第七章 1 兄と弟
1 兄と弟
ジュナはアウド・ヤールの弟だと名乗った透明な少年、フィリアスに導かれ、ただ一人クーナに乗って、複雑な山道の岩場を進み続ける。
何時間たったか、すっかり夜は明け、針葉樹の梢が眼下に見える。村よりもだいぶ低い所まで降りてきたようだ。
少年も道に詳しくはないらしく、時々ジュナを置いてすーっと上に上がって行って、先を確かめて降りて来る。
うーん、便利な身体。っていうか、身体がないのって。
「早く来て。こっちです」
「あの人、生きてるのね。ほんとに」
「まだ、生きています。まだ、今は」
透明な少年は手を揉み絞った。
「あいつらは僕達竜族を知らない。
竜族の長アウド・ヤールが、こんなに若い男だとは思ってもいないんです。
捕らえた彼をただの平戦士だと思って拷問し、もっと苦しめて殺してやろうと、とどめをささずに置き去りにして行った。
竜族の長はあんな事では殺せない。
アウド・ヤールは簡単に死ぬような男じゃない!
だから、間に合う。今なら、まだ間に合う。
ああ、でも、急いで!どうか、急いで!」
そして岩場は急に途切れ、深い谷が現れた。
(キトラさんの言ってた大峡谷だわ)
左右に続く深い割れ目。
覗き込むとはるか下に白く逆巻く流れが見える。
自然に出来た一本の細い岩の橋が、こちらの岩場から峡谷を越えて向こうまで続いている。
細い、細い、岩の橋。
見ているだけならば、珍しい素晴らしい景観だけれど、ひょっとしてこれが・・・。
「カルダンの石橋です」
(わァァァァ・・・・・・)
ジュナは言葉も無かった。
一番細い所は、指を拡げた両手を合わせたほど。
それにすごく脆そう。
ほんとに、大きな戦士達じゃ、橋の方が重さに耐えられないわ。
「・・・ここ・・・ここ・・・ここしか道は無いわけ?」
ここじゃ無理、私だって無理。絶対無理。
「西へ回っていたら間に合わない。
ここは、道、というか、山の人達が成人になる儀式をする所なんです。
少年がこの橋をあちらまで無事に渡り切れば、大人と認められるんです」
「そ、それって・・・無事に渡れなかった人もいるわけよね・・・」
「そうみたいです」
(えーい、あっさり肯定しないでよっ)
「儀式以外には使われないから、大人が渡ったことはありません。
でも、これを越えればすぐ、あちら側に、下まで続く楽な道があるんです」
覚悟を決めて。
「えーい、行くっきゃないか!」
クーナとはここで別れなきゃ。
ジュナは小さな鞍鞄だけを取り上げると、竜の頭を抱きしめた。
「大丈夫、きっとアウド・ヤールを助けて戻って来るからね。
皆と一緒に待ってて頂戴」
戻れ、仲間と合流しろ、と合図する。
「クー・・・」
不安そうにジュナを振り返りながらも、クーナは従順にもと来た道を戻り始めた。
「さあ。
見てたって、始まらないわ!」
ぱん!と両頬を叩き、気合を入れて。
ジュナは意を決して目もくらむような橋に足を踏み出し、渡り始めた。
初めの方は結構広く、足場はしっかりしているが、風が強いので突風に気を付けないと吹き飛ばされてしまいそうだ。
(ズボンでよかった。長いスカートが風をはらんだら、凧みたいに舞い上がっちゃうわ、きっと)
しかし足元はだんだん細くなる。
足がもつれそう。吹き出す冷や汗。
フィリアスがジュナの正面に浮かんで、応援する。
「大丈夫です。もう少しです。下を見ないで」
(見ないでって言われるとかえって見ちゃうから、やめてよー・・・)
足場が広くなってきた。
もうちよっと。あとちょっと・・・。
やったー!
最後の二、三歩を走り渡ったジュナは、がっくりと四つん這いになって荒い息を吐いた。
だが。
困ったような鳴き声。
「クー・・・」
振り返ったジュナは真っ青になった。
クーナ。
クーナが、彼女の竜が、あとを追ってきてしまったのだ。
石橋の一番細いあたりで立ち止まり、危なっかしくバランスをとって逡巡している。
足の幅は、ほぼ橋いっぱい。
重みで石橋がきしみ、ぱらぱらと小石が谷に落ちていく。
「だめ!戻るのよ!クーナ!」
だが彼女の声を聞いて、竜は嬉しそうに一歩踏み出した。
石橋がはっきり音を立てて揺れる。
「だめ!来ちゃダメ!落ちるっ!」
ジュナはぎゅっと目を閉じた。
女神様!!
私のせいで、クーナが死ぬ!
カルダンの石橋が、がらがらと音をたてて崩れ落ちた。
泣き伏したジュナの髪をつんつんと何かがつつく。
信じられない。
「クーナ!」
大きなジャンプで対岸にたどり着いたクーナが、くうくうと甘えた声をたててジュナにすりすりした。




