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二十九、世界の色

 翌日、教室に入ると今日はいつものように白沢が居た。

「おっす」

「おう、おはよ」

 いつものやり取りを交わし、俺はおもむろにノートを白沢の机に広げる。

「何?」

 俺の行動の意図が掴めず、困惑している。

「昨日、午前中の授業受けられなかっただろ。だからノート貸してやる」

 白沢が更に疑問符を浮かべる。

 おい、ちょっと待ってくれ。なんでそれが通じないんだ。

「昨日の分のノート写すか?」

 分かりやすく説明する俺に白沢が目を点にする。

「なにそれ」

「いやいや、俺の方こそ何それなんだけど」

 白沢は眉間に皺を寄せて何かを考えている。

 え、なんですかこれ。予想にもしていなかった返しに俺の方も戸惑う。今まで普通に行われていた行為なだけに、それが通用しない白沢を不思議な目で見る。白沢も不思議そうな目をしている。駄目だ、これは話が通じないパターンだ。

「今まで学校を休んだ時は受けられなかった授業の分の勉強はどうしていたんだよ」

 俺のこの問いだけは白沢は分かったらしい。ああ、と声を出す。

「休まないしね」

「昨日午前中休んだだろ」

「あれは休んだというか……仕方がなかったよね。不可抗力」

「まぁ、仕方がないな。……で、ノートはどうする?」

 その俺の問いにはまたキョトンとする。何でここだけ通じないんだよ。

「いや、だからさ。昨日休んだじゃん。その分の勉強を自力でやるの大変そうだし、先生の板書見たいだろ、だからノート貸してやるって言ってんの」

 白沢がやっと合点がいったというふうに成程と首を振る。

「うーん……じゃあ借りようかな」

「じゃあって何だよ、じゃあって」

「借りた方が友人っぽい」

「は?」

 俺の顔は崩れていた事だろう。

「祐大の好意は有り難いんだけどさ、俺はもう先の方まで専属で勉強を見てくれる先生に習っているんだよね」

 この坊ちゃんが! エリート道に進ませようとしていた両親のやることは違う。そこまで勉強が進んでいるなら、何でこいつはここに通っているんだ。最初から白沢の事は理解しづらかったが、本当にもう全然理解出来ない。学校の意味あるのか? 

 なんとなく、貸したくない気持ちに傾いていたが、友人というものに一種の憧れのようなものがある白沢が可哀そうでもあったので、ノートを手渡してあげた。


 最後の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。今日はここに来るまで、白沢はいつもの白沢だった。昨日の白沢はどこにもいない。それが妙に歯痒かった。

 白沢は運転手のいる自家用車に向かうためにそそくさと帰り支度を整え、教室を出て行こうとする。

「おい、白沢」

 それを俺は呼び止める。なゆは心配そうに俺を見つめる。目でなゆに大丈夫だ、と語る。

「何?」

 白沢は特に何もなく、いつも通りに笑って答える。

「今日は一緒に部活しないか」

 俺の誘いに白沢が一瞬虚を突かれた顔をする。が、すぐにいつもの顔に戻る。

「ごめんね、早く帰らないと親がうるさいから」

 予想通りの言葉が返ってくる。

 予想通りだったのに、こいつの「親が」って言葉が気に入らず、イライラした。

 こいつは初めて出会った時、俺に言った。「親の目から離れたかった」のだと。

 なのに、その親の目を気にして早く帰るという。

 こいつは、その親の目が嫌だったんじゃないのか。

 今のこいつの世界はどうなっているんだ。

 俺の胸の奥底でパチパチと音が聞こえる。燻っているのだ。俺の中で爆発しないうちに外へと吐き出す。

「また親、か。白沢、お前はいつも親、親って親の顔色を窺っていて恥ずかしくないのか」

 急な俺の突っ込みに白沢が驚いた顔をする。

 俺は構わず続ける。

「お前は、俺と初めて会った時に言ったよな? 親の目から少しでも遠く離れたかったから北鈴を選んだ、と。親の敷いたレールの上が嫌だから、親に反発して強制された学校とは別のところへ来た、と言ったよな? まさか忘れたわけじゃないだろう?」

「……忘れていないよ」

「なら、今のお前は何なんだ。折角親に反発してここに来たというのに、どうして今も親の目を気にしているんだ」

「……それは……」

 俺の言葉に、白沢が珍しく言い淀む。

「帰宅する時も、親の目を気にしてとっとと帰って行く。部活に入らない理由も、そういうのにも親がうるさいから。お前さ、北鈴でも南進でもどっちに行っても結局同じことだったんじゃないのか?」

「痛いとこ突くね……」

 力なくあははと笑う。

「お前は親の反抗として北鈴に来た。でも、その北鈴で結局変わらない事をしている。結局、お前はどうしたいんだ?」

 白沢が拳を握るのが見えた。その拳が小さく震えている。

「そんなの、決まっているだろ……親の敷いた人生の道を歩きたいって思う奴がどこにいるんだよ!」

 苦々しげに、辛そうに言葉を発する。白沢の顔が歪んでいた。その顔は昨日会間見た白沢の顔だった。

「だったら抗えよ。お前は一度やっただろう。それでどうして次もまた同じように出来ないんだ」

「出来るわけがないじゃないか!」

 大声を上げる。

「今までずっと、ずっと、そういう状態だったんだ! 今回の件、高校は別の所に行けたというだけで奇跡なんだよ! 今までそんな生活をしてきていない、そんな環境じゃなかった祐大にはわからないだろ!? そんなに簡単に言わないでくれよ!」

