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俺ヒーロー 〜貫く正義〜  作者: 目安ぼくす
白い塔
3/3

邂逅

 停学終了日。


 久し振りの学校だ。宿題は友達が運んできてくれたのでやった。俺は真面目な模範生徒なのだ。本来なら、停学になどされるはずがない。あれもこれも全部、横暴な学校及び傘下の生徒会のせいだ。厳しすぎるんだよん。俺はうなだれて、くとぅるーにペチペチと叩かれる。慰めてくれるのか。


「くとぅるー(早くメシ持ってこい)」


 微笑ましい奴だ。俺はくとぅるーの頭を撫でて、犬小屋に持って、入れた。いくらペットとはいえ外来種だからな。管理はしっかりしないと。


「くとぅるー!(メシー!)」

「ん、秋山君。犬を飼い始めたのかね?」


 秋山とは俺の名だ。俺は秋山健吾。あだ名はアーケン。外国のとある俳優に似ているからだそうだ。誰のことだよ、とは思うが俺の友達はみんなそう呼ぶ。こいつ一人を除いて。


「山田か。言ってるだろう。俺のことはアーケンでいいって」

「そういうわけにはいかん。私は公私混同はしないタイプなのでな。公の場ではみんなを君付けにすることに決めているのだ」


 山田ナイキ。女だてらに中学では剣道部の主将を務めていた。現在は生徒会副会長で、次期会長の候補と目されている。小学校からの腐れ縁で、数多の罪をこいつに告発されてきた。さぼり、ポイ捨て、信号無視…… 俺が正義のヒーローを目指す理由の一つでもある。もう、こいつにねちねち小言を言われるのは懲り懲りなんだ。


 俺は格好を正して、背筋を伸ばし、直立。さながら兵隊のように立ってみせる。


「副会長殿におかれましては、今日もご機嫌がよろしいようで何よりです。今日もご健闘をお祈りします」

「そういう堅苦しいのはいい。もっとフランクでいいぞ、秋山」

「俺が言ってるのはそういうことだよ」

「自分で一度決めたことは曲げないと決めているからな。どうしてもそういうわけにはいかない」


 うーん。全く頑固な奴だ。そこが美点でもあるんだがな。初志貫徹の少女、山田ナイキ。彼女とこれまでの数年間、腐れ縁なのも俺がこいつを気に入ってるからというのがあるだろう。ナイキの方は…… 彼女、俺のことを不良だと思っているからな。目が離せない弟とでも思っているんだろう。


「ところで、それは犬ではなくて蛸ではないか? 私にはそう見えるのだが」


 一本に結った髪を揺らしながら、彼女はくとぅるーのことを覗き込む。くりくりとした目で見つめ返すくとぅるー。その瞳は純真だ。


「くとぅるー!(エサだ。食う!)」

「ははは、よしよし。可愛い奴だな。名前はなんて言うんだ?」

「くとぅるーと鳴くからくとぅるーだ」


 俺は簡潔に名前の由来を説明した。くとぅるー。どうだ。分かりやすい名前だろう。


「そこはポチではないのか? 犬なのだから」

「犬のことをワンワンとも言うだろう。それは犬がワンワン鳴くからだ。だからくとぅるーで構わないだろう」


 と説明する。完璧な理論だ。どこにも隙は無い。


「それでは少し幼稚ではないか。動物の鳴き声を名前にするなど安直すぎる。くとぅるーという名前はくとぅるーという生物の個性を表していない。名前とするには不適切だ」

「何!? 俺が幼稚だと言いたいのか。だがくとぅるーじゃなかったら名前は何にすればいいんだ?」

「もちろん。ポチだろう。正統派な名前だ。犬のように人になつくこの…… 蛸? に合った名前だ」


 うへ、くとぅるーが犬だという嘘がバレている。だが、外来種だということまでは気づかれていないので問題はない。どちらにしても、ポチという名前の方が安直すぎる。それだったら、くとぅるーの方がまだ可愛いし、こいつの性格を表している。ほら、くとぅるーって鳴くだろ。


