Prologue
憧れのヒーロー物への挑戦。一話一万字以上の出血大サービスを保証します。
作者のHPは感想で回復するぞ。やる気がぐんぐん上がるのさ。(^ω^)
俺のダチにコール・ゲイジという奴がいた。
「俺、ヒーローになりてえんだ」
「何を言ってやがる。そんな職業ねーよ」
俺は、すぐさま否定したが、彼はこう反論した。いつも陽気な彼にしては珍しい真剣な態度だった。
「今の世の中。救いたい人を救える社会じゃない。警察も消防も救急も軍隊も、限られた活躍しかできねえで、限られた人しか救えねえ。はっきり言おう、助けを求めた奴しか救わねえ。俺はそんな社会にはうんざりなんだ」
拳を固く握りしめたゲイジは、電柱を殴りつけた。俺とゲイジは学校の帰り道、そんな話をしていたのさ。確かに通報を受けなければどんな団体も動かねえし、泣き寝入りになったらそれっきりだ。この世界、心の弱いやつに居場所はない。
「でもよぉ、ヒーローになるったってどうするんだ」
俺は質問した。ゲイジの言うことには大いに納得したが、どうやってそれを実現するのか興味が有った。
「俺は……」
その時、路地裏から突然飛び出すものがあった。トラックだ。それは違法なスピードで走り、真っ直ぐこちらに突っ込んできた。
「危ねえ!避けろ! 」
咄嗟の出来事に反応できなかった俺を突き飛ばしたのはゲイジだった。俺は転んで足を擦りむいたが、それだけだった。
だが、ゲイジは——
「おい、しっかりしろ! こんなとこで死ぬんじゃねえ! 明日、電光石火モビルスケリタル【デュラハーン】の放送日だぞ! 目を覚ませ!」
その日、俺は誓った。
あいつの代わりにヒーローになると。
意識不明のゲイジが何もできないなら、俺が世界を変えると。
とある都市の袋小路に、その学生は追い詰められていた。
「も、もう払えないっす。本当にお金が無いんです! 親ももう払えないって。許して下さい! この通りです」
土下座する青年学生の顔には痣があった。身体にも同じようなのがいくつも。特に、見えにくい腹などには刃物の切り傷さえあった。
だが、そんなことは意に介さず、不良、チンピラどもは、寄ってたかって青年を嬲った。
「ホンット、使えねえグズだなあ、おい。誰だよ、コイツがいい金蔓だっていった奴は」
「あたし、新しいバッグ欲しいんですけど〜。お金欲しい〜」
「先輩、すいませんって、漫画とか沢山買ってるみたいだからあ、小遣い一杯あると思ったんすよー。だから小突くのやめて下さいよー」
悪趣味なピアスをジャラジャラ付けて、自ら破いたファッションセンスのある(と思っている)服を身に纏う柄の悪い人間たちは、身体を縮こまらせて震える青年を尻目にペチャクチャ駄弁った。
「なーに、怯えてんだ。オラァ、財布出せよ、財布! あたしはバッグが欲しいんだよ!」
「は、はひ。三千円、三千円だけしかないんで、今日はこれで勘弁して下さい。お願いします!」
必死に震える手を押さえつけながら、財布を出して千円札を三枚取り出そうとする青年。その財布に開いた穴から百円玉が零れ落ちる。
「「あ」」
同時に声を発した青年は恐怖に、チンピラは愉悦に顔を歪ませ、対照的な様子で下を向いた。青年はこれから行われる体罰と苦痛に顔を俯かせ、チンピラは一方的な上から目線で見下す。分かりやすい上下関係がそこにはあった。
「お前、百円玉隠してたの? ばっかじゃねーの。ケチケチしないで全部出せばいいのに」
「し、知らない、僕は知りません。たまたま、たまたま百円玉が底にあったんです。許して下さい。お願いします。や、やめて!」
チンピラの腕を振り上げる動作に、反射的に腹とその臓器を庇う青年。痣で青くなった顔はがら空きだ。
丁度いい的がある、とチンピラは青年の顔に拳を叩き込もうとした。
頂点まで振り上げられた拳は放たれることはなかった。
「お、お前誰だよ」
その前に、俺が奴の手首をがっちりとホールドしたからだ。俺はアダルトショップ(闇市場)で購入した手錠をチンピラの手首にしっかりとはめ、もう一方を自分の手に繋いだ。
「彼は、やめてと言っているだろう。なぜ頑なに人を傷つけようとしている」
