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二十六、ターゲット発見

 放課後、俺となゆは部室へと移動する。今日は俺もバイトがオフの日でこの後予定という予定がないので、ガッツリと部活動をするつもりだ。

 互いに昨日の課題を提出する。残念なことに俺たちは互いに昨日の課題をこなせていなかった。俺はバイトのために世界を楽しめていない人探しが出来ていない。ちなみに、バイト先にもそんなような人は誰もいなかった。なゆもなゆで下校時にそれらしい人なんて誰も目に入らなかったという。

 まぁ、それもそうだろう。最初からそう簡単に世界に飽きている人なんて見つかるはずがない。そもそも、どう見つけるというのか。それこそ、自殺しようとしている現場に出くわすとかでなければ、世界がキラキラしていない人なんて見つけること自体が困難なのである。誰もが、世界に愛想を尽かしていることを上手く取り繕って生きているのだ。

 なんてことはない、そんな顔をしているのだ。

 辛さを外に出してはいけない、と考えているから。周りの人から見てわかるようにしていても何も変わらないから。

 そんな諦めと投げやり。

 俺は一昨日までの自分を思う。

 今にも死にそうな顔をしていたという俺の顔はどんな表情をしていたのだろうか。

「なぁ、なゆ。俺は死にそうな顔をしていたか?」

「え?」

 俺の突然の質問になゆがすぐに反応出来ずに、キョトンとする。だが、それもすぐに引っ込み、少し考えてからゆっくりと答えた。

「うん。何だか何も見えていないという顔をしていたかなぁ」

「そうか」

 矢張り、なゆにもそのように見えていたのか。最早驚きはない。が、自分への失望と不甲斐なさへの怒りが出てくる。今は過去の自分に憤慨している時ではないので、一時忘れる事にする。

 しかし、「何も見えていない」か。

 それはどんな顔だろうか。

「心ここにあらずというか。下を向いてそうな顔をというか。うーん……言葉で説明するの難しいなぁ」

 と言ってなゆはうんうん唸る。どうすれば伝えられるのか必死に考えている。俺はなゆの言葉にヒントを貰う。そうか、「下を向いている」か。

「校内を探検しないか?」

 またまたなゆが驚きに目を白黒させる。

「俺は入学してからまともにこの学校を歩いてないんだよな」

 日々、つまらないと無空虚で無駄に過ごしていたから二ヶ月近く経つというのに敷地内に何があるのかなんて把握していない。

「探検かぁ」

 なゆがキラキラした眼で俺を見つめる。どうやら「探検」なんて心くすぐられる言葉がしっかりと胸に響いたらしい。それでこそ、なゆだ。俺も探検だなんて言葉使われたら、いい歳してワクワクする。高校生にもなって何を言っているのか、と苦笑いしそうな俺もいるが、反面、これでいいじゃないかと豪快に笑う俺もいる。

「学校探検すれば、誰か見つかるかもしれない」

 なゆが、あっという顔をする。

「俺の顔を見慣れたなゆになら同じような顔の奴を見つけられるかもな」

 ああー、となゆが声を上げる。

「見つけられるかな?」

「頼りにしてるぞ、なゆ隊員」

 俺の言葉に勇気づけられたのか、なゆはえへへと頬を赤く染めて遠慮がちに笑った。


 学校探検は俺たちの部室がある部活棟から始まり、校庭を通り、校舎棟、中庭、体育館を順に回っていく。恥ずかしい話、こんな学校だったのかと思う程に俺は自分の通っている学校を知らなかった。校舎裏に人から隠れるようにひっそりと大木が植えられていることも、図書室が一階にあることも、妖怪研究部なんていうマニアックな部活があることも何も知らなかった。

 妖怪研究部なんて中々コアな部活がある事を知り、世界賛歌部は案外すんなり通ったかもしれないということは少し思った。

 俺はどれだけ周りに興味が無かったのかと自分で自分を笑った。なゆは俺との学校探検が楽しかったのか始終ニコニコ顔だった。成果としては全く何もなかったのだが、それでもなゆは落ち込むことなくどこか楽しそうだった。

