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二十二、六ツ木先生

 食券機の前に並ぶ。食堂には生徒がひしめき合い、結構混んでいる。いつも食堂の前に昼休みの時に出る臨時のパンの売店から中をチラと覗く程度だったが、想像より中は広く、人の収容人数も多そうだ。

「なゆちゃんどこだろうね?」

 白沢がキョロキョロと辺りを見回す。白沢が何故今日に限って食堂へ行こうと言い出したのかをやっと理解する。

 気を遣わせてしまったな。

 自分の到らなさに怒りを覚える。

 周りに気を配って貰っていなければならない程、俺は落ちぶれてしまったのか。

 俺の能力が落ちてしまっていることを痛感する。

 段々と「自分」が戻ってきていることを感じたが、それは思い上がりも甚だしかったのかもしれない。

 全然じゃないか。

 俺は心の中で舌打ちをする。

「あ、発見」

 白沢の視線の先に目をやる。

 成程、見つからないわけだ。教員用の食堂部屋からなゆと一人の大人の女性が出てくる。

 白沢と顔を見合わせる。

 何故、なゆが教員用のドアから?

 白沢がそんな顔をして俺を見るが、俺だってそんな事わかるわけがない。きっと俺も同じような顔をしていたのだろう。白沢が困ったように眉を下げる。

 こうなれば本人に直接確かめるのが一番である。

 食券を買いに列の最後尾に並んだなゆのところへと並び直す。

「あれ? 祐くん! それに白沢くんも」

 俺達に気付いてなゆが嬉しそうに笑う。

「二人が食堂なんて珍しいね!」

「うん、ちょっとね」

 そんなことをなゆと白沢が話す。俺はなゆの隣にいる女性が気になってそちらに目をやる。スラリと伸びた背。二の腕まで伸びた髪。スーツを身に纏った姿は教員であろうことを思わせる。が、俺はこの約二ヶ月程の間にこの先生を見かけたことがない。

「顧問の六ツ木《むつき》先生だよ」

 なゆが俺の視線に気づいて紹介してくれる。紹介を受けた先生がにこりと微笑む。

 そこは挨拶ではないのかと俺は思ったが、相手が口を開く気配が無いので俺も頭を軽く下げる程度で済ませる。

「丁度良かった。折角だし一緒にご飯にしよう」

 そう言ってなゆは六ツ木先生に一緒にいいかの旨を聞く。何が丁度良いのかさっぱりわからないが、俺は俺でようやっと朝の続きの話を出来るかもしれないという事に願ったり叶ったりな事だ。


 職員用の食堂部屋はうって反転、静かだった。先程までの生徒たちの会話でがやがやしていた空間が嘘のように落ち着いている。といっても、生徒たちの声がこの部屋まで届くので、うるささがないわけではないのだが。教員達はこんな空間で物を食べられるのか。少し羨ましい気もしたが、これが先生の特権だろう。

「いつも先生と一緒にご飯食べてるんだ」

 なゆは俺たちの不思議な顔をしている事に答えるように言葉を口にする。

 だからいつもふらふらと一人食堂へと向かって行っていたわけだ。合点がいく。先生に招待された形といえど、生徒たちの使用空間とは違った場所で食事を取れるなんて贅沢な奴だ。

 四つ座席のある丸テーブルに順になゆ、六ツ木先生、白沢、俺が腰かける。それぞれの前には各自購入した食べ物が並ぶ。なゆはカレーライス、先生はA定食、白沢はラーメン、俺はチキンカツ定食である。

 ちなみに、食券購入時や食券を食堂のおばちゃんに渡す時の白沢は色々と大変だった。諸々あったが、話すと長くなるのでここでは割愛しよう。

 みんなで頂きますと声を揃え、各々が食事に手を付ける。が、白沢だけが手を動かさない。

「どうしたんだよ」

「……ねぇ、祐大。ラーメンってどう食べるの?」

 おいおい嘘だろ。

 白沢は一応箸を持ってはいるが、どう手をつけたものが悩んでいるようで、様々な角度からラーメンを眺めている。

 とんだ坊ちゃんである。

 いや、坊ちゃんというレベルでない。

「なんで食べ方もわからないものを買うんだよ」

「だって食べてみたいじゃない? 初めてだよ? 初めて!」

 初めてのことに挑戦したい気持ちは俺にも痛い程わかる。

 わかる……が、流石にラーメンの食べ方は知っていて欲しい。どんな隔離空間から飛び出てきたというのか。

「ほら、CMでよく食べてるのとか映るだろ?」

「TVは基本的に付けないからなぁ」

 じゃあ、なんでTVがあるんだよ。そんな突っ込みが思わず出てきそうだったが飲み込む。よし、上手く飲み込めたようだ。

「蕎麦を食べたことは? うどんは?」

「蕎麦は大好きだよ」

「よし、ならオッケーだ。基本的には蕎麦と食べ方が変わらない。ただ、液に付ける動作がない。そもそもこの大きいお椀が液の皿だと思って差し支えない。蕎麦のように食べろ」