「ふんぐるい(なんや、なんか文句があるんか?)」


 あれ、くとぅるーと鳴かずにふんぐるいって唸ったぞ。嘘だこんなこと。貴様、俺を裏切ったな。


「ほら、くとぅるーとすら言っていない。つまりポチの方がいいということだ。なあ、ポチ?」

「るるいえ(るるいえにしろ)」


 負けたのか? いいやまだだ。まだ終わってはいない。と、負け惜しんだところで時間が来てしまった。家を出なければならない。べ、別に話題を逸らして勝敗を有耶無耶にしようとしてるわけじゃないんだからね。


 腕時計をチェックした俺は、くとぅるーを犬小屋に鎖でつなぐ。


「じゃあな、くとぅるー」

「じゃあな、ポチ」

「るるいえ(るるいえ)」


 むっとお互いに睨み合いながら、俺たちは学校への道を急いだ。




 尾形高校。何の変哲もない普通の高校で、これといった特徴はない。だが、幾度となくこの高校には停学処置にされてきた。積年の恨み、私怨がある。人を許せるのは強さだが、この高校を許すぐらいなら俺は弱いままでいいと思うぞ。


 静かにフラストレーションを溜めながら、ナイキと今回の小テストについて意見交換をする。俺は勉強熱心なのだ。


「現代に蘇った侍教師忠正の出す小テストだ。また侍蘊蓄の問題ばかりに違いない」

「忠正先生の出す小テストだからな…… でも今回ばかりは普通に歴史の小テストかもしれないぞ。私のモットーは油断大敵だからな。いつでも備えは万全だ」


 朝の校門付近は人だかりが出来ていて大混雑だ。だが俺たちが通る時に限って何故か道が開ける。生徒一同が横に避けて道を作るのだ。登校時は必ず起こる不思議な現象。一体どんな秘密が隠されているのだろう。


「やべえ、鬼副会長の山田と生徒会の狂犬で有名な秋山だぞ」

「停学中だって聞いたけど復帰したのね。また生徒会の恐怖政治が……」

「暴力団を壊滅させたらしいぞ。噂だけどな。俺たちも〆られるかも」


 聞かなかったことにしよう。俺は目を背けた。そのまま、校門を通過して玄関の中へ。下駄箱に靴を入れて上履きに履き替える。そして、なぜかナイキも隣にいる。なぜなら下駄箱がすぐ隣だからだ。


「名前順とかどうなってるんだ。秋山で、あ、の俺がお前の隣はおかしいんじゃないか、山田?」

「さあ。生徒会長のお考え、としか言えないな」


 あの生徒会長が仕組んでいたのか。権謀術数、鬼謀の下田生徒会長。彼女ほど恐ろしい人物はこの世にはいない。あれは、脅威だ。出来れば近寄りたくないが、この高校の問題児である俺とは切っても切り離せない関係なのだ。仕方ない。


 俺とナイキが世間話をしていると、声をかけてくる人物がいた。


「兄貴ィ! 出所おめでとうございます! 娑婆の空気はどうですかい」

「源次郎、お前か。学校では先輩と呼べと言ってるだろう。周りの目が気になるからな」


 耳を澄ませば、ほら。噂話が聞こえてくる。ひそひそ小さな声で話して至って俺の張力からは逃れられない。


「兄貴ですって。やっぱり不良なのよ、風紀委員長なのに。それで風紀委員会はヤンキーの巣窟なのですわ」

「あわわ、お嬢様。悪口はいけませんよぉ。どこに目と耳があるか。誰かに聞かれでもしたら」


 こそこそと話をしている主従。見つけた。この下駄箱の裏側だな。


「好き勝手言ってくれるじゃないか、阿出川。俺は地獄耳だぞ。見つからないと思ったか?」


 腕をまくって上腕三頭筋のキレを見せてやる。力を込めることでビクビク脈動する、それは生ける芸術。我ながらふつくしい。俺がそうして悦に浸っていると。お嬢様の阿出川とその執事である中川の顔が真っ青になってブルブル震える。


