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二十、二人のお祝い

「祐くんおめでとう!」

「なゆ、お疲れ様!」

 互いに異なる言葉を口に出しながら、ジュースの入ったグラスで乾杯をする。

 なゆとしてはこれは俺のお祝い、俺としてはなゆの頑張ったお祝いで互いに主張するものが違うのである。

 方々にお菓子というお菓子を広げる。こんなに家の中に物を広げるなんて随分久しぶりだ。そう考えて俺は久々なものが多すぎるなと自分に苦笑する。今までが何もしなさすぎたのだ。

 久しぶりといえば、なゆが俺の家に上がるのも久しぶりだ。だからか、なゆは少しドギマギしているようだ。俺もなのだが。なゆはキョロキョロと家の中を見回している。

「祐くん……埃だらけだよ」

 うむ、仕方がない。半年もの間、掃除なんてしていないのだから埃が積もって当たり前だ。埃のないところなんてせいぜい俺が食事をしていたテーブルの上ぐらいしかない。食事以外で居間を使用することなんて無かったに等しい。両親の事を思い出すのでなるべく避けていたのだ。

「今度、お掃除しないとね」

「ああ、そうだな」

 しばしの沈黙。

 その後も、二人してなにかをポツポツと話すが、一言二言で話が途切れてしまう。

 会話が続かない。

 二人して気まずい思いを味わう。

 半年の間にすっかり俺たちは距離を見失ってしまったようだ。なゆは何度も「えへへ」と笑って誤魔化す。俺は何度も視線をあちこちへとさ迷わせる。

 なゆの言った通り、すっかり埃を被った室内は、たった半年もの間で暗い雰囲気を漂わせていた。

 前はこんな景色をしていた部屋だったっけか。

 両親が笑い、俺が目を輝かせ、家族団欒、和気藹々としていた部屋は変貌を遂げ、すっかり寂れてしまった。まるでもう人が住んでいない廃墟のようだ。電気をつけているにも関わらず部屋が全体的に暗い。照明の電球が切れかかっているのだろうか。

「前のように戻ると思うか? これ」

 ふと、思ったので口に出してみる。なんとなくの呟きだったので別になゆからの返答を期待していたわけではない。返答がないならないでそれで良かった。しかし、なゆは律儀にも俺の独り言を拾って答えてくれた。

「ここで沢山笑えばいいんだよ」

 にこりと笑う。

 笑顔、か。笑いが笑いを呼ぶ、だろうか。確かにそれはあるかもしれない。

 ここで笑う。出来るだろうか。笑いが戻ってくるだろうか。

 両親が健在だった頃のようにここで沢山話し、沢山笑い合えるだろうか。

 そんなことを考えていたらなゆが楽しい事を思いついたと言わんばかりに声を上げる。

「白沢くんも今度呼ぼうよ」

「あいつを? なんでまた」

「きっと楽しいよ」

 答えてから思ったが、確かに白沢を呼べば、あいつが食いつかないはずがないな、と思う。友達に憧れを持ち、友情という言葉に羨望を抱いている白沢なら喜んで俺の家にやってきそうだ。

「それで元に戻ればいいけどなぁ……」

「祐くんが戻すんだよ」

 ふむ、それもそうだ。

 まだ自分は本調子ではないらしい。さっきの今で、というのも酷な話で土台無理なような気もするが、そんな生半可な気持ちでは駄目だろう。まだ自分の気持ちが弛んでいるのがわかる。気を引き締めなくてはならないだろう。

「よしっ!」

 俺が気合入れに両頬を手で叩く。パンという乾いた音が響く。俺の突然の行動になゆが驚いて目を白黒させている。

 俺は立ち上がり、冷蔵庫の前へと歩く。なゆが「なになに?」とキョトンとした顔で俺の事を目で追う。

 自分の調子を元に戻すために、自分に課した問題の正答を出すのだ。

「さて、俺は何のケーキを買ったでしょうか」

 にやりと笑ってみせる。なゆの瞳が輝きだす。

 何のケーキを買ったか、なゆに見られないように帰宅して早々に冷蔵庫へと放り込んだのだ。その際に、冷蔵庫の中で眠っていたいくつかの怪しい食材は処分した。そうして空きスペースを作らなければならない程、冷蔵庫内は秘蔵の倉へと変化していた。他にもまだいくつか処分しないといけなさそうなものがあったので、それらを使ったお好み焼きパーティーとかをするのもいいかもしれない、とちらりと頭の中に思考が霞める。

