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十一、どんな顔

 そこで、どれほどの時間が経ったのだろう。

 数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。何の代わり映えもしない景色を見るに時間はそんなに経っていないのだろう。

 落ち着いてきた俺は息を整え、立ち直す。

 改めて街を見る。

 何にも遮られることなく、俺の生まれ育った街が見える。こんなにも遠くの場所を何も遮られることなく見えるのは流石田舎といったところだろう。

 ため息をひとつ漏らす。

 最後に町を一瞥し、俺は坂下へと向かって歩き始めた。


 気付けば、俺は自宅の前にいた。

 陽はすっかり暮れ、辺りは暗闇が落ちている。

 自分のことなのに、自分がどう歩いてどう帰って来たのか全く覚えていない。人間の知覚とは不思議なもので認識しなければ何も把握出来ないらしい。視界には道のりが映っていただろうに。耳も街の音などを拾っているだろうに。何もわからなかった。

 ただ、足が酷く疲れていることから沢山歩いたことだけは理解できた。あの距離を歩ききったらしい。

「右よし、左よし、オールオッケー。今日も俺は正常だ」

 今日も俺の両親はいない。家のなかは暗いままだ。玄関で出迎えてくれる人は誰もいない。暗い廊下が俺を出迎える。

 俺はそのまま自室へと直行する。

 ベッドへと身を放り投げ、天井を見上げる。

 今日はとても疲れた。このまま眠ってしまおう。そんなことを思いながら目を閉じる。

 そんな時ほど不思議なものでひとつの音を拾う。携帯が鳴っている。

 うるさいな。寝かせてくれよ。

 鳴り止むのを待つが、期待通りにメロディが止まる気配がない。億劫で動くことを拒否している体に鞭打ち、手を鞄へと伸ばす。このまま音が鳴り続けることの方が不快だったのだ。

 画面には「店長」の文字。

 ああ、そうだった。今日はバイトのシフトが入っている日だった。俺はなゆとの同じバスに乗りたくがないために、そのままバイトもすっぽかしていたのだった。

 いつもなら途中でバスを乗り換えるのだが、今日は徒歩のためにそのまま帰路へとついてしまったらしい。

 携帯を見つめながら、どうしたものか悩んだが、鳴り止まぬ着信音に意を決する。

「やっと繋がった! 青空、今日はどうした?」

 怒りを想定していた俺は面を食らう。店長の声は思っていたよりも随分明るかった。

「すみません」

「謝罪はとりあえずいいから。どうしたのかを聞いてるんだよ」

 どう答えたものか。車で移動する距離を徒歩で移動したら時間がかかりましたと馬鹿正直に言うべきか。少し考えて、それはナンセンスだと判断した。

「今日、バイトが入っていたの忘れていました」

「じゃあとりあえず今は、それで納得しておいてあげようか。明日は出られそう?」

「大丈夫です」

「ん、じゃあ明日はちゃんと来るように。今日は欠勤ということにしておくから」

「すみません、よろしくお願いします」

 我ながら苦しい言い訳だった。店長もそれで全て納得してくれたわけではなかったろうし、明日にでも詳しく追求されることだろう。その時のことを考えて気分が低下する。自業自得ではあるが、どうにか逃げられないものか考える。だが、すぐに面倒になって思考を停止する。考えるだけ無駄だ。なるようにしかならないのが世の中なのだ。

 人は生まれた時に、見えない何かに用意された個々人のシナリオを歩まされるだけなのだ。そのシナリオになぞってストーリーが展開されていく。そこから脱線も逸脱もすることはできない。そんなことを最近はよく考える。だから、それに則ると店長にお咎めを食らうのも前もって俺に用意されていたシナリオなのだ。致し方がない。受け入れよう。

 深く、深く、息を漏らす。最近ため息が多いことは自覚している。前は敢えてため息を漏らさないように注意していたものだが、ここのところはその自戒も取っ払ってしまっている。意味がないからだ。

 ため息をすればするほど幸せは逃げていくという話をよく聞くが、ため息をしなくても幸せは逃げていく。ならば、してもしなくても変わらないではないか。

 去る幸せを追うことをもしなければ、来る不幸を避けたりもしない。全部、ご自由にどうぞ、だ。

 用意されたシナリオならば、ため息ひとつでなにかがどうこう変わるわけもないのだ。


 風呂から上がると自然と身体が空腹を訴えが、今はそれを無視する。家に即席麺などのストックがない。材料なら腐りかけのものやら何やらが冷蔵庫に入っているが、料理をする気なんて更々ない。そんな面倒な時は体の訴えなど無視するのが一番なのだ。相手をしていては無駄に自分の気力だけが奪われるだけだ。

 空腹を誤魔化す時はさっさと寝てしまうに限る。やることを終えた俺の今日の課題は残すところ就寝のみなのである。

 自室に入ったタイミングで丁度よく携帯が着信を知らせる。またか、そんな思いが沸き起こる。今度は誰でなんのようなのか。俺の安息を邪魔するのはやめてくれ。

 画面の表示を見て更に気持ちが萎えていく。

 「藤崎」の二文字。

 藤崎と言えば、心当たりのある人物は一人しかいない。店長に俺の欠勤を聞き、電話をしてきたに違いない。

 何故、バイトに入っていないときにもプライベートで藤崎に絡まれなければならないのか。このまま見なかった振りをしてやり過ごしてしまおうか。そんな気持ちに駆られる。

 が、先ほど店長の電話には出て、今回藤崎さんの電話をとらない、というわけにもいかないだろう。

 通話中に大きなため息を漏らすことがないよう今のうちに身体中の息という息を吐き出し、通話ボタンを押す。

「青空! 死んでないよ!? 生きてるよな!?」

 突然この人は何を言っているのか。突拍子もない質問にこちらが逆に驚く。

「お疲れさまです」

「そんなごく当たり前の反応を返せるぐらいには元気なんだな。安心したよ」

 質問に答えることなく、差し当たりのないような、今の状況からすれば場違いとも捉えられる反応をしたにも関わらず、それを難なく拾い返してくるのだから、この人は相変わらずだ。

「それより、生きてるってなんですか」

 藤崎さんの先ほどの言葉が引っ掛かり逆に質問し返す。

「いや、だってほら。青空、今日連絡も無しに来なかっただろう。だから」

 だから、なんなのか。それだけで死んでると思われたらたまらない。

「飛躍しすぎじゃないですか」

 藤崎さんなら笑い飛ばすのではと思っていたが、反して「んー」とうなり声をあげる。腑に落ちないようである。だから、俺は更に言葉を発する。

「死なないですよ、一度もそんなこと考えたことないです」

 そう、死ぬことなんて生まれてこのかた一度だって考えたことがない。この人は何を言っているのだろうか。俺が元気であったのなら、これを笑い飛ばしていたことだろう。

「なら、いいんだよ」

 ボソボソと藤崎さんが喋る。「ならいい」と言いながらも尚も納得していないようだ。

「なんですか」

 俺の問いにどう答えるか藤崎さんは悩んでいるようだった。うんうん呻りながらも、意を決したのか遂に口を開く。

「いや、お前さ、今にも死にそうな顔をいつもしているから」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。この人はなんといったのだろうか。思考がついていかなかった。

「なんですか、それ」

 やっと出てきた言葉はさっきと同じ単語だった。我ながらもっとマシな別な言葉は無かったのかと思ってしまう。

「何って言葉通りの意味だけど。気分悪くしたなら謝るよ」

 正直、謝罪どうこうという話ではない。もっと詳しくどういうことなのか聞きたかったが、また、言葉通りの意味だと返されそうな気もしてしまい、口を噤む。

 藤崎さんは明日はちゃんと来れるな? 大丈夫だよな? としつこいぐらいに心配しながら電話を切った。

 俺が死にそうな顔をしている。にわかには信じ難い。陰鬱で憂鬱そうな表情をいつもしているのだろうか。俺が? 

 疑問符が頭上に浮かぶのが止まらない。

 昔はいつも「どんなことがあっても死ななそう」と言われた事があるくらいだ。近所のおばちゃん達には「毎日楽しそうな顔をしている」と言われていた程なのに。

 何時の間にこんなにも変わってしまったのだろうか。

 もしや、藤崎さん以外の他の人、白沢やなゆにも俺がいつか死にそうな姿で映っているのだろうか。



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