第62話 国王陛下
側妃と多くの貴族が近衛によって連行されるのを見送ると、ザックはリリアンに口元に指を一本立てるジェスチャーで静かにするように促し、マクルメール子爵の隣へと連れて行く。
アマリリスも公爵とともにカプレーゼ公爵家の立ち位置に戻るが、その際に父親を一睨みすると、カプレーゼ公爵は小声で返す。
「私に根回しが来たのはお前たちが領地に向かったあとだ」
悪く思うな。お前たちに伝えなかったことも意味がある。という意味も含めた言葉を伝えるとすっと前を向き、アマリリスも公爵とともに国王へと向き直った。
一昨日、ウィデント国大使の館で、ユリウスが正式にウィデント国評議会によって王太子として決定されたこと、その権限と責務はウィデント国で執り行なわれる任命式より前、大使から議会とウィデント国王陛下からの書状を受け取った時から発すると説明を受けた後に、王太子の決定よりも、本題はこちらだというようにゼラ姫とミュリアル王太子殿下の娘として大使にロベリアを紹介されたときは、言葉をなくした。
ユリウス曰く、大人しく日陰の身に甘んじるような性格の姉上ではないという言葉から、ゼラ姫がロベリアというカードを使ってアマリリスとミュリアル王太子の婚約を白紙にするつもりなのだというのが二人で出した答えなのだが、ユリウスはそのまま大使によってゼラ姫の指示だと館へと引き留められた。その上でロベリアはカプレーゼ公爵家預かりにして欲しいという大使の言葉に抱いたのは警戒。
ユリウスがウィデント国の王太子として効力のある書状をしたためることで預かることには同意したが、彼は初めての王太子として効力を持った仕事が姉の隠し子を預けるための書類だということと、王太子と決定した自分よりも姉のゼラ姫を優先する大使に微妙な顔をしていた。
屋敷へと戻り公爵である父にロベリアのことを伝えれば婚約式に同行させると言い出し、タイミング悪く帰ってきたディビッドはアマリリスとロベリアの顔を見比べ「ユリウスとの子? いつのまに?」と狼狽えながら疑問を口にしたため、即効で足を踏んでやった。
ロベリアを同行させるのは婚約式に使われる扉を使うことでミュリアル王太子との血縁関係を確認するためだと言われたが、確認するということは同行させる前提で国王や王太子とは内々で話がまとまっていたのだろうということを、婚約証書に署名する際に気がついた。
多くの貴族が連行されたことでできた隙間などなかったように、残った貴族の立ち位置が整ったのを見て、国王は口を開く。
「婚約式がこのような場となったのは遺憾におもう」
国王の言葉に全員が軽く頭を下げて受け止め、すぐに顔を上げる。
「場が荒れたのだ、この場での態度は不問とする」
リリアンを見て紡がれる言葉に胸を撫で下ろすもの多数。
「反乱を企て加担したものについては詳しく調べ後日」
国王はシャルハムへ視線を向ける。
「家族で加担が確認できているものは事前に部下へ拘束を命じています」
「うむ」
次いで神官長へと視線を向ける。
「我々神に仕え神の御心の元で生きており、国政を語る身では御座いません」
頭を軽く下げ敬意を表す神官長に国王は頷く。
「教会との関係が良好であることを国王として表明する」
そして、少しだけ目元を和らげジートルへ視線を向ける。
「此度のことを受け、第二王子ジートルは学院卒業後王籍を離れることとする。
領地については旧ナージカドレ子爵領を与える」
与えられる領地はウィデント国と面した領地。
「拝命つかまつりました。 ご高配を賜り感謝いたします」
ジートルは膝を折り国王へ頭を下げる。
それにまた国王は頷き、第二王子の了承を受けとると、ジートルから視線を外し正面へと顔を向けた。
「ブルス国国王の名において、先ほど中断となったウィデント国王太子ユリウス殿下とカプレーゼ公爵家アマリリスとの婚約を承認する。この婚約は両国王家の承認を持って成立となるため、ウィデント国での婚約式をもって正式に婚約が整ったものとする」
驚きに会場の空気が音もなく揺れる。
婚約式の書記官を務めた人物が、いつのまにかウィデント国を表すサッシュを身につけていたことに気がついた者が増えるにつれ、側妃の企みがあっての対応だったのだろうと納得はしたものの、招待状にはっきりとミュリアル王太子の名前もあったため疑問を残した貴族も多数。
王太子とだけ明記すればいいものをミュリアル王太子とするような不備を王家が宰相が見逃すだろうかということである。
「アマリリスには心労をかけたな。そなたの我が国への忠義しっかりとみせたもらった。
ユリウス殿にもこちらの問題で、そのような格好をさせることとなり手数をかけた。感謝する」
国王からの謝罪ではなく感謝を伝える言葉に、ミュリアルの背後から侍従が眼鏡を外し前髪を上げてから進み出る。
「ウィデント国王太子として両婚約に感謝申し上げます。
