表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/34

十九、懐かしきあの頃にように

 日も落ち、暗い道を二人肩を並べて歩く。

 久しぶりに俺の横でなゆの銀色の髪がさらさらと揺れる。

 こんな風景を見るのはいつぶりだろうか。

 最後の日を思い出すことができず、随分と長い間互いに独りだったことを知る。

 俺が思っている以上に過ぎ去った歳月は多いのかもしれない。

 どちらとも声を発することはしない。

 久しぶりのことに何を話せばいいのかわからないでいる。以前はどんなことを話していたんだっけか。しばし頭を働かすが、俺の脳はすっかり衰えたらしい。全くなにも思い出せない。

 なゆとどんなことを話していたのだろうか。

 なゆは今何を考えているのだろう。

 横顔を盗み見る。

 にこにこと笑っている顔からは嬉しいという感情がすっかり伝わってくる。

 そうだ、この顔だ。

 なゆのこの顔が俺は好きなのだ。

 なゆが笑えば俺も嬉しくなる。

 「嬉しい」か。これもすっかり忘れている感情だった。

 嬉しいを見失ったと同時に俺は何を感じていたんだっけか。

 なゆとの会話を放棄し、すっかり俺は自分の思考に耽る。

「ねぇ、パーティ! お祝いしようよ!」

 なゆの声で思考が遮られる。

 突然の事で反応が遅れる。

「何の?」

 俺が返せた反応といえばこれだけで、それだけで以前の感覚を失っていることがわかる。俺はこんなに当たり障りないつまらない反応を返すような男だったか? 

「裕くん復帰お祝い!」

 そんな俺を気にもせず、満面の笑みで返すなゆ。

 ぱーっとしよう! ぱーっと! と言いながら両手を大きく広げる。

「まだ本調子でないし、早いだろ」

 苦笑い気味に返すことしか出来ない。

 やはりまだまだ調子が戻っていない。そんな俺を祝うだなんて俺自身、気が引ける。まだ早い。完全復帰してからだろう。

「え!? じゃあイブ!」

「イブは前夜祭って意味な」

「あれぇ?」

 口を尖らせて抗議する。何がなんでもお祝いをしたいらしい。イブだなんて理由を無理につけてくる所がなゆらしくてついつい笑みがこぼれてしまった。

 そこまで俺のことで喜んでくれるなゆに心が少し温かくなる。こんな気持ちも随分前にどこかへと落としてきてしまったようだ。

「そっかぁ……お祝い、なしかぁ……」

 しょぼくれながらステップを踏むようにタン、タン、と数歩前に出ていく。

 なゆが俺の横を通りすぎるとき、目元に滴がたまっていることを俺は見逃さなかった。

 うん、うん、そっかぁ……などと言いながら肩が震えている。

 なゆの背が随分遠くにあるように感じる。

 いつの間に、なゆは俺の横で泣かなくなったのだろう。

 いつの間に、なゆは俺の後ろで泣けなくなったのだろう。

 今まで俺の後ろにいたなゆが、いつのまにか俺の前に進み出るしか出来なくなっていたのだ。

 俺は歩む足を止めた。いや、進めることが出来なくなった。

 かっこわる。

 なんてカッコ悪いんだろう。

 今までなゆの前で格好つけていた自分が霞んで見えない。

 調子が戻っていない? それがどうした。

 戻るまで待つのか? 指を加えて来るのを待っているのか。

 それじゃあ今までとなにも変わらないじゃないか。

 なゆは俺が立ち止まったことに気づかず歩みを続ける。どんどん開いていく差。これが、殻に籠らず歩き続けた人間との間に出来た絶対的な差だ。

 埋まるまで待つ? 追い風が吹いて巻き返すのを待つ? 

 馬鹿らしい。

「するか!」

 俺は思いっきり声をあげた。

 え? と慌てふためきながら涙を拭いて振り返るなゆ。

「今まで独りで頑張ったなゆを讃えたお祝いパーティだ」

「え? え? ……私?」

 まさか自分に矛先が行くとは想像もしていなかったのか、驚き戸惑っている。

 その姿に昔のなゆが重なる。

 これだ。思い出してきた。

 なゆが考えもしないことを俺が突然言い出し、それにいつもなゆは戸惑い、恐る恐るながらも俺の提案に乗っかってくるのだ。

「しようぜ、お祝い」

「うん!」

 暗くてよく見えなかったが、きっといつものとびきりの笑顔で答えてくれたのだろう。


 お祝いと言っても学生となるとお祝いは簡素なものになってしまうのは仕方がないもので、コンビニへと立ち寄り、ポテチやジュースを買い込むこととなった。

「あ、今日は俺の奢りな」

「え? でも……」

 当然自分もお金を払うものだと思っていたなゆがキョトンとする。今日は誰のお祝いなのか本当にわかっているのだろうか、と少しおかしくなる。

「今日の主役はなゆだろ」

 それでもなゆはう~んと首を捻っている。

「給料日だ」

 まだ納得のいかないなゆに言葉をかける。

 だから、俺は金を下ろすのだという姿勢をとり、ATMの前へと歩く。

 正直なことをいうと、給料日ではない。

 今日は十七日。給料が振り込まれるとしたら随分半端な日となる。よくよく考えればおかしな話なのだが、まだバイトでも働いた経験のないなゆにとっては給料が振り込まれる日というのは意識したことがないのだろう。