「そ、それは、コイツが金を出し渋るから。あたしはただ教育を……」
否、否だった。そんな理由でこいつは人に手をあげたのではない。
「違う。お前は人に暴力を振るうことを楽しんでいる。許されざる悪徳だ」
「だ、だったら、どうしたっていうんだよ。テメエ、薄気味悪いぞ!」
全く、これだけ言っても分からないとは。これだからチンピラは。
「そんなに誰かを傷つけたいなら俺を殴りなさい。右頬も左頬も差し出しましょう。思う存分殴るといい。何も、そこの青年を殴る必要はないだろう」
「て、テメエ、舐めてんのか!? やっちまえ!」
腰の入らないトーキック。腹に入ったそれは、俺の鍛え上げられた腹筋に弾かれた。
「お、オラア」
二人目の平手打ちは、俺の頬に当たって痛烈に響いたが、それだけだった。
「う、うおおお!」
三人目は刃物を取り出して、錯乱したのか切り掛かってきた。人を本当に殺す勇気のないそのチンピラの一撃は、僅かに俺の皮膚を浅く切り裂いた。それで終わりだ。
「な、なんで、一歩も動じないんだ。テメエ、死ぬのが怖くねえのか!」
刃物を振りかざしたチンピラが俺のことを怒鳴りつけるが、その震える手先と目の中の怯えは、彼には隠しようがなかった。
「俺は、お前たちを愛している。故に一切の無抵抗を保証しよう。だが、そこまで、そこの青年に固執するというのなら、俺は容赦しない!一切の手加減無く俺が勝負してやる。さあ、殴れ、殴るのだ!」
「ひ、ひいっ。コイツ、頭おかしいぜ!」
「あ、ああ。さっさと逃げよう」
チンピラたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。結局、彼らは暴力に誰よりも頼るあまり、誰よりもその怖さを知っている。だからこそ無闇にそれを振る舞うべきではないと理解したに違いない。また一ついいことをした。
「さて、大丈夫かね。青年」
俺は丁寧に、笑顔を見せて聞いた。猿でも分かるフレンドリーな挨拶百選の実践だ。
「ぼ、僕一人でも大丈夫だった。迷惑なんだよ!」
落ちていた財布と札束をを拾い集めると、青年は瞬く間に駆け去ってしまった。声をかける暇もない。なに、大丈夫さ。感謝を集めたくてこのような活動をしているわけではない。全ては迷える羊たちを導くためにやっていること。自身のエゴなど二の次だ。
俺は、傷口を気合いで踏ん張り、一時的に塞ぐと、念のために病院に行くことにした。
「待て! あたしを解放しろ!」
おっと忘れるところだった。
俺は手錠を外してやったが、最後にこう付け加えるのを忘れなかった。
「改心しろよ」
「わ、分かったから。もう行っていいんだな!?」
「ああ」
最後に残ったチンピラも仲間を追って逃げていく。
俺は踵を返して、その場から立ち去った。
「また、喧嘩の仲裁かい。全く。自分をもっと大切にしなよ。」
「その通りです、先生。もう少し、しっかり、自分を鍛えることにします。折りたたみナイフ程度で傷を負って医者先生にかかるとは…… 面目ない。」
「いや、それは生物学的に当たり前だから! 人間の皮膚は鉄製の刃物に対抗できるように出来ていません!」
ボブカット、いわゆる黒いおかっぱ頭の医者先生は隣の家の幼馴染だ。向こうの方が結構年上のはずだが、なぜか年齢が思い出せない。はて、どうしてだろうか。普段は病院で働いている彼女だが、今日は休日で家にいることを俺は知っていた。
「まだ、コール君のこと気にしてるの。彼もあなたが傷つくことは望んでないわよ」
「ですが、俺は自分自身に誇れるような人間でありたい。誰かに誇れるヒーローに」
俺は何回目になるか分からない、全く同じやり取りを医者先生と交わしていた。医者先生も俺が初志貫徹の精神で、このことに関しては意見を変えないと分かっているのに。頑固な人だ。だが、人を慈しむ優しい心を持った稀有な人だ。その精神性を俺は愛している。
「…… はい。手当ては終わったわ。絆創膏がこれしかなったけど、これでいいの? ピンクの太っちょネズミーフーさん印の奴で」
「構わないさ、医者先生。俺にとっては正義の勲章さ。ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
