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十二、いつも通り

 翌日、普通にいつも通り登校した俺に「いつも通り」は待っていなかった。担任の梅林に呼び出しを食らう。

 学校の推薦枠で入ったにも関わらず、入学してこの二ヶ月、何もしていない事が問題となっているようだった。開口一番、「ずっと不調か」と言われてしまった。梅林はその後、俺をじっと見つめ続けるだけで何も喋らない。

 不調と言えば不調になるのだろうか。そもそも何をもってして不調としているのか。なんと答えればいいのかわからない。教務員室に入ってからずっと俺が黙っているせいだろうか。梅林が困った声を上げた。

「大丈夫か。助けて欲しい時はいつでも言って欲しい。いつでも力になるから」

 それでも俺は何も言うことが出来ない。

 梅林はどこまで知っているのだろうか。助けて欲しい時というのは具体的にはどんな時なのか。助けてと言った時に具体的にどんな助けをしてくれるというのか。

 そもそも俺は誰かに助けを欲する程、困っているだろうか。

「いや、大丈夫です」

 気づいたら俺はそんな返答をしていた。

 別に誰かに助けて貰わなければならない程困窮はしていない。

 梅林はそんな風には見えないけどな、と漏らしながら、「なら、そろそろ何か始めてみないか」と言った。

 この学校、私立北鈴高等学校は、山の頂上にあるが故に生徒が集まらない。数は年々減少傾向にあり、少子化も相まって生徒数は学校設立の年に比べて約半分に至っているそうだ。そのために、生徒数を確保するために今年度から始めた制度がある。

 社会参加型生徒育成制度。

 学校の看板を背負って社会奉仕活動を行い、学校の名を世間に広めることで未来の生徒を確保するようにするのだ。社会奉仕活動と言ってもそんな大それたことをするわけでもなく、言わばボランティアをするのである。ボランティアを通して生徒の質が良いことをアピールしながら、学校の知名度の向上を図っている。

 この制度枠で入った生徒の最優秀者は学費が全額免除される。最優秀者に選ばれなくても、この枠で入った生徒は年に五万の給付金が付く。最優秀者は年度末の締めの時に発表されるのだが、それまでにどれだけ学校に対して貢献したかを別途、成績としてつけられる。

 新制度による学校の知名度の向上の他に、今年度の生徒数のアップを狙っていたらしく、その狙いはそれなりに上々だったそうだが、何せ募集人数の枠が少なかったために、その枠に落ちた生徒の行方は案外、他の高校だったりした。ので、今後の北鈴の評判がどうなるかは社会参加型生徒にかかっているのである。

 俺は、その枠を使って北鈴に入った生徒の一人でもある。

 だから、入学して二ヶ月も何もしない俺に呼び出しがかかるのだ。

 この制度を知った時の俺は燃えに燃えていたのだ。今ではもうすっかり火は燃え尽き、辺りには灰しか残っていない。

 灰。

 昨日の藤崎さんの言葉が思い出される。「死にそうな顔」。灰になってしまった俺は、既に死んでいるのではないだろうか。

「先生」

「ん?」

「俺、死にそうな顔してますか?」

 何の関連もなく、俺の突然の問いに目を瞬かせる。どう答えたものか思慮しているようだった。随分沈黙が続いた。

 そしてようやっと、どうしたものかと考えながらも、先生は深く頷いたのだった。申し訳なさげに、しかし、しっかりと頷く様子は藤崎さんの勘違いでもなく、俺が周囲にそう見られているという裏付けに他ならなかった。

 そうか、そうなのか。

 ようやっと自分の中で他人から見た「俺」を理解する。


 教室に戻ると、白沢がいつものように俺に声をかけてきた。ここでは「日常」があるらしい。ただ、かけられる言葉は「いつも通り」ではなかった。

「なゆちゃんと何かあったの?」

「……よくわかるな」

 俺は素直に驚きを口にする。

「いつもと違うから」

 なんてことはないといったふうに笑う。誰が? と目で問うとなゆを見る。確かに、今日のなゆは俺に一言も声をかけてきていない。確かにこれなら誰だってわかるものだ。納得するが、こんな誰でもわかることでも白沢のさらっとした対応をされるとこいつには何でもお見通しなのではないだろうかと疑ってしまうのは白沢の纏っている雰囲気のせいだろうか。