 今まで、自分で稼ぐこともなく両親の残したお金を使うなゆに随分イライラとしたものだが、今日はそのことに感謝したい気分だ。

 親の金を使っていたなゆにイライラしていたのも随分身勝手な話で、俺の都合を彼女に押し付けていたにすぎない。


 仮の給料日は十七日。

 これは覚えておかなければならない。

 ついた嘘を通さなければ破綻したとき、今日のことでなゆが傷ついてしまうだろう。

 いや、むしろ悲しそうに笑うのだろうか。

 わからない。今のなゆはどんな反応をするのだろうか。

 チラリと横目で盗み見る。

 熱心に棚を眺めている。なんのジュースを買うか悩んでいるようだ。

 籠の中身が見える。好きなものを好きなだけ入れていいと伝えたにも関わらず、籠の中身はスッキリしている。遠慮されているのだと思うと少し寂しい。それだけのことを俺はなゆに強いたのかもしれないが。寂しいと思うのは身勝手なことだろうか。

 遠慮させることのないようになりたい。

 予定より多めに下すことにする。

 これで本当の給料日まで少し苦しくなるな。その時は両親の貯金に手をつける覚悟をしておこう。

 初めてその決心をする。

 その時は仕方がない。親に許してくれるよう願うが、あの二人ならこんなことでも気にするなと笑うのだろう。むしろ、自分たちの息子が幼馴染みにかっこつけるための行動を応援し、俺からの報告をワクワクしながら待っているに違いない。

「どうだったんだ?」

「なゆちゃん喜んでた?」

 良い大人が子供のように瞳をキラキラさせ幼馴染みの反応を俺と一緒に楽しむのだ。

 なゆとはなゆの両親も含め家族絡みでの交流があった我が家にとっては、ごく当然でいつもの風景。

 そのいつものが過去のものへと変わったが、随分と励まされたような気分になる。

 必要分を下し、なゆもとへと近寄る。

「もっと好きなだけ入れていいんだぞ」

「うん」

 頷きながらも更にお菓子を手にとって入れる様子はない。俺は自分の食べないものやなゆが食べたいであろうお菓子を籠へとどんどん放り込む。

「わぁっ祐くんっ!」

 なゆが悲鳴に近い声を上げるが残念。今の俺には聞こえなかった。そう、俺は何も聞こえていない。

「そんなにいれても食べられないよ!」

「お祝いなんだから派手にやろうぜ。……まぁ、ポテチで悪いけど」

 なゆはまだ何かと唸ったりしているが気にしない。これは主役を引き立てるのは周りの仕事だ。思えば知らない間に随分と沢山のお菓子が発売されている。見たことがない新商品が多い。それだけ周り、環境に興味を示さず過ごしてきた証拠だ。元々菓子類に関心が強かった方ではないが。

「さて、メインだ」

「メイン?」

 なゆがキョトンとした顔で俺の後をついてくる。菓子もジュースもある程度籠へと入れた。籠から溢れんばかりに物が溢れている。これだけあれば充分だろう。それでもなゆの言葉を借りれば二人にしたら多すぎるらしい。

 メインとはお祝いの王道、王様。子供の頃、その名を聞いて誰もが目を輝かやかせたに違いないもの。甘くて魅力的で、考えただけで唾液が出てきそうな。

 そう、ケーキである。

「どれがいい?」

「え? えー?」

 なゆが俺の顔と買い物籠の中身とケーキを忙しなく交互に見て驚く。三つのものを順番に見る姿はとても器用だ。

「もう沢山だよ」

 籠の中身を見ながら困ったように呟く。

「お祝いと言えばケーキだろう? メインがないんじゃお祝いとは言えないさ」

 そう、やはりお祝いと言えばケーキ。どんとテーブルの真ん中に鎮座し、ロウソクの火が息で吹き消してくれるのを待っているのだ。

「うーん……じゃあ、そうだなぁ」

 なゆが頭をふりふり何事かを考えている。これ以上何かを言っても俺が譲らないことを知っているからだろう。

「あ!」

 なゆが何かを閃いたのか小さく声をあげた。そしてニコニコと俺を見る。

「お祝いだから、祐くんにサプライズで選んで欲しいな! プレゼント!」

 プレゼント。

 成程。お祝いの大本命である。

 子供の頃はケーキとプレゼントをワクワクしながら待ったものだが、やはりプレゼントの魅力にケーキは敵わない。何が飛び出てくるのかわからないワクワク感はたまらない。そして運命の対面。その瞬間は何にも変えがたい魅力がつまっている。

「よし、わかった。じゃあ、俺が選んでやるから他に欲しいもの見てこいよ」

 はーい、と言いながら嬉しそうに駆けていく。本当に高校生だろうかと少し心配になってしまった。

 三種類のケーキを見比べる。プリン・ア・ラ・モードにモンブラン、ミルクレープが並んでいる。さて、どれが一番なゆ好みだろうか。

 なゆは甘いものが大好物だ。スイーツを食べている時、世界で一番幸せな時間なんてないと言った顔で美味しそうに頬張る。その様子は見ているこっちも幸せな気分になる。

 そんな甘いものの中でも一番好きなのはチョコレートである。チョコという単語を聞くと途端になゆの目は輝きだす。子供の頃に「世界中のチョコを食べたい!」と言ってなゆの両親が海外のチョコを買ってきたことがあるぐらいだ。

 残念なことに今のラインナップにチョコが使われているケーキは無い。チョコと言えば定番メニューのようにも思うが、定番すぎるが故に並ばないのだろうか。

 考えに考え、俺は一つのケーキを取った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