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俺ヒーロー 〜貫く正義〜  作者: 目安ぼくす
白い塔
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ツノ生え ツノ折れ

公園はみんなのものです。大切に扱おうね☆

「そんなに血だらけ、穴だらけの服で帰ってきてどうしたんだい!? 早く手当をしないと。あとその犬? みたいのどうしたの?」

「犬と喧嘩してこうなった」

「そんな嘘、誰も信じません。また何かトラブルに巻き込まれに行ったんでしょ。お姉さんには分かるんだからね」


 嘘じゃあないんだが。くっ、俺が医者先生にどれだけ信用されているかが、分かってしまう。しょぼーんだ。


 あの後、小型化したくとぅるーを連れて、公園まで逃げた後、しつけの流れになった。それは、もう激闘で、本当に申し訳ないことに公園は半壊し、いくつもクレーターが出来てしまった。でも、きっと名所になるからいいよね。結局、勝負は引き分けに終わり、俺がくとぅるーにドッグフードをやることで終結した。奴が不満そうにドッグフードを食べていて、旨そうに人間を見つめていた光景は見ていない。そんなもの見なかった。くとぅるーは普通のペットだ。


 幸い、医者先生は、適当に家で探して見つけた首輪をつけたくとぅるーを見て犬だと誤解してくれたようで良かった。雑食の外来種だってことバレたら取り上げられちゃうからな。だが、俺は今は亡きデビルクライにこいつの世話を頼まれた。責任もって自分自身の手で育てたいのだ。それに放っておくと捕殺処分になりそうで怖い。そんなくとぅるーの姿は見たくないのだ。それにしても蛸頭のくとぅるーを犬と誤解するとは、医者先生の眼鏡、度があってないんじゃないのか。


「くとぅるー(わいの本当の姿が見える奴と見えない奴がいるだけやで。あの刑事は見えてしまった哀れな奴や。わいに食わせておけば良かったものを。こいつには犬に見えてるみたいだな)」

「あら、かわいい。ねえ、この子、どこで拾ってきたの? 見たことないミックスだわ」


 医者先生に撫でられているくとぅるーは「くとぅるー」と鳴いて幸せそうだ。その舌なめずりは人間を食べようとしているのではないと思いたい。こいつの危険性については、公園での死闘で判明している。肉食寄りの雑食であるくとぅるーは、動くものに何でも興味(食欲)を示す。さっきもドブネズミを丸のみにしていた。巨大化したときは、人も食うのか? いや、まさか、な。そんなはずはない。だが、ヒーローとして外来種のくとぅるーが自然に脱走しないようきちんと管理しなければなるまい。のしかかる重責に気が遠くなりそうだ。


 本日は銀行強盗もあったのにペットのしつけ・世話が一番大変とか洒落になっていない。俺は頭を悩ませる。そんな様子の俺を医者先生は淡々と診察した。


「あれ…… おかしいわね。あれだけの血を流したはずなのに傷一つないなんて。返り血だったのかしら。でもこの上着の穴は……?」


 困惑する医者先生は眉根を寄せてうんうん唸っている。


 うーむ。これがデュラハーンスーツの能力か。治癒能力の強化。それがこのスーツの恩恵の一つなのだろう。今は、俺の腕時計の中に収まっているが、あのワードを唱えれば一瞬で飛び出して来るはずだ。


 俺は自分の身体を見つめる。変わってしまったのだ。俺はもはや人間というには些か強すぎる存在だ。


「さて、この力。あなたはどう使うの?」

「くとぅるー!(精霊や! 珍味、珍味やぞ!)」


 医者先生が診察をしてくれている和室の隅にあの黒髪ポニーテールの少女がいた。くとぅるーがにわかに暴れだす。やめないか。


 俺はじたばた暴れるくとぅるーを決死の覚悟で抑えつけ、少女に飛び掛からないようにする。


 そうして、少女の瞳をのぞき込めば、またその中に吸い込まれるような感覚と共に時間が止まっていた。停滞した時間の中で自由に動けるのは俺と少女、そしてなぜかペットのくとぅるーのようだ。


