三十、クラスメイト以上友達未満
俺達は場所を部室へと移す。先程は教室で大仰にやってしまったので、随分クラスメイトの注目を集めてしまった。あとで、教員から壁を足蹴にしたこを怒られるかもしれない。まぁ、そんなことはどうだっていい。今の俺はもっと重要な事が待っているのだ。
「とりあえず、まずは壁を倒すことから始めるぞ」
二人が、はい! 先生! と良い返事をする。先生ってなんだ、先生って。
俺達は、とりあえず興奮を落ち着かせて席に着く。なゆなんて、祐くんだ! いつもの祐くんだ! と言って興奮しっぱなしで全然落ち着かないものだから、結構困ってしまった。
「壁を倒すって言ったが、何も言葉の通り倒さなくて良い。壁を越える例え話には、壁を避けて通ったりだとか工夫する話があるだろ。あれみたいなものだ。俺は避けたりすると世界の高さが変わらないからそれを個人的に好かない。だから、あれを俺流に言うと壁を倒して踏んづけるってだけだ」
白沢がふんふんと頷く。なゆはこの話を何度か聞いて知っているはずだが、嬉しそうに頷いている。
「その工夫で白沢なりに壁を倒してみろと言いたいところだが、まあ、たぶん一人じゃ無理だろうな」
「……端っから俺には壁は越えられないって言われた気分になるんだけど」
「最後まで俺の話を聞け」
一旦区切ってから、再度口を開く。
「確かお前の両親は『友情』という言葉に弱いんだったよな?」
「よく覚えているね」
と白沢が笑う。
「それを使え。正直、俺にとっては信じがたい話だが、友情という言葉で進学する学校を変更すること許した親の事だ。友情を上手く使えば、お前の親はお前が思っている以上に簡単に落ちるぞ。友人を上手く活用しろ」
そんなに上手くいくかなぁと白沢は眉を少し下げる。俺だって信じられない話だが、それで実際に一回変わっているじゃないか。
「白沢はそれで一回奇跡を起こしているじゃないか。もう一度、その奇跡を自分の手で起こすんだよ。一度出来たんだ、もう一度実行することは何も恐くないだろう?」
うん、と白沢が弱弱しいが頷いた。俺はそれを信じるとしよう。
「両親にその後、唯一無二の友人の話はしたか?」
「いいや……全然」
「だからだ。それがいけない。入学当初の時に話しただけの唯一無二の友人なんて、まさにお前がでっち上げただけの嘘だってことを証明しているじゃないか。何でその後も、そういう話をしないんだ」
「いやさ……だって本当にでっちあげただけだし……それに、俺は友人ってものを良く知らないし、それ以上の嘘を作れなかったんだよ」
こいつは何を言っているんだ。
「俺の話をすればいいだろう」
「え!?」
なんでそこで驚くんですか。俺と友達になってとそっちから言ってきたんだろうが。こいつの考えていることはよくわからない。
「祐大の話をしてもいいの? 友人ってことにしていいの?」
かなり驚いている。何度も確認される。
「していいのも何も、友人だろ? 何言ってんだよ」
「え……、いや、だって、最初に俺がよろしくって挨拶した時、握手がなかったから断られたんだと思ったんだよ」
まさかの!
なんというか、うん、これは俺が悪かった。あの時は、無気力過ぎた俺は面倒で握手に応じなかった、なんてことは言えない。
もしかしたら、白沢の中では、あの時断られたから友人ではないと思って俺と付き合っていたんだろうか。知人? クラスメイト? それであんな親しげだったのか? それってどんな強靭な心とフレンドリー精神を持ち合わせているんだよ! 凄すぎるだろ!
「今まで俺の事なんだと思っていたんだよ」
気になりすぎて、まず疑問が口をついて出てしまった。
「クラスメイト以上友人未満」
「……うん、俺が悪かったよ。ごめんな。まあ、友人ってのはなってくださいってお願いしてなるものでもないし、もっと気楽に考えていいんだよ。よく話す奴がいて、気が合ったり、会話が楽しいとかそういう相手は友人って括りでいい」
俺のごめんの中には、最初は関わらないでおこうと思ったことも含まれているが、白沢たちは知らなくて良いことだろう。いや、もう、本当悪かった。
「そういうものなんだ。そっか」
白沢が何度も頷いて納得する。こいつと一緒にいると驚くことが多い。俺とは生活環境が全く異なっていたことを思い知る。
「まぁ、話を戻すとだ。俺の話をしてこい。俺の存在を疑うようだったら、お前の家に遊びに行くという名目で両親に存在を知らせても良い。ただ、話し方、話題の出し方に気を付けろよ。今まで話が出なかったのに突然また出てきたら怪しいからな」
わかったと頷く。自然な話題の出し方とかを話した方がいいか悩んでいると、白沢が、たぶんやれると思う、というのであとは本人に任せる。
こういうのは自分の力でやることが多ければ多い程、自分への吸収が多いから良い。白沢は自分の人生のための自分での道づくりをしようとしている。俺はそれを全力で応援することにした。
何かあったらいつでも言えよと声をかける。白沢は、とりあえず今日は帰るよと言って帰っていた。
白沢が帰った後の俺はどこか達成感があった。
こんな感覚は本当に久しぶりだ。
もう過去の感覚を思い出していたと思っていたが、まだだったらしい。
そう、これが俺だ。
白沢の眼を見ていたら、過去のなゆを思い出した。初めて会った時のなゆの眼も今日の白沢のような色をしていた。世界に輝きなんて見えなくて暗い色しか見えてないような眼。その先は真っ暗なのだろうと簡単に想像できる色。
あんなに意味がないと思った行動だったのに、今日は俺自身も心が躍るのを止められなかった。
誰かの眼がキラキラと輝く様が俺は好きなのだろう。それが、俺の言葉や俺がやってみろと促した行動によって引き起こされた輝き、色であるならこんなに本望なことは無いだろう。
この輝きが好きなのは俺の両親の影響だろう。いつも俺の事をキラキラした眼で見て、今日の行動は良かった! とか、何を考えた? とか、そんなことを言ってくる姿に俺は喜びを見出したのだ。
俺の取る行動で親達が喜んでいる。親が喜ぶから俺も喜ぶ。そんな循環、交互作用だったのだ。