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十五、すまいる

 翌日、玄関を開けて学校へ行こうと外へ出たら家の前に外国人が一人立っていた。

 金髪で蒼眼、長身の姿は一目で海外の人だということがわかる。見たことがない顔だ。

 別に外国人がいることに驚きはしない。両親が健在の時は、知人の外国人が訪ねてくるなんてことは極普通のことだった。

 俺が驚いたのは両親がもう既に他界しているのに誰かが訪ねてくるという事実にだった

 その人の名前はマイケル。教科書や参考書で一度は見たことがある名前ではないだろうか。そのためか、すぐに親しみは持てた。

 マイケルは開口一番、「遅くなって申し訳ない。青空氏のお墓に挨拶をしたいんだ」と、墓参りに来てくれた事を告げた。

 酷く驚いた。俺のあまりの狼狽ぶりにマイケルは何か作法を間違えたのかと勘違いした程だった。

 こんな事があるのだろうか。

 奇跡か何かが起こったのではないだろうか。

 そんな事を思った。

 両親の葬式には誰も来なかった。

 俺も何かしようと両親の知人、友人に声をかけたわけでもなかったのだから、当然と言えば当然なのだが、父と母に最期の挨拶をしようと来てくれる人が誰もいないという状況は至極寂しく、空しいものだった。

 両親は客員教授としての職も持っていたのだが、職場の知人達も来ない状況は酷く俺を落胆させた。

 人が死んでも、こんなものなのか。そんなことを思った。

 二人は互いの親族から結婚を反対され、その反対を押し切っての結婚だったので親戚との縁は切れていた。だから両親が死んだ後、ほぼ初めて顔を合わせる親戚達に嫌な顔をされたことを覚えている。顔には「面倒事を起こしやがって」と書かれていた。俺が未成年ということもあり、嫌々手続きを進める親戚達には嫌悪感しか湧かなかった。

 誰からも惜しまれることなく、誰にも悲しんでも貰えず、旅立つというのは一般的に見ても「寂しい」と言えるもので、俺の尊敬していた二人は、いとも簡単に世間から存在を消してしまったのだ。

 人の一生なんてこんなもん。

 そう思ってしまうのが充分なほどに両親が世に残したものは無かった。

 二人の生涯は一体なんだったのだろう。

 意味があったのだろうか。

 人の生にどれ程の価値があるのだろう。

 その意味の無さに、俺が今までしてきた事も途端に世界に笑われているような気がしてしまい、自分の無意味さも痛感したのだった。

 そう、今までしてきたことの意味も見出せなくなったのだ。

 全て無価値になってしまったのだった。


 マイケルに両親の墓は作っていないことを、拙い英語で伝えると、彼は一目に見てわかる程にがっくりと肩を落とした。

「墓はないけど、遺影ならあるんだ」

 そう言って、家の中に上がって貰うことにした。

「靴は脱いでくれよ」

「OH! 知ってるよ! ジャパニーズスタイル!」

 マイケルは笑顔で靴も揃えて置いてくれる。ジャパニーズスタイルを知っているというのは伊達ではないらしい。こうするんでしょう? と得意げにこちらを見るマイケルに思わず俺は笑みがこぼれる。マイケルはすかさず「ナイススマイル」とウィンクをくれた。

 初めて出会うというのにマイケルの親しみやすさは尋常ではない。教科書で慣れ親しんだ名は強い、ということだろうか。いや、彼特有のフレンドリーさのおかげだろう。海外の人の外交的さは日本人より強いと割と有名だが、そんな外国人の中でもマイケルは更に外交的かもしれない。

 俺は一言、マイケルに断りを入れ、学校に休みの連絡を入れる。もう、今日一日を使ってマイケルを招き入れることを心に決めたのだ。遠いところから遥々日本に両親の墓参りに来てくれた、その気持ちに応えたかった。

 素直に嬉しかったのだ。

 心が温まったのだ。

 まだ誰か両親の事を覚えていくれる人がいる。その事実がとても響いたのだった。

 電話を終えるとマイケルは仏間で両親の遺影の前で何か喋っている。話す速度が早くなんと言っているのかまでは聞き取れないが、表情はどこか楽しげだった。

「終わったのかい?」

 俺を見て、マイケルは両親への会話を中断し、声をかけてくる。

「何を話してたんだ?」

「近況報告さ」

 彼はウィンクをする。

「あれから僕がどれだけハッピーに過ごしているか、どれだけ今充実しているか。二人が羨ましがるような楽しい事を沢山話してたのさ」

 二人が楽しがる。その言葉に俺は反応する。

「目を輝かせて、どんな話かってせがむ?」

「そう。話を聞きたくて二人はウズウズするんだ」

 二人で笑い合う。

 まさか両親の「人のワクワクするような話を聞きたくてウズウズしている姿」なんて話を誰か他人と共有できる事があろうとは思いもしなかった。

 目を爛々に輝かせて人の話を待っている姿は子供そのもので、良い大人が何をしてるんだって笑う人もいるかもしれない。けれど、その姿を童心忘れずで羨ましく思う人間も一方でいる。いつまでもこんな風にいたいものだ。そんな想いを誰かと共有できるなんて。

