61話 婚約式⑥
「なるほど。ザック殿が付き添っているのが我が娘だと側妃殿は言われーー「信っじられない!!」ーー」
カプレーゼ公爵の言葉が遮られたことに、その場にいる貴族は皆動揺した。
しかも遮ったのは側妃ナターシャが本物のアマリリスだと紹介したベール姿の令嬢。
娘の偽物を立てたことへの怒りと解釈もできるが、はたしてカプレーゼ公爵令嬢がそのような真似をするだろうかと。
「王太子だから何よ! 結婚前から愛人がいて、さらに子供までいる奴とアマリリスちゃんが結婚だなんて、神様が認めても私が認めないんだから!!!」
気炎を吐く令嬢は、そのまま自分の顔を隠すベールを剥ぎ取り、床に投げ捨てようとして止まった後、ベールを畳んで手に握りしめた。
その様子に毒気を抜けれたのか、令嬢の口にした内容に動揺しているのか、側妃があれほど自信満々に言ったのに令嬢がカプレーゼ公爵令嬢ではなかったことになのか、誰もすぐさま不敬だと咎めることなく場は静まり返っていた。
ベールを外したリリアン・マクルメール子爵令嬢の横でザックだけが血縁上の父親であるハイフト侯爵からの、今このタイミングではないだろうという視線に頬を引き攣らせる。
ユリウスの隠し子疑惑に騒ぐのを黙らせるため、幼女が王太子とユリウスの姉のゼラ姫との間の娘だと言うことを教えたのは、どうせこの後に公表されるからで、先にリリアンが知っても、それで自分の出番まで大人しくなるならと考えたからである。
王太子やカプレーゼ公爵家としては、側妃ナターシャが偽物だ身代わりだと糾弾してくるのは想定通りであったが、リリアンの感情のこもった主張は予定外であった。
カプレーゼ公爵は深く深くため息を吐くと、リリアンの言葉への問いも肯定も否定もなく、アマリリスに声をかけた。
「アマリリス。皆さんに顔を」
付き添っていた侍女の手により外されたベールの下。
「お久しぶりでございます。ナターシャ様」
微笑むアマリリスの姿に、ナターシャは口元が引きつる。
顔を動かすことはなかったが、その視線はアマリリスとリリアンを忙しなく移動する。
リリアンはカプレーゼ公爵家嫡男ディビットの婚約者ではあるが、今この場での人質としての価値は低い。それに拘束する立場としてつけていたジートルの侍従のザックも、先ほどの視線の動きを見れば自分の指示下に入る可能性は極めて低い。
ナターシャは自分たちが既に退くことのできない場所にいることを、我に返り増えていく支持されている貴族から向けられる視線からも感じた。
「…… シャルハム様」
艶やかに響かせたつもりの声に、わずかだが混じった震えは怯え。
兄である国王よりも優秀なのに王位に就くことがなかった王弟シャルハム。
彼に伝えることは無かったが、王位をシャルハム様にという自分の意思は知って、否定することなくこちら側の陣営に顔を出していたのだ。
知っていて否定しないということは望んでいることだとナターシャはシャルハムを見る。
シャルハムに簒奪者という汚名をつけたくなかったからこそ穏便な譲渡を装うため取った手段ではあったが、こうなったたら強引な手段となっても仕方はない。
王太子派、国王への忠義が篤い貴族の後ろへと派閥ものたちは回っており荒事になればこちらの勝ち。
そもそも、軍部はシャルハム殿下の指示下であり、近衛にも彼の信捧者は多い。
シャルハムが王位を求める立場を明らかにするだけで勝利は確定するとナターシャも付き従う貴族も考えていた。
「シャルハム様」
懇願のこもった呼びかけに彼は首を少しだけかしげたが、どこか楽しそうに見えた顔はナターシャに希望を与えた。
パチリ
王弟シャルハムは指を弾いて音を鳴らした。
窓が微かに揺れような気がした。
「隣領モノトを手に入れ、西部の麦の流通の二割を押さえる」
