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三、昔の夢

「世界はオレのふみ台だっ!」

 威勢の良いオレはジャングルジムの頂上で高らかに宣言した。右手で天を指しながらポーズを決める事も忘れない。この宣言とこのポーズは、オレにとっての神聖な儀式だった。

 テレビで毎週日曜日、朝七時から放送していた戦隊ヒーロー物の「爆殺戦隊! バクレンジャー」を一話も欠かさずテレビの前にかじりついて見ていたオレは何かを言いながらポーズを取るという行為を一種のヒーローの鉄則、掟だと考えていたのだ。

 そんなオレを見て、近所に住む上級生の通称「悪ガキ」と言われる集団は口々にオレのことを、頭がおかしいだの気持ちわりぃだの言って早々と逃げるように公園を去って行く。そんな集団とは逆にオレに近寄ってくる一つの影。なゆだ。オレの家の隣の家の住人。いわゆる幼馴染。泣き虫なゆこと、小鳥なゆ。オレと同い年で同じ(よう)(りん)第一小学校に通っている女の子。肩まで伸ばした髪が綺麗で、その姿はなゆにとても似合っていた。

「ゆうくんっ! ありがとう!」

「べ、別にお前のためじゃねぇし!」

 ジャングルジムの下から涙をまだ流しながらも精一杯の笑顔をオレに向ける。気恥ずかしさから、なゆの顔を直視できず慌てて目を逸らす。本当はなゆのためだった。けれど、そんなこと小学生一年生の頃のオレは言えることなんて出来なかった。この頃の子供にありがちなあれだ。好きな子はいじめたくなる、ワザと罵ってみたり、そんな子供特有の照れ隠し。オレはそこまで酷いもの、なゆを傷つけるようなことは一度もなかったが、素直に何かを言うという事が出来なかった。

 それにこの時は、礼を言われる程かっこいいことなんて出来なかったというのもある。オレの顔、腕、足、体中に、殴られ赤く腫れ上がった痣が出来上がっていた。全部先程の上級生達によって作られたものだった。

 なゆはよく虐められた。子供の頃から整った顔、さらさらで流れるような綺麗な髪、ハーフ故の銀髪、蒼眼。ただでさえ目立つ風貌にハーフ。それだけで周囲からは羨望、嫉妬、嫌悪、様々な想いが入り混じった目で見られていた。学校では筆記用具を隠されるという地味なものからトイレに入っている時に上からホースで水をかけられるといった悪質なものまで様々ないじめがあった。学外では、こうして、なゆのことを気に入らない女子に頼まれた男子達によるいじめがあった。下校時に後ろから走ってきた男子に頭を叩かれたり、待ち伏せしていたクラスメイトに足をかけられて転んだり、身体的痛みを伴うものが多かった。

 今回は、蛇を模したおもちゃを持って公園まで追い掛け回されたらしい。砂場になゆを追い込み、周りを男子が取り囲み逃げられないようにして泣かされていた。

 いじめが頻繁になってからいつもは一緒に下校していたが、この時は担任に職員室にまで呼び出されていたために、なゆの救出が遅れてしまった。用を終えて下駄箱まで行ったら、待っているはずのなゆがいなかった。靴を履き替え慌てて学校を飛び出て町中を駆けた。オレ達の家からそう遠くない公園でやっとその現場を発見した。

 颯爽と飛び出るオレ。

「女をいじめて恥ずかしくないのか! オレが相手になってやる!」

 威勢よく前に出たのはいいものの、多勢に一人で敵うわけもなく、あっという間にオレは殴る蹴るの暴行を加えられる。ましてや相手は上級生達だった。なゆのことを好かないクラスメイトの女子が兄に嘘八百を並べ、けしかけていたのだ。

 オレが暴行を受けている間、なゆはずっと泣いていた。やめて、やめて、と泣きじゃくって自分が虐められている時よりも酷く顔を歪ませ懇願していた。時たま、上級生の手を止めようと飛び出そうとして来ることがあったので、オレに気が向く用に上級生に唾を吐いたりもした。殴られると滅茶苦茶痛い。蹴られても滅茶苦茶痛い。加減されていない自分より年上の人からの暴力は小さい体には余りある力として襲い掛かってきた。そんな痛い思いをなゆにはさせたくなかった。なゆが止めに入ったらなゆにまで暴力がいくかもしれない、そんな思いがオレを駆り立たせた。