 ふと、変な気分になり白沢にも同じ問いをしてみる。

「俺って今にも死にそうな顔をしているか?」

「それを聞いてどうするのさ」

 特に驚くこともなく、なんてことはないと質問に質問で返してくるところが、なんとも白沢らしい。

 聞いてどうするのか、なんて改めて聞かれてしまうとどうしたいのか自分でも困惑してしまう。俺はどうしたいのだろうか。

 まぁ、確認、だろう。

「俺が思っている以上に周りとギャップがあるかどうかの確認だ」

 自分で自分に出した答えに納得しながら口に出してみる。

「大有りだね。認識を改めたほうがいいかも。鏡を一度よく見てごらんよ」

「そうか。そんなこと今まで生きてきて言われたのは初めてだ」

 鏡を見てみろなんて言われるなんて初めての経験に笑いがこぼれそうになる。

 そうか、そんなに死相が出ているのか。

 そういえば、ここのところ鏡をじっくり見たことなんて無かったかもしれない。今度じっくり見てみるのもいいのかもしれない。

「こんなことを聞いてくるなんて、祐大、どうしちゃったのさ」

 白沢が意外だと口にする。

「……そうだな、どうしたんだろうな」

 自分でもよくわからない。

 俺はどうしたというのだろう。

 でも、この変調は考えたらずっと前からそうなのかもしれない。随分前から俺はどうにかなってしまっているのだ。

 一人考え込む俺にそれ以上白沢は声をかけてこなかった。


 その日一日いつもと変貌を遂げた俺の生活は、その後はいつも通りに過ぎて行った。

 なゆからの接触は何一つないという変化があったにはあったが。俺はもちろん、いつものようになゆを無視し続けたし、なゆはなゆで俺を気にしながらも避けていた。そんな俺たちを白沢は困ったように見ていた。


 最後の授業が終わり、俺は一人そそくさとバイトへと向かう。今日はバスに乗らないなんてことがないので、通常通りにバイトへと向かう事が出来た。

 まぁ、これが普通なのだが。

 いつものようにバイト先のロッカーへ向かうと他のバイト仲間から「体調は大丈夫?」と心配されてしまった。昨日の俺の欠勤は「病欠」という扱いになっているらしい。何も問題がないことを告げ、仕事場へと出る。

 真っ先に店長の元へと行き、昨日のことを謝る。

「今後、二度とこんなことがないように」

 昨日の電話口とは一転、店長は怒りを露わにしていた。

「すみません。以後こんなことがないよう気を付けます」

「うん。確かにそこは重要だけど、今はそこじゃないんだよ」

 店長がため息を漏らす。どういう意味なのか測りかねていると店長が更に口を開いた。

「何の連絡もないと心配するでしょう」

 心配。その言葉が俺の中でひっかかる。

「今にも死にそうだからですか」

「え?」

「死にそうな顔をしてますか」

 藤崎さん、梅林先生、白沢にも言われた死相。それが店長にも見えているのだろうか。何か不調をきたしたら死にそうな顔をしているから心配されるのだろうか。

「そういう話は後でゆっくりしようか」

 店内でする話ではない、と言っているのだろう。それもそうだ。客の前で死だのなんだの店員が話している店には近寄りたくない。

 わかりました、と伝え自分の持ち場に戻ろうとしたところで藤崎さんが俺の元へとやってくる。

「今日は元気か?」

 よう、と言い手を上げながら来る姿は、もう旧知の仲のようだが、俺たちは知り合ってまだ二ヶ月も経っていない。妙に馴れ馴れしい。昨日、電話口で少し取り乱していた事が想像だに出来ない。この人は本当に昨日のことを理解しているのだろうか、そんな心配が出てきてしまう。

