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十四、見方

 今日は一日、なゆがバイト先に現れる事はなかった。

 だからといってブラック常連がやってくるわけでもなく、他の酷い客が来るわけでもなく、何事もなく無事終えた俺は上がりの挨拶を交わし、さっさと帰宅の準備をする。

 こんなに平平凡凡な一日なんて久しぶりじゃないだろうか。

 視界の端に映る見知った顔にイライラすることもなく、精神を脅かされるわけでもなく過ごせる一日のなんと平和なことか。あまりにも何もなさ過ぎて、今日の自分は何をしたのかを全く覚えていない。

 意識を持たない人間の一日は無空虚で何もないのだ。

 着替えている俺の隣に藤崎さんがやってくる。幾ら心配からだっと言って絡まれるのはやはりたまったものではないので、話しかけられる前に早々と帰宅してしまおう、そう思ってロッカーを閉めた時だった。

 藤崎さんがポツリと言葉を発した。

「なぁ、今の世界は楽しいか」

 ぎょっとする。

 今日、半年前に両親が死んだと告白した人間に対して放つ言葉だろうか。

 楽しい。そんなことあるわけがないだろうが。

 身内が亡くなって楽しい人間なんているものか。

「藤崎さんは身内がなくなって半年以内には楽しいという感情を見つけられるんですか」

 皮肉を込めて言う。

 何言ってるんだ、こいつ。そんな思いを込めて。

 そんな能天気なお花畑の頭を持っていれば、そんなに苦労しない。

「どうだろうな。そんな経験したことないし。でもさ、親しい人を亡くした人にこういうのも酷だとは思うんだけど、もう少し、少しずつでいいから毎日のちょっとした『楽しい』を探してもいいんじゃないかなと思うんだよ」

 上手く言えないけどさ、と付け足す。

「毎日、生活を送れるぐらいには青空、元気だろ。大丈夫、あともう少しだって」

 何が大丈夫で何がもう少しなのか。全く、この人の言う事はいつも頓珍漢で理解が出来ない。

「楽しいかどうかって結局のところ、本人の考えよう、思いようだって昔、学んだんだけどさ。キツイ言葉になるかもしれないけど、青空は両親が亡くなったあとに見方を変えようとはしなかったのか? いつも来るあの女の子。あの子が俺にはかわいそうに見えて仕方がないんだ」

 見方。それはつまり、今の俺は見方を変えられないから世界が終わってしまっている、と言いたいのだろうか。そう、全部俺が悪い、というかのように。

「誤解するなよ。別に責めてはいないからな。ただ、もう少し元気が出てきた頃に俺がこんな事を言っていたなぁとか思ってくれればいいからさ」

「もう少し元気と言いますけど、それってどんな時ですか」

「それを言われると俺も困るんだけどなぁ」

「口から出任せですか」

「違う違う」

 藤崎さんは頭を掻きながら苦笑いをする。

「でも、そうして前より俺と会話してくれるなんて少し元気だな」

 嬉しそうに笑う。

 言われて気づく。そういえば、俺は前より藤崎さんとより会話をするようになったかもしれない。「どんな時か」だなんて思っても口に実際に出すなんて今までだったらしなかっただろう。

 何の変化だろうか。

 俺が首を傾げていると藤崎さんが「どうだ? 少し俺のおかげで見方が変わったんじゃないか?」とおちゃらけた。


 考えてみれば、過去の俺はうまい具合に「世界の見方」が出来ていただけなのかもしれない。自然に出来過ぎていて、見方なんてもの意識していなかったのではないか。

 世界の見方なんて事を意識し始めると、あんなに不思議で仕方がなかったなゆの事を別の視点から見えるようになる。

 今まで、なゆはどうして両親が死んだのにあんなふうに笑っていられるんだと不思議だったが、もしかしたらなゆは見方を変えているのだろうか? 



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