 一通り終わった後「女の前で恥ずかしくないのかよ、何か言ってみろよ」と言われたので、オレは力の入らない足に喝を入れて立ち上がり、よろよろとジャングルジムに登って、頂上で「世界はオレのふみ台だっ!」と高らかに宣言してみせたのである。

 何か言えと言われたから言ったというのにその後の対応は何とも酷いものだ。場が寒い空気に包まれ、馬鹿が移ると言って退散していく上級生達は自分たちの言動に責任を持って欲しい。

 登ったからには降りなければならない。ボロボロになった体に力なんて入るわけもなく、覚束ない足取りで地面へと一段ずつ降りて行く。なゆはオレが地面へ足を付けるるまで心配そうに見つめていた。

「ごめんね、……ごめんね」

 なゆは謝りながらまた泣いた。

「泣くなって。だからいじめられるんだろ」

「うん。……ごめんね」

 これが泣き虫なゆ。オレがどんなに言っても、このままわんわん泣いて顔をぐしゃぐしゃにするのだろう。

 オレがこんなことになったのは自分のせいだと言って泣く。自分が何も出来ない弱虫だと言って泣く。

 なゆは直ぐに泣いた。

 それは何もこの場だけに限った事ではなく、いつ、どこでも、なゆは直ぐに泣く。元々涙腺が弱いのだろう。おじさん、おばさんの話だとなゆはもっと小さい頃から何かある度に泣いていたという。食事の時に上手くフォークを使えなかったと言って泣き声をあげた。抱えていたぬいぐるみを床に落としてしまっただけでも涙を流した。そんななゆが少し大きくなっても泣く発作は治まらなかった。

 治まるわけがなかったんだ。

 小学校入学後、国語の時間に先生に朗読をするよう指されただけで緊張からか涙が頬を伝って落ちた。体育でも運動音痴っぷりを発揮してボールがあらぬ方向へ飛んで行ったり、転んだり、様々な珍劇をみんなに披露してはその度に恥ずかしさから泣いていた。

 なゆが虐められるようになるのにそう時間はかからなかった。最初の入学したての頃は、なゆの容姿やハーフという一種の特別感から注目の的だった。女子はなゆの周りにあつまり、外国語は話せるのか、日本語は上手いのかなど質問攻めしていた。男子はなゆのことを直視出来ず恥ずかしそうにしている奴だっていた。幼稚園から一緒だった奴は、なゆと同じ幼稚園だったことを誇らしげに話していたくらいだった。そんなクラスメイト達の態度が、なゆの泣き虫癖を見て態度を徐々に変え始める。最初は、あの子ちょっと変だよねという雰囲気だったのが段々と、あの子うざいよね、気持ち悪い、と嫌悪の対象へと変貌していった。

 最初は、男子達からのからかいだった。なゆが泣くと「それぐらいで泣くなよ」「そういうのは幼稚園生で卒業ちまちょうねぇー」などと言って周囲がどっと笑う。その周囲の嘲笑になゆは更に泣くの悪循環だった。女子も女子でなゆと一緒にいると泣き虫病がうつると言って逃げまわった。

 次第になゆは陰で泣き虫なゆと言われるようになった。「なゆ」の「な」は泣き虫の「な」など馬鹿にもされていた。

 そんな泣き虫なゆは痛々しい俺の痣や怪我を見てまだわんわんと泣いている。オレはなゆの泣き顔が苦手だった。泣かれるとどうしたらいいのかわからないし、ずっと泣いているなゆを見ていると、このまま止まらず泣き続けて涙が枯れてなゆがいなくなってしまうような気がしていたから。