「プリン・ア・ラ・モード!」

 なゆが笑顔で答える。

「正解だ」

 俺は背に隠したケーキをなゆの前へと差し出す。プリンを見てなゆはご満悦だ。

「やったぁ! 食べたかったんだぁ!」

「何を買ったのかよくわかったな」

「一番食べたかったものを答えただけ~」となゆは笑う。

 俺のなゆの一番食べたいもの当ては見事に当たったらしい。感覚を取り戻すのに好調なスタートを切れた。心の中でガッツポーズをする。

 なゆもケーキの正答を当てられた事が嬉しいらしい。プリンを見て幸せのため息を漏らしている。

「でも、祐くんもよく私の食べたいものがわかったね」

 なゆは驚きながらもどこか嬉しそうだ。

「昔を思い出したんだ」

 そう、俺たちが出会ってそう日が立ってない頃。

 なゆはプッチンプリンが大好きだった。プリンはプリンでもプッチンできるタイプでないといけないらしく、プリンと言えばプッチンプリン。なんでも、漫画とかによくある皿の上に綺麗に乗り、上部にカラメルソースがあるプリンが正統なプリンだそうで、毎回プリンを食べるときは皿の上に出したがった。

 しかし、なゆはプッチンの腕前がお世辞にも上手とは言えず、必ず失敗し形の崩れたプリンを皿の上に披露した。もちろん、その時のなゆは大泣きだ。プリンに裏切られたと言わんばかりの泣きっぷりは「プリンの形なんて気にしないの、味は一緒だから」なんて言葉を吐くのが心苦しくなるほど猛烈で、いつもおばさんが苦笑していた。

 だから俺はいつも皿の上で綺麗に形を保っているプッチン出来たプリンと交換していたのだ。交換したらしたで、なゆは「祐くんのプリン、汚くてごめんね」と泣いた。その度に俺は「逆にこれはこれで味があるだろ」とか「なゆのプリンへの想いが詰まっているんだから、極上の美味さなんだぞ」とかフォローになっていない事を言っていた。

 プッチンタイプのプリンではないが、コンビニでこのプリンを見た時、そんな昔のことを思い出したのだ。

「祐くんも⁉」

 なゆが信じられないといった声を上げる。

「なんだ、なゆもか」

 どうやら、俺ら二人はプリンを見た時に同じことを思い出していたらしい。どちらからともなく顔を見合わせて笑い合う。

 なゆは懐かしそうに眼を細める。

「このプリンはプッチン出来ないね」

 何を仰る。これだけで済むと思うなよ。

「じゃーん」

 俺はもう一方の手に忍ばせていた皿を自分の口で効果音を付けながら取り出す。なゆは皿の上の物を見て「わぁっ!」と声を上げる。

 皿の上にはプッチンプリン。プリンを見て昔を思い出した俺がプッチンプリンを買わないわけがない。なゆの驚いている様子を見るに、俺のどっきりは大成功のようだ。なゆの笑顔を見ていたら、これまた昔を思い出す。

 こうして、俺が何かなゆを喜ばせるようなことをして、眼をキラキラさせたなゆの顔を見る。喜んでくれた笑顔のなゆはとても可愛くて、俺はそれが見たいがために沢山喜ばせようとしたものだ。

 そうだ、これだ。

 この感覚なのだ。

 自分の中で少しずつではあるが、着実に戻ってきている事を感じる。

 俺は拳を握る。

 もう少しだ。

 大丈夫。

 戻せる。

「ねぇねぇ、祐くん」

 なゆが眼をキラキラさせながら俺を見る。両手でプッチンの皿を持ち、うずうずしている。俺は頷いた。

 なゆは待ってましたと言わんばかりに歓声を上げ、プッチンの準備に取り掛かる。これは神聖な儀式とでもいうかのように慎重に皿からプリンを取り、蓋を取る。逆さまにし、後ろのプッチン出来るタブをへし折る。空気の入った容器からいとも簡単に皿へとプリンは投下される。ぷるぷると弾みながら皿の上で踊るプリンは綺麗な形を保っている。

「えへへ、大成功」

「やるじゃん」

 儀式が成功したなゆは満面の笑みを浮かべる。

 もうなゆはとうの昔にプッチンの成功の秘訣を掴んでおり、プッチン難民からは脱出している。なので、今更プッチンに緊張することもないのだが、なゆの成功に俺も心から喜びを感じる。

 なゆは「これ祐くんの」と言って、今し方、プッチンしたばかりの皿を差し出す。

「なゆのだろ」

「私にはこれがあるもん」

 と言ってなゆはお祝いのメイン、プリン・ア・ラ・モードを手にし、微笑む。二つも食べきれないし、食べたら太るよと言う。改めて時計を見れば、十二時を越え日付が変わっている。確かにそんな時間に食べたら体重を気にする華の女子高生にはキツイかもしれない。

「二人のお祝いなのだから、祐くんにもメインがないとね」

「そりゃそうだ」

 俺は有難く、なゆが華麗にプッチンを決めたプリンを受け取る事にし、二人でデザートを頬張った。


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