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世界は俺の踏み台であるっ!

 そうして俺達は燥いだ。

 沢山居間で笑った。

 以前の寂しさ、侘しさはいつの間にかどこかへと消えていた。

 ひとしきり飲み食いした後、夏都が「折角友人の家に来たのだからゲームというものをしてみたい」と言い出したので俺の部屋へと移動する。

 何の影響だか、夏都は友人宅へ遊びに行った際には家でテレビゲームをするものだと思っているらしい。ゲーム機は俺の部屋なので自室へと案内することとなったが、それも夏都は飛び切り喜んだ。

 本当に友人っぽい! なんて言うものだから、俺は思わず「ぽい、なんじゃなくてもう友人だろ」と突っ込む。

「夢じゃないよね?」

「頬を抓ってやろうか?」

「辞退するよ」

 俺の提案は呆気なくも却下されてしまう。

 こんな俺達のやり取りをなゆは横でずっとにこにこ笑いながら見ていた。

 部屋に入り、テレビゲームに電源を入れる。ゲームをしたいだなんて言い出した張本人はゲームをそっちのけで部屋の中を見回している。なゆも見知っているだろう俺の部屋を見てどこか嬉しそうに笑っている。

「変わらないね」

 なゆがポツリと呟く。

「半年程度ではそう簡単には変わらないだろうな」

「そうだね」

 どこかしんみりとしたものが辺りに流れる。

 そう、半年だ。半年前まではなゆは普通に俺の部屋に遊びに来ていた。中学生になったので子供の頃に比べれば明らかに回数が減ったが、それでも普通に来ていたのだ。それを俺はぴったりと打ち切った。

 それをなゆは批難しない。怒りもしない。

「これからもまた来いよ」

 俺の提案になゆは恐る恐る「いいの?」と聞いてくる。

「前までとなんら変わらないさ」

「そっか……そうだね。うん、また来る」

「俺もまた来ていい?」

 俺達の横で夏都が元気よく手を挙げて自分の存在を主張する。

「ああ、大歓迎だ」

 だから、俺は元気よくそれを受け入れた。


 テレビゲームを教えた後の夏都は大興奮だった。未知の経験に「俺、今どれくらい経験値得てる? もう少しでレベルアップ?」と五月蠅かった。でもその五月蠅さも逆に心地良い。

 ちなみに、夏都は経験値もレベルアップという言葉も良く理解していなかったようで、最初に説明をするのが大変だった。そんな知識で今までよくなゆの話が分かっていたものだ。俺が感心すると夏都は「実はちんぷんかんぷんだったんだよね」と白状した。それになゆは衝撃を受けていたようだ。

 ふと、みんなのグラスが空になっているのが目に入る。

「飲み物取ってくる」

 そう言って俺は立ち上がり、部屋を出る。飲み物はキンキンに冷えた状態のものを飲むのに限る。そんな考えの俺は冷蔵庫へ入れているのだ。自室に冷蔵庫が無いので居間との往復になってしまうが、それは致し方がない。

 階段を降り、居間に行く途中でまた両親の部屋が視界に入る。

 今日はやたらと目に入る。

 何かあるのか? 

 何か言いたい事があるのか? 

 俺は心の中で問いかけるが、もちろん返事なんてない。

 どれくらいじっと見ていたのだろう。気づいたら隣に夏都がいた。

「ご両親の部屋?」

「ああ」

 沈黙が辺りを包む。俺は何も言葉を発しないし、そんな俺に夏都は何も言わなかった。

 俺も夏都もそうして突っ立って時間だけが過ぎて行った。

 あまりにも帰りの遅い俺達の様子を見になゆまでもが二階から降りてくる。

「どうしたの?」

 そんななゆも俺達の様子を見て何も言葉を発しなくなる。静かに俺の隣に来て、一緒にドアを眺める。

 三人でどれだけの時間をそうしていたのだろう。

 遂に俺が口を開く。

「あれ以来、実はドアを開けられていないんだ」

 淡々と話す。

 自分でもどうして今、このタイミングでこんなことを言い出すのか理解できなかった。でも、一度口に出してからわかる。俺は二人に聞いて貰いたかったのだ。

「そっか」

 夏都はいつもの何てことないといった口調で答える。そのいつものが有難い。

「私もね」となゆは口を開く。

「あれ以来、私もお母さん達の部屋を開けられないんだ」

 なゆも俺と同じだった。

 そんなことが俺を勇気づける。

 俺は意を決してドアノブに手をかける。

 ゆっくりと開ける。

 静かに、ドアが開いていく。

 中が見えてくる。

 少しずつ、少しずつ。

 俺は足を一歩、踏み出す。

 俺の視界にぐわぁっと部屋の視界が迫ってくる。

 本という本。両親の書斎机。壁に掛けられた旅行先の写真が貼られたコルクボード。写真の中の両親はどれも笑顔だ。

「今、何してんの?」

 いつもしていた問いを口にしてみる。

 もちろん、返事なんてない。

 だが、後ろから別の声で返事がした。

「世界を踏み台にしているところ」

 なゆと夏都が笑っていた。

「そうだな……、そうだな。今、俺達は踏みしめているな」

 右よし。

 左よし。

 オールオッケー。

 今日も俺の両隣には友人が、仲間がいる。


 オールオッケー、俺は正常だ。



 その後、俺達は世界賛歌部として活動を目覚ましい活動をしていくこととなる。幽霊部員、顧問の六ツ木奏音が中々に曲者で、その二人にも世界の楽しみ方を教え、後から増えた別の部員にも同じように教えてやり、面白可笑しく、楽しみながら生活を送って行くことになる。俺はどんどん世界を踏み台にしていった。

 そうした俺の活躍は地道に積み上げられていき、社会参加型生徒育成制度での好成績を残すこととなる。

 世界を踏み台にしたその先の景色、輝きを見る俺の成長物語はまだまだ続いて行くのだ。


 空を見上げる。梅雨が終わり、夏が来ようとしている空には雲一つなく青空が晴れ渡り、空がどこまでも広がっている。

 空に一羽の鳥を見つける。

 あの鳥はどこまで行くのだろうか。

 ひとりなところを見ると群れからはぐれてしまったのだろうか。

 少し心配がよぎったが、この大空を力強く羽ばたく様を見れば大丈夫だろう。

 空がどこまでも導いてくれるに違いない。

 どこまでも広がる世界に俺は夢を胸に秘め、拳を握りしめる。

 久しぶりにあれでもするか。

 俺は片手を腰に当て、もう一方の手を天に向ける。

 そして俺は高らかに宣言する。


「世界は俺の踏み台であるっ!」


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