 それに、なゆは泣いている顔より笑っている顔が似合っていた。オレはなゆの笑う顔が好きだったのだ。

 だからオレはいつもなゆが泣くと決まってこんなことを言っていた。

「今日のでオレは、けいけんちが一万はあがったね、ぜったいに!」

「……今日の?」

 なゆが不思議そうに首を傾げる。今までなゆを庇ってオレが殴られることなんてよくあったことだ。そんなによくあることでオレの経験値が一万も上がる事に疑問を感じている。それ以外に何があるのか見当もつかない様だった。無理もない。オレだって毎回、無理やりこじつけたり、わざと変なことをしていたりしたのだから。

「上級生達とけんかしたことだけだと思うだろ? 違うんだな。そこにプラスでジャングルジムの上に何かにつかまることなく立った事だ!」

 なゆがふふっと吹き出す。これで、こっちのものになった。一度笑えば、また泣いてしまうなんてことはないだろう。

「ゆうくんのレベルは上がった?」

「もちろん! 1だけじゃないぞ! 5は絶対あがった!」

「すごい! すごい!」

 キラキラした瞳でオレを見つめる。なゆにこんな目で見られたら満更でもなくなる。両親にお友達だよとなゆを紹介されて、その時に一度、今と同じような輝いた瞳で見られてからというもの、オレはなゆに今の瞳をもっと自分に向けて欲しいと無意識に考えるようになっていた。

 さっきのだって、なゆにこんな目で見られたいがために、なゆの泣き顔を笑顔にすることが出来るように、わざとジャングルジムに登った。

「また世界はゆうくんのせいちょうのために一つしれんを与えたんだね」

「ああ、そうさ!」

「ゆうくんはどんどん強くなっていくなぁ……すごいなぁ!」

 しみじみと語り、自分とオレとの違いを感じ、自分は駄目だと卑屈になる。

「なゆだってけいけんち貰っただろ! 強くなっているさ!」

「わたしも?」

 なゆが何で? と不思議そうな顔をオレに向ける。なゆはいつもそうだ。オレに言われるまで自分がいかに経験を積んでいるのか、いかに強くなっていこうとしているのかをわからない。だからそれをオレはいつもなゆにわからせるのだ。

「はじめてヘビのぬけがらのおもちゃを持って追いかけ回されたけいけんち」

「それ、いやだよ……」

 不満そうに口を尖らせる。

「何言ってるんだよ。これで、これからはヘビのおもちゃを持っておいかけ回されても、もう大丈夫だろ」

 なゆはわからないといった顔をしている。オレはしょうがないなと肩をすくめて見せる。

「一度けいけんしているんだ。これから同じようなことがあった時に、あれはおもちゃかもと思えるだろ、そうしたら怖くない」

 なゆが、そっかぁそっかぁとしきりに頷く。こういう素直なところが可愛いと思う。

 突然、あ、と声を出して疑問を口にする。

「ヘビじゃなかったら? カエルとか。わたし、カエルもこわいよ」

「カエルだろうが、ワニだろうが、何だって同じだ。おもちゃかもって思えばこわくない」

 オレが自信満々に胸を張って言い返す。なんでも全部一度経験してみたことに置き換えて考えてみればいい。そうすれば少しだけ怖さが軽減されるかもしれない。

「その時にはおもちゃじゃないかもしれないよ」

 なゆは尚も引き下がらない。自分の不安を一つでも減らすかのように、確認してくる。オレの目をじっと見つめる。その目はキラキラした目とは違う、けれど似たような色をしていた。

「本物だったとしても、その本物のけいけんをしたらレベルなんてぐーんとあがるだろ? そうしたらなゆはもっと強くなる。強くなったなゆはもうそんなことで泣かない」

「さいしょの一回はがまんしなきゃダメ?」

「オレがいっしょにいてやる。がまんしろ」

 オレの返答に満足したのか、なゆはゆっくりと頷く。一度だけでなく、何度も自分に言い聞かせるかのようにうんうんと頷く。

「ゆうくんがいっしょにいてくれるなら、世界のよういするせいちょう物語をわたしは何でもがんばるよ」

「そのちょうしだ! 世界はふみ台だからな! ふんだんに利用してやろうぜ」

 なゆが俺の横で笑いながら頷いた。



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