「嫌なモノを飼ってるわね。私への当てつけかしら」

「こいつはただのペットだ。人畜無害……のな」

「保証は出来ないのね。はぁ、分かったわ」


 呆れてため息をつく少女。俺は特に何もしていない。くとぅるーがペットなのは事実だ。頼むよ。信じてくれよ。


「くとぅるー?(ペット? 身の程わきまえなあかんで)」

「全く、困った契約者ね。それで、質問には答えてくれるのかしら?」


 とんとんと、こめかみを叩いて催促する少女。あるいはその仕草を翻訳するとすれば、やれやれ、だろうか。また呆れられてるよ。もう堪忍してください。俺は、この言いようのない空気を持て余して、頭を抱えた。不思議そうにこちらを見やる少女とくとぅるー。お前らにこの俺の高尚な考えは分からぬか。そうですか。ともかく質問に答える。でないと話が進まない。


「俺はこの力を正義のために使う。おっと皆まで聞くなよ。俺にとっての正義とは、誰かを守るという行動、衝動、そのものだ。率先して自らの身を投げ出せる。そんな人間に俺はなりたい」

「そう。それを聞いて安心したわ。その力を使って世界征服なんて言い出したら——」


 ただではおかなかったから。


 背筋に寒気が奔る。緊張と警戒に体の節々が強張ってガチガチに。思わずデュラハーンフュージョンするところだった。そして、もししていたら…… 生きては帰れなかっただろう。


 これは、試されたな。力を扱うに足る相応しい人物か。


「あれ、どうしたの、そんな畳の隅っこを見つめて? 何か埃でも落ちてたの?」

「はっ」


 気付いた時には、少女の姿はなく、時間は再び動き出していた。部屋の隅を凝視する俺を当惑の表情で見つめてくる医者先生だったが、何やら自分で勝手に納得して頷いた。


 いつも似たようなことしてる変人だからって思われたかな。ま、まあいい。そろそろ帰るか。


「医者先生、そろそろ俺は帰る」

「あら、もうこんな時間ね。気をつけて帰りなよ。それと金輪際、喧嘩はもうしないようにね」

「それは出来かねる約束だな」


 俺はそう言って、犬サイズになったくとぅるーを抱えながら、歩き去っていった。


「もう。世話が焼けるなあ」





 日曜大工。


 全く趣味じゃないが、俺はくとぅるーの犬小屋を作ってやるために、ホームセンターを訪れていた。


「くとぅるー……(首輪をつけて出歩くとは、屈辱だ。だが新鮮なプレイ)」


 くとぅるーを連れて散歩していると、通行人のうち何人かが振り返って首を傾げて——


「犬?」


 と言うのが難点だが、ちゃんと歩かせて運動させないとすぐに太ってしまうだろう。例え外来種であろうとも犬なら、散歩させないといけない(使命感)と感じるのだ。そして、俺は自分の心に従う。


 ホームセンターで、俺は適当な木材と工具を物色し、ペット用品を確認する。動物用ビスケット…… これをくとぅるーが食べるだろうか。まあ、買っておこう。


 くとぅるーがペットコーナーの方に舌なめずりしながら近づいているのをリードを引っ張って止める。抵抗するくとぅるー。さっき唐揚げ食べさせてやったろう。もうお腹が空いたのか。


 俺がポケットから出した犬用の骨でくとぅるーを宥めていると、悲鳴が聞こえた。


「キャーッ」


 店の表でした。今すぐ向かわねば。


 買い物かごを捨てて、その辺の柱にくとぅるーのリードを巻きつけた俺は、人の合間を縫い、レジを飛び越えて、外に飛び出した。


「あーっ、猫が木の上に!」

「降りられなくて困っているぞ!」


 野次馬を押しのけて前に出てみれば、子猫がなぜか木の上で降りられなくてミャーミャー鳴いていた。下には親猫であろう三毛猫がいて心配そうに辺りをうろちょろしている。


 あー、全く。面倒な。


 俺は木に登って、子猫を助けることにした。枝を踏みしめ、握りしめ、折れないように確かめながら、俺は進む。


 子猫のいる木の天辺近くに辿り着いたときは、気の遠くなるような高さまで登り詰めていた。隣にはマンションの屋上が見える。広葉樹の癖に随分と背の高い木だ。それにしてもどうやって子猫はここまで登ったんだ?