さて、俺は家に帰って、マジカルプリンス皇女リョーホーを消化しなければならない。録画を溜めてしまっているからな。
「ちょっと待って。上半身裸のままで帰るの?」
「そうさせてもらうよ。みんなに、医者先生に付けてもらった絆創膏を自慢しないとね」
「は、恥ずかしいからやめてよ。じゃ、これ着てって。後で返してくれればいいから」
医者先生に白衣を借り受けた。必ず、この身命を賭して返しに行こう。それだけ大切なものだ、これは。医者先生の仕事道具、アイデンティティだからな。これを失くしたら医者先生が医者先生でなくなってしまう。
「今なんか失礼なこと言ったわよね!?」
「はて、何のことか。俺にはさっぱりだ」
ただ医者先生の白衣は大事なものだと強調しただけなんだが。俺は胸中に疑問を抱いたまま帰った。
明くる日、俺は昨日のチンピラと似たようなイザコザを起こして高校を停学中なので、重い荷物に難儀していたご老人の代わりに銀行まで荷物を運んでいってやることにした。
俺が片手で持てるような荷物を重いと思い、俺が一歩進むたびに早いと言う人間のなんと脆弱なことか。嘆かわしい。老いても健康、壮健でありたいものだ。
ここで、俺の身体的プロフィールについて疑問に思う人間もいるだろうから、ここに記しておく。
俺の身長は百七十三㎝でガタイがいいとよく言われる。平均身長百七十台の日本でやや平均より上だ。通りを行く人々とは、大抵、玉ねぎ一個ぶんくらいの身長差がある。
体重は六十七㎏、筋肉のせいかやや重い。そのせいか、水に浮きにくい体質だ。容易に誰かに突き飛ばされたり押し倒されたりはしない。
握力は、握力計をぶち壊したことが一度。平熱は摂氏三十七度が普通。百メートル走十二秒。水泳のタイムは忘れたが、平泳ぎは得意だ。とりあえずこんなところだ。
常人よりも比較的恵まれた身体能力を授かってはいるが、所詮、折りたたみナイフに傷つけられる程度だ。忘れて欲しい。
老人に合わせて歩いたからか。少し到着が遅くなってしまったが、駅前の銀行前の広場に到着した。
相変わらず人の多い場所で、通りは道行く人々で満ち溢れている。外国人もちらほらいる。花粉の季節がもう到来したのか、マスクや花粉ゴーグルを付けているような人間もいる。ここら辺は人種の坩堝だ。
老人を先導しながら、護衛する形で人混みの中を通行する。銀行の位置する大通りは、人という弾丸の飛び交う激戦区だ。流れ弾に老人が当たらないようにしなければならない。難しいミッションだ。
とも思ったが、俺の前を人々はなぜか避けていくので、老人を銀行まで誘導するのは容易い任務だった。なんだなんだ、俺の溢れる魅力という名のカリスマが眩すぎてふらついてしまったのか。
「お母さん。あの人、筋肉モリモリ、マッチョマン」
「こら、見ちゃいけません。きっと元グリーンベレーよ」
聞かなかったことにしよう。
俺は、老人の荷物を無事運び届けるために銀行の中に入った。
「両手を上げて、俺に近づくな!職員は金を持ってこい。今すぐだ!」
ダダダダという轟音がしたかと思うと銀行の天井に穴が開いた。強盗か、厄介な。
俺は入ってしまったものは仕方ないと、両手を上げて佇むことにした。銃声に驚いた老人はぽっくり気絶している。てっきり逝ってしまったかと思わず勘違いしたほどだ。
荷物を置いて両手を上げた俺はゆっくりと前に進んだ。
「なんだ、お前! 俺の声が聞こえなかったのか!? ああん! スッゾコラー!」
銃を突きつけられても俺は平然としていた。なぜなら俺はヒーローだからだ。ヒーローは何事にも動じない。そして、俺はヒーロー足らんとしている。ならば躊躇はない。
「人質の皆さんを開放しろ。金を運び出す職員と、残す人質は独りで十分のはずだ。つまり、俺だけでいい。あんたも監視の手間が省けてウィンウィンの交渉だ」
「へえ、お前頭いいな。気に入ったぜ。お前の言うとおりにしてやる。ただし! 誰か一人でもおかしな真似をしたらお前を殺す。いいな?」
「それでいい」
俺の命より、他の数十人の命が優先だ。俺が死ぬ分には構わない。そう思ったので相手の提案を承諾した。
何が起こったのか分からないといった顔をしてボケっとしている、”元”人質の人々にこう声をかける。
