2 ジュナ
2 ジュナ
「どうなったの?ねえ、どうなったの?」
顔を合わせたとたん、座らせもせずに、しつこくジュナは教師に尋ねた。
とんでもない失敗をしたお仕置きに、ジュナは歓迎の式典にもパレードにも参加できず、自室で謹慎させられていたのだ。ジュナのおかげで式典に出られず、ものすごーく不機嫌な女官達と一緒に。
やって来た教師のマレムは質問攻めにあってため息をついた。これでは到底勉強どころではない。
しかたない、現状を説明しながら地理と歴史の講義でもするか。やわらかな黒髪とグレイの眼を持ったおだやかな青年は、あきらめて座り直した。
「彼等は我が国に味方し、マイダーと戦う事を承諾しました」
やった!!
ジュナは小躍りした。
「ところが、です。
あいつらは、とんでもなく傲慢で無礼な蛮族達でした」
マレムの話に、ジュナは眼を丸くして驚いた。
謁見の間で、女王アラシアミスタ三世は驚き、再度尋ねたのだった。
「傭兵として我が軍の傘下に入るのではない、と申すのか?」
広間に巻き起こるどよめきをよそに、まだ二十代後半の若さと見える竜族の長は、傲然と言い放ったのだ。
「我等は誰の傘下にも入らぬ。誰の命令も受けぬ独立軍として扱っていただきたい」
シトリアの民人達よりも一回り大きく逞しい、金髪碧眼の竜族達。その中でも際立って見事な体躯に黄金と竜革を纏い、若者の大胆さと統治者の威厳を併せ持った長、アウド・ヤールの不敵な言葉。
この国の言葉とは多少異なっているが、意味は明白だった。
続けて言う。
「我等が乗るのは竜なのだ。竜には竜の戦い方がある。
騎馬の戦闘しか知らぬ指揮官の下では、戦う事は出来ないのだ」
将軍達から怒りの声が上がり、喧々囂々の騒ぎとなった。
そして、彼等の求めた報酬も、また法外なものだった。
定住地として北の荒れ地と、その西に広がる砂漠。三万枚の金貨と、農奴と、羊と、一冬分の食料。
そして。
「金の髪の姫を」
王位継承者、王女ネアトリス・デア・メトリを要求したのだ。
シトリア、竜族、双方からの驚きの声。色めき立つ貴族達。
「姉様を!」
ジュナは息を呑んだ。
シトリア・マイナの王位継承者を褒美に欲しがるなど、正気の沙汰とも思えない。
「未来の女王の伴侶としてこの国を乗っ取る気なのね!」
だがマレムは首を傾げた。ジュナに説明する、というより、自分の考えをまとめようとするように話す。
「いえ、そうではない、と思います。それならなぜ、貧しい北の荒れ地などを求めるのか。
私には、アウド・ヤールというリーダーの、突然の、独断の要求のように思えました。後ろの竜族の側近達も、驚きを隠せませんでしたから。
彼等はマイダーの兵士達と同じような、男性至上主義の考え方をする野蛮な戦士達。そしてリーダーの決定には誰も逆らえない。
ネアトリス様をただ、美しい女性として欲しがっているだけかもしれません」
確かに。
昼間の事を思い出して、顔を赤くしながらジュナは思った。
アウド・ヤールと呼ばれたあのリーダーの、姉様を見た時の驚き。
あの時何か言ったのは、人の名前のような気がした。
姉様は美しいもの。誰もが見とれるくらい。
『男達ときたら!』母様の軽蔑の声が聞こえるようだ。
「北の荒れ地に定住するってことは・・・」
ジュナは頭をひねった。
「私達とマイダー軍との間に入って、盾になってくれるってことだわ」
「彼等がマイダーに寝返れば、山脈のこちら側に大きな敵を作ることになります」
「姉様と結婚することで、私達を裏切りませんって保障にしたいわけね。
それとも、人質にする気かしら。
寝返るんだったら、姉様をミロン王に差し出せば完全に信用されるわね」
この姫を馬鹿呼ばわりした奴等に聞かせてやりたい、とマレムは思った。
『おまけのジュナ』と呼ばれるこの妹姫に対する、いままでの教師達の評価は最悪だった。