「そのハッピーな話、俺にも聞かせてくれよ」

 俺の口からは自然とそんな言葉が出てきた。

 胸の内がドキドキしていた。

 心が少し温かった。

 どんな話なのだろう、何が飛び出てくるのだろう。そんなワクワク感。

 こんな感情はいつ以来だろうか。

 懐かしさに胸が詰まる。

 何故か涙が出そうになったが、堪えた。初対面の人の前で突然泣くわけにもいかない。

 マイケルは快く、俺のお願いを承諾してくれた。

 マイケルの話は俺の両親との出会いまで遡る。

 当時、マイケルは自国アメリカを離れ、フランスへと仕事のために出張で来ていた。見知らぬ慣れぬ土地で疲弊したマイケルは一時、自殺も考えたという。

 そんなマイケルを救ってくれたのが俺の両親だという。

 二人は気さくに話しかけてきたそうで、その時マイケルは神から天使を差しのべられたのだと思ったという。中年の男女という天使の姿も嫌なものだが、その辺に疑問を持ったりはしなかったのかと聞いてみたら、大笑いをされてしまった。「とてもキュートな天使じゃないか」と。

 マイケルの話す両親の姿は俺の知っている姿そのものだった。そのことがとても嬉しく、とても感動的だった。

 俺の最高の両親は、やはりどこでだって最高の両親のままなのだ。

 マイケルがあまりにも楽しそうに話すものだから、俺もつられて一緒になって笑う。

 楽しい。

 久しぶりに、本当に久しぶりに心から笑ったような気がする。


 話を終えた後、日本式でやりたいというマイケルに遺影の前で両手を合わせて見せる。俺の見よう見まねで線香を上げてくれる。そんなマイケルに胸が熱くなるのを感じた。

 まだ、残っている。

 両親が残したものがまだあるのだ。

 昨日の藤崎さんの「見方」という言葉が思い出される。

 これも見方だろうか。

 俺は両親の死の直後のことだけで全てを否定してしまっていたが、まだこれからなのかもしれない。

 遠く離れた土地でマイケルと同じように両親の死を偲んでくれている人がいるのかもしれない。

 俺がマイケルを知らなかったように、他にも知らない人が沢山いるのかもしれない。

 俺の知らないところで、俺の知っている通りの両親は残っているのかもしれない。

 何も残ったものがないわけではなかった。

 両親の生は何にもならなかったわけではなかった。

 まだまだ、俺の知らないところできっと同じように沢山のものが残っているのだ。


 そんな両親の子どもである俺は一体何をしているのだろうか?


 帰り際にマイケルは俺の肩を叩く。

「初めて会った時、ユウダイの顔に元気が無かったのが気になったけど、僕の話で楽しそうに笑ってくれて安心したよ」

「……久しぶりに大笑いした。ありがとう」

 俺の返答ににっこりと笑う。

「僕が青空氏にハッピーを教わった時、世界が開けたような気がしたんだ。世界が閉じてしまっていても笑うんだよ。笑えば笑うほど、笑いは笑いを連れてきてくれるんだ。そうすれば、きっとまた世界は開くさ。スマイル!」

 マイケルはその後も何度かスマイルと連呼するものだから、スマイルという名で呼びたくなった。

 互いに大きく手を振り合い、別れを告げる。今後も遊びに来るさと元気よく笑うスマイル。俺もつられて笑いを返す。近々、俺も遊びに行くさ。そんな言葉を交わす。成程、笑顔が笑顔を呼んでいる。

 こんなに全力で別れを告げるなんてどれだけしていなかっただろうか。

 子供の頃のとうの昔に置いてきてしまったように思う。

 何かの行動を全力でする。

 こんなに力の要るものだったっけか。

 疲労も感じたが、心地の良さも感じる。

 風が通りを吹き抜ける。

 風を感じたのもいつ以来だろうか。

 辺りを見渡す。

 いつもと変わらぬ景色であるのに、何故だろう。昨日とは違う景色に見えた。



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