「昨日も今日も元気ですよ。相変わらず死にそうな顔してるらしいですけど」

「おっ、いいじゃん、いいじゃん。そういうの。俺嫌いじゃないよ」

 よくわからない返答である。

「青空もそういう事もっと言った方がいいって」

「そういう事って何ですか」

「んー……面白い事、かな」

 先ほどのやり取りのどこに面白い事があったというのか。相変わらず、この人は意味がわからない。頭の構造が他人と異なるに違いない。

「面白い事もっと言ったり、したりしたら俺の心配もなくなるしさ」

 俺の頭上に疑問符がいくつも浮かぶ。

「俺って、結構気配り屋さんだから、青空のこと心配してたんだぜ。死んだりしないように、なるべく声かけてさ」

 この言葉で俺の中で合点がいく。そうか、この人の今までの妙な目障りな絡みは俺の自殺を抑制しようとしてのことだったのか。

 死ぬことを考えていなかった俺からすれば有難迷惑に他ならないが。

 この人は、こうしてずっと俺の事を心配してくれてたのか。

 素直に凄い人だと感心する。

 出会って一ヶ月と少し。そんな程度の対して親しくもない間柄の人間を気にかける。そうそう出来るものではないだろう。よくやる人だ。

「今まで、藤崎さんが妙に絡んでくるの、正直うざいと思ってました」

 語尾にすみませんを付ける。

 今までの事を思い出す。その行為が嬉しかったかどうかは別にして、藤崎さんの想いを無下にしてきた事には変わらない。その事に対して罪悪感が出てきたのである。

「だろうね、わかってたよ」

 なんてことないという風に受け流す。藤崎さんは確か二十代後半だったはずだが、その対応は流石大人と言わざるを得ない。

「それでなんで今まで懲りずに何度も絡んできたんですか」

「うーん……過去に凄い衝撃を一人の子どもから教わったのさ。その子と直接会ったことはなかったんだけどね。その子からチャレンジ精神を学んだからかな」

 この話と俺の質問が繋がるようで繋がらないような気がする。俺は怪訝な顔をしていたことだろう。藤崎さんは笑う。

「わかってはいても、青空の対応が結構雑で俺も凹んだりしてたんだぜ」

 だから、チャレンジ。何度凹んだって、何度傷ついたって、声をかけ続けることを止めなかったという。

「そんな精神を教えてくれるなんて、凄い子どももいるもんですね」

 そんな人は大人でもそんなにいないんじゃないだろうか。感心しながら呟いた俺の言葉に藤崎さんは笑うだけで何も答えなかった。


 休憩に入る前、店長に事務所へと呼び出される。昨日の話の続きだろう。事務所に入ると何故か藤崎さんもいた。

 俺が驚いていたからだろう。店長が口を開く。

「昨日、藤崎くんも一緒にいろいろ心配していたんだよ」

 だからと言って、同じ空間にいることはやはり理解できない。どこまでこの人は首を突っ込んでくるのだろう。

 藤崎さんに何か言われ、俺のペースを崩されるよりも先手を打つのがいい。俺は店長の言葉に反応をするより、質問をすることにした。

「俺はそんなに死にそうな顔をしてるんですか」

 店長がまたそれかって顔をする。藤崎さんは自分が発した言葉を気にかけている俺の様子に苦笑いだ。

「いやいや、青空。それは忘れろ。気にしなくていいって」

 俺が藤崎さんの問いに答えようと口を開くよりも店長の方が早かった。

「してる、というより、しそうで心配になるような顔をいつもしているよ」

 店長の口調は優しい。

「そんな心配必要ないですよ。死ぬ事なんて今まで一度だって考えたことがないですから」

「そう。なら、今辛そうな顔をしているのは何でかな」

 ただ、ただ、店長の言葉に驚く。今、俺はそんなに辛そうな顔をしているのだろうか。一体俺はどんな顔をしているのだろう。白沢に鏡を見た方がいいと言われたのを思い出し、そういえばあの後全然見ていない事に気付く。

「君の履歴書の保護者欄が空白な事に関係があるのかな」

 店長はにこやかにさらりととんでもない事を触れてくれる。藤崎さんは初耳だったのか、店長の言葉に驚き、店長と俺の顔を何度も交互に見る。

 そう、俺は履歴書の保護者欄を空白で提出している。何か言われるかと思ったが今の今まで、店長はそこに触れることが無かったため、特に気にしていないのだと自分に都合の良いように考えていたが、やはりそういう訳でもなかったらしい。

 俺は話そうかどうか悩む。話してどうにかなるものだろうか。というより、人に簡単に話す内容の事だろうか。それも出会って二ヶ月にも満たない対して親しくもない人相手に。

 俺がどうするか悩んでいる間、店長は穏やかな顔をしながら俺を見つめ続ける。俺の保護者欄が空白でも特に何かを言うわけでもなく迎え入れてくれ、俺が無断欠勤をしても怒りよりも心配を真っ先にしてくれる人。

 話してもいいんじゃないか。

 話したからって何がどうなるという訳でもないかもしれない。

 しかし、話してもいいのかもしれない。そんな気持ちが出始める。

 考えてもみれば、俺はあれ以降、誰にも何も話していない。誰か一人にぐらい話してみたっていいのかもしれない。

 頭の中で思考がぐるぐると回る。

 藤崎さんと目が合う。この人にも話を聞かれると思うと何だか癪な気がしなくもない。

 あれこれ考えていたが、意を決して話し始める。

「両親が半年前に死んだんです」

 店長と藤崎さん二人は黙っている。

「だから空白でした。すみません。でもだからと言ってそれを理由にバイトに穴をあけるつもりもないです。今回はすみませんでした。もう今後、このような事はしないようします」

「別に責めているわけでもないよ。昨日の事はもう気を付けてくればそれでいいんだ」と店長。その後を言おうと口を開いたところで、藤崎さんが喋る。

「今はバイトに穴をとかそんなことはどうでもいいんだよ。今重要なのはそこじゃない。大丈夫なのか」

「大丈夫です。問題ないです」

 二人は顔を見合わせる。その顔にはちっとも大丈夫そうじゃないと書いてあった。が、俺はそれを見なかった事にした。


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