八、中二病ってやつ
俺が物語を閉じた後に、なゆが代わって成長物語を始める事となった。
今まで俺の背中を付いてくるだけだったなゆが、だ。
どんな心境、どんな変化だったのかはわからない。いや、推測は出来る。しかし、そのことに納得がいかないのだ。どうして。何故。そんな疑問符が出てきては消え、を何度も繰り返してはイライラを募らせる。
もう俺は卒業したというのに、お前はまだそんなことをやっているのか、そんな苛立ちもある。昔、自分がしたことを棚に上げ、相手の行動にいちゃもんをつけているのだから最低最悪野郎に違いない。頭では理解しているのに、感情の部分での整理がつかないでいる。
所詮、何をやっても無駄なのに。そんな気持ちが抜けないでいる。
どうせ何も変わりはしないのだ。
全部無意味なのだ。
何にもなりはしないのだ。
全てが無駄になるのに。
そんな思いがあるせいだろうか。なゆの行動にいちいちイライラしてしまって仕方がない。人の行動、一挙一動を気にしても、気にかけてもしょうがないのに、そんな事わかっているのに。
もう、やめてくれ。
そんなことを口に出したくなる時がふっとやってくる。
嫌気が差してしまうのだ。
無性になゆの行動に情動を刺激されるのだ。
高校生にもなって今更中二病なんて。そんな思いも相まって余計に恥ずかしさと気持ち悪さと苛立ちが混合されていく。
もう本当勘弁してくれよ。
もうやめてくれよ。
俺は限界なんだ。
中二病、という言葉は御存知だろうか。
一時期、ネットで話題になり、一気に広まった言葉のように思う。人とは違う自分を演出し、没個性である自分を特別であると演じることに酔いしれている少し「イタイ」奴らのことを総称して「中二病」と呼んでいる。中二病の中身は細かく分類することが出来るらしいが、今回はその辺りは問題ではない。要はなゆがその「中二病」と称されるものに類される、ということが問題なのだ。
なゆは「中二病」である。
大変残念なことに、高校生でありながら中二病を発症している。「中二病」と名前のつく通り、中学生の頃に発症するのがほとんどのようで、年齢相応の「○○病」があるようである。高二病、大二病など、どれもそれぐらいの年齢の頃によく見られる現象であるから名づけられていることが多いようだ。なゆは高校生でありながら中二病なのである。
腰に手をあて、天を指さしながら「世界は俺の踏み台」なんて高らかに宣言するなんて中二病以外の何物であるだろうか。周りと違う特別な自分に酔っているようにしか思えない。見ていてとても痛々しく、思わず一歩後ずさりをして距離を空けたくなるようなそんな近寄りがたいモノが空気に漂っている気がする。
こいつと関わったら危険だ。
そんな脳内信号が流れてくる。
触るな危険。
触れるな絶対。
こんな何とも言えない歯がゆさが胸中に広がると同時に、今までの過去の俺も周りから見たらこんな風に「イタイ」奴に見えていたのだろうか。と思ってしまい、なゆのことだけで苦虫を噛み潰しているのに更に苦虫を追加されることになるのだ。
もう本当に本当に止めてくれ。
これ以上続けられたら俺の息が止まりそうだ。
俺の心は、あまりの傷の広がりようにじわじわと血が滲み出てきている。あまりの痛みに悲鳴を上げている程だ。勘弁してくれ。俺の全身が全力で涙を流していた。
そんな俺のことなんて気にも留めず、背中のなゆと白沢の会話は止まる気配を見せない。二人は今までしてきたなゆの成長物語の話に花を咲かせている。経験値だとかレベルアップだとかそんな単語が聞こえてくる度に俺は小さくなっていく。
痛い痛い痛い痛い。
泣きそうだった。
叫びそうだった。
「ほら、席に着け。ホームルームを始めるぞ」
もう限界だという時に教室のドアが開き、担任の梅林が入ってくる。助かったと俺は安堵の息を漏らすのだった。
その後も授業の合間、休憩時間に何度かなゆに話しかけられるが、俺はその日一日中無視を決め込む。何も知らないし、何も聞こえないのだ。
昼休み。学生たちの間では憩いの時間となる。皆が待ち望んでいる最高の時間割である。
なゆは食堂へ向かった。俺と白沢は購買のパンを教室で広げる。二人して何を話すでもなく、黙々とパンを齧る。俺が今日購入したものは焼きそばパンだったが、何の味もしない。もそもそとしていて全くもって美味しくない。お茶で胃へと流し込む。
買ってきたパンを食べ終え、茶を飲んで一息ついた白沢が口を開く。
「祐大、流石に酷いんじゃないかな」
「白沢には関係ないだろ」
白沢の顔が笑ってはいるが、目は笑っていない。少し眉根が下がり、俺をじっと見つめる。
こいつはいつもこうして関係ない事に首を突っ込んでくる。俺はこの行動にもイライラを覚えてしまう。
俺は敢えて距離を置いているのに、人の距離を無視して無遠慮にズカズカと踏み込んでくるその根性は天晴れ、とでも言うべきか。こちらとしては何も天晴れな気分なんて到底なれないが。
思えば、白沢との出会いからして、いつも俺は巻き込まれていた。最初からある意味、白沢に振り回されているのかもしれない。
俺と白沢の出会いは入学式当日だった。