「兄貴ィ、そのへんにしときましょうよ。阿出川組との抗争は不味いですぜ。また、停学処分になっちまう」


 そう忠言してくるのは俺になぜか忠誠を誓うスキンヘッド、山青だ。おっと、間違えるなよ。やまあおじゃなくてサンセイだ。フルネームを池田山青。名前の読みを間違えられるとキレる。そんでもって社会に絶望する。繊細な奴だから取り扱いに気をつける必要がある。


 だが、俺は抗争なんて始めようとしていないぞ。ただ俺の筋肉美を見せつけていただけだ。下級生にはしっかりと筋肉の大切さ、美しさを教える必要がある。そして、それは風紀委員長たる俺の役目だ。


「そうだ。サンセイ君の言うとおりだ。暴力沙汰は私が許さない。それと、阿出川君も発言には気をつけなさい。この高校は魔窟だからな」


 この高校が魔窟? 普通の学校だと思うんだけどな。俺はふんっと、拳を握りしめ、両肘を曲げる。するとバイセップスがはち切れんばかりに主張され、綺麗な曲線美を映し出す。それを見て、サンセイは憧れの視線を向け、阿出川と執事中川は恐怖し、ナイキは呆れた。四者三様の有様を見て俺は悲しい。模範生たるサンセイを見習ってほしいものだ。仕方あるまい。これは、計画的筋力週間を実行に移す時だな


「おはよう~、ナイキちゃん。それに秋や——」


 生徒会長だ。


 瞬間、俺は限界まで荷物を少なくすることで圧縮しておいた鞄を持って廊下を駆け出した。太ももを収縮し、ふくらはぎを流線型に、空気抵抗を減らすのだ。腕もしっかり振ってプロのアスリートのフォームで完璧な走りを俺は見せた。


「サンセイ、あとで例の場所で集合だ!」

「はい、兄貴!」

「秋山君、廊下は走るな!」


 廊下は走るなとか、変な規則守ってる場合じゃねえ。俺は今生命の危機を感じている。さっさと逃げるんだよぉ!


 俺は階段を二段飛ばしで駆け上がり、窓から校庭に飛び出した。そして近くの花壇付近の茂みに紛れて隠れる。


 ダッダッダッダッと追手の足音が聞こえてきた。ひっそりと息を潜め、緑の中に潜伏する。誰にも見つかりませんように。


「い、いない~。もー、どこいっちゃったのよ、秋山君は~」

「会長、私は教室の方を見てきます。会長は部室の方を確認して下さい」

「は~い」


 彼女らはあっという間に去っていた。危機は乗り切った。俺の策は成功したようだ。階段を上ったと見せかけて、外に飛び出す作戦。次回もこの戦法で乗り切ろう。


 俺は茂みから念のため匍匐前進で這い出した。警戒は最大限に引き上げたままだ。


「あ、あの……」

「ん?」


 俺が上を見上げると、それは紅色だった。


「……下着見るの、やめて下さい……」

「おっと、失礼。わざとじゃないんだ」


 俺が見ていたのは誰かの制服のスカートの中だった。ということは紅色のアレは——


「……何か、いやらしいこと考えてません……?」

「い、いや。別に何も。あの紅色のアレはパンツだったのかなとかこれしきも考えてない。本当だ」


 俺は必死にスカートの中に向かって弁明した。べ、別に少しでも長く見ていたいからとかそういうのじゃない。断じてない。いいね?


