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二十七、昔の俺が残したモノ

 そうして我が世界賛歌部がある程度軌道に乗り始めた頃、、部室にひょっこりと六ツ木先生が現れた。

「どうしたんですか。まだ特に面白いことなんてやりませんよ」

 俺は驚きながらもそんなことを言ったが、六ツ木先生は意にも介さない。

「聞いたよ~。面白い事してるじゃない」

 笑顔でそう言われてしまった。俺は先ほど、面白いことなんてやらないと言ったばかりだ。なのに、面白い事をしているとはこれ如何に。

「ちょっと風の噂で聞いちゃった」

 と、無花果の噂話の内容を語ってくれた。無花果の話には尾ひれが付きまくり、不良たちと俺が何故か映画のワンシーンに出演してから別の映画の主役に大抜擢されたという結末になっていた。

 何だそれは。

 俺は絶句してしまい、口も開くことが出来ないでいるなかで横にいたなゆが「祐くん凄い凄い!」と子供のように燥いでいる。映画が公開されたら観に行くね! と笑っているが、それは絶対ないから。

「そんな馬鹿げた話を信じたんですか?」

「噂というのは少し誇張されるものだからそれはないけど」

 でも、と先生は更に続ける。

「そこに行くまでの話に先生、感動しちゃった」

 他の先生の耳にもその噂話は入っているらしく、世界賛歌部の評価高いかもねと六ツ木先生は笑う。

 どうやら出だしは好調らしい。少し肩の荷が下りる。だからと言って、これで安心してはいけない。まだまだこれからだろう。

 先生は言うだけ言って「忙しいから」と手を振って去って行った。

 本当に面白い時にしか顔を出す気はないらしい。

 部室にまで来たのだから、その後の部活動の指導にでも入ればいいものを。わざわざ報告しにだけ部活棟にまで来るのなら無駄なことに時間を割いているとしか思えないのだが、その無駄というのは俺の解釈なのだろう。

 あの先生の考えていることはわからんな。俺は一人、腕を組んだ。


 今日は特に活動という活動もなく、部室でだらだらと次のターゲットをどうするか、どう探すかという話をした。中々、次のターゲットが決まらないのだ。というより、見つけられない。この前の無花果と倉井といい、二人を見つけられたのは運が良かったのだ。たまたま、どちらも二人に上手く出くわした、ただそれだけに過ぎない。言ってしまえば、俺達は自力で世界を楽しめていない人を探し出せていないのだった。

 二人でうんうん唸るが、何も良い案は出てこない。そうこう考えている内に、俺は前々から疑問に思っていたことがあったことを思い出した。

「そういえば、なゆ」

 俺の問いにふんわりと「なぁに?」と笑って答えるなゆ。

「部員って俺達二人だけなのか?」

「うん」

「よく二人だけで部活を発足できたな」

 部活というのはある程度の人数がいないと新設出来ないものと思っていたが、その考えはここ、北鈴では違うらしい。

「うーん……正確にはあと一人いるんだけど」

 新事実発覚である。なゆは言いづらそうにしているが、そういう事はもっと早く言って欲しいものだ。

「だけど、なんだよ」

 これ以上、俺の知らない事があってもたまらないので、その先を促す。

 探せばまだまだ俺の知らない、預かりしないところで部活のあれこれがあるんじゃあるまいな。何が出てきても驚かないよう身構える。

「発足の時に最低三人はいなきゃ駄目って言われたから名前だけ借りた人がいるの。本当に名前を書いてもらっただけで、本人も部活動に参加するつもりはないって」

 成程、実質部員は二名だけだ。

 正直「世界賛歌部」なんて怪しさ満点の部活動に名前だけでも貸してくれるとは奇特な人もいるものだと感心してしまう。

 北鈴では部活の掛け持ちを禁止されている。過去に部活動を複数掛け持ちして身体を壊した生徒がいるらしく、それ以来、掛け持ちを良しとしていないのだとか。そんな北鈴で名前を貸すとは、その人も部活動をする気がないらしい。華の高校生活に部活をしないとは、それはそれで勿体ないという考えが一瞬過ったが、北鈴で部活動をしたがる人間の方が少ないのだった。ここでは、そう珍しいことでもないのか。俺は一人で納得をする。

 この話はここで終わり、その後も今後の部活動で良い案が出てこないまま、解散となったのだった。


 俺はそのままの足でバイトに向かう。あれ以来、すれ違う従業員と挨拶をするようになった俺の顔を覚えた人もいるようで、向こうから声をかけられる事も少しずつ出てきた。

 着替えて店へと出る。相変わらず、店内は客によって荒らされている。そのことに腹立てることは少なくなった。仕方ない、と一つ息を吐き出し綺麗に整える。息は息でもため息ではない。また、昔のようにため息を付かないように気を使っているのだ。