「みゃー」

「心配するな。助けに来たぞ。ほら、こっちにこい」


 威嚇にもなっていない鳴き声で鳴く子猫は、肉球でパフパフこちらを叩いてくる。癒される光景だな。俺はほっと一息つきながら、木から降りだした。


 メキッ。


「お?」


 嫌な音がした。木の幹が折れる音だ。


 メキッ。ミシッ。メキメキメキメキ。


 俺は子猫を脇に抱えて、ただ次の事態に備えるしかなかった。


「倒れるぞ、気をつけな!」


 何が倒れるぞだ。人がいるのに何をやってるんだ。俺はその声を発した相手を罵倒しながら跳躍。あの魔法の言葉を唱える。


「デュラハーンフュージョン!」


 腕をクロスし、首を三百六十度回転ストレッチ。最後にギニャァァァと猫が鳴いて——


「フォームチェーンジ!」


 腕時計が輝く。


 漆黒のプレートアーマーに赤のストライプ、深紅のマント。それは装着者に百万馬力の出力(随時変動)を与える超魔法装甲モビルスケリタルデュラハーン。夕日に輝く黒鉄はメタリックな光沢を放ち、鈍く世界を照らす。


「とう!」


 着地の際に、片膝をつき、地面にアイアンマンパンチ。決まった。クールな着地。ヒーローに相応しいものだ。ただし膝が痛い。さらに後ろで木が倒れて、違法路駐していた車が押し潰れる。合掌。


「みゃー」

「さあ、行け。親元へ帰りなさい。ここは俺に任せて」


 親猫の下へ向かう子猫。感動の再開という奴だ。微笑ましい。群衆も拍手を喝采。素晴らしい。


「おっと、足が滑った」

「ぎにゃあ!」


 それを台無しにしたやつがいた。子猫は蹴られて、歩道の上を跳ねて、動かない。野次馬たちがはっと息を呑み、静寂が訪れる。


 親猫はキシャ―ッと威嚇して、事態を引き起こした田舎臭い服の人物に飛び掛かった。鼻を引っかかれて悲鳴を上げる農民らしき人物は手に持った斧を振り回す。


「このっ、このっ、俺から離れやがれ!」


 猫をやっとこさ彼が引き剥がした頃には、顔が生傷でズタズタになっていた。そして、農民は斧を振り上げる。


「野郎ぶっ殺してやらあ!」

「待ちたまえ」


 最上段に構える農民の腕を掴んで抑える。彼は無理やり斧を振ろうとするが、俺がしっかり押さえて放さない。農民は、俺を睨みつける。


「俺から離れろ。この馬鹿野郎。このクソ猫を殺すんだ」

「それはいけない、少年。」


 俺は努めて冷静に諭すことにした。暴力は良くない。ピースフルなプロテスト(平和的抗議)というものを見せてやる。


「暴力はいけない。無益な殺生はならん。それは憎しみと復讐の連鎖を生むだけだ。今しがた君が子猫をわざと蹴ったのを発端に親猫が飛び掛かってきたように、負のサイクルが生まれるだけだ。そもそも我々市民は積極的な動物愛護の精神を持つべきであって……」

「ごちゃごちゃうるせえなぁ、おっさん!」


 お。おっさん。


 俺はまだ高校生だぞ。失礼な。それは自分の心に冷たく突き刺さった。温情というものは消え去った。これ以上は容赦が出来無さそうだ。残念ながら。俺の中で熱い闘志が燃え上がる。