「……筋肉モリモリマッチョマンの変態……」

「うぐっ」


 俺が会話しているであろう少女は、俺のことを罵倒し、顔面を蹴り上げて去っていった。お優しいことに鼻頭をトーキックだ。折れるかと思ってひやひやしたぜ。じんじんと痛む顔をさすりながら立ち上がると、例の少女の後ろ姿が見えた。小柄で、水色の髪、ツインテール。分かった情報はそれぐらいだ。それにしても、あんな奴この学校にいただろうか。少なくとも俺は覚えていない。あとで、サンセイかナイキにでも聞こうと思って俺はその場を後にした。




 ゆっくり歩きながら教室に入ると、俺以外の全員が既に集まっていた。腕時計の時間をチェックする。まだ授業は始まっていない。良かった。てんやわんやの大騒ぎでみんな楽しそうだ。俺も混ぜてくれ。


「あ、秋山!」

「おう、おはよう」


 俺に気付いたクラスメートが挨拶してきたので、俺も丁寧にあいさつを返した。俺が辺りを見回すと、いつの間にか全員が席について黙々と社会の小テストに備えて勉強を始めていた。教室の中はしーんと静まり返って、閑古鳥が鳴くような有様だ。一体どうしたというのだろう。


 俺も自分の席について適当に教科書のページをめくる。急に静かになって寂しい雰囲気だ。不思議に思ったので右隣のナイキに聞いてみる。


「みんな、どうしたんだ? さっきまで騒がしかったのに」

「知らぬが仏。この世の中には知らなくてもいいことがある。それにしても、秋山君。廊下を走ったら危ないだろう。いきなり逃げ出して。周りの人にぶつかったらどうするんだ。それに——」


 始まった説教に俺は白目を剝いて対応した。意識を落として、無心の境地を目指す。あー、聞こえない、聞こえない。俺は何も聞いていないのだ。


 静寂と暗闇の中で俺はどこかを彷徨い漂う。早く説教が終わるのを待ち望みながら。


「アーケン、鉛筆貸してくれ」


 そんな感じで佇んでいるともう一人のお隣さんである、七儀美琴が声をかけてきた。まるで女みたいな名前だが、こいつは男だ。それでイケメンだ。イケメンと言われても俺にはよく分らん。周りの人間がそういうのならそうなんだろう。だが、そのしなやかな筋肉には目を見張るものがある。ぜひとも我が風紀委員会に勧誘したいが彼は運動にしか興味のない脳筋だ。


 毎回、赤点で補習を受けているのはコイツぐらいの脳筋具合だ。しかし、さっき教室に入ったときは涎を垂らしながら寝ていたが、起きたら周りがみんな勉強しているのでそれに合わせることにしたようだ。


 こいつは、流行っていると言われたら何でも買ってしまうほど流行に敏感だからな。今日の髪型はインテリな感じの七三分けだ。見た目に反して脳筋だがな。昨日はパーマをかけていて、俺の家まで宿題を持ってくるついでに、俺の家に上がり込んで宿題をしていったときは、おとぎ話に出てくる貴公子みたいな姿だった。


「おう。ほら、7Bのしかないが我慢しろ」

「お前なんで濃い鉛筆ばっか持ってるんだよ!? しかも折れやすいだろ?」

「別にいいだろ。家にこれしかないんだから。忘れたお前の方が悪い。俺の温情に感謝するんだな」

「ケン×ミコキタコレ! へへへ、創作意欲が湧いてきたぞ……」


 何か後ろで聞こえたが俺は気にしない。机の中にノート類を突っ込む。うん? 何かガサガサっと音が聞こえる…… 俺は机の奥に手を突っ込んでその何かを取り出した。くしゃくしゃになったその紙にはこう書かれていた。


 今日の昼、屋上で会いましょう。


 たった一文。されど一文。俺は困惑に顔をしかめた。一体だれがこんなメッセージを送って来たのか。それも、どういった目的で。自分で言うのもなんだが俺は多くの恨みを買っている人間だ。安易にこういったことをされて、そこへ赴く、というわけにはいかない。


