58話 婚約式③
(こいつ、人質の自覚ないだろ)
興奮を隠しきれない様子で、婚約の間を覗き見るリリアンの姿に、ザックはため息を吐く。
「信じられない。あれ、ユリウスの隠し子よ! 髪とか眼の色は違うけど、顔はそっくりじゃない」
人質として隔離されていた間の言動を考えて、ザックは自分にだけ聞こえるように話す理性がリリアンに残っていたことに感動した。
王宮内にリリアンを連れてくるにあたっての彼女の拘束要員はザックだけ。
それはザックが王宮という場所で視線を気にすることなく自由に動くことができるということもあるが、リリアンの安全面を最優先してザックが志願し、王弟シャルハムがザック1人で十分だろうと助言し、それをナターシャ側妃が容認した形だ。
リリアンの姿は顔を隠すベールを付けたドレス姿。ザックが随行することで、ジートルの婚約者候補の期間が長かったこともあり、王太子との婚約式の前に第二王子殿下と話すこともあるのだろう。と勝手に解釈され、厳しく確認されることなくカプレーゼ公爵令嬢アマリリスだと周囲は判断してくれるのだ。
ナターシャ側妃の最初の計画では、内々にカプレーゼ公爵家との交渉を持つ予定だったが、急遽早められた婚約式によって交渉する時間は生まれなかった。
接触はできたものの、上がってきた報告で反応が薄いことを知りナターシャ側妃は苛立ちを見せた。
そもそも下位貴族出身であるナターシャ側妃は、いくら教養を積もうと、礼儀作法を磨こうと、高位貴族、王族としての在り方は側妃だからと教えられることがなかった為、カプレーゼ公爵家がアマリリスをいなかったものとして切り捨てる可能性を考えつかなかったことによる齟齬。
もっとも、誘拐されたのはアマリリスではなくリリアンではあるのだが。
しかし、その事を知らないナターシャ側妃は、ならば婚約式の時に全てをひっくり返そうと、理屈をこね側妃である自分も婚約式に参列する許可を取り練られた計画は周到。
ただし、誘拐したのが本当にアマリリスであり、王弟シャルハムの本質を見誤っていなければである。
第一段階として、宣誓の時にカプレーゼ公爵家側に居るベール姿の令嬢は身代わりだと糾弾し、本物は此方にと、アマリリスだと思っているリリアンを登場させる予定なのだが、興奮しているリリアンの様子に呼ばれるまで隠れていられるだろうかという不安をザックは感じた。
「ザック、なんで侍従や侍女まで扉くぐっていくの?」
素朴な疑問。
けれど核心を突いたとも言える問いにザックは笑い出しそうになるのを堪えた。
貴族令嬢となって僅か数ヶ月ではあるが、学園や人質となっている間に受ける印象とは異なり注意深く見ていることに感心する。
神官や貴族家当主たちが下げる必要がないとされている頭を、通例通り婚約に異議を示さないとして頭を下げて迎え入れていなければ、リリアンと同じように違和感を感じただろう。
ザックの本来の上司が王太子のミュリアル殿下だとしても、形だけとはいえ長年仕えたジートル殿下へ情がないわけではない。
なので、その違和感をジートル殿下にも感じ取って欲しかったとザックは思うのだが、視線と表情から、使用人用の脇にある扉から侍女侍従がはいらず同行して婚約式用の扉から入ったことよりも、幼女の方に興味が湧いたことがわかった。
そして、今までとは違う顔つきになった事に、ザックは良い方向に向かう事を願った。
突拍子のない行動をとるのはジートル殿下もリリアン嬢も同じだな。と思いながら。