「それになぁ、キモいんだよ。人に触って。ボディタッチとかマジ痴漢だぜ。これだから都会は危険なんだ。これだから都会はクソなんだ。全部、全部、ぶっ壊してやる。何もかも!」


 旋風が巻き起こった。暴風が吹き荒れ、野次馬たちは散り、倒木は木っ端みじんに、そして黒い閃光、稲光。


 農民少年を中心に発生したそれは容赦なく俺に襲いかかる。だが、デュラハーンの装甲は一万頭のキリンの突進に耐える重装鎧、加えて絶縁仕様。雷など怖くもなんともない。


 だがしかし、鎧のあちこちが焦げて、煙をあげる。塗装が燃えているのだ。可燃性かよ。


「あん? 燃えてねえな。下界はやっぱり不便だなぁ。そうだろ、バニヤン!」

「そうね、ポール。人間なんてみんな可燃ゴミだと思ってたけど違ったみたい」


 親方、空から女の子が! とばかりに舞い降りてきたのは牛の角を生やし、鼻ピアスをつけたゴッシクな美少女。背がかなり高く、俺と同じくらいはある。さらに、肌が赤黒くなって、俺と色が被り気味の農民少年。中世の農奴のような貫頭衣はそのままに、先がハートに尖った尻尾が生えた。こいつら、まさか。


「魔人という奴か」

「お、魔人を知ってるんだな」

「もしかして、この鎧の人が、魔王様が言っていた……」

「「勇者」」


 勇者? 知らない奴だな。誰のことを話しているのか、全くわからん。俺だけ蚊帳の外におかれて二人の会話は続く。村八分だ。


「それならやるしかないな。俺、魔王様のことは好きだし」

「魔王様を殺させはしないわ。なぜならこのバニヤンと——」

「ポールが——」

「「お前を倒す!」」


 そんなこと言われても困る。俺は困惑に目を瞑って頭を回転させる。二人は恐らく魔人という存在で魔王に忠誠を誓っている。そんな彼らは勇者という存在が魔王に害を為すため、それを排除しようとしている。そして、何よりも彼らは俺を勇者だと勘違いしている。ならば誤解を解かねばならない。


「待て。話せば分かる。俺は——」

「「問答無用!」」


 誤解を解く暇もなく彼らは襲いかかってきた。

 魔人ってどいつもこいつも、なんで野蛮で原始的なんだ。暴力に頼りすぎだ。凶暴で喧嘩っ早い性格はあのデビルクライの姿を彷彿とさせる。こいつらも自滅しそうだ。


「だから待て。話を聞いてくれ——」

「あとで聞いてやるよぉ、おっさん。バニヤン、合わせ技いくぞ!」

「了解。行くわよ、乗って!」


 こちらに向かってきたバニヤンという名の少女が巨大な牛に変化、農民少年ポールが尻尾を風にたなびかせながら、それに飛び乗る。このまま、こっちに突っ込んでくる気だ。よろしい。ならばしっかりと受け止めて見せよう。


 まるで闘牛と闘牛士のように対峙する俺たちは、互いを睨み合い、牽制する。獲物を前にした野生の獅子のように俺を中心に円を描いて動く彼らは捕食者だ。対する俺はもちろん被捕食者で、主導権という名のボールは向こうが握っている。キックオフをするのはあちらだ。殺す気でかかってくる彼らと、彼らを殺す気のない俺では、積極性が違う。戦いたくないこちらと、戦う気満々のあちらでは、気迫が違うのだ。要するに、俺は弱腰、いわゆる逃げ腰だった。


「そして、それはヒーローらしくない。そうでなくって」


 また、彼女だ。


 周囲の時間は即座に停止し、俺と黒髪ポニテ少女だけが動いて会話できる。そんな空間。


「ああ、そうだな。ヒーローにあるまじき姿勢だ。だが、俺はこいつらと争いたくない。戦いたくない」

「それが、被害を増すことになっても?」


 周囲の光景が移り変わった。


 ホームセンター前の通りは黒煙が立ち込め、炎に包まれている。黒く焼け焦げ、積み重なった遺体の山。その上でのらりくらりとポールとバニヤンの攻撃を躱しながら、飄々としているのはデュラハーン。俺だ。