 それこそ、ため息ついたって仕方がない、のである。

 ため息をついていなかった頃の俺とため息をついていた俺、どちらがより楽しい時間を過ごしていたかというと前者だ。だから、ため息はつかない。

 そんな俺の小さな変化を見逃さないのが藤崎さんだ。仕事上がりのロッカールームで藤崎さんと一緒になった。

「近頃の青空、良いよな」

 と言って俺の事を褒める。

「溜息つかない奴って本当は凄い人なんじゃないかって俺思うんだよね」

 間接的に「凄い人」と言われて妙に照れる。こういったものはこそばゆい。

「いや、昔をちょっと思い出したもので」

「それがいいんじゃないか」

 藤崎さんは笑って答えた。

 その後、藤崎さんは妙な間を置いてから更に口を開いた。俺に話すかどうか悩んでいたのだろう。

「昔、俺に甚く感動を与えた子供の話、覚えてるか?」

「覚えていますよ。珍しい子もいたもんだって思ったので」

「あれな、お前なんだよ」

 俺は固まる。この人が何と言ったのか上手く理解できなかったのだ。

「いやいや、俺、藤崎さんと会ってないですよ」

 こんな人と一度でも会っていれば忘れるはずがない。忘れたくったってそうそう忘れられないだろう。

「俺もここで会うまでは青空と会ってない。話で聞いただけなんだ」

 そう言って、藤崎さんが「……ってやつ、覚えてるか?」と挙げた人物の名前を俺は忘れるわけがなかった。

 俺となゆが小さい頃にいた近所の兄ちゃんである。いつも一緒に遊んでくれた大学生の兄ちゃん。いつも兄ちゃんが話す内容は面白おかしく、なゆと笑い合いながら胸をときめかせて聞いていた。

「あいつと俺、同じ大学でさ。あいつがあまりにも青空のこと楽しそうに話すものだから、俺はよくあいつにお前の話を聞かせてもらってたのさ」

 懐かしそうに目を細めて語る。

 兄ちゃんが他所で俺の話をしていたことに衝撃を覚える。あんなに楽しい話をしてくれていた兄ちゃんが俺の事を楽しそうに他の人にしていたという。

 俄かには信じられない。

 疑っている俺の顔を見て藤崎さんが苦笑いをする。

「近所の子どもが『成長物語』だなんて言って、未知のものに挑戦し続ける。初めての事で失敗してもそれを笑い飛ばして次は必ずやってみせると何度も挑戦して、そうして成功を掴むんだ。それって凄いことだと思わないか? ってあいつ、笑ったんだよ」

 そこで藤崎さんは一度区切る。

「最初、俺は『流石子供のすることだよなぁ』なんて、あいつとは違う意味で笑っていたんだ。子供だからこそ出来ることってあるだろ? そしてそれって大人からすれば微笑ましいって感情で見るから、所詮子供のすることってフィルターが取れないんだよな」

 藤崎さんは、あの時の俺は馬鹿だったよなぁと笑う。

 鼓動が早くなる。

 心臓が脈打つ。

「だけど、話を聞いてるうちに『その子とは違って、俺は何をしているんだろう?』という気にさせられたのさ。その頃の俺は何かに挑戦するなんてことすっかりしなくなってた。何もしない俺よりその子のほうがよっぽど立派で人間が出来ているじゃないかって思った。だから、俺はその子供、青空をリスペクトしようと決めたんだよな。何もしない人生で終わらせないぞってな」

 そこまで言い切ってから初めて藤崎さんは俺の方を見る。

「お前って凄い奴だよな」

 改めて藤崎さんが言う。俺を「凄い」と褒める。

「でも、最近までいじけてましたよ」

 だから凄いことなんてこれっぽちもないのだ。

 自力で立つことが出来ず、随分、人に助けられた。なゆに支えられた。マイケルに笑顔を貰った。

「そうそう! だから、俺、初めて青空見た時驚いたんだよな。『えぇ……こいつが青空って子?』って。話に聞いていた子と印象違うし、今にも死にそうな顔をしているし。こんな奴が何度も挑戦し続けたのか? 嘘だろって疑った」

 俺はバイトに応募を出した時から既に死んでいた。何もやる気が起きないままにバイトをしたのは、親の残した金になるべく手を付けたくなかったからだ。だから、自分で生きる分のものは稼ぐ。そんな思いしかなかった俺は全て機械的に事務的に処理したのだ。

「でもさ、青空なんて苗字の人なんてそういないし、あいつの住んでいた街もここだし、たぶんこの子が話の中の青空なんだろうなと思ったら、逆に心配になった。話の中ではあんなにも楽しそうにしていた子が、何があってこんな顔をしているんだろうと思ったから、なるべく気にするようにしていたんだ」

 俺はやっと本当の意味で藤崎さんの気遣いの理由を理解する。

 昔、チャレンジ精神を教わったからなるべく多くの人と交流をしようとして、その中に俺も含まれていたのではないのだ。

 始まりが俺で、その俺に返そうとしてくれただけなのだ。

 改めて藤崎さんの優しさを感じる。

「だからさ、ここ最近の青空見てると『お、本物の青空だ』って感じられるんだよね」

 藤崎さんはにかっと笑う。

「藤崎さん」

 俺の声が震えそうになる。

「ん?」

「ありがとうございます」

 俺は深々と頭を下げる。

「どういたしまして」

 そんな俺に藤崎さんは優しそうに微笑んで答えてくれた。

 俺は胸の内が熱くなるのを感じる。

 あった。

 ここに俺の残したものがあったのだ。

 今までの俺がしてきたことは無意味だと思った。

 何も残らなかったと思った。

 全て無駄だったと思った。

 それは全部間違いだったのだ。

 あったのだ、ここに。

 ここに俺がしてきた事の意味が残っていた。


 俺がしてきたことは、無駄ではなかったのだ。


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