二十三、さぁ、始めよう!
放課後、なゆに連れられて部室へと向かう。
入口には「世界賛歌部」のタグがつけられている。それを見て、本当にこんな部があるのだということを実感する。
非現実だったらどんなに良かったことか。
ドアを開けると中は予想に反して小奇麗だった。
「お掃除頑張りました」
なゆは背に両手を当て胸を張る。
「お疲れさん」
そうか、ずっと一人で部活の準備をしていたのか。そのことに気が付き、なゆの凄さを感じる。六畳ほどの狭い空間の真ん中に会議机が二つ置かれているだけ。なんとも寂しい部室だった。
「さて、部長さん。何の活動をしますか」
「今まで活動はどうしてたんだよ。そもそも俺は何の活動をするのか知らないんだぞ」
「今までは部長のやる気を戻す活動してたからなぁ」
「マジかよ……」
俺の回復が大前提の部活だったのか。知らないところで俺に発生していた責任の重さに気分の波が下がる。
俺のやる気を戻す活動とはなんだったのか。具体的に説明を求めたくなるが、敢えて聞かない。なんとなく想像はつく。
俺の過去の行動を真似てしていた「あれ」。背に片手を当て、もう片方の手を天へと向けて声高々に宣言する。「世界は俺の踏み台である!」昔、俺が子供の頃に思いついたただの子どもの遊び。親の理念に乗っかって更に世界を楽しむために始めた気持ちを高めるだけのただのポージング。
なゆはそれを真似ていただけだ。本当に過去にしていた俺の行動を真似ていただけ。それで俺の沈んだ気持ちを持ち上げようとしていたのだ。
昨日、なゆは「私は全然ダメ」と言っていたが、不器用なんてレベルでない。
てんで駄目だ。酷いなんて言葉だけじゃ足りない。
そんな酷い形から生まれた怪しい部活。そんな部活動に許可を出す頭がぶっ飛んでいる先生。
可笑しい。
てんで可笑しいではないか。
不思議と笑いが込み上げてくる。
そんな世界の真ん中に投げ出されている自分。
世界には暴風が吹き荒れている。海は荒れ、高波を打っている。
あまりの世界の荒廃ぶりに一見、この世界に人の安息の地はないかのように錯覚する。
だが、空は澄み渡り、どこまでも青色が広がっているのだ。
そう、どこまでも。
上を見上げれば、暗雲なんてどこにもない。
雲に隠れ見えなかった太陽がはっきりと見える。
空から地上へと光が刺している。
こんなに風が吹いているのに。今にも飛ばされそうなのに。
今にも波に攫われ、奥底へ沈んでしまうような気にもなるのに。
空のおかげでどこか安心を覚える。
大丈夫なんじゃないか。
そんな想いが沸き起こる。
とんだ無茶苦茶だ。
こんな世界のど真ん中にいる自分はどうなってしまうのだ。
「いいさ、やってやる」
無茶苦茶な世界に道理なんて通用しない。
無理矢理作ってやろうじゃないか。
今日の俺はどうだ?
気持ちを新たにしたって、昨日までの俺と何ら変わっていないじゃないか。
周りに振り回されて、自分から何かアクションを起こすことが出来ていない。
そうして自分の不甲斐なさに憤り、後悔しているだけの自分。
それが俺か?
前の感覚を取り戻せそう?
馬鹿か。
さっきまでの俺は大馬鹿者だ。
変えられないのなら変わるしかない。
やるしかない。
今まで生きてきた俺だったら、この無茶苦茶な世界を好み、この無理の世界で生き、楽しんできた。こちらの方が俺の性に合っているのではないか。
きっと、俺の周りの変な奴らは「変」なのではなく、変わるきっかけを与えてくれたにすぎない。
お前の今までの人生の中で「普通」なんてあったか?
「変じゃない」なんてあったか?
世の中は「変」で溢れている。
それを楽しんできたのではないか。
それを楽しむのが世界に居る意味ではないのか。
その楽しさを父さんと母さんが教えてくれたのではないか。
その楽しさを教えるために無茶苦茶な世界に放り込まれてきたではないか。
最初は理不尽だと感じたこともあった。
無理だと思ったことだって何度だってあった。
無理の先には何があった?
その先を思い描く。
世界に放り投げられてからが勝負だ。
俺は窓際に近寄り、窓を開け放つ。
風が吹く。
大きく息を吸い込む。そしてゆっくり吐き出す。
風に乗って野球部員の掛け声が聞こえてくる。音楽室からは吹奏楽部の音が。別の所からは合唱部の発声の練習。全員、山の上の学校だっていうのにバス通学という手段を捨て自転車で通ってきている変態達だ。部活動をしたらどうしたって最終バスの時間に間に合わなくなる。息苦しくながら、必死に自転車を漕いで山を登り降りする。その苦痛という選択を取り、練習に勤しむ。その先に何があるというのか。
俺は校庭を、空を、外の景色を見る。
なゆへと振り向き、俺は高らかに宣言した。
「なゆ、部活を始めるぞ」
なゆの顔が驚きから笑顔へとだんだんと変わっていく。
瞳には何かが宿っている。
それは期待。
希望。
はたまたは願い。
光が宿った眼は綺麗に反射して世界を明るく照らす。
「はい!」
なゆはとびっきりの笑顔で頷いた。