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三十二、祝杯

 こうして正式に三名部員の揃った俺達は祝杯を挙げる事となった。もう一人幽霊部員がいるが、名だけの部員なのでこの際無視をする。

 夏都の希望と、前にしたなゆとのパーティーで白沢も呼んでここで笑おうと言っていた事もあり、俺の家へと集まる。また、学生らしく菓子類、ジュースを買い込む。今度はお祝い用ケーキをちゃんとケーキ屋で用意してきた。今回は前回のように突発的なパーティーではなかったので事前に予約をしていたのだ。ケーキはもちろんなゆの大好きなチョコレートケーキ。普通のチョコレートケーキだと思うなかれ。このケーキは何と、層の間にフルーツが入っている。チョコの甘さと果物の酸っぱさが相殺し合ってしまい、中々この味を出すのには苦労があったと店長が語るケーキは近所では有名だ。人気故にすぐ売り切れてしまう。無事予約が取れて胸をなでおろしたのは言うまでもない。

 今回は部員が三名揃ったという名目ではあるが、夏都の成長物語第一歩ということで、ケーキの蝋燭に火を灯したものを夏都に息を吹きかけてもらうことになっている。

「俺、こんなの初めてなんだよね。ドキドキしてきた」

 素直にそんなことを言うものだから、俺となゆは笑ってしまう。

「なんだよ、笑うことないじゃんか。酷いな、もう」

「今までお祝いとか無かったのか?」

 疑問を口にする。

「あったよ。でも、こういうのじゃなくってさ」

 なゆと俺は夏都の話に興味津々で身を乗り出す。そんな俺達を見て夏都は楽しそうに笑う。

 うん、良い顔だ。

「フレンチ食べに行って終わり。そこで出てきたケーキも蝋燭を刺すなんてことなかった」

 流石坊ちゃん。俺達一般層とはお祝いの形式がやはり違う。

 夏都に息を吹きかけて貰おうとしたところで、なゆがそれを止める。

「待って待って! 部屋を暗くしなきゃ」

 そうは言うが、学校帰りの今はまだ夕方で部屋の電気を消しても暗闇にはならない。夏都が何々? とキョトンとしている。

「ケーキの蝋燭ってね、暗い部屋の中で消さないといけないんだよ」

「必ずそういうわけではないからな」

 なゆの真剣な表情に、夏都はそれをころっと信じそうだったので、絶対ではないことを教える。

「おい、なゆ。夏都にあんまり変な事を教えるなよ」

 こいつはあまり常識を知らないんだぞ。そんな俺の批難に夏都は「それもあんまりだよ」と突っ込みを入れる。

「だって、暗いところで消したいよ」

「それはなゆの希望だろ」

「うん」

 あっさりと自分の欲望を白状するなゆに夏都が笑い声を上げる。

「いいよ、なゆちゃんが消す?」

「それは駄目だよ!」

 消す? いやいや、それは、とやり合う二人。これはどこまでも続きそうである。俺は二人を尻目にあるモノを取りに行く。

 階段下の物置を漁る。ここにあるはずだ。

 ごそごそと漁り、目当ての物を見つける。

 それを手に取り、居間へと戻る途中、両親の部屋が視界に入る。俺は心の中で「借りるからな」と呟く。

 こんな楽しそうなことに二人が「駄目」なんて言う事はありえない。

 俺は向き直り居間へと向かう。

「あ! 祐くん! どこ行ってたの?」

 一番になゆの声が飛んでくる。

「これだ」

 そう言って手に持っている物を二人に見せる。

「何それ」

 二人の声は同時だった。そう言ってしまうのもわかるだろう。普通、こう簡単に出てくるものではない。疑問に思って当然である。

「遮光カーテン」

「何でそんなのが一般家庭にあるのさ」という夏都。

「あ……そっか。おじさんとおばさん好きだったもんね」と微笑むなゆ。

 一人、話が見えない夏都に俺は説明する。

「俺の両親はカメラが好きだったんだ」

 それで夏都は理解する。

 俺の両親はカメラ好きが興じて自分たちで現像までやり出したものだから、遮光カーテンまで入手したのだった。世界中を飛び回ってはカメラで写真を撮り、休みの日に部屋に籠って現像をしていた。どこまでも息子を放っておく親だ。

 両親がいなくなった今、使用されなくなったカーテンは物置へと押し込まれたままだったのである。

「それをどうするの?」

 どこかワクワクした様子で聞いてくるなゆに俺はもちろんにやりと笑ってみせる。

「こうするんだ!」

 そう言って二人の頭の上にかける。二人の驚きふためく声が聞こえる。

「火がつかないように気を付けろよ」

 一緒にケーキまで巻き込んだので、二人に注意を喚起する。これで燃えてしまっては意味がない。俺も中にもぞもぞと入る。思った通り、中は光が遮断され、すっかり暗くなっていた。そこにあるのはケーキの上で踊る蝋燭の火だけである。ゆらゆらと揺れて辺りを優しい光が包む。

「どうだ? 暗くなったろ」

「うん!」

「もう、無茶苦茶だ」

 俺の問いに嬉しそうに答えるなゆと苦笑いを零す夏都。

「なんだよ、人が折角用意したってのに」

「いいや、嫌いじゃないよ」

 そう言って答える夏都は微笑んでいた。

「さぁ、主役さん。消してください」

「思いっきりどうぞ!」

 俺となゆが促す。それを受けて、夏都は嬉しそうに大きく息を吸い込んで吐き出した。

 辺りが一瞬で暗くなる。

「わぁ、おめでとー!」

「おめでとう」

「おめでと」

 三人で祝いあう。全員で言っては最早何を祝っているのかわからない。あまりの可笑しさに俺達は声を上げて笑う。

 ひとしきり笑いあった後、カーテンを取っ払う。少しの間の暗闇だったにも関わらず、部屋の照明に少し目が眩む。

「なぁ! 夏都」

「何?」

「キラキラになった世界は面白いだろ?」

「そうだね。結構、世界って面白いのかも」

 そう応えて夏都は眩しそうに目を細めた。


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