 そこにはいつもの掴みどころがよくわからない白沢はいなかった。何かが外れ必死だった。

 だが、その必死さの先に白沢の眼が暗い色を持っていた。だから、俺は問いかける。

「お前の今の世界は何色だ?」

「……え?」

 白沢がよくわからないといった顔をする。

「いいから。今、何色なんだ。お前には今何が見えているんだ」

「……見えないよ、何も」

 そうか、と俺は答えて、俺の背中にあった壁に向き直り、足をダンと壁にぶつける。

「祐くん?」

 ずっと黙っていたなゆが、こればかりには驚いて声を出す。俺が校舎の破壊活動でも始めるとでも思ったのだろうか。

 足を壁にくっつけたまま、顔だけ白沢に向き直る。

「これが今のお前の状態だ」

「……は?」

 初対面の時と同じような驚いた反応が返ってくる。懐かしい。あの時は俺がこいつに良いように利用され、大層驚かされたが、今度は俺の番だ。

「よく、世間では壁にぶちあったら、それを乗り越えろというだろう。それを白沢は素直に受け取って、壁を越えようとしている。だが、登り方を知らないお前はこうして壁に垂直になって地面と同じように歩こうとしているんだ」

 白沢となゆが黙って俺の話を聞いている。

「出来るわけがないだろ。ここはファンタジーゲームの中じゃなければ、お前は忍者でもない。この世界は現実《リアル》なんだ。重力に逆らって、壁に足を付けて歩くことなんて出来ない。お前はこんなことをしているから辛いんだよ。こんなんだから何も見えないんだ」

 俺は足を元に戻し、自分の鞄の中から筆箱を取り出す。筆箱から消しゴムを取り、それを机の上に垂直に立てて置く。二人はそんな俺の行動を目で追いかけ見ている。

「いいか、これが壁だとする。そうして壁の前に立っているのお前がこれだ」

 そういいながら、消しゴムについてた消し屑を取って消しゴムの前に指で支えて立たせる。

「この状態で、お前は壁を越えることなんて出来やしない。何故だかわかるか? お前の背より遥かにこの壁が高いからだ。お前が手を伸ばしても頂上になんて届きやしないんだ」

 しかし、と言って消しゴムを倒す。

「こうすればどうだ? お前の背の方が、壁が倒れた分高くなった。この高さなら、ここを越えられるだろう。最初の難しさが嘘のように、いとも容易くなる」

 白沢が消しゴムと消し屑をじっと見ている。なゆの目が少し輝いているように見える。

「いいか? 壁を越える時はまず、そいつをぶち倒せ! 横になった壁の厚みなどたかが知れている。倒したら踏め! 踏みつぶせ! 踏み続ければ、自然とそこの高さにも慣れてくる。それに、壁が地面と同化するかもしれないだろう。そうしたらどうだ? その壁はもう壁ではなくなる。お前の足場だ!」

 なゆが、はいはーいと手を上げる。

「壁の厚みも結構あったらどうするの?」

「その時は俺が一緒に越える方法を考えてやる」

 なゆは嬉しそうに、頷く。

「倒した壁があると、足場は今までいた場所より一段高い場所となる。そうなるとどうなる?」

「……どうなるの?」

 白沢が全くわからないと返してくる。少しは自分で考えろ。

「世界の見え方が少し高い位置からになる」

「それで?」

「それを積み重ねていったその先をお前は見てみたくないか? 世界はどう変わるんだってワクワクしないか? そこは絶景だぞ! 高ければ高い程良い! 一面見渡せるからだ! 世界を踏み台にするからこそ見える世界だ!」

 白沢の眼の色が変わり始める。

 もう、なゆなんてランランに眼を輝かせてワクワクしているのが手に取る様にわかる。

 ああ、これだ。

俺はこの顔が、この眼が、好きなのだ。

「まだ、そこはどんな世界なのか俺は知らない。だが、積み重ねていったその先には必ず何か見える!」

 白沢に対して話しているうちに俺の体も熱くなってくる。

 俺は、どうしてこの感覚を忘れていたのだろう。

 どうして、これを無駄だと思って動かくなったのだろう。

「お前は、まだ世界自体がくすんで見えないという。だったら、俺がその世界を変えてやる! 世界を美しく彩らせてやる! 世界の楽しみ方を知らないお前に俺が、世界の楽しみ方ってものを教えてやるよ!」

 俺も、世界のその先をあんなに見たかったじゃないか。その世界を楽しみにしていたじゃないか。

 その先には何が見えるんだ? 

 それを考えると、とてもワクワクした。

 白沢も眼をいつしか輝かせ始めた。

「俺にも見えるのかな?」

「見えるじゃない、見るんだよ」

「……うん、そうだね」

 この時の白沢の笑顔は心からのものだったような気がする。


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