「早く行きなさい」
その一言で、慌てて人々は自動ドアから外へ駆け出す。頭を下げる余裕があったのは、俺を筋肉モリモリのマッチョマンと形容した少女だけだった。
一人でも感謝をしてくれるとそれだけで、自分とゲイジの正義が報われたような気がする。そんな幸福感を胸に抱き、俺は嬉々として後ろ手に縛られて人質になった。
「おら、早く金を出せ! でないとコイツが死ぬぞ!」
強盗はカウンター越しに職員を脅しつけ、俺に銃を向ける。何、そんなに急がなくてもいいさ。この状況で最も悪いのは、慌てて短慮な行動にはしることだ。
俺は、落ち着いて座禅し、瞑想の姿勢をとる。感覚を研ぎ澄ませ、どんな事態にも対応できるようにするのだ。
外が蒸し暑く窯で焼かれるような暑さを誇っているというのに、クーラーが効いた銀行の中はとても涼しい。照り付ける太陽の暑さ程度で参ってしまうとは俺は修行が足りない。
おっと誰か来たようだ。入り口から入ってきた。背格好は中学生ぐらい百五十㎝台の少女。体重は四十五kg強。正確には分からないが、先ほど俺に頭を下げてくれた黒髪黒目のポニーテール少女と思われる。修行不足だ、詳細が不明に過ぎる。
「あ、なんだお前? どうしてここに戻ってきた?」
「私も人質に。二人いても損はないでしょ?」
その言葉は強盗にではなく、瞑想に集中する俺に与えられたものに聞こえた。なんとも肝の据わった少女だ。自ら死地に戻ってくるとは。あまり称賛するべきものではないが、俺は彼女の勇気を評価する。人間の強さは勇気の発露。逆境で立ち向かう神秘の力。ならば、褒め称えもしよう、少女よ。君の蛮勇を。
「お、おう。いいだろう! お前も人質にしてやる! 黙って動くなよ!」
困惑する強盗は、とりあえず少女を人質として確保した。ここで発砲でもするようだったら鉄拳制裁だった。命拾いしたな。この強盗などという非行に及ぶ男にも、まだ少しの人間性が残っていたようだ。
そして、後ろ手に縛られた少女はじりじりとこっちににじり寄ってきた。一体何をするというのだろう。
「筋肉モリモリのマッチョマンさん。どうして、あなたは人質に?」
「何を聞くかと思えばそれか」
小声で尋ねてきた少女に俺は呆れた。そんな簡単なこと、言わなくてもわかるだろうに。そのためにこんな危ない真似をしてまでくるとは。だが、その勇気に免じて教えよう。
「俺は常に誰かのヒーローでありたいからだ。それ以外に理由なんてない」
「…… そう、なら安心して預けられそうだよ、この力」
「力……?」
少女が返事をするよりも事の起こりが先だった。俺の研ぎ澄まされた五感がそれを捉えた。何かがおかしい。奇妙な、冷たい、悪意の塊が、どこかにいる。突如として現れたのだ、冷徹な何かが。
「フハハハハ、なんて無様なんだ。人間以下のカスだな、お前は!」
そして、その発生源はいそいそとありったけの金を袋に詰め込んでいた銀行員の一人だった。唐突に豹変したその三十路で眼鏡をかけたサラリーマンは、指を指して強盗を罵倒する。いきなりなんだ。危険な行動は慎みたまえ。死ぬ気かっ。
「な、なんだ、テメエ!? 死にたいのか!」
「やめろ、下手に刺激するんじゃない。この期に及んでお前はいったい何をするつもりだ。答えろ」
俺は強盗を遮って、その銀行員に向かって聞いた。いたずらに人を煽るとは、マナーもなっていない。仮にも銀行で働く人間だ。そんなことは分かっているだろうに。なぜ、それでも実行する。実行できる!? 理性というものが無いのか。
「あらあら、いい子ちゃんぶっちゃって。俺はただ人間の本性に目覚めただけだ。そう人、間の本懐、それは侮蔑! この競争原理社会において必要なのは他人を蹴落とし、蔑む心! 俺はそれに気づいただけさあ。あひゃひゃひゃひゃ」
「いかれてやがるぜ、こいつ……」
強盗にさえ呆れられる狂気の男。周りの銀行員も怯えて、彼の周りを避けて近づかない。それが正しい判断だろう。彼は狂っている。何を仕出かすか分からない。
俺はより一層神経を研ぎ澄ませて、これから起こる”何か”に備える。もはや瞑想など悠長な真似をしている場合ではなかった。