「このまま、彼らを傷つけたくないからと反撃もせずにいれば、いずれこうなるわ。その未来をあなたは、許容できるかしら?」

「出来ないな。それはヒーロー足る俺が招いてはならない結末だ」


 ヒーローは誰かを救い、守る。それが絶対原則。これを破ることは俺には出来ない。ということは——


「戦って勝て。そう言いたいんだな」

「そういうこと。正義が悪を救うのではなく打倒するのには理由がある。それは天災の芽を摘み取って、世界の荒廃を防ぐため。そのためには、敵の命を顧みることなどしてはいけない。分かったかしら。その力をもってすれば簡単よ。さっさと彼らを殺しなさい」


 それは悪魔の囁きだ。耳を貸すなと俺の心が言っている。それは俺の目指すヒーローの姿、理想ではない。


「だから出来ない。俺は俺の夢に背を向けられない。無抵抗ヒーロー電光石火モビルスケリタルデュラハーン。その名を受け継ぐからには、やっていいことと悪いことがある」

「あら、そう。つれないわね。でも覚えておきなさい。巨悪に対する時、あなたは無抵抗でいられるかしら」


 そう言って、彼女は周囲の景色に溶け込んでいった。そして、時は流れ出す。


「今だ! ライトニングチェイン!」

「ウモーッ!」


 ボーッと俺が突っ立ているのを見て、隙と勘違いしたのか。二人はその連携技【ライトニングチェイン】とやらを発動させた。


 迸る紫電、唸りを上げる巨牛。烈火のごとく吠える農民少年ポール。二人が織り成すのは炎のデッドヒートスクランブル。しなる弓につがえられた矢の如く、二人は“放たれた”。


 音の壁を破壊し、突っ切って迫りくる彼らは速い。決して遅いとは言い切れず、とにかく素早く、エネルギーがある。勢いがある。


 だが、それだけだった。


「そう、それだけだ。俺には叶わない」

「何!?」


 俺は巨牛バニヤンの上に腰掛けながら言った。


 驚愕に目を見開くのは農民少年ポール。その気配感知能力には目を見張るものがある。相棒のバニヤン嬢はまだ気づいていないというのに。


「一つ、教えてやろう」

「な、なんだよ!」


 動揺するポールは抵抗すらままならず、俺の話を聞く。


「俺は、か・な・り、速いっ」


 説明しよう。電光石火モビルスケリタルデュラハーンは、その名に冠する電光石火の四字熟語が示す通り、光の速さで動くことが出来る。光速で動く彼に追いつける者など一握り。そして、それはこの二人ではない!


 唐突に入ったナレーションと共に、俺は光速でバニヤンの前に回り込んだ。相手はまだ気づいていない。そして、それが命取りになる。


 俺は、二人を肩に担ぎあげた。


「な!?」


 さらに、そこから跳躍、ホームセンター周りから離脱する。加えて、デュラハーンスーツの背中に備え付けられたバーニアを噴かして、空へと飛翔する。目指すのは鳥取砂丘(適当)。無人ならどこでもいい。


 急速にかかるGに目を回すポール。なんだ。随分と魔人っていうのは頑丈なんだな。デビルクライは凄い脆かったんだが。思い出すのは俺を殴って腕を折ったあの脆弱さ。格が違うんだろう。


「くっ、なんて速さだ。体が締め付けられるっ!」

「ウモーッ!?」


 ギャーギャー喚く魔人どもは無視だ無視。目的地を捜索。高度を上げて、場所を確認する。あった、鳥取砂丘だ。富士山でも良かったかもしれんが、あそこは観光客が多いからな。鳥取はその点、人口が少ないから人がいないと思いたい。尖〇諸島? あそこは政治的に立ち入ったら問題だから無しだ。