「——でもって人が傷つくかもしれない状況で暴走するというのは…… 話を聞いているのか、秋山君!? ん? それはなんだ」

「なになに、今日の昼、屋上で会いましょう? 告白か? アーケンになんて珍しい」


 全く、人に送られてきた手紙を覗き込んで好き勝手いいやがって。でもこの件に関しては助言が欲しいのは確かだ。


 俺は口を開こうとして、何かの気配を感じて振り向いた。


「少年よ大志を抱け! 授業を始める。号令を掛けよ!」


 侍教師忠正だ。校内にポニーを持ち込んで侵入してきやがった。どうせ、許可は理事長の娘の生徒会長に貰ったんだろう。刀(模造刀)を腰に下げて甲冑を装備した忠正は、馬に乗って教室内を闊歩する。


 俺はミコトとナイキに目配せをして、この件に関しては後で話そう、と伝える。


 ナイキはうんと頷き、ミコトは首を傾げる。こいつ、俺のサインの意味が分かってないみたいだぜ。混乱するミコトを他所に授業が始まる。


「起立。気をつけ。これから一時限目の授業を始めます。礼」

「「お願いします」」


 日直の号令と共に、恐怖の新選組チックな武家諸法度マシマシの授業が開始された。


「さて、諸君。知っての通り、今回はHRの時間まで使ってやる小テストがある。だが、その前に我らが誇りある侍スピリット尾形高校への転入生を紹介する!」

「……水瀬朱莉です。よろしく……」

「「水色ツインテ美少女キタ——!」」


 教室のオタク勢がガタっと立ち上がり、他の男子勢も降って湧いた見目麗しい少女の登場に興奮を隠せない。興味無さそうにじっとしているのはミコトぐらいだ。あいつは脳筋だからな。恋愛とかには関心がないんだろう。


 それにしてもあの転入生は今朝、俺が遭遇した水色の髪の小柄な子じゃないか。紅色の大胆なのを履いてるんだよな。俺がそんなことを考えていると、ナイキが耳をつねってきた。


 痛い。痛いって。


「何をやましいことを考えているんだ、秋山君。鼻の下が伸びてるぞ」


 この状況は自業自得だ。だが俺はあえてナイキを非難する。暴力反対。


 熱狂が渦巻く教室内、男子はお祭り騒ぎで、女子は女子で早速噂話に色めきだっている。収拾のつかない状態になりつつある。忠正は何やら水瀬さんと話し込んでいるし、ここは俺が……


「皆、静かに。水瀬さんの話が聞こえないだろう」


 その前にナイキが立ち上がって場を静めた。鬼の副会長の発言に全員ピタッと動きを止めて、そそくさと各々の席に戻る。


「うむ。皆の者、静粛に。話を聞かぬ物は某が斬るので静粛に。いいか、従わないなら斬るからな?」


 大事な事なので二回言ったようだ。冗談染みたその発言。だが、それにはある種の凄味があった。即座に息を呑む音、呼吸をする音、心臓が鼓動する音さえ静まる。圧倒的静寂に閑古鳥が鳴く。


「さて、彼女の席を決める! 結果に対する抗議など異論は認めないので注意するように。では、改めて授業を始める。いざ尋常に勝負!」


 小テストが教室中にばらまかれた。




 休み時間。


 結局、水瀬さんの席は窓側になった。後ろの方に座っている俺の左上の位置だ。身長を考慮して前の方の席になった模様。


「小テスト…… 南北戦争における西南戦争に共通する侍魂について述べよって言われても困るぜ」


 頭をくしゃくしゃに掻きむしるミコト。鉛筆を返してくるので筆箱の中に入れる。磨り減っていたので後で削りなおす。


「そう難しいことでもなかったがな。西南戦争との類似性は多いからそれらの共通点を上げたうえで、結論を述べて閉じれば良かったように思う。結果的に世界史も勉強しておいて良かった。前回の源義経の話から一気にここまで飛ぶとは私も予想できなかったからな」