「勉学の意欲、無し」
「集中力、無し」
「記憶力、ゼロ」
「教師に対する尊敬、まったく無し」
「脱走癖、あり」
王女にあるまじき怠け者、ヒステリー、低能とまで言われ、何人の教師が匙を投げ、抵抗する姫に愛想を尽かし、逃げ出した事か。
血筋は良いが貧しく、王宮にツテもコネもないマレムに教師の口が回ってきたのはそんな時で、彼は絶対にこの職を失うわけにはいかないと、悲壮な覚悟で臨んだのだった。
一人息子のマレムは、貴族の血を誇るばかりで何もせぬ浪費家の母を養っていかねばならないのだ。
そして、意外にも、マレムはこの姫が気に入った。
この姫が、自分が興味を持った事に対しては、驚くほどの集中力と洞察力を見せる事を発見したからだ。
ただ、その興味の対象が・・・まったくこれっぽっちも、勉強とは関係のないものの上にあるのだった。 正しいキーを叩けば、驚くほどの反応が返ってくるのに。
こんなふうに。
「あるいは、始めからマイダーの手の者なのかもしれません」
マレムが言うと、ジュナは顔をしかめ、言った。
「それは・・・ないと思う。
彼等は西の砂漠を越えて来た。だから、一番西側のこの国に最初に着いたのよ。いくら戦争中だって、どこかであんな竜を飼い慣らしていたら、噂にならないはずがないでしょう。
それに、彼等は馬番に言ったの。馬は皆、竜の匂いに脅えるから、絶対に一緒にするなって。だから大急ぎで南の一番いい厩舎から馬を全部出して、大掃除しなきゃならなかったの。
その時、近くで竜を見た馬番は、すごく大きいけれど、ハルナ湖の近くで見かける、砂漠のジャルナとかげに似てるって言ってた。
とかげなら、寒い所は苦手なはずだわ。
だから、雪の多い北国で、馬が戦の主力になっている、マイダーとは、全然違った人達だと思うの」
いったいいつ、卑しい馬番なんかと話したんですかと、マレムはため息をついた。
これだけの頭が、どうしてまったく勉強のほうに向かないんだろうと、もう一度ため息。
「それで、母様、いえ、女王陛下は、要求をすべて呑んだの?」
「それしか手はありません」
無法な要求を退ける事も出来ぬほど、事態は切迫していたのだ。
国境の山脈の東に位置する砦は、ひと月前に落ち、山脈の東側の平原に、二万を超えるマイダーの騎馬軍団が集結していた。数を頼んで一気に山脈を越え、西側になだれ込んで来るだろう。
山脈を越える唯一の道、風の峠を押さえられたら最後だ。
マイダーに敗れれば、女王の支配を認めぬかの国の法により、滅びたシトリア二国のように、女王は処刑され、男性がこの国の王になる。
人心を掌握するため、ネアトリスを娶りはするだろうが。
だが、それではだめなのだ。シトリアの民は男性の支配を認めないから。
シトリア三国は、連綿と続く女系の血に守られてきた。
古シトリアの初代の女王が、大地の女神の化身として統治したというはるかな昔から、代々彼女の血を継ぐ娘のみが、大地の女神と契約し、新たな巫女王となってきたのだ。
大地の女神と女王との契約がなされなければ、この国は女神の加護を失う。
大砂漠地帯に隣接し、乾燥化する土地と戦う農耕民族にとって、大地の女神の祝福を失うほど恐ろしい事はなかった。
マイダーに従属する事は、神と信仰、これまでの生き方すべてを失う事なのだ。
シトリア・エルダとネ・シトリアでは、激しい弾圧と繰り返す暴動によって多くの死者を出し、今も残酷な恐怖政治が敷かれているという。
「そうね。そんな報酬を約束しても、あの竜達が勝ってくれるとは限らないんだわ。
あの人達が負けたって、事態は今とそんなに変わりはしない。
もし、勝ってくれたら・・・」
ジュナは露骨にいやな顔をした。
「その時は、外交官が山ほど集まって、市場でおかみさん達が値切るみたいに、交渉のし直しをするんでしょうよ」