「これで立場を強固にすれば王太子派のアネット伯爵令嬢を脅して愛人にすることができる」
「バランド商会の地位を落とし上に行く」
「ふふっ…… これを機に横領の罪を押しつける」
薄い笑みを浮かべたまま、シャルハムが紡ぐ言葉にナターシャは困惑を見せた。
言葉にされたことを誰に話すこともなく腹の中で望んでいた下位貴族は背を強ばらせた。
王弟シャルハムへの崇拝も大きいが、享受できる利益も含めての支持である。
「多すぎて一つ一つ口にするのも大変だね。まぁ、だいたい似たようなものだから省略でいいかな」
窓に一番近い貴族が一番最初に違和感を感じた。窓の外に見える木の枝が風に揺れていないのに、一定の間隔で微かに窓のガラスが振動をする。
「あぁ。私を利用しようとした者の屋敷は今頃反乱のために備蓄していた火薬に火がついて大変なことになっているかもね」
反乱に加担している者たちはギクリと身体を強ばらせるが、火薬など保管した事実がないことから自分は対象外だと肩の力を抜いたところでシャルハムは嗤う。
「火薬を保管していた事実はないなんて言い訳は通らないよ、実際にあったことになるのだから」
その一言で予定通り実行されていた配置は崩れた。
外が見えるわけでもないのに、窓の方へ反乱に加担していた大部分の貴族が殺到し、人質となり得た貴族は場を離れなかった加担した者を静かに拘束する。
距離があるし城下を見下ろす場所にある訳でもないため火が上がっているのは見えないが、場所を離して白い煙が空に上っているのは見えた。
「な…… な、なぜ? 火をつけるなら第一王子派にではないの?」
ナターシャがすがるように伸ばした手は払われることなくシャルハムの腕を掴んだ。
「王位を望んでくれたのでは!!」
王弟筆頭のマグルザ伯爵が取り乱し高位貴族を押しのけてシャルハムの前に出る。高位貴族を押しのけ前に出る礼儀を欠いた行為も、拘束されている仲間が少なからずいることからプラフト前子爵は身を縮こまらせながら追従するしかない。
「私が王位を望んだことが一度でも?」
「ナターシャ様を拒まなかったではないですか!」
拒まなかったという行為が、ナターシャとの間に子を成したことを指すのか、拠点としていた屋敷に出入りしたことを指すのか。
「確かに、要らないとは言ったことはないけれどね、欲しいとも言ったこともないよね。ほら、公爵、侯爵の奴らは分かってるから今回のに参加していないだろう」
シャルハムの言葉にマグルザ伯爵やプラフト前子爵の言葉を信じ支持をした貴族が青ざめる。
絶対に成功するから、王弟を支持をする立場を越えて、今回の企みにも参加したのだから。
屋敷のことも気にはなるが、反乱に加担したとなれば屋敷以前の話で自分の命だけではなく家族はもちろん一族にまで影響する。
「そうそう。私には戦を任せて、宰相となって権力を振るうつもりだったマグルザにとっては、公爵、侯爵連中が参加しなかったのは都合がよかったようだけれどね。高位貴族が誰一人賛同して接触がなかった意味を少しは考えるべきだったね」
「ジートル。ジートル!!」
「ジートル殿下!」
言葉にはしないが、名を呼び続ける叫びには国王を王太子を屠れと意味が込められてるのを理解してジートルは首を横に振った。
「母上。無理ですよ。最初から貴女に勝ち目はない。僕がシャルハム殿下…… 父上に叶うわけないじゃないですか」
ざわめきの中、しっかりと耳に届いた内容。知らされていなかった貴族に動揺が走る。
不貞ではあるが王家の直系。相手が王妃であれば問題だが、側妃ならば…… と王弟を処分することで発生する損失を考えた中立派の貴族がこそりと話し合う。
クーデターだというのに、緊迫感を持つのは反乱に加担した者だけなのは、そこに高位貴族が入っていないことと軍部を掌握している王弟シャルハムが取り込まれていないから。
