三十一、新入部員
学校に行くと、既に白沢がいた。
「おっす」
「おう、おはよ」
俺達の朝の会話をする。横で聞いていたなゆが不思議そうに首を傾げた。
「そういえば白沢くんって、そういう言葉使わなさそうなのに祐くんとの挨拶はいつもそれだよね」
「うん……おかしい?」
「ううん、ちょっと意外だったからいつか聞こうと思ってたの」
俺も最初は、あまりに白沢の顔に似合わないから驚いたものだ。
どうやら、白沢なりに他に馴染もうとした結果らしい。普段は丁寧な言葉を使うからこそ、少し乱暴な言葉使いが出るとそのギャップに驚いてしまう。
この丁寧な言葉使いも長く使っていたせいか、少し乱暴な部分が出ても全体的に乱暴にはなりきれないから余計にチグハグのようになっている。本人は全く気にしていないが。
たぶん、友情に憧れてどこかで得た知識の結果だろう。それか、いつものように一般的なことをしてみたいという好奇心からか。
「昨日は何かしたのか?」
俺は気になっていたこを聞いてみる。本人の口から話されるまで待っていようかと思ったが、どうもこっちまでドキドキしてしまい、気になって気になって仕方がない。
変に焚きつけただけで失敗に終わっていたら、白沢に申し訳ない。
「それは後で話すよ」
少し悪戯っぽい顔をしながら笑ってみせる。焦らされてしまった。話を聞けるまで、俺は今日は授業に集中出来そうにない。
ガララというドアが開く音と共に梅林が入ってくる。残念、HRの時間だ。
放課後になっても俺達は白沢から何も話を聞かせて貰えなかった。これは、昨日は何もアクションを起こさなかったということなのだろうか。まあ、話すタイミングを考えろと言ったのは俺だが、少し肩透かしを喰らってしまう。
なゆと一緒に仕方がないかと目を見合わせていた時、白沢に「後で部室に行くから行ってて」と言われたのだ。
何故部室? 俺となゆはそれがわからず顔を見合わせる。
とりあえず、言われた通りに移動する。二人で適当に椅子に腰かけ、話でもして白沢を待つ。
「お待たせ」
ドアが勢いよく開いて、白沢が入ってくる。
その手には一枚の紙を持っている。何だろうとそれをよく見てみる。そこには、部活動加入申請書という文字が書かれていた。
「おい、これ」
「そう。俺、世界讃歌部に入部するよ」
にこりと笑う。どういう風の吹き回しだ。昨日、何があったんだ。もう俺は話を聞きたくてしょうがなかった。なゆも同様だったようで、顔に早く早くと書かれていた。
「親が俺の入部を許してくれたんだ。勉強、勉強ばかりだった毎日も軽減してくれるって。俺の好きなようにしてみればいいと言われた」
「展開が早すぎるだろ。昨日なんて言ったんだよ」
もうどこからどう突っ込めばいいのかわからない。俺の脳が考えられる全てのパターンを越えて斜め上なところからやってきた。
なゆは、おめでとう! と喜んでいる。ある意味、こういう時の処理はなゆが羨ましい。そんななゆに白沢は爽やかにありがとうと返している。
「ありのまま全部。祐大の事と、祐大の世界は踏み台という理念、成長物語の話をして、俺はそれに焚きつけられたってね」
おいおい、本当か。いろいろとぶっ飛んでいる家族だとは思っていたが、本当に色んな意味でぶっ飛んでいた。ありのまま全部話したら、逆に自分の息子をこんなにして! とか俺が怒られる可能性もあると考えていたのに。こいつの家庭の事情は俺の頭では推測しきれないのかもしれない。
「祐大の言う、倒すってのが、真向からになっちゃったし、倒すというより何か砕けたような気もするんだけど……父さんが良い友人を持ったなって言ってくれた。凄い感動してたよ。実際に会ってみたいってさ」
「そうか。俺はいつでもいいぞ」
とりあえず、それしか返せない。悪いが俺の脳が、ちょっと処理しきれていない。
「そう父さんに伝えておくよ」
白沢が笑った。今までの中で一番良い笑顔で俺もつられて破顔する。
「今の世界は何色だ? 何が見えてる?」
「……少しだけ色がついたかも。何もないのに昨日より楽しいよ」
「そうか、やったな夏都」
夏都が虚を突かれた顔をする。
「なんだよ」
「俺の名前……」
「お前の中だと名前で呼んだ方が友人っぽいんだろ? お前の第一歩を祝して名前で呼んだんだよ」
「そっか……ありがとう、祐大」
なんだか照れくさくて俺は「ん」とだけ答えて話題を逸らす。
「そうしてこれからも様々な出来事を踏んづけて、世界を踏み台にしていけよ」
「頑張るよ」
何故かなゆが拍手をする。おい、どうしてそこで拍手なんだ。
自分の事のように嬉しそうにわーわー言いながらパチパチと乾いた音が響く。
それがなんだか少し恥ずかしかった。