 白沢は成程、と一つ頷いて麺を啜り始める。蕎麦の食べ方を知っているのなら、その応用でラーメンの食べ方もわかって欲しいものだが、違うものだろうか。俺が初めてラーメンを食べた時はどうだったが思い出してみようとしたが、全然思い出せなかった。

 視線を感じてなゆと先生を見る。二人はにこにこ笑いながら俺たちのやり取りを見ていた。

「なんだよ」

 俺の問いになゆは「ううん」と首を横に振るだけだ。居心地の悪さを感じながら、食事に手を伸ばす。

 白沢が「へぇ! 蕎麦とは違った味だね」などとのたまっている。坊ちゃんの初体験による感動は底が無いらしい。今のこいつならどんな小さなことでだって感動出来るに違いない。白沢の事は気にしないことにしよう。

「そういえば、なゆ。『丁度良い』ってなんだよ」

「ああ、あれね! じゃあ、発表しちゃいましょう」

 なゆが言った先程の言葉で気になっていた単語があったことを聞くと、なゆは何故か得意げな顔をする。

 何を発表するというのか。

 隣に座っている先生を盗み見ても相変わらず先生は先生でにこにこと笑っているだけで、口を挟むことがない。

 不思議な人だ。

 さっきから一言も口を開いていない。

 白沢との初対面時を何故か思い出す。

 きっと、この人も……いや、考えるのは止めよう。不吉な事を考えると自然と不吉なことが向こうからやってくるものなのだ。

「今日から部活動、本格始動ですっ!」

 えっへんと言わんばかりの顔は、なゆの頭の中に「じゃーん」という効果音が流れていることを想像させる。

 俺の問いの答えに全くなっていないのだが、俺は「おう、頑張れよ」と応じる。

「部長さんがそんな調子じゃ困りますよ、気合い入れてください」

 なゆがふざけた口調でおどけてみせる。

「部長? 誰が」

 なゆが俺を指さす。

 いや、ちょっと待ってくれ。俺は部長なぞになった覚えなんてない。

 あまりにも俺が解せない顔をしていたせいだろうか。なゆは酷いよ、と頬を膨らませる。

「前に祐くんに署名してもらったよ」

 その一言で記憶の奥底から呼び起される。

 確かに、入学早々になゆから一枚の紙を渡され、その紙に名を書いてくれと言われて書いたことはある。思い出せば、その時に「部長さんだよ」と言われたような気もする。あの時の俺は全てにおいて無気力で何もかもどうでも良かったので、その署名すらも適当に行ってしまった。

 あれが部活動申請書だったのだろうか。

 頭を抱えたくなる。

 俺の知らぬ間に変な事になっているらしい。いや、正確には俺は知っていなければならないのだが、何も興味を示さなかった過去の自分を呪いたくなる。

「……ちょっと待ってくれ。俺が部長ってことは部活動を新設してるのか?」

「うん。そうだよ」

 そんなことすら初耳だ。

 一体全体、いつの間に。

 思い返せば、入学してちょくちょくなゆが教室にいないことがあったが、それは部活新設のための活動をしていたからだろうか。

 俺はある事に気付く。

 俺が、新設した部長であるという。

 そして、なゆの隣に座っている人は顧問の先生であるという。

 恐る恐る六ツ木先生の顔を窺う。

「新しい部活の部長さんが設立してからというもの一度も挨拶に来ないので先生は大変遺憾です」

 にっこりと笑われてしまった。

 その顔は遺憾なんて感情とはかけ離れている。だが、表情からは上手く感情を読み取れない。笑っているというのに。だからと言って怒っているのかと聞かれると怒り心頭というわけでもない。

 俺は素直に謝る事にする。

「すみません。設立したことを自覚していませんでした」

「はい、知っています」

 俺は酷く間抜けな顔をしていた事だろう。一瞬、この人が何と言ったのか理解出来なかった。

「小鳥ちゃんから話は聞いてますから」

 笑顔が崩れることなく、この先生はつらつらと喋る。では、「遺憾」と言ったあの言葉はなんだったのだろうか。

「ごめんなさいね、一度『遺憾』なんて固い言葉を言ってみたかったの。丁度良い機会だと思って」

 ぺろりと舌を出して笑う。

 なんだこの人は。

 俺の嫌な予感が的中してしまったのかもしれない。

 あんぐりとしている俺の横でなゆが説明を加える。

「新しく部活を作るにあたって、色々と理解してくれる先生が六ツ木先生しかいなくて。でも、先生だけは理解してくれた上で部活の許可を出してくれて顧問にもなってくれたんだよ」