「どんだけ勉強したんだよ、ナイキちゃん。たかが小テストのために変態的な努力だぜ……」

「お前はもうちょっと勉強した方がいいと俺は思うがな」


 俺たちは今回の小テストについて意見を交わし合う。散々だったミコトと、完璧そうなナイキ。俺はと言えば…… 語るに落ちる。いくら歴史の授業とはいえ、日本史のテストに世界史のことが出てくるとは完全に予想外だった。南北戦争の詳細なんて覚えてねえよ。


 俺とミコトの愚痴をバッサリとナイキは切り捨てながら、例の手紙について切り出した。


「あの手紙。誰からのなんだ、秋山君?」

「分からない。正体不明の誰かさんからだ」

「行ってみるのか、アーケン?」


 怒涛の質問に俺は次々と答えていく。もう、俺の心は決まっている。ここで退くという選択肢はない。


「ああ。風紀委員の連中を連れて見に行ってみる。それなら安全だろう?」

「全く…… くれぐれも面倒ごとは起こすなよ、秋山君。事後処理は大変なんだからな」


 なんで荒事が起こる前提で話が進んでいるんだ。もっと俺を信用してくれてもいいのに。俺はうーんと唸り、返事を濁した。話題を切り替える。ここは今一番ホットな話題だ。そう、転入生についてだ。


「そういえばなんだが。転入生についてどう思う?」

「話題を逸らしたな …… そうだな。あいつは、強い。強者の風格がする」


 変な所で勘の鋭い奴だ。話題を逸らしたことを勘付かれた。まあ、いい。このまま押し切る。ミコトの強いという発言について言及しよう。


「強い。どういうことだ?」

「あの筋肉の付き方、相当だぜ。かなり柔軟で、体操系のスポーツをやっていたな。曲芸とか頼めばやってくれるんじゃないか」


 俺は窓際にて佇み、興味津々のクラスメイトたちに囲まれ、淡々と会話する水瀬さん。その身体は一見華奢だが引き締まっていて無駄な筋肉が無い。なるほど、確かに鍛えられている。今度、うちの風紀委員に誘ってみるか。


 そんなことを考えているうちに休み時間の終了時刻が迫る。


「二人が脳みそまで筋肉なのはよく分かった。本当にそういうことにしか興味が無いんだな」

「山田、お前も大概だろう。元剣道部主将さんが今も剣道部に時折、飛び入り参加で指導しているのを俺は知っているぞ。その上体をこれ以上鍛えてどうするつもりだ? 俺と張り合おうっていうのかい」


 ある日のこと、俺は見てしまった。生徒会の会議が終わったあとの放課後、体育館裏で続く掛け声。それが気になった俺は体育館の屋根によじ登り、様子を見に行ったのだ。すると、そこでは——


「九百五十一、九百五十二、九百五十三。へばるな、あともう少しだぞ!」

「「先輩、もう俺たち限界です」」


 と素振り稽古をするナイキの姿が見れた。汗を流しながら竹刀を振る姿は山田副会長ファンクラブの連中にしてみれば涎ものの光景だったろう。俺も混ざりたかったが素人がいきなり入って練習するのは拙いと思い、ダンベル上げをするだけで済ませた。そんな彼女のことだ。筋肉とプロテインの虜に違いない。


「間違えないで欲しい。私は文武両道だ。朝から晩まで筋肉漬けの君たちとは違うんだよ」

「「それもそうだ」」


 俺とミコトはそれはそうに違いないと納得し、その光景を見てナイキは呆れるのだった。まあ、学業なにそれおいしいの状態だから、彼女が呆れるのも当然だろう。だが赤点は取っていない。だから問題ないと思います。つまり最低限の生徒としての義務を果たしているわけで、誰かに何か文句を言われる筋合いはないのだ。つまり、俺は自由を謳歌することが出来る。民主主義万歳。


「また、何か変な事考えてトリップしてるぜ」

「秋山君のアレはいつものことだろう」


 お前たち、また失礼なことを…… 口が悪くちゃいけませんって親に教わらなかったのか。教わってない? まあ、お前はそうだろうよ、ミコト。お前の家は年寄りから若いのまで脳筋だもんな。家がジムを経営してるとか筋金入りだぜ。筋肉こそ至高な家系じゃそうだろうな。


