鳴らした。するとどうだろう。鉄くずの山の端から、埋もれていた何かが姿を現す。三角体の鉄の笠をかぶったカメラに、サソリのような四本足を生やした…


「オカエリナサイ。シタラハカセ。」


ロボット。


「ただいま!パスマロちゃん!良い子にしてたッスか?」

「パスマロ、イイコ。」

「たはー!可愛い!可愛いッス!紹介するッス!僕が作ったAI搭載自立ロボット、パスマロちゃんッスよ!」


パスマロチャンッスヨ…?

如何にも鉄くずから生み出したと言わんばかりの錆びまみれロボットを、設楽少年に紹介され、僕の思考回路で少しばかり遅延が発生した。

 理解されるだろうか。命がけの修羅場を潜り抜け、見ず知らずの他人ではあれ2人の死に際を脳裏に焼き付けられたその数時間後に、粗末な機械細工を見せられ、挙句、このような期待に満ち溢れた眼差しを少年に浴びせられる心境というものを。


「AIはゴミから見つけたんスけど、ボディはオリジナルッス!ね?いいでしょ?いいでしょ?」

「イイデショ?」

「ああ…そうだな。実に」


何を。

 今まで警戒していたのだろう。

 瞬時に分かった。この設楽という少年は、自らの興味があるものでなければ、大した感情を抱かない性質の者ではないか。そういえば、喫茶店の女店主もそうだった。喫茶店に関わることでなければ、反応の薄さはこの上ない。

 会う者すべてがこのような人種な訳ではあるまい、と、曖昧な希望を持ちこそするが。真にその傾向の人々との遭遇から逃れられないならば、これほど分かりやすい話があるだろうか。その人間の興味、引いては目的こそ把握すれば持ちつ持たれつ。利用など容易く、共感を装うことは有効に過ぎる。


(…少々思い込みが過ぎる考えか?そうだな、人がそんなに単純であるわけもない…)


 とはいっても、人は自らが思考の末に辿り着いた答えを手放しにくく、また、都合が良ければ尚更だ。設楽をいぶかる視線に疲れた僕は、それを胸に背の張りをほどいた。


「…設楽。飯は、いいや。寝る場所はどこだ?」


…緊張の紐が緩んだかどうかしたのだ。自覚する中で初めて、眠気を覚えるに至った。


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