 嬉々として語るが、感想としては「だろうよ」という一言しか出てこない。

 新入生が入学して直ぐに部活動を新設。それだけでも難易度が高い。それに加えて新設するという部長が名だけで幽霊部員。他の部員が代理として先生に許可を貰いに行く。そんな話を聞いたら誰だってこう答える。「そりゃ無理だ」。今の俺も同じ気持ちだ。だが、無理を通して現実になってしまったようで、残念なことに俺の預かりのないところで俺は部活動を新しく立ち上げてしまったようだし、名だけの幽霊部長が存在してしまったようだった。

 これだけで頭がくらくらする。

「先生、なんでそんなのに許可出したんですか……」

 怪しさ満点。生徒は部活動をする気なんてほぼゼロに近い。俺が教師だったのなら許可なんて出さない。部活新設に当たっての許可は出すにしても、部長が顔を出さないなんて言語道断である。

 俺が脱力気味に聞くと先生は楽しそうに答えた。

「先生、面白い事に首を突っ込む性質なの」

 もう駄目だ。限界だ。

 俺の頭はショート寸前だった。

「部活の本格始動にあたって、六ツ木先生と一緒に食事出来て良かったね! 祐くん。先生のところに挨拶しに行く必要が無くなったよ」と、にこにこ笑顔のなゆ。

 丁度良い、ってそういうことか。

 俺は遂に本当に頭を抱え始める。頭痛がする。

「やだなぁ、祐大は。先生に挨拶してなかったのかい?」

 横でなんとも呑気な声がする。白沢は「あはは」と軽く笑っている。他人事だと思いやがって。

「そういう白沢はしたのかよ、挨拶」

 何時の間にやらラーメンを食べ終えている。俺が部活の話にたまげている間にすっかり完食したらしい。汁まで残すことなく食べた様子を見るにラーメンを気に入ったのかもしれない。

「俺が? なんで?」

「部員だろ?」

「入ってないよ、俺」

 さらりととんでもないことを言う。

 ちょっと待ってくれ。どういうことだ。

「白沢くんにも声をかけたんだけど、断られちゃった」

 なゆが残念と眉を下げる。それに白沢がごめんねと答えている。

 じゃあ、なんで白沢がここにいるんだ、と思考が頭を掠めるが、よくよく思い出せば別に部活の話を目的に学食に来たのではなかった。何気なく普通にこの場にいるから自然と思い込んでしまったが、白沢は部外者だったようだ。

「放課後、改めて今後の活動の話をしようね」

 なゆがやる気に満ち溢れた顔をしている。

 俺の知らぬ間に俺はとんでもない事に巻き込まれているようだ。

 部長という欄で俺の名前が記載されている以上、俺は関係ないという顔は出来なさそうだ。これ以上知らぬ存ぜぬにならないようにせめてもでも部活については把握していたい。そんな想いから俺は一つだけ質問をする。

「ちなみに部活の名前は?」

「世界賛歌部」

 どこか満足げな顔をして答えるなゆに俺はもう言葉も出ない。

 どこの新興宗教だ。

 こんなよくわからない怪しさを醸し出している部名なんて聞いたことがない。部名から何をする部なのか全く伝わってこない、想像できない。

「本当は『世界は踏み台部』とかもっとわかりやすいのにしたかったんだけど、それで先生に出したら流石に怒られちゃったから」

 と、照れ臭そうに笑う。そこは笑うところではない。

 というより、やっぱりそうなのかよ。

「世界はキラキラしていて輝かしいものって祐くんの理念を参照してみました」

「それでなんで讃歌なんだよ!」

「参加と讃歌をかけてみました」

 軽く舌を出して頭をコツンと叩いてみせる。

 讃歌と参加、ね……もう突っ込む気力すらなく俺の頭が悲鳴をあげる。

「世界に参加してみよう! 的な、ね!」

「ね、じゃねぇよ……」

 俺が頭を抱えている横で、なゆはニコニコと楽しそうに笑い、六ツ木先生と白沢が他人事という様子で見ている。

 この先生はこんなわけのわからないものに許可を出したというのか。

 やはり俺の嫌な予感は当たってしまった。

 断言しよう。

 この人は変な人だ。

 白沢といい、この先生といい、俺の周りには変な人間しか集まらないのかもしれない。


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