 成果がないのは当然かもしれなかった。

 山の上でバスという交通手段を自ら潰す程の生徒ならば、放課後に学校に残って部活動をして瞳がキラキラと輝いていないわけがないのだ。

 どこか皆、一様に楽しそうに笑い合っている姿は俺もなゆもどこか心が温まった。

 これならば世界は安泰だ。

 帰り道、なゆが呟いた。

「キラキラだね」

「だな」

 俺たちはバス停へと向かって肩を並べて歩く。二人揃ってバス通学をしている俺達は最終バスを逃してしまうと帰宅手段が無くなってしまうので、ある程度校舎を見回って帰路へと着いたのだ。

 バス停に着く前になゆが俺に声をかける。

「ねぇ、祐くん。あの人」

 なゆが指さす方へ目を向ける。バス待ちをする列。なゆがその中の誰を指しているのかわからなかったが凝視していると一人、男子生徒が深くため息をついているのが分かった。

 俺たちは顔を見合わせて互いに頷き合った。

 我が部の第一ターゲットになるかもしれない。

 俺たちは注意深くその男子生徒の様子を窺う。顔を上げては下げてため息をついて、ということを繰り返している。どうするか考えようとして、考えることを止めた。今まで通り、俺のやり方でやればいいじゃないか。俺はその男子生徒に近寄っていく。なゆが俺の後をちょこちょこと付いてくる。

「どうした?」

 不意に声をかけられてぎょっとする男子生徒。

「だ、誰だよ」

「青空祐大っていうんだ。よろしく」

 しどろもどろになりながらもした問いに俺が何てことはないと自然に答えたせいか、相手は余計におどおどしている。相手の制服の襟元の学年バッジを確認する。俺と同じくギリシャ文字のⅠと模ったバッジに安堵する。いつものように声をかけてしまったおかげで敬語でなくなってしまった。年上だったらどうするかだけ少し心配だったのだ。

「で、どうしたんだよ。元気なさそうじゃん」

「君にはどうだっていいだろ」

「まぁ、そうなんだけどな。気になってしまったのだからしょうがない」

「その程度で声をかけるのかい?」

 信じられないといった顔をする。

「祐くんだからね」

 横でなゆが口を挟む。それで初めて、その男子生徒はなゆの存在に気付いたのか「わぁっ」と素っ頓狂な声を上げた。それになゆも驚く。

 何をしているんだ、こいつらは。

 他のバス待ちをしている生徒たちが一斉に迷惑そうな顔で俺達を見る。場の空気が少し気まずいものへと変わってしまった。だから、俺たちは街中の喫茶店で話をすることにした。ぎゅうぎゅうのバスの中で話をすることも出来なかったからであるが、わざわざ場所を移して話をしてくれる相手もよく折れてくれたものだ。

 男子生徒は訥々と話をしてくれた。

 彼の名前は倉井颯太《くらいそうた》。たまたま、登校時に一人の上級生女子を見つけ、その人に一目惚れしたという。会話すらしていないのに全くもって、惚れやすいやつだ。しかし俺も一目惚れに近いので、人のことは言えない。

 話しかけたいのに、自身の姿がコンプレックスで気持ち悪がられたらどうしようと、うじうじして何も行動出来ておらず、そのことでずっと悩んでいたという。

「なんだ、声をかければいいじゃないか」

「簡単に言うけどさぁっ!」

 俺の言葉に今にも泣きそうな声を上げる倉井。

「声をかけなければ相手は倉井がいることすら知らないんだぞ。それでいいのかよ」

「……よくないよ。だから悩んでいるんじゃないか」

 だってイケメンじゃないしと小声で呟く。その呟きに俺は呆れる。

「世の中のイケメンと言われる人間の割合がどれだけだと思っているんだ。世界にいる人間の大半がイケメンでない奴らで構成されているんだぞ」

「それはそうだけど……」

 何とも煮え切らない返答ばかりをする。ああいえばこういうとは正にこのことである。

「まずは相手に覚えて貰う事から始めないでどうする。失敗したって次に挑め! 雨降って地固まると言うだろう」

「その雨はどこから降るんだよ⁉」

「玉砕した後のお前の涙だ」

「そんなの嫌だよ!」

 と言い合う俺達の横で見かねてなゆが口を開く。

「さっきからずっと顔を気にしているけど大丈夫だよ。倉井くんの顔に嫌悪を示す人なんていないよ。あとは清潔感を心掛ければ絶対大丈夫だよ」

 なゆの言葉に多少の勇気を貰ったのか、倉井は「本当にそう?」と尋ねながらもやっと顔を上げる。

「うん。服装とかちゃんとしているし大丈夫。あとは……そうだなぁ。変えるとしたら眼鏡かなぁ」

 と言いながらもなゆが「祐くんはどう思う?」と言いたげな目で俺を見る。

「そうだな……その黒縁の眼鏡はもう少しフレームが小さいものとかにするかコンタクトにするとかした方がいいかもな」

 倉井の顔の印象を下げているとしたら眼鏡のフレームだろう。俺はそのことを指摘する。昭和の時代を彷彿させるような黒縁の太いフレームを着こなすのは中々に難しいだろう。実際、眼鏡だけで野暮ったい印象を与えている。