「…… 俺は新時代の到来を告げる使者になる。果てない欲望・情欲こそがそこへ至る道なのだ。フハハハハ、あーひゃひゃひゃっひゃひゃ!変身!」
服を破り捨てた。かなぐり捨てた。半裸になった男は丸く膨らみ、肉が爆散する。俺は咄嗟に、強盗を引っ張って床に伏せ、少女を引き寄せて庇った。
弾け飛んだ、白い骨のようなものが周囲に突き立ち、物を貫く。カウンターの向こうでは悲鳴が絶えず、阿鼻叫喚の様相だ。だが、そのカウンターが盾になったおかげで俺たち三人が助かったとは因果なものだ。
俺は、腰を浮かして、辺りの様子を見渡す。血飛沫で真っ赤になったカウンターの向こう側以外は何の変哲もない。いや、先ほどまで銀行員だった”何かが”そこにいた。口が裂けて吊り上がった頬は笑みを浮かべ、以上に発達した上腕はオランウータンのように長く、それは蝙蝠の翼を持っていった。何よりも目立つのはその角。羊のそれのようにねじれ曲がっている。
俺の直感が囁く。
こいつは”魔人”と呼ばれるものだと。
「お、お前、な、何なんだ!?」
「俺……? 俺様は悪辣魔人デビルクライ! この世に初めて出現した魔人だ。悪辣の魔人たる俺様は、非道を為す! まずは、そんな俺様に口答えしたお前を殺す!」
キシャアっと飛びかかる魔人デビルクライに怒声を上げて、強盗が発砲。ダダダダという轟音と共にばらまかれる弾は、その全てが魔人の表皮に弾かれ、跳弾。まだ勢いを失っていないそれは、少女を庇う俺の胴体に突き刺さる。
ぐふっと、肺をやられたのか。俺は血を吐いて、膝を屈した。だが、後ろの少女を守るため、例え死のうとも倒れるわけにはいかない。弁慶よ、願わくば仁王立ちの力を俺にくれ。
再び立ち上がった俺にいくつも突き刺さる弾丸の嵐。アサルトライフルだからか。まだまだ弾が残っているようだ。
身体中の鈍い痛みにくじけそうになる。だが、ヒーローは決して倒れない。誰かを救いきるまでは。
「煩わしい。失せろ!」
雨あられと降り注ぐ弾が、いと痒くて仕方ないとばかりに言う魔人デビルクライ。握りしめて拳を作った奴は、耳まで拳を引いてテレフォンパンチ。強盗と銃身、両方が同じようにひしゃげて宙を舞う。あれでは、もはや生きていまい。
くっ、目の前で人が一人死んだというのに。軟弱な俺は銃弾如きに瀕死の重傷を負い、倒れようとしている。力が足りない。血がダラダラ流れて止まらない。でも、ここで立たなければ、男じゃない——
「もういいよ」
少女が無表情に冷めた目でこちらを見つめる。
「もういいよ。誰も筋肉モリモリのあなたを責めない。誰だって倒れる、そして挫ける。諦めてもいいんだよ?」
彼女は首をかしげて、口を開いた。
「どうして諦めないの?死にたくないから。死ぬのが怖いから?」
「違う…… そうじゃない」
意識が朦朧とする。魔人がこちらに向かってくる。次は俺の命を奪う気か。不思議と怒りが湧いてきた。精一杯の力を振り絞って魔人を睨みつける。
魔人はにやりと愉悦に笑い、こちらへ歩み寄る速度を速めた。大方、嬲りがいがあるとでも思っているのだろう。くだらない。その笑みが気に食わない。
「なぜ、怒っているの」
少女が俺の顔をのぞき込む、目と目が合って、時間がそれに吸い込まれるように止まる。
「そう、私が時を止めた。でも、それは今は関係ないことでしょう。質問に答えて」
そうだ。久しく忘れていたこの感情。それは悔恨だ。
あの日、あいつを救えなかったことへの悔やみと、何もできず無力だった自分への恨み。それを今、思い出した。
「俺は、無力さから友人を失った。俺は無力でひ弱な自分自身が憎い。弾丸程度で死のうとしている自分に怒りを覚えている! もっと強くなりたい!」
「弾丸うんぬんはスルーするわ。人間の身体にそこまで期待するのは馬鹿で無能の証。それはともかく、仮に今すぐ力が手に入るとしてどうするの?」
俺がどうするか?そんなの決まってるだろ。
「正義を為す。あいつを倒してしかるべき機関に引き渡す」
「殺さないの? その方が楽で手間も省けるわよ」
質問に質問を重ねる少女。否、少女の形をした”何か”。全く、どうせ俺が何を言うかも、その超常現象的な能力でお見通しなんじゃないか?