 俺は暴れる牛と農民少年を傍目に砂丘目がけて急降下。砂塵を巻き上げながら派手に着地する。


「ゲホッ、ゲホッ…… ここはどこだ、一体?」

「日本で唯一天然記念物に指定されている海岸砂丘へようこそ。これから俺たちはここを環境破壊するだろうが、それは仕方ない。世界を守るためだ、鳥取県庁も許してくれる。さあ、存分に俺を叩きのめせ。好きなだけ、飽きるまでやってくれ。俺は一切抵抗しない」


 俺は無防備に砂の上に大の字になって倒れた。バーニアを格納し、砂が混じらないようにして準備は完了だ。いつでも頬を差し出す用意がある。かつて某宗教の始祖は仰った。右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ。ならば自分は、打たれる前に自ら両頬を差し出そう。これぞ不朽の人類愛。最も原始的にして最高の愛情表現だ。


「お、おう。ならやってやるぜ! バニヤン、ツーマンセルドスタンプ!」

「ウモーッ」


 牛から飛び降りたポール農民少年は、その細腕から信じられないほどの腕力を発揮。バニヤンを持ち上げて、俺の真上に放物線を描いて放り投げた。更にポールが地を蹴ってバニヤンに向かってジャンプ。バク宙しながらポールはバニヤンに対して体当たり。力を加えられたバニヤンの落下軌道は変化し、俺に向かって一直線に急降下してくる。


「これで、どうだ!」

「無駄ァ!意味なし、無効力!」


 一万頭のキリンの突進を跳ね返すデュラハーンの強化装甲はバニヤンの激突をものともしない。俺を殺したければ隕石か核を持ってこい。そこまでしてようやく、この鎧に傷がつくだろう。


「なら、出でよ。ポーリングアックス!」


 アックスと高らかにポールが宣言して出したそれは、巨大なハンマー。俺の視界全体を覆うそれは広大、巨大。そのままバニヤンごと圧し潰してくる。


 ——衝撃。


 鎧は無事だが、中身の俺が耐えられない。なんてことはなかった。デュラハーンスーツは操縦者にも配慮した安心安全の衝撃吸収構造。黒鉄の装甲と人間の間に挟まれた特殊マットが全て衝撃を跳ね返す。つまり。


「うわあああ!?」


 力を込めれば込める程、特殊マットの反動は強くなり、跳ね返す力も強くなる。いわばそれは、恐怖のバランスボール。どれだけの力を込めたのか。農民少年ポールは尻尾を風にたなびかせながら巨大ハンマーごと空の彼方へ飛んで行ってしまった。


「ウモーッ!(ポール! 骨は拾ってあげる。私が仇をとるわ)」


 それを見たバニヤンは猪突猛進。俺に頭突きをかましてくる。それを俺は首を曲げることで避けた。


「ウモモ……(頭突きを避けた。つまり弱点は頭! なら!)」


 何をとち狂ったのか、バニヤンが俺の頭を集中的に狙い始めた。もしも、頭に攻撃が命中してしまえば——


 ポチ。


 ピカッと閃光が奔る、デュラハーンスーツのバイザーから光が漏れた。そう、デュラハーンスーツの頭部には搭乗者を保護するための自動迎撃装置——光学照射兵装——が搭載されている。俺の意志では動かせず、自動発動するものだから頭部に攻撃が当たらないようにしていたのだが。


「ウッモーッ!?」


 俺の前面にいたバニヤンに対してピンポイントに命中する熱線。電子レンジ染みてこんがりと彼女を焼く。黒々と焦げるその胴体は正にビーフステーキ。


「じゅるり」


 思わず涎が垂れてしまう。


「やめてくれよ。思わず食べたくなってしまったじゃないか」

「ひっ」


 甚大なダメージを受けたからか変身の解けた牛角鼻ピアスのバニヤンは、俺の言葉に怯えて悲鳴を漏らす。いや、別に人型の何かを食おうとは思わないが、あまりにも美味しそうな匂いがするのでつい。