「今、眼鏡ってお洒落なフレーム多いしそれに変えてみるといいかも」

 なゆはクラスにいる男子の眼鏡の話をする。相田という男子が、ついこの前眼鏡のフレームを少しお洒落なものに変え、雰囲気が変わって格好良くなったという話だ。倉井はその話に随分食いついた。横で聞いていた俺は少し面白くなかった。何が楽しくてなゆが他の男を恰好良いと褒める話を聞かなければならないのか。

 その後は眼鏡のフレーム話に興味を持った倉井と一緒に眼鏡屋へと向かうことになり、みんなで倉井の眼鏡をあれこれと選んで俺達は帰宅した。

「倉井くん、上手くいくといいね」

「だなぁ」

 倉井は眼鏡に随分元気を貰ったようで、新しい眼鏡にしたら、例の気になる女子生徒に声をかけてみるという。俺達は頑張れよと応援し、倉井と別れたのだった。

 どうなったのかと人の事なのにドキドキしていたら、後日、倉井がわざわざ俺たちのクラスにまでやってきて成果を報告してくれた。

 見事に玉砕……なんてことはなく、とりあえず学校ですれ違う時などに挨拶を交わす程度の仲になれたそうだ。

 新調した青いフレームの眼鏡をかけた倉井は「少し、世界が変わったかも」とキラキラした眼で語ってくれた。


 倉井の一件で感覚を掴んだ俺達は次なるターゲットを探し始めた。

 二番目のターゲットは、虐められていた一年の男子。B組の無花果明《いちじくあきら》。入学早々に上級生に変わった名だという理由で目をつけられ、暴行を受けカツアゲもされていたという。

 今回のターゲットは苛められっ子もそうだが、虐めている上級生達も含めることにした。俺の理念がどちらをも許せなかったのである。抗う事を忘れた無花果に過去の俺を見て苛立ちもしたし、人に暴力で捩じ伏せる事で快楽を味わう上級生たちにも心底嫌悪した。

 虐められている現場に俺が出て行き、「お前らはそんな経験値の低い奴を甚振って満足なのか? 俺の経験値は凄いぞ」と、まず、無花果の経験値的な価値がその上級生達にとって低いことを明示する。矛先が俺へと変わったところで、俺はある場所へと誘導する。

 その誘導した先で、俺は上級生達を軽くいなした、なんて格好良いことが出来るわけがなく、俺は無花果の代わりに暴行を受けた。

 ある程度、上級生達が満足した頃に「カーット」とかけられる言葉。突然の状況のことに事態が把握できず、オロオロする上級生達にテレビドラマの撮影をしていたスタッフ達が謝礼を渡す。俺も、良いエキストラをありがとう! とスタッフに礼を言われた。

 よくわからないという顔をしている上級生に俺は「金を貰うのなら、誰かに礼を言われながらのが良いだろう?」と語ったが、困った顔をして去って行った。

 これは失敗に終わった。

 俺のシナリオではもう少し長く、異なった結末を出す予定だったが、そう簡単に物事は進まないものである。

 後日、無花果には謝罪とお礼を言われた。俺が変な関わり方をしたお蔭か、あんな訳のわからない奴に絡まれるなら御免だと言って、もう上級生に虐められることが無くなったという。逆に、変な噂が少し広まったようだが、そこは虐める人が近寄って来ないだろうからいいんだと爽やかに笑って言っていた。

 この結果も俺としては失敗だった。

 そんな変な噂で煙たがられて終わる生活で無花果の日常は充実しているのだろうか。

 上級生達に力任せに殴られたおかげで体中痣だらけでなゆには泣かれるしで散々だった。これからはこんな無茶はしないと約束させられる破目になってしまったのだった。



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