 鳴り響く鐘と共に休み時間は終わりを告げる。


 いそいそと席に戻る生徒たち。


 俺は視線を感じて振り向いた。


 そして、そこには、噂の水瀬さんがいた。


 彼女の口が言葉を紡ぐ。


「…… 待ってるから……」




 中天の太陽がさんさんと光を降り注がせる昼。


 俺は風紀委員会のサンセイと適当な何人かを集めて屋上へ向かっていた。


「それで、待ち合わせをしているのは例の転校生かもしれないんすか、兄貴?」

「ああ。確かに待っている、と言った。恐らく彼女で確定だろう」


 確認をしてくるサンセイにそう答えた。後ろからぞろぞろついてくる風紀委員数名が興味深そうにしている。なぜだ。


「あいつら、噂の転校生のことが気になってしょうがないんですよ。背が高くてスレンダーで爆乳、泣きぼくろの目立つ未亡人風な美人だとか。正直、俺も気になってます」


 どんな噂だそれ。スレンダーなのは合ってるがそれ以外は全部間違いだ。慎ましいサイズだったぞ。実のところ。教えてはやらないが。どうせ今更、真実を知ったところで噂が消えるわけでもないし。自分で見て確かめるべきだろう。


 階段を上る。屋上まではもうすぐだ。


 俺とサンセイを先頭に縦列になって進む。もしもの時は後ろの奴らが鶴翼に展開して相手を囲んで袋叩きにする手はずになっている。俺は手荒なことはやめろと言ったんだがな。俺の安全が第一だと押し切られた。


 光が僅かに差し込む、立ち入り禁止の札で封をされた屋上への入り口。ドアノブを触る。やはり鍵は開いているようだ。既に何者かがこの先にいる。果たして、それは彼女だろうか。あるいは他の誰かだろうか。


「開けるぞ」

「「うっす!」」


 緊張が場を包む。俺はドアノブに手をかけ、そのままぐっと押し開いた。


「あら、お友達をたくさん連れてきたようね」

「お前は——」


 そして、時が凍り付いた。


 動けるのは俺とあの黒髪ポニテ少女、加えて……


「…… 一人で来てって言ってなかった……」


 ツインテールの水瀬さんだった。やっぱりという何かが腑に落ちた感覚と、なぜという疑問が湧いて出てくる。


「なぜ、ここに。説明してもらいたいんだが」

「彼女がお前と同じだから、と言えば分かるかしら」

「何!?」


 俺と同じ。デュラハーンスーツのような力を受け取った者、ということだろうか。俺は疑問を他所に口を開く。


「それで、何の用だ?」

「ただの顔合わせよ。他意はないわ。同じ、魔人と戦う戦士同士仲良くしてほしいのよね」


 魔人との戦い。それが彼女が俺に力を与えた目的。そうなのだろうか。


「魔人を倒すのが俺の役目、でいいのか。そこのところをちゃんと聞いていない」


 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。俺は質問をする。報告連絡相談のほうれんそうは基本だからな。分からないことがあったら相談する。それを俺は有言実行するのだ。


「別に、好きにすればいいわよ。でも正義の味方なあなたには魔人の存在を看過することなんて出来ないんじゃないかしら。特に最初の魔人のようなタイプはね」


 デビルクライ。性格傲慢にして残忍。人を見下し、自ら悪辣と称する魔人。あれは人を傷つけ魔人の優秀さを披露することに躊躇など抱かないだろう。そうして被害が拡大するに違いない。一方のポールとバニヤンは俺個人を狙ってきた。おかげで被害は少なかったが、一般人が戦闘に巻き込まれた場合どうなるか。なるほど、俺は魔人と相争う運命にあるらしい。正義の味方でありたい俺には魔人の存在を見逃すなんてできない。不可能だ。