もし、王弟シャルハムが起っていたのなら、中立派はこの場で身の振り方を決めなければならなかっただろう。
「殿下は、ナターシャを、我が娘を愛してくださったのでは……」
血の気の引いた顔で尋ねるプラフト前子爵をシャルハムは見た後、マグルザ伯爵を、反乱に加担した貴族をぐるりと見回した。そして納得したように軽く頷いたが、それは質問への肯定ではない。
「そんな勘違いから、兄上への反乱を考えたのかい?」
「「え?」」
ナターシャとプラフト前子爵の声が重なる。
「兄上が側妃との間に子を設けるのを嫌がっていたから代わっただけだよ。直系の血筋になるから王統譜に兄上の子として名を残しても問題がないし、子ができれば兄上は側妃の元へ通わなくてもいいからね」
すべてが兄である国王陛下のためだとシャルハムは言い切る。
「それに直系の王子がミュリアル一人しかいないという状況は心許ないという周囲の意見も理解できたからね。君たちも貴族なのだから、子を作ることが愛の証だなんて言わないだろう」
シャルハムの言葉にジートルへ視線が集まる。
反乱に加担したものは救いをもとめジートルが動くことを願い、そうでないものは王族とはいえ経験の浅い青年である彼が晒された事実をどのように受け止めるのかを見るために。
加担した者の顔をぐるりと見回しシャルハムは頷く。
「確かに、ジートルだけが生き残り、ただ一人の直系となれば自動的に王位を継ぐしかなくなる。しかし自分で刃を抜くことなく、ジートルにそれを望むか。可能性としてはそれが一番成功率が高いというのは理解するが、ジートルはお前たちの戯れ言には付き合わないよ。
ジートルが望んでいるのは王位ではないからね。
あぁ、でも私が守るのは兄君だけだからね。ミュリアルだけなら君たちでもできるかもしれないね」
「シャルハム」
国王の呼びかけにシャルハムは軽く礼を取る。
「兄上。ご安心を。火元は複数ですが、騎士と兵の巡回の流れを本日は変えています。彼らが迅速に爆発に対応するので火元となった屋敷の敷地を火が越えることはないでしょう」
爆発から消化まで対応しているというシャルハムの言葉に国王は頷く。
明らかに、爆発を誘導したのはシャルハムであると理解していたが、遠隔で正確な位置を誘爆することは不可能に近いことなので国益を損ねないためにも、爆発はあくまでも側妃の反乱に加担した者の仕業となる。
「人的被害は兄上が嫌がるので、死人は出ないように調節はしましたが、どこにも予想の範囲外の行動をする人間はいますから確約はできません」
シャルハムはリリアンに視線を向け、国王は仕方ないと頷いた。
その会話の間に反乱に加担したであろう貴族は滑るように静かに入ってきた近衛と中立派や王太子派の貴族によって拘束されている。
すでにマグルザ伯爵もプラフト前子爵も陛下の御前で喚くことができないように猿ぐつわをされ拘束されている。
今、拘束されていないのは王族側に居る側妃ナターシャだけ。
「なんで…… どうして」
シャルハムを見つめ続けていたナターシャはブツブツ呟いた後に金切り声を上げた。
「こんどはあの女の娘なの!!」
リリアンに向けられたシャルハムの視線。そのときシャルハムの横顔にうっすらと笑みが浮かんでいるのををナターシャは目にしたのだ。
ナターシャは忌々しそうにリリアンを見る。
「情などかけずに母子そろってさっさと片付けておくべきだった!」
涙を流しながらのナターシャの叫びにシャルハムは不可解な顔をした。
「彼女がいなくても反乱は成功しなかったが?」
「リセットオジサマ、そういうことじゃないとおもう」
場違いなリリアンの言葉が響いてしまい、マクルメール子爵は崩れ落ち、アマリリスは扇子を広げ口元を隠すと困ったように首をかしげた。