「だから、食べようとは思ってない。ほら安心してこっちに(かかって)おいで」

「いや、来ないで! 生きたまま食べられて死にたくなんかない!」


 俺の説得は逆効果で、ますます彼女を怯えさせる結果となった。これ、どうすればいいんだ。


 彼女を介抱しようと思い、一歩近づく。するとバニヤンは一歩後退る。一歩近づく。二歩後退る。もう一歩近づく。三歩後退って、あ。


「やーだー! 食べられたくないー!」


 泣きわめきながらバニヤンは走り去ってしまった。


 何が悪かったのかな。すれ違いという奴か。俺もまだまだ修行が足りない。コミュニケーション能力が欠如していたせいで逃げられてしまった。


 結局、自滅した二人に思いを馳せながら、夕日に翳る荒れた砂丘を背に俺は途方に暮れるのだった。




 文字通り、ホームセンターの前まで人目につかないように飛んで帰った俺は、くとぅるーを回収する。


 通りにはパトカーやらなんやらいるが俺は関係ない。関係ないぞ。


「いきなり竜巻が発生した? それで吹き飛ばされたんですね。なんとも興味深い」

「はい、目を覚ましたら黒い不審人物と、少年と少女の二人が争っていたので警察に通報しました」

「確かに、道路のアスファルトが抉れて、まるで戦闘の後のようだ…… ご協力に感謝します」


 事情聴取をしている警官とそれに答える一般男性A。テレビでよく見るような図だ。案外、あの光景の目撃者は多いんだな。


 俺の正体もバレるかもしれない。正体がバレることを恐れはしないが、マスコミがうざったそうだ。結論、正体は隠して活動する。これが、今の拙いデュラハーン操縦者である俺に相応しい。称賛も罵倒も、批評はいらない。俺は俺の正義を貫き通す。他人の評価など知ったことか。


 俺は現場を捜査する警察連中に背を向けて、ホームセンターの中へ入っていった。


 案の定、俺が買おうとしていた物を詰めた買い物かごと、近くの柱にリードを縛り付けて逃げないようにしておいたくとぅるーは無事だった。


「くとぅるー(げっぷ)」


 なぜか、ペットコーナーの生き物が軒並みいなくなっているのが気になるが、誰かが大人買いでもしたんだろう。そうに違いない。


 さて、明日は学校だ。早く帰らないとな。


 ***番外:くとぅるーハウス***


 吾輩はくとぅるー。這い寄る深淵。名前は適当。

 海底の底から召喚されて、この地上——日本というらしい——にやって来た。海鮮料理が噂の日本だが、吾輩はそれよりも名目上、吾輩の主人ということになっている男に興味が有る。この男は吾輩の力が大幅に制限されているとはいえ、このくとぅるーを御すことに成功している稀有な人間だ。SAN値が削れている様子もなく、平然としたままのこの男は鈍感なのかどうなのか。吾輩を危険な生物(外来種)と見做して行動を制限してくる。いくらただの分身とはいえ、犬のように扱われるのは屈辱だ。だが、それもまたいいとくとぅるーの変態性の分身である吾輩は思ってしまう。無念である。


 さて吾輩の家について紹介しよう。

 端的に解説すると犬小屋で、これを聞くと愚もうかつ矮小な人間どもはなんだただの犬小屋だ、と思うだろう。しかし、主人の日曜大工スキルと吾輩の自己改造により、このドッグハウスは秘密の隠れ家と化している。


 外観は人間どもの言うログハウスに近いそれの中は、コンクリートで補強され、核シェルターを思わせる内装になっている。暗くてジメジメしたこの中は、幸か不幸か吾輩の好みだ。吾輩を亀と勘違いしているのか、ご丁寧にひょうたん池まで完備されているので毎日浸かっている。傍らには新鮮で清潔なタオルケットが用意され、いつでも包まれる。そして、この地下には秘密教団に手配させた秘密基地があるのだ。そこには生贄が、くふふふふ。とりあえず、今日のところはロッジにて首尾を待とう。吾輩はゆくゆくと眠るのだった。


くとぅるー…… 一体何者なんだ。

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