ブルス国と我がウィデント国を繋ぐ婚約によって、今まで以上に両国民の友好が深まり、親善関係の強化に繋がること光栄に存じます」
アマリリスは婚約証書の署名がミュリアル王太子ではなくユリウスの署名であるのを見たとき、大使によって屋敷にユリウスが留め置かれた理由はこのためだったのだろうと、一昨日大使のところで分かれてから姿を見せることのなかった理由の一端を知ることができ、自分の署名の際に安堵から少しだけ手が震えたのだ。
ユリウスはアマリリスに微笑むと元の位置へと戻っていく。
わざとらしく、宰相の咳がコホンと響いた。
「我が国王太子殿下とウィデント国ゼラ王女との婚約式を行う」
宰相の声が響く。
「王太子との婚約のため婚約証書は魔法契約となり、すでに内容は協議済み。
ウィデント国 ゼラ・ウィデント王女殿下」
目元までをウィンプルから伸ばした白布で隠したカプレーゼ公爵家側についていた侍女が進み出ると婚約証書に署名する。
署名された婚約証書が宰相の手により国王のもとへ届けられ署名される。
「ブルス国国王の名において、ブルス国王太子ミュリアルとウィデント国ゼラ王女の婚約を承認する。この婚約は両国王家の承認を持って成立となるため、ウィデント国での婚約式をもって正式に婚約が整ったものとする。
この婚約により血統の証明がなされたロベリアをミュリアルの子と認めロベリアの名をミュリアルとゼラ王女の婚姻の儀をもって王統譜に連ねることを告知する。
ただし婚姻の儀までロベリアは王家預かりではなくカプレーゼ公爵家預かりとする」
それはカプレーゼ公爵家がミュリアル王太子とゼラ王女の後ろ盾として立つということを国王自ら知らしめる言葉であり、いきなり登場した王孫への驚きとともにその場の貴族は国王自らの言葉として受け入れる。
また、それらの事柄からジートルが任される領地とそれを伝えた国王の表情から意味を正確に受け取った貴族は表情を引き締めた。
宰相が今までで立っていた場所から一歩横へと動く。国王が退出することでこの場でのことは終了となるのだが、国王は退出することなく、ソワソワとする。
「……それでだな」
国王の視線が一点に集中するのを見て、今か……と祈るような気持ちになったものは、今までの国王陛下の不憫と言えば不敬だが、そう評する以外思いつかない事実を知っている者たちである。
今となっては威厳があると評する容貌で収まっているが、国王の王子時代に彼を目の前にして恐怖から粗相をしてしまった幼子を見たことがあるものは、気が気ではない。
国王としては、待ちきれない気持ちと、広い会場に多くの人間が居ることで自分の容貌から受ける圧が減るだろうと考えてのことかもしれないが、必然的にその場に立ち会うこととなってしまった貴族たちにとっては辛いものがある。
見つめるだけでは相手は幼子、場が動くことはない。それよりもあの強面にじっと見つめられたら泣きかねない。
泣かれた場合のフォローは一体誰が?
預かり先となるカプレーゼ公爵か、宰相か…… と考えるなか可愛らしい声が響いた。
「ウィデントこくおうじょゼラのむすめロベリアがブルスこくおうへいかにごあいさつのきかいをいただきたくもうしあげます」
自分に向けられるじっとりとした視線に、拙いながらもカーテシーをしてロベリアが挨拶の言葉を紡ぐ。
ロベリアのいる場所は国王の前ではなく、カプレーゼ公爵家とともにいるため会場前方の横。
直接挨拶をするのではなく機会を欲する口上はカプレーゼ公爵家の誰かから教示されたのだろうが、あの視線を受けて泣くことのなかった胆力に、思わず貴族たちから感嘆の声が漏れる。
「許す。側で良く顔を見せてくれ」
食い気味の国王の言葉に、ロベリアは微笑むと怯えを見せることなく手の届く場所にまで近づく。
そこまで近づいてくると思わなかった国王は、ロベリアの目に自分の容貌への怯えが無いことを見て取ると、膝の上に乗せた。
懐から紙を取り出すと、ロベリアにも見えるように広げる。
「これロベリアね。とってもじょうず。おじいちゃまがかいてくれたの?」
自分を見上げるロベリアの瞳に、密偵から上がってきた人相書きは国王の手による似顔絵になることが決定した。
「そうだよ。しかし、絵よりも生身のロベリアのが可愛らしい」
初孫に腑抜けているだけではあるが、なんか気持ち悪いなという感情が一定の貴族に過ぎった。
それを敏感に感じ取ったのか、自分もそうだったのか宰相が国王を促す。
「陛下、ロベリア様との交流は後ほど王太子殿下とゼラ王女とともに別室で」
宰相の言葉にロベリアは国王の膝から降りると、小さく手を振ってからカプレーゼ公爵家の元へともどる。
国王は軽く頷くと上機嫌で場を後にする。
国王の退出を軽く頭を下げ全員が見送ったあと、宰相が王家とカプレーゼ公爵家の退出を告げようとしたときにその声は響いた。
「ディビッド様。婚約破棄いたしましょう」
脈絡なく突然響いた言葉に場の空気は凍ったし、マクルメール子爵へ同情が向いた。