「そこで紹介するのが、あなたと志を同じくする正義の味方。魔法少女バンシーガールの水瀬朱莉ちゃん!」

「…… よろしく、デュラハーン先輩……」


 バンシーガール。あの精霊の一種と言われるバンシー? その叫びを聞いたものはしばらくしたら死ぬ時間差即死攻撃…… 強そうだ。水色のツインテール少女水瀬さんは、少し自慢げにその慎ましい胸を張った。身体的コンプレックスであるかもしれないから言及しない。思うだけなら合法だ。


 しかし、アニメでは共に戦う味方なんてだれ一人いなかった電光石火モビルスケリタルデュラハーンに新しい仲間か。頼もしそうだ。俺が無抵抗主義を貫かねばならない以上、積極的攻撃は出来ない。そこを補う火力ってか。全く洒落たことをしてくれる御仁だ。


「こちらこそよろしく頼む、水瀬さん」

「…… 朱莉でいい。さん付けは苦手……」


 ガッシリと握手を交わす俺たち。それを微笑まし気に見つめる黒髪ポニテ少女。そうだ。一つ聞きたいことがあった。


「一つ聞いてもいいか?」

「何かしら」

「アンタの名前は?」


 口をついて出たその疑問に、黒髪ポニテ少女はピタリと動きを止め、微笑みは消え去った。逆鱗にでも触れてしまったか。奔る緊張。水瀬さん改め朱莉はじっとそれを見ている。


「…… そうね。せっかくだから私も名乗りましょうか。サートゥルヌス。又はサートゥルナーリア。略してサトゥー、なんてどうかしら?」


 サトゥー。適当そうな名前に一気に場は弛緩した。それにしてもサートゥルヌス。土星の守護神にして時の神、農耕神か。なるほど時を操れるわけだ。彼女が本当に“神”なのかはさておき。


「改めて俺も名乗ろう。秋山健吾。愛称はアーケン。俺の友は皆そう呼ぶ」


 名乗り返した俺は背筋を伸ばし、姿勢を正した。


「これから、よろしく頼む」


 頭を下げる。九十度のお辞儀。最上級の敬意を示すポーズ。おもてなしの「お」。これをOJIGIという。


「あら、礼儀正しいわね。そう。ではアーケン。早速、友としてあなたに頼みごとがあるわ」

「なんだ?」


 頭を上げて姿勢を崩し楽にする。アーケンと彼女は呼んだ。ならば、我らは友として対等。認めてくれたのだからいつまでも目下として頭を下げているのは失礼にあたる。


「あれを倒して」

「あれ?」


 時が流れ出す。


 サトゥーの姿は消え、残された俺と朱莉。


 そして晴天の中、閃光が迸り雷鳴が轟く。街の中心部の方だ。


 瞬間。白い煙の爆発が起こり、一瞬で到達した爆風に俺たちは吹き飛ばされそうになる。屋上から落ちそうになる朱莉。俺は跳躍して彼女を間一髪で抱え上げ、欄干に捕まって落ちないように耐えた。欄干にぶら下がって片手で宙ぶらりんの状況。結構キツい。だが俺の握力は伊達じゃない。合計百㎏以上の重量負荷を受けてもびくともしていない。


「兄貴ィ! 大丈夫っすか!?」


 サンセイが来た。俺の手を掴んで引き上げてくれるようだ。あとからぞろぞろついてきた風紀委員数名もそれに手を貸す。


「いっせいの——」

「「せ!」」


 俺が集めた選りすぐりの筋肉自慢たちはあっという間に、大の男一人と小柄な少女を救出。九死に一生を得た。あのままだと、俺は何もできずにジリ貧だったからな。クソ、俺は軟弱者だ。片手が塞がったぐらいで、危機に陥るとは。もっと上腕を鍛えて、あの状況でも片腕だけで屋上に上がれるようにならなくてはいけない。


「ボス、あれは何ですか!」

「街の方に光の柱が!」

「なんだと——」


 振り向くとそこには塔が。白い輝きを放つ塔が聳え立っていた。


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