「そうね。でも改めて筋肉モリモリのマッチョマンに問いたい」
「殺すわけがない。俺は、俺自身は法ではない。自己倒錯的な思想で誰かを裁くなど、やってはいけない。私刑は忌むべきものだ、少女よ」
そう答えて俺は、真摯に彼女の瞳を見つめた。何かが起こることを期待して。何かが変わることを期待して。
「分かったわ。貴方は私の力を預けるにふさわしい。その時が来たらこう唱えなさい。デュラハンフュージョン、と。では、しばしの間、さようなら」
ふんわりと周囲の風景に溶けて彼女は消えていった。その顔に僅かな微笑みを携えて。
俺は彼女に手を伸ばしたが、掴めたのは空気だけだった。
そして、時は動き出す。静止していた魔人デビルクライは一歩を踏み出し、傷からは血があふれ出す。俺は現実に戻ってきていた。だが、あの少女はそこにはいない。
魔人はそれに気付いて歩みを止めた。
「ん、もう一人いたような……? まあいい。まずはお前を殺してからだ。人間」
襟首を掴まれて、俺は持ち上げられる。まるで今からカツアゲでもされるような格好だ。思わず笑ってしまう。
「テメエ、何を笑ってやがる!?」
魔人は俺を締め上げる。大層お怒りのようでいらっしゃる。俺が奴を嘲るような視線を向けると、より一層激昂した。
「小さい。小さいな。やっていることが。自分の苛立ちを他人にぶつけるのはさぞ楽しいだろう。弱いものを虐めて優越感を得る。どこまでも小さい自己中心的な目的のために働くお前は小さな”人間”だ」
「お、俺様は、人間を超越した存在、悪辣魔人デビルクライ様だぞ! そのようなことあるはずがない!」
動揺して、思わず俺を取り落とした魔人デビルクライ。床に激突した臀部が痛むが想定の範囲内だ。結局、人間は生まれ変わっても人間だ。その範疇を逸脱することはない。
俺は更に指摘してやることにした。
「人間を超越したというが、その姿、多少違いはあっても人間そのものだ。四つの手足に一つの頭部と胴体。それのどこが魔人だ。人間という概念に拘るあまり、人間の型から抜け出せなかった失敗作。それがお前だ!」
指を突きつけて、俺は言い放つ。
その矛盾は、奴の論理において致命的なものであった。
「ぬおおお! 違う、俺は人間じゃない。魔人様だっ。そのことを外の人間を殺し尽くしてお前に証明してやるっ」
「本当にそうするつもりか? 悔い改める意思はないんだな?」
「俺様に後悔などみじんもない。ただ悪辣を振りまくのみよ!」
なら、今がその時なんだろう。銃弾という現代兵器の効かないこいつを銀行外部の市街地に出してしまえば、何十何百では済まない犠牲が出る。それを食い止めるためなら、託される力を使っても許されるだろう。
両脚にぐぐっと力を込めて、両手をついて、立ち上がる。臍の下に力を集中し、腹筋を収縮。流れ出る血を気合で止めた。なんとか某アルプスの少女のように立った。〇ララが立った時ほどの感動は無くても、彼女のように強い意志さえあれば人間は立ち上がれる。そのことを証明したことに一種の達成感を覚える。
そして、俺はこう唱えた。
「デュラハーンフュージョン!」
「貴様、気でも狂ったか!? 何を叫びだす。アニメと同じように変身とはいかないんだぞ!」
デビルクライはそのような戯言を吐く。
そうやって決めつけるから、人間に可能性を見いだせず、魔人になってしまうんだ。諦めた時が試合終了なら、諦めるまで、試合は続く。努力を続ける限り道はきっと拓ける。そんな簡単なことも忘れてしまった哀れな男。
この身体に満ちる全能感のままに俺は叫ぶ。
「フォームチェーンジ!」
両肩を回し、腰を左右に捻る。そして最後に、両手で目を覆う。ノリにのってこんなことをやってしまったが果たして意味はあったのだろうか。イメージするのは常に最強の自分。ならば羞恥など忘れ去ってしまえばいい。だから恥ずかしくなんてないのだ、俺。
「何をしてやがる。なんかの儀式か!?」
「貴様には人の心が分からない」
「何でや!」
その時、胸の奥底から湧いてくる無尽蔵のエネルギーを感じた。ぽっかりと開いていた穴に何かが入り込むようなその感覚は、力が充填されていく充足感だった。謎の満ち足りた感覚と共に、体の中で何かが蠢きだす。黒く冷たく、所々紅いこのパトスは見たことがある。あのアニメ、首なし鎧の重戦士デュラハーンの変身シーンに酷似しているぞ。まさか、俺が、あのダーク―ヒーローに——
瞬間、俺は黒一色のスーツに包まれた。そう、まずは内部のスーツから、覆面付きで身バレ防止対策もバッチリだ。次に出て来たのは頭まで覆う胸部装甲、分厚く頑丈な赤のストライプが入った黒鉄は一万頭のキリンの突進にも耐える。これで、まるで外からは首が無いように見えるだろう。更に、体を覆っていく各種プレートアーマーパーツ。ヘルメットを除く、板金甲冑各部が全部そろっていく。最後に出て来たのは深紅のマント。風にたなびき、床をこする長いマントだ。
「へ、変身しやがった。お前、何者だ!?」
「俺は電光石火モビルスケリタル【デュラハーン】! 貴様を倒し、正義を為すためにやってきた鋼の闘士! 貴様の命運も尽きて、ここまでだ。観念しろ!」
俺は咄嗟に頭に浮かんできた決め台詞を決め、インファイトのポーズをとった。
接近戦で奴を仕留める体勢だ。
「野郎、ぶっ殺してやらあ! 魔人様の力を思い知らせてやるっ」
ぐっと腕を耳のあたりまで引いて、力を込めるデビルクライ。繰り出されるのはテレフォンパンチ。本来威力が低下するはずのそれは恐ろしいほどの速度をもって放たれた。しかし、普通に見切れる程度の速さだ。簡単なサイドステップ一つで避けれてしまう。だが、俺はあえて棒立ちで無防備に、その攻撃を受けることにした。なぜなら——
ボキッ。
「おんぎゃあーっ!? 俺の腕が、折れてしまったぞ!」
「デュラハーンのスケリタル外骨格アーマーは一万のキリンを跳ね返す無敵の防御。貴様なんぞに破れるものではない。諦めて降参しなさい。そうすればきっと減刑もありうるぞ」
腹を狙って、そして実際、腹部装甲に到達した拳は容易く折れてしまった。これがデュラハーンの力か。まるであのアニメを再現したかのような強さ。思い出すのはゲイジが見たがっていた超人アニメ【電光石火モビルスケリタル:デュラハーン~鋼鉄の戦士~】。完全無抵抗にして最強のヒーロー、デュラハーン、の姿に俺は目指すべき正義としての在り方を見た。みだりに力を振るわず、公正公平な判断を下し、あくまで悪を裁かず、倒すにとどめる正義のヒーロー。それが俺が体現したいと思う正義の姿だ。
「俺様が人間なんぞに頭を下げて、丸めて、地面に這いつくばって、土下座など、するものかー! 絶対だ。絶対に降伏などしない!」
「何もそこまでしろとはいっていないのだが」
非科学的被害妄想に奔るデビルクライは、じりじりと後退しながら、俺の隙を窺う。隙も何もこのデュラハーンに隙などありはしないのだが。
「隙あり! ブオォォォオン。この悪魔の角笛を俺様に吹かせるとは、相当な強者だな。だが隙を見せたからにはこいつで終わりだ。出でよ、深淵の魔物たちよ!」
隙なんて見せていない。何か勘違いしているようだ。ずっと棒立ちなのは、相手を必要以上に傷つけないためだというのに。
必要以上にカールした角笛を吹き鳴らしたデビルクライは、高笑いをしながら腕を広げる。そんな彼を中心に黒い魔法陣が形成されていることは気にしないようだ。そこにいたら生贄にされるんじゃないのか。そうじゃないのか?
「危ない! そこを退くんだ。贄にされるぞ!」
「俺様が贄にだと、ありえん! そんな適当な嘘に俺様が騙されるとでも——」
ぐちゃ。
魔法陣の上に現れた謎の丸い生き物に、デビルクライは天井に押し上げられて圧し潰された。哀れ、汚いトマト―ペーストの出来上がりだ。食欲が落ちる。修行がきっと足りない。もっとスプラッターな映画を鑑賞しなければ。
「くとぅる~?」
そして、最後に残ったのは重装甲に身を包んだデュラハーンこと、俺と、タコの頭に、蝙蝠の翼、ぬいぐるみのような手足を持った、くとぅるーと鳴く奇妙な生物だった。
可哀そうに、突然召喚されて混乱しているようだ。外来種を自然に放つのは危険だから、俺がしっかり面倒を見て保護しなければならないだろう。呼び出した者の代わりに俺が責任を負う。
「告げる。汝はこれより俺のペットだ。飼い主として敬いなさい」
「くとぅるー!?(なんでや)」
嬉しさのあまり、くとぅるーは(命名:俺)鎧姿の俺に抱き着いてきてベアハッグ。キリン一万頭の突進を跳ね返すはずの鎧がハッグでミシミシと鳴るが気のせいだろう。餌は何を食べるのだろう。生息環境、病気の予防は? そこらへんは医者先生に聞いてみるか。
「くとぅるー(はぁ、面倒くせえ。なんでコイツこんなに硬いんや。とりあえず飯たかってやろ)」
するとくとぅるーは縮んで、大型犬サイズになった。なんて便利でコンパクトな奴だ。この人身密集都市東京でも、これなら飼えるぞ。そして、その二本のぬいぐるみのような可愛らしい腕でペンギンのようにぺたぺた、俺を触ってくる。
「くとぅるー!(焼肉食わせろ。さもないとお前はんが今夜の晩飯やで)」
とても危険そうには思えない生物だ。安心して放し飼いにできるだろう。いい子だ。
俺が頭を撫でてやると、くとぅるーはベチベチ俺を激しくたたいて、親愛の情を示してきた。少し鎧が凹んだような…… 気のせいだろう。デュラハーンは無敵の鋼鉄戦士で最高の防御能力を誇る盾。たかがペットのグルーミングのようなもので壊れてたまるか。
こうして我が家に、新しくペットのくとぅるーが加わることになった。
その前にまず、救急車を呼んで、清掃をしてから帰らないとな。
「そこの不審な人物。両手を挙げて大人しく投降しなさい!」
俺は大人しく両手を挙げて、振り返った。俺はただの善良な一般市民なのだが、一体どういうことだろう。くとぅるーも疑問に思ったのか、興味深そうに、その女性刑事のことを見つめていた。
「くとぅるー! (ニンゲン、エモノ、クウ)」
人見知りをしないのか、刑事に巨大化して飛び掛かかり抱き着こうとするくとぅるーを取り押さえる。
「こらこら、落ち着け」
「ひっ、なによ、なんなのよ、それ!? ゴキブリ!? そ、そいつを近づけないで! うわあああ!」
突然、女性刑事は発砲した。発狂したかのように泡をふいているが、いくらなんでもそんな精神が不安定な人間が警官になれるわけがないだろう。つまり、偽物、強盗の一味だ。
俺は反射的にくとぅるーの前に動いて、銃弾から庇おうとした。だが巨大化したくとぅるーは、そんなものをものともせずに前に出た。まるで銃弾の軌道がどうなるか、最初から分かっていたかのように、ぬめりと床を滑走して、発狂偽刑事に接近する様はアイススケーター。それを追って、再び拳銃を発砲しようとする偽刑事だが、その前にくとぅるーはどこからか出した触手でそれを叩き落した。素晴らしいテクニック。ペットにしておくには勿体ないほどの近接格闘術。だがペットだ。俺のペットになったからには、平和的な活動を心がけてもらう。しつけの時間だ。
「くとぅるー、待て!」
「くとぅるー?(なんや、お前はん。わしの邪魔するんか? ほんなら容赦はせえへんぞ?)」
触手で偽刑事を縛り上げて、捕食、いや、じゃれついて甘噛みしようとするくとぅるーを止める。
「くとぅるー、いくら人に非があるとはいえ、無暗に人を襲ってはいけない。傷つけてはならない。彼らを裁くのは我々の仕事ではないのだ。それは司法機関に任せるべきことだ」
「くとぅるー……(そんなんで飯が食えるか!? 食えないだろ? 今切実にお腹が空いとるんや。半分でもいいから食わせろ!)」
しかし、俺の制止は意味を為さず、くとぅるーはそのまま偽刑事に齧り付こうとする。ならば、やむをえまい。ペットは総じて記憶能力が低いという。忘れる前に、忘れないように、しつけをせねば。
「やめるんだ。暴力は何も解決しない!」
ペチン。
尻を叩いてくとぅるーの性格を矯正しようと試みる。しかし、それは逆にくとぅるーを刺激することになった。偽刑事を咥えておもちゃを得た犬のように振り回す。よだれらしき体液でべとべとになる偽刑事。哀れ。
「け、刑事。大丈夫ですか!? おい、そこのお前、大人しくお縄につけ!」
結論。三十六計逃げるに如かず。
俺は縮小化したくとぅるーを抱えて逃げた。停学中のこの状況で、警察に捕まったら一発で退学だ。
***裏のプロローグ/エクスポジション***
「東川銀行で発生した強盗事件は、三人の犯行によるものと思われ、一人が死亡。二人が未だに逃走中です。警察は今後とも……」
それはポテトチップスを一袋、無造作に貪り、投げ捨てた。
それを傍に控える眼鏡の執事が拾い集め、ビニール袋に捨てる。その手際の良さは、それが執事にとって【いつものこと】であることを臭わせる。問題ない。そんな雰囲気と共に、執事は去ろうとした。
「下界で、面白いことが起こっているようだな」
「はて、そうですかの? 私には分かりませぬ」
執事である眼鏡の老人は、首を傾げた。彼は丁度、ビニール袋に詰まったゴミを捨てようと思っていた所だった。邪魔をされてあまり快く思うわけがない。
そこへ、二袋目のポテトチップスが放り捨てられる。
老人は、今度は懐から手のひらサイズの箒を取り出して、主人がボリボリと零すポテチのカスを掃くことにした。どこからか塵取りも出して装備する老人は、どこまでも職務に忠実なバトラーだった。
「魔界の門が開いた。観光ツアーがとても盛況だよ」
「それは僥倖です。ご主人様も観光に行かれるので?」
執事はふっと湧いて出た話題にそつなく答える。掃除の手は止めない。三袋目が捨てられる。
「遠慮しておくよ。まだその時ではない」
執事の主人は両手を振って否定を示す。随分とボディアクションの多い人のようだった。欧米式のコミュニケーションに慣れてない人なら当惑するだろうが、そこは執事。そういうのに関しては誰よりもプロだ。
四袋目、五袋目が捨てられる頃には、執事はテーブルの上のカスを片付けることを諦め、また床の袋を拾い出す。
「人は挫折する。彼がどこまでいけるか、楽しみだよ」
相変わらず、袋を床に落とす主人にため息をつきながら、執事はゴミを捨てに行った。
更新頻度は三日に一回程度。焦らずゆっくりと。二作品更新